「む、戻ったかい志村少年!」
「ええ、お騒がせしてすみません」
戦闘訓練を行うための特殊ステージ──と言うより、入試で使用したような広めの街を再現した場所。こんな場所が沢山あるとは、流石雄英としか言いようがない。
既に始まっている試合を見ながら、オールマイトの話を聞く。
大丈夫、汗は止まったし腕の震えも今は少ない。
「……志村少年は葉隠少女と組んで貰うぞ! ──くじ引きで余っちゃったから」
「わかりました。……それ、俺が戻ってこなかったらどうするつもりだったんですか」
「……三人組だな!」
思ったより適当だ。オールマイトはついこないだまで一線を張るヒーロー……というより今もだが、あくまでヒーロー。教師ではない。
救う者ではあるが、教え導く者ではない。
個人的には相澤先生の方が教師として立派だろう。当たり前の話だが。
「ヨロシク葉隠」
「よろしくねー! でもさでもさ、志村くん大丈夫なの? 明らかに普通じゃなかったよ」
「あー……持病みたいなもんだ。気にすんな」
心配してくれた葉隠にひらひらと手を振る。
同級生は既に自分達で考えたヒーローコスチュームに身を包んでおり、それは俺も例外ではない。
白いマントに、不釣り合いなサラリーマンが身に付けるような黒のスーツ。ネクタイは無いから、堅苦しくは無い。
それなりに機能を盛り込んで貰っているから十分な戦闘能力は発揮出来るだろう。特殊と言えるほどではないが、な。
「なんかアレだね……極道?」
「またそりゃレアな……今の時代極道なんて見れないだろ」
ただでさえヒーローが台頭して以来規模を縮小していたのが、オールマイトという超弩級のヒーローの登場により解体を余儀無くされた。最早一般人を食い物にする庇護者という役割は、必要なくなったのだ。
実態はともかく、指定暴力団──もとい指定
伝説的な盗人、偉大な指導者、都市伝説レベルの親玉。
そんな一個人で圧倒的な脅威を発揮する連中を相手にしてきた国に対して、一介のヤクザ如きが相手になる訳ない。
「私も昔のビデオでしか見た事ないよー。マントにスーツ、ふむむ……」
「いいだろ? この手袋とか──
ぴっちりと指がハマり、スーツの袖口から肌が露出しないようになっている手袋。滑り落ちるような事はないし、この手袋は耐爆・耐高温低温・絶縁その他諸々の効果がある。
素材の選定もある程度俺が志望した。仮にも自分の身体を預けて、一線で敵と戦う装備。それを他人に任せてデザインのみ要求する、という事は出来なかった。
作っている人間のデータ、野菜とかでいう生産者データだな。そういう物も雄英宛に送られていてしっかりとしたセキュリティで守られているのは知っているからそこは信用したが。
「マントのひらひらの感じ、オールマイトに似てるね!」
「……そうか?」
オールマイトのマントは風が無くても靡いてるし、
俺はそういう機能を付けてもらってないからならないはずだが……葉隠は割と気まぐれな部分がある。今回もそういうパターンだろう。
「ふーん、志村スーツなんだ」
「お、ベストフレンド耳郎。そういうお前は……結構パンクだな。似合ってていい」
「……ありがと。そっちも似合ってるよ、なんて言うか……アングラだね」
「それは褒め言葉なのか? 悪役扱いされてるじゃねぇか」
そんなバカな。葉隠は極道、耳郎はアングラ。俺の美的センスがナチュラルにヴィランって事か? 嘘だろ、ちょっと傷付いた。
「憎しみで人が殺せたら……!」
「急に豹変しないでよ」
出逢って数日なのに既に慣れた様子のベストフレンド耳郎。
俺の顔に手を伸ばしてきて、口元をぐいぐい触る。
「ちょっと耳郎さん」
「口、また笑ってるよ。悪いとは言わないけどさ、本気で怖いからね? 個性把握テストの時忘れた?」
「…………前向きに検討した上善処します」
「政治家かアンタは」
この口元の歪みだけはどうしようもない。生まれつき、こうなんだ。
知的好奇心を強く刺激された時、興奮したとき、面白い・愉快なモノに出逢った時──俺は
相変わらず俺の設計者は人の心がない。
ヒーローを目指すには邪魔なものが多すぎる。抑えようと思っても抑えられない、俺が脳を完全に掌握してもなお操り切れない厄介な性質を埋め込みすぎだ。こんなこと誰にも相談できやしない、自分の力で前に進むしかない。
「ままならんなぁ……」
人の性質が教育で決まるのなら、俺の本質は悪だ。
幼い頃から沢山の悪意に囲まれて生きてきた。育ての両親は仲が悪く、結婚してる筈なのにずっと互いの悪口を言い合っていた。母は父が稼いできた金をホストに貢ぐし、父はそんな母が無駄遣いして購入した物や昔から持ってる大切な物を勝手に転売したりしていた。
道徳や倫理と言った言葉から最も遠い家族だった。仮初の家族であっても、愛情がある人たちは確かにいる筈なのに──俺はそれを模範解答でしか理解できない。
自分の身で味わった事のないモノは、知識として蓄える以外に方法がない。『愛に飢えている』だとかそういうわけではなく、理解はできるが納得はできない。
話を戻そう。
小学校の頃は、周りと合わせる気も特に無かったし一人だった。試験は簡単すぎて、周りの子供が個性を使って威張ってきても何の感慨も浮かばなかった。
そんなチンケな個性で、俺に張り合うのか?
そんな感想しか出て来なかった。
生まれた瞬間に人生に於ける最大の悪を知ってしまった俺は、それ以下の悪はどうでもよく思えてしまった。
悪い事は悪い事だ。法律で定められて、世間一般人道的にマズい事の理解はできる。だが、俺の存在はそもそも法律や人道というものを無視したモノだ。
ヴィランになれば、そのうち捕まって俺の存在が露わになるだろう。その前に死ぬ可能性もあるし、製作者からも「その程度か」で終わってしまう。それでは詰まらない。
俺を勝手に生み出した奴に、相応の地獄は見せてやりたい。
だから
弱気になるな、志村我全。
知らない事、知りたい事、知らなければならない事から目を逸らすな。全てを知り、全てを計算して意のままに操ってやれ。
そのついでに、
「──ていっ」
「あだっ」
顔面に布がぶつかる。
思わず目を瞑って、ふわりと漂った甘い香りで葉隠だと内心断定しておきながらその事は言わないでおく。どっからどう聞いても変態だろ。性犯罪者になるのは嫌だ。せめて普通のヴィランの方がマシだ。
「考え事もいいけどさ、同じ仲間だし一緒に観ようよー!」
手袋と靴しかないが、その身体の動き的に腰に手を当てているのは想像できる。
クラスメイト達が視線を向けるその先に巨大なモニター、画面上に映っているのは──緑谷と爆豪。
ヴィラン役の爆豪が腕を振るい、掌から発生させた爆発でビルの狭い中を縦横無尽に駆け巡る。緑谷もその勢いに呑まれずに、必死な形相で手足を動かしている。
時々迸る青緑色の閃光、アレが緑谷の個性の正体か。
モニター越しだと何とも感じないその力について考えようとして、いったん頭を動かすのをやめる。
葉隠の言う通り、今は授業中であり同級生の戦いも参考にして行かねばならない。オールマイトや緑谷についての考察、俺のメンタルリセットなんざ一人でもできる。
よし、落ち着こう。俺に今求められているのは、クラスメイトと共に次代を担う存在としてヒーローを目指す事。
生みの親への復讐はプロヒーローになってからで十分だ。
時間の有無は自分で調べる。一人の時に、な。
画面の中で何かを言い合う爆豪と緑谷。
ほぼ一方的に爆豪が攻撃するのかと思えば、緑谷も反撃している。友人であるが、互いにヘイトが溜まってる仲だから攻撃にそこまで躊躇いはない。
爆豪も緑谷も、一切の躊躇が無いわけではないが──爆豪の方が躊躇いなく。緑谷の方が躊躇ってる。
緑谷は一撃当たれば即死、爆豪は死にはしないだろうが大怪我は免れない。互いに立派な強個性を保有する二人が正面切って戦っているのはプロヒーロー達の活躍シーンでもあまり見る事はないだろう。
大抵ヴィランは逃走を第一に考える。
捕まれば終わり、逃げれればまだ次がある。だから戦闘は長引かないしヒーロー側もそれを理解しているから短期決戦で決めようとする。
この場合は、ペアに肝心の確保対象を任せて正面から殴り合う愚策も良いところだ。
一人で難しければ他のヒーローと協力し合う現代に於いてこれほど評価の下がる戦闘はない。私怨丸出し、感情剥き出しの殴り合い。教師のオールマイトも特に何かを言うつもりも無さそうで、これを機に理解すればいいと思っているのだろうか?
……まあ、俺たちは所詮学びにきている卵。いきなりプロ顔負けの事はさせないか。
緑谷の渾身の一撃が爆豪に振るわれ──確実に振り抜かれたその一撃は、
上の階に待機していた爆豪のペア、エンジンという個性を持つ飯田もその衝撃に気が付き注意を逸らす。爆豪と緑谷の戦いに視線が集中する中で、緑谷のペア──麗日が一気に確保対象へと走り出した。
遅れて飯田が走るが、もう遅い。あの距離では先に麗日が到達するだろう。
緑谷の咆哮のような叫びの言葉を、モニター越しに口の動きで聞き取りながら訓練は終わった。結果は、ヒーローチームの緑谷麗日ペアの勝利だ。
この試合の講評を終え、割とボロボロに言いまくった発育の暴力八百万にオールマイトが若干たじろぐのを見ながら試合に備える。
相手は推薦入学組の轟と、硬化の個性を持つ切島だ。
俺達はヴィラン側、条件としてはまあまあ有利ではある。
葉隠との作戦会議の時間を数分だけ貰えたので、それまで思考を重ねて作戦を決めるとしようか。
まず第一目標は、『一人も捕まらずに確保対象である核を守り抜く』。
俺も葉隠も捕まらずに、相手を確保して終わらせる。これを一番に据えて考えていこう。
方法としては単純で、俺がビルの内部構造を把握した上で通る道を制限させていく。道を倒壊させたり、わざと遠回りするような構成にすればいい。問題は轟の初動ぶっぱで全部吹き飛ぶという点。
制限させた上で、俺が不意をつく形で襲ってその隙に葉隠に捕縛ロープで縛ってもらう。
見えないという圧倒的すぎるアドバンテージがあるが、それゆえ轟の個性によっては本当に死ぬ可能性もある。そこは俺が注意するしかない。氷漬けにされて呼吸ができなくなってしまうとオールマイトですら判別できないから、救えない。
切島は硬化の個性、純粋な殴り合いだと不利だが俺にとってはやりやすい相手だ。
硬くなったところで関節を無理やり曲げたり、絞め技で落とせばなんとかなる。やはり問題は轟だな。
「……ふむ」
「……ん? どしたの?」
隣に佇む葉隠を見る。
個性把握訓練の際に轟の動きは見ていたが、
一対一でやり合うのは、些かリスクが高すぎる。……よし。
「葉隠、作戦決まった。聞いてくれるか?」
「おっけー! でも、ちょっと疑問に思ったら質問はするからね?」
「任せとけ。俺の
本当の個性は知らない癖に──自分で笑えてくる。
「絶対とは言い切れないが、初手の話だ。まず一番最初に、大規模な氷による攻撃を行ってくる」
「えーと、轟くんの個性?」
「そうだ。これには理由があるが、轟の個性把握テストは見てたか?」
ぶんぶんと首を振ったような風圧が頬に当たる。いや、わかりづらいな。縦に振ったのか横に振ったのかわからん。
「……まあいい。発動型個性を持つクラスメイトの中で、アイツは
「さっすがー、よく見てるね!」
「
「
「なら十分だ」
最低限捕縛するだけの身体の身のこなしが期待できれば、それでいい。
「いいか──まず、
張りぼての核をバシバシ手で叩きながら、俺は
オリ主
・笑う顔がヴィラン。実は親の借金が残ってるが、他の人間より早く死ぬだろうしどうでもいいと思ってる。割とすぐヘラるし情緒不安定だけど復活も早い。
葉隠透chang……
・素顔は不明だが多分かわいいインビジブルガール。姿は消せても匂いは消せない、もう匂いだけで興奮できる主人公にとってはいい餌。全裸に躊躇いがない。
耳郎響香
・ベストフレンド認定された(勝手に)かわいい三白眼ガール。絡ませてあげたいけどギャグ時空以外で絡ませる機会があんまりない。羞恥心はちゃんとある。