「うわ……すげぇな轟」
切島の呟きが冷気へ消えていく。
ビルの目の前に佇む轟から放たれた氷は軽々とビルを覆い尽くし、内部まで氷が侵入している。所々上手く進まない場所があったのを把握した轟は、ビル内部に何か仕掛けられている可能性をこの時点で考えた。
「……捕まえた」
「マジか! 俺の出番がねぇなー……」
葉隠、そして志村も氷で捕えた感触が轟には伝わった。個性を通しての感覚は言い表し難いが、使用者だからこそ物に当たった際の小さな感触に気がつく。
様々な状況で使えば使うほどそういった感覚は研ぎ澄まされていくモノで、轟はそういう点ではこの
冷気が漂うビル内に足を踏み込み、目的の階層へと向かっていく。
今相手にしているのは、完全記憶能力の個性と透明化の個性。手を組まれると厄介な組み合わせだ、と素直に轟は思った。
今回氷で捕えられたからよかったが、透明化されたまま完全に姿を消されると対応できない。初見殺しで押し切れたのが勝因だ。
「よお、志村」
部屋の扉は氷で吹き飛び、入口は開いたままになっている。
「轟ぃ、お前女子に対する気遣いがなってねーぜ。葉隠は全裸だぞ? 氷漬けにするのはどうよ、ヒーローとして」
「……今そっちはヴィランだろ」
違いない、と言って肩を竦める。
「悪いが、さっさと終わらせる」
「まあまあ、ちょっと待てよ」
ごそごそとスーツの中に手を突っ込んで何かを探る志村。それを見て、轟は氷を生み出し志村の胸元まで凍らせる。
「ハハーン、容赦ねえな」
「お前は何をするか分かんねぇ──個性把握テストの時に判った。本当は近接戦闘、強いだろ」
「え? マジかよ」
隣で葉隠のモノらしき靴と手袋がある場所を警戒していた切島が話に入ってくる。
「完全記憶能力──匂いも音も覚えるなら、身体の動かし方すら一回で覚えてもおかしくねぇ」
個性把握テストの際、轟はクラスメイトの実力を測っていた。
強い個性を持つ者、そうでは無いもの、実力それら全てを加味して点数を付けた結果──一番高いポイントが付いたのは爆豪。二番目に八百万、三番目に志村だ。
「ボールの投げ方、飛び方、走り方……体格にあった効率的なモノだった。後でちょっと調べてわかったが、お前中学校の時に個性未使用の体力テストの記録殆ど塗り替えてるじゃねぇか」
所詮個性未使用の記録と考えて当時は気にしていなかったし聞いたこともなかったが、少しだけ騒ぎになっていたようでローカル新聞に載っていた。中学一年生の時に記録を塗り替えて以来、更新されることはなかったようだが。
「そんな身体能力を持ってる奴に、舐めて戦えるかよ」
轟は本気だった。
身体能力を強化する、もしくは超能力的な力を発現させる訳でも無いこの男を警戒し初動で何もさせずに終わらせようとした。確実に勝つならば、これが一番だ。
それを聞いて、志村は一度大きく息を吐いたあと──口元を歪めて笑う。
「──まあ、俺もお前のことは調べておいたんだが」
終わったと確信している轟に対し、部屋の天井から白い布が落ちてくる。ふわりと轟を覆い隠すように丸まったソレ、一瞬対応が遅れる。
「上!? まさか──」
「こっちはいいのか? ヒーロー」
いつの間にか氷を
「切島確保──あとはお前だけだな、轟」
「…………」
落ちてきた布──志村のマントを投げて後ろに下がった轟。
そんな轟を見ながら身体に纏わり付いた氷を砕き、横たわって捕縛された切島の上に堂々と座る志村は、ヒーローより──ヴィランに見えた。
轟焦凍──個性、半冷半燃。氷と炎を操る、超強力な個性。
氷を溶かす事にしか炎を使わない理由は知らないが、メインで氷を扱う。もしかしたら、顔の火傷に関係するのかもしれない。
個性把握テストの時、轟は炎を一度も使用しなかった。
狙うなら、そこだ。
今回は核を確保するというミッションが課されている以上、核がどこに有るかわからないのに炎は使わない。刺激せずに確保するなら、氷で全部凍らせる。轟ほど優秀ならそうする筈だ。
そこを突く。
轟は戦い慣れている。俺との交戦距離も決して近付かないし、徹底的に何もさせないようにするだろう。
俺に意識を割かせて、その間に葉隠に目眩しをやってもらう。俺のマントはとても軽く、手袋と同じで様々なものを弾く性能がある。だから、一番最初に葉隠に渡した。
凍らされて動けなくなる前に、マントで身を隠して身代わりを作る。最悪この時にバレる可能性もあるが、バレたらバレたでいい。その時は葉隠か俺のどちらかが自由に行動しているかも、というリスクを相手が勝手に背負ってくれる。
俺は足元が氷漬けになり、葉隠は予定通りマントで防いで自由行動。靴と手袋を適当にそれっぽく脱いで氷の中に入れておけば、『最初から脱いでいた』と誤認させやすい。あとは止めで俺が言えばいい。
『全裸相手に容赦ないな』、なんて戯けて言えば。
勝手に捕まったと解釈してくれれば良し。
そして自由に動けるようになった葉隠に、天井の鉄骨にマントと一緒に待機するように伝える。
俺との交戦距離、轟がどのルートを通っていくかを計算して事前に配置。この演算能力だけは有難く思っている。これが有る無しではかなり差がでかい。
轟の氷のみ警戒すれば、あとは簡単だ。
唐突に降ってきたマントに動揺した切島の脳を揺らして無力化、轟は俺と相対している間に葉隠で確保。
「読みもクソもない、簡単な話だよ。
偶然だ。
俺には拳で風を引き起こす力も、何もない場所から火を生む力はない。戦闘になればある程度は活躍できるだろうが、緑谷やオールマイトのような化け物クラスに対抗できるかと言われれば微妙だ。オールマイトにはワンパンされるだろうし、緑谷も一撃喰らえばアウト。
いざプロになって戦闘の邪魔をせずにヒーローとして活動するなら、救助という行動はとても大切だ。
俺は単独で雪を消す手段は持ってない。
火を起こすにも乾燥した素材が必要で、常にそんなもの持ち歩くわけにもいかない。身につけているヒーローコスチュームで即座に移行できる装備じゃないと駄目だ。
雪や氷で閉ざされた世界で、人を救える力。それは、科学の力だ。
「俺は個性で人を救うには、少々手間が必要でな。お前みたいに氷を出せたり火を起こせるわけじゃないし、緑谷みたいな超パワーを持っているわけじゃない。葉隠みたいに唯一無二の個性があるわけでも、切島のように災害現場で無理矢理突入できるような身体もない」
完全記憶能力──そして、時たま外れるリミッター。こんな不確定なものを信用するわけにもいかず、敵と戦う事以外も考えなければならない現代社会。
「だが──思考能力と発想力。これに関しては、誰にも負けるつもりはない」
人を殺して救うか。
人を守って救うか。
俺の実力では両立できない。重々理解している。その上で、全て救うために
「足りないものを補うための学習だ。さあ、もっと予想外の行動をしてくれ轟焦凍。氷と炎を扱うヒーローなら、もっとやれることはあった筈だ。核のある部屋で炎を使用するのか? 想定が足りないな、こっちは最悪
そうだ。ヒーローは守るものが多い。考えることが多い。やらなければならないことが多い。
最悪の導火線を握っているのはいつだって
その火を消せるのはヒーローであり、その火を灯すのもヒーローだ。責任重大、俺たちはそんな世界に飛び込んで頂点を目指さなければならない。
会話で時間を稼ぐのも、妨害行為をするのも戦術。こうしてお前に問いかけている間にも、葉隠は動いている。轟はきっと気がつくだろう。そして、先程の緑谷達の試合を終えた後の講評で出てきた言葉の影響もあって手が出し辛い。
『仮想核を、仮想として見做すな』。
訓練だが訓練ではないと思え。
だからお前はこの凍った部屋の中で戦わなければならない。地面を歩くだけなら音を聞き取れたかもしれないが、氷の上では聞き取れないだろう? さらに、氷の上に葉隠がいるという保障もない。
実際いま、鉄骨の上で待機してるわけだ。
懐から改めて取り出した、拳銃──その実はただの信号弾で、いざと言う時に火元として扱える代物──を核に向ける。
「お前が動けば、核を撃つ。十秒で投降しろ」
一、轟の瞳が一瞬揺らいだ。
二、半身から冷気が生み出されるのを見た。
三、生み出した氷が、俺と核を阻むように動く。それを見て、躊躇いなく引き金を引いた。
四、拳銃を放り投げ、轟に向かって駆け出す。氷の壁に阻まれた信号弾は受け止められ、轟もまた俺に向かって駆け出す。
そして──こうなった時点で、こっちの勝ちは揺るがない。
「──はい、轟くん確保ー!」
上から飛び込んできた葉隠が、轟に抱き着きながら捕縛テープを巻き付けた。走り出したその勢いに相まってのしかかって来た重量で、轟は氷の地面へと身体を打ち付ける。急な衝撃が飛んできたのにも関わらず受け身を取ったのは流石だとしか言いようがない。
『そこまで──
オールマイトの大声が響き、ここで試合は終わった。
「やった! 勝ったよー!」
「うおっ」
ぶんぶん俺の手を掴んで喜びを表す葉隠。
先に放置されてる二人をどうにかした方がいいんじゃないかと思ったが、轟が氷を溶かすために使った炎でついでに捕縛テープも燃やしていた。
「葉隠を放置したのがマズかったな。氷の個性、それって感触はあんのか?」
「……感触はある。あるけど、あくまで当たったかどうかとかそういうレベルだ。どうやって誤魔化した?」
落ちてるマントを回収して、ひらひらと見せる。
「これ、燃えないし氷とか水も弾くし絶縁体なんだよ。雷とか電気って絶対に人体が適応できないモノだからな。対策は最初からしてた。あとは、要救助者とかを暖める時に使ったりする」
「便利だねー。実際暖かかったし」
「だろ。……うん、葉隠の匂いがする」
「ぎゃー! すぐそうやって変態みたいなこと言うんだからー!」
全く衣服を纏っていない葉隠がぷんすか怒っているのを肌で感じ取りながら、フロアに繋がる氷を全て溶かし切った轟が見てくるのに気がついた。
「……正直、自分の個性を伸ばすっつーか。この個性でヒーローになるっつー目標はあったけど、災害時の対応とかは一切考えてなかった」
「轟の個性ならまあ、そんな深く考えなくていいだろうな。森で遭難しても、氷と熱を生み出せる時点で一人で生活できる。動物を殺すことに忌避感さえなければだけど」
俺は全部自分でやらなければいけない。ありとあらゆる災害を想定して、ありとあらゆる敵に対応しなければならないのだ。
「持ってない人間の足掻きだ。持ってる人間には、必要ねえよ」
八百万&オールマイトによる戦闘講評を終えて、葉隠の身体に氷による影響がないかどうかの検査を保健室に受けに行って俺は他の試合を見ていた。
まだまだ個性の使い方がシンプルで、個性の内容的に細かく使える者もいれば大雑把にしか使用できない者もいる。
それを学ぶ為の雄英高校──これからに十分期待できる。
授業を全て終えた帰り道、そそくさと帰路に就く俺の前を歩くツンツン頭の男。
「よーう、バクゴーくん」
駆け寄って、横に並ぶ。特に何も言わずに前を睨みつけるその仕草は珍しく、いつもだったら俺に対して一言以上暴言を吐いてるのに違和感がある。
「轟、強かったわ」
「……うっせ」
いつもよりしおらしく見えるのは間違いでは無いらしい。自信の揺れ、それに対する再構築。次は俺が勝つ、という意思が僅かに滲み出てる。
「次は、俺か?」
言外に、無視するなと伝えておく。
No.1を目指しているのは俺だけでは無い。雄英を志望し、頂点を目指す者は多い。
轟、爆豪、俺。少なくとも三人が現時点で頂点を目指している。たった一つしかない一位の座を。
「……
なんとも爆豪らしい答えだ。
なら俺も、次は殺す勢いで相手をする。
相手は天才爆豪勝己、躊躇いや葛藤を抱きながら勝てる奴じゃない。
クラスメイトと競い合う──最初はそれどころじゃないと思っていたが、葉隠に言われて気がついた。
将来を見るだけじゃなく、今共にいる仲間と切磋琢磨をする。
自分の事も見直せる良い機会だ。
そう思えた一日だった。
オリ主
・No.1ヒーローという枠組みも意識しているが、それより人を救うということに固執している。ヒーローコスチュームのコンセプトは災害時の対応のスペシャリスト。
轟焦凍
・個性婚のやべー奴。オリ主とは境遇がちょっとだけ似てる。まだツンツン轟なので表情と戦闘方法が固い。多分解決するのは緑谷。
切島鋭児郎
・今回良いとこ無し。後の最高硬度とかそこら辺生かして戦えればもうちょっと違った。流石に脳は硬化できなかった。
葉隠透chang……
・MVP。マント万能にし過ぎた感は否めないけど、ヒロアカ世界ならあるだろうで押し通すことにした。全裸で氷に飛び込むってめっちゃ怖いけど頑張ってやってのけた勇者。