建物に広がる炎、暴れ回る敵。
その姿はUSJで見た時よりシャープに、絞り込まれている。ある意味俺と同等の作品が暴れ回り被害を齎しているのは見過ごせない。
「随分と急に仕掛けてきたな……?」
が、残念なことに俺は直接戦闘する権利を持っていない。ヒーロー仮免すら持ってない、言わばただの一般人と変わらない。
自分から戦闘に介入するのはナシだ。そうすれば、俺だけじゃなくグラントリノにも迷惑がかかる。
「……さて、どうするか」
恐慌と悲鳴が彷徨う保須市。
何故こうなったか──朝まで遡る。
「有精卵共、今日は都内まで移動するぞ」
朝一番、俺と緑谷が到着した瞬間にグラントリノが宣言した。既に職場見学を開始してから数日経過し、緑谷の修行も俺との組手も慣れが出始めた。
山梨県甲府市、ここは犯罪発生率が高くない。関東とはいえ都心から離れている上に意外とヒーローの数が多いからだ。模擬戦形式で鍛錬を積み、慣れてきたら実戦で経験を積む。それが一般的な動きだろう。
戦いに限ったことではなく、なんだってそうだ。
いつも通りヒーローコスチューム、俺は……少しだけデザインを変えた。俺の美的感覚だと黒いスーツにマントは良さげだったが、記憶を辿れば辿るほど駄目だと思うようになった。
これ、オールフォーワンそのものなんだ。
帝王として君臨し、暴虐の限りを尽くしていたあの頃にそっくり。
流石に許容できなかった。
今は志村菜奈を意識したヒーロースーツに変えている。ノースリーブでは無いが、七分丈に袖を抑えてある。白のマントも中々良いだろう、オールフォーワンには見えない筈だ。
自分の感覚が少し信用できなくなったがな。
「都内は人が集中する場所だ。だからこそ行く意味がある」
俺はともかく、緑谷には必要だ。ワンフォーオールを担い、次なる平和の象徴へなる為に──その姿を世に出さなければならない。そういう意味ではオールマイトはまるで心配されていなかった。
あのイカれた正義を持つ者はそう多くない。
「お前らが来た、その事実を世に伝えなくちゃあならねぇ。特に志村、雄英でこっぴどくやられたんだろ?」
「ええ、それはもう痛い目に遭いました。やってきた奴に仕返してやりたいですよ」
脳無でもない、弔とかいう奴でもない。
他でもないオールフォーワンに、だが。
「何時までもやられっぱなしでは終われませんから」
文字通り終われない。
グラントリノの過去と現在の情報を精査して、おおまかに弱体化の傾向を計算した。
たとえばオールマイトなら、ワンフォーオールを託したことによる個性の弱体化。残り火と揶揄されるソレのみでどれだけ戦闘できるか、それは全盛期に比べてどれほどのものか。
オールフォーワンも、昔に比べてどれほど弱体化……もとい、変化したか。正直アイツに関しては弱体化というより、戦闘方法の変化と考えた方がいいだろう。
どれだけ弱くなっても個性を使う巧さは変わらない。それどころかより繊細に、細かくなっているかもしれない。
ただでさえ複数の個性を掛け合わせ街を一瞬で破壊する様なヤツだ、最悪を想定して戦うべき。
僅かに滲んで来たオールフォーワンを圧し潰す。俺の中でお前の居場所はない、諦めろ。
新幹線に乗り、暫し揺られる。
四人分の席を贅沢に取り、俺が席を反転させ二人の前に座る。余った席は荷物置き場だ。
「この新幹線は保須を通過する。お前も耳にしたことはあるだろ、ヒーロー殺し」
ヒーロー殺しステイン。世間を騒がせている……という程でもないが、既に噂が主婦会議で出るような知名度を誇るヴィラン。
プロヒーローを狙い、更にヴィランすらも殺すその実力と凶悪さはかなり警戒されているらしい。実際、飯田の兄も奴にやられたようだ。幸い命は奪われなかったみたいだが──もう、ヒーローとして生きてはいけない。
そういえば飯田は保須に行っていたな。最近全然目を向けていなかったから、気にしていなかった。
目的はヒーロー殺しか……? プロヒーローを多数、ヴィランも数十人殺してるステインに感情だけで勝てるとは思えない。マズいな、いや、飯田が本当に復讐が目的とは限らない。
……肉親を傷つけられた怒り、か。
俺には存在しないが、理解できる。何故なら、志村菜奈の記憶を知っているから。彼女の想いを知っているから。俺自身の感情じゃない他人の感情だ。
「……緑谷」
「なに?」
「飯田、保須だよな」
俺なんかが言わなくてもきっとコイツは気が付いて、もっと早く行動してるだろう。
麗日、飯田、緑谷。うちのクラスでも特に仲がいい三人組だ。
……今更俺が気にしても仕方ないか。クラスメイトの事を考えるより、もっと先に考えなければならないと俺は選択した。
「やっぱなんでもない、忘れてくれ」
自分の事すら手に負えないのに、他人のことまで背負ってどうする。俺の背中には、ずっと昔から乗ってる人が居るんだよ。まずはその人だろうが。
でもまあ、私の事は気にしないで──カット。
最悪な事に、最近二人の幻聴が聞こえるようになった。オールフォーワンだけならまだ理解できた。出来たが、志村菜奈まで聞こえるようになるとは思わなかった。これは俺の個性か? それ以外に理由は無い。
いい加減はっきりしてほしい。
一人は死人、一人は個性の関係で理解不能。俺の遺伝子に関係する個性……何だろうな。遺伝子情報を引き出す個性? それじゃあ完全記憶能力の説明がつかないな。記憶と会話……違いそうだ。
遺伝子上の父親であるオールフォーワンの個性は奪い、与える。母は浮遊。浮遊、浮遊か──関係なさそう。
『──緊急停止します。座席にお掴まりください』
唐突に車内アナウンスが響き、一気に減速する。そのGが襲い掛かってくるが座席に掴まり堪える。何だ、新幹線が緊急停止するような出来事──ヴィランか?
完全に止まりきるより先に、俺達から少し離れた座席が爆発する。
「──グラントリノ!」
身体が反応した。
爆発が起きた方へと身体を向けて駆け出す。
何故かはわからないが、身体が反応した。思考するより先に、まるで誰かが乗り移ったかのように。──志村菜奈、か。
オールフォーワンなら確実に動かない。俺だって今、即座に動こうとする意志は無かった。寧ろ様子見しようとしていた所だ。……マズいな。大分侵されてる。
グラントリノが共にいる事で少し影響が強まったのか?
あり得る。ワンフォーオールを保有する緑谷、懐古の友人であるグラントリノが同じ空間にいるのだ。それも、視界の中に。
参ったな、こんなんじゃオールフォーワンを前にしたときどうなってしまうのだろうか。狂う? その程度で済むか? 志村菜奈、志村我全として増幅した恨みや怒りに加えてオールフォーワンの感情すらも混じってしまえば──どうなるか予想できない。
爆発の起きた場所、新幹線を突き破り侵入してきたヴィランを目で捉える。
剥き出しの脳、青白い肌。知能を感じさせない、呆けて狂った表情。
「脳無……!」
脳無によって地面に抑えつけられている人を視認する。まず、彼を救わなければいけない。俺に直接戦闘する許可は無く、プロを待たねばならない状況。だが、この身体は今にも動き出しそうで。
俺を視認し、外へと飛んでいった脳無。
「おい坊主共、動くなよ!」
グラントリノが個性を使い追いかけていく。
見送り、先程押さえつけられていた人に怪我があるかどうか確認する。
どうやらギリギリで個性を使用して反撃しようとしていたらしく、規律的に言えば褒められた行為ではないがこの状況だ。寧ろよく判断しただろう。
「俺達がやれることはない、か……」
避難誘導だって本職がやる。俺達ヒーローの卵に出る幕は無い。
「……志村君」
緑谷が話しかけてくる。
その手に握った携帯には、通話画面が表示されており──飯田の携帯へと電話をかけている。
「飯田君から、連絡がないんだ」
「……緊急事態だからな。そんな暇は無いんだろ」
普通に考えて、確実に巻き込まれている。脳無が居る時点で敵連合の仕業であることは間違いないし、外を覗いた際に見えた炎や煙の規模から考えて一体だけじゃない。さっきの脳無は、USJの際に比べて見た目が変わっていた。
何らかの改良を施したのか、それとも不良品なのか。
仮に
哀しい事に、現在この世界でアイツを一番理解しているのは俺だ。だからわかる。
こんな欠陥品だらけの状態で襲撃は行わない。こんなの嫌がらせにすらならない。
今は飯田の事を考えよう。研修先は確か、マニュアルだったか? 保須市に在籍するヒーローは普通。数で言えば十数人と言ったところ、その上人気ヒーローと呼ばれる様な連中は居ない。
プロになるんだから実力はあるだろうが、脳無を抑えられるか? 雄英高校で教師をするような優秀な教師すら一方的に蹂躙できる性能、いくら弱体化してる個体とは言え有象無象が相手にできるとは思えない。
グラントリノならまあ、相手出来るだろう。それなり程度の脳無は余裕で倒せる。
だが、そんな緊迫した状況にあって──ステインはどう動く? ヒーロー殺しとして名を馳せるヴィランはどうする? 考えろ、思考を読み取っていく。
ヒーロー殺害、そしてヴィランも殺害している。どっちを優先する? ステインの目的はなんだ。ヒーローとヴィランという対照的な種類の人間を選んで殺しているから、無差別的な殺人ではないのは確か。
ヒーロー、ヴィラン……クソ、情報が足りないな。もう少しヒーロー殺しについて考えておくべきだった。
……飯田が巻き込まれている、か。
「緑谷、連絡返ってこないんだよな?」
「う、うん」
この状況で、『ヒーローシムラ』としてやれること。
あまり人前ではやりたくなかったが仕方ない。飯田の性格上、携帯電話を携帯しないという事はあり得ない。いつだって連絡に備えて持ち歩いているだろう。
俺はオールフォーワンにはならない。お前の思い通りにはならない。お前を辿っても、お前に呑まれることは無い。
自分にそう言い聞かせる為にも、『ヒーロー』としてやれることをやる。
「三分だ。三分でアイツの場所を特定する。最速で行くぞ」
機能が大分制限させるスマホでは効率が悪いが仕方ない。インターネットを通して飯田の携帯のGPSを辿る。
普段気楽に侵入できるサイトに、慎重に侵入する。俺のスマホにもある程度のプロテクトはちゃんとつけているが、所詮スマホ。がっちりとしたセキュリティを保たれているかと言われれば怪しい。
飯田の電話番号は知ってるから、それを入力し──良し、上手い事探れそうだ。
契約者情報、完全に個人情報流出でスキャンダルに繋がる問題だが目をつむって欲しい。もしかすると、USJの時より危険な目に遭っている可能性がある。
「──見つけた、転送するぞ」
飯田の携帯らしき位置情報を取得し、そのまま緑谷に流す。犯罪行為スレスレどころじゃなくただの犯罪だが、仕方ない。俺の予想通りになってしまったのは痛いが、まだ間に合う筈だ。
GPSが示したその位置情報──保須市内、喧噪真っただ中の位置から少し離れた場所。
ヒーロー殺しステインによる犯行が見つかる、人気のない路地裏だ。
「……わかった、行こう!」
特に何も言わずに向かう事を決めた緑谷。今はただ、その行動に少しだけ救われた気がした。
俺が使える技能の中には犯罪に繋がる技が沢山ある。それくらい色んな事に対して貪るように学習していった。だからこそ、その節操の無さがオールフォーワンと被るのだ。お前はどこまで行ってもオールフォーワンの息子だと、暗に言われているように感じる。どんな個性にも貪欲に手を伸ばし支配していったあの男に。
だからこそ、今の何気ない緑谷の行動が嬉しかった。
肯定されたような、問題ないと告げられたような気がして。