荒野だ。
荒れ果てた大地、吹き荒ぶ風。形容する言葉としてこれ以上に相応しいのは存在せずに、ここは正に死した大地だった。
「…………ん」
さてさて、ここは何処だろうか。
日本にあるか? そもそも俺はなにをしていたのか覚えてなくて、それ自体がおかしいんだが。
俺の脳機能が狂わされた?
催眠効果でもある個性を使われたのか。しまったな、そうなった場合対応できない。可能性は十分考えられたのに対応策を用意してなかったのは甘かったか。
解決策を探さねば──そこまで考えて、荒野の先に何か浮いてるのが見えた。
それは黒い円だった。
どす黒く、暗く、何処までも飲み込まれそうな闇。
明るさを象徴するのが太陽ならばアレは宇宙だ。人の生存する事の出来ない絶対の地。
触れれば死ぬ。
なんとなく、俺の本能が判断した。
離れるように後退り、足が二、三歩進んだ時点で──声をかけられる。
『──こっちへ来るかい?』
頭の中に直接響くような声だった。腹の奥底から滲み出る悪意が形になったような、そんな混沌とした感情が浮かぶ。
聞き覚えのあるその声の正体を理解して俺はようやく現状を理解できた。
これはクソだ。
状況が最悪に近い。
「誰が行くか、クソ野郎」
心の中で死ねと唱えながら別の手を急いで考える。
オールフォーワンに支配される前に対策、か。
既に手遅れな気もするけどこの際気にしない。やれるだけやるとしようか。
「ワンフォーオール──オールフォーワン」
◇
「志村くん何してるの?」
「…………いや、なんでもない。忘れてくれ」
夢オチかよ。
ため息を一つ吐き出して、背もたれに寄りかかる。
まあ魘されてるとか、対外的に取り繕えない悪夢じゃなくてよかった。そうかぁ、夢にまで出てくる様になったかぁ。
結構限界が近いのかもしれない。
「……心拍数ヤバいけど、どした?」
「心配してくれるか親友。夢見が悪かっただけだよ」
イヤホンジャック、もとい耳たぶで突いてくる後部座席の耳郎。
座席に突き刺して音を聞いてたのか。バスの揺れる音も混じってるだろうに、それを聞き分ける精度は流石と言うほかない。
それにしたってクソな現状は変わらない。
オールフォーワンの力が日に日に干渉してきている。引き出しを意図的に行ったあの日から、心の内側──身体の奥底から疼く様な振動が響いてる。
使え、潰せ、殺せ、死ね、そんな呪言の類がひっきりなしに反芻している。
俺の自己暗示で塗りつぶせるからまだ正気だが、このままだと引っ張られる。
「どうにかしないとなぁ……」
「どったのさ、私に相談してごらんなさい!」
むふー、と胸を張る葉隠。姿は見えないが笑顔なのだろう、健康的に揺れ動く制服の胸部が凄まじいことになっている。
普段なら憎しみを込めた瞳で見る耳郎の目には入らず、俺にだけその姿が晒される。
だいぶなくなって来たはずのオスとしての本能が刺激される様だった。
「落ち着け、落ち着いていこう……! 俺……!」
「えっ、何事?」
「俺の話だ。全部俺が悪いんだ」
「??」
男女の友情は発生する!
男が性欲を我慢すれば!
自己暗示自己暗示自己暗示俺は大丈夫性欲に負けない理性で打ち勝つ俺は大丈夫俺はまともまだ手を出さない──!
『あまり自分を否定するものではないよ、我全』
「うるせぇなクソボケ、黙って死ね」
『やれやれ、教育を間違えたかな?
「言ってろ、どうせもう死んでる癖に」
『希望は抱かないのかい? 育ての親が亡くなった時、世間一般では悲しみに暮れるそうだ』
「お前の血を引く俺が世間一般な訳ないだろが、クソ親父」
「──志村くん?」
葉隠の声で思考が巻き戻る。
なんだ? どうして急に、ここまで一気に飛んできた?
原因がわからない。理由がない。
あまりにも唐突すぎるオールフォーワンの拡張領域に戸惑いを隠せない。俺の調子が悪いとか、俺の体が良くないとか、そう言う次元じゃないんだ。
「ん……すまん、ちょっと考え事してた」
期末試験で引き出しすぎたのが原因か。
それくらいしか無いが、いや、でも……ここ数日こんな事はなかった。林間合宿で何かやるつもりか?
もしかして、そのために仕込んでいる?
ああ、待てよ。
冷静に考えてみよう。
俺とオールフォーワンが初めて接触したのは産まれた時、次の接触は体育祭の時だ。
体育祭で奴と一対一で会話した。そこで何か仕込まれて、インターンで脳無と戦って本当の自分を理解した。
そこまで仕組まれていたものだと仮定すれば、辻褄が合う……?
だめだ、わからん。
「カァーっ、考えても仕方ねぇや。葉隠、ポッキーゲームしようぜ」
「うん、わかった! …………え?」
「誰かー、ポッキー持ってたよな。くれ」
遠くの座席から一本送られてきたポッキーを受け取って、チョコじゃ無い部分を口に咥える。
「ん」
「…………えっ」
「ちょ、ちょちょちょっと何してんのアンタら!?」
後ろから騒ぎ立ててきた親友に対して、軽く答える。
「ポッキーゲーム。やる?」
「は!?」
俺は自分の面がそれなりに整っていると自負している。
これは客観的要素から見て、バランスのとれた各部位と俺の感性から算出された結論だ。あとはまー、うん、普段の態度?
何が言いたいかと言うと、異性から人気を得ようとすればできる。
それは中学の頃に証明した。
「ほらほら、溶けちまうぞ」
「え、あ、えーと……」
「…………う」
困惑する二人を無視してピロピロとポッキーを動かす。
キスが上手な奴はさくらんぼの茎を口内で結べると言われる様に、俺もまた一通り(どうでもいいことではあるが)できるのだ。
もちろん不純異性交遊にまで行くとヤバいので限度は理解している。
「じゃ、じゃあウチが──」
「お前ら、休憩だ。全員外に出ろ」
「…………」
「…………」
「…………」
親友の勇気を無事見届けた所で、俺たちA組は全員バスの外に出る。
俺に対して若干二名から本気の殺意を感じるが、これがデキる男とデキない男の差って所だな。
「アイツ……! オイラ達を見て笑ったぞ……!」
「許せねぇ、許せねぇよな峰田……!」
「クハハ、男の嫉妬は醜いなぁ……!」
じりじり滲みよってきた非モテ達とカバディの体勢で争い合っている最中、突如大きな声が響いた。
「──煌く眼でロックオン!」
それは正しく口上であった。
合戦の前に武将が名乗りを上げる様に、自らを象徴する様に。大きく唱えられたその言葉は争いの最中の俺たちの間にも響き渡った。
「キュートにキャットにスティンガー!」
目の前の非モテから目線を外して声の方向に視線を向ければ、奇妙なポーズをとってキメ顔をする二人の妙齢の女性。
「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」
二人の姿には見覚えがある。
ヒーロー雑誌に載っている有名ヒーローで、四人1組の活動をしているプロヒーローだ。
そのたの雑学は緑谷が解説して、年齢まで触れようとしたのでぶん殴られている。
「女性との関係性はともかく、デリカシーについては俺の圧勝だな……」
「……何勝ち誇ってんのよ」
「これはこれは、ポッキーある?」
「もう食った! このバカ!」
白昼堂々赤面しながらイヤホンジャックを体に突き刺そうとしてくる耳郎だが、それを指で掴んで優しく戻す。
「ぐぬぬ……!」
「……なあ、オイラ、憎しみで人が殺せると思うんだ」
葉隠のぐぬぬ、それに連なっておきた峰田の殺人衝動。
やれやれ、どうしてもこのクラスは俺を退屈させたく無いらしい。困っちゃうね、どうも。
「ねぇイレイザー、アンタのクラス大丈夫?」
「元気でいいんじゃないですか、知りませんけど」
随分と投げやりな対応だ。それでいいのか担任。
「ま、まあこれが平常ならそれはそれで……ううん。とりあえず此処で挨拶するのもなんだし──始めちゃいましょうか」
黒髪の女性がそう呟いた直後、地面からわずかな揺れを感知する。
すぐ近くにいた耳郎と葉隠を抱えて、上空へ飛び跳ねた。
瞬間、地面が隆起しA組を飲み込んで雪崩と化した。
「あー……そう言うことか」
要所要所を確認して、誰一人危険な目には遭ってないことを目視で理解。
先程の女性の片割れが地面に手をついているところから、きっとこれはこの女性の個性だと判断。偽物とかではなく、これこそが林間合宿という訳か。
「急いで逃げたけど、これ逃げる必要なかったわ」
「え、ちょ、まって、高すぎるんだけど!?」
「うは、わははは! 楽しー!」
まあこのままだと落ちた時ヤバいよな。俺が全部受け止めればなんとでもなるけど……どうするか。何も考えずに二人だけカバーしてしまった。
見られてもいいか? もう。
再生能力くらい、ちょっと頑張ったで誤魔化せるか?
「──落ちるぞ! 口閉じてろ!」
木を利用してダメージを最小限に抑える。
俺はともかく、二人は傷つけない様にしないと。完全に判断ミスだ。
木に足を叩きつける様に跳ね飛び、そのまま地面へと転がり落ちる。
木が完全にへし折れたが気にする事はなく、俺の足が激痛を訴えてくるがそれすらも無視して着地した。
「────っっ……〜〜!!」
痛い。
あまりにも痛い。
激痛とか、そういう表現じゃ当てはまらないほどの痛み。
皮が破け肉が裂け骨が砕ける。
それを二人に見られないように必死に回復能力を引き摺り出して修復する。ぐちぐちと無理やり傷口が広げられる様な痛みが鈍く奔るが、歯を食いしばって耐える。
「ふぅ〜……あー。二人とも怪我ないか?」
治りきったのを確信してから、声をかける。
「う、うん。大丈夫だけど……ちょっと目がまわったかな」
「いや、すまん。最近色々続いてたから敵かと思ってさ」
「逆に土に塗れなくてよかったなって思うから、大丈夫!」
葉隠がいい子すぎる。
まじで頭が上がらない、俺の負の側面を全て洗い流してくれる。
「耳郎は大丈夫か?」
「…………え、あ、うん。だ、大丈夫だけど……アンタさ」
俺に抱えられたまま若干不安げな表情で俺を見上げる耳郎。
イヤホンジャックは俺の足に巻きついており──え?
「…………」
無言でツンツン俺の足を突いてくる。
骨が突き出て、破れた制服の部位だ。
「あー…………聞こえた?」
「……ん」
しまったな。
耳郎の耳に良さを舐めていた。聴覚の良さに感心したばかりなのに警戒を怠るとは、俺も鈍くなったもんだな。
「悪い、聞かなかったことにしてくれるか?」
「…………やだ」
「マジか」
「教えて。私にも、透にも」
……散々救われてきたツケ、なんて言い方をしたら失礼だが。
そろそろ返さなければいけない時が来たのかもしれない。いやでも、この二人を巻き込みたくはない。俺とオールフォーワンの戦いは、俺たちだけで終わらせるべきだ。
俺の事情を話して仕舞えば確実に巻き込まれる。
だって彼女らは、「ヒーロー」だから。
「わかったよ、在学中には話すから」
嘘は言わない。
きっと俺は在学中に話すことになるだろう。あの最悪の悪魔、オールフォーワンとの殺し合いの果てに。
「それまで待っててくれ」
頷いてくれた二人の姿に、どうしてか心拍数が上昇した様な……そんな気がした。
投稿が遅れたので冨岡義勇が腹を切ります。