「―――どうだ。
自分はどれぐらい変わってみえる?」
「少なくともレムには外見に変化があったようには見えません」
早朝。青髪少女のレムはナツミ・シュバルツからの少し奇妙な問いかけに首を傾げながらも答えていた。
昨夜は酷くお疲れのようだったが、ラインハルト様と花を散らされてからはいつものように残業することもなく早めに就寝された。
不審な点といえば、先程ベッドメイキングをした際に小指ぐらいの血の跡が残っていたが、ラインハルト様が部屋を去られたのは入ってから一時間もしなかった。
身嗜みが崩れていた様子もなかったし、まさかその短時間で行為に及んだなんて事はないだろう。
「ですが、レムはナツミ様が少し変わったように見受けられます」
違和感と片付けられる小さなもの。中性的でどちらかと言えば男性よりだったナツミ様が少しだけ色気付いて見える。
いつもなら整えるだけだった化粧も、男性の目を意識して整えられているような気がした。
「うん。おう……そうか、これぐらいなら大丈夫かな」
「ナツミ様は」
「うん?」
「ナツミ様はあの男に好意を抱いているのですか?」
そんな相手とならば一人しか思い当たらない。
ナツミ・シュバルツの昔なじみであるユリウス・ユークリウスだ。
ラインハルトもナツミ・シュバルツと
「全く、隠そうとしない否定的な顔だな。
レムはユリウスのことがそんなに嫌いか?」
ナツミ嬢の言うとおりレムはあの男が嫌い、もとい苦手だった。
「あのお方は危険です。あれほど濃い《魔女の残り香》を漂わせる人間が普通であるわけがありません」
それはレムが堪らなく嫌悪する魔女の匂いをユリウスが漂わせているから……。元からなのか最近になってからなのかは分からないが、レムが初めて会った時には彼はレムの心の深い所の傷である魔女の残り香をむせ返るぐらい匂わせていた。
「その魔女の匂いってやつが私には分からないけど、大丈夫だ。イアがアイツと契約している内は下手な事は起きないって」
目線を合わせて自分ではなく心配するレムを安心させようとする穏やかな声。
やはりレムにとってナツミ・シュバルツは、善き主であり、多忙ながらに自分を気遣ってくれる尊敬すべき人だとレムは思う。
実の両親と重ねるつもりはないが、どんな小さなことでも褒めて、何もしなくても寄り添ってくれるナツミ様にレムは母性と不思議な充実感を覚えていた。
そんなナツミ様の肩や手に魔女の匂いをする者が気安く触れるのを見ると、また壊されるのではないかと身の毛がよだって仕方がない。腸が煮えくり返るとはまさにこの事だろう。
出来れば、あんな男と金輪際関わらないで欲しい。
それが出来ないのならレムがあの男を……。ナツミ嬢に嫌われたくないレムはその言葉を喉口手前で押し止める。
「念のため、フェリスやラインハルトに診させてもらったけど、異常はないって話だし、本人は自覚しているって話だ。
きっとアイツなりに動いた結果なんだろうよ。自分から話たくなるまで懐の広い心でお淑やかに待ってやるのが大和撫子ってもんじゃねぇか」
「…そうですね。出過ぎた真似を、申し訳ございません」
ポンポンと頭に手をおかれてレムは謝罪する。
「(公の場じゃないんだし、そんなに畏まらなくてもいいって言ってるんだけどな)」
ナツミ嬢はレムと完全に打ち解けるには時間が掛かりそうだと思いながら仕事へと出掛けた。