期末試験当日──これまで通り、いつもと変わらない試験風景。少し監視の目が他と比べて多いだけで普通の筆記試験だ。一般科目とヒーロー科のテストを終えて、どうせ満点だろと内心思いつつ解答用紙を返却する。
相澤先生が教室から出ていったのを見計らって、クラスメイト達は息を吐きだした。
特に難しい引っかけも無し、応用問題は多めだったのがやはり全国トップクラスの学校だと思わされる内容だった。
「満点だろ」
「すっごいナチュラルなドヤ顔」
ベストフレンド耳郎、成績は上がりそうか?
「……ま、いい感じだと思うよ。ありがとう」
「それは実際に点数上がった時に言って欲しいなぁ」
「うっさい、素直に受け取れ」
イヤホンジャックをぷらぷら操って俺に指さすようにしてくる耳郎。なんか、動物の尻尾みたいだな。猫とか犬、狐もそうだけど割と尻尾や耳で感情が読み取れるらしい。
耳郎の耳たぶから伸びるイヤホンジャックも、感情を表しているかもしれない。今は……照れ隠しか?
普段はただの友人がたまに見せる仕草はいいな。グッと来る。
「ごちそうさまです」
「ぶっ刺すよ」
暴力ヒロインは流行らない、冷静になろうぜベストフレンド。
「ひどい、あんなにも熱烈にご両親に挨拶した男なのに……」
「逆にまだ交友続けてる時点でめちゃくちゃ優しいと思うんだけど」
「『響香さんとは』、の時点でイヤホン刺してたもんねー響香ちゃん」
だふんと俺の後頭部にのしかかる柔らかいナニか。落ち着け志村我全、お前の刷り込みはこういう時に活用できるだろ。オールフォーワン並みの脅威(胸囲とも言う)だ……!
しかし、徐々に距離感が近くなってるな。
別に俺は何の問題も無い。ああ、何の問題も無いが? この葉隠の行動が一体どんな感情の下に起きてるかわからないが、少なくとも好意的な感情から身体的な接触を行ってるんだろう。
いや、だが……葉隠の匂いが直接脳に響く。思春期、それに加えてこれまで女友達がほぼ
これはヤバい。オールフォーワン・志村菜奈両方から独立して自我を保ち続けてる俺が言おう。ヤバい。多幸感が全身に溢れてく。正直ずっとこのままで居たい。
勘違いされがちだが、俺は女性経験がクソ程存在しない。大人びて見えるとよく言われるが、それは単純に他の事をずっと考えているからだ。何が言いたいかって?
──葉隠に籠絡されそう。
擦り込め擦り込め擦り込め……! オールフォーワンの声! オールフォーワンの個性! 俺の生まれ! 人生の短さ!
……よし、落ち着いた。
不意打ちでアタックは流石に無いぜ、葉隠。
肩に置かれた手を掴んで、そのまま上に上げる。今も尚
それに、耳郎の目線が怖い。わかるよ耳郎、俺だって困惑してるよ。その、『友人だと思ってた同性が目の前で急に異性にアタックし始めて困惑と驚きを隠せない』みたいな顔を止めてくれ。胸囲格差もあって、これ以上耳郎を刺激するのは良くない。
腕を掴まれた葉隠がぐいぐい動く。いや、何処がとは言わない。考えるな、俺。
「……どうした、ベストフレンド」
「アンタそれはないわ」
え、何か判断ミスったか。
「……むー」
頭から離れる柔らかい感覚。
しまったな。どうせ短命だろうし、女性関係とかそれどころじゃないと思ってたから全然女心がわからない。「多分こうだろうな」って気持ちは理解できるが、それが真実かどうかの確証が取れない。
こういう時なんて言えばいいのだろうか。素直に感触を伝える? いや、流石にそれは駄目だろ。くそっ、ここでスマホを取りだしたらそれこそ終わりだ。大切な友人を失う訳にはいかない、どうする……!?
頭を回せ志村我全。
「葉隠」
「つーん」
自分で擬音を話しているあたり冗談なんだろうが、女性にとって胸囲のコンプレックスとは個人差が激しい。それを軽々しく扱えば、一気に俺の評価はだだ下がる。まあ、素直に俺が感じたことを言えばいいのかな。
「ありがとうな」
今の一件だけじゃなく、前の事も含めてだ。
葉隠や耳郎が居なければ、俺は堕ちていた。これは間違いない。こうやって雄英の生徒として今も尚生きているのは、友人たちが俺の事を『
俺が死ぬその瞬間も、そうだな……知られたくないな。
二人なら悲しんでくれるだろう。死を悼み、詳細を聞けば『どうしてもっと深入りしなかった』と後悔してもおかしくない。だからこそ、知られたくない。
……そう考えると、俺から仕掛けた方がいいのかもしれない。
オールフォーワンの嫌がらせが完成するより先に、こっちから仕掛ける。勿論ヒーローとしての俺は完全に死んでる。一人のヴィランが、一人のヴィランを殺そうとしただけの話になる。
だが、そっちの方がダメージが少ないんじゃないか?
それを実行した際の結末としては、『オールフォーワンが死んだとも志村我全が死んだとも判明せずに二人揃って消息不明』が望ましい。世間からしてみれば何の興味も湧かない、事件性すら無い出来事で終わる。
最悪なのは俺が殺す事に失敗した挙句、完全に人形として扱われる場合。敗北を視野に入れて戦うのはアホらしいが仕方ない。あらゆる可能性を考えて、ようやくあの男の足元に追い縋れる。
「……ふふん、元気になったね」
「一途だなぁ」
これ、
如何せん対人関係が多いようで圧倒的に少ないせいで判断が付かない。いや、それはそれで判断するのもどうかと思うが……恋愛はわからん。愛情はわかるが、恋をしたことが無いから定義のみわかる。
葉隠が誰かに身体を押し付けるような行動をとってる所は見た事ないから、多分そうなんだろうが……男の趣味が悪いな。
本当に申し訳ないが、俺はそれに応えられないよ。先に死ぬ事が決まってる人間が、誰かに愛されるわけにはいかない。愛を与えようとした心優しい人間だけが残されて不幸になるなんて、良くないだろ?
「君達、そろそろ移動するぞ。実技試験は特別会場を使用すると相澤先生から話は伺っている」
飯田が声をかけてきたから、席を立って歩き出す。
はぁ、くそったれめ。またオールフォーワンに関して考え直さないといけない。何が最善で、どう目指していくべきか。そんなもの決まっているさ。完膚なきまでに、ぶっ飛ばしてやらないといけない。刑務所にぶち込むのもいい。二度と悪だくみ出来ないくらい、ボロボロに打ちのめす。
……ああ、そう言えば実技試験の内容は例年とは変わってるんだったか。去年までのデータではロボットとの戦闘訓練やUSJを利用した経験を活かした現場適応試験だった。残念ながら今年の情報は無し、得られるものはなかった。
雄英的に考えてみれば、今年は異例中の異例。
なぜ襲撃があるかわかるって? 決まってる。
未だ敵連合の本隊が捕まってないからさ。
警察の捜査情報を見たが、現状死柄木弔がリーダーとして扱われている。その下に黒霧という仮称されるワープゲートを操る霧男、脳無と呼ばれる改造人間。その他雑魚ヴィラン共に加えて……オールフォーワン。
敵の戦力は測りきれてないうえに、まだ見ぬヴィランをどんどん生み出している可能性もある。体育祭にわざわざ来る程度にはフットワークの軽いラスボスが奥に控えていて、尚且つ雄英にいつでも侵入できる個性を持つ相手が居る。
かなり最悪な状況だな。決して楽観視していい状況じゃない。
だが、学校側に焦りは見えない。林間合宿に関しては俺が調べても出てこなかったから、データ保存を行っていないんだろう。電子化が進むと紙媒体が機密データとして扱われるが、まあそこそこだ。
神出鬼没のワープヴィランが居る時点でどんな金庫に入れても意味無いが。
やはり警備の面で考えるならば黒霧が厄介すぎる。
俺の扱える手札はそう多くない。実際に用意さえ済ませれば使える手段は多いんだが、オールフォーワン相手となると……微妙だな。アイツに液体窒素とか効く気がしないし、炎で無理矢理酸素を燃やして窒息させるとかも効かない。
引き出しの個性でどれだけ上手くやれるか?
オールフォーワンは俺の個性を把握しているから、下手な真似はできない。一つ一つの行動が命取りだ。奴の記憶を掘り起こすのではなく、以前見た中での戦闘を参考にするなら──空中である程度速度を出せる機動力が必要になる。
地面を隆起させ、まるで一つの生物のように操り高速で襲わせる。幾つもの個性を複合してオールフォーワンが自ら作り出した個性。
回避するので一番適しているのは、志村菜奈の浮遊。アレを引き出して使えるようにする。
まあ、志村菜奈なら大丈夫かという気持ちはある。
あの人はオールフォーワンとは違い、悪の人間ではない。まかり間違ってもヴィランに堕ちる人では無いし、自分の意思ではないとはいえ自分の血が繋がった子供に対して不利になる事はしない、筈。
だが、それをしてしまえば『俺の個性容量』が埋まる。ただでさえ一つ個性を所持しているのに、更に個性を手にしてしまえばどうなるかわからない。もしも俺の身体をそういう風に造っているならいいんだが、そうじゃなかった場合。
他の人間に比べて何も変わらなかったら終わりだ。
幾つも個性を持っているオールフォーワンの血が流れているから大丈夫か、とも思ったが……アレは恐らく個性の副作用だろう。緑谷が修行している道とそう大差ない。
緑谷は身体を強くするために個性をセーブした。
オールフォーワンは身体を強くするために個性をセーブした。
最初は一つ、次は二つ、三つ四つ……そうやって徐々に数を増やしていき、あの最悪の魔王が完成する。俺が再現できるのは僅かな間だ。オールフォーワンを引き出したとして、その後に個性を10個程手に入れるとする。
崩壊か、破裂かは分からないが身体は無事では済まない。治癒能力を無理矢理引き出して相殺できればいいが、悠長に個性が待ってくれるとは思わない。普通に即死だろうな。
まあ、俺が死んででも奴を仕留められればいい。その後の命は考えてないさ。
「実技試験、なにやるんだろーね」
「何やんだろーな」
隣を歩く葉隠に返答する。
いつもなら廊下を歩けば見える教師陣が殆どいないから、既に試験場へ向かっているんだろう。と、なると……あくまで評価を下すのは各科目担当や担任。その枠組みから外れると考えた方が良さそうだ。
人数的にグループに分かれての採点形式になるとは思うが、その内容まではわからん。
早急に生徒達の戦力増強を行うなら、教師陣との戦闘もアリだな。敵連合の存在、可視化された『魔王』の再臨。将来に備えてカリキュラムを変更してきてもおかしくない。
どちらにせよ無意味な事はしない。俺の為に何か授けてくれるなら有難く頂こうじゃないか。
峰田「屋上行こうぜ……久しぶりに、キレちまったよ……」