(´・_・`)…………
ぎゅ、と手袋を嵌める。
保須で脳無に使用した時より肌に吸い付く様な素材に変更し、ぶかぶかではなくピッチリとした手袋に変更した。
この先必要になるだろう、指先の精密操作。
最悪、指を破壊しながらの戦闘になる。それくらいの覚悟はしておくべきだし、それに備えて戦っていき経験を積む。残念ながらこれまで見てきた記憶の中にそんな状況で戦う記憶はなかった。
歴代
「あれ? 志村くんコスチューム変えた?」
「ん……ああ」
葉隠にはそう言えば見せてなかった。自分のセンスは信用せず、出来るだけ遺伝子上の母親の記憶を思い出していこうと決めた。親が親なら子も子だ。
「まあ色々考え直してな。ほら、ヒーローっぽいだろ?」
わざとらしく口角を人差し指で吊り上げて、笑顔があの男にならないように気を付ける。自分で見直してみたが、まあ志村菜奈に似てる。オールマイトには見せちゃいけない表情ナンバーワンだ。
「……にしし」
葉隠も自分の顔があるであろう場所に手を当てて、人差し指を両手で立てる。俺のマネをしているんだろう、こう……少し嬉しいな。
「ほら、行くよ二人とも」
耳郎のイヤホンジャックが伸びてきて俺と葉隠の顔を突く。
実技試験はコスチューム着用、俺が要望を出した変更点に関して即座に反映されるのは素晴らしい。ぶっちゃけ、企業とのやり取りどうなってんだろ。流石に相澤先生のメール内容まで確認してないが、かなり工程は少なそうだ。
直接連絡して、直接請け負ってるのか……? どちらにせよ効率はかなりいい。
有難い事だ、学生の身でありながら受けられる支援はプロ以上だぞ? 仮に俺がこんな人生じゃなかったら、ちゃんとした雄英生として生きれるとしたら──もう一度生きてみたかった。
ま、普通の人生歩んでたら俺は雄英に来てないと思うけどな。ヒーローなんて割に合わない、引き出しの個性で適当に高めた能力でちっちゃな犯罪を繰り返すヴィランになってお終いだろ。
二択の選択肢の内、どちらかだ。
◇
実技試験の内容は非常に簡潔。
敵対した教師の攻撃を掻い潜り脱出ゲートまで走るか、教師を戦闘不能状態にするか、捕縛用の手錠を付けるか。一番俺たちが狙い目なのは脱出ゲートまで走ることだな。
先程から選ばれた二人組とそれに対応する教師を考えるにわざと相性の悪い人を用意してる。
直接攻撃がメインの連中には、鉄壁の防御を。
絡め手も可能な奴らには、その上位互換を。
そして──何故か爆豪と緑谷の仲の悪い二人が組まされてる。これ決めたの相澤先生だな。よく分かるわ、合理的に考えて仲が悪いにしろ少しは耐える素振りを見せろって事だろ。
しかもその相手をするのはオールマイト。……片方は一年生の中でも随一の実力を持つ爆豪、もう片方はワンフォーオールの今代継承者緑谷。教師陣がワンフォーオールを把握してるとは思えないし、これは関係性を重視したのかね。
オールマイトが明らかに緑谷を可愛がってるのは誰が見てもわかるし、丸投げ?
っとそうだ、俺のペアだな。
俺のペアは葉隠、対する教師は──スナイプ先生。俺が完全記憶能力しか保有してないという条件ならばそれはそれは不利な相手だ。相方の葉隠も似たようなもので、スナイプ先生の個性が厄介。
個性『ホーミング』。
遠くの位置に居る相手を瞬時に把握し、操作可能の銃弾を放つ強個性。俺達生徒相手に実弾を使用してくるとは思えないが……ゴム弾だったとしてもダメージは免れない。
遠距離戦闘に関してはガン不利な俺達二人だが、この相性の悪さをどうするかで評価項目は変わりそうだ。
「スナイプ先生、かぁ……」
「USJの時に一回だけ見たな」
葉隠の呟きに対して答える。
俺が脳無と殺し合いをした直後介入した教師陣の中に交じっていたスナイプ先生の戦果は大きい。
脳無の手足の腱を撃ち抜き、モヤ男の身体を貫き、足止めを行った。通常であればそれで倒せただろうがワープ相手は相手が悪かった。残念な事に奴は意識がある限り個性の発動が出来たし、脳無の回収だけは阻止していた。
「よーしっ、頑張ろう!」
むんっ、と
遠距離から高速で飛来する銃弾を避ける事はぶっちゃけ不可能だ。『銃』という人類史上最高で最悪な発明品の殺傷能力はシンプルが故に凄まじく、肉体面では至って普通の俺達にはちょっと策が無い。視認不能な物陰に隠れるくらいか?
だから、正攻法では
俺の個性──"引き出す"個性で身体能力を引き出す。ちょっとだけ、違和感のない程度にな。こうやって練習も兼ねて実戦形式でやれるのは助かる。
「どうしよっか、志村くん」
「んー……正面に立たない、って事は徹底しよう。ステージがどうなってるかわかんないけど平原だったら初手で走り回る。障害物があるなら陰に隠れる、で」
正直な所開けた場所だと詰む。
マジで対抗策が無い。葉隠は一人でステルスに徹したら行けるかもしれないが俺は無理だ。
「……ま、それでもどうにかするさ」
それでこそヒーロー、あの男が唾棄する存在。奴を超えるなら学校が用意した試練程度乗り越えて見せなければならない。
記憶の引き出しからスナイプ先生の映像を持ち出して、少しだけ解析する。
早撃ちとか、異常なまでの正確な射撃を保有している訳では無い。初弾を正確に当てているというより、個性の操作で"当てている"と言った方が正しい。
だから重要視するべきは放たれた銃弾の軌道を見逃さないこと。
割り振られたステージの扉を開き、中の様子が見える。
完全な密室で薄暗い空気が漂い、大きな柱が何本も存在している。なるほど、確かに俺たちを試すにはうってつけだ。
柱と柱の距離はそこそこあるから移動すれば見つかるし、ゴールが見えている位置にあるのも酷い条件だ。ゴールが見えるから、意識を多少ゴールに持っていかれる。スナイプ先生がそんな隙を見逃すはずが無い。
扉が閉まり、試験開始のブザーが鳴る。
まずは出方を探りたい。スナイプ先生の個性の把握から始めなければ。
「葉隠、無理のない範囲で」
「オッケー、任せて!」
葉隠の絶対的な長所は、相手が特殊な探知方法を保有しない限り確実に先手を取れるという点。熱とか匂いとか、普通の人間が一番に頼らない手段には弱いが──そうでない限り絶対的なアドバンテージを保有する。
俺が見つかるのは問題ない。
葉隠が見つかるのは駄目だ。
……ま、ぶっちゃけた話賭けに近い。仮にスナイプ先生のヒーロー道具もといマスクに熱感知式のシステムが搭載されてればお手上げだ。そうなりゃ一から作戦を立て直す必要がある。
取り敢えず葉隠の香りが離れた事を認識しつつ柱に隠れる。
恐らくスナイプ先生はこっちの作戦を看破している筈だ。葉隠の個性が圧倒的な隠密性を保有している、そして完全記憶能力と言う個性になっている俺。
作戦の中心になるのは葉隠なのは明白だ。明らかに参謀型の俺が直接的なキーマンになるとは考えにくい。
僅かに香る葉隠の匂いから大体の場所を推測し俺の動きを組み立てる。
相手は歴戦のヒーローだ。
俺の動きから葉隠の位置を大まかに判断し詰め寄る可能性もある。ボードゲームのように一手先二手先では足りない、もっとその先を見ていく。俺にはそれが出来る筈だ。
何故かって?
──その程度出来なくて何が
個性の先を、時代の先を、世界の先を見通し続けたあの帝王を超えるんだ。ここは通過点に過ぎない。
考えていこう志村我全。俺が教師陣へ与えた情報、葉隠の情報、それらから組み立てられる作戦概要を判断した後にそれを崩壊させる一手を。
「──オーケー、気張って行こう」
声を出して俺の存在をアピールする。明らかに陽動なのはバレているだろうかそれでも対応せざるを得ないだろう。プロの思慮深さを逆手にとってやる。
予測通り背にした柱に向かって弾丸が飛来する。隠れている俺目掛けて個性を使用してくることは無く、狙いはあくまで柱。そこら辺にちょっとした手加減を感じるがそこは仕方が無い。……できれば、もっと本気になったプロと戦っておきたいんだが。
端によって身を隠しながら覗き見る。
瞬間目の前を通過する弾丸、次は当ててくると考え顔を引っ込める。
知覚範囲の広さはヤバい。視野が広くカバーできる手の広さも半端じゃない。弾丸一つでクリアリングが出来るんだからそりゃあ強いか。
……うん、これなら言い訳が効くな。
そう判断し柱の端にぴったりと身体を付ける。壁に張り付いたという表現の方が正しいか?
先程弾丸を見た時の速度と軌道を思い返しながら計算をする。急停止・反転を見てない以上断定はできないがあくまで操作──緩やかな追尾しかできない筈だ。まあ反転してきてもそれはそれでいいか。ゴム弾一発二発、即死しないなら抵抗できる。
飛び出し、直進する。
柱とピッタリくっついて進むことで壁を作り出す。警戒しなければならない方向を一つでも少なくするためだが、どこまで保証されてるかはわからない。本当は柱を貫通できるかもしれないだろ?
聴力を集中させながら前へと足を進める。
高速で飛来する弾丸が空気を切り裂く音──要するに風切り音を頼りに攻撃を見極める。正面から捉えられるならある程度対処できるんだが流石に真後ろから飛んで来たらどうしようもない。
相手が本物のヴィランならば躊躇なく心臓や頭を狙ってくるだろうがその可能性は低い。この状況ならば確実に機動力を削ぎに来る。
そこまで把握出来たら後は一つだけ。
──脚狙いで来る。
右足で踏み込み、一拍ずらした加速を行う。武術でも何でもないただの
柱にめり込む弾丸。
予測通りに行ったが喜んでいる暇はなく、姿勢を低く保ち走る。フッ、と一息吐き踏み込む足のリズムを乱す。俺のようなタイプと戦闘経験が
残り二十メートル程だろうか。
銃口を俺に向けてはいるが、明らかに意識を他に割いている。葉隠の位置を警戒しているんだろうが、そう簡単にはやらせない。
四足歩行の獣のように、一瞬だけ身を完全に下げる。
左脚に弾丸が一発めり込むが気にしない、その痛みは我慢できる。この程度の距離だったら──一息だ。
たとえ身体能力が優れていなくても、俺には技がある。
脱力、脱力──全身から力が抜けまるで流動体になるようなイメージを重ね、どろんと意識すら溶かしていく。頭から胸、胸から腰、腰から脚へと力を失い緩やかになる。
そうして全身から脱力が終わった時──爆発させる。
通常ではありえない程のエネルギーが生まれ、地面を陥没させる程の衝撃が飛び散る。急加速する視界の中で捉えた世界はまるでスローモーション、飛来する弾丸の一つ一つが見える。
その時、俺は理解した。
普通の人間じゃあ理解できない世界、速過ぎる速度の中で視界だけは遅い。
──『あ、これちょっと引き出しちゃったな』、と。