──俺は、他人の好意を無下にして生きてきた。
自分の人生が決まってるからって、見ないフリをしてきたし、時には傷付けてでも距離を取ってきた。
爆豪のように親愛等ではなく、自身のプライドのために食らいついてくる奴は心地が良かった。裏切って死んでも、きっと乗り越えてくれるから。
でも、人を好きになれる奴ってのは違う。
他人を好きになれる奴は痛みを知っていて、その重さを理解しているんだ。
俺なんかを好いてくれる奴はとびきりお人好しで、いいやつで、ヒーローみたいで、心の奥底から笑い合えるような人間性を持ってる。皮肉なブラックジョーク、軽挙妄動を地でいく俺とは違う。
だから、傷ついて欲しくなくて──俺は……。
風が吹き荒ぶ大地。
荒野、と表現するのが一番しっくりくるだろう。
前も見たこの場所に、今この状況で来ることになるとは思っていなかった。
「これすらも計算の内だったって、事か」
「──やあ、よく来たね」
「うるせぇクソ野郎」
軽薄な笑みを浮かべて手を振る男──ああ、そうさ。
コイツこそが世紀の大ヴィラン、オールマイトがかつて討った男である、オールフォーワンだ。
「そうつれない事を言うんじゃない。でもまあ、僕は今非常に気分がいいから水に流してあげようじゃないか」
「お前のおかげでこっちは最低の気分だっつーの」
「なぜだい? 自分で選んだ道がちょっと上手くいかなかったから、父親である僕が手を貸してあげる。何とも家族愛に溢れたいい話じゃあないか?」
その道も全部お前が用意したんだろうが──そう責任転嫁を出来ればどれだけ良かったか。
響香と透に危機が迫ったのは、まず間違いなく俺が原因だ。俺が油断せずにその場から離れて森の中に逃げ込めば二人はすぐさま逃がせた可能性がある。あそこで堂々と思案した俺の失敗だし、愚策だ。
無能と言い換えたっていい。
「ハッ! 家族愛を謳うなら夫婦仲を直してほしいね」
「母親の愛は恋しいかい?」
「人並みには欲しかったさ」
感情は情報として理解できた。
だから、俺は耐えられた。
父親がどうしようもないほどの悪でも、形式上とはいえ育ててくれた叔父が消えても、自分の人生が無価値で無意味で寧ろ悪意あるものに象られていると知っても、俺は耐えた。
自分が飲み込めば済む話だったから。
「…………手遅れになる前に、どうにかしたい」
そうさ。
もう手遅れなのはどうだっていい。過ぎた過去は戻らずに、未来現在を見通すのが人生だ。
異性としても友人としても大切で、掛け替えの無い人物達。俺みたいなやつに構ってくれて、面倒くさいことばかりしてたのに、それでも心配してくれた。
中学の頃に勉強を教えてと頼んできた連中はいたし、宿題見せてくれとか言ってきた奴らはいた。
でもそう言う連中は俺個人を求めてる訳じゃなく、あくまで『答え』を求めていた。俺じゃなくてもいいわけだ。
人間はそういうもんだと知っていた。
「あいつらさ、本当にいい奴らなんだ。個性とか、ヒーローとか関係なしにさ、いい奴なんだよ」
「知っているとも、故に君の弱さになり得た」
「わかってる。それでもさ、俺は、アンタみたいに飛び抜けて図太いわけじゃ無いから──嬉しかったんだ」
オールフォーワンの血が混ざってても。
ワンフォーオールの血が流れていても。
俺は俺、志村我全であり──決してオールフォーワンにはなれなかった。
「肯定してくれる人がいる。邪魔をせずに、それでいて心配を投げかけてくれる人がいる。こんな俺を許してくれたのが……」
どうしようもなく、有り難い。
「──感謝は言葉じゃなく行動で示す、だろ」
散々あの二人に助けられたんだ。
自分で撒いた種を自分で拾えなくてどうする。
「きっとアンタは、何もかもを台無しにする。俺がここで助けを願った所で結末は予想できる」
「それでも君は、僕に頼らざるを得ない。君個人でどうにかできる相手・状況では無いからね」
「どうせ脳無送ってきたのもアンタだろ」
「さあ、生きている僕の考えは生きている僕にしかわからない。今の僕は所詮、君の身体に流れる残滓に過ぎない」
いい加減慣れてくる程には会話をしたが、やはりコイツは屑だ。
屑で外道で悪意に溢れ、人間として必要な最低限度の心を持ち合わせていない人格破綻者。
「──だから、俺はアンタに頼らない」
「……ほう?」
「自分の不始末は自分で片付ける。
そう言うと、軽薄な笑みから口元を歪めるだけの笑みへと変貌する。
「ではどうする? 彼女らを救う手立ては予想できるが、それで何とかなると思っているのかい? 比率で言えば僕が九割、向こうは一割にも満たないほどの矮小さだ。そこに命を預けられるか?」
「──充分さ」
「──そう、
オールフォーワンと向き合う俺の肩に手が乗せられる。
聞き覚えのある女性の声とともに、背後から突風が吹き始める。まるでオールフォーワンに抵抗するように、俺を守るように。
「元はと言えば全部お前が悪い、オールフォーワン。他人を思いやることが無いお前がいつまでも支配できると思うな」
「これは人聞きの悪い。僕はただ、自分の息子が困っているから手を差し伸べただけさ」
「なーにが。弱みにつけ込んで自身の計画を進めたかっただけでしょうが」
べ、と舌を出して威嚇する
遺伝子上、それも心の中でのみでしか接点がないのにも関わらずこう呼ぶのはどうにも気が引けるが……。
「アンタの息子じゃ無い。
性根が善性で構成された母親の愛。
俺は、それを信じることにした。
「当然ノーリスクって訳にはいかないだろ。ワンフォーオールにしても、オールフォーワンにしても、何かしらの代償は支払うことになる」
「道理だ。君は既に個性という枠組みを発現しているからね」
「それを無理くり誤魔化した前例があるんだ。できない
オールフォーワンと会話を行うのと同じように、俺は一つの作戦を立てていた。
俺の人格を二つに分けて、記憶や要素を完全に二等分する。
主人格は今対話をしていた俺であり、日常から戦闘までこれまでどおり行う。副人格は、たった一つ。ワンフォーオール、そして志村菜奈の記憶を辿り理解を深めるためだけに作り出した。
「お前が
「──……く、くく。それで?」
「今、
自らを分裂させたり、数を増やしたりする個性を保有する人間は精神的に危うくなることがある。
これは個性研究によって発見された事例であり、ある程度科学的根拠が伴ってできた話だ。教員で言えばエクトプラズムがそのタイプに分類される。
俺は自分の人格を自分で生み出し、それでいて最後は消滅することを選ばせた。
仮に主人格が消えることになっても俺は狂わない。
そうやってデザインされたから。
「ある種の自殺さ。皮肉にも、アンタが引き出してくれた脳機能のおかげで無理が利く」
「素晴らしい自己犠牲だ! 認めてあげよう、志村我全──君の精神性は立派な
ズズズ、とオールフォーワンの背後の闇が濃くなっていく。
あれに取り込まれれば最後、俺は俺としてではなく──オールフォーワンの再臨を許すことになる。それだけは何としてでも避けなければならない。
「三分。確実に保たせられるのはそこだね」
「充分すぎるよ。出来れば本命に使いたかった手札だったのになぁ……」
「高望みしない! やれる手を使って、どうにかこうにかしていくのがヒーローってもんでしょ!」
ニッ、と笑う母。
特別思い出を作ったわけじゃ無い。
特別な出来事を共有した訳でも無い。
それでも、理想と現実の狭間で停滞していた俺を掬い上げようとしてくれた。
「……ごめんね。本当はもっと、いろいろ、してあげたかったんだけど」
いいんだ。
何となくわかる。
きっとこれが最後だ。俺と志村菜奈、そしてワンフォーオールはここで袂を分かつ。それが代償であり、個性というブラックボックスの一端に足を沈めた対価だろう。
互いに記憶を一方的に覗いた歪な親子関係だった。
親孝行も出来ない。
もう、相手は死んでいるんだから。
大した会話もしてない。
オールフォーワンのこの一手に対抗するためだけに、ほんの僅かな間、話しただけだ。
「そう言うなよ。ほら、ヒーローはいつだって笑顔だろ?」
それでも、俺たちはヒーローだ。
ニィ、ではなく、ニッ。
俺たちだけがわかればいい。
「……ん、そうだね!」
きっとここを乗り越えても、本命がある。
オールフォーワンを抑えられる人はいなくなり、俺は一人で抵抗しなければいけなくなる訳だ。でも、それでいい。苦しくたって惨めだって、もがいて足掻いて必死に生きるのが人生だろ。
「──ありがとう。行ってきます」
「──ありがとう。行ってらっしゃい」
──全身に力が漲る。
迸るエネルギーの奔流が血管を駆け巡り、瞬く間に視界がクリアーになった。
これまでに無い、溢れんばかりの全能感。
刹那にも満たない合間に大地を蹴り、先ほどまで追うことで手一杯だった脳無を軽々と超え、
空を駆ける感覚は、母が教えてくれた。
浮遊感と地に足つかない独特の感覚を、宙を自在に飛び回る個性を!
「……お前にとっちゃあ、単なる肉親の個性かもしれねぇけど」
ワンフォーオールは紡がれていった。単一で成功したオールフォーワンとは違い、託された者達が次世代へと祈りを篭めた希望なんだよ。
「もう、お前だけのモノじゃない」
そこで指咥えて見てな、オールフォーワン。
緑谷とは違う、紫電迸る視界の中で脳無を睨み付ける。相も変わらず成長を続けているらしい奴は、俺に追随するように羽を広げて空へ飛んできた。
両腕に二人を抱えたままで不利な状況の筈だが──今は、負ける気がしない。
あのごく僅かな時間に、志村菜奈の記憶を追体験した。
俺より弱い身体で、俺より深い経験を持って裏付けされた戦闘経験を丸々引き継いだんだ。もうすでに脳無を置き去りにして、俺は今ずっと先にいる。
腕を振り回しながら突撃してきた脳無を置き去りにし、それでいて腕の中の二人に影響がないように計算して飛び回る。
被害に巻き込まれない──宿舎へと一瞬で飛ぶ。
「よっ……と」
「おわわっ!」
「え? え? なになに、何が起きてんの?」
二人に怪我がないように気をつけながら降ろし、先ほど垣間見た情報を伝える。
「中にヴラド先生がいる。補習組も一緒だったし、こん中は安全だ。周りも一応
「アンタどうなってんの!? なんかそれ、緑谷みたいに」
「
声を荒げる耳郎に対して、名前を呼んで言葉を止める。
「全部、戻ったら話すよ。葉隠も」
「…………戦うつもり?」
「今しか戦えない」
刻一刻と時間は過ぎていく。
脳無ですら追えない速度で宿舎まで来たから今は大丈夫だが、そのうち発見されるだろう。三分は保たせると行ってくれたが、できるだけ早くかたをつけた方が良いに決まってる。
相手はオールフォーワンだぞ。
「悪いな、いつもいつも」
「はー………………」
耳郎顔に手を当て、長いため息を吐く。
葉隠は少し大人しくなったかと思えば、「……うん!」と声を出して俺に近寄ってくる。
「信じるから、気をつけてね!」
「…………約束。絶対、傷一つ付けないで帰ってきて」
「ああ、わかった。任せてくれ」
いつもいつも、俺は誰かに助けられてばかりだった。
今もそうだ。亡き母の最期の力を借りて、二人を守る手段を得た。
踏み込み、加速する。
いまだに空に浮いた状態の脳無が接敵に気がつく前に、衝撃波と共に莫大な風圧を生み出しながら踵落としを叩き込む。ここの周囲に誰もいないのは確認済み、ド派手にぶちかませば多方面への牽制にもなる。
土煙と共に散らばっていく大きめの木片や石を高速で回収し、まとめて脳無の場所へと零す。
『お、おオおオオ前マままえ……!』
強化された聴力が脳無の言葉を聞き分ける。
先程まで俺を散々嬲っていた奴相手にこうも一方的に痛めつけられるってのは、とても爽快感が湧く。だけどその心地よさを振り払い、右手に力を込める。
「限定特別モードだ──来いよ兄弟。格の違いを教えてやる」
ヒーロー
ワンフォーオール+浮遊。
オールフォーワン、お前が最も唾棄する組み合わせだ──泣いて喜んでくれよ?