天と地程の差はあるが、天と地しか選べない。   作:恒例行事

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雄英体育祭……?

 

 右腕の粉砕骨折が治りきらず、他の重症箇所はリカバリーガールの愛のキスで治して貰ったので退院した。

 叔父は変わらず出張中、これまでは出張に行くことはそう無かったが最近珍しい。全部操作されているのだろうか。だとすれば、何か大きな出来事が起きるのは目に見えてる。

 

 俺の存在に気が付いてくれたのだろうか? だとすると嬉しい。

 

 入院生活中にネットニュースを見て情報を集めていたが、雄英のセキュリティが破られた事に対する不安感を煽るような記事しか見つからなかった。

 相澤先生が隣にいたからネットの奥まで潜り込むわけにもいかなかったし、見れたのは掲示板まで。

 

 掲示板もいつも通り批判的な連中と肯定的な連中が喧嘩しているだけで、特に敵に関するコメントは見当たらなかった。

 

 死柄なんとか、俺がボコボコに殴った奴。あそこまでやられて無様に逃げただけだから少しは正体を現すかと思ったが、流石にそこまで自由にはさせて無いのだろうか。

 

 もっと馬鹿だったらやり易かったが……。

 

 そんなこんなで二日間、見舞いに来てくれた葉隠や耳郎とたまに話しながら時間が過ぎていった。

 

 通学時間をずらして、特に俺はヴィランに対して直接的な攻撃を加えているのでタクシーで雄英まで来るように言われている。

 

「やあ、志村少年!」

「おはようございますオールマイト、相変わらず暑苦しい作画ですね」

「暑苦しい!?」

 

 当然のように家の前まで迎えに来たNo.1ヒーロー、平和の象徴オールマイト。確かにこの人が護衛として居れば普通のヴィランは攻撃を仕掛けてこないだろう。

 

 生憎、今回の敵はそうではなさそうだが──果たして。

 

「さ、乗りたまえ。私も実はタクシーで行けと言われていてね、何故かわかるかい?」

「ヒーロー活動するから遅れないようにって事でしょう」

 

 USJを襲撃されたあの日、本来ならオールマイトがあの場所に居たらしい。

 たまたま、朝にヒーロー活動を行なって遅刻したから校長に説教されていて来ていなかった。それはタクシー通勤を命じられる訳だ。それも、雄英まで護衛と言う任務まで課せられて。

 

「ヒーローとしては最高ですけど、社会人としては失格ですね」

「うぐっ! わ、私も反省しているよ……」

 

 いつものオールマイトより、どこかぎこちない。

 何だろうか、この違和感。気遣い? なんとも言えない感覚だ。でも、不快な感覚じゃない。何というか──懐かしい……? 

 

 俺の元になったであろう人物、あの女性と俺の意識が混ざっているのだろうか。

 

 そう考えるとしっくりくる。

 オールマイトの態度は特に変わっていない筈なのに違和感を感じるのは、俺自身に変化があるからか。彼女の記憶の中でのオールマイトと、俺の中でのオールマイトの像は一致しない。

 

 確かに全てを知りたいとは思ったが、混ざってでも知りたいとは思っていない。俺は俺であり、その人生はたった一つの事に捧げられるもの。誰にも変えさせなどしないし、変えるつもりはない。

 

「面倒だな……」

 

 だが、これで少しずつ見えてきた。

 仮にこの記憶が、ベースになった女性の物だと仮定する。では、どうして俺はそれを知覚できた? 普通の人間にだって、他人の遺伝子は少なからず混ざってる。子供として生まれる以上、親の遺伝子がある。

 

 だが、親の記憶なんて子供は受け継がない。

 

 俺のほかにもう一人造られた人間でもいれば、そう言った現象は無いかどうか確認できるが……生憎とそんな奴は居ない。俺と同類なんざ、それこそオールマイトにぶっ飛ばされた脳無くらいだ。

 

 喋れる知能も無さそうだし、精々捕まって解剖でもされているのだろうか? 俺が潰した脳は再生したし、再生の個性だろうか? オールマイトクラスの身体能力に再生の個性……強い要素詰めれるだけ詰めましたって性能だ。

 

 対オールマイト、なんて謳われてもおかしくない。

 

 話を戻そう。

 個性による、遺伝子干渉……全く思いつかない。俺のこの完全記憶能力と、異常なまでの適応能力に精神的な擦り込みは何だ? 一体、どんな個性を持てば使えるようになる? 

 

 人間としての性能を高めて生まれ、性能を最初から決められていたなら仕方ない。

 

 だが、それだけではない気がする。もっと、他の要因が……あると思う。

 

「そういえば志村少年」

「はい? 何でしょう」

 

 思考を中断して、オールマイトの問いに答える。

 

「君、右腕治ってないけど雄英体育祭はどうするの?」

「え、決まってるじゃないですか」

 

 粉砕骨折が治りきってない右腕、退院はしたがまだ残っている通院。そう言ったことを加味して、相澤先生と二人で話し合った。

 

「──雄英体育祭は出ませんよ。俺は観客です」

 

 

 

 

 教室の扉を開き、中に入る。

 

 既に一時間目は終わっている筈だが、今日はいきなりヒーロー講習なので移動教室だ。別の教室から戻ってくるのにまだ時間がかかっているんだろう。視聴覚室はここから歩いて五分、集団で移動してるならもう少し。

 

 ギプスで覆われた右腕、痛みは凄まじい程に響いてくるが耐えられる。

 

 痛み止めも貰っているが捻じ伏せられるなら使う理由もない。流石に、触られたり揺すられたりしたら激痛だから止めて欲しい。

 

 雄英体育祭──全国に放送する現在におけるスポーツの聖典……らしい。俺も去年のは見たが、全裸になる二年生の印象が強すぎてあんまり重要だと思っていない。放送事故、それに尽きる。

 

 本音を言えば、出たかった。全国に姿を現す絶好の機会であり、俺の製作者へと存在をアピールできる大チャンス。逃す手はないと思っていたが、今は状況が変わった。

 

 ヴィランに襲われた雄英一年、生徒側唯一の重症。治りきってない右腕を無理やり個性で治せば、後に悪い影響が出るかもしれないリスク。

 ただでさえ、左の拳が一部崩壊しているのだ。

 

 握りこぶしを作れば、皮膚が削れて肉が抉れた箇所が幾つか。攻撃力そのものは落ちていないし、指の稼働に問題はないからそこまで痛手ではないがこれ以上自分の使える手札を削るのはよくない。

 崩壊した一部から更に欠けて指が落ちたりしたら面倒だ。

 

 ……俺に時間制限がある、というのは俺しか知らない。それを考慮すれば、後の事なんか考えている場合かと思うが──それを雄英側に伝える事は出来ない。

 

 相澤先生に言えば、どういう事だと勘繰られる。生徒として見てはくれているが、あんな事件が起きた直後だ。内通者の存在を疑っていてもおかしくはない。それで確定だ、となることは無いが疑われるよりかは言わない方がマシ。

 

 それに、その時間制限だって何のことか俺も理解できていない。不確定すぎる、突っ込むにはリスクが高い。

 

 よって、雄英体育祭は出ない。これが結論だ。

 

「あれ、開いてる……って、志村くん!?」

「まるで死人を見たかのようなリアクションだな」

 

 緑谷がギョッ! と反応する。

 どうやら纏めて戻ってきたようで、先程まで一人だった教室は一瞬で活気が溢れる場になった。

 

「よう、無事に生きて帰って来たぜ」

「正直吹っ飛んだときは死んだと思った」

 

 何度か見舞いに来てくれたベストフレンド耳郎。ありがとう、俺はお前のお陰で生きていける。……いや、正直盛ったな。

 

「まあでも見舞いに来てくれてありがとな、葉隠も」

「むー、ああいうことしちゃ駄目だよ? 死んじゃうよ、本当に」

「体育祭も出ないし暫く治療に専念するさ。右腕バッキバキだしな」

「あ、そうなんだ。出ない……え?」

 

 瞬間、固まる教室。

 まあそう思うよな。雄英において、体育祭ってのはとにかく大事だ。

 

 この体育祭を見て、プロヒーローからインターンに来ないかという誘いが来る。まだまだ実ってないヒーローの卵を、『客』として招き入れてくれるのだ。そうして得たプロヒーローとのコネやツテを利用して、後に生かしていく。

 二年三年になればもっとそれが大事になる。プロヒーローのサイドキックとして活躍するのだ。

 

 だから、その最初の切っ掛けとなる一年生の体育祭を棒に振る──普通に考えればもったいない。

 

「左手の拳も欠けてるし、まだ通院して精密検査が幾つか残ってる。右腕は粉砕骨折してて骨が原型留めてないから、まだ治療が必要。流石にこんな状況じゃあな」

「……そんな状態だったの?」

 

 相澤先生も似たような感じだ。俺は一部分に特化して、あの人は全身壊れてる。逆によく復帰したなって思うよ。

 

 プロの根性ってのは凄い。

 

「まー、治るまで一か月くらいか? 期末試験には間に合うさ」

 

 どんな内容の試験になるかはわからんが、どうせ戦闘も含むのだろう。それまでに本調子とまではいかなくても、そこそこマシなレベルまで引き上げていきたい。

 雄英体育祭でやることは、一年生の見学ではない。俺にとって格上、学ぶべき姿勢が見られる筈の──上級生達。

 

「何時まで話してる、さっさと座れ」

 

 いつの間にか教室に来ていたボロボロの包帯人間、もとい相澤先生の姿を認識した瞬間全員素早く着席する。大分、どういう感じかわかってきたらしい。

 

「志村、来たなら職員室寄ってけ。プリント纏めてある」

「ありがとうございま──……何時の間に?」

 

 俺と殆ど同じタイミングで退院したのに、どうやって準備したのだろうか。その答えは教えて貰えなかった、意外と生徒思いな人だからちゃんと作ってくれているのかな。

 

「体育祭までは二週間。志村以外の全員は参加するが、お前はどうするか今協議中だ。一週間以内に結論は出す、それまでは安静にしとけよ」

「はいはい、別に何もしませんよ」

 

 すっかり目を付けられたみたいだ。別の場所に行った方が安心できないから俺が見る、なんて宣言されてしまってはどうしようもない。相澤先生からの信頼は、失ってしまったかな? 

 まあでも除籍と言う手段は取らなかった辺り、導けばヒーローになれると判断して貰えたんだろう。

 

 それは有難い。

 

「……まあ、俺としてはお前に感謝しなきゃいけない立場だからな」

 

 ボソリと口元を動かした相澤先生。

 正確な動きを見れなかったから、読唇術で読み取ることは出来ない。それでも、マイナスになるような事は言ってないことはわかる。珍しく緩んだ口元が、そう理解させた。

 

 珍しい事もあるモノだ。

 

 

 昼休みに悪戦苦闘しながら食事を摂り、午後の授業も身体を動かすのは全部見学。見ているだけで経験値になる俺にとっては大したことじゃないから良いが、そうじゃなかったら大変だな。追いつくのに時間がかかる、そう思わされる内容だった。

 

「バクゴーくん、俺が居ないからって体育祭で手を抜くなよ」

「誰が抜くかボケカスゴラァ! 黙って死ね!」

「……流石に死にかけた奴に死ねはまずいんじゃねーのか」

「うるせぇ半分野郎!」

 

 手あたり次第噛みつく狂犬爆豪に、クラス一のイケメン(当社比)の轟がツッコミを入れる。クールで結構天然な轟だが、会話に参加する程度には仲を深めた。

 戦闘訓練の時に戦って以来、ちょっとだけ絡むようになり──コイツが蕎麦を異常なまでに愛している事を知った時は少しだけ引いた。

 

「轟はどうよ、体育祭。狙うはトップだろ?」

「……まあな。俺は、(こっち)で一番を取る」

 

 パキ、とわずかに漂う冷気。個性の無断使用は禁止されているが、誰が見ているわけでもない放課後だし別に気にしなくてもいいだろう。氷を大々的に出したわけでもなく、ちょっとだけ滲み出ただけ。

 

「爆豪もそうだが、俺はお前にも負けるつもりはなかったが……なんつーか、それ所じゃなさそうだしな」

 

 左拳を握って見せれば、少し顔を顰める轟。

 

「身体が崩れていく感覚ってのは嫌なもんだ。こういう時、覚えている記憶を選択できれば良かったんだけどな」

 

 残念な事に、俺は全てを覚えてしまう。見た光景、聞いた音、受けた感触も全て。便利だが、不快感は永遠に残り続ける。ストレスだ。

 

 今にも、左拳を起点に全身が崩れ落ちていく予感がする。ボロボロと身体が崩壊し、先程まで俺の身体として存在していた物質が変化していく。腕が千切れたとか、そういうレベルではない。理解できない恐怖だ。

 

 無理やり感情を抑え込み、正気を保つ。

 

 そうでもしないと、掻き毟りたくなる。俺は果たして生きているのか、死んでいるのか。本当は死んでいて、これは俺の脳が見せる最後の記憶なのでは無いか──現実か夢現か。

 

 それら全てをリセットして、何とか保っている。それが今の俺だ。

 

「……そうか。お前、全部覚えてるって事は」

「そういう事。幻痛とか目じゃないくらいにずっとだよ」

 

 そして、それを耐えれてしまう俺の精神。リセットなんて強引なやり方で全てやり直せる俺の心は、正常なのだろうか。

 

 全て造られたとすれば──俺の製作者は、何を目指しているのか。ヒーローに対する嫌がらせ、一体何を意図しての事だろうか。気になる、気になる事ばかりだ。

 

「それでも俺はヒーローになる。全部乗り越えたその先に、待ってるモンがあるんだよ」

 

 ヴィランには堕ちない。俺はヒーローとして生きて、ヒーローとして死ぬ。嫌がらせで造った人間はここまで登ったぞ、お前の思い通りにはならない。そうやって宣言してやるんだ。

 

「体育祭は出ないが──置いて行かれるつもりはないぞ」

 

 

 




オリ主
・全部覚えているから、腕が折れた痛みも崩壊していく拳の感覚も全部常に襲ってきている。けどメンタル保ってる。体育祭は欠席して治療を優先する事にした。
 治っても幻痛は襲ってくる模様。


相澤先生
・プルスウルトラしてちょっとだけデレた。


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