天と地程の差はあるが、天と地しか選べない。   作:恒例行事

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『自分』らしく

 脳無との戦闘を終えて、路地裏の先へと歩く。

 

 そんなに長い間は戦ってない筈だが、戦闘の音が聞こえない。緑谷が殺され、完全に無力化されたか──ステインを倒したかのどちらかだ。

 

 僅かに漂う冷気──……氷? 

 さっき俺が戦闘不能にした脳無は結局なんの個性を持っているかわからなかったが、氷を使う奴は居ないと思う。騒ぎを起こすのに氷……合わないだろ。

 

 新手か? 間に合えばいいが──どうなるか。

 

 道を進み、ようやく目で捉えられるくらいに近づいた。強まる冷気と、それに比例して逆に増える熱。心当たりはあるが、どうしてここに居るかはわからない。

 

「なんだ、轟も来てたのか」

 

 なら別に急ぐ必要はなかった。

 近接戦闘もそこそこ、炎と氷を高い水準で扱える強個性。俺よりよっぽど強いだろう。あくまで平時は、だが。

 

「志村か。さっきのバカでかい音はお前か?」

「ああ、まあそうなる。ちょっとやり過ぎた」

 

 脳無を建物に吹き飛ばした時の音はかなり響いたらしい。後で何も請求されないことを祈る、これは正当防衛だよ。路地裏走ってたら襲われたんだから仕方ないさ。

 

「USJの時の怪物だ。なんか因縁でも付けられてんのかな……」

 

 我ながら凄まじいすっとぼけだ。因縁どころか俺の宿命の相手だが、そんな事こいつらには関係ない。クラスメイトの知る志村我全とは、完全記憶能力を保有していてたまに身体能力が限界を超えるふざけた野郎。

 そんなもんで良い。個性を理解した時点で、命の捨て所は決まったのだから。

 

 何箇所か刺されたのか、出血している部位を抑えて手当している飯田に目を向ける。その表情に憎しみは無く、どこか晴れた顔つきだ。

 

 緑谷出久──なんだ、十分ヒーローらしいじゃないか。友を救い、導き、共に手を取り合って進んでいく。正義の味方って感じがするぞ。その輪の中に入りたいという気持ちはあるが、悪いな。

 

「これはアレだよな。状況的に言えば飯田が復讐しようとしてた流れでいいんだよな?」

「ちょっ、志村君……!」

 

 飯田が居て、ステインが居て、もう一人出血してるヒーローコスチュームを身に纏った人間がいて──確定だろう。

 ステインがプロヒーローを殺害しようとしたところに、飯田天哉が駆け付けた。

 

 動機さえ気にしなければ素晴らしいと手放しに……は、褒められないか。

 

「ま、いいんじゃないのか復讐くらい。大分遅くなったが、俺はお前の感情を肯定するよ」

 

 そもそも人生を生んだことに対しての復讐に使おうとしている人間が俺だ。そんな奴が何を言っても意味はないだろうが、気休めにはなるだろう。飯田はまだ15歳、成熟した精神は身に付けていない。

 俺の様に裏技を使えるならまだしもそういう訳でもなさそうだ。

 

「復讐なんて気楽でいいのさ。なぁ轟」

「ん、おう。そうだな、俺が言うのも何だが適当で大丈夫だ」

 

 俺が轟に振った言葉に対して緑谷が今にも死にそうな顔をして驚くが気にしない。入学したてに比べれば大分柔らかくなった轟の態度が少し心地いい。どうやら、俺はまだクラスメイトに見捨てられてないようだ。残り少ない時間、俺の為にもっと交友を深めさせてもらいたいね。

 

 ああ、そうなれば葉隠に返信しないと。何も返事しないままここに来てしまったし、謝罪もしよう。

 

「……志村君、何かあった?」

 

 緑谷が問いかけてくる。そんな露骨に変わっていたか? 

 

「さっきまでと比べて結構、こう……丸くなったと言うと悪いんだけど、柔らかくなった?」

「色々悩んでた問題を全部通り越したからな。色々迷惑掛けたから謝らねぇと、あとバクゴーくん弄りも再開しないとな。寂しい思いもしただろう」

「寂しい思いはしてねぇんじゃねぇか」

 

 手厳しい。

 

 うん、よし。前の俺はこんな感じだったな。

 ふざけておちゃらけ、やる時だけやる二枚目の男。そんなイメージでいいんだ。誰にも関係ない、昼行燈をいこう。

 

「先に応急処置だけしちまうかー、轟悪いけど煮沸消毒した水とか作れるか?」

「入れるモンがねぇ。鍋かなんかないのか」

「流石に鍋は持ち歩いてないな。何故鍋をチョイスした、他にも無かったのか……?」

 

 持ち歩いている止血テープを取り出し、簡易的な消毒液も用意する。こういう時コンセプトを忘れなくてよかったと思う、あの男の事だけを考えていたらとても考えられなかった道具だ。

 志村菜奈というヒーローが俺の中に混じっていてよかった。

 

 ヒーロー殺しステインはぐるぐる巻きにされて捕縛済み、特に出血したりはしていない。吐血はしているみたいだが。

 

 ペタペタテープを貼り、応急処置を終える。その頃にはグラントリノ達プロヒーロー組がここまでやってきて、一件落着という空気。暴れまわる脳無達に関しても終息して、混乱は収まりつつある。

 大団円には程遠いが、いい方向には持っていけたんじゃないか? 

 

 少なくとも、ヒーローシムラとしてではなく志村我全として大変実りのある一日だった。脳無との戦闘で理解した俺の個性は、確かにオールフォーワンへのカウンターになり得るモノで。

 勿論、その瞬間が訪れれば死ぬ。

 

 逆に言えば、時が来るまで生きていける。いつ襲ってくるかわからない状況であっても、対応出来ると理解できた。

 

 これほど心安らぐ事は無い。志村菜奈は命を賭けても傷一つ与えられなかった。だが、俺は命を捨ててあの男を殺せる。その事実が分かっているだけで十分だ。

 

「楽しみだなぁ……」

 

 オールフォーワンが仕掛けてくるそのタイミング、あのクソ野郎が驚く顔を見て笑ってやる。

 

 その後は、ステインを連行する際に脳無が襲ってきたり何か吼えたり色々あったがどうでもいい。少なくとも、ステインはオールフォーワンの足元にすらいない。その程度のヴィランだ。

 

 俺の心を揺さぶりたいなら、せめてそれくらいでっかく悪辣になって貰わないとな。

 

 

 

 職場体験を終えて一日、久しぶりの雄英に戻って来た。

 

 俺達がステインと戦闘したことに関しては、処罰が下される──と思ったが無し。飯田の暴走が原因とはいえプロヒーローの命を救った上に、俺が脳無を無力化した映像も確認してもらって正当防衛。少しばかり映像に手を加えたが、気が付かれてる様子は無かった。

 

 だがまぁ、手放しに誉める訳にも行かず。

 

 ステインを捕らえたのはエンデヴァーになって、その他脳無撃破もエンデヴァーの手柄。本人はこんなもん要るかと猛っていたが、そうするのが一番落ち着くからと警察も言っていた。

 

 その代わり俺達は口封じ、今回の件を漏らしてはいけないという条件で許された。

 

 俺にとってはノーダメージだ。行動を束縛される、例えば謹慎等も無し。前と変わらない様子で登校していいと言われている。建物の監視カメラに俺が負傷した光景が映りこんでいたが、それは警察や学校に見られる前に改竄済み。

 流石に腕を無理矢理治してる姿を見られるわけにはいかない。個性が登録しているモノと違うし、力を隠して入学したとか怪しすぎる。

 

 普通にスパイ扱い、そこから尋問に繋がるだろう。ヒーローはそんなことしない? 馬鹿言え。ヒーローとして輝く象徴がいるなら、闇の中で生きるヒーローだっているに決まってるだろ。

 相澤先生を見ろ。仕事に支障が出るから、つってマスコミに殆ど顔出さないんだぞ。徹底してるプロ意識。

 

「うーす」

 

 久しぶりに挨拶しながら教室に入る気がする。

 最近の俺のムーブが完全に中二病主人公だったことは認めよう。振り返れば少し恥ずかしいが、そこは無理矢理コントロール。人生なんて一瞬で過ぎ去るモノに固執しすぎたのが良くなかった。

 

 もっと刹那的に、現在()を見て生きる。

 

 俺はまだ十五歳で、世間的に見れば子供という立場。少々どころではない特殊な立ち位置に生まれたからそこら辺がおかしかった。所詮死ぬまでの間だが、楽しく愉快に生きていこう。

 

「お、飯田……ちょっと違うな。委員長、こっちの方が似合うな」

「いきなり何を言ってるんだ君は……それはそれとして、あの時はありがとう」

 

 怪我も何もなかったように登校していた飯田に挨拶。爆豪はバクゴー、耳郎はベストフレンド、なら飯田は委員長だ。そっちの方がそれっぽい。

 

「気にすんなよ、誰にだってそういう時期はある。なあ緑谷」

「うん、そうだね……いや、どうかな、流石に誰にでもは無いんじゃないかな」

「なんだと……? 轟、お前はどう思う」

「誰にでもは無いんじゃねぇか」

 

 ジーザス、どうやら復讐とは一般的な単語ではないらしい。個性があるとは言え、別に人間関係が異常なまでに拗れるという過去を持つ人は少ない。また一つ賢くなったぜ。

 

「フ、やはり俺は特殊過ぎたか……」

「何か前より悪化してない?」

「ベストフレンド、元気だったか。俺は元気になったぞ」

「見ればわかるし。……ま、良かったね」

 

 元気になったというか、吹っ切れたというか。逆にどう足掻いてもそうなるし、その結末が確定したからこその態度。誰にも最期まで伝える気は無いが、俺が死んだ後に皆が悲しんでくれるならそれはそれでアリだな。

 自分が肯定されるってのはいい気分だ。

 

 オールフォーワンを倒して、悪が途絶える訳では無いが──少なくとも俺は自分を肯定できる。

 

「俺は頑張ったか?」

 

 ああ、頑張った。胸を張って言えるね。 

 個性が生まれてから闇を支配し続けた悪魔を正真正銘終わらせられればの話だが。

 

『引き出し』の個性に関しては完全に制御できている。記憶を悪戯に呼び起こす事も無いし、精神的に落ち着いた。身体能力の引き出し、脳機能の引き出し……使い道は沢山ある。一番の目玉は、『遺伝子上に刻まれた個性の引き出し』。

 

 これを使うのは限られた場面でのみだ。俺が死ぬと完全に判断した時、オールフォーワンとの決戦の時のみ。それまでは決して使わない。

 

 何故かと説明するなら、個性を複数使用する事に関しての説明をしなければならない。

 

 脳無がいい例になってくれる。アイツは個性を複数持たせて運用するにあたり、肉体そのものの強化が行われている。USJに現れたアイツ、詳しい個性は知らないが少なくともオールマイトの超パワーに対抗できていた。

 それに比べて、保須に現れた脳無はどうだ。

 

 肉体は貧弱に、個性もより弱体化。少なくともあの個体ではオールマイトに勝てる要素は無い。

 

 強い個性を複数扱うには、それに見合った肉体が必要。ただそれだけの話だ。オールフォーワンは幾つもの個性を同時に使用する事を可能にしていたが、それも個性によるデメリットの削除。正直、あいつ化け物だよ。

 

 数え切れないほどの個性のストックの中から状況に見合った個性を即座に判断して使用、それによる反動やデメリットすら別の個性で利用する。最強と呼ばれるのも納得できる。

 

 それを最終的に倒さなきゃいけないのが、難しい所だ。

 

 話を戻そう。

 俺の個性を使用すれば、文字通り『全て』を引き出せる。俺の中に眠る血は、サラブレッドなんてモンじゃない。だから、危険なんだ。

 

 一歩間違えれば単独でオールフォーワンの再臨だ。この国どころか全世界巻き込んで悪の象徴になる自信がある。

 

 そうならない為にも、俺は俺であることが大切。『志村我全』として、確固とした意志を持つ必要がある。

 

「……ま、どうにかなるさ」

 

 悲観的にはならない。

 あの男の事だ、どこまでも計算尽くしだろ。

 

 その計算を全て呑み込んだうえで、超えてやればいいだけ。

 

 それまでは俺らしく生きるとしよう。それがお前への意趣返しだ、オールフォーワン。

 

 


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