天と地程の差はあるが、天と地しか選べない。   作:恒例行事

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志村我全:オリジン

 時々響く破壊音に、泣き叫ぶ声が木霊する。USJの時とは違い街中での事件、それもかなりの規模だ。

 

 少しだけ歩く足を速める。グラントリノに一応メールも送ったし、最低限の事はした。どうして知ったと言われればちょっと心苦しいが、飯田から連絡があったと後で口裏を合わせるしかない。

 自分の為に犯罪行為がどうたらと飯田なら悔やむかもしれないが、まあ仕方ない。

 

 ……止めよう。考え続けたら頭がおかしくなりそうだ。

 

「この先だ。緑谷──」

 

 後ろを走る緑谷に声をかけようとした瞬間、視界が暗くなる。僅かな月明りが消えて、何かが物理的に遮った。足を止め、ブレーキを掛けながら上を見る。光を遮り、俺達目掛けて飛んできた脳無が目に入る。

 

「──行け!」

 

 勢いを殺しきる前に緑谷を前に投げる。俺の予想では弱体化した脳無、USJよりは弱い。ならば俺一人でも十分相手できる筈だ。何故ステインが居ると思われる場所にまで脳無が出没したかはわからない。敵連合と結託したのか? 

 

 先へ突き飛ばした緑谷と俺を遮り脳無が落下してくる。

 

 久しぶり、という程でもないな。

 

 口は付いているが、機能としては何の役目も果たさない口を大きく開き叫ぶ。耳に入り痛みが鈍く脳を刺激してくるが、堪えて後ろに下がる。

 

 今回の脳無の個性は何だ。一体は飛行能力を有している事はわかっている。怪力は身体能力として維持されていると考えた方が良いだろう、ならば付与するのは……爆発や炎。そこら辺で考えた方がいいか? ただの身体的な攻撃で爆発を起こす事は不可能。爆発と見間違うほどの衝撃は出せるかもしれないが、街の状況を考えればそうではなさそうだ。

 

 接近してくる脳無。前回のアイツに比べれば遅い速度、今の俺なら十分反応できる。

 

 振りかぶって来た拳を躱し、腕を掴んで関節を極める。悪いが、お前らに比べたらまだ温情のある人工物なんでね──そんな限界をホイホイ超えれるような身体はしていないから、技術に頼らせてもらう。

 

 だがまあそこは流石と言うべきか、極まった腕を考慮せずに身体を無理矢理動かしてきた。やはり痛みは無いか、なら物理的に止めるしかない。

 

 流石にヒーローとしてバラバラにするとかそういう手段は使えない。折る事で止まるならまあいいんだが……それ程簡単でもない。絶妙に厄介だよ、全く。ワンフォーオールでもあればもっと手軽に倒せるんだが。

 

 繰り出される蹴りを前方に跳ぶことで避け、縦回転しながら脳無の頭を掴む。

 

 身体を制御して、エネルギーを動かす。俺の身体の回転するために発生したエネルギーを、脳無の身体へと移動させるように。

 

「お──ォラ゛ッ!」

 

 自分の力の限界を引き出す為に声を出し、集中する。回転の勢いが急激に収まり、代わりに脳無の身体が浮く。叩きつける様に前方に向かって脳無を投げ飛ばし、着地と共に駆けだす。

 

 純粋なダメージで脳無は止まらない。物理的にコイツが動かない為にどうするべきか──難しい問題だ。

 

 活動を停止するほかない。だが、その方法について考える必要がある。

 

 人間に定義された『死』とは、何だろうか。

 一つは、生命活動を止める事。更にその中でも心臓が止まる、脳が止まるなど細かく分かれる。明確に殺人として法に定められている中でも面倒くさいが、呼吸停止・心停止・瞳孔散大という三徴候説も含めるとキリがない。

 

 脳無が止まる確実なラインは、『命令を止める』──即ち脳機能の停止だ。

 

 前回はオールマイトによる力業で遠距離へと吹き飛ばし、それ故命令範囲外に出たことで動きを停止した。

 

 今回は俺は単独、その上ワンフォーオールも持っていないからそんな超パワーは無し。よって範囲外へのつり出しは難しい。現状取れる手段は脳機能の停止を図る事。……前回は再生機能があったから無駄だったが。

 折れた腕がそのまま力なく投げ出されている事から、恐らくこいつは回復個性を所持していない。

 

 話を戻すと、こいつの動きを止めるには脳を潰すしかないが──それは殺人に入るか入らないか、という事だ。

 

 国もバカじゃない。きっと脳無が作られて複合個性を所持している事はとっくに判明していて、オールフォーワンの影があることを察知しているだろう。そんな複数の個性を集める事が出来るのは個性が誕生して以来アイツだけなのだから。

 その可能性を持つ俺も、本当の個性すら知らない始末。

 

 もし仮に脳無の脳を破壊し、それが殺人に適応されるのであれば……俺はただの人殺しになる訳だ。正当防衛、過剰防衛とかそこら辺のラインはどうなるか微妙だが世間はそう甘くない。騒ぎ立てる一般人と言う厄介な存在が世界には存在するのだ。

 

 俺が捕らえられれば、オールフォーワンを止める者は誰一人としていなくなる。そうなればいっそのこと、全てを洗いざらい吐くのもアリか? どうせ殺人で捕まれば、俺の人生は終わるんだから。

 

 建物にめり込んだ脳無に対して追撃する。脳を破壊するより、手足を全て圧し折って無力化する事を選択──各関節部、骨の脆い部分に集中して拳を振るう。空手の正拳突きに近い、鋭く早い打撃を足に集中。

 

 右手の中指が圧し折れたが、相手の足の骨も折れた。機動力を削いだのはいいが、コイツにはそれじゃ足りない。もっと入念に、もっと丁寧に……それこそ、全て砕く勢いで。

 

 そうだ。足りてない。力が足りてない。もっとだ、もっと必要だ。思い出せ、俺はUSJの時に何を感じた。俺は一体何を起こした? 

 

 ()は確かに何かを理解していた筈だ。

 人間の機能上あり得ない、それ以上のナニカを。人を超えた力──個性を。

 

 個性把握テストで緑谷出久が間近でワンフォーオールを使用した時。

 USJで脳無に殴られ死にかけて、志村菜奈の記憶を垣間見た時。

 

 さあ、共通点を洗い出そう。答えはそこにある。

 

 右手の痛みを無視して継続して殴る。動きを止めるな、身体と思考の脳を切り替えろ。

 マルチタスク、脳の限界を引き出せ(・・・・)──………………? 

 

 ……引き、出せ。

 

 引き出せ。

 

 引き出せ──そうだ、引き出せ! 僕は引き出した筈だ、そうだ! 

 

 ワンフォーオールに恐怖を抱いた時、脳無に殺されかけた時に! 

 

 志村菜奈の記憶が見える事、オールフォーワンの記憶が見える事。そして、二人が話しかけてくる異常事態。異常なまでの記憶能力、最上の身体能力。

 

「引き、出せ──!」

 

 身体の強度は度外視、今はただ脳無の手足を砕く力を。身体能力の限界を超えて、与えられた力の全てを振り絞って振りぬく。

 

 脳無の胴体、背骨を圧し折る為に思い切り正中線へと拳を入れる。先程までと比べて勢いよく、深くめり込んでいく右腕を更に加速させる。肉を突き破り、骨に至る打撃はそのまま突き抜け建物へと罅が入る。

 

「オオォ────!」

 

 右腕の激痛に顔を顰めながら、壁を突き破りながら脳無が吹き飛んでいくのを見る。息が荒くなり、分泌された脳内麻薬が心地いい。

 

 ふ、あは……なんだ、最初からわかってたんじゃないか、僕は。

 

 オールフォーワンに会うより、志村菜奈の記憶を見るより、脳無に殺されかけるよりずっと昔──最初の記憶の違和感に気が付くべきだった。僕の完全記憶能力は、オールフォーワンの個性を強制発動で実験的に使われたモノだ。

 だから兄弟は居ない、他の実験体は居ない。

 

 全員個性の暴発で死んだから。

 

 オールフォーワンは、最初から『奪う』という個性の変質──『引き出す』個性一点狙いで無理矢理使わせていたから死んだ。それ以外の可能性を全て捨て、とにかく引き出す事に成功するまで何度も。

 

「あ、あア──いや、違う、落ち着け、出ていけよクソ親父……!」

 

 俺だ。俺、俺……刻んでいこう。ああ、わかった。苛まれていた理由が。

 

 ワンフォーオールに遭遇し、血に刻まれたオールフォーワンの遺伝子が騒ぎ出したのか。そして俺はそのざわめきを理解できず、『恐怖』だと解釈した。そして暴走を始めた俺の個性は、何もかもを引き出そうとした。多く混ぜられた二人の記憶を、全て。

 

「種が割れれば、どうってことはない……だから大丈夫だ。俺は大丈夫、問題ない」

 

 この個性は最強に成れる──その意味が分かったよ。お前を全て引き出せと言うんだな? オールフォーワン……その、『奪い与える』個性すらも。正真正銘お前と志村菜奈の息子が悪に潰れる(成る)その瞬間を期待して。

 

 ならば、俺は絶対にお前を引き出さない。お前の言う絶対の二択、その真意なんぞ知らない。俺は俺の道を、自分で組み立てて歩いてやる。敷かれたレールの上なんぞごめんだ。

 

 土煙が上がる中、ピクピクと痙攣して動かない脳無を外に引っ張り出す。さて、俺のこの個性のデメリットはわからないが……使い過ぎれば碌な事にならないだろう。記憶能力の引き出し、数度無理矢理引き出した身体能力──絶対に反動が来る。

 造られた身体の寿命というモノもある。細胞年齢で考えた方がいいのか? まあ、そこら辺はどうでもいい。

 

 残り僅かな時間、有意義に使うために個性の使い所は考えるべきだ。

 

 血に染まった右腕、肘から突き出た骨が余計痛みを増幅させる。

 

 ……やれるか? 

 

 こんな事、絶対に普通ならやらない。でもまあ、今なら出来るだろ。逆に、今やらずに何時やるんだ。

 

 突き出た骨を直接左腕で触る。色んな病気の可能性があるが、それを全て無視。触れた瞬間の痛みがあまりにも強すぎて意識が飛びそうになるが、それでも堪える。触っただけでこれか……無理矢理元に戻したら、どれほど痛いかな? 

 

 大丈夫、耐えられる。脳内麻薬を意図的に引き出し、痛みを緩和する。

 

 心地よさが意識を支配したところで、思い切り力を籠めて突き出た骨を二の腕にぶち込む。骨が肉を突き破り、腕が強制的に真っ直ぐになる。

 

 アドレナリン漬けで頭がおかしくなりそうな位なのに、激痛が奔る。噛み締める力が最大まで高まり、骨がギシギシと不快な音を立てる。

 

 堪えて、必死に引き出す。治癒能力を限界以上に引き出して、右腕に集中させる。

 

 骨が元の形を辿り、無理矢理接続される。肉が繋がり、皮膚が生える。新品同様、綺麗な肘へと元通りだ。拳を何度か握り、腕を大きく振る。肘が伸びる事を確認し、ついつい笑いがこぼれてしまった。

 

「…………ふ、あはは……」

 

 やっと。

 漸くだ、漸く俺はここに立った。

 

 手探りで何もかも与えられるだけの俺の人生は、今スタート地点に立った。

 

 残り少ない、造られた道をどう歩んでいくか──全て俺次第。もう、オールフォーワンにも、志村菜奈にも関係ない。志村我全という個は、今ここに立っている。

 

 ここだ。

 

 今この瞬間こそが、俺の──原点(オリジン)だ。

 

 

 

 





志村我全

個性『引き出す』
・自分の身体に関するモノを引き出せる。脳機能、筋肉量、自然治癒能力等汎用性が高い。
 引き出した能力は恒久的に消えないモノと一時的なモノに分かれる。


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