天と地程の差はあるが、天と地しか選べない。   作:恒例行事

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怒りを込めて

『──お師匠!』

 

 ──誰かが叫ぶ。

 聞き覚えのあるような、無いような──若い声だ。

 

 崩壊していく地面に、隆起する建物。ぐしゃぐしゃに壊れたパイプが露出し、文明が失われていく。

 

『──■■……いや、オー■■■ト』

 

 崩れていく世界の中心に、一人の女性が立っている。珍しいノースリーブの服、ぶかぶかの手袋。背中のマント──俺は、この女性を見たことがある。

 

 誰も居ない背後へと、彼女は手を指す。人差し指を伸ばして、誰かを指名するように。

 

『──次は、君だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──目を覚ます。

 とても言葉では言い表せない、全身に響く鈍痛鋭痛激痛の波が押し寄せてくる。意識を取り戻さないほうが良かったと、一瞬だけ後悔した。

 

 何秒飛んだ? 今どういう状況だ。直前の記憶を引き摺りだせ、脳に障害が出来てない限り俺は記憶を絶対に思い出せる。

 

 ぶん殴られた。歪んだ視界に、吹っ飛んでいく速度が速すぎて全く思考が追い付かなかった。そして気絶した。オーケー、冷静にいこう。まだ生きている、俺は死んでない。次がある。まだ間に合う。

 

 動かすだけで更に痛みが増す腕を無理やり動かして、立ち上がる。

 うつ伏せだったのはラッキーだ。首を曲げるのが痛すぎて厳しいから、このままの姿勢で立ち上がれるのは助かる。

 

 耳鳴りが酷くて、音が聞こえない。だが目は見える。視界が動くなら、まだ足掻ける。

 

 俺が今いるのは、先程居た広場から少し離れた入口。壁際に叩きつけられたようで、今は脳内麻薬が大量に出てるからある程度痛みに耐えれているがこの後が怖い。

 

 息を吐いて、ゆっくり歩きだす。

 

 脚は何とか死守した記憶がある。

 動く手段だけは手放さなかったのは我ながらファインプレーだ。

 

 こうも一方的に、圧倒的に叩きのめされると逆に清々しい気分だ。それに、確信も出来た。

 

 この敵の背後──俺の製作者がいる。

 

 明らかに人間離れした抹消の個性で消せない身体能力に、丸出しの脳。普通、生物にとって脳というのは最重要な器官なんだ。個性が発現した人類でもそれは変わらず、今日この日まで頭部の形状を大きく変化させた人間は現れたが脳をむき出しにして生まれた人間は存在しない。

 

 自然界にも、そんな生物はいない。脳は生物の保有する最も大切な器官であり、守らなければならないモノ。

 

 それを頭蓋骨、皮膚を通り越して剥き出しにする? 何故? どういう進化の行程を通った? 

 あり得ない。絶対にそれは起きない。どんな超人社会になっても、そんな姿をしたのはな──生物を超越しているんだよ。

 

 そうだ。超えてるんだよ、生き物を。

 

 俺を作り、その果てに作り上げたのがコレか? 俺の愛しい製作者殿は、こんなもの(・・・・・)の為に俺を実験として作ったのか? 

 

 ──気に入らねぇ。

 

「俺が……そいつに、劣ってるってか?」

 

 腹立たしい。超人的な身体能力、何が個性かわからない不気味さ。その程度かよ。

 

 碌な思考も出来ない、ただ人間をぶん殴るだけの生命体が──俺と同じ生まれか。

 

 アンタの言う幾つかのプラン、その中に脳無は含まれてんのか。なら、失望した。この程度の改造人間が研究の成果? ふざけるのも大概にしろよ。生命を弄び、悪戯に何かを極めさせるだなんてくだらない。

 

 全身の激痛が引いて行く。脳内麻薬が過剰に分泌されて、感覚が鈍くそれでいて研ぎ澄まされていく。ああ、いい心地だ。今なら、何だって引き出せる気がする。

 

 集中しろ。オールマイトが来るまで耐えるとか、もうそんなのはどうでもいい。あの脳無へ一手放り込んでやる──アンタらの傑作が、宣戦布告をしてやるよ。

 

 どうやら俺を死んだと判断したのか、それともあのヴィランが指令を取り消したのか知らないが追撃を仕掛けてくることは無かった。好都合、とことん利用してやる。

 

 水難ゾーンへ目を向けている連中は、俺の事を完全に意識から外している。いい兆候だ、そのまま放置してくれていると助かる。さて、どうやって一手指してやろうか? あの脳無に一撃ブチ込むのは確定だが、他の連中にも入れたい。ムカつくよな、だって。

 

 安全圏から指令を出して人を殺そうとするなんざ、許せるかよ。

 

 こちとら、自分の人生を全て捧げてでも挨拶(復讐)するって決めてんだ。一度会ったっきりの親にだよ。それを邪魔しやがって──絶対にぶっ飛ばしてやる。

 

 身体は重症の筈だが、不思議と軽く感じる。人間の機能ってのは素晴らしい。無理を通して、限界の先を引き出せば動くんだから。

 

 脳無は水難ゾーンへと跳んでいった。その様子を眺めているだけの二体に対して駆け出す。

 

『死柄──っ』

 

 霧ヴィランの展開した霧を、思い切りマントを翻して跳ね返す。風圧には勝てないソレは、緩やかにだが失速していく。それだけアレば、十分だ。

 

 僅かに出来た隙間を潜り抜けて、死柄……なんとかかな。そう呼ばれた手首野郎に接近する。

 

「はぁ? お前さっき──」

 

 喋り終わるより先に顔面にストレートをぶち込む。全身ズタボロの()が放てる、最高の一撃だ。基本に忠実、空手やボクシングと呼ばれる格闘技を見稽古していてよかったとつくづく実感する。

 

 よろめいた所にタックルし、馬乗りになってマウントを取る。この状態なら霧野郎も迂闊に伸ばせないだろ。

 

 何か抵抗される前に更に顔面に追撃する。何度も何度も、右左交互に突き出して。身に着けている手が何本飛ぼうが構わずに、ひたすら振り続ける。お前が命令を取り消さない限り脳無は暴れるだろうが、逆だよ。

 

 お前は命令を取り消せないまま俺に叩きのめされるんだ、クソヴィラン。

 

「──調子に、乗るな゛ァ゛ッ!」

 

 振り下ろした左拳を掴まれ、徐々に違和感が広がっていく。

 ボロボロと、握りこぶしが崩れていく。皮膚が落ちて、形を失っていく──それがどうした。手のひらで掴んだ物を崩壊させるのか? そんな個性どうでもいい。

 

 モノを崩すなんざ、個性が無くたって出来る。

 

 掴んでいる腕を殴り、無理やり離す。出血が止まらないが気にせずに更に追撃を繰り返す。

 

『くっ──!』

 

 突如視界が黒く染まったかと思えば、次の瞬間には逆向きで地面を見つめていた。一瞬見渡した感じ、上半身のみ転移されている状態だ。このまま閉じられれば僕の身体は寸断される──下半身のバネを利用して跳ねて、身体全てをこちら側へと引いた。

 

 地面に手を突いて着地、後方へと一回転して場所を確認する。

 

 少し離れた広場、地面に顔を抑えて蹲っているヴィランを見ると口元が歪むのを自覚した。でもまぁ、別に抑えなくてもいいか。今、すごくいい心地なんだ。

 

「ふ、はは……あは、はは……最っ高だよ、クソヴィラン共が……!」

 

 気持ちいい。余裕だろうとタカを括っていた奴に顔面をぶん殴ってやった。これ以上ない位に完璧で、相手にとっては屈辱だろう。格下で死んだと思った相手に出し抜かれたのだ、これ程悔しく思う事もそう多くない。

 

 ボタボタ流れる左拳の血を適当に拭って、もう一度歩みだす。次はあの脳無を引っ張ってくるだろう。恐らく、先程と同じく超高速での攻撃。一撃喰らえば次こそ終わりだ、見極めていこう。

 

 見えないなら、最初から置いておけばいい。それだけだ。

 

 水難ゾーンで爆発的な水柱が上がる。

 

 速度を保ったまま、確実に殺す……僕なら、そうだな。超高速で尚且つ自分の身体が強固なモノであるなら、この手だ。

 

 視界に突如、真っ黒な地肌が現れる。そうだ、予想通りだ。

 確実に相手を殺すなら、体当たりをするよなぁ! 

 

 右肩で、正面から受け止める。

 真っ直ぐ吹き飛びそうになる莫大な力を制御して、右肩から腰へと流す。衝撃や威力っていうのは、そもそもエネルギーの移動。理論上、完全に上手く受け流せば無傷で分散できるんだ。

 

 一手に絞った。絶対に体当たりをしてくると仮定して、その衝撃の当たり方を制限。

 

 幾ら超スピードで最強だと言ったところで、科学で解明されているこの世の摂理そのものには勝てない。それが、ただの身体能力である限りは! 

 

 死ぬほど重たい感覚だ。一歩間違えればそのまま死へ一直線、その緊張感がまるで雲の上を綱渡りしているような浮遊感を抱かせる。

 

 ほぼ全ての力が、腰へと集中する。その瞬間を見計らって、大きく右足を動かす。莫大な衝撃に振り回されないように極力丁寧に、それでいて大胆に動かしながら──半身下がった場所へと、右足を叩きつける。

 

 瞬間、ひび割れる地面。

 大きく陥没するその中心で、ほくそ笑み。

 

 衝撃を受け流し、脳無が別のアクションを起こす前に──その丸出しの脳へと、崩れた左手で手刀を叩き込む。

 

 脳をぶち抜き、引きずり出した。ピンク色の脳漿が飛び散り、独特の不快感が興奮と混ざり合う。

 

 よろよろと後方へ座り込み、動きを止めた脳無を見上げる。

 

 右肩は完全に衝撃で外れた。骨も無事かわからない、脳内麻薬にだって誤魔化せる限界がある。もう、正真正銘限界。僕は全部出し切った。

 

 殺したか、とも思ったが──この程度で脳無は止まらない。何故なら、僕を作った製作者がただ強いだけのナニカを作るとは思っていないから。必ず、何かに対して嫌がらせも含めて作るだろう。

 

 ボコボコと飛び散った脳漿が蠢き、元の形へと修復されていく。全く、気持ち悪い光景だ──でも、そんなのどうでもいい。

 

 俺は一手差し込んだ。アンタらの作った改造人間に、ほぼ独学で生きてきた俺はこうやって抗った。お前らの教育より、俺単体の方がよっぽど成果を出した。もっともっと暴れてやりたいが、俺の身体は既に限界。

 

「──ざまぁ、みろ。クソヴィランが」

 

 勝利の宣言をしてやろう。

 目の前に居る三体にはこれ以上ない程の負け惜しみにしか聞こえないだろうが、その裏に居る奴には別の意図で伝わる筈だ。

 

 それに──もう僕の出番はない。

 

 背後、つまり入口が爆発の様な音を起こす。ここからは生徒の時間じゃない、教師による反撃の時間だよ。

 

 

 

 

 

 

 その後の顛末は、酷く詰まらないモノだった。

 

 平和の象徴による圧倒的な武力、他のプロヒーローによる援護と拘束──最終的に脳無は捕らえられ、残りの二人は逃げ出す事に成功した。

 残されたヴィラン達と、他のクラスメイトは全員無事だった。ヒーローの卵とはいえ、雄英は流石にレベルが高い。俺が心配するまでもなく皆生き残っていて何よりだ。

 

 そして、重症患者として扱われたのは俺と相澤先生のみ。

 

 二人そろって体力が限界だからリカバリーガールに頼る訳にも行かず、雄英の施設内に入院する事になった。まあ、二日程度だが。

 

「敵の目的は分からず、生徒一名と教師一名が重症……か。大事件ですねぇ、相澤先生」

「お前はあそこで退いていれば重症にならなかっただろうが。俺と水中に飛び込んでしまえばよかった」

「はは、英雄願望って奴ですよ。俺にもきっと、誰かを守りたいって想いがあったんじゃないかなって」

「嘘つけ」

 

 全身包帯で包まれた相澤先生と話す。俺は右腕が完全に粉々になっている様で、痛みがヤバいくらい響いてる。

 

 でも、気分がいいからそれも受け止める。しょうがないだろ、俺が十五年追いかけて何も情報が出てこなかった奴にこんな短期間で反撃できたんだ。

 

「……まあ、そもそもあの状況を招いた俺達教師側に問題がある。だが俺達の問題と、お前の問題は別だぞ」

「わかってますよ。流石に二度目はやりませんし、そうですね──二度目があったら、除籍にしていただいても構いませんよ?」

 

 どの道、次は無いだろう。

 俺が死ぬ、きっとそうなる。弱点を維持したまま突撃してくるとは思わない、俺を殺す為に何かを用意してくれるだろう。ああ、ありがたい。十五年で培った怨みはこんなもんじゃないぞ。

 

「お前を除籍したら猶更面倒な事になりそうだ。仕方ないから(・・・・・・)面倒を見てやる」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 入学して一ヵ月も経ってない内に教師に目を付けられ、ヴィランに仇は見つけ──何ともまぁ、凄まじく濃い毎日だ。

 

 意識を取り戻す直前に見たあの景色……あの女性。そして、『オー■■■ト』と呼ばれた男性──確定か。あの光景は間違いなく誰かの記憶であり、そしてオールマイトは、あの女性から受け継いだ。

 

 なら後は、俺とあの女性の関係性だ。俺の遺伝子に刻まれた彼女は、一体何者なのだろうか。平和の象徴の師──気になる。

 

 コンコンコン、とドアがノックされる。

 控えめなノックに、リカバリーガールが見回りにでも来たかなと思って相澤先生を見る。

 

 面倒くさそうに入れ、と告げ扉が開く。

 

「──なんだ、元気そうじゃん」

「志村くーん!」

 

 元気いっぱい、相変わらず姿は見えないが制服姿の葉隠と耳郎。

 

「……自宅待機中じゃないのか、今」

 

 相澤先生のツッコミが入る。確かにそうだ、今は雄英の生徒はリスクを考えて待機中になっている筈。

 

「それは──」

「──私が代行したのさ、相澤くん!」

 

 ムキッ、と暑苦しい作画のオールマイトが扉を開いて入って来た。ヒーローコスチュームで来ている辺り、ちゃんと護衛としてやってきたようだ。

 

「志村くん、大丈夫だった? 本当に生きてる? 大丈夫?」

「ん、お、おお。どうした葉隠、過保護な子離れできない母親みたいになってるぞ」

「そりゃあんなの見たら心配にもなるでしょ」

 

 あんなの──俺が吹き飛んだ場面だろうか? 

 

「……ちょうど、双眼鏡で見てたの。葉隠が」

 

 ……なるほどな。他の連中より鮮明に見えてしまった訳か。

 

「俺は生きてるぞ。ちょっと死にかけたけど」

「……はー、良かったー」

 

 半分自業自得の選択肢ではあったが、賭けに勝った。それだけで儲けものだ。制限時間がある中で、俺は最善手に近い一手を放り込んだ。

 

 悔いはない。

 

 だがまぁ、俺の事を心配してくれる誰かがいる──そのことは、しっかりと胸に刻んでおこう。

 いつの日か訪れる、別れの時を想いながら。

 




USJでこんな長くなるとは思ってませんでした。

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