人、人、人。
既に日は落ちているというのに、この街は人で溢れている。
「さて、今日はどの娘の所に行こうか」
恰幅のいい男が立ち並ぶ店を吟味しながら歩いて行く。黒い背広を纏った、いかにも裕福そうな出で立ちだ。
「おや?」
人混みの中、向かい側から歩いてくる一人の女性に、男の視線は向けられた。
歳は十八から二十だろうか。艶やかな長い黒髪に、大人の色気を漂わせる妖艶な顔立ち。男であれば誰もが目を奪われる、絶世の美女だ。
すれ違いざまに目が合う。女性はニコリと一笑すると、店の間にある暗い路地へと姿を消して行く。
男は女性の後を追い、路地へと駆ける。灯りのない道を走り続け街道の喧騒も遠くなった頃、ようやく女性の後ろ姿が見えてきた。
「…ッ、…ッ」
久々の全力疾走に、男はすぐに言葉が出せない。膝に手をつき、懸命に呼吸を整える。そうしていると、
「ーーーここはええ街やなぁ」
はんなりとした、耳をくすぐるような甘い声。女性は男に背を向けたまま話し続ける。
「欲にまみれた人間がようさんおって、こうやってふらふら歩いとるだけで勝手に釣れてくれるさかい。喰いっぱぐれんで助かるわぁ」
女性がくるりと振り返り、ゆっくりと、男の方へと歩き出す。
視線を上げ、女性の眼を見た瞬間、悪寒が走る。あの眼は…人を見る眼では無い。まるで獲物を前にした獣のようなーーー
「なぁ、うちの事追いかけてどないするつもりやったん?楽しゅうお喋りでもするつもりやったん?それとも乱暴するつもりやったん?うちはどっちでも構へんで。どうせ最後には、全部うちの腹の中やさかい」
女性の姿が変わる。額には鋭い二本の角が生え、手元には女性の身の丈程もある刀が現れる。
「あら、なんもせえへんの?そんならもうーーー」
ーーーーーーーー喰ろうてしまうけど、よろしおすなあ?
「うわああああああああああああああああああ‼︎」
絶叫と共に、男が走り出す。暗闇に足を取られ転びながらも、来た道を辿り、灯りのある方へひたすらに。
男が去り、暗い路地には女性一人が残った。
「さて、うまくいくといいが……」
先程とは違う声色で、女性がぽつりと呟く。そしてその女性は、暗闇へと姿を消して行った。
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吉原潜入一日目。炭治郎達は宇髄さんに女装をさせられた上で遊郭へ潜入。一方俺は、変化を駆使して遊郭や出店を渡り歩き、情報収集や調査を行なっていた。
しかし、成果は無し。鬼特有の嫌な気配はするのだが、ぼんやりとしていてはっきりした所在が掴めない。まるで煙に巻かれているようだ。
(相当用心深い奴だ。もしかして本当に上弦が…?)
出発前、宇髄さんが言った言葉を思い出す。上弦が相手となるなら、こちらも多少の犠牲も考慮に入れなければならない。気を…引き締めなければ。
そして日が昇り、定期連絡の時間を迎え、五人が屋根の上に集まる。皆鬼の気配は感じているようだが、やはり居場所の特定はできていない。更には宇髄さんの三人のお嫁さん達も、行方が掴めていないようなのだ。もし鬼の仕業だとしたら、時間が無い。
「お前らは潜入捜査を続けろ。何かあったらねずみを通して俺に報告しろ」
そう言って宇髄さんが去って行く。元忍だけあって足音が全くしない。流石としか言いようがないな。
「じゃあ、そろそろ俺達も戻ろうか。あんまり長くしてると、女将さんに怪しまれちゃうし」
炭治郎がそう話を切り出した。が、その前に念の為確認したい事がある。はい挙手!
「どうしたの、茨木ちゃん?」
「なんだ、腹でも減ったのか?」
うん、確かにお腹は減っている。これが終わったら飯を買いに行くとしよう。
「吾が言うのもなんだが、鬼というのは、基本的に我が強い生物だよな?」
「まあ確かに、そんな感じはするけど…それがどうかしたのか?」
「いや、ちょいと釣りでもしてみようかと思ってな」
この世界に来て初めて出会った鬼、彼は自分の縄張りに強い意識を持っていた。俺の姿を見るや即座に襲いかかってくる程にだ。
ならば、この吉原に潜む鬼にも同じ事が言えるのではないだろうか。ここは昼も夜も人が多い。鬼にとっては好都合だが、人が多いという事は、必然的に慎重に動かざるを得なくなる。なら当然、人を狩る数も限定されていく。
もし、その少ない獲物を掠め取ろうとする輩が現れたら?まず放っておく事はあり得ないだろう。
「なるほど、誘い出して袋叩きにする作戦か。多対一というのはちょっとアレだけど、悪くないかもしれない。じゃあ、早速宇髄さんも呼んでーーー」
「いや、これは吾一人でやる」
「いやダメでしょ⁉︎もし本当に出てきたらどうするの⁉︎」
「もし、であろう?鬼が吾を無視する可能性もゼロではない。そうなれば、汝らは完全に無駄足だ。鬼を見つけた時には合図を送る。とびっきり雅で派手な奴をな。汝らが動くのはそれからでいい」
ここで此度の集会はお開き。そして時は、潜入二日目の夜へと移る。
「うひゃああああああ‼︎お助けーーーーー‼︎」
走り去る背中を見送り、一息つく。昨日の夜から数えてこれで八人目。今朝の時点で、噂は既に街に飛び交っていた。後は引っかかってくれるかどうかだが…
「念の為もう二、三人……する必要は無いようだな」
背後から風を切る音が迫る。跳躍してその攻撃を躱し、変化を解く。先程まで自分が立っていた場所は、鋭利な刃で切り裂かれたかのような跡が刻まれていた。
「アンタだね。昨日から噂になってる鬼っていうのは。私の島で随分勝手な事してくれるじゃない」
月明かりに照らされ、鬼の姿が見えてくる。花魁のような髪飾りに、露出が多い下着のような装束。その鬼の周りには、帯のような物がふわふわと漂っていた。
そして瞳に刻まれた『上弦 陸』の文字。マジかよ、案外簡単釣れてくれたな。嬉しいのやら悲しいのやら。
「ようやく姿を見せたな、十二鬼月め。貴様の悪行もここまでよ」
「ハァ?アンタも鬼の癖に何を言って…」
鬼が言葉を詰まらせる。どうしたのだろうか?
「ッハハ!運がいいわ!鬼殺隊と一緒に、アンタまで来てくれるなんてねぇ、茨木童子」
俺の名前を知ってる、か。前に戦った上弦の鬼、猗窩座にでも聞いたのだろうか。だが、そんな事よりも、
「鬼殺隊、と言ったな。貴様、善逸をどこへやった?」
今日の定期連絡の時、善逸は来なかった。宇髄さんは行方知れずになったと言っていた。まずこいつの仕業に間違い無いだろう。
「善逸?…ああ、あの黄色い髪の不細工の事かい。教えてやってもいいわよ。アンタの四肢を刻んだ後にね!」
帯が鞭のようにしなり、襲いかかって来る。さっきの地面を刻んだのもこの技だろう。
骨刀を構え、迫り来る帯を斬りつける。
(速い!でも、反応できない速度じゃない。なによりーー)
鬼から感じる気配。上弦の鬼なだけあって他の鬼とは桁違いだが、それでも、上弦の参ー猗窩座よりは弱い。
帯を斬り落としつつ、上弦の陸との距離を詰める。上弦の陸は不快そうに舌打ちをすると、帯の手数を増やしつつ距離を取ろうと後方に下がる。
「逃さんぞ!」
上弦の陸に一気に肉薄し、刀を振り下ろす。邪魔をしようとする帯諸共、上弦の陸の体を斬りつけた。
「チィッ!」
だが、浅い。刀は上弦の陸の体を薄く斬った程度だ。ギリギリで体を捻って躱したのか。
「よくも私に傷を…!」
「無駄口を叩く暇があるのか!」
躱されたなら、当たるまで斬りつけるまで。刀と爪の連撃を立て続けに浴びせる。
その攻撃の間を掻い潜り、帯による斬撃が飛んで来る。狙いは右手か。ならば、
(斬り落とされるくらいなら、こっちから切り離してやる!)
帯が当たる直前に、右手を切り離す。そしてそのまま右手を巨大化させ、上弦の陸を思い切り殴りつける。
「チッ!鬱陶しいわね!」
殴られた勢いを利用して、鬼が逃走を始める。後を追う俺を阻もうと、至る所から帯が飛び出てくる。罠のように仕掛ける事もできるのか。
「逃さぬと言っただろうが!」
向かってくる帯を全て斬り落とし、上弦の陸の後を追う。
ーーーいける。このままなら、俺一人で上弦の鬼に勝てるかもしれない。
炭治郎達に合図を送る事も忘れ、俺は暗い路地を駆け抜ける。
これが、自身の致命傷に繋がるとも知らずに。
▼
「追い詰めたぞ、上弦の陸!」
鬼を追いかけ辿り着いたのは、とある遊郭の一室だった。他の人を人質にするつもりだろうか。だがこの距離なら、上弦の陸が動くより、俺が首を斬る方が速い。
「追い詰めた、ですって?」
上弦の陸がくすくすと笑みを浮かべる。まるで俺を嘲笑うかのように。
「あの方は言ったわ。どんな形であれ、あの方の前に連れ出せばいい、とね。本当は動けなくなるまで痛めつけたい所だったけど、アンタをあの方の元へ連れ出す事が最優先だもの!」
「貴様、一体何をーーー」
『べんっ』
突然耳に響いた琵琶の音。
直後、地面が消える。浮遊感に包まれる中、自分が立っていた場所に、障子の戸があったのが見えた。
戸はどんどん遠退いていく。視線を足元へ向けると、信じ難い光景が目に入った。
階段、戸、板間、それらが重力を無視して組み立てられ、歪な空間を作り出していた。
「ッ!」
周りに気を取られ、床が接近している事に気付かなかった。なんとか受け身を取り、衝撃をモロに受けるのは避けられた。
「ぐっ…何が起きーーーー‼︎」
視線を上げた先に、男がいた。
二十代位の若い男だ。癖のある黒髪を後ろに流し、黒を基調にしたスーツを身につけている。そしてその瞳は、血に染まったように赤く滲んでいた。
「……お前が茨木童子か」
全身の感覚が警鐘を鳴らす。心拍数が跳ね上がり、冷や汗が噴き出てくる。鬼の体が全力で告げている。
こいつはーーーーーーやばい。
閲覧ありがとうございます!
更新遅くなり申し訳ありません!オリュンポス最高でした!だがローマは来なかった‼︎(血涙)
そして唐突にご都合主義&独自解釈の解説に入ります!
鳴女の血鬼術について
作中では自身の知覚できる範囲の空間操作、固定された座標への移動。これらが鳴女の血鬼術という設定です。茨木童子はあらかじめ用意されていた座標に誘い込まれ、無限城に落とされた、と。座標の固定の仕方は、鳴女の血を使うとかそんな感じで…
鳴女の血鬼術については次回も独自解釈の内容が出てくる予定です。公式の方も調べはしたのですが、理解が及ばず…申し訳ないです。どうかご了承下さい。それではまた次回!