天と地程の差はあるが、天と地しか選べない。   作:恒例行事

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USJ襲来

 睡眠というのは素晴らしいモノだ。

 人間が必要とする欲望の中で、最も高尚で高潔なモノである。何故ならば、俺がそう感じてるから。

 

 食欲・睡眠欲・性欲。

 

 三大欲求と呼ばれるこの三つの欲は人間の中で最も大事な要素だ。

 

 性欲は、子孫繁栄。種を残すという『生命体』として抱く当たり前の感情。言い方さえ変えてしまえば、植物だって種族を繁栄させるために毎日のように種を飛ばす。これは生命体にとって必要不可欠だ。

 

 食欲も同じように、身体機能を維持する為に必要。エネルギーの補給、内臓器官を動かし身体を正常に導いていく。

 

 最後に睡眠欲──眠いから寝る。以上だ。

 

「そういやさ爆豪、何でそんな下水を煮詰めた性格してんのにヒーロー目指してんだ?」

「ンだとゴラァ! このクソビリビリ野郎ぶっ殺すぞカス!!」

 

 ……眠いから寝る。以上だ。

 

「あ、ねーねー見えて来たよ志村くん! ほら起きて起きてー!」

「頼む……葉隠、後生だ……眠らせてくれ……」

 

 ガタガタと隣の席から揺すってくる葉隠。ヒーローコスチュームに身を包んだ彼女──ヒーローコスチュームは全裸だが身を包んでいる──が暴れる。気が付いているのか知らないが、全裸の際のその……柔肌(最大限譲歩した表現)が当たって非常に煩わしい。ご褒美です。

 

 だがそれとこれとは別。食欲と睡眠欲が両立できないように、性欲もまた──いや、待てよ。

 

 そういえば日本にはある食文化がある。他の国ではとても考えられない非衛生的で狂気的な食文化──女体盛。最初にこれを考えた奴は相当なスケベだと思う。

 

 何が言いたいかと言うと、これは性欲と食欲を同時に満たす暴挙なのではないだろうか。性欲と食欲は共に存在できる。つまり、寝ながら性欲も抱ける。

 なんという事だ。俺の発想力が完全に負けた。論文を出せば世界中の男尊女卑、女尊男卑を破壊できるに違いない。

 

「それとこれとは……話が……別……!」

 

 眠い。一睡もしてないんだからここで寝るしかない。注意散漫、授業中に叩き出されることは無いだろうが後に響くんだよ。

 

 後ろに座る耳郎に葉隠の対処を任せて堂々と寝る。目を閉じた瞬間、心地よく『落ちる』感覚がするのがいい。

 

 ありがとう、ベストフレンド耳郎。

 お前のお陰で俺は眠れそ「もう着くからいい加減にしとけよ、お前ら」………………。

 

 …………世界はいつだってこんな筈じゃない事ばっかりだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 ウソの災害や事故ルーム──通称USJ。

 

 雄英高校内に堂々と建てられたその施設にて、例年救助や災害発生時の訓練を行っているらしい。火災、水害、森や山で迷ったとき……様々な状況を想定して建てられたこの場所は、ある意味俺が最も活躍できる場所ともいえる。

 

 名前はともかく、若い層のヒーロー候補生というのはどうにも直接戦闘を重要視する。実際凶悪なヴィランと戦うというのは華やかではあるし、ヒーローの誉とも言える。

 

 オールマイトやエンデヴァー、上位を独占し走り抜けるランカー達は強力な直接戦闘能力を持つ上人助けも容易に行う。あまりにも容易に救って見せるから、その重要度があまり伝わらないんだろう。

 

 ヒーローは要救助者を守ってこそだ。誰も守れないのに暴力を振るう人間を、ヒーローではなくヴィランと言う。

 

「どうも、13号」

「イレイザー・ヘッド。時間通り、一分の遅れも無し。流石だね」

「大人として当然です──それで、あの人の事ですが……」

 

 13号と呼ばれた、宇宙服に似た防護服に身を包んでいるヒーロー。災害現場でのプロフェッショナルと呼ばれており、個性は指先に何もかも吸い込むブラックホールを形成する。

 

 倒壊した建造物や、土砂崩れなどで真価を発揮する個性。……後は、殺傷能力も高いという事かな。

 

 何でもかんでも吸い込むブラックホール。それは無機物だけじゃない、人間だって動物だって全部何もかも呑み込む。強力な個性ではあるが、故に扱いを間違えるわけにはいかない。

 

 こうやって明らかに危険な個性を、人を救う事に使っているヒーローの代表格だ。

 

「……そうですか、わかりました。えー、皆さん。ようこそ──『USJ(ウソの災害や事故ルーム)』へ!」

 

 名前的にそれはセーフなのだろうか。某アミューズメントパーク──個性台頭によってその内容もより過激に刺激的に進化した──を模したネーミングに商業目的でもないし大丈夫かと適当に結論付ける。

 

 有名なプロヒーローの登場に沸き立つクラスメイト……というより、ヒーローマニアの緑谷。13号が自己紹介するより早く語り尽くすその様は大変珍妙である。

 

「ふふ、自分で言うより早く言われてしまいましたが──皆さんは、自分の個性をどう理解してますか? 具体的には、その個性の力をどれだけ把握していますか?」

 

 早速投げかけられる問い。

 

 個性の把握。要するに、その危険性を理解しているかどうかだろう。

 

 どんな個性にも危険性はある。個性を使用する人によってその危険性と言うのは変わるのだ。

 

 爆豪がヴィランだったら? それはもう、ヒーローが総力を挙げる大悪党になっているだろう。

 轟がヴィランだったら? 最悪だ。一つの街を単独で機能停止に追い込める脅威に進化する。

 

 そして、ヒーローの立場になってもそれは変わらない。如何に個性の危険性を把握し、それを防ぐために思考錯誤するか──その大事さ。

 

「ほえー……確かに。13号先生の個性だって危ないもんね」

「その使い方を間違えないのがプロなんだろ。俺だってやろうと思えばあっという間に小悪党になれるぞ?」

「笑った顔はヴィランだしね」

 

 ベストフレンド。それ以上言うと俺は涙が出てしまう。

 

「ケッ、マスク作ればいいだろマスク作れば」

「……デザインは選ぼうね? 障子に聞いた方が良いよ」

 

 自分のセンスが駄目だと言うなら、プロのデザイナーに頼めばいい。

 機能はおまけで良いんだよ。

 

 ──瞬間、ピリピリと肌にナニかが奔る。

 ゾワゾワと全身を駆け巡ったソレは脳を刺激し、考える前に身体を反応させる。

 

 緑谷が個性を使用──したわけでは無い。

 つまり、先日感じ取った視線……あの悪意が俺を見ている。

 

「…………どこだ」

 

 わからない。俺のこの感覚をもっと突き詰めて育てていればその視線の先も理解できただろうが、今の俺では判別不可能。ただ、誰かが見ているという事実しかわからない。

 

 ──ゾゾゾゾ! と広場へと黒い霧が拡散していく。自然災害ではありえないその現象に、幾つかのパターンを想定する。

 

 一つ、これも既に授業の一環。

 この可能性が、状況的(・・・)には一番高い。

 教師の話が終わり、これから訓練を始めるぞというタイミングで現れた。

 

 二つ。

 ──純粋な侵入者。

 

 これは俺だけにしかわからないが、あの独特の命を握られている様な感覚。正直、アレを感じ取った時点で俺の中で答えは決まっている。他人に説明は難しい理由を含んで判断するのなら、俺の答えは一つだ。

 

 ──ヴィラン。それも、相当な悪。

 

「え……なに、あれ。これも授業なの?」

「そうだといいが──それは無いだろうな、残念な事に」

 

 霧の向こう側から、続々と人が出てくる。異形の身体を持つ者、明らかに武装した者……悪意を持った人間達が。

 

「あれは、(ヴィラン)だよ」

 

 相澤先生が、俺達生徒は後ろへ下がる様に叫ぶ。

 そのまま勢いを付けて前に突っ込み、眼下の広場へと突撃する。直接戦闘向きの個性ではない相澤先生──もとい、イレイザー・ヘッド。彼の個性は抹消、目で捉えた人間の個性発動を止める。あくまで発動型、異形型は厳しいようだが。

 

 武装の捕縛ロープを使用し多対一を丁寧に処理していく。

 

 捕縛術……あの戦い方は珍しい。特殊繊維を使用しているとはいえ、ああいう布をメインに戦う人はそう多くない。所詮布、耐久力やその扱いが酷く難しい。

 

 力をどういう風に籠めれば威力が増すのか。どう動かせば捕縛するように操れるのか。そう言ったことを瞬時に判断し使い分けて、そのうえで体術等を繰り出す。並の鍛錬では身に付かない技術だ。

 

 もし今余裕がある状態なら後学のために見せてもらいたいが──生憎と余裕がない。

 

 本当のヴィランの襲来。そこら辺に居る三下ヴィランならそう警戒する必要も無いが、恐らく組織的なヴィランだ。

 

 そう判断する理由はいくつかある。

 まず一つ、あの黒い霧……転移なのかどうか詳細はわからんが、誰も居ない場所に人間を召喚した。その時点で脅威が圧倒的に拡大する。天下の雄英、セキュリティが問題ないのは俺もある程度確認してきた。

 

 なのに、堂々と侵入してきた。あんなのが存在すれば、これから安心して授業を行えなくなる。リスク管理の問題だが、ただの体育の授業中にヴィランが侵入してくる可能性があれば学校側はどう対処するだろうか? 

 

 捕まえるか、授業を停止して安全な場所での座学に切り替えるしかない。

 

 なにせ相手は突如現れるのだ。教室のロッカーにでも転移させれば、その状態で完全犯罪成立。瞬く間に教室は占拠されるだろう。

 

 ああいう転移とか使う奴に限って頭がよく回る(・・・・・・)。戦場を盤面に、兵士を駒に見立ててどこまでも冷徹に計算する。あんな強個性、表社会に出てきていたらすぐ有名になるぞ。

 

 少し思考が逸れた。

 組織的なヴィランだと判断した理由だが……あの数のヴィランだよ。

 

 少なく見積もって、広場に30人以上。統率は取れてないが、全員が俺達へ害を与える事を目的としている。アレは恐らく捨て駒で、後ろの数名が本隊だな。

 見物するように広場の戦闘に干渉せずに見ている奴ら。

 

 黒い霧を出すヴィラン、脳がむき出しの大男、全身に手を付けた悪趣味な奴。

 

 何かを狙っている。何か、目的があって侵入している。

 

 俺達生徒の殺害? それなら十分あり得る。わざわざ俺達が授業のタイミングで侵入してきた時点で、俺達に干渉するのが目的なのは明白。

 

 殺害に失敗したとしても、既に奴らの目的の半分は達成してる(・・・・・・・・)

 

 雄英高校へ、被害を与える。最終的な目標はコレだ。そうでなければわざわざ俺達を狙う理由がない。所詮ヒーローの卵、俺達に対して直接的な被害を出すより現雄英教師を殺害したほうが圧倒的にメリットがある。

 新たな教師の選別、そもそもの警備体制の見直し、ヴィランの情報の網羅、生徒への安全管理……やらねばならない事を増やし、徐々に削る。

 

 そうしない、という事は……失脚か? 狙いは。

 

 ヒーローという存在そのものの価値下落が目的か? 

 

 そう考えれば自然だ。組織的に、そうだな……仮の名前で、(ヴィラン)連合何て名付けようか。

 

 大目標を『ヒーローそのものの存在価値低下』、小目標を『俺達雄英生徒の殺害』。

 

「──よし、大体固まった」

 

 取り敢えずの仮定を終わらせて、方向性を確定させる。

 第一に優先するべきは、『プロヒーローの応援を待つ』。そして、その間誰一人として殺害されない事。

 

「13号先生!」

「む、君は志村くんだったね。君も後ろに──」

「その前に、伝えなければならないことがあります。現段階での連中の狙いと、それに対する対応策です」

 

 出来るだけ手早く、さっさと伝えなければならない。既にあの黒い霧が動き出していた場合、詰むのは俺達だ。

 

「まず、プロヒーローへの応援を出す。電気の個性を持つ者がいるので、連絡を試す人間と実際に呼びに行く二手で分けましょう」

「……なるほど。そういえば君は、入試の絡繰りにも気が付いていたようですし頭の回転が早いみたいですね」

「どうも。敵の狙いは俺達生徒の殺害、若しくは雄英の関係者の殺害だと考えます。理由は説明してる暇はありません、あの黒い霧の対応は先生に任せます」

 

 シンプルにあの黒い霧が来たら終わるので、それに対抗できる13号へと意図を含めた物言いで託す。すぐさま頷き返してくれたので、その真意まで理解してくれたのだろう。

 経験豊富な大人程頼りになる者はいないとつくづく実感する。

 

「飯田。お前の個性で校舎まで走って連絡してくれ。上鳴に連絡するように頼むが、恐らく電波は封じられてる。それくらい備えてる筈だ」

「俺が? だが、俺だけ逃げるというのは……」

 

 その正義感と仲間想いな点は素晴らしいが、今の状況に於いてその判断は命取りになる。

 

「飯田くん。逃げる逃げないの話では無くて、『必要』なんだ。君でないと間に合わないかもしれない」

 

 13号の説得によって、飯田は理解を示した。

 決意とか、そう言うのを伝えている場合じゃ無いから手短に頼む。

 

「頼んだぞ。今すぐ行ってくれ、じゃないとあの黒い霧で俺たちは──」

『──そう、詰みです。残念でしたね、志村我全(・・・・)

 

 俺たちがアクションを起こす前に、既に先手を打たれた。

 だが、それに対するアクションは既に──! 

 

「13号先生!」

 

 指を構えていた13号が個性を発動する。個性ブラックホール、何もかもを吸い込むソレが放たれようとして──黒い霧から何かが出てくる。

 

「──え?」

 

 先程広場に居た内の一人──異形型の個性を使っていた男だ。腕が肥大化し、筋力に関係する個性だろうと推測できる。だが、この状況ではなんの力にもなりはしない。本人も、何故ここに転移させられたか理解していない。

 

 なのだが──ヒーローにそれは効く(・・・・・・・・・・)

 

「──13号!」

 

 駄目だ。13号は個性を使えない。

 使えば、確実に殺してしまう(・・・・・・・・・)から。

 

 くそ、どうする。

 

 考えろ、あの黒霧野郎から目を逸らしていたのは数秒。時間にして五秒程度。それくらいの時間があれば奴は容易に個性を使用する。

 そもそも現時点で霧が広がっている。タイムラグは期待できない。なら次のステップだ。

 

『どうすれば生徒が殺されないか』──思考しろ。

 

 戦闘能力の高い連中をピックアップ。今この場で手が届き尚且つ一緒に纏められる奴、位置を計算して突き飛ばせば同じ霧に入る。

 

 轟・爆豪・切島・上鳴──こいつらを中心に考えろ。

 

 爆豪は誰と組ませてもいい。アイツの個性は単独で戦闘力を発揮できる。切島をどうする? 近接戦闘が苦手……八百万を最速でフリーにしたい。誰にでも援護ができるあの個性は有用だ。

 

 駄目だ、時間が足りない! 

 どうする、考えろ誰を一番にする誰を一番重要視すれば──! 

 

 比較的前に居た爆豪、切島が先に飲み込まれていく。

 あの二人は心配ない。それこそ、プロヒーローですら手間取るようなヴィランが相手でもある程度持ち堪える。問題は峰田達、特殊個性組だ。

 

 手を伸ばしても──無理だ。峰田は俺は守れない。ならせめて、誰が……居る。

 緑谷が、ちょうど真横にいる。任せたぞ、緑谷。

 

 勢いが広がっていく霧、既に俺の左足を呑み込んで尚拡がり続ける。

 

 一秒でも思考の時間を与えたい。八百万・轟の二人が鍵だ。

 

 俺たちの勝利条件は死なない事。

 個性まで全て知られてない事を祈れ。

 

 機転を利かせろ。

 知恵を振り絞れ。

 

 霧が身体を包む。背中のマントを、誰かが引っ張ったような気がした。

 誰か一人、俺と共に来る筈だ。

 

 決して取りこぼしはしない。

 俺もまた、ヒーローを目指す一人なのだから。

 

 




オリ主
・彼がいるせいで飯田逃走失敗・13号無傷・相澤完全孤立・ヴィラン側微強化=USJ編難易度上昇。
 完全に出し抜かれて先手を打たれる。なお、本当の理由にはたどり着けなかった模様。

黒霧
・原作よりちょっとだけ個性関係に対して詳しくなったボスの手で少しだけ強化されている。
 有無を言わさない転移は凶悪。あと冷徹さもちょびっとだけ増した。


日刊一位ありがとうございます。
すごいモチベになりますね。

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