黒い霧が晴れ、異空間を転移する不愉快な感触に包まれたまま現実世界へと戻る。
正面から飛び掛かって来た足が肥大化したヴィランの顔面を殴りつけ、そのまま横へと振り抜く。本体の重さに加えて飛び掛かりの勢いが付き、右腕に負荷がかかるがそのまま弾く。
連続して殴り掛かって来た奴に対して身体を引き組み技を仕掛ける。手首と肘を抑え地面に叩きつけ骨を折る。
「……いきなりだな」
俺が近接戦闘メインという情報が入ってるのかどうか判断付かないが、相手の様子も確認せずに殴り掛かってくるあたりこのエリアは捨て駒が多そうだ。
一切の躊躇いが無い攻撃、武器を持った奴も数名……ここは、森か?
恐らく森林エリア、火関連の個性を持った奴が居ないことを祈る。
俺と少なくとも、もう一人来ている筈だが──見当たらない。森の中で別々にされたとすれば最悪だ。
俺が信号弾を撃って、気付いてもらうのが一番。というか、それ以外に方法がない。大声は不確定、クラスメイトは俺が信号弾を所持しているのを知っているからそれがベストだ。
懐に手を入れる余裕が無い。一先ずは、ここのヴィランの制圧が優先か。
スタートから囲まれていて、銃を所持している奴が三人程に加え身体に変化が出ている個性持ちが六人。学生二、三人を殺すのにどれだけの数を揃えてるんだか……面倒だ。
対角線上に銃を持ってる奴が居るのは助かる。うまく利用すれば同士討ちに持ち込めるし、倒れた方を肉壁にでもすればある程度は生き残れそうだな。今のこの国じゃあ拳銃何て探してもあまり出てこなかったが、構造は理解している。
外国で銃規制されてない国、その国の言語を学んで現地の動画をひたすら漁った。
取り寄せでもできれば違ったが、表立ってそんな事をするわけにはいかない。自分の能力を信用していない訳じゃないが、もしバレた時の事を考えればやる訳にはいかなかった。
──思考を入れ替えよう。
銃を一発でも撃たれればアウト、その場で戦闘不能になることはないが、動きが鈍る。
説得は無理だな。最初に二人無力化した時点でよっぽどのアホじゃない限り油断しないだろう。どうする? 切り抜けるにも条件が必要だ。それを整えようか。
一番の目的は信号弾を放ち合流する事。
最低限の目的として、俺が捕まらずもう一人を助ける若しくは俺が助けられる。一人で対処できると過信せずに少しずつ削っていこう。
後ろに目でもついていれば動けたが、残念な事に後ろから銃口を向けられている。
さて、どうするか……。
両手を上げて、降参の姿勢を作る。目の前の奴が怪訝な表情をして──後ろの拳銃持ちへと目線をずらした瞬間、伏せる。
低姿勢で一気に正面に踏み込んで、銃を持っていた奴に対して肉薄する。
──武術ってのは、この社会じゃあまり役に立たない。
敵のサイズは人型とは限らないし、あまりにも限定的すぎるからだ。個性が発達し、規格というものに差がついた現代において『弱者が勝つための技』は淘汰され、『強者故の個人技』が進化した。
俺がさっき使った組技なんて骨董品もいいところ。使用用途が限られすぎていて一般に普及は出来ず技術は失われていく一方だ。あんなもの、身体から毒性のガスでもだしていたら近寄れないから使い物にならない。
普通なら、そういう時対応するために自分の個性を磨いたり絶対的な技を作るが──生憎と、俺はこの社会で生きていくのに向いているようで。
この見たもの聞いたもの全て記憶してしまう俺の脳ならば、即座に使い分けられる。
折角覚えた技を忘れることはない。いつまでもいつまでも脳の引き出しに保管して、いざという場面で選択する。
力を増す個性が相手なら組み技と柔術で受け流す。
速度を増す相手なら攻撃を置き、先手を取って対処する。
汎用性に優れた個性なんていくらでも思いつくが──この戦い方は、俺しかできない。
相手に対して何かを仕掛ける技術が通用しないならば、俺自身の技術を向上させればいい。
敵の視界から瞬時に消えたように見せかけるトリック、踏み込みのインパクトを最大限に収縮して加速する。俺にとって、この完全記憶能力は武器だ。この知識と経験が、俺の全て。
複数人を相手にするならば、最速で危険な相手を無力化する。拳銃を蹴り飛ばし、ほかの拳銃持ちの射線を敵の身体そのもので塞ぐ。時には引っ張り盾に、死なないように身体の位置を調節しながら走る。
目の前に待機していた複数人を地面に転がし、その隙に拳銃を構えた奴に相対する。
「こ、このガキ……! 普通じゃねぇぞ!」
「話にあっただろうが! 油断するなってよ」
油断するな。
それは果たして、雄英の学生そのものを指すのか俺自身を指すのか。仮に俺のみを指すなら、かなり正確な情報が漏れていることになる。漏れるとすれば雄英からか……? 戦闘訓練の映像を解析されれば厄介だ。
だが動きの癖までは流石に意図して操ってないから、そこを利用すれば問題ないな。
ヴィランの指が、引き金へと触れる。狙いは俺の頭、一発で撃ち抜く気満々だ。
流石にここから駆け出して間に合う距離じゃないし、個性が射撃に関係するモノだったら避けられない。
──もう、俺が動く必要もないが。
ふわりと漂った香りで、誰が一緒に飛ばされたのかに気がつく。
「──頼んだ、葉隠」
「任せて、志村くん!」
連中の背後から接近した葉隠が、拳銃を持ったヴィランの腕を殴るか蹴るの行動を起こす。突如衝撃が来た事に驚き、俺から目を逸らしたその瞬間を見逃さない。
駆け出し、残った三人の内二人まとめて処理する。
俺の接近に気がついた時にはもう遅い、両顎を持ち上げそのまま脚を払いのけ転ばせる。後頭部から直撃すると流石に危ないから、空中で回転させ視点諸共脳を震わせる事で安全に気絶させる。
顔面から勢い良く地面に落下したが、死にはしない。
ポケットから捕縛用の簡易手錠を取り出して、全員に着けて回る。異形型の奴は木に括り付けて動けないようにして放置。出血もしてないし、味方ごと撃ち抜くような連中じゃなかったから良かった。
もしそこまで躊躇のない奴らだったら治療とその後の死なせないためのケアで時間が取られる。
「ナイス葉隠、よく合流してくれた」
「いえ〜い、何とかなったねー!」
風圧と共にいい香りが広がっているので、おそらく全身で喜びを表しているのだろう──見えないが。
生徒が合計二十人、プラス教師が一人。
USJのエリアは合計で七つ、山岳・水難・暴風・火災・倒壊・土砂に俺たちがいる森林。
森林エリアにいる敵の数は現在九名。各エリアにそれぞれ送った同級生に合わせた個性持ちがいるに違いない。不利な状況でもある程度ならどうにかしそうな候補は爆豪・轟。こいつらは何が起きても問題ないだろう。
俺と葉隠が二人のみで送られた、と仮定するならもっと他の場所に人員を割いてい──……は? 待てよ。
前提から間違えている。あの黒い霧は、一言も災害エリアに運ぶだなんて言ってない。既に見知らぬ何処かへと転移させられている可能性の方が高い!
マズい。そうなれば俺も手出しができない。使える選択肢がとてつもなく狭まる。確実に殺したいやつだけそっちに連れて行ったという事が行えてしまう。
考えている暇はない。懐に手を伸ばし、信号弾を空に向かって発射する。色は特に決めていないので赤色、相澤先生は確実に気がつくはずだ。
まだ、生きていればの話だが。
「……よし。葉隠、さっさと他の場所に向かおう」
「ん、わかった。皆飛ばされてるのかな?」
「それを確かめに行くのさ──今状況的にマズいのが確定しているのは、広場の相澤先生だ」
最善は13号。
次点で轟と爆豪、八百万と飯田。
「最速で行く。まずは──」
◇
──激痛が奔る。全身を駆け巡るその痛みと熱で目を覚まし、失態だと内心毒を吐く。
今は後悔している場合じゃない。使える道具と、時間を有効に使って行こう。
「イレイザーヘッド……無様だなぁ」
数秒前か、数分前か不明だが記憶が正しければ広場にいたヴィラン諸共俺を吹き飛ばしたのはアイツだ。手首から先を大量に身に付けた方ではなく、巨大な大男。
脳を剥き出しに、身体が異様に隆起している怪物。何の個性を使用しているのか不明だが、抹消の個性を使用しても変化なし。速度も威力も化け物みたいな拳を喰らって階段に叩き込まれた──状況の確認は終了。
生徒は全員どこかへ散った。
あの黒い霧を出すヴィランの個性に呑みこまれ、消息不明。大失態、雄英の崩壊という最悪のシナリオが頭に浮かぶ。
「──ヒーロー、失格だな……」
痛む身体を無理やり起こして、千切られた特別性の捕縛マフラーを握る。相手のパワーはそれこそオールマイトクラス、救援は今しばらく期待できない──詰みだ。
そして、詰んだからと言って諦める訳にはいかない。
最早、自分の責任では取り返しがつかない領域まで来てしまった。だからこそ、どうにかしなければいけない。
こういう場合、理屈じゃない。大嫌いな感情論で取り組まなければいけないのが教師の辛いところであり、ヒーローの悲しい性質だ。
「おいおい……まだやんのかよ。ボロボロじゃないか、諦めて死んだらどうだ?」
当たり前だ。こっちは普通の身体だぞ。そんな、素の身体能力でオールマイトに肉薄出来るような怪物相手にできるか。オールマイトさえ来ていれば、また少しは違っただろうか。
──居ない人間を追っても仕方ない事だ。現実を受けとめ、整理する。
「……悪いが、ウチの生徒はこれからなんだ」
俺が除籍にしなかった、二十人。誰しもがヒーローになれると、可能性を感じた。だから、責任をもって育てて行こうとした──その矢先。
家庭環境に難があり、友人が居ない轟。
性格や言動に難はあるが、ヒーローを目指す志はある爆豪。
あきらかに何か隠してる緑谷に志村──他の連中もそうだ。一癖も二癖もある連中を、立派なヒーローにしなければならない。
「返してもらうぞ──ヴィラン」
今の時間稼ぎで呼吸は整った。
好きではない校訓を胸に仕舞い込み、深呼吸する。
「ははっ、良いねえプロヒーロー……ますますムカつくよ」
手のひら男が笑う。
そうして油断をし続けてくれると有り難いが、厄介なヴィランが目の前に二体残っている。いつ仕掛けてくるかもわからず、一瞬たりとも気を抜けない。
──……なんだ?
森林エリアの方で、何か光が……あれは、信号弾か?
──志村。アイツがそう言えば所持していたな。
信号弾はそのまま、隣のエリアへと落ちていく。
……少なくとも、志村がこの施設内に居るのは確定した。アイツならきっと、俺の立ち位置まで考えた上で行動する。それくらい冷静に考えられる奴だ。
わざわざ隣のエリアへ信号弾を落とした理由。理由……そういうことか。
俺が志村の立ち位置ならば、広場で一人戦闘しているプロへと生徒の居場所を伝える。転移持ちの個性の詳細が不明な以上、これほど安心できる判断材料はない。
隣のエリアに確認しに行って、そのまま生徒を確保する。その間何とかして生き延びろ、か。
一字一句は違うだろうが、こう考える筈。
……生徒に、助けてではなく生きろと言われるとは──教師生活初めてだ。
ゴーグルを装着して、個性の準備をする。
瞬きは厳禁だ。霧の個性は消せなかった、だが転移の効果そのものは止めれる筈。今度はどこにも転移などさせないし、呼ばせない。
視界に全部いれたまま、あの化け物を相手にしなければならない──任せろ。
それを成すのが、ヒーローだよ。