ACEピックアップガチャまだかな(純真な目)

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ある☆5オペレーターがガチャ排出されるようになるまでの記録

母が死んだころ、私はチェスの駒を盗んだことがある。父に振り向いてほしくてやった行為だったが父は私がチェスをやりたいと勘違いした。

 

私が盗んだのはルークの駒だと教えてくれ、王を守る城壁の駒だと教えてくれ、そして私を対面に座らせ一つ一つ駒の動かし方を教えた。

 

チェスには興味はなかったがそれでもよかった。父が私に構ってくれるだけでよかった。

 

手を抜いてくれていたとは思う。だけれど父の守りは固く、駒を大事に扱うだけでは勝てなかった。

 

思考し、試行し、ある日、私は大事なコマを自ら敵の目の前に差し出し始めて父から勝利を得た。

父はそれがサクリファイスという戦術だと教えてくれ、自分で考えたのかと問うた。

 

首頷を返すと父は私に不器用な笑みを見せ、さすが私の娘だと褒めた。

 

そして、その日から父は私とチェスをするときどこを見ているかわからない目をするようになった。

 

それは父が本気を出した時の表情ということを知っている私は嬉しさと、何故かほんの少しの恐怖を覚えた。

 

 

そんな何でもない日常はすべて崩れ去った。

 

鉱石病。不治の病で死に至る病でかつ感染する病。隔離政策推進派の政府高官だった父は私を、憲兵隊の防疫部隊連中に引き渡した。

 

チェスをしていた時のような目をしたままで。

 

信じられなかった。大声で泣き、叫び、それでも父の表情は変わらなかった。

 

父にとって私は大駒ではあったかもしれないが王《キング》ではなかったのだ。

 

ウルサスにおいて鉱石病患者は人ではない。抵抗した私は容赦なく拳をふるわれ地に伏せ、蹴られた。

 

「何寝てんださっさと行くぞ」

 

髪を掴まれ引っ張られる。盤面は詰んでいて私は逃げられなく、

 

「安心しろ、もう大丈夫だ」

 

 

 

だけれど、そう、だけれど、痛みが、盤面がそんな言葉とともに吹っ飛ばされた。

 

 

 

「公務執行妨害だぞ‼」

 

「公務とはいえさすがにガキ相手にやりすぎだろう」

 

青と黒を基調とした防寒服。手に持っているのは機能性を重視していた大きな盾。

にじんだ視界に映ったのは大きな背中に翻る背には城壁の文様。

 

「製薬会社ロドスだ。そいつはうちの患者でね」

 

まだ書類上だけだがなと文様の男は盾を構えたまま肩をすくめた。

 

チッと私の髪をつかんでいた男が舌うちをした。

 

「ウルサスではウルサスの法に従ってもらう。感染者は一律隔離だ。例外はない」

 

「政府とは話がついてるんだ。鉱石病治療に対する特殊な検体に関してはいくつか選ぶことができる。特例の認可証もあるぞ」

 

状況を把握できず呆然としている間に同じような服装の女性に「もう大丈夫だからね」と言われて毛布でくるまれた。それを認識していても目は大きくてたくましい背中から離れることはなかった。

 

「あのルークは……?」

 

「ロドス製薬、まあうちのマークって感じだよね」

 

私の目を見て、そして私の視線の先に視線を合わせて聞きたいのはそんなことじゃないかだなんてつぶやいて長髪の女性が頷いた。

 

「あの人はACE。うちらの隊長でロドスの誇る最強の重装オペレーターだよ」

ACEという言葉を口の中で転がしているうちにすべてが終わっていた。

 

 

 

私はチェルノボーグを離れロドスで治療を受けることになった。

 

 

 

 

 

 

あっという間に時は過ぎる。血清を打たれ、薬品を打たれ、私の鉱石病の進行は大幅に弱まったらしい。

副作用として色素が大分抜けて黒い髪が真っ白になったが些細なことだ。

 

「自身の体内限定での重量制御。特異な症状だ」

 

だなんて診察に来た城壁ではない無限のようなマークを付けた先生に言われてもへえという他人事のような言葉しか出せなかった。

 

テレビの中で彼の姿を見た。

 

「なんだ知らなかったのか」

 

採血に来た吸血種の医師からロドスという組織を聞いた。

 

オペレーターと呼ばれる下手な軍事会社よりも高度な訓練が行われている集団。警備というには過剰な戦力。

 

それ達成しているのは適正のある感染者からの志願者を募ることでアーツの強度の面、すなわち質の面で大幅な引き上げが行われているからだと。

 

強さと脆さが両面のものならば、脆い鉱石病患者は戦力としては強いということだ。

 

やりたいことが見つかった気がした。

 

幸いなことに鉱石病によって発現したアーツは体重が軽くなる程度のものだが、結構便利だ。それに私は怪力で有名なウルサス人。遺伝的素体は大分有利なはずだ。

 

しぶるケルシー先生に無理を言ってオペレーターの求人票を手に入れた。

 

守られる存在ではなくただあの日見た城壁に並びたてられるという願い。いや、決意を込めて。

 

 

 

希望するコードネームの欄にはルークと、希望する職種は重装とそう記した。

 

 

 

 

 

 

 

 

思っていたぐらい、いや思っていたよりも訓練は大変だった。だけれど友達もできた。

 

「うう、またドーベルマン教官におこられちゃいましたあ……」

「次は大丈夫だって‼」

 

重装オペレーターの同期とデッキから外を見る。風景から見えるのはウルサスの中堅どころの移動都市の一つ。その都市から出てきた兵員輸送車が砂塵を立ててロドスの隣に止まる。

 

「そろそろですね」

「何がですかあ?」

 

「ああ!!精鋭オペレーターの人たちだ‼」

2小隊の合同任務。降りてきたその二人の隊長はきしくも私たちと同じ両方重装オペレーターである。そんな男女2人が親しげに話し合っていた。

 

あこがれちゃうなあ‼とガーディが言い、ビーグルがそうだねえと肯定する。

 

私はなんだかむしゃくしゃした。あそこに立つのは私であるはずなのに、私であるべきなのに。

 

「ルーク、すっごいオーラが出てるよ‼」

 

「ウルサスの人たち無意識に威圧感振りまくところあるよねえ……」

 

「……ちょっと話しかけて来ます」

アーツも駆使してずんずんと階段を駆け下り急いで入り口に向かう。

 

極力片方の視線に入らないように目的の人の前に立ち、強い意志をもってその目を見る。目の前の人は心なしかたじろいだ気がした。

 

ちょうどいい、これで要求もすんなり通りそうだ。

 

「ニアールさん!!盾の扱いを教えてください!!」

そっち?という幻聴が上から聞こえた気がした。勝ち負けよりも引き分けを狙うのはチェスでも有効な戦術的な行動だ。後攻なのだから当然なのだ。

 

 

 

 

 

「えー、後輩ちゃんヘタレてんじゃん」

 

そんなことを先輩は言った。

 

合理的判断に過ぎないというのに何て言い草だ。だけれどここで否定しても燃料を投下するだけ。

 

訓練からすでに半年、私は明確に足踏みしていた

 

その打開策として彼女に戦闘のコツや任務の内容などをいろいろ教えてもらう代わりに彼女のおしゃべりに付き合うという契約をしている。

 

ついでにいえば先輩と呼べというのは彼女わがままである。精鋭オペレーターの中でも一番の若手だから後輩が欲しかったらしい。

 

そう、精鋭オペレーター。

 

彼女の「あー、ACEさんに恋する乙女な目をしていたウルサスのー。髪染めたの?」という第一声を止めるために殴りかかったが一撃入れるところか触ることもできずに制圧されたぐらいには、彼女は練度の高いオペレーターだ。

 

そんな彼女ですら『私が4つ、いや4つ星半としたらあの人は5つをすっ飛ばして6つ星よ。そんぐらいの差があんのよねえ、やんなっちゃう』とぼやくぐらいにはあの人の背中は遠い。

 

彼女曰く私はまだ3つ星のひよっこ未満だというのだから先は長い。

 

そんな長髪美人で腕の立つ彼女はただ、例えがよくわからないのと思い込みが激しいという致命的な欠点を持っている。

 

例えがよくわからないのは彼女がよく見る飲食店情報雑誌を私が読んでいないからというのは判る。

私もよくチェスで例えて首を傾げられることはあるからそこはまあ、分かる。問題は後者の方だ。

 

再開してからずっと彼女は私がACEさんに恋していると考えてる。ばかばかしい。この気持ちは恋などではなくて、背中を守りたいだとか相棒と呼ばれたいだとか、そう、もっと高尚なものなのだ。

 

「ずっと目で追いかけているくせしてそれはさすがに……」

「ずっと、ということはありません。定期訓練の時に参考にするために見ているだけです」

「うわあ、自覚症状ないのかあ」

 

よくわからないけどむしゃくしゃしたので私は合理的判断をすることにした。

 

 

 

「……ドーベルマン教官―、先輩が定期訓練さぼってますー」

「げえ、なんでうちの隊のスケジュールを把握して……、悪かった。悪かったって、うわーほんとに来た~。取り調べは嫌だ~」

 

 

 

ドーベルマン教官は走っていく先輩を一瞥して才能はあるんだがなあとため息をつき、私に向き直った。

 

「ルーク話がある。時間はあるか?」

「はい、大丈夫ですドーベルマン教官」

 

曰く重装オペレーターよりも先鋒オペレーター向きだ。戦場を俯瞰できる眼を無駄にするのはもったいないと。

 

「先日の能力測定で戦術立案に卓越と出ている。これは得難い才能だ。そして、強度はあくまで標準。重装よりも先鋒に適性が出ている。即応して時間を稼ぐ《コストを稼ぐ》だけではなく期をみて撤退し《コストを完全返却し》、別の前線に即応する《再配置する》必要もある。その判断は早い方が良い」

「ですが、その、ドーベルマン教官。私はどうしても盾を使いたくて……」

「確かに槍を使う人は多いが、先鋒オペレーターに武器の規定はない。ニアールからは武器としての盾の扱いも悪くないという報告を受けている」

 

確かになとは思う。ACEさんと同じ部署に行きたいだなんて希望は言えるわけはない。

 

それに、重装オペレーターと私のアーツのかみ合わせはそんなに良くなかった。

 

もちろん、最後は本人の意思だ。だなんてドーベルマン教官は言って立ち去った。

 

大事な大事なターニングポイント。一晩悩んで、私は先鋒オペレーターに転向する書類を出した。

 

その1か月の後に足踏みしていたことが嘘のようにすんなりと私は正式なオペレーターになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして正式なオペレーターになってからも、先鋒オペレーターとしての訓練をこなししつつ、先輩からは「星4つ、いや実戦を経験するまでは星3.5ぐらいかな」だなんて言われるようになって、アーツだって体重の操作から重心の操作もできるようになって、初任務がいつになるかに柄にもなくどきどきして、昔よりも今のロドスの生活が日常になった時のことだ。

 

私の初任務が決まった。

 

 

 

任務の場所はウルサスのチェルノボーグ。私の故郷。難易度は特級。規模はロドス全オペレーターの展開。

1年ぶりの帰郷であった。

 

 

 

 

 

 

 

眠れなくて先輩にどうしているのかだなんて相談したら、そんなときは艦の上に出て夜風を当たればいいよと笑いながら言われた。

 

そこに彼はいた。タバコをふかし、月光を反射するドローンを眺めながら。

 

完全にはめられただなんて思って、急いで部屋に戻ろうとして、コツンと足音が鳴ってしまって……、気づいた彼は振り向いた。

 

煙草を口から外してにやりと笑いながら彼はおいでと手招きをした。

 

少し恥ずかしさを感じながら並ぶようにして手すりに摑まる彼の隣に立つ。

 

 

「二アールのファンの重装オペレーターの、たしかー」

 

ルークって言ったか彼は私をオペレーターのコードネームで呼んだ。

 

「今は先鋒です。ACEさん」

 

気づかれていないと安心した。ここ1年で背も何より髪の毛の色だって変わっているのだ。よくよく考えればあの日だって彼にとっての日常の一幕でしかないのに。

 

「ああ、そうそう転向したんだってな。ニアールが残念がってたぞ」

 

はははだなんて彼は笑った。

 

「初任務が山場で災難だなあ。何も起きなければいいんだが、いやな勘がすんなり終わらないなんて囁いてきやがる。本当は新人を鉄火場に叩き込みたくはないんだが、ドクターを救うためには一人でも人が欲しい」

 

ACEさんにも戦力にカウントされていると柄にもなくうれしさとほんの少しまだ並び立っていないという悔しさを感じる。

 

それを気取られたくなくて一歩分手すりから下がってドクターですか?と問いを投げかけることにした。

 

「医者(ドクター)はロドスにたくさんいますが……」

 

首をかしげるとACEさんはそれはそうなんだがと困った顔をした。

 

「それでもロドスで固有名詞をつけないでドクターって言ったら一人しかいないんだ。甘い部分はたくさんあるがいつだって道しるべになってくれるそんな男がな」

 

ACEさんはタバコをふかして月を見上げた。

 

その横顔でドクターがACEさんの王様(キング)だというのは判った。

 

本心を隠して「なら絶対に助けなければいけませんね」と言えばACEさんは「おうよ」と返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1年ぶりに帰って来た街は緊張感に溢れていた。感染者たちと街の人たちの対立。念のためと前置きがあって完全武装を言い渡されたオペレーターたち。

 

任務は本隊の退路を確保する中枢区画の警備。ACEさんと同じ持ち場。それだけならば余裕ではある。このにらみ合いの向こう側にいたのかもしれないなんて憂鬱な気持ちを押し殺すだけの一日。

 

そのはずの一日は一本の火炎瓶がレユニオンムーブメントとウルサス憲兵団の大乱戦の幕開けになった。

 

「ロドスか、協力感謝する‼」

「くそ、なんで憲兵隊でもないやつらが邪魔をするんだ‼」

 

怒声が交差する。

 

憲兵隊が崩れそうなところをアーツを利用して前線を飛び越えてから奇襲し、立て直したことを確認して引く。

 

間違えて憲兵隊を殴りつけたいという衝動を理性で抑え込こむこと以外は本当に単純なことの繰り返し。アーツを利用した一撃離脱で敵を堰止め《ブロックし》時間《コスト》を稼げることが私の強みであり、期待されていることでもある。

 

「後輩ちゃんサンキュー」

「先輩サボらないでください」

「長丁場になりそうだからね。合理的な体力温存って言ってくれたまえ」

 

先輩と一時盾を並べて敵を押し返すことで一息ついて、戦況を見てみれば全体的に安定していた。

 

特にACEさんのまわりは救出に行く必要がないほどに優勢だ。次どこ行こうかなんて選定していると通信機を押さえていた先輩が後輩ちゃんと私に呼び掛けた。

 

「ACEさんがここはいいから本隊の応援、そのまま向こうの指示を聞けだってさ」

「了解しました、先輩。足場お借りします」

「はいよ~」

 

本隊、すなわちドクターの救出部隊ほうが危ないという判断だろう。

 

アーツで体重を軽くして先輩の構えた盾を足場に一気に飛び上がる。

 

そのまま中枢区画を離脱し、体重を軽くして飛び、重くしつつ盾を使って空気抵抗を減らす。地上に降りなければ敵に止められることもない。

 

本隊の予定地点を覗いてみれば、ドーベルマン教官の指示する部隊をはじめとしてすでにいくつかの部隊が展開済みで、それに前線は不自然といえるほどに安定している。

 

指示を出しているのは中央にフードを目深にかぶった見慣れない男で、あれがドクターと皆が呼んでいる男だろう。

 

大きく飛びあがり体重を軽くしてふわりとドクターの前に降り立つ。

ロドスの女王が立ちふさがり一瞬の警戒を示すが、私を、私の背負うマークを認めてすぐにとかれる。

 

 

「先鋒オペレータールーク、指示によりこれよりロドス本隊の指揮下に入ります」

 

軽い敬礼とともに宣言をすれば小さな頷きとともに受け入れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵が狙撃銃を構える。狙う先は医療オペレーター。急所にして盤面が崩れかねない一撃。

 

もっとも狙撃手よりも先んじて到着していた私が伏撃をしておけば未来永劫それは行われることはない。

 

アーツによる体重移動で初動をごまかし、次々に力を関節を経由して盾の先端に持っていく。舞うようで振り回すような一撃はニアールさんから学んだ本場カジミエーシュ騎士の一技だ。

 

「ポイント02A3状況クリア。敵狙撃手排除しました」

「よくやった。……ドクターより追加の指示だ。即座に撤退。ポイント02C4に移動し、通過してくる敵を横撃」

「ルーク了解」

 

ドクターと呼ばれる存在は正直なところ想定以上であった。

 

敵が現れる前から置かれたオペレーター、地形に最適に組まれた陣形。能力評価をちらっと見ただけで能力を把握して最適な指示する状況把握能力。

 

ギリギリに見えて、不合理に見えて、数秒後にようやく正解だとわかる手の数々。

 

これが、年単位の治療を受け、記憶の混濁が確認されている男が行っているのだ。

 

未来をみえているかのような的確さに指示を出されるだけで安心する。

 

到着するタイミングを見計らったかのような敵の出現に、移動による速度を付けたまま盾で殴り飛ばす。

 

「02C4クリア」

「それで最後の敵だ。しばらくは大丈夫だろう。……ルーク、追加の指示だ」

 

通信機からの声。ドーベルマン教官から伝えられたのは主要目標すなわちドクターの確保の完了。

 

本隊は展開各隊の援護を受けつつ撤退するが一部オペレーターには副次目標の確保に入るもらい、そののち本隊と

合流するという指示。

 

副次目標、ロドスの協力者たちの救出だ。

 

その中でも私に割り当てられたその人はロドスの非公式だが精力的な協力者。

ウルサス帝国貴族にしての政府高官の一人。

主流の隔離派の中でも親族だろうと感染者になったならば隔離施設に送るという鉄の意志を持つと評価される男。

 

 

 

チェスが大の得意だったそんな男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな男の家は暴徒に襲撃されていた。それはそうだ、隔離派の中でも彼は急先鋒だったのだから。

変わっていない間取りをかける。荒らされている家、血はあるが死体はない。暴徒たちは何も見つけられなかったか……逃げ切れたか。

 

廊下を歩き一つの写真の前で私は止まった。黒い髪の少女の写真。

 

それに私は全力で盾をたたきつけ、ボコりという音で壁が外れて、一つの地下へと向かう隠された階段が目の前に現れた。

 

階段を降りるとそこは書斎であった。そこには一人の男がこちらに背を向けて座っていた。

 

「殺しに来たのか?」

「いいえ、助けに来ました」

 

盾を壁に立てかけて、男は見ていた写真を机に置くとぐるりと椅子を回して目が合った。

 

彼は相も変わらない俯瞰した目をしていた。薬でも色素が抜けなかった私の目と同じ色をした目。そんな私を見て男は一瞬だけ不器用な笑みを浮かべた。そんな気がした。

 

「脱出の準備をしてください。ロドスは貴方を迎え入れる用意があります」

「来るのが少し遅かったようだな」

男の胸は血に濡れていた。

 

「チェルノボーグが壊滅した今ではロドスにとって私は大駒ですらない。この暴徒の中を助かるかも怪しい一人をかついで走るリスクを負う必要はないだろう」

「……これも任務ですので」

「……そうか、任務ならば仕方がないな」

 

男は血を吐きながら立ち上がり、棚から埃のかぶったチェス盤を取り出した。

 

胸から血に濡れた飾りひもを抜き取り一つだけ取り出した駒のくびれた部分に括り付ける。

 

「私の娘をロドスにあずけている」

男は振り向かずに言った。私は何も言わなかった。

 

「この駒は特製でね、我が家の家紋が掘ってある。これをもって我が家督を娘に渡すと伝えてくれ。君の指揮官もそれで納得するだろう」

「……城壁(ルーク)の駒を?」

「娘の、……そして私の一番好きだった駒だ」

 

そして、黒は私の駒だった。だから白い方をやるのだと男は付け加えた。

 

じっと男の目を見る。そこから何らかの感情を見つけようとする。だけれどついぞ見つかることはなく私は目をそらした。

 

「承知いたしました。そのようにいたします」

 

駒を首にかけ、壁に立てかけていた盾を取った。

 

「お前の王は見つかったか?」という問いには答えず体を翻して私は本隊に合流するために騒乱の中に戻る。

 

 

 

 

屋敷を出た時轟音が鳴り、見上げた空が私の後ろで落ちた。

 

 

 

 

 

天災とだけ言われるその災害には多種多様なものがあるらしい。

 

もっとも移動都市を作れるようになってからその脅威を直に見たものは少ない。もちろん、私もだ。

 

だけれど、それは判断を過つことと関係はない。

 

源石の塊が天を割き降りしきる中で私は駆けた。半ば祈りつつ視野を広くとり出来るだけ物陰を走る。

 

よけきれなかった小さいものを盾で受け、体重を操作して衝撃を流す。

 

「ぐふっ」

 

それでも流しきれなかった分で体はきしむ。だが走らなければならない。

 

危険ではあるが敵にとっても条件は同じ。襲われない分有利ですらある。

 

本隊が壊滅している……とは考えない。

 

重装オペレーターが大量にいるロドスの本隊が陣形を組めばこの程度の天災は試練は耐えられる。

 

ノイズだらけの通信機の音声と初期の作戦をもとに本体がいるであろう地点を概算して、源石の雨の、その凪を縫って

 

幸運にも残っていたボロボロのビルの壁を駆けのぼる。

 

 

そうしてどうにか視界を取って、見えたのはロドスの女王と敵の王がぶつかり合う姿であった。

 

 

 

 

恐ろしい。

 

後悔した。

 

恐ろしい。

 

何もかもが恐ろしい。

 

さっきの天災で天が落ちてきただなんて比喩表現が馬鹿らしい。

 

天が相打つのはあんなに恐ろしい。

 

だけれど、天同士にも格があったらしい。幾度ものぶつかりの後、ロドスの女王が地に伏せる。

 

全員で立ち向かっても勝てるか否か。勝てたとしても大きな被害が予測できてしまう。

 

どうすればいいか、どう動くのが効果的か。悩んでいるうちに状況は変わってしまう。

 

天災の影響でとぎれとぎれの音しか聞こえない通信機から聞こえた少しの言い争いの後ACEさんの部隊が間違いなく殿の、いや、サクリファイスの位置に立った。

 

 

 

背筋を冷たい何かが滑り落ち、腹の奥底から熱い何かがあふれ出た。

 

 

 

力いっぱい崩れたビルの壁を蹴り、体重を操作して飛距離を伸ばして、ACEさんの横に降り立つ。

 

「誰が戻って来たかと思えばルークか。本隊はもう撤退済みだ、そっちに合流しろ」

敵を睨みつけたままでACEさんは言う。

 

「ある程度の状況は把握しています。天災で通信機がやられていますから情報を伝える役目が必要と思いますが」

ACEさんの横で盾を構えて私は答えた。

「……物好きめ。いいだろう!!おい、お前らぁ!!新人に恥ずかしい所見せるんじゃねえぞぉ!!」

「おおおおおおおおお!!!!」

 

そう雄たけびが上がり士気が最高潮に達した瞬間その瞬間に

 

 

無造作に振るわれた剣によって隊の半分が蒸発した。

 

 

 

 

 

 

 

その一撃で崩れなかったのは奇跡でも何でもない。士気の高さと絶え間ない訓練のおかげだ。

 

それでも全員の行動が一人でも多くから一秒でも長くに思考がシフトするのにそう時間はかからなかった。

 

ドクターと呼ばれる彼がどんな人柄なのかは分からない。

 

わからない、だけれど間違いなくロドスという城壁《ルーク》が守るべき王《キング》であった。オペレーター《ルーク》たちが彼《キング》のために命を投げ出すのすらいとわないほどに。

 

 

避け、流して受けはしない。守るためには、助けるためには、生き残るためには盤面を詰ませるしかない。

 

深く冷えていく心で友が死ぬ瞬間を見きわめる。反射を理性で抑え込み、一人死ぬたびに現れるコンマ1秒にも満たぬ隙を拾い集める。

 

「後輩ちゃんもうヘタレんなよ~」という場にそぐわない呑気な言葉は幻聴に違いない。

 

あの熱量を受けながらしゃべる余裕なんてないのだから。

 

 

炭化しはじけ飛んだ仲間の肉片を顔面に受けながらようやく作った半呼吸の隙にギりりと奥歯をかみしめ一歩踏み出す。

 

アーツで重心を足から腰、腕と移していく。構造上無理のある動きに筋繊維がぶちぶちとちぎれる感触に構わず、ほんの少し見開いた眼に向けて盾の端を全力でたたきつける。

 

「おおおおおおおおお!!!!!」

 

柄にでもなく出た雄たけび。積み上げた犠牲《サクリファイス》で作り上げた盤面。間違いなくチェックメイト足りうる最高の一撃だった。

 

 

 

 

 

 

勝てるかもしれないと勘違い《・・・》するほどに。

 

 

 

 

 

 

最初の違和感は感触であった。鉄を殴ったような、ではない。スポンジに手を突っ込んだような感触。D32鉱の盾が灼熱して泡立つ。

 

とっさに盾を捨て転がった判断は自分でもほめてやりたいほど的確で、だからこそ相打ちには持っていけるだろうという思い上がりが盾とともにはじけ飛ぶ。

 

瓦礫で体を切りながら転げ、どうにか視界を上げてみれば敵と目が合う。

 

彼女は手で目じりをなでながら私をまっすぐ見ていた。初めて認識された。そう、認識された。逆に言えば今までの私は認識されてもいなかった。

 

「ほう、届くか」

 

言葉とともに剣が振るわれる。

 

敵が初めて無造作でなく明確な意思を持って打った一撃は避けようがない。避けられる体制でもない。そのはずであった。衝撃とともに地を転がる。

 

「安心しろ、大丈夫だ」

 

差し出されたのは筋肉質の手。目の前で片腕が焼き切れたというのに笑顔のままであったサングラスの男。

 

敵の視界を切るように向けられた背はいつかのように大きくて、いつかのようにぼやけて、見慣れた城壁のマークが翻っていた。

 

「覚えて……るんですか?」

「確かにあの時と同じ状況だなあ」

 

気が付かなかったぜと彼はにやりと口角を上げた。

 

「でも昨夜そんなそぶりは……」

「トラウマかもしれない話をするほど無神経じゃないさ」

 

はははと笑う彼は激痛にさいなまれているはずなのにそれを微塵も感じさせない。そんな何でもないような口調で彼はお前は逃げろとだけ言った。

 

「……最後までお供させてはくれないんですか」

「情報収集する必要性があるって言ったのはお前自身だろうに。それを共有しないでどうする」

「武器を失いました。どうせ逃げられません」

「じゃあ、俺のを使え」

 

盾を目の前にほおられる。重装オペレーター敵を目の前に自分の命たる盾を手放す。信じられなかった。

 

「私が抜けたら前線が壊滅します」

「線とは言うがなあ。もう俺ら以外は残ってねえよ。これじゃあ点と点だ。一個減ったところで代わりはしない」

 

並び立つなんて嘘だ。背を守るなんて嘘だ。あこがれだなんて大嘘なのだ。

 

一瞬の隙の代償は全滅だと予測しても指したのはロドスの最強のルークを、否、私の唯一のキングを守りたかっただけだ。

 

「ですが、ですが……」

 

それでも反論が見つからなかった。結局何も変われなかった。命を天秤にかけ、皆を裏切ったというのにたった一人の王すら守ることはできなかった。

 

「情報と、あとはそうだな、俺の盾をドクターに届けてくれ」

 

だけれど、それでも、私はたぶん助かる。助かってしまう。

 

悪路走破に特化したアーツ、撤退前提である先鋒オペレーターとしての訓練。逃げるだけならばそれこそコンマ1秒の隙もいらない。

 

ACEさんが最後に作って敵から作ってしまう隙しかいらない。

 

「別れは済んだか」

 

それでもと否定の言葉を紡ごうとする口からはしかし敵に遮られ何も出なかった。

 

振り向き野性味あふれる笑みを見せ、急激な熱膨張で半分はじけた私の盾を拾いACEさんは敵に向き直った。

 

「済んでないと言ってももう待ってくれなそうだからな」

 

敵にACEさんは踏み込んだ。ボロボロの盾と残った片腕だけで。結果は見えていた。だけれど結果は見なかった。

 

サクリファイスをうまく扱えるかは指し手の腕だ。

 

自分の甘えた思いでACEさんが無駄死になることだけは許せない。背後から聞きなれた何かが爆ぜる音がする。

 

あの日の父の気持ちが分かった。

 

 

 

 

 

 

疲労はひどく頭がもうろうとする。

どこをどう通ったことすら覚えていない。それでも憎たらしいことに先鋒オペレーターとしての訓練は自分を裏切らなかった。

 

 

 

 

 

次に目を覚ましたのはロドスのベットで、体に食い込むように強く盾を抱いていた。傷だらけの私のものではない盾。

 

意外なことに涙は出なかった。

 

脳は勝手に必要な事項をまとめ、私は食事よりも紙とペンを要求した。

 

芥子が入っているからと忌避していた理性回復剤をかみしめ寝る間も惜しんで報告書をかいた。

 

ロドスはどうやら龍門に向かっているらしい。あのチェルノボーグに劣らない感染者に厳しい都市に入るためには間違いなくこの情報が取引材料になる。

 

寝る時間はない。攻撃範囲、防御性能、攻撃力、特異なアーツ。思い出せる限り。誰よりも理解していたずっと見ていた物差しを使って。

 

書いて書いて書いて書き終わった後、私はまた失神するように眠った。

 

 

 

 

 

 

その夜、私が起きたことを確認したのかドクターと呼ばれていた男がいくつかの見舞いの品とともに訪ねてきた。

 

言葉少なに伝えられたのは見舞いの品の送り主たちと謝意。

 

「すべてACEさんのおかげです。私たちが助かったのも、私が助かったのも。私は何もやっていません。何も……できませんでした」

 

私の言葉にやんわりと否定が返ってきた。

 

無理であったのだという。全員が助かる道筋は見つからず、だからこそ何もできなかったのだという。たぶん、それをACEさんに察せられたからこそ殿の役割を無理やりにでも奪われた。つらい部分を押し付けてしまったのだと。

 

ああ、と納得した。この人がこんなにも好かれているのは、その指揮の腕でも治療の知識でもないのだ。犠牲を許せずすべてを助けようという意志なのだということがすとんと落ちた。

 

ACEさんたちが王と仰ぐ理由が分かった気がした。

 

私が何もしていないわけではないと彼は言った。

 

ウルサス政府とのつながりが残ったと言った。敵の報告書が役に立ったといった。自分の命を救ってくれたといった。ロドスの皆の命を救ってくれたといった。

 

そして、何よりもACEさんの遺品を持って帰ってくれたことに感謝した。

 

ほとんど記憶がないはずなのに、それでも。遺志は継がれたのだと心からの感謝を示して見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チェルノボーグから脱出して三日目の夜、私は初めて声をかみ殺して泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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先鋒オペレーターのルーク、着任しました。この盾にかけて切り札級の活躍をお見せしましょう。

 



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