雄英体育祭を終え、いまだ興奮冷めきらない雄英。
轟や緑谷のドラマ的な展開や、爆豪の慟哭など様々なモノが生まれた体育祭だったが──俺にとっては恐怖の一日だった。
いきなりやってきた
緑谷出久、そしてオールマイトの個性……
俺の生まれた理由、待っている運命。
どれもこれも最悪で、俺が求めていた答えだった。
「はあ……」
知りたいことを知れたのはいい。教えてくれたのが最低な奴だったのはさておき、情報を纏めればかなりの事を教えてくれた。言葉通り大盤振る舞い、俺に対してのボーナスだったんだろう。
志村菜奈、母。記憶に全くないのに見えるその光景は、確かに過去起きた事だった。
オールフォーワンとの戦い、託した次代。
そして、復活しつつある悪。
俺一人ではとても処理できないようなでかい規模だが、俺一人で処理しなければいけない。
オールマイトに知られるわけにはいかず、頼れる人物はいない。何時でも敵が俺達に仕掛けられることを知っていながら、その対策を誰かに伝える事が出来ない。一人で策を練り、対応する。
無理がある。
俺にだってやらなきゃいけないことは多い。
オールフォーワンが話した個性について。俺は、あの男の息子──直接的な血を引いた正真正銘の息子なんだ。伝説的なヴィラン、他人の個性を奪い与える個性を持つ男の。
ならば、俺の個性は一体なんだ。
それを突き止める必要がある。現状最優先なのはソレだ。俺は、自分の事を知っている様で知らなければならないことを知らない。個性を知り、俺の全てを理解しなければならない。
そうでなければ、あの男に勝てない。
いや、そもそも理解したところで俺の個性は勝てるようなものなのか? この思考能力に、記憶能力……人間としての性能の底上げ? いや、奪って与えるという個性に関係がない。奪う、与える……思いつかない。
奪う。与える……俺に兄弟が居ない理由はソレか? 他の兄弟から、そういう性能を奪った? だからあんな意味深な言い方をしたのか?
最初の言葉を思い出せ。
『君はその個性の関係上、色んな場面で色んな葛藤や選択が生まれる。そう、絶対的な二択の選択肢がね』。絶対的な二択、奪うか奪わないか……? 違うな、そんな個性じゃない気がする。
もっと、もっと他にある筈だ。俺が何か思った事、例えば脳無と戦ったとき。あの時、俺は何を思った?
「おはよー志村くん!」
バシン、と机が叩かれる。視線を向ければ、相変わらず服だけが浮いて見える葉隠が居た。もうそんな時間か、いつもより早く登校したが既に人が揃ってきている。
「ああ、おはよう葉隠」
「腕のギプスはまだ取れないんだねー」
毎日少しずつリカバリーガールの力を借りて治してはいるが、それでもまだまだ先は長い。漸く骨の原型が見えてきたレベルだ。もう少し時間が経てば職場体験も待っている──が、俺にはあまり関係ない。もう、どこに力を入れるべきか自分の中で理解してしまった。
たとえ怪我が期間までに治らなくても、もう走らなくてはいけない。俺に残された時間は、あまり多くない。だからこそあの男はわざわざ来た。オールマイトへの嫌がらせという意思を伝え、俺自身も苦しめる為に。
こうやってヒーローを目指し、製作者に対して復讐を目論む俺にその存在そのものが悪だと伝えるためだ。なんて性格の悪さ、悪辣さだよ。
俺はヒーローを目指しても、あの男の機嫌次第で俺の道は閉ざされる。
「……何かあったの?」
「……何も?」
マズい、少し何時もと違ったか。無意識に考え込んでいるのが見抜かれた。
「何か、あったでしょ」
「……何でもないよ」
反応も良くなかった。くそ、こんなんで隠し通せるのか。駄目だ、他人に──特にクラスメイト達にバレるわけにはいかない。巻き込んでしまう。
というか、現時点で十分巻き込まれるリスクが高い。
俺への嫌がらせ、更にオールマイトへの嫌がらせも出来る。そうやって俺が苦しめば苦しむほど、オールマイトも苦しむ。自分が救えなかった、救われた恩師の遺伝子上の息子が苦しんでいるという事実によって。
考えれば考える程沼に嵌まっていく。オールフォーワン……ここまで見据えて俺を造ったのか?
だとすれば、伝説のヴィランの名に偽りはない。正真正銘最低の悪魔だ。
……そうか。それに加えて志村菜奈の息子という立場の俺も苦しめれば一石二鳥、か。本当に最低な奴だな。
そんな奴の下にいる、育てなければならない人間──弔と呼ばれた者。
こいつも相当だろう。決して、あの男は善意を以て行動しない。これは確信、全ての行動に於いて悪意が纏わりついている。
プラン。最初にプランだ。幾つかある計画の内、三番目とかそこら辺に俺はいる。では一番目は? あの男が今も尚手塩にかけているのは弔という男。きっと、また最悪な事実なんだろう。
「──志村くん!」
大声で意識が戻る。思考を中断して、目の前にいる葉隠を見る。
その声に教室の視線が集中し、何が起きたか見ているクラスメイト達。……まずったな。どうする、どう誤魔化す。何か起きたという事にした方が後から追及されなくて済む。適当に何か、誤魔化す方法……どう、する。
「……すまん、言えない」
駄目だ。何も、思いつかない。俺にある唯一の取り柄が生かせない。
何かある。だが、それでも言えないんだ。これを言ってしまえば──……いや。言わなくてもだが、いずれ巻き込まれてしまう。それでも、言う訳にはいかない。たとえ、ネタバラシをされてもされなくても。俺から言う事は絶対にない。
「これだけは、言えない。悪い」
これ以上、俺に近づいてこないでくれ。巻き込まれても、俺は助けられない。死ぬのは俺だけでいいんだ。
クソ、こんな筈じゃなかったのに。全部知れば、もっとスッキリすると思っていたのに。正解を知って、俺は全てを知ったと誇れるようになりたかったのに──全て裏目に出て手玉に取られている。
演算力? そんなものがあっても、あの男の思考を読めば読むほど絶望しか残っていない。
将来を見据える事も、もう出来ない。
プロになるならないだとかそういう話じゃなく、既に生か死か。
「……そっか。話せるようになったら、教えてね!」
「……ああ」
悪い、葉隠。
クラス中の視線が刺さる。それを全部無視するように、外を見る。どうする、どうすればいい。俺は一体どんな事をすればいいんだ? いや、逆に聞こう。俺は一体、何をしたんだ?
生まれてきたのが、間違いだった。それでも生きて足掻くしかない人生が、憎い。
笑えて来る。ヒーローになってあの男に逆らおうとしたら、その行動すら予定通り。オールマイトへの嫌がらせとして機能させるスパイスになっていた訳だ。
一睡もできなかった。どうしようもない現実に、それでも目を逸らせない。
考えて考えて考えて──ずっと考えて、もう手遅れだったと結論が出る。
でも、そこで終わる訳にはいかない。だって、俺はヒーローを目指してるんだから。前に進まなきゃいけない。次へ、次へと託して死んだあの女性……志村菜奈の息子であり、オールフォーワンの息子だから。
あの男を終わらせるのは、俺じゃないといけない。
授業になっても、思考はやめられなかった。
雄英で得た、全てが崩れ落ちていきそうな感覚。俺の生命は、そして培ってきたモノ全て握られている。あの男の指一つであっという間に崩れ去ってしまうんだ。
勝たなきゃいけない。殺さないと、復讐しないといけない。早く、俺は早く個性を知らないといけない。ここで止まっている暇はないんだ。
「さて──今日はヒーロー名を考えてもらうわよ!」
ヒーロー、名……。
俺に、そんなもの名付ける資格はあるのか? 二択の選択肢が、もう一択に絞られた俺に。堕ちていくことが決まった俺に、そんなの……考える暇はあるのか。
同級生の沸き立つ姿が、酷く輝いて見えた。まるで、俺と同じ場所にいるのに俺とは違う……そんな風に。
皆がそれぞれ発表していく。昔からヒーローを目指していた者は、ずっと考えていた名前を。駄目出しされる奴も居れば好評な奴もいる。俺は、どうすればいいんだ。
「──おい、志村。お前の番だ」
相澤先生に声をかけられる。
俺の、俺のヒーロー名。ヒーロー、ヒーローに……なって、俺は……。
ヒーローになって、どうしたいんだろう。俺は何をすればいいんだ。駄目だ、こんなんじゃ思考が纏まらない。リセットしよう、思考を入れ替えろ。
「……すいません。後に回してもらっても、いいですか」
「あら、別に構わないわよ。じゃあ次の子、お願いね!」
何とか絞り出した声。
どうする。
今は取り敢えずヒーロー名について考えよう。俺のヒーロー名、原点は何だった? あの男への復讐だ。だが、その目的も一番を取ってその存在をアピールする事だった。
アイツは既に俺の事を思い出して、更に今後何かを仕掛けてくることは確定済み。
俺の、今の願いは何だ。一体何を願ってこの場にいる?
オールフォーワンとの戦いに備えて、ひたすら何かを考える為にここにいる。
絶対に訪れる破滅の時のために。
自分を知り、過去を知り、その清算をしなければいけない。
俺の、原点。ヒーローを目指した原点だ。
……志村。
志村か。俺であり、俺ではないあの人の事。実質的に俺の母であり、俺でもあるこの名前。七代目ワンフォーオール継承者志村菜奈、継ぐ人物として。
俺と同じく、あの男に人生を捧げ人生を散らした先人。そうだ、そうしよう。俺とあの人、二人分合わせてこの名前だ。そうすればこの意図もいずれ伝わる。既に死に、記憶を辿る以外に関係を持たない母であっても。
全員がヒーロー名を発表して、爆豪の番で一悶着あったがその後。最後に残された俺の発表だ。きっと、この名前はこの世界で二人にしか伝わらない。オールフォーワンと俺だけだ。だからこそ意味がある。
俺はまだ母親の事を何も知らない。どんな人生を生きて、どんな死に方をして、どんな想いで託したのか。
それでも、俺は背負わなければいけない。志村菜奈という人生を、志村我全という人生を無駄にしない為に。オールマイトの為じゃない、そしてオールフォーワンの為でもない。志村菜奈の為に、俺の為に。
俺のヒーローとしての生きる道は、そこにしかないから。
「俺のヒーロー名は──シムラです」
「──はい、ええ。お久しぶりです」
やせ細り、骸骨のような姿をした金髪の男性──オールマイトが誰かに話す。
「今日は、お願いがあって連絡させて頂きました。隠居している貴方に、申し訳ない事だと思っています。ですが、これは伝えておかねばならないと……私自身、まだ気持ちの整理は付いていないし、確証も得ていません」
はあ、と一度息を吐いてから言葉を紡ぐ。
「私の師匠──志村菜奈にとても似ている少年が居るんです。それも、姓は志村という名字で」
オールマイトが手に持つ電話越しに、誰かの声が響く。
電話の相手も驚いたのか、相当大きな声を出した。
「はい。志村我全……私は、彼がどうしても見えるのです。あの人に」
悔やむような、憎いような、それでいて悲しさを感じさせる声。
「探るなと言われ、ずっと探してこなかった。でも、もし彼がお師匠の血縁だったらと思うと、私はどうすればいいのか。辞めろなんて事は言えません。彼は優秀で、このままいけばプロは確定でしょう」
「だからこそ、貴方に見て頂きたい。かつての師の盟友──グラントリノに」
重くなって参りました。
志村ー!後ろー!