新幹線に乗り、45分程。
グラントリノが居を構える山梨県甲府市へと到着した。
「……ここ、かな」
「……ここ、だろ」
緑谷が手に持つ携帯に記された住所は、確実に目の前の場所……この、ボロボロに老朽化したビルを示している。
かつてオールフォーワンと正面から戦った男の住む家がこれか、と思うと少しだけ寂しい気持ちになる。表に出すわけにはいかない戦い、後に語り継がなければならない戦い。数え切れないほどの凶悪な敵と戦った男は、もっと幸せになってもいいのではないだろうか。
そんな事を言えばキリがない、か。
ヒーローとは自身の幸せより他者の幸せを願う、異常な感覚を強く持ったモノが支持される。
オールマイトは自らの全てを捨てる事で、他人の事を救い続けた。
狂気だ。異常者だ。
数多の記憶が混ざる俺でもそう思う。志村菜奈からしても、オールフォーワンからしても、そんなモノはイカれてる。
……いや、オールフォーワンにとってはどうかな。アイツ自身相当な狂人、この国を裏から纏め上げようとした悪の親玉だ。
同族嫌悪に近い感情は抱いてそうだな。
オールフォーワンによる襲撃は無さそうだ。今代ワンフォーオール継承者と、嫌がらせに作成した作品が一緒に行動してるのを狙うかと思ったが何もこなかった。
奴なりに美学があるのだろうか? 馬鹿馬鹿しい。
止めろ、思考を変えろ。
「……入るか」
「う、うん」
扉を開き、中の様子を伺う。
電気もつけず、真っ暗な部屋。
怯えながらも中に入っていく緑谷の後ろを歩く。……ああ、何だか酷く懐かしい。決してこの事務所に来た事があるわけじゃない。志村菜奈の記憶にも、そんなモノは無かった。全ての戦いが終わって、隠居するように購入したのだろう。
だが、雰囲気──空気感を味わった事がある。
僅かに香る甘い匂い、好物の鯛焼きでも温めたのだろうか。という事は先程食事を取ろうとしたのだろう。
……嫌になるな。切り替えよう、情報は情報だ。
それを活かせ、志村菜奈になる必要は無い。
「よう、来たか有精卵ども」
上から声が聞こえる。
天井に張り付き動かないその姿、記憶に残っている姿より小さく衰えてはいるがスーツが間違いなくグラントリノだと主張している。
あの目元を覆う黒いマスクはそう多く無い。
「初めまして、グラントリノ。志村我全と申します」
「は、初めまして! 緑谷出久です、オールマイトのお師匠さんだって話伺いました!」
……なるほど。ワンフォーオールの修行は行うのか? オールマイトは自分の師匠である、という情報を隠す気はないらしい。
別に俺の事をスパイか何かだと疑っているのならまだしも、そういうわけじゃ無いしそこまでする必要もないか。あ、マズい。思考が混ざってる。
落ち着こう、俺を警戒する理由は現状ないぞ。
俺への評価は現状USJ襲撃で怪我をしただけの一般生徒。志村という姓と、顔が少しだけ志村菜奈に似ているだけ。戸籍上のつながりは無し。
「ふん……緑谷、先ずはお前からだ。てんで個性の使い方がなってねぇ」
それに関しては同意する。
ワンフォーオールはそもそも、いきなり全力で放つようなものではない。志村菜奈は普段はセーブし、使うべきタイミングで全力を引き出していた。オールマイトに引き継がれたのちはわからないが、USJでの戦闘を見る限りほぼ全力を扱っていると考えていい。
つくづく規格外な先代がいる所為で、緑谷はそこに引っ張られている。
俺が持っていればもっと有用に、もっと重要に扱えるのに──やめろ。
……今の俺の思考は混ざりに混ざってる。この思考は果たして俺なのか? それとも、志村菜奈なのか? 最悪、オールフォーワンなのか。はっきりしないのに考えても無駄だ。俺にワンフォーオールは無く、使い方は知っているがそれを生かす事は出来ない。
──待てよ。
俺はオールフォーワンの記憶を少しずつ見ている。全部見る事は出来ないが、俺は確実に奴の記憶を見ているんだ。
ならば、俺を造った時の記憶もあるんじゃないか? 俺の個性について思考する記憶があるなら、俺は自分の個性を知れるんじゃないか? そうだ、その手があった!
わざわざ俺が悩むまでもない、奴の記憶を辿る。……まあ、それすらもランダムだからあんまり期待は出来ないが。それにデメリットもある、というかその可能性が高すぎて怖い。
デメリット一つ目、純粋に奴の記憶に浸食されるリスク。
完全記憶能力と言うモノが備わっている以上、『俺自身』を取り戻すのは容易……だと思う。擦り込みを今以上に行って、十分な安全を確保すれば出来る筈だ。現状無理やり引き戻しているし、出来ない訳じゃ無い。
だが、相手は
俺がこうやって、『記憶を辿っている』事に気が付いてそれを利用しようとしててもおかしくない。体育祭での様子と台詞から察するに、俺の個性を把握したうえで全て語っている。だからこそ怪しい。
俺がソレを辿れば、バッドエンドに直行する可能性だ。
デメリット二つ目、志村菜奈との混ざり方。
志村菜奈の記憶を辿れば辿るほどオールフォーワンへの嫌悪感は強まる。何とか擦り込みで制限しているが、それも正直限界だ。俺自身が抱えている恨みや想いが志村菜奈の記憶で増幅されてる。それ自体はいいが、その強まった感情とオールフォーワンの感情が混ざってしまったとき。
確実に俺の精神は崩壊する。全て覚え、全て理解してしまうが故に。
つくづく最低な造りをしている、流石は悪の親玉だ。
それで、グラントリノに指導を開始された緑谷を見る為に離れた場所へ移動する。既にヒーローコスチュームへと着替え、やる気は十分のようだ。
そういえば何故グラントリノは天井に張り付いていたんだ? 個性を使用すれば出来るのはわかるが、わざわざそうする意味が……インパクトの為か? わからない。
「お前のソレは、そんな爆発的に使うもんじゃない。もっと細かく、柔軟に使える筈だ」
緑谷は歯を食いしばりながら全身に力を溜める。どうやら数度のアドバイスで本当の使い方を思いついたらしい。というより、本当はそうやって慣らしていくモノだが……やはりオールマイトは指導が上手じゃないのか。
完璧すぎる師匠は大変だな。
することは無いが、オールフォーワンと戦う際のシミュレーションをしよう。
俺の記憶に残るあの男は、とにかく滅茶苦茶。
志村菜奈から見ても、オールフォーワンから見てもヤバい奴だ。幾つもの個性を複合して使用、地面を隆起させ手足のように操ったり人工物をとにかく破壊して被害を齎す。それでいて本人の戦闘能力も高いと来た。
隙が無い。
超パワーによるゴリ押し、これが一番正攻法になる。つまりまあ、ワンフォーオールだ。幾つもの個性を時代を越えて鍛え上げたあの個性ならば対抗できる、まさに天敵と言える力。
……それにすら対抗する手段が幾つも思いつくのがあの男だが。蓄えた個性の数、その使い方──全て規格外。
だが、それを打ち倒したオールマイトが居る。今のオールフォーワンだって少しは弱体化していると信じたい。そうじゃなきゃ勝ち目がない。
雄英に侵入してきた時はそういう個性を使用したのだろう。前のあの男ならば確実に取らない手段、やはり敗北を知ってより悪辣になったと言うべきか。後の為に、我慢が出来るようになってしまった。
話を戻して、オールフォーワンとの戦闘。正直な所、俺が単独で戦闘を行えば勝率は全くない。絶対に負ける。
俺に隠された個性があったとしても、絶対。理由としては簡単に一つだけ。
奴は俺の個性を把握していて、尚且つ衰えたとはいえ確実に戦闘系の個性を保有しているから。そして、あのオールフォーワンがそもそも本物とは限らないから。
土壇場で個性を思い出し、活用したとしても勝ち目はない。
俺に残された勝ち筋は、いかにオールマイトや他のヒーローに情報を伝えるか。……それをすれば、俺の未来は決まる。ヒーローになる事は無くなり、完全に軟禁され監視されるだけの生活が待っている。
もしかすると、実験室送りもあり得る。貴重な貴重なオールフォーワンの血を持った人間だ、それをみすみす逃す国があるか? あるわけないだろ、全世界から狙われる。
『個性を奪い、与える』という個性社会に於ける最強の血。仮に国や警察の上層部が俺を完全に隠したとしてもそう長くは持たない。五年もすれば水面下での戦いが始まる。……それすらも計算してある、って事か。
果てしない悪意だ。どこまで行っても、どう動いても俺が最悪な道を辿る様に設計された人生。
『君の人生のレールは既に敷かれている。二つに枝分かれしてはいるが、君の意思で新たな道を作ることは出来ない』──か。
バチバチと、雷のような揺らめきが緑谷の身体を巡る。ワンフォーオールを微弱に纏い、循環させ身体能力を底上げ。志村菜奈も最初に通った道だ。
柔軟な思考と意外な閃き、それが緑谷出久が選ばれた理由でもあり……また、ヒーローとしての心構えがオールマイトに認められたのか。素直に羨ましいよ、緑谷。個性『ジェット』を巧みに使用して翻弄するグラントリノに辛うじて一撃掠らせそのまま床に倒れ込んだ緑谷だが、得るものは多かったらしく満足そうな表情をしている。
「さて、小僧はこの辺にしておくとして……志村。次はお前だ」
どうやら組手で実力を測ることにしてるらしい。彼からすれば、ある程度のヒーローは足蹴に出来るだろう。それくらいの経験と実力は持っている。
折角相手をしてくれると言うんだ、
「よろしくお願いします」
「……ああ、来い」
滞空するグラントリノに対して、一歩踏み込む。一撃目は囮、本命は三手先。素早くジェット噴射で身を翻し俺の攻撃を回避するグラントリノを追わずに予測する。
一度天井に足を着いて反転、そして地面向かって加速し再度着地、以下繰り返し。
四度繰り返したのちに、俺の攻撃を避け反撃をしてくる。その時が狙い目だ、先程の緑谷に仕掛けたタイミングを考慮してもその場所で来る可能性が高い。
一、二と連続して拳を振るが当たらず。問題ない、想定通り。
三回上と下を行ったり来たりしたタイミングで、俺が拳を上に向かって振り上げる。勢いよく上から落ちてきたグラントリノに対して──当たらず、避けられる。
そして、ここだ。地面に向かって噴射し、俺へ蹴りを繰り出してくるこの瞬間。
脚を突き出し、前蹴り。
俺の予想より遅く放たれたグラントリノの蹴りは悠々回避し、グラントリノもまた俺の前蹴りを回避した。完全にタイミングがズレた、俺の想定よりかなり遅い速度での切り返し。
ああ、そうか。全盛期でモノを考えていたのか。
調整しよう。オールフォーワンの記憶も、志村菜奈の記憶も一旦置いておく。今のグラントリノの情報を刻み込め。
「…………お前……」
呆然と、何かを呟くグラントリノ。
年齢情報、高齢。身体情報、低身長。個性に衰え無し、技術向上。寧ろ緩急をつけての個性の使用が上手になっている。サイズと速度を計算して、タイミングも精度調整──使う個性は……違う。違う違う違う!
落ち着け、今は俺の事だけ考えろ。
無意識に仰ぐようにしていた両腕を下げる。落ち着け、落ち着いて行こう。志村我全だ、勘違いするなよオールフォーワン。俺を侵食しようったってそう上手くやらせるか。お前が嫌がらせをするなら、俺もお前に嫌がらせをする。
オーケー、切り替えていこう。
「……行きます」
拳を握りしめ、グラントリノへと相対する。
職場見学──そうだ。古い時代から場数を踏んだ大ベテランとの戦闘が出来る。オールフォーワンを知る人間と手合わせできるんだ。何もかも吸収しよう、何もかも盗もう。
ありとあらゆる手段を用いて俺はオールフォーワンを超える。
一歩踏み出し、拳を振った。
本誌のミルコあまりにもエッッッッッッッ