雄英体育祭──全国に姿を見せるその大舞台で、生徒による宣誓がある。
一年生の場合、入試成績総合一位の人物が行う。今年の入試一位は、我らがヒーロー科一年A組の偉大なる暴言厨爆豪勝己。
ポケットに手を突っ込みながら壇上に登る姿は、既に周りに敵意を放っている。
『せんせー。──俺が一位になる』
「ははっ、本当に言いやがったあいつ」
観客席から、中を見下ろす。青色のジャージに身を包んだ同級生たちを見ながら笑う。宣誓の言葉に、誰もが沸き立っている。全員が全員ではないにしろ、大多数の人間が一位を目指している体育祭。
この結果が将来のキャリアに関係すると言っても過言ではない程の祭りで、不遜に言ってのけた爆豪。
ネットの掲示板を見て、リアルタイムで並んでいく罵倒を見ていく。
態度が嫌い、生意気、目つきが怖い、ヘドロ、ヒーローじゃなくてヴィラン、こいつ潜入したヴィランだろ──全く好意的な意見は無い。自分から敵を作る才能に関しては雄英でもトップクラスなのは間違いないな。
ヘドロって言葉が一番酷い。爆豪が見たらぶっ殺す位は言う。
「隣、いいかい?」
「構いませんよ。ていうかチケット制ですから」
「はは、それもそうだね」
隣の席に座った男性、黒いコートを身に着けた初老くらいの年齢だろうか?
「体育祭には何時も来るんですか?」
「いいや、今年が初めてでね。テレビで見てはいたけど、死ぬ前に一度見ておきたいと思って」
「それは良かった。俺も本当はあそこに並んでた筈なんですがね」
「おや……もしかして、一年生なのかい?」
「はい。授業の一環で負傷しまして、出られなかったんです」
この言葉で、大体伝わるだろう。
雄英襲撃事件、負傷者がどれくらい出たか既に報道機関には伝わっている。重傷が生徒と教師、それぞれ二人。
「なるほど……今年の一年生は一波乱あったようだからね」
「それはもう、濃い一日でしたよ」
第一種目は障害物競走。
一年生の種目を見るつもりは無かったが、気が変わった。
爆豪、轟、緑谷……クラスメイトが、俺を放置して奮起している。
一位を宣言した爆豪、氷の力のみで一位になると豪語した轟、そしてオールマイトの後継であろう緑谷。轟は現№2ヒーローエンデヴァーの息子らしいし、とても因縁がある体育祭だ。偶然か、必然か……見逃す方がもったいない。
いずれ、俺がプロになれば競い合うことになる。俺だけ外れたのはまぁ、ちょっと悔しいが。
「君もヒーロー科かい?」
「……そうです。話題のヒーロー科で唯一負傷した愚か者は俺の事ですよ」
一人だけ学生服で居る訳にもいかず、一応ジャージを着用している。見る人が見ればヒーロー科と見抜けるのだろうか。
「そうかそうか、納得したよ。本当のヴィランと戦闘してどうだった?」
「──……そう、ですね。怖かったですよ、それは」
模範解答。俺の事情を話す理由も無いし、初対面の人間にそこまで触れられたくない。だから、ヴィランと初めて相対した人間の感想を述べた。
本音を言えば、心が沸き立った。あの時の高揚感は忘れられそうにない──忘れる事は出来ないが。
「そうか──本当は、怖くなかったんだろう? 」
ズ、と一瞬。
ほんの僅かな変化だが、違和感を感じる。これまでの雰囲気とは違う、明確な違和感。
「本当は怖くなんてなかった。気分は高揚していたんじゃないか? 実物のヴィランに──いや、ヒントに近づいて。
「………………」
雪崩れ込んでくる情報を整理しろ。
弟子を育てている、そして核心的な言葉。『送り込んだ脳無』という、絶対に一般人が話さないキーワード。
体温が上昇して、心臓が高鳴る。腕が、身体が震える。
「しかも、弔に話を聞けば脳無を足止めしたのは教師でもなく学生だと言うじゃ無いか。そんな事が出来る奴が居たか、とわざわざデータを見直せば──面白い人材が居て驚いたよ」
「……そういう事か」
心底愉しそうに話す男性。声もだんだん軽やかな声から重い圧力のある声へと変化していく……そう。俺が聞いたことのある、原初の声に。
「まさか何年も前に遊びで造った作品が生きているとは──よくぞ生きていた、
「こっちこそ、会いたかったぞ──
周りの人間に、俺達の会話を聞いている者は居ない。誰一人として俺達の方を見ていないし、気にする気配はない。
「ああ、そっちは心配しなくていい。既に対処済みだ」
「何でもありかよ」
マズい。
限りなくマズい状況だ。まさか直接乗り込んでくるとは──全く計算していなかった。せめて、転移で現れて混乱させるくらいだろうと甘く見ていた。
オールマイトと痛み分け? 嘘つけ、そんなもんじゃない。
今年の会場の警備は例年の三倍、プロヒーローの数も増えている。会場に入るのだって専用の識別個性で見ている人がいるし、十分ヴィラン対策は行われている。なのに、何の違和感もなく隠し通して堂々と中に入って来た。
「なるほど、僕が手を加えた部分はちゃんと機能しているようだね」
手を加えた?
考えろ。俺とこの男に接触があったのは最初の数秒のみ。他は全く干渉していない筈だ。手を加えたとすれば、その瞬間に違いない。……これか? 俺のこの思考能力と、記憶能力の事か?
「──
思考を、読みやがった……?
この時点で、俺が起こせるアクションはゼロ。完全に命を握られた。
「安心したまえ。今日ここで君を殺そうと来た訳じゃあない。そうだな、言うなれば授業参観という奴だ」
「……どの道、俺はもうアンタに何もできない。それが嘘だろうが本当だろうが、気にしない。そんな事より、聞きたいことが大量にあるんでね。答えてはくれるか?」
「いいとも。十五年もの間育児を放棄していたのだから、それくらいはしてあげよう」
襲い掛かってくるプレッシャーは、あの時のヴィラン共とは比較にならない。ただ会話しているだけなのに、吐き気と頭痛が止まない。
「俺の存在は、ヒーロー達へのプレゼント──嫌がらせと言っていたな」
「そうさ。君の事は、オールマイトへの嫌がらせで造った。認めよう」
オールマイトへの嫌がらせ──やはり、あの女性関連か? 言い方を変えれば、現状緑谷出久へ受け継がれた個性の先々代を担当した人物。
「……よくそこまで辿り着いた。いや、驚いた。まさか単独でそこまで理解できるとは」
「俺に刻まれた遺伝子が原因かどうか知らないけど、ピリつくんだよ。オールマイトも、緑谷も。そしてオールマイトが師匠と呼んだ女性の記憶……ここまで揃えばバカでもわかる」
既に始まった障害物競走、だがそれ所じゃない。
今俺は、人生を賭けて到達して見せると誓った男に相対しているんだ。
「そうだね、大盤振る舞いだ。どの道、今日この日が過ぎてしまえば君に会うのは最期の瞬間──君が息絶えるその時になる。オールマイトの個性、いや、九代目
なるほど、次は無いと。
果たしてそれは俺自身の時間制限の事か、直接殺されるからか……それは後でいい。
「
「正解だ。それも記憶にあっただろう? あの愚かな女の記憶を辿ったのなら」
何時しか、その名を呼ぶ記憶を見た。
一人は皆の為に、皆は一人の為に──有名な英語だ。
「オールマイトが台頭して、その仲間を徐々に減らされて行った。凶悪なヴィランが大きく数を減らしたのも十年近く前になる」
「そうだね、僕は六年前にオールマイトに敗れた。頭を潰されたが、抜け道なんて幾らでもあるものさ。今日こうやってここにいる僕も、本物の僕とは限らない。そういう個性を作っていればいいんだ」
何でもあり過ぎる──オールマイトはよくもまあ、こんな怪物に一度勝利した。素直に尊敬するよ、間違いなく一番だ。
「君にそうやって讃えられれば、彼も嬉しいだろうなぁ……僕にとっては、面白くないが」
「嫉妬するなよ。それに、オールマイトの存在が身体に刻まれ過ぎてて不快なんだ。あの男が近くにいると、恐ろしくて堪らない。一体何を埋め込んだ?」
これが一番気になる。
俺の製作者へと、既に辿り着いていた。こうやって直接来るとは思っていなかったが、俺の中では結論は出ていた。
襲撃してきた、敵連合と名乗った連中の奥に必ず居ると。
「そうだ……君に埋め込んだモノか。一体、何だと思う?」
とても愉しそうに、まるでクリスマスや正月を心待ちにしている子供の様に問いかけてくるオールフォーワン。
悍ましさ、恐ろしさが圧力となって全開になる。
それでもなお、誰一人として俺の事を気にしない。
「俺に、埋め込んだのは……オールフォーワンの遺伝子と、あの女性の遺伝子だと睨んでる」
だからこそ、オールマイトへの嫌がらせだ。最高で最悪な贈り物。
確信したのはさっきだ。こいつは、俺の事を息子と呼んだ。作品ではなく、わざわざ息子だと。自分が手掛けた作品を息子、娘だと表現する芸術家は多いがそういうニュアンスではない。
自分の息子だと、意図を込めてわざと言った。俺に気付かせるために。
オールマイトの敬愛する師の遺伝子と、その宿敵である自分の遺伝子を混ぜ合わせて作り上げた傑作……それが俺、志村我全という生命体だ。
絶対にオールマイトには、いや──誰にも知られてはいけない俺の出生。
これだけは、言う訳にはいかない。
答えずに、黙るオールフォーワン。
僅かに聞こえる笑い声が、酷く不愉快だ。
「そうだ──君は、僕の息子でありながら七代目OFA継承者の志村菜奈の息子だ」
志村菜奈──成程。要するに、俺の母親な訳だな?
お前が父親で、母親を殺した当人……中々イカれてる。普通じゃない。こんな最低な事、日頃どれだけ悪辣な事を考えていれば思いつくのだろうか。
「酷い言われ様だけど、否定はしない。志村菜奈を殺してからオールマイトは益々勢いづいてね、正直苛立っているんだ。僕は彼が大嫌いだ」
本気の苛立ち──不快感が波になって押し寄せる。吐き気が強まって、心が軋む。
「……今日はここまでにしておこうかな。気付かれる前に、帰るとしよう」
席を立ち、出入り口の方へと歩いて行く。
その顔を見る勇気は、出なかった。見れば、死ぬと全身が告げていたから。俺の事を殺す気は無くても、きっと。
「ああ、そうだ息子よ。一つだけアドバイスだ」
立ち止まって、言葉を投げかけてくる。
「君は、僕の息子だ──個性の事を、よく考えてみるといい。そうすれば、君はまだまだ強くなれる。僕を超える程に……」
そう告げて、立ち去っていくオールフォーワン。
俺は、あの男の息子で……母は、殺されている。
手に入れた情報が多すぎて、纏めきれない。個性の事、俺自身の事も。
いつの間にか終了していた障害物競走、一番でゴールした緑谷が爆豪に絡まれている。
ワンフォーオール、先代がオールマイトだから……九代目継承者、緑谷出久。
あの男を、超える。ワンフォーオールも、オールフォーワンも全て超えるんだ。それが、俺に残されたたった一つの──頂点を目指す道。
薄暗い一室。ピ、ピ、と独特の機械音が鳴り響く。
「──雄英体育祭、無事終了……ク、ハハ。全く僕の侵入に気が付いていなかった癖に、良く言う」
テレビに映る表彰式を見ながら、男性は嗤う。
「エンデヴァーにも見られたが特に何のアクションも無し。オールマイトも、全く気が付いていなかった。やはり、衰えたなぁ」
今トップクラスと言われるヒーロー達を嘲笑いながら見る。
壇上に立つ少年たちは皆輝かしい未来が確約されており、既にプロヒーローへの一歩を踏み出したと言っても過言ではない。
それに比べ、自らが教え導く弟子はこれからどんどん成長していく。
師というのは、弟子を独り立ちさせるために居る。
「今更僕が表に立つつもりは一切無かったが……少しだけ計画を変えようか。弔達と別れるあの日、少しだけ手を加えよう」
ボコ、と椅子に座りながら手に力を籠める。
黒い、泥の様な物質が無からあふれ出る。周囲に臭気を撒き散らすソレは、誰しもが無意識に忌避感を覚えるだろう。
「
発覚した時のオールマイトのメンタルはもうボロボロ