「ヘイバクゴーくん、君が叫んだせいで朝一で注目を浴びたんだけど」
「うるせーカス死ねゴミ」
「はっはっは、相変わらず口が悪いな君は。ヒーローって何だっけ」
こんな悪態吐きながら何だかんだ一緒に登校してくれる(家を訪ねたら親に引き摺り込まれてそのまま一緒に朝ごはんも食べたらすっごい怒ってた)爆豪はやはりツンデレである。君は
「やっぱ性転換に興味はない?」
「死ね」
残念だ。俺が個性(暫定)で無理矢理鍛えた創作の能力ならきっといいモノを作れるのに──いや、待てよ。プロヒーローバクゴー(仮)になって、きっとコイツは態度を改めない。ならばそれを利用すればいい作品を作れるのでは?
「俺が性転換させればいいんだな……!」
真理を得た。これが答えだ爆豪、俺は君がプロになった暁には君の女体化二次創作を渡そ……キモいな。
「すまんバクゴーくん、俺やっぱりキモいのは嫌だわ」
「マジでンだテメェ殺すぞ!!」
再度ブチギレた爆豪を適当に受け流しつつ、目的の教室へと辿り着いた。
雄英高校ヒーロー科1年A組──ここが、俺たちが三年間切磋琢磨する教室になる。
滅茶苦茶デカい扉に手を掛けて開く。
既に数人着いていたらしく、見た顔は──……一人だけ。まだ二十人中俺達含めて五人なので、全然そろってない。同じ会場にいた連中もまだ登校してきてないのだろう。
「お、バクゴーくんこれ見ろよ席順」
「話しかけんなカス」
「俺お前の横だわ」
「………………………」
「顔面変化系の個性とか、お持ちですか?」
怒りのメーターが振り切った哀れ爆豪は顔が変化した。鬼の形相である。
そのまま席にめっちゃ足音鳴らしながら歩いていく辺り、多分本気で怒ってる。明日まで口聞いてくれないと思う。
いやぁ、やっぱり爆豪はいい。
こいつと話していると、とても気が楽でいられる。下らないことだけ考えて生きているような気がするんだ。その代償として彼はストレスを感じてるだろうが。
「やあ、俺の名前は志村。これから宜しくな、硬化少年」
「いや、同い年だろ──ってか俺の個性?」
「会場で見かけてね。ロボットの壊れた痕を見たら、強く固い物質と当たった時の壊れ方してたからそうかなって予想立てただけ。合ってたか?」
「よくそれだけの情報で判るな、俺は切島鋭児郎。よろしくな志村!」
右手を差し出して握手を要求すると、力強く握り返してきた。この感じだと、結構熱血系の人物か? 素直で対抗意識は薄め、若干緊張が滲んでるけど……初日だしそれくらいはあるか。
「で、こっちのめっちゃキレてるのはバクゴーくん。同中だよ」
「何勝手に話してんだ殺すぞゴミカスゴラァ!!」
「ツンデレがよ……」
「〜〜!!」
飛びかかろうと一瞬身体を浮かし、しかし一歩手前で堪えた爆豪を見て切島が若干引く。
「ん……? もしかしてアレか、ヘドロ事件の!?」
「……チッ、せーなモブ」
「モブ!?」
初対面にかける言葉ではない。
「俺は切島鋭児郎! 宜しくな爆豪!」
「……チッ!」
「舌打ちでっか!」
おお、爆豪が勢いに押されてる。珍しい光景もあるもんだなぁ、というより切島もキャラクターが濃い。爆豪に勢いで勝つ人物はそう居ないぞ。
そうして爆豪が渋々切島に話しかけられているのを見ていると、続々と教室に人が入ってくる。
「お、緑谷じゃん」
「が、我全くん。受かってたんだね!」
「お前こそ、夢が叶ったのか? いや、これからか」
ハハ、と笑いながらグータッチする。無個性である緑谷があの試験を潜り抜ける──容易ではなかったはずだ。爆豪や俺のようにある程度の個性があるわけでも無いのに、よくやった。
「
「あ、う、麗日さん! ええとね──」
「志村我全。気軽に我全って呼んでくれ、麗日さん」
「え、あ、うん。宜しく!」
緑谷が早速一人女性と仲良くなっている──だと……?
この感じだと試験で何かあったのだろうか。無個性の緑谷と仲良くなるイベント……ダメだ、思い付かないな。
「……犯罪はやめとけよ、緑谷」
「何が!?」
肩に手を置き、真剣な顔して言ってみた。
すぐ手を離して戯け、緑谷自体から離れる。適当にトイレに行くと言って廊下に出た。
……手が震えてる。緑谷に触れたのは今日が初めてではない。前に触れた事だってある、というより転校してきた当初はなんともなかった。
途中、途中からだ。それこそ三年生になってからと言った方が正しい。
緑谷に、俺の身体が怯えている。この作り物の身体の細胞一つ一つがあの無個性に生命の危機を感じている。
なんだ、一体何なんだアイツは。益々気になる。
身体に震えが走る理由、今のこの現状は明らかに過剰な恐怖が原因。なぜ緑谷に恐怖を抱く? もしかして、緑谷が裏では人を殺しまくっている超大物ヴィランなのか?
それとも──緑谷の血か?
アイツが俺を造った関係者と知り合い、もしくは関係を持っているのか? ……いや、その可能性はない。既にその辺は洗い終わっている。
「──気になるなぁ……!」
何だ? 一体、「緑谷出久」という生命体に何がある? どんな秘密が隠されている? 一体、あの身体に何があるんだ? わからない、今の情報では理解できない。中学時代も散々調べて、結局何も出てこなかった。
緑谷出久という存在に起きた出来事なんで、爆豪勝己に日々虐められていた、ヘドロ事件に関わったくらいしか──待てよ?
ヘドロ事件? そういえばヘドロ事件が起きる以前は何も感じていなかった筈だ、あの事件が鍵か? 事件を解決したのはオールマイトだ。緑谷は特に何も……して……
「──……え、とさ。悪いけど、退けてくんないかな」
「……悪い、ちょっと考え事しててな」
気が付けば口元が歪んでいるのを自覚し、口元を隠すように掌で覆う。扉の前を陣取っていた所為で邪魔になっていたようだ、この深く考え込んでしまう自分の性質も厄介。
三白眼の少女の顔が、若干青褪めている。まるで凶悪なヴィランの犯罪現場を目の前で目撃してしまった少女のような顔だ。
「……俺、そんなヤバい顔してる?」
「……めっちゃヴィラン」
ジーザス!
「大丈夫、プロヒーローにもヴィランみたいな奴いるから」
「否定はしないけどその言い方だと顔とかじゃなくて素でヴィランみたいな奴がいるって言ってない?」
「凶悪な顔してても私が来た! って言えばヒーローっぽいだろ」
「それはオールマイトだから。エンデヴァーが言ってもそういうキャラじゃないじゃん」
「……ギャップってあるじゃん?」
「限度もあるじゃん」
打つ手、無し。
名前も知らない同級生に中身を知られる前にヴィラン扱いされてしまった。しかも反撃する手立てはない。
「やられたよ、完敗だ。俺は志村我全、ヨロシクな」
「ああ、普通に進めるんだ……耳郎響香。よろしく」
手を差し出すと、取り敢えず握り返してはくれた。
じっと握った手を見る。別段震えるような感覚はないし、どうしようもない恐れも感じない。やはり緑谷出久は特別か──他の人間が緑谷に震えてたり恐れてる様子は無いし、きっと俺しか感じていない。
少なくとも、俺の出生に何かしら関係がある事は間違いない。
「……ちょっと」
「おっ、と、悪い。考え事してたわ」
俺の悪い癖でね、と戯ける。
「……ま、別に気にしてないけど。それより教室入んないの?」
「
「それは忘れちゃダメっしょ」
ヒラヒラと手を振り、校内図で確認したトイレに向かう。
こういう時俺の記憶能力が役に立つ。一度見たものは全て覚える、単純ながら強力なモノだ。これを個性と言って良いのかどうかはわからない。ただ、俺の記憶とは違い両親から生まれた事になってる俺の個性は親によって名付けられた。
今は既に他界した育ての両親が何を考えていたのかはわからない。あの人達は、俺を産んだ事に
流石に、それを聞こうという気にはならなかった。
生みの親との会話以降、気が付けば俺は病院に居た。
普通の赤子と同じように集団に混ざり込んでいたんだ。だから、その間恐らく睡眠を取っていたのだろう。俺の記憶が無い以上、それくらいしか可能性がない。
……人を一から生み出すような奴だ。よっぽどの個性を持っていてもおかしくない。それこそ、人から記憶を奪っていたとしても違和感はない。
その可能性を考慮して突き詰めても意味は無いから考えるのをやめよう。
受験の時と変わった様子は無いトイレ。用を済まし、教室へ戻る。
……あれ。そう言えばさっき耳郎に
別に疾しいことがある訳じゃない。緑谷に何か仕掛けるとか、そういう話でもない。だがまぁ、俺の個性とおかしい事を言っている──その時点で何か隠そうとしているのは明白だ。
「ちょっとミスったな……」
呟く。
ヴィランみたいな笑みとすら言われた顔付きでそんな誤魔化すとか幾らなんでも怪しすぎる。
──まあ、適当に誤魔化せばいいか。話したくない方があった程度に捉えてくれるだろう。それこそ雄英にスパイがいるとかそういう話にならない限りは疑われすらしない。
教室に戻ると、既に二十人──俺を除いて十九人──は既に集まっていた。
始業時間まで残り一分程度。初日の集合時間がそのまま始業時間ならばという前提はあるが、流石に全体の工程をずらしたり大掛かりな事はしないだろう。意味がない。
把握していた時間丁度に教室に入るところまで計算はしておいた、俺のこの演算能力と言うか
もしそうだとするなら、俺の個性は人体に関係する何かを統括する個性。
限界、脳機能、知識……当て嵌まるものは多いが、そのいずれも本当だと立証できない。なぜなら、俺自身の個性について理解していないから。
例えば爆豪なら掌でなんやかんやして爆破──これは果たして、感覚として理解できているのだろうか?
純粋な身体機能の一部として爆豪の身体に定着している。これは間違い無いだろう、だからこそ爆豪は個性の使い方が巧い。
偶然発動→その後感覚を思い出し習得、なら理解できる。だが腑に落ちないのはその点だ。
そもそも個性なんてものを感覚として理解できるのか?
果たして、俺に個性があるならば……感覚的に理解させて欲しいものだ。答えを得るには、それしか無さそうだから。
我ながら肉体で実際に、感覚で把握しようなんてアホらしい。非合理で非科学で非論理だ。
「なぁ爆豪、お前個性使う時どんな感覚だ?」
「知るかボケカス」
残念、教えてくれるような人間では無かった。
「やっぱ、爆破しなかったら掌ムズムズとかする? 個性使わなかった反動とかで衰えて劣化とかすんのか? ああでも、ヒーローでもないのに個性使用してるのがバレたら流石にヤバいよな。黙っとくわ!」
「いいから早く黙れやクソカス殺すぞゴミ!!」
やれやれ、爆豪はどうやら精神的に不安定なようだ。これ以上触れてもいいことはなさそうだし、何よりいつの間にか教卓の上に変な寝袋らしきモノが置かれている。怪しすぎる不審物だが、下見をしていた甲斐があってその正体は理解している。
「──はい、君たちが静かになるまで五秒かかりました。予想より早く黙ったのはいいが、その要因が怒鳴り声ってのはヒーローらしくない。もうすこし
どうやら俺が持っている雄英の情報はそこそこ正確らしい。勝手に培われたサイバー能力を利用して、教師陣のデータや行われている行事等に関して確認済み。
所詮片手間で行った事だったからそんなに大事だと思っていないし、別に必要ない技能だから適当に漁ったが──悪くない。
プロヒーロー、イレイザーヘッド。
アングラ系ヒーローとして重度のヒーローオタク、そしてヴィランからは名を知られているちょっと特殊なヒーロー。個性は『抹消』、視界に捉えた人物の個性を抹消できるという、現代の超人社会だからこそ活躍できる強個性だ。
非効率や非合理を嫌い、雄英の教師として活動する中で除籍処分を下すことも少なくはない──という評価だった。
「俺がこれから担任を勤める事になる、相澤消太だ。早速で悪いが、お前達にはこの服に着替えてグラウンドまで来てもらう」
有無を言わせぬ言い方、寝袋の中からごそごそ取り出した荷物を見せる。青が基調の……衣服?
「十分後にグラウンドに集合だ」
そう言って教室から出て行ったイレイザーヘッド、もとい相澤先生。
プロフィール通りの性格、
「お、バクゴーくん見ろよこれ。結構このジャージ伸びるぞ」
「ンなもんどうでもいいだろーが! 殺すぞ!」
「え、どうでもいいの? これバクゴーくんのだけど」
「マジで殺すぞテメェ!!」
折角だから自分のジャージを取りに行くついでに爆豪のジャージを伸ばしながら持って行ってあげた。この服に使用されている素材は、伸びやすくそれでいて素の形状に戻りやすい特殊な繊維を使用されている。
異形型の個性を持つ人が好んで着やすい服だ。ヒーローを例に挙げるなら、Mt.レディが身につけているコスチューム等にも盛り込まれているだろう。え、なんで知ってるか?
……それはさておき、俺が動いた事で渋々動き出した同級生。
「んー……まあいっか」
仕方ないのでその場で制服を脱ぐ。
更衣室の位置も記憶しているが、更衣室まで移動して着替えて再度グラウンドに移動は時間がかかりすぎる。
「ほらほら、男共はさっさと着替えて出てくぞ。女子が着替えれねーだろ」
パッパと制服からジャージへと変身し、一足先に外へ出る。
担任である相澤は、ここまでいきなり初手で試練を与えるような人間なのだろうか。せめてグラウンドまで同行する程度のことはすると思っていたが、この感じだとすこし認識を改める必要がある。
……いや、違うな。今この瞬間にも、俺達を監視している可能性が高い。
実験的に試すなら、その結果は大事だが──俺たちはヒーローの卵だ。
ヴィランを追い詰める時、捕まえました! でもそのかわりに市民を犠牲にしました、では話にならない。
捕まえるのは大事だ。だが、それ以上に市民を守るということが大切になる。
要するに、グラウンドに移動するまでの間もあの教師からしてみれば『テスト中』なのだろう。
上を見て、設置されているカメラを見る。……ん?
もしそうだとしたら着替えシーンやばくないか?
俺達男子組が出て、その後に女子達の着替え──ああ、そうか。既に部屋内のカメラを切っている可能性もあるな。というかそうするだろう。
カメラとの接続を移せば、先生の手元には残らない。
……あれ、待てよ。
もしかして、俺それジャック出来ちゃう? いや、やらないけど。ヴィランまっしぐらだし。
フン……このサイバー能力、誰にも知られちゃいけないな。
「……よし、集まったな。総勢二十名、遅刻無し。お前が先導してきたのか、志村?」
「えぇ、そりゃまあ。俺の個性はこういう時に役に立ちますからね」
「既に施設内は記憶済み、か。つくづく優秀な奴だな」
そらどーも、と返答して受け流しておく。
今気がついたが、先生の俺に向けている目が普通じゃない。うまく奥底で隠してるけど、これは生徒を見る目ではなく──警戒する目だ。何かを探って、確かめようとしてる。
「……やだねー」
雄英に入って最初の試練がこれか。まあ確かに、怪しまれても仕方ないが……ここまで見られる理由はなんだろうか。
入試時点の行動? いいや、あの程度なら警戒に値しない。爆豪の方が現状よっぽどヤバい奴扱いされてるだろうし。だとすると、俺も知らない俺の情報を雄英側が持っている? しかし、データにすら残されてない何かを?
あり得るな。
「ま、いいや。それじゃあまず、個性把握テストをやってもらうぞ」
そう言い、同級生達の疑問を無視しつつ爆豪にソフトボールの球を渡す。種目は通常の体力テストと変わらず、唯一の変更点は個性の使用を許可している点。
死ね、と言いながら爆豪が放り投げた球は750mまで飛んだ。
流石爆豪、強個性だ。俺も肉体を強化とかそういうことが出来ればいいが、生憎とそこら辺は自分で鍛えるしかなかった。
うっかり面白そうなんて漏らした同級生のお陰で最下位には除籍処分なんて縛りが付いたが、まあ関係ない。
勝てばいいだけだ。目指すのは頂点──他に行く場所はない。スタート地点には立った。ならば、後は走るだけだ。高く聳える、No.1の元へと。