魔獣。
それは人々の平和を無下に脅かす悪しき存在『魔女』の眷属であり、魔女教と呼ばれる魔女に魅入られたカルト集団を除けば、魔女の恐怖を最も象徴する化け物だ。
ユリウスは現在、歴史などを中心に勉学に励んでいるが、古い文献を漁れば漁るほど、度々現れる奴ら。
犬や水性生物など、自然動物を邪悪に歪めたような外見を持ち、人を憎悪をもって貪るような相容れない生物。その強さは多岐あれど、時に国すらも滅ぼす事がある。
「ガルルル」「ガルル…」「ガルルルル」
「ゆりうす…これ、やばくね?」
「ナツミ様。私から決して離れないで下さい」
気づいた時にはもう遅い、ユリウスとナツミ嬢は魔獣の群れに囲まれていた。
恐らく森の結界が緩んでいたのだろう。運が悪かったといえる。しかし、奴らをここまで呼び寄せたのはイアの爆発だ。
ユリウスはナツミ嬢を背にして歯噛みする。
何と浅はかな!
おまけに、今のユリウスに武器らしい物はない。
微精霊達はいるが、騎士として修行を始めたばかりのユリウスは精霊術士として未だ未熟だった。
精々、火をおこし水を出す程度。この数にそれを放っても焼け石に水である。
「――こいっ!」
「なっナツミ様!?」
ジリジリと距離をつめる犬科の魔獣達。
冷や汗をたらしながら、打開策を模索するユリウスであったが、突如ナツミ嬢はその腕を引っ張り、大きな樹木に向け走り出す。
「しってか!ゆりうす!犬のつめは丸いから木登り“へたくそ”なんだぜ!」
「そうか!ナツミ様失礼!」
「この、木登りスバちゃんと言われた俺の実りょ…うひゃ!?」
意図を察したユリウスはナツミ嬢を両手に抱え、一般的な貴族の屋敷よりも一・五倍ほど高い木の頂点まで跳び上がった。
「うへぇ…やっぱ“いせかい“のちょうやくりょくばぐってるわ…」
ナツミ嬢が恐る恐る下をみれば、木にしがみつくも滑って落ちる魔獣達が。
「何とかなりましたね」
「そうだな…よし、おろせ」
「なりません」「おーし、ゆっくり……は?」
「下ろしたら落ちてしまうでしょう?」
「……は?」
ナツミ嬢は、真顔になる。
「おまっマジでおろせよ」「なりません」
「おろせよ!おーろーせーよ!」
「なりません」
「おろせぇ!!!こどもあつかいすんなー!」
ガロオオオオ!!!!!!
ナツミ嬢の言葉に被せるように、地面が揺れる。
ユリウスが何事かと下を注視すれば魔獣の一体が膨れ上がり…ユリウス達の眼前まで大きくなった。
「「ふぁ!?」」
その瞬間……俺たちは思い出した。壁の中に捕らわれていた屈辱を。
「いちなんさってまたいちなん…どころじゃねぇ、にげろー!ゆりうすぅぅぅ!」「了解しました!」