天と地程の差はあるが、天と地しか選べない。   作:恒例行事

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林間合宿⑧

 空に浮く俺へと飛んで接近しようとした脳無の背後へと移動し、羽をもぎ取る。

 無様に地面に落下していく姿を見送って、墜落する寸前に移動して蹴り飛ばす。地面と水平に、衝撃を鳴らしながら吹き飛んでいく脳無の更に先へと移動し四股を引きちぎる。

 

『──ああアアァあァあぁ!』

 

 咆哮と共に一瞬で再生した両腕を振り回す脳無。

 

 それを掴んで、再度千切る。

 途切れない攻撃を一撃たりとも逃さずに捌きながら、次から次へと再生する身体に破壊を繰り返しながら近づく。

 

 遊んでいる暇はない。けれど、ただ一撃で終わらせるのも勿体ない。

 全能感に呑まれている? いや、違う。これはな、俺のエゴだ。俺の存在証明なんだよ、この戦いは。

 

 懐まで近づき、脳無が先程俺を一度殺しかけた杭を放ってくる。

 さっきとは違い緩慢な動きで、俺が見てから余裕で回避できる程度の速度。たった一つの個性が覚醒しただけでこれとは──なるほど、オールフォーワンも欲しがるわけだ。

 

「──脳無」

 

 視界に紫電が迸る最中、俺は声を発していた。

 

「お前は俺だ。哀れな人造人間、役割が固定化された駒」

 

 俺たちは皆、たった一人の人生を悦ばせるためだけに生きている。

 感情も、事実も、現実も理想も全て育んだ上で絞り出す。苦痛を伴って取り出された悪夢を美味と囀るあの男のためだけに、生まれているんだ。

 

「どいつもコイツも枠から離れることはできない上に、離れようとすらしてない。自分の人生に諦めをつけて、目標を立てた気になってる」

 

 俺は、そうなりたくなかった。

 心のどこかで諦めていても、決して諦めたくなかった。そんなはずはないと信じたかったから、必死に抗おうとした。

 

「……決めたよ。全部、全部な。これは諦めじゃなくて、妥協でもなくて──願いだ」

 

 意趣返しなんてモンじゃない。

 

 今俺は巣立ったのさ。

 ワンフォーオール、そしてオールフォーワンという宿命に縛られた運命から、志村我全という一人に。

 

「俺は俺として、ヒーローとして立ち向かう。そこに血は関係しねぇ」

 

 今もどこかで観覧中の悪趣味な野郎に宣誓する。

 ワンフォーオールの全能感は理解した。きっとオールフォーワンの圧力も似たようなモノになるんだろう、この感覚は忘れることはない。

 だからこそ、俺は俺として立ち向かう。因果を断ち切るのはいつだって因縁めいた個性だが、俺は王道の主役じゃない。ストーリーラインを外れた外側の物語だ。

 

「だから──今は寝てろ、愚弟」

 

 

 

 

 

 

「いや、おっもたいなコイツ……」

 

 あの後ギリギリ残ってたワンフォーオールの力を使って、思いっきりぶん殴って気絶させた脳無を引きずって森の中を歩く。

 

 心配していたオールフォーワンからの干渉は無い。

 母さん曰く、『オールフォーワンに抵抗するためのワンフォーオールもちょっとは残す予定』だそうだ。ただまあ、これまで通り気軽に話すとかそういうことはもう出来ない。あくまで形骸化した呪いに似た感覚って言ってた。呪いってなんだよ。

 

 この言い方も語弊があるな。より正確に述べるなら、『普段から俺の内部でAFO VS OFAが行われていて、OFAを戦闘に使用した分AFOに天秤が少し傾いた』、か。

 

 あんな舐めた戦い方しなくても、一発でケリをつける事だって出来た。

 それをしなかったのは──……格下を一方的に嬲るのが楽しかったからで、それを楽しい事だと認識していたから。これすらもアイツの思惑通り、ヴィラン側に傾いたってワケか。

 

 はーあ、嫌になるな。

 勢いで葉隠と耳郎に説明するとか言っちゃったし、余計な性質を今のうちに分析して洗い出しておかないと厄介なことになりそうだ。オールマイトにも説明しなきゃ駄目だよなぁ、まずは相沢先生にも話をして……そういや、オールフォーワンの捜査状況とか確認してなかった。

 

 やることは山積み、か。

 

「……ん」

 

 強化された聴力がわずかに音を探知した。

 

 葉が揺れる音だ。

 嗅ぎ慣れた匂いでもないし、クラスの連中じゃないことは確定。これはヴィラン確定だな? 

 

「これが目当てか?」

「……驚いた、動揺しねぇんだな」

「訳ありでね。純粋なクラスメイト達とは違って、少しばかり悪意に塗れてるのさ」

 

 かと言って脳無を渡したりはしないがな。

 マジシャンのような格好で話す、体格から察するに男か? この季節にそんな厚着でよくやるもんだ。

 

「回収でも命じられたか、それとも俺狙いか……ま、いいさ。やろうか」

「おぉっと待て待て! 脳無ボコれるようなパワーファイターとやりあえるかよ」

「大丈夫、あれは特別バージョンなだけだ。あの時限りの産物だし」

「個性がその時限りってどういうことだよ……」

 

 少し困ったように話すマジシャン。

 意外とフレンドリーな奴だが、こういうやつに限って裏でいろんなことを練っていたりする。策略というか、ひっかけが好きなんだよ。

 

 俺と話している今この瞬間にも何かを狙ってる。

 

「──そら来た」

 

 完全に死角の位置から、唐突に肉が焼ける音がする。

 この焦臭さ、一番最初の煙の野郎だな? 木を燃やして撹乱でもしていたのか、裏方専門の奴がいるとも思えないし……ンなるほど。汎用性の利く轟か。

 

 脳無の身体を盾にして、臭いのする方向へと駆け出す。

 ワンフォーオールはすでに使用不可だが、それでも引き出した身体能力がある。この脳無クラスの怪物が出てこない限り十分対応可能だ。

 

 蒼炎が途切れ、脳無を横に退かしつつ接近する。炎の出し方も轟と似ているし、タイプはそっくりだな。

 

 ただ、アイツほど近接戦はやれないとみた。

 

 脳無とは違い、個性の複数持ちは通常警戒する必要はない。

 炎は炎、氷は氷。轟のように強力な個性へと変貌することもあるが、普通は相手の戦略性はある程度固定化されるんだ。

 

 炎だとタネが割れて仕舞えば、警戒するのは一つ。

 

 温度変化により効果を発揮する薬物である。

 

 火の燃焼による酸素不足なんて諸刃の剣すぎて、あまり警戒する必要性もない。

 

「っハハ、流石完成品(・・・)!」

「事情通で何よりだ、説明する手間が省けるからな!」

 

 足払いで姿勢を崩し、受け身をとった炎使いの顔面をサッカー蹴り。死にはしないが、それなり以上のダメージは入るだろう。

 背後から近づいてきているマジシャンが何をしてくるかわからない以上、距離をとっておくに越したことはない。

 

「待てよ」

「離せよ」

 

 気絶してないのか? 

 普通の人間なら気絶するくらいにはイイ(・・)のぶち込んだのに、この蒼炎ヴィラン──痛みに慣れてる? 皮膚は焼け爛れた痕か! 

 

 こっちだってかなりの力篭めてんのに、対抗してくる。

 

 素の力にしたって強い。コイツ、俺と同じで外れてるのか? 

 

 とりあえずコイツの炎は自己再生で無理やり凌ぐことにして、マジシャンを警戒する。

 これみよがしに指先をピクピク動かしてるし、コイツ多分そういうタイプだな。触れた相手をどうにかするパターンか。そういう相手は大体悪趣味な個性を持っている場合が多い。

 

 炎で視界が埋まる前にマジシャンの位置を把握し、どこへ触れようとしてくるかだけ予測する。

 若干大ぶりな感じからして胴から上か? 

 

 到達するまで時間を大まかに計算、視界が燃えるまでかかった時間がこれくらいだから……よし。

 

 熱でぐずぐず言い始めた身体を強制的に再生させながら、あらかじめ予測しておいたマジシャンの攻撃を避ける。熱で身体が溶けてても、痛みさえ堪えれば動けるだけ電撃よりマシだな。

 

 酸素は問題ない。

 ある程度なら自分の身体の中で酸素を回せるようにしたから、短時間なら燃えたままで戦闘できる。

 

 クソ熱くてクソ苦しいのが難点だ。

 

 マジシャンを避けたのち、掴んでる手を全力で踏み付けその場から離れる。 

 脳無は逃したくない。逃したくないが、コイツらの狙いが少しズレてる。多分だが、狙いは俺そのもの。脳無じゃない。

 

 俺を殺す必要は一切ないのに、躊躇いなく殺してきやがった。

 

「親玉が俺を呼んだのか?」

「いや、お前本気で人間か?」

「失礼な奴だな。見た目はお前より人類らしいだろ」

「あーあ、傷ついちゃうなァそういうの。ヒーローが人を傷つけてイイのか?」

 

 少しずつ治ってきた視界の中で、爛れた男が言う。

 

「俺はこう見えて繊細なんだぜ? あることないこと言いふらしちゃうかもな」

「好きにしな。陰謀論による謀殺は対策済みさ」

「ハハ、面白い奴──じゃあよ、これはどうだ?」

 

 マジシャンと横並びになり、ポケットの中を弄る。

 取り出したのは小さなビー玉サイズの何かだ。

 

「これ、なんだと思う?」

 

 視力を強化し、それを見る。

 催眠系の個性が封じられていた場合厄介なので、それに対して自動発動する暗示をかけるのも忘れない。

 

 その球の中には──は? 

 

「ジャジャーン、本家本元ヒーロー科A組の女の子です」

 

 何も、見えなかった。

 そうだ、何も見えない。中に入っている人物が見えない。

 

 A組で、見えない──そんな人間、一人しかいない。

 

「タイミングが良くてさァ、もうズタボロの敗走中に通りがかったんだよ。狙いは爆豪だったし、お前は脳無が殺すと思ってたから興味なかったんだが……いやいや、面白いものを見せてもらったし、そのお礼に捕まえといてやったんだ」

「今すぐ離せ」

「じゃあこの場で死んでくれるか?」

 

 ギリっ、と口から不愉快な音が鳴った。

 

「ハハっ! イイなぁ、イイなぁその顔! そうだ、それだよその顔だ! アイツにもそう言う顔をさせてやりたいんだよ!」

 

 どうする。

 中身を明確に理解できないビー玉一つでこうも動きを封じられるとは考えていなかった。

 

 あれが、ただのビー玉ならいい。

 問題は、本当に葉隠が囚われていた時だ。俺はみすみす葉隠を見逃すことになるし、オールフォーワンの元に送られたら最後、もう……いや、やめよう。そこから先は考えていいラインじゃない。

 

「コイツ、ああ、コンプレスって言うんだけどな。個性を利用すればこう言う風に、ちっこい球サイズまで空間を限定できるのさ」

「オイ荼毘、そこまで言ったらネタバレどころじゃないだろ」

 

 荼毘にコンプレス、ね。

 ヴィランネームなんざどうでもいい。コイツの言うことが本当なら、その中に葉隠が空間ごと小さくなってると解釈するべきだ。

 おっかけ回して取り返そうにも、コイツがダミーで空を用意していたら終わりだ。俺はその中身を見分けることはできない。

 

 ……詰み、だな。

 

「あー、わかったわかった。俺はどうすればいい?」

「流石に物分かりがいいな。ワープで飛ばされるだけさ」

 

 流石に荼毘が近づいてくることはないが、微かに霧が展開される。

 気になることは幾つかある。いくつかあるが、それは飲み込もう。俺にできることは、一つしかない(・・・・・・)

 

 霧が全身を包む直前に、右手で反対の人差し指を折って千切る。

 

 そしてその人差し指を、ノーモーションでコンプレス(・・・・・)へと放った。

 

 初速は先ほどまでには匹敵しないが、それでも当れば骨折程度はするだろう。

 どちらかといえば鋭利な先端を向けたので、貫通するかもしれない。

 

 荼毘は俺と同じく、裏でひたすら保険をかけるタイプだと仮定した。

 

 煽り方や詰め方が似ている。

 合理的で悪辣で、的確にされると嫌なことをする。そんな人間が、わざわざ本物を持ち歩くか? 証拠品を見せなければ納得しないとはいえ、ブラフにしたってリスクがありすぎる。

 

 俺の予想が正解なら、本当に葉隠を隠し持っているなら──俺ならば隣の影が薄いコンプレスへと持たせる。

 

 だから、先程少しだけコンプレスを見たときに癖を観察した。

 

 アイツは右手と左手──右手を重要視する癖がある。

 

 右のポケットに替え玉と本物を所持していると、完全に山勘だ。

 

 狙い通り、まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは思わなかったのか二人とも反応が遅れる。

 コンプレスのポケットからわずかにそれて、若干腹部へと突き刺さる形で指が命中した。

 

 舌打ちを漏らしそうになるが、俺の期待をいい意味で裏切った現実が訪れる。

 

 コンプレスが液状化し、その場から少し離れた場所から音がした。

 地面に着地した音だ。

 

 だがその場所に誰かがいるようには見えない──つまり、葉隠は今解放された。

 

 ここまで粘れただけいいな。

 もう霧に包まれて何も見えない状態だ。USJでも味わったがこの感覚は微妙に気持ちが悪い。

 

 結局話をすることも出来なかった。

 何もかも手遅れで、後悔ばかりだ。きっとこの先、待ち受けるのは最後だ。

 

 だがまあ、いざという時の保険も家に残してある。

 

 自分の言葉を。

 

 鬼が出るか、蛇が出るか……前にも案じたこの危機感を、もう避けられないと予感しながら、独特の浮遊感へと身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マジで難産でした
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