魔力を回し、全身の感覚を研ぎ澄ませる。
とにかく今は、逃げる事だけを考えろ。今の俺では天地がひっくり返ったとしても、こいつには勝てない。
『仕切り直し』を発動し、乱列する壁や床を蹴り上がりながら脱出路を探す。俺が落とされた戸は既に無くなっていた。他の出口を探すしかない。
(奴の気配は、動く様子はない。このままなら…⁉︎)
突如迫る死の気配。近くの壁をぶん殴り、強引に進行方向を切り替える。しかし、
「ガッ…⁉︎」
首を掴まれ、体が宙に浮く。振り払おうと腕を掴むが、男は全く意に介さない。
(『仕切り直し』を無効化しただと⁉︎いや、これはーーー!)
茨木童子の『仕切り直し』は、英雄王ギルガメッシュの追撃からも逃れる事ができる高ランクのスキルだ。なら今回の場合は、俺がまだ本来の力を発揮できていないと考えるべきか。
(クソ!こうなったら一か八か‼︎)
宝具を解放する為、右手に魔力を集める。羅生門大怨起で強引に引き剥がす事ができれば、あるいは傷を負わせる事ができれば、逃げる確率が少しでも上が『ザシュッ!』
ーーーーー視界の端で何かが宙を舞い、ボトリと重い音を立てて落ちる。
ゆっくりと、落ちたモノへ視線を向ける。
見覚えのあるモノだった。ついさっきまで、俺にあったはずのモノだった。
あれはーーーーーーーーーーーー俺の腕だ
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
焼けるような痛みだった。首を掴まれているせいで声が出せず、無言の絶叫を上げる。
「ふむ、影牢の情報通り傷は治らないのか。どれ、次は…」
腹部に異物が入る感覚。直後、激痛が走る。見えないが分かる。こいつが、俺の腹を掻き回している。
「ーーーーーーッ‼︎‼︎ーーーーーーーーーーッ‼︎‼︎‼︎」
「やはり私の血はない、か。肉体は人間とほぼ同じ造りだな」
もがく、もがく。しかし男は一切手を緩めない。
あまりの痛みに気を失う事すら許されず、視界は点滅し、吐き気が押し寄せてくる。
(ーーーーーーーーーー)
体から力が抜けていく。出血が多過ぎるのだろう。おまけに呼吸もまともにできない状態だ。抵抗する力は、もう無くなった。
(ーーーーーーー)
炭治郎達はどうしているだろうか。俺がしくじったせいで、とんだ迷惑をかけてしまった。宇髄さんや、煉獄さんにも顔向けができないな。
(ーーーーー)
意識が薄れていく。ああ、とうとう死ぬのか。
何かにすがるように、残された左手を差し伸ばす。
それを掴む者は誰もいない、そんな事は分かっている。だがそうせずにはいられなかった。窮地に立たされた人間の本能だろうか。
(ーーー)
結局、この世界に来た理由は分からず終いだった。そもそも、どうして茨木童子になってしまっていたのだろうか。
(ああ、でもどうせなら、本物の彼女とーーーーーー)
叶わない思いを胸に、目を閉じる。そうして、体の感覚も無くなってーーーーーー
指先に何かが触れる。
重い瞼を開き、触れた『何か』を視界に入れる。
(金色の……杯………?)
それはこの世界に存在しないはずの物。人々の願いの塊。万能の願望機。
死際に見る幻だろうか。だが、それでもいい。最後の力を振り絞り、手を伸ばす。
そしてその手は、確かな感触を掴み取った。
▼
鼓動が小さくなる。小さな体から、命の灯火が消えていく。その感覚を、鬼舞辻無惨は自らの手で感じ取っていた。
この『鬼』は貴重な検体だ。自分とは違う『鬼』、完全な別種。この『鬼』の解析を続ければ、自分が太陽を克服する糸口が見つかるかもしれない。その為には、まだここで死なれては困る。無惨は茨木童子を生かす為、自分の血を流し込もうとした。だが、
ーーードクンッ
心臓が脈を打つ。虫の息だったはずの体から、それは確かに聴こえた。
その直後、無惨は茨木童子を殺す事を選択した。何故か?相手は自分が血を与えた鬼ではない。もう手を加えずとも死に果てる体だ。
だが無惨は、その体から確かな脅威を感じ取った。かつて対峙したあの剣士とはまた違うーーー
「…!」
グチャリ、と肉が潰れる音が響く。無惨はすぐさま、潰れた腕を茨木童子の体から引き抜いた。
「貴様…!」
無惨が睨む先で、茨木童子の体に変化が起き始める。
肩の傷口から炎が溢れ、蜘蛛の糸のように斬り落とされた腕の切断面に繋がる。すると腕は茨木童子の元へと戻って行き、元通りぴたりとくっついた。それと並行して、無惨が付けた腹部の傷も、痕を残す事無く綺麗さっぱり消えていった。
茨木童子の背後に、突如火柱が立ち昇る。そしてその中から、二対の巨大な髑髏と腕が現れた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎‼︎‼︎」
咆哮が無限城に響き渡る。その瞳に写るのはただ一つ、目の前の敵を滅ぼすという殺意のみ。
「‼︎」
茨木童子の姿が消える。直後、衝撃。無惨の反応を越える速度で、茨木童子が突貫したのだ。壁を十程突き破った所で、ようやく無惨の体は停止する。
「■■■■■ッッ‼︎‼︎」
体を再生させた無惨に向かい、茨木童子が拳を振り下ろす。無惨はこれを回避。自分が寸前までいた場所が粉砕される光景を目に入れた。
(何をした?理性と引き換えに強大な力を手に入れたとでもいうのか?だがどうやってーーー)
思考を巡らせる暇等与えんとばかりに、茨木童子は追撃に移る。無惨の頭を鷲掴みにし、凄まじい怪力で床へと叩きつけた。
肉片が飛び散り、辺りを血の色に染める。だがそんな事等、狂気に身を委ねた茨木童子は気にも留めない。既に原形を無くした肉塊を、何度も何度も叩きつける。
「■■■‼︎⁉︎」
茨木童子の体から、突然血飛沫が上がる。無惨が腕を異形へと変え、茨木童子を斬り裂いたのだ。だが、
(傷がもう回復している。下弦…いや、上弦並か)
「■■■■■■■■‼︎‼︎」
右腕で無惨の体を薙ぎ払う。壁を突き破り、無惨は宙へと放り出される。その無惨を追って、茨木童子も空へと体を投げ出した。
茨木童子の左右に浮く巨腕が炎を纏う。通常の宝具発動時とは比べ物にならない魔力が集中していく。
「カイ■塵■■ト■■化■■■■セ‼︎」
周囲を豪炎と衝撃で破砕しながら放たれる十連撃。これこそは茨木童子の第二の宝具、
ーーーーー大江山大炎起‼︎‼︎
無惨の姿が無限城の奈落へと消えていく。茨木童子は咆哮を上げながら、その後を追って行った。
▼
ーーーーーー肉の焼ける臭いが、辺りに充満している。
茨木童子の宝具は確実に無惨を捉えていた。今の茨木童子の宝具は、通常の鬼であれば即死、上弦であれど致命傷は免れない威力だった。しかし、
「…」
この男、鬼舞辻無惨は生きている。全身に火傷を負い、右腕には至っては鬼種の炎熱により灰と化していた。だがその状態でも、この男は生きている。
(傷が治らない。いや、治りが極端に遅い。奴の炎のせいか?)
猗窩座からの情報で、茨木童子から受けた傷が治りにくいという事は知っていた。だが、得ていた情報と事実は異なっている。奴が急激に力を得た事と関係があるのか、と無惨は考える。
ーーーーーー■■■■■■■■■‼︎‼︎
獣のような絶叫が聞こえる。奴が、茨木童子がやってくる。
傷はまだ治らない。このまま戦っても負けはしないだろうが、しばらくは劣勢を強いられるだろう。
上を見上げると、こちらへと降下してくる茨木童子の姿が映る。無惨は治りかけの左腕を変形させ、茨木童子を迎え撃つ体制を取った。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎‼︎‼︎」
己が身をも焼き尽くさんとばかりの灼熱を纏い、狂戦士が迫る。その直後だった。
『べんっ』
琵琶の音と共に、無惨の頭上に戸が出現する。
茨木童子は異変に気付くが、空中では避けようが無い。そのまま戸の中へと落下し、姿を消した。
戸が消え、無限城に静寂が訪れる。瓦礫に囲まれた中で、無惨はようやく体の修復を終え、立ち上がった。
「………何のつもりだ」
その言葉は、琵琶を携えた黒髪の鬼……その背後へと向けられる。
「何のつもりて、可愛い弟分が苦戦してる思うて、助け舟入れたったんやん。なぁ、鳴女はん?」
女の声だった。甘い、聞いた者を蕩してしまうような妖しい声。
「わ、私は…!」
動揺する琵琶の鬼ーーー鳴女。その体は、微かながら震えているようにも見えた。
「誰が助けを求めた。それと、私がいつお前の弟分になった」
「ふふふ。冗談や、冗談。そないな怖い顔で睨まんといてえな。そんなんされたら…うち、滾ってしまうわぁ」
怒気を帯びた重圧を放つ無惨に対し、女の鬼は艶かしい視線を向ける。
ーーーーーーやがて、
「…お前の気まぐれには付き合いきれん。逃したからには、何か考えがあるんだろうな」
「さあ、どないやろねぇ。まぁ、ちゃあんと責任は取るさかい、任せときんしゃい」
無惨は女の鬼を一瞥すると、鳴女に合図を送り、戸を出現させる。
無惨はそのまま何も言わず、戸の中へと姿を消して行った。
「一つ、お伺いしたいのですが……」
恐る恐る、といった様子で鳴女が女の鬼に問い掛ける。
「あら、あんたはんから声掛けてくるなんて珍しいなぁ。ええで、怖い目遭わせてしもたし、なんでも聞きなはれや」
「…なぜ、あの鬼を逃されたのですか。逃がした所で、我々に利点は無いはずでは…」
この鬼は最初、無惨を助ける為と言った。だが、そんな言葉は嘘であるという事は、鳴女は最初から理解していた。
「あら、随分無粋な事聞きはるんやねぇ。そんなん、その方がおもろいからに決まっとうやろ?」
ーーー鳴女は、無惨の側近という関係上、度々十二鬼月と接する機会がある。十二鬼月の面々、特に上弦の鬼は、どれも厄介な性格をした者ばかりだ。
だがこの鬼は、その鬼達と比較しても別格だ。何をするのも気まぐれ。生かすのも、殺すのも、喰らうのも。人間に対してだけで無く、同じ鬼に対してもだ。
「こないなとこで殺すなんて勿体ないわあ。あの鬼はまだまだ強うなる。いずれうちや小僧に匹敵するくらいになあ。殺すならその時や。互いに血塗れになって殺り合って、ほんで最後に骨抜いて酒に蕩して。あぁ、考えただけで昂ってしまうわぁ」
女の鬼が恍惚とした笑みを浮かべる。
鳴女は自分がその歯牙に掛けられない事を、ただただ祈るばかりだった。
▼
「■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎‼︎」
静まり返った夜の街に、咆哮が木霊する。
だがその声は、先程まで放っていた殺意の叫声とは違っていた。
(やめろ!止まれ止まれ止まれ止まれ‼︎戦う相手はもういない、だから頼む!止まってくれ‼︎)
悶え、苦しむ声の主。
そうだ、考えてみれば分かる事だった。あの茨木童子でさえ手に負えなかった力を、ただの人間でしかない自分が使いこなせる訳がない。
彼の思いとは裏腹に、止め処なく溢れてくる狂気が精神を蝕んでいく。
(こんな所で暴れてしまったら、間違い無く人ヲ殺しテしまう!それだけハ駄目だ!誰カ…誰かーーー)
「得体の知れぬ物に手を出すからこうなるのだ、莫迦め」
眼前で炎が弾け、鈍い衝撃が走る。
意識が途切れる直前、炎の中に誰かの影が見えた気がした。
▼
視界に映ったのは見知らぬ天井。もう何度目だろうか。
状況を確認しようとするが、体が鉛のように重く、動く事ができない。意識も、夢でも見ているかのように朧げだ。
「ようやく目を覚ましたか。鬼の癖にどれだけ回復に時間を掛けるつもりだ」
「愈史郎、そんな事を言ってはいけません。同じ鬼でも、彼女の体と私達の体は違うのです。茨木さん、大丈夫ですか?」
誰だろう。男の子と、女の人の声だ。視線を動かすと、白い髪の少年と、花柄の着物姿の女性が目に入った。
「無理はしないで下さい。愈史郎、彼女に水を」
「はい、珠世様」
珠世、だって?前に炭治郎に聞いた事がある。確か、鬼でありながら人を喰らう事無く、医者をやっている方だとか。手紙越しになるが、何度かやり取りをした事がある。
「汝が、助けてくれゴボォ、ガボガボ」
ちょっと待って愈史郎君とやら。水もういいから。というか何でそんなに睨んできてんの。
「一つ聞きたい。吾は…誰も殺しておらぬか?」
「大丈夫です。突然目の前に現れた時は驚きましたが、すぐに意識を失われました。あれから、もう二ヶ月が経ちます」
「二ヶ月…だと…?」
そんなに長い間眠ってしまっていたのか。分不相応の力を使った反動、といった所だろうか。
…待てよ。という事は、炭治郎達はどうなったんだ?
「そちらも大丈夫です。つい先日、意識を取り戻したようです。上弦の陸を倒し、その場にいた剣士も、重傷でしたが皆生きている、と」
そうか、なら良かった。
…結局俺は、口先だけで何も出来なかった。敵にいいように踊らされてばかりだった。
鬼舞辻無惨、とんでもない力を持った鬼だった。今俺が生きているのは、運が良かったからとしか言いようがない。
…そうだ、それともう一つ。ーーー聖杯だ。あの時俺が掴んだ物、あれは間違い無く聖杯だった。だが今、俺の手にそれは無い。一体どこから現れたのだろうか。
(考える事が多い。だけど今は…睡魔が…)
「…こいつ、また寝たのか。どれだけ眠るつもりなんだ」
「今はそっとしておきましょう。どういう訳か、酷く衰弱していましたから」
茨木童子。禰豆子とはまた違う、特異な体を持つ鬼。
(あの時の姿は、一体何だったのでしょうか…)
初めて彼女と会った時の夜を思い出す。凄まじい狂気と力を纏った、まさに破壊の権化。すぐに意識を失ったから良かった物の、あのままだとどうなっていた事か。
(今は考えるべきではありませんね。彼女の体力が戻ってから、ゆっくり聞く事としましょう)
茨木童子が目を覚ました事を炭治郎に伝える為、珠世は筆を取った。
閲覧ありがとうございます!
いろいろ詰め込もうとした結果、更新が遅くなりました。申し訳ありません。相変わらずご都合主義のオンパレードですが、どうか暖かい目で見守って頂ければと思います。
それはそうと、FGOがまさかの星5配布…マジか…マジか…
私の場合アキレウスかドレイクかエウロペか…迷う所でございます。それではまた次回!