『──
──知らない人間の声だ。
俺が聞いたことのない、綺麗な女性の声。気丈で、強かな女性が発する自信が響いてる。
人名では無さそうな単語──『ALL FOR ONE』。有名な英語の一つで、あまり英語の詳しくない日本人でもその響きは聞いたことがある人間が多いだろう。
『──
再度繰り返し聞こえて来た声に反応する様に瞳を開こうとする──が。何故か目は開かず、それどころか身動き一つ取れない。声は聞こえて来て、それでいて身体は動かない……なるほど。
夢だな。
夜更かしの影響で響く頭痛に堪えつつ身支度を整える。
雄英高校までの全ルートは記憶済み、どの道がどれだけ時間がかかるかも計算済みだ。車の交通量、電車の所要時間に信号機の切り替わる時間まで計算して最も早く移動できるルートを選択した。
別にまぁそんな急ぐこともないが、時間に余裕を持てるのは良い事だ。特に俺のように、
残念な事に爆豪と一緒に登校はしない。ぶっちゃけ爆豪が先日俺と渋々登校せざるを得なかったのは偏に親の協力と入学初日という理由がある。
爆豪勝己は俺の個性を把握している。あくまで表向きの完全記憶能力を、だ。
そして、その個性がハッタリではないこともしっかりと理解している。
中学生の頃のテストで俺が転校するまでぶっちぎりで一位を取っていた爆豪を蹴落とし、以来一度も勝ちを譲ってない。他の連中、緑谷も含めて俺には勝てないと諦める中でアイツ一人だけ食らいつこうと毎回絡んできたのは良い思い出だ。
しかし、雄英に入ったからには身体能力での負けが発生する。それはそうだ。俺は所詮一般人に毛が生えた程度の性能しか持っていない。此間のソフトボール、アレは恐らく『緑谷出久に生命の危機を感じた』末のリミッター解除が原因だろう。
リミッター解除、つまり身体の機能を無理矢理
ボールを放り投げた右腕は放課後夜になって痛み出した。脳内物質がわんさか放出されてたから一時的に感覚が麻痺したんだろうな。
そうだ、緑谷出久と言えば。
何日間かかけて調べ上げた結果、緑谷出久の個性は恐らくだが──誰かに
理由としては幾つか挙げられる。
まず一つ目、『個性の発現が遅すぎる』点。
通常個性は齢四つの頃には遅くても発現する、これは医学的科学的に完全に証明されている。論文も確認してソースまで目を通したが特に違和感は抱かなかった。個性の原理に関しては触れていなかったが、少なくともこれは間違いない。
中学二年生で発現、という
前例がないだけで緑谷がそういうパターンってのも考えはしたが、しっくりこない。一番最初に恐怖を抱いたのは中三の時で、それも受験が間近になった日だ。
あの時は心底驚いた。前日まで何ともなかったのに、いきなり俺の身体が怯え出した。全てが恐ろしいんだ。一挙一動の全てが恐ろしく、俺はその原因もわからないまま逃げ帰ってしまった。
叔父に心配されたが、何もなかったと隠し通した。
要するにだ。『急すぎる』んだよ。
個性がその日発現したなら直ぐに個性を申請するはずだ。その行動もせずに隠して受験に臨み、本番で披露──ハイリスクだ。
もう一つ、『オールマイトとの急接近』だ。
おかしいんだよ、幾ら何でも。緑谷がオールマイトの熱烈なファン、オタクとかマニアって呼ばれる人種なのは間違いない。だからといって、オールマイトは気をかけない。
あのNo.1ヒーローを生で見た事はないが、ファンサービスであそこまで共に行動するという話は聞いたことがない。
それから、緑谷は身体を鍛え出した。誰かに指導されるように毎日公園へ向かっていたのを監視カメラで確認してある。
「怪しいよなぁ……」
緑谷とオールマイト。
ヘドロ事件を切っ掛けに関わりを持ったこの二人は、一体何をしていたのだろうか。もっとあの頃探っておくべきだった、緑谷から離れずに接近するべきだったんだ。
オールマイト、オールマイトか……そういえば今雄英の教師をやってるんだったな。それとなく確認してみても良い。
『人を作り出すようなヴィランに覚えはありませんか?』ってな。
欠伸を噛み殺し、
腕を組んで突っ伏してから数秒後、ツンツンと頭を突かれる。
突いてきた先を見ても、誰もいない。
「…………葉隠ェ」
「えっ、何でわかったの!?」
「制服ゥ」
斜め前の席に脱ぎ散らかしてある制服を見れば一目瞭然。
ムカついたので葉隠が居るであろう場所は無視して机の上に置いてある制服を手に取る。
「枕にするわ」
「ちょちょっとー! 私いま全裸なんだけど! 女の子に容赦なくない!?」
「別に良いじゃん見えないし。頑張ればスタイルくらいなら特定できるけど──あれ、俺まるで変態だな」
「同級生の脱ぎたての制服を枕にしてる時点で変態だよ!」
「同級生の目の前で脱ぐ方がよっぽどだと思うの」
眠いからあんまり頭が回転しない。睡眠時間三十分はマジで頭に悪い。これからは三時間は寝るとしよう、いや、もともとしっかり寝てたけどな。今日はテンション上がって調べ切っちゃった。
「ていうか寝てる人間に悪戯仕掛ける方が悪いと思う。俺は寝るために反撃した。はい証明完了、俺の勝ちそしておやすみ」
「ぎゃー! このままじゃ猥褻罪で捕まっちゃうよー!」
「自覚はあったのか……」
やかましいから制服を投げる。もちろん今度は葉隠は居るであろう場所に放り投げて、再度机に突っ伏せる。
「今日マジで眠いから寝させて……」
「あ、うん。……スウウゥ」
「ちょっと、やめなよ」
「あ、耳郎ちゃんだ! おはよー」
「あ、うん。おはよう……って、だから耳元に近づこうとしない。珍しく眠そうなんだし眠らせてあげれば良いじゃん」
ああ、流石だ耳郎。お前は俺が雄英で最も初めに出来たベストフレンド。その気遣い、俺は素敵だと思うから特に俺に使ってくれ。葉隠という悪魔から俺は逃げて耳郎に行く。二択しか選べないからさ、俺。しょうがないよね。
「うっすー、って
「だろー」
顔を上げないままひらひらと手を振る。切島が来たという事は、既に結構時間は経っている様だ。おかしい、俺の考えではもう少し寝れたはずだ……おのれ葉隠……! いつも会話はしてきたがまさか睡眠妨害をかまして来るとは。恩を仇で返された気持ちだ。
「まだだ……最終手段保健室……! ミッドナイト先生はどこのクラスにいる……!?」
「こ、こいつ……寝る為だけにプロヒーローの個性頼ろうとして……!」
「──おっと志村! オイラを忘れてもらっちゃあ困るぜ」
ガタッと立ち上がった俺に声をかけてきたのは、一年生随一の性癖の広さ──ではなく、少年の心を持つ生徒の峰田実。
「昔から、追いかけてきたんだ……あの
「ああ、そうか……実は俺もそうなんだ? 多分。きっとそんな気がするわ」
「さいってー」
ガシッ、と握手を交わす。
峰田との友情を得た代わりに失ったのはベストフレンド耳郎からの失望だった。悪い峰田、お前じゃ耳郎には勝てないよ。
「ごめん嘘。悪いな峰田、俺はお前より耳郎を取るよ」
「なッ──騙したのかよ!?」
「なんなのこいつら」
異性との友情とは、果たして出来るものなのか? 答えはイエス──男側の性欲を抑えればな!
額に親指を当てて自分に言い聞かせる。
起きろ。起きろ。起きろ起きろ起きろ目を覚ませ意識を覚醒させろ──強制的に脳を回転させて目を覚ます。
「そういえば志村、お前って完全記憶能力が個性なんだろ?」
「おう、そうだぞ」
「じゃあラッキースケベ的な事とか起きたら全部覚えてるってこと?」
「おう。目だけじゃなくて、匂いとか声も全部覚えてる。思い出すのには時間がかかったりするけどな」
ようやく起き始めた脳で考える。
そう、ここなんだ。俺の個性が表向きでも違和感がある部分は。
そもそも完全記憶能力は病気の一種としても受け取れる。脳機能の障害だ。忘れていい、脳の更新がかからずに延々と同じ光景を刻み続ける。流石にそれで死に至るような事はないが、それでも相当な負担にはなっている。
なのに、光景だけではなく鼻も耳もその対象。
流石におかしいだろう。個性というブラックボックスを相手にしている以上不可解なことがあるのは仕方ないが、これは些か過剰だ。
「……あれ。ねえねえ志村くん」
「うん?」
「匂いも覚えてるって事はさ──」
「さっきのバッチリ覚えてるぞ。もう
ぎゃー! と再度葉隠が叫んだのを最後に相澤先生が教室に入ってくる。今日も一日が始まる、眠気はあるがまあ……少しずつリセットしていこう。
「わーたーしーがー!!」
昼の眠気に耐えながら、うとうと舟を漕いでいたら耳郎に突かれたりして耐えていること数分。
普通に遅刻ギリギリでやってきたオールマイトの大声が耳に入り──それどころでは無いレベルで心臓がバクバクと鼓動を繰り返す。不整脈? そんな生易しいモノじゃ無い。これは緊張だ、明らかにオールマイトの声に心臓が反応している。
呼吸が荒ぶる。扉から姿を現したオールマイトに、腕が震え出す。
緑谷の個性が優しく見える。純粋な暴力、存在するだけで脅威だと俺の身体が訴えている。
「──普通にドアから来た!」
その笑顔が、俺にはどうしても恐ろしく見える。安心させる? 馬鹿を言え、俺の身体は震えている。怯えて怯えて恐怖に耐えてる。
オールマイトの声は、
「生オールマイトじゃん、志村って爆豪とかと同じ学校なんでしょ? ヘドロ事件の時に──……」
心臓が締め付けられているような、何か、無理矢理抉じ開けようとしているような感覚が身体を這いずり回る。一つ一つ、本来無いものを無理矢理開こうとしてるような。
「──……と!」
手招かれてる。
ふらふらと、何処かへ──俺のことを手招いている。誰だ?
俺を呼んでるのは、いったい誰だ?
「──
「ッ──」
オールマイトが、肩を掴んできて──その姿が一瞬だけ変わる。
誰かはわからない、とてもよく似た姿だった。
マントを身につけて、少し長い髪を靡かせた──そんな、誰か。
「おいおい、どうしたんだい? 汗の量が滝みたいなことになってるぞ」
「オール、マイト……?」
オールマイト。オールマイトだ。視界は正常、聴覚との誤差はない。
いま俺は何を見ていた。何が
オールマイトの姿を見て、腕の震えは収まった。心臓の高鳴りは変わらずあったが、それも落ち着き始めた。
「ウーム……保健室に行ってきなさい。リカバリーガールに診断受けて、それで何もなかったら授業に参加してもらう。今日の授業はちょっと
そう言ってオールマイトが壇上に瞬間移動して掲げたのは──『battle』の文字。
「ズバリ、戦闘訓練さ! 二対二、ヴィラン側とヒーロー側に分かれて戦ってもらうがパートナーはくじ引きだ」
とりあえず、俺としても保健室に行くという判断は間違っていないと思うし、なにより身体の震えはまだ少しだけ残ってる。特に、吐き気──要するに横隔膜が震えてる。
出もしない嘔吐感を抱き続けるのは不愉快だ。さっさとリカバリーガールに治してもらうとしよう……ん?
リカバリーガールってそういうの治せるんだっけ?
ダメだった。一足先に向かった同級生達を追いかけて、とぼとぼ歩く。
何だろうな、この吐き気は。どうにも治らないムカつきという訳でもなく、オールマイトとの接触で引き起こされた謎現象。
……ハァ、それにしてもこんな事で緑谷の個性の秘密を理解することになるとはな。
オールマイトで引き起こったこの現象、緑谷を見るたびに起きる現象、全く同じ現象だ。もうこの時点で答えは出たが、もう少しだけ情報を整理しよう。
一つ。
緑谷出久は無個性であったが、ヘドロ事件を経由しある日突然個性を手に入れた。
二つ。
ヘドロ事件では爆豪勝己・緑谷出久・オールマイトの三人が接触している。だが爆豪に変化はなく、その後オールマイトと絡む事はなかった。
三つ。
監視カメラで捉えた緑谷出久とずっと一緒にいた金髪のガリガリに痩せ細った男性──アレが
よく考えればわかる事だ。
少々突発的な出来事過ぎて理解し難い部分もあるが、これで確定だろう。
超パワー。ああ、なるほど。緑谷出久のあの超パワーはオールマイトの物か。果たして隠す気があるのか、それとも無いのか……少なくともオールマイトの個性に関しては他言無用だな。
No.1ヒーロー、その裏の顔を俺は知らない。知ろうと思ったこともなかったが、そうは行かないらしい。
過去に何をやってきたのか、どうしてヒーローになったのか。それら全てを洗いざらい調べ尽くす必要がある。
全く、ようやく緑谷を調査し終えたのに厄介な話だ。これでゆっくり寝れると思っていたが──なかなか面白い。調べ甲斐があるじゃないか。
どんどん前に進んでいる。面白いくらいに、
誰が敵で誰が味方かなんてわかりはしない。オールマイトが敵の可能性、黒幕と手を組んでる可能性、緑谷すらもその関係があるかもしれない。
緑谷出久とオールマイト、その関係性。そして、俺の生みの親との関係性。先ずは二人の個性を探るところから始めようか──今日の戦闘訓練から直ぐにでも。
監視カメラの位置に気を付けて、歪みを隠し切れない口元に手を当てながら笑う。
「楽しいなぁ……オールマイト……」
全てが敵。
生命を持つ全てが俺の敵だ──作り物にはお似合いだろう。
オリ主
・どっからどう見てもヴィラン。USJでちょっとした遭遇もあるよ!
緑谷出久
・腕を壊しながら戦うクレイジーボーイ。今作では何故か恐怖の対象に。何でだろうなぁ……?
爆豪勝己
・ごめんなさい爆殺王。