「僕はね、思うんだ」
崩落した地下の中、瓦礫と埃が舞う中で、一人安全圏を維持したままオールフォーワンが語る。
こっちは落下してくる質量・物理的な範囲・脱出可能な重量・必要な身体の駆動域をわざわざ計算して瓦礫の下に居るんだぞ。
「ただ奪うだけなのは楽しくない。いい個性があれば欲しくなるのは確かだけど、それだけじゃないんだ。僕は、人から個性を奪うと言う事実を愉しんでいる」
まさしく人間の屑。
性根が歪み切っているとしか思えない。自分自身で個性の重要さを研究している癖に、それを大いに飲み込んだうえでこういう事を言う。悪びれもせず、自分が快楽を享受するために手段を厭わない。
「最初はオールマイトから奪おうとも考えたさ。確かに奴は強くて、歴代で最も手ごわい使い手だ。君は少し別枠だが──けどね、決して手を出せない相手では無かったんだ」
「……
「そう! やはり君は僕の息子だね」
「いやな称号だ」
言わんとすることは理解できる。
オールフォーワンという伝説とすら言われる巨悪を打ち倒した、因縁浅からぬヒーロー。ナンバーワンとして時代を築き上げた人物という格まで、『自らの敗北を差し出し』押し上げる事で奪う価値をこれでもかと盛った。
マッチポンプ、とは少し意味合いが違うが……。
「作家にでもなったつもりかよ」
「どちらかと言えば光源氏は君だろう?」
英雄源氏物語、現代風に言えばそんな喜劇を俺の人生で作り上げる気だった訳か。
「まあ、僕がそっちの方面での歓びが強ければ君にこの場を譲る可能性もあったが……君にとっては残念な事に、僕は破綻者だからね。君の十数年も、オールマイトの人生も、全部全部飲み込んで悦びに仕立て上げよう。ゆっくりと、一滴残らず絞り出すのさ」
そう告げて、右手をゆっくりと上げる。
直感的に攻撃の動作だと理解し、その場から跳ね上がる。
身体能力の引き出しは常に全開だ。リミッターを外して、その上で限界値を上回る規格を引き出している。正直、もう元には戻れないかもしれない。再生能力とかそういう以前に、人間としての身体が崩壊を始める可能性すらある。
──だが、諦めない。
どれだけ相手が凶悪で辛くたって、ヒーローは諦めない。
機械の管が大きくうねり、生きている生物かと見間違える程の柔軟性を持って襲い掛かってくる。音速は優に超えた速度で襲い掛かるソレに対し、大地を蹴り、ぶら下がっているケーブルを掴み、それを更に引き千切る様に慣性を生み出して加速する。
オールフォーワンの複合された個性を相手にするには手札が少なすぎる。もう少し火力も汎用性も特化性も欲しい。
ないものねだりは斬り捨てて、並列思考を只管繰り返す。
視界に映り込んだ情報・聴覚が捉えた音・埃の匂いに紛れた油の香り・触れた物質の耐久度や感触──それら全てを統合して自分の持つデータベースと照らし合わせる。
人間の脳はここまで動かせるのかと、脳機能に正面から喧嘩を売りつつ動き回る。
「それだけの動き、それだけの働きをしてなお君では僕に届かない。理解しているんだろう?」
オールフォーワンが戯言を吐くのを耳に入れつつ、しっかりとパイプの相手をしていく。
母さんの記憶を覗き込んだ時に理解していたが、やはりオールフォーワンの強みは
海で戦えば水や大気。
山で戦えば森や大地。
街で戦えば人工物を自在に操る個性を持つ。
コレだ。
ある意味で個性の到達点とは、コイツの事を指す。
「──これはどうかな?」
そう呟いた瞬間、俺は視界が急転した。
体感速度を異常なまでに遅らせてから事態を理解するために情報を搔き集める。
なんだ、なにを喰らった。
僅かに胸元に衝撃があるから、吹き飛ばしか何かを喰らったのか? まだ俺は空中に居る、錐もみ回転だと思えばいい。どうすればダメージを抑えられる?
少しだけ視界が見えた。壁に叩きつける方向性か──そこまで考えて、壁が盛り上がっている事に気が付く。
エグいな、逃げられない状態に追い込んだうえにこっちが唯一利用できていたアドバンテージを潰しに来たか! 俺がオールフォーワンでもそうするさ、なら……。
空中で大ぶりの蹴りを放ち、僅かにエネルギーを分散させる。
ほんの少しだけ軌道が変わったポジションで、この程度は誤差だろう。なんの躊躇いもなく位置を調節してきたアイツの逆手を取る様に、差し向けられた鋭い場所へと腹を思い切り向ける。
現状吹っ飛んで最も支障が無いのは胃腸だ。
肺とか、動きにダメージが出るのは許容できない。
どうせ再生するんだから、肝臓とかそこら辺の今は使わない場所を貫かせよう。
突き刺さる衝撃と、それに伴ってブチ抜かれた腹が激痛を訴えてくる。
視界が一瞬廻るが飲み込んで、必死にアドレナリンを抽出して自分を誤魔化す。この間僅か0.5秒──誤差だ。
私服が血だらけになってるが、それはさっきから何も変わらないので放置する。
「効率的に、それでいてある程度はリスクも飲み込むその精神性。やはり
「そうか? ヒーローらしく、全部を求めるのも良いと思うんだがな」
「青臭い理想論を掲げた先に待っているのは僕らだ。現実を知る事も無く育った人間が抱きがちな妄想だね」
「どうやら俺とお前では思想の相違が激しいみたいだな」
「僕の仲間は皆理解してくれていたからね。ヒーローは分かり合えない癖に他人に押し付けようとする、全く失礼な連中だよ」
……どちらが正しい、なんて話はとうに終わってる。
憲法上はオールフォーワンが悪であり、オールマイトが正義。
だが、まあ、その在り方──個性との向き合い方、と言うべきか。オールフォーワンは結果として、個性で苦しんでいる人々を救ってきた。最終的に悪意に塗れた使用方法に至るとしても、人間の悪感情に従ったとしても、それは救い以外の何物でもない。
オールフォーワンは決して全てを救わない。
有用性を比べ、他人の悪意を肯定し、強烈なカリスマをもって時代を築き上げた。
オールマイトは全てを救った。
誰が、何でとか、そんな理屈は関係ない。困っている人間を救うのはヒーローの定めだと謳い、力を掲げてきた。
「人間誰しもが理解しあってるなんざ、気持ち悪いだけだろ」
「考えを聞かなくても肯定してくれる。その事の素晴らしさが理解できないかな」
「
センシティブな話題を持ち出そうとするあたりも気持ちが悪い。
「だからお前は唯一の肉親にも否定されてんだよ」
「…………息子の最後の晴れ舞台と思い、多少は手心を加えていたが」
──少々、加減をし過ぎた。
刹那、オールフォーワンの足元が隆起する。
それに伴いこの空間そのものが上へ引き上げられている様な、深海から引き上げられるような、そんな重力を感じる。
「やはり、母親にだけ教育を任せるのはよくないな」
「抜かせ、子供に図星突かれてキレんなよ」
踏んだ。
踏み抜いてやった。
お前の無表情を拝める日が来るとは思わなかった。
そんな絶妙に苦しむような、悶えるような、噛み殺した顔をするのかお前は!
思わず口角が吊り上がる。
ああ、クソが。結局どこまで言っても俺はコイツの性質を引いている。俺を散々苦しめてきた相手と同じように、俺もまた、コイツが苦しむ顔をするのが嬉しくて堪らない。
「──く、くく。はは、ははははっ! 笑えるなぁ、オールフォーワン!」
「生意気が過ぎるな、志村我全」
「息子呼びはどうしたよ? 余裕がなくなっちまったか!?」
今も尚地の底に引かれるような重力の中で、先程の比ではない攻撃を仕掛けてくる。
こうやって言われる事すらなかったんだろう。いや、そもそも、コイツの地雷を理解できるのは世界でただ一人──俺だけだった。
「──だからお前は、足元を掬われたんだよ!」
個性をフル回転させる。
狙うべきは、以前垣間見たあの胎動。
俺の身体能力じゃない。純粋な人間として、オールフォーワンとやり合える領域は通り越した。
ならば、次は個性に頼る他ない。
細胞の一つ一つに刻まれている個性因子の脈動を感じ取り、それを自身のモノだと脳に認識させる。
皮肉にも、オールフォーワンに対抗するために編み出した一度限りの業が、オールフォーワンによって引き出された脳機能を用いる事で成功するとはな。
『──これで君ともお別れか。存外、楽しい日々だったよ』
本来無い部位を弄っている代償か、僅かに希薄になってきた視界の中で、俺の中に潜んでいた父親が話しかけてくる。
コイツは俺の中に受け継がれた遺伝子が見せる人格だ。
決して味方ではない、明確な敵だった。
常に意地悪い事を話し、最悪を想定させ、俺の先をどこまでも堕ちていくようにと願う悪。
だが、俺が明確に全てを掌握するために個性をフル回転させた今──コイツも飲み込まなければいけない。罪悪感などありはしないが、俺が想定していたよりも妨害が少ない。
大人しすぎるのだ。
『僕はオールフォーワンだ。けれど、君の父親でもある。オールマイトにやられ、燻り続けたもう一人の僕とは違ってね、明確に妻とのコミュニケーションも存在していたのさ』
「……だから変わったって? 信じられるかよ」
『性根は変わってないさ。僕は相変わらず誰かが歪むその瞬間を愛している──だからこそ、かな』
『誰も敵わない巨悪が歪む瞬間は、どれだけ愉しめるのか。気にならない道理はないだろう?』
──なるほど、道理だ。
コイツの善性は全く以て信用できない。
だが、悪意は信用できる。
その
「……俺も大概だな」
『親子揃って、叱られるんじゃないか?』
「あの手この手で回避するだろ、お前」
──初めて、コイツと笑い合った気がする。
そんな瞬間が訪れると思ったことは無い。そんな想像をすることは一切なかった。悪意の塊、善を持ち合わせないサイコパス。
『それじゃあね、
「それじゃあな、クソ親父」
あっさりとした別れだ。
だが、これでいい気がする。
結局屑なのは変わらない、たまたま目標が変わっただけ。
──それでこそ、オールフォーワンなのだから。
細胞が疼く。
心臓を握られたように、まるで生きている生命体かのような脈動を繰り返し行う。
あふれ出す。
黒の力が、光の力が。俺の中に刻まれた遺伝子たちが争うことなく、今この瞬間に混じり合う。
気にするものは何もない。
今、この瞬間。
「──さァ、行こうか、オールフォーワン!」
高らかに謳い上げる。
二択を選んで選んで選び続けた人生だ。
誰かの敷いたレールの上を歩き続けた人生だ。
何も生んでないかもしれない。何にもなれないかもしれない。
それでも、それは嫌だと、自我で抗い続けた末路がここにある。
「“個性因子”の、その先に!」
志村我全、最期の見せ場だ。