――夜分遅く、机に積まれた大量の書類から目を逸らしたナツミ・シュバルツは背もたれに体重を掛けて息を吐いた。
「はぁ……やっと終わった」
この世界に転移……いや、転生してから十七年。
元引きこもりの俺が言うのも何だが、公務員ってブラックすぎね?
この世界は労働基準法やら定時とかの概念がないから余計にそう感じるだけかもしれねぇけどよ、俺……裁判官だぜ?
何で、騎士様方の武具の購入金、設備等の補修代、予算を細かく計算して赤字・脱税防止などに務めなければならんのだ。出来る出来ないは兎も角、専門外だぞ。
「……いくら、深刻な人手不足だからって……このままじゃやってらんねー!」
「それは仕方のない事だよ、
ふわりと肩に手が置かれる。
突然の事にビクリと震え、そして紅茶の芳しい匂いが鼻腔をくすぐり、久しく呼ばれていなかったその名に気分が高揚していくのをナツミは感じていた。
「女性の部屋にノックもなしに訪れるのは無作法だったかな?」
振り返ると赤毛の青年が二組のティーカップとクッキーの乗せられたお盆を片手に持ち、悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべている。
「ハッハッハ……やりやがったなぁ~ラインハルト君。いっくら懐の広いナツミ様と言えど今日という今日は許さないぞ?
お菓子でもつまみながら、お説教といこうか!」
「それは困ったな。騎士として断る訳にはいかないじゃないか」
「ひゅー!今夜は飲むぜ、酒持ってこいー!」
髪紐をほどき、自分で言いつつ戸棚からワインボトルを取り出すナツミ嬢。ラインハルトと呼ばれた青年は紅茶が冷めないよう細工をして……小さな宴が開かれる。
「――――ハッ!?」
目が覚めた時、ナツミ・シュバルツは自宅のベッドの上であった。
――昨夜の記憶が全くない。
二日酔いのような頭痛と酷い渇きを覚えてナツミ嬢は水を呷る。
「女に産まれて十七年。己の危機管理能力の無さには一周回って誇りすらもっちゃいるが、記憶がないのは不味いだろ……俺。」
ため息。
女に産まれてから男に興味など一切抱いた事はなく、男としての感覚が根強く残っているナツミ嬢だが、男の前で記憶を失くすほど酔っ払う事が、どれ程危機感が足りていないと言われるかは理解している。
これが、聖人騎士のラインハルトだから良かったものを、残念イケメンのユリウスなら魔がさして…流石にねぇな。
ナツミ嬢は、今日が休日であることを思いだしパジャマに着替えてもう一眠りしようとベッドに手をかける。
枕元には真っ黒な本が添えられており、寝ぼけて仕事場から持ち出してしまったのかと表紙を見て「…傲慢?」数枚捲ってみたがよくある宗教本みたいな文章が書きなぐられており、重要そうには見えず明日返しに行けばよいだろうと、テーブルの上に放置した。