天と地程の差はあるが、天と地しか選べない。   作:恒例行事

4 / 37
入学初日・個性把握テスト後編

 各種競技を終えて、まあそこそこの成績だ。

 

 最下位はない、ただし頂点でもない。そんな感じの微妙な記録をじわじわと伸ばし続けた。仕方ないだろ、俺の個性は現状完全記憶能力って扱いになってるし。

 対人戦ならそこそこ活躍する自信はあるが、こういった平均を求めるための競技に関しては専門外。素人だ。

 

 相変わらず爆豪、それに赤と白の髪の色の男子が記録を総ナメしてる。あとは、八百万という発育の暴力の化身と言える女子生徒が万能な個性を扱っているくらい、か。

 

 そして──緑谷は、未だに無個性なまま足掻いてる。正直なところ、よく合格できたなって印象だ。

 

 俺より完成されてない肉体、瞬時の発想力、応用力がとてつもなく低い。最低限肉体が出来ているあたり何もやってこなかったわけじゃあなさそうだが、肩透かしを食らった気分だ。

 

 身体に震えはない。ただまぁ、心拍数が上がってる。運動による現象なら納得できるんだが、そういう感じじゃなさそうなんだよな。

 

「──デクくん、大丈夫かな……?」

 

 先程緑谷と仲が良さそうだった、麗日が呟いた。

 

「んー……まあ正直厳しいと思う。俺もそうだけど、アイツ無個性だろ? 肉体的な強化も出来ず、地力でやるしかないってのはさ」

「デクくんが無個性……?」

「……うん?」

 

 俺の言葉に疑問を抱いたのか、麗日が再度呟く。

 おや、これはどういう事だ。大きな大きな違和感、何か俺の持っている情報と入れ違っている。

 

「入試試験の時に、私のことを助けてくれたんだ。妨害ギミックのロボットを、一撃で(・・・)吹き飛ばして」

 

 ──なるほど。

 

 一撃で、あの巨大なロボットを破壊した。なるほどなるほど。

 情報を整理しよう。まず第一に、緑谷出久は無個性である。これは×だ。何故なら、個性を持っていないと発揮できない身体能力を使用したため。証拠は後で抑えるとしよう、麗日も証言している。

 

 前提として、緑谷出久は個性を所持している。それも、巨大なロボを一撃で吹き飛ばすほどの超パワー。

 

 恐らくだがこれは超能力とかではない。

 

 一撃、と称したからにはかなりインパクトのある攻撃だったのだろう。吹き飛ばした、という文脈から受け取れる意味合いは大きく分けて二つ。

 

 文字通り、個性で遠くに吹き飛ばした。

 ぶっ壊した、という意味合いでの吹き飛ばした。

 

 今の場合だと後者が当て嵌まる。

 

 鮮明にインパクトを残してるんだろう。緑谷の放ったその一撃は。

 

 そう、一撃(・・)なんだ。

 

 仮に超能力だとするなら、その一個前に必ず別の名前が入る。

 

 風で飛ばしたなら「風」、爆破なら「爆発」、氷や炎も一緒。一撃だというのにその手段を話していないのは少し違和感がある。

 

 具体的に変更するなら、「風で吹き飛ばした!」「爆発させた!」「凍らせた、燃やした」──そういう具合に。

 

 緑谷がソフトボールを手に取り、じっと掌を見つめる。

 

「個性にまだ慣れてないっていうか、凄く反動のある個性みたい」

「反動、か……肉体が耐えきれないのか」

 

 だから、無個性として申請した? いや、それは無い。個性が原因で怪我をしたなら、確実に個性を申請する。身体が耐え切れないほどの衝撃を出すのなら、寧ろ身体を慣らすためにもっともっと使用しなければならない。

 

 緑谷はその様子はない。

 

 思い切り振りかぶり、緑谷はソフトボールを放り投げる。──至って普通の記録だ。

 

「何で使わないの!?」

「あのクソナードに個性なんざある訳ねーだろ節穴共が!」

 

 驚きを露わにする麗日と悪態をつく爆豪。しかしどうやらみたのは二人だけではなく、もう一人見ている人物がいたようだ。

 眼鏡を付け、ふくらはぎにエンジンのような物が付いている。

 

 五十メートル走で見事一位を取った健脚──健脚と言っていいのか? まあ、兎に角足が速い個性。

 

 彼も驚いているようで、緑谷に何故使用しない? と声を上げている。

 

「ふむ……」

 

 ──ピリつく。

 肌が、腕が、脳が、ピリピリと灼ける感覚。ジワジワと熱が這い上がってくる独特の感覚だ。

 

 緑谷が、恐ろしい。今投げようとした瞬間、俺は何を思った? 奴が個性を使おうとした瞬間、頭に何がよぎった? 

 そう暑くもないのに、恐ろしく熱を感じる。額を汗が零れ落ちて、真夏のコンクリートの上を歩いてるかの様な気持ちだ。

 

『個性』──個性か。

 個性が答えか? 緑谷出久、お前の内側に何が棲んでいる? 

 

 お前は、何を持っているんだ? 

 

 先程は先生が緑谷の個性を消していたらしく、その理由なんぞはどうでもいいから頭に入ってこない。聞いていないモノを覚えるのは不可能だ。

 そんな事より、俺は早くその【個性】を知りたい。俺を震えさせるソレの正体を、早く見せてくれ。

 

 覚悟を決めた様に、緑谷が再度ボールを手に持った。

 

 ぶるり、と身体の芯から震える。

 

 腕を高く挙げ──その指先から個性を解き放つ。

 

 突風を巻き起こして放り投げられたボールは、弾丸なんて目じゃない速度で遠くへと飛んでいく。その光景はとても無個性では作れないモノで、示し出された距離は──八百メートルを超えている。

 

 ふ、は。

 ははは、マジか。

 

 個性を解き放つその瞬間──死ぬ気がした(・・・・・・)。明確なまでの死のビジョン、その振るわれた拳で命を奪われる構図。

 

 変な笑いが込み上げてくる。

 なんだ、なんだアレ。一体何なんだよアレは。これまで生きてきて、一度もあんな風になったことない。それどころか、死ぬなんて予感したのは初めてだ。暴力なんて生優しいモノじゃない、アレは死の象徴だ。

 

 無個性の裏で、なんてモノ隠してやがる。

 

「──……ふ、ハハ……緑谷……!」

 

 お前を突き詰めれば、俺はあの男に出会えるのか? 

 俺を作り出した最低最悪の魔王様に、少しでも近付けるのか? 

 

 人間一人生み出せてしまう怪物に、挨拶(復讐)が出来るのか? 

 

「……アンタ、本当大丈夫? やばい顔してるよ」

「あ゛──? あー、そうかも?」

 

 仕方ないだろ、耳郎。今、俺は頗る機嫌が良いんだ。死の恐怖と未知のワクワクが同居していて、全ての好奇心が刺激されてる。知りたい。緑谷出久の全てを知りたい。

 あの男(緑谷出久)の個性を追いかけて追いかけて追いかけた先に、きっとあの男(生みの親)はいる。

 

 素晴らしい一日だ。俺のこれまでの人生の道のりを、容易く否定してくれた。

 ありがとう緑谷出久、俺は君のおかげで先に進める。

 

「……おい、志村。さっさと投げろ」

「まあまあ先生、もう少し浸らせてくださいよ。今僕は(・・)凄く楽しい気持ちなので」

 

 緑谷にすれ違った瞬間、鳥肌が立つ。

 ああ、訳がわからない。君の個性は一体なんなんだ? 緑谷出久だからではない、きっとその個性が特別なんだ。そうでなければ、出会った当初に感じ取っているはずだから。

 

「中学三年、か……」

 

 ボソリとすれ違いざまに呟く。きっとこの声は緑谷にしか届かない。後ろで振り向いた気配がするが、それに反応することなく歩く。

 

 去年、ヘドロ事件に関してもっと徹底的に洗おう。きっとそこにヒントが隠されてる筈だ。No.1ヒーローとの出会い、それが一体何を齎した? 緑谷出久に何をした? 気になることだらけだ。

 

 ボールを握りしめ、ミシミシと音が鳴る。想定外の腕力(・・・・・・)に、鍛えた身体が悲鳴をあげてる。構わない、そうやって気持ちを出さないと抑えられない。

 

 命の危機を感じた身体がリミッターでも外したのか、よくわからんがなんでも良い。

 

「──フッ、ラァッ!!」

 

 振りかぶり、全力で投げる。

 上に飛ばし過ぎず、それでいて飛距離が伸びる完璧な制御。指先まで緻密に操って放ったその球は、理論を飛び越え軽々と限界を越えていった。

 

「二百、メートル……お前、個性なんだっけ」

 

 先生が改めて警戒の視線と共に問いを飛ばしてくる。だから僕は(・・)笑顔で答えを返した。

 

「──完全記憶能力ですよ、先生(・・)

 

 はは、そんな訳があるか。

 自分で言った答えを否定する。自分の個性も、相手の個性も何もかも判らない。自分に時間制限もあるようだし、僕の(・・)人生は如何にもハードモードだ。でも、それでこそ生きる意味がある。

 

 判らないことは、死ぬまでに理解すれば良い。死ぬその瞬間がタイムリミットで、末路を迎えるその日まで足掻こうと決めたんだ。

 楽しい、生きるのは楽しいな。

 

 ソフトボールの場所から離れて、元の位置へと戻る。

 爆豪が緑谷に絡み、怒声を浴びせている。その様子を、相澤は止めることなく──俺の事を見ていた。俺はそれに気がついていない振りをして、二人の絡みに仲裁しに行く。

 

「落ち着けよ、バクゴーくん」

「あ゛ぁ゛!? うるせーカス、ぶっ殺すぞゴミ!」

「──落ち着けよ、爆豪くん(・・・・)

 

 全く、今良い気分なんだから水を差さないで欲しい。緑谷に話しかけたいのは俺もなんだから欲張るなよな。

 

「で、だ。緑谷さぁ、その個性なに? 中学では無個性だったよな? 個性届を出してなかった、ってだけじゃなさそうだよなぁ……? 第一身体が追い付いてねぇしさ、ソレ、なんなんだ? 気になるよなぁ、知りたいよなぁ……!」

 

 緑谷の若干引き攣った顔が面白い。引き攣った顔をしたいのはコッチだよ、お前に話しかけてからずっと腕が震えてるんだ! 思い切り腕を掴んで止めてる爆豪には気が付かれるだろうが、そんな事如何だって良い。

 

「ヘドロ事件で何があった? お前は何を得た? その個性はなんだ? 超パワーだの何だのはどうでもいい、俺はその本質を知りたい。お前のその個性は──」

「──志村、いい加減にしろ」

「ぐえっ」

 

 首元に何か巻き付いて呼吸が苦しくなる。これは多分相澤の胸元に巻いてた変な布だな。触った感触的に、これいろんなものが織り込まれてる特殊繊維。イレイザーヘッドのワンオフ武装かな? 

 

「お前らの中学校の話は後にしろ。今は授業中だ」

「……わかりました」

 

 仕方ない、後で問い詰めるとしよう。

 ひとまず今は諦めたという意思表示を行なって、解放してもらう。

 

「いやー、すまんな緑谷。個性の関係上、ちょっと知識欲が暴走しやすくてさ」

「え、あ、ええっと……う、ううん。僕もその、この個性は隠してた訳じゃないんだけど」

 

 シレッと切り替えて話しかける。相澤のあの視線、どうやら警戒から本命に徐々に変わりつつあるな。ただ、こう、敵か? みたいな視線ではなく……なんだろう。観察対象? 

 

「超パワーか、いいじゃん。それでバクゴーくん(・・・・・・)のことぶん殴れば良かったのに」

「んだとカスコラァ!! ンなこと考えてやがったのかデクゥ!」

 

 明かな冤罪だが、怒りの矛先を見失っていた爆豪はどうやら緑谷にロックオンしたらしい。哀れ緑谷はそのまま爆破──されずに爆豪が相澤に捕縛された。

 

「学習せん生き物だ……」

「※△○××!!」

 

 また暴れ狂ってる爆豪を無視しつつ、緑谷から離れる。これ以上近づいていると、俺の心臓が持ちそうにない。まるで恋する乙女だな、ずいぶんと気色の悪い身体だ。

 

 そして、俺が近付くとササっと避けてく同級生たち。

 あれ、俺また何かやっちゃいました? (笑)

 

 唯一近づいて来た、というより俺が近づいてもちょびっと離れただけの耳郎に感謝。こういう時こそ友人との交友関係を大切にしようと思うね俺は。

 

「…………あんた、本当よく暴走するね」

「ヴィラン候補生の渾名は伊達じゃないだろ?」

「いや、知らんけど。納得だよこのバカ」

「因みにそう呼ばれた事はない。顔と態度だけならバクゴーくんの方がよっぽどヴィランだと思ってる」

 

「あ゛!? なんか言ったかゴミ!!」

 

「…………もしかしてこのクラスやばい?」

 

 爆豪の叫びを聞いた耳郎が、俺の顔を見ながら呆れてそう言った。

 

 まさかと思い、掌で口元を探る──ああ、やはり。しっかりと吊り上がった口角は、それは悪どい顔をしているだろう。ヴィラン顔ランキング、雄英で総ナメ出来そうだな。

 

「いやいや、全然ヤバくない。俺は未来が明るくてとてもいい気分だよ」

「お前がヤバいんだよ」

 

 遂に呼称すら崩して唯一の友人(仮)にすら罵られた。ダメか、不気味笑顔系ヒーローって。

 

『もう大丈夫、私が来た! (ニチャア』……無しだな。

 

「自重するわ」

「出来るとは思わないけど……まあ頑張って」

 

 なんとも情けない応援だ。

 

 最終的に、全種目に置いて特に一位をとってない俺は順位は下の方だった。爆豪は上、でもその爆豪でも一位は取れなかった。

 

 一位を目指すだけ、なんて言っておいて下にいる自分が笑えてくる。でも仕方ない、今日に限っては明るく笑い飛ばそう。

 

 なんて言ったって、俺の十五年を吹き飛ばす一日だったんだ。

 それはもう、鮮烈な一撃だった(・・・・・・・・)

 

 授業を終え、足早に帰宅した。叔父が出張で帰ってこない様だから安心して手を出せる。

 

 先ずは緑谷出久に何が起きたか、を確認せねばならない。

 長い一日になりそうだ──入学して二日目で遅刻しないようにしよう。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。