天と地程の差はあるが、天と地しか選べない。   作:恒例行事

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潜む悪意

 

『──■■……うん。だから、■■は放っておいて欲しいんだ』

 

 女性の声だ。

 優しく、囁く様な声。愛しい誰かへと向けたその声が脳裏に響き、安心感が心の中を漂う(・・・・・・・・・・)

 

『そう、頼む。代わりと言っちゃあ何だけど、ちゃんと後継は育てるからさ。……親として、どうかと思うけど』

 

 強く悔やむ感情が伝わってくる。

 どうしようもない程の怒り、何にもぶつけられない苛立ち、悔しさ──何もかもがごちゃ混ぜの感情の渦。

 

『うん。……多分、私じゃ勝てない。■■■はこんなもんじゃない。弱気になるなって? はは、ごめんごめん。……でもさ、本当はわかってるんだ』

『諦めた訳じゃない。私が倒す、ここで終わらせてやるって想いはある。そうじゃないと、■■を捨ててまで戦おうとしないさ。まあ、私が死んだら後をお願いね。盟友(・・)

 

 そう言って、話し声は聞こえなくなった。

 

 ……此間のオールマイトを見た時から時々現れる、この幻聴と幻覚。

 誰かが俺を導いているような、呼び寄せているような時もあれば今のような話し声──回想のようなモノが流れる事もある。

 

 聞こえなくなる、若しくは見えなくなってから数分は真っ暗な空間に意識が残ったままだ。残念なことに、俺はあの女性の声を聞いたことがない。つまり、俺の夢であって俺の記憶ではない。

 

 本来夢とは、脳が睡眠中に行う記憶の整理によって見る。朧げな、「見たことあるかもしれない」程度の既視感──デジャヴに近い。

 

 だが、俺の記憶上にこの女性の声は残っていない。

 

 要するに。

 俺が見ているコレ(・・)は、誰かが意図的に見せているか──俺の個性(・・)によるモノだ。

 

 

 

 ◇記憶の考察

 

 

 学校に行く途中のコンビニで適当にエナジードリンクを購入して、通学路を歩く。

 既に一週間、少しずつ見慣れた景色──と言っても俺は二日目にして完全に見慣れた景色になるが──にも、毎日ささやかな変化がある。

 

 雄英の周りは住宅街で、ヒーロー事務所等はない。

 勤める教師は全員プロヒーロー、まさにヒーローの総本山と言えるこの付近で犯罪を犯す者はよっぽどの自信家か大馬鹿だ。一応過去に起きたことがない訳では無いらしいが、大した被害も発生せずに鎮圧。

 

 毎日のほほんと暮らす一般の人々が行き交う中を、俺達雄英生は歩く。時々声をかけられている雄英生も少なくはなく、おそらく上級生。

 

 雄英体育祭を放送した後、知名度の上がった彼ら彼女らはプロヒーローへと一歩どころか三歩以上先を歩く。俺達が追いつけない場所へ、既にたどり着いている。今年の体育祭、そこで如何に目立ちプロへとアピールするかが大事だ。

 

 まあ、毎日毎日寝不足でそれどころじゃない訳だが。

 

 オールマイトと緑谷の個性、そして俺自身の寿命の把握にプロになる為の更なる知識の向上。やる事ばかりが山積みで、解決していかない事ばかりだ。仕方ないとは言え、少々精神的にクるものがある。

 自分の精神がそう強いものではないのは、重々理解している。

 

 将来が真っ暗なのを達観できず、足掻こうとしている時点で弱虫だ。ある意味潔く強い人間ならそれもよし、と受け入れるのだろう。俺には、それが出来なかった。折角生まれて培った全てを、どうしてドブに捨てなければならない? 

 

 俺が培ったモノは無駄だったのか? 俺が築いた十数年は無駄になるのか? 

 

 そう考えると、どうしようもなく辛くなる。

 その度その度、自分に言い聞かせて無理やり前に進む。メンタルが脆いなら、何度だって治せばいい。俺はそういうことが出来る。他の人間より機械的で、事務的で、客観的に自分を観察できる長所がある。

 

 以上、自己嫌悪の時間は終わりだ。さっさと入れ替えよう。

 

 そうだ、最近見る『謎の記憶』に関しての考察を深めよう。

 

 オールマイトとの接触以来、度々見るこの記憶──俺は、これが『俺の素になった人間の記憶』だと仮定している。あくまで仮定、その根拠もまだ薄すぎるから断定はできない。

 

 見たことも聞いた事もない女性の声。しかも、誰かと話しているシーンばかり継ぎ接ぎで流れる。

 

 全てつなぎ合わせれば、少しは見えて来るモノがある。

 

 一つ。

 この女性は、『AFO(オール・フォー・ワン)と呼ばれる人間、若しくは存在と関係がある』。何度も名前を呼び、その声色に乗っている感情を復唱して考えた結果抱いた答えはこれだ。

 

 二つ。

 この女性と繋がる人物が、今もなおこの時代に生きている。

 これはまあ、予想に近いが……多分オールマイトだ。数年前に起きたある事件、その真相を辿っていく内に少しずつ全容が見えてきた。

 

 オールマイトの過去を洗っている時の話だ。

 ある事件の後、オールマイトの犯罪解決率が著しく低下した月があった。詳細を掘り進めると──何も出てこなかった(・・・・・・・・・)。あの、No.1ヒーローと名高いオールマイトの情報が、だ。

 

 これはおかしい。どこに居て、何をしているという情報がリアルタイムで一般人によってサーチされる社会だぞ? その事件の前に存在したSNSを閲覧しても、事件前後の情報はあるのに──その事件から一定期間のみ、オールマイトの情報が意図的に消されていた。

 

 最終的にネットのアンチ、掲示板、深層と呼ばれる場所も漁って出て来たのは──伝説のヴィランの存在。

 

 名前までは公開されていなかったが、個性黎明期の時代から続く伝説。ある一人のヴィランが、『個性を奪い与える』個性を利用して巨悪に進化していったという話だ。

 

 何故そんな存在の情報が、オールマイトを調べると出てきた? それも、御丁寧に数年前から消息を絶っているというオマケ付きで。

 

 そこまでわかってしまえば、結びつけるのは容易だった。

 

 伝説のヴィランと、オールマイト。そして、数年前の事件の規模。巧妙に隠されたその真相。点と点が結びつき、答えを導く。

 

 ──件の伝説のヴィランとオールマイトは交戦し、痛み分け若しくは辛勝している。

 その時の負傷が激しく、オールマイトは一時期表舞台から姿を消そうとしたのだろう。今もなお活動しているのはまあ、正直わからない。リカバリーガールの回復で治る程度のモノなら休止しないと思うが、そこの詳しい理由まではわからなかった。

 

 それで、ちょっと強引な結び付きだが……緑谷とオールマイトの関係だ。

 二人は師弟関係で、恐らく個性の譲渡を行なっている。前出した結論はそうだ。そう、ここで大事なのが譲渡(・・)という点。

 

 あの女性は、『後継を育てる』と言っていた。

 

 ここで、もう一つオールマイトの昔話だ。

 昔、オールマイトは無個性だった(・・・・・・)らしい。何重にもかけられたパスワードを突破した先の、ある個人サイトに隠されていたその情報。

 

 まるで誰かが俺に謎解きをさせているような(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)感覚すら抱いたが、そこを疑ってはどうしようもない。

 

 オールマイトが過去無個性。

 緑谷出久も、前まで無個性。 

 

 後継を育てなければならないオールマイト。

 記憶の中で、後継を育てると言っていた女性。

 

オールマイトもまた、譲渡され受け継いだ後継なのではないか? 

 

 ……確定ではない。

 だが、その可能性は十分ある。仮に、オールマイトの情報が正しければの話だ。穴だらけ、正確性が欠けている。

 

 それでも、一考の余地はある。

 

 ……個人的には、その伝説的なヴィランの方が気になるけどな。

 

 十中八九、俺を生み出した奴ってソイツだろ。

 

 

 

 ◇

 

 

 校門の前に着いた所で、何時もより人混みが激しいことに気がつく。物陰に隠れて遠くから様子を伺ったところ、装備的に報道関係者のようだ。

 カメラを向けられ、インタビューを強制される雄英生徒もしばしば見受けられる。

 

 別に受けてもいいが、正直まだ全国に顔は晒したくない。件の伝説のヴィラン……そういえば痛み分けか勝利の二択な訳だが。これでもし相手が死んでいた場合どうすればいいのだろうか? 

 復讐出来ないまま終わる。……まあ、それはそれでいいかもしれない。

 

 生命を作る、なんて非人道的な事実は無くていい。明るみに出る必要は無い。恐らく、オールマイトや一部のヒーローにとって俺の存在はとてつもなくアンタッチャブルなモノだ。

 

 とてもじゃないが、自分から公表しようという気にはならない。俺は気にしなくても、気にする奴はいる。それが、ここ数日調べて現状出した答えだ。

 

 俺が全国に顔を出す。

 例のヴィランが気がつく。

 

 ネットからジワジワと情報が伸びていく──最悪だ。やっぱりやめておこう。やるなら自分の手でドッキリ的に言ってやりたい。具体的には、体育祭で堂々と一位を飾って宣言してやりたい。

 

『どんな気持ちだクソ親父』と。悪くない気持ちだ。

 

「……何してんの」

「むっ、ベストフレンド耳郎じゃないか」

「その呼び方なんなの? 別にいいけどさ、人がいるところでしないでね」

「付き合って間も無いカレカノみたいなこと言うね君」

 

 死にたいの? と暗に告げてきた冷酷な目線に思わず身震い。相変わらず強かな女だ。フン……怖い。

 

「いやさ、アレみろよ」

「んー? ……マスコミじゃん」

 

 大量の報道陣に対し、耳郎は特に何とも無さげに言う。

 

「ちょっと事情があってさ、全国に顔をまだ見せたく無いんだよね。だから困ってる」

「あー……詳しい事は聞かないでおく。どうする? ウチ一人じゃ何とも出来ないよ」

 

 どうするか。俺にも緑谷みたいな身体能力があれば飛び越えて『素の身体能力です! 個性じゃありません!』とか言って逃げれるんだけど。

 

「ふむむむ……遅くきたのが裏目に出たか」

 

 何時もより遅めに家を出たのが悪かったのだろうか。

 そうして悩んでいると、後ろから声がきこえてくる。ちょっと殺伐とした、というか暴言。

 

「あ゛ぁ゛? 何してんだメモリ野郎」

「バクゴーくんじゃないか! 何ていいタイミングで来るんだ……!」

「ンだ気色悪ィ」

 

 ポケットに手を突っ込んでズンズン歩いていく爆豪。これはチャンスだ、あれを利用すれば切り抜けられる。

 

「よしベストフレンド、行くぞ」

「え? あ、ちょっ」

 

 耳郎の手を掴んで、爆豪の後ろを歩く。俺が格闘漫画のキャラクターみたいに完全に気配を遮断できるとかそういうスキルがあればよかったが、生憎と現実はそう上手くはいかなかった。精々存在感をちょっと薄くできる程度の技術しか持ち合わせていない。

 

「あの、雄英の生徒ですよね? 良かったら──」

「るっせぇボケ! 失せろ!!」

 

 炸裂する爆豪節。初見でまさかそんな暴言を叩きつけられるとは想定していなかった報道陣は固まる。

 今がチャンス──この機を逃さずに、接触を出来るだけ避けながら報道陣の合間。特に、カメラを扱っている連中から離れた場所をすり抜けていく。

 

 色々手を出しといてよかった──やはり技術は持っていて損しない。

 

「よし、流石バクゴーくん。俺の期待通り、計算通りの男……」

「……ちょ、もういいっしょ。離してよ」

「え、いいじゃん。嫌?」

「…………別に嫌ってほどじゃ」

 

 しょうがないんだベストフレンド。ちょっと、別の事に意識を向けないと精神が崩れそうだから少しだけ我慢してくれ。口元が歪むのを堪えながら、眉間に皺を寄せて考える。

 

 俺達が報道陣をすり抜けようとしている瞬間に感じた視線。明かな、悪意の視線(・・・・・)。これまで、軽犯罪を犯すようなヴィランは見たことがあったしその空気感も知っているが──別格だった。

 

 まるで、悪意の塊に見られているかのような感覚だ。

 

「……嫌な視線だ」

 

 あの男と相対していた原初の記憶を思い出す(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。それ程強烈な悪意だった。

 

 僅かに腕が震えている。

 落ち着こう。俺は大丈夫、大丈夫だ。見つかってない、まだどうとでもなる。見つかっていても、この場所にいる限り直接的な手は出してこない。

 

「……なんかあった? 普通じゃないよ」

「……なんもないさ。悪かったな、セクハラして」

 

 手を離して歩き出す。既に校門からはそれなりに離れているし、件の視線は感じない。背筋が震え上がるような寒気も無いから、至って問題なし。

 

 なにか、普通じゃないことが起きようとしている──それだけは胸に刻んでおこうか。

 

 

 

 眠気に耐えつつ、無理やり目を覚まして受けた授業の復習を終えて昼休みに。

 食堂に向かった連中を見送りつつ、朝感じた視線について整理する。

 

 これまで大人しく暮らしてきたのが若干裏目に出たか、ヴィランの種類を視線で感じ取れるほど優れてはいない俺の感覚が頼りない。

 

 ああいう鋭くて重たい悪意は、これまで相対した事はないが──似たような現象なら何度かある。

 まあ、シンプルにオールマイトと緑谷の個性関係だが。

 

 腕が震え、心の奥底から何かを感じる。

 

 共通点はそこだ。

 決して二人の個性が悪意に塗れているとか、そういう話ではない。

 

 先程の悪意は、『俺となにか関係があるのか否か』という事。

 

 緑谷、オールマイトの個性が俺に何かしらの関係があるのは既に確信している。他の誰もそんな感情も身体の動きも出てないが、俺だけ出ている。そして、俺は造られた存在。きっと俺を作った奴はその個性がとても嫌いなんだろう。

 

 嫌いというか、憎いというか……俺の存在そのものが、誰かに対しての対抗策? なのか。二択しかない、と言っていた選択肢のうちどちらを選んでも末路は変わらない。ヒーローになっても、ヴィランになっても。

 つまり、俺が表舞台に出た瞬間そいつの目的は達成される。そういうことか。

 

 脱線したな。話を戻そう。

 

 悪意を受けた事例が多ければ、その判断材料の中で精査できるが……これに関してはもう仕方ない。とにかく、現状ある情報はあの視線と緑谷の個性は同一現象が起きるという事。

 

 ……俺の身体に刻まれた何かが、そう反応するのか。そういえば、俺以外に製作者は作ったのだろうか? 俺のことをわざわざ最高傑作なんて呼ぶ位だったから、きっとその前に犠牲になった人達(兄弟)が居る。

 会ったことも無いし、戸籍上も存在していなかった。

 

 志村、なんて名字の人間はそれなりに居る上に全部漁るのは骨が折れたが少なくとも俺より年上でなおかつ同年代近辺で生まれた人間はいなかった。戸籍がそもそも存在していない──生まれて失敗の烙印を押され、死んだという可能性もある。

 

 ああ、いや、待てよ。確か居たな、一人だけ(・・・・)

 名前はたしか、志村──……転狐。

 

 四つか五つ上だった筈だ。

 

 俺がもっと幼い頃、興味本位で調べた事だったから詳しく探しきれていない。

 改めて探すのもいいかもしれないな。

 

 




・オリ主
情緒不安定。擦り込みの技術を体得していなかったら恐らく幼い時代に発狂している。
何故その技術を持っていたかは本人もわかっていないし、疑問視すらしてない。
なんでかなぁ……?

・ベストフレンド耳郎
精神安定剤。手を握られても動揺しない。ただし握りっぱなしは流石に恥ずかしい。
オリ主は血筋的に美形だから、動揺してもおかしくない。

・爆豪勝己
この後めっちゃ炎上した。

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