「ぜりゃああああああッ!」
叩きつけるように刀を振るい、迫り来る腕を斬り払う。だが斬り払った側から、新たな腕が次から次へと襲いかかってくる。終わりの見えない攻防に、茨木童子のフラストレーションは最高潮に達していた。
「いい加減鬱陶しいわァッ!」
その場から跳躍し、攻撃を繰り出す本体の鬼ー影牢の首を目掛けて刀を振り下ろす。茨木童子の骨刀は、いとも容易く影牢の首を切り裂いた。だが、
「ケケケッ、無駄無駄。お前が斬ったのは俺の影法師。足の鈍いお前らには一生俺の首に刀は届かねぇよ」
不気味な笑みを浮かべる影牢の背後から、炭治郎が斬撃を繰り出す。だが結果は同じ。別の場所に影牢が現れ、二人を嘲笑う。
「ちょこまかちょこまかと…!」
「落ち着くんだ茨木!挑発に乗ってると、あいつの思うままだぞ!」
「ええい、分かっておるわ!だがこのままではジリ貧だぞ!何か策はないのか⁉︎」
気を荒立たせる茨木童子に対して、炭治郎は冷静に影牢の血鬼術の分析を進めていた。
(俺達が今まで斬ったのは本体じゃない。首を斬る瞬間、隙の糸が消えるんだ。そして、別の場所に本体が現れる。多分、斬る速さでどうにかできる物じゃない。血鬼術を見破って本体を斬らないと。でも…!)
地面、壁、あらゆる場所から湧いて出てくる黒い腕。一撃一撃は大した威力では無いが、数が多過ぎる。
徐々に疲弊していくこちらに対して、相手の影牢はまだ余力を残しているように見える。炭治郎の中で、焦りの種が芽生え始めた。
「ケケッ、そろそろ手数を増やしてみるか」
影牢の言葉を皮切りに、五十を超える数の腕が束となり、炭治郎に襲いかかる。
(さっきまでと違う!弾けない、まともに喰らったら終わりだ!)
だがすでに回避は間に合わない。ならば、と炭治郎は上体を大きくねじり、巨碗の攻撃を受け流すように技を繰り出す。
(水の呼吸、陸の型!ねじれ渦・流流!)
何とか直撃を回避する事に成功するが、攻撃の重みに耐え切れず弾き飛ばされる。
「そぉら、休んでる暇はないぜぇ!」
受け身を取った所にすぐさま追撃がくる。これでは避けるので精一杯だ。チラリと茨木童子の方を見るが、向こうも同じ状況だ。
(あっという間に状況を変えられた!これが、元上弦の力なのか⁉︎)
影牢がニタリと笑みを浮かべる。何人もの人間を弄び、殺してきた残忍ない笑みだ。
「さて、そろそろ一人、殺しておくか」
影牢がそう言い放った直後、茨木童子の足元から黒い蛇のような物が飛び出し、茨木童子を縛り上げた。
「血鬼術・潜影蛇手。これでお前はもう逃げられない」
「おまっ⁉︎名前被っとるんじゃバーカ!それを使っていいのは伝説の三忍か夕餉を作る奴だけだからな⁉︎」
茨木童子は懸命に抜け出そうとするが、縛る力が強く抜け出す事ができない。
(こいつ!今まで戦った鬼と違う!変わった力を使う鬼はいたが、ここまでではなかっ…た…?)
茨木童子、ここである事に気付く。それは…
「え、何その汝の目。何か文字書いてあるし、キモっ」
……静寂が、辺りを包み込んだ。
(今更ーーー⁉︎)
「ぶっ殺ォォォォす‼︎」
茨木童子を縛る蛇が、彼女の体を巻き潰す為に一気に収縮する。苦悶の表情を浮かべる茨木童子。その姿を見てすぐさま助けに行きたい炭治郎だが、彼を襲う腕達がそうさせなかった。
(まずいまずいまずい!このままじゃ!)
彼女を死なせる訳にはいかない。珠世、愈史郎以外で初めて出会った、優しい鬼。人間の為に怒り、悲しめる鬼。そんな彼女を―――
「絶対に、殺させてたまるかぁぁァァッ!」
「うるせぇな!てめぇは黙ってろ!」
炭治郎の前に人の形をした黒い物体が現れる。その姿はまるであの鬼の影法師だ。
(水の呼吸、肆ノ型!打ち潮!)
影法師と腕をまとめて切り払うが、すぐさま新しい影法師が生まれてくる。
(間に合わな――)
「―――叢原火‼︎」
空から火の球が現れる。それは茨木童子の前に佇む影牢を目掛けて落下ー炸裂し、周囲一帯を炎で包み込んだ。
「クハハハ!どうした、縛りが解けたぞ!叢原火の炎に怖じけづいたか!」
炎が広がる。すると、炎の光から逃げるように影法師と腕が消えていった。
「…!そうか、分かったぞ!茨木!こいつの血鬼術は影だ!影を操る鬼なんだ!」
炭治郎の言葉に、影牢は不満げに顔をしかめる。
「影だと⁉︎またどこかで聞き覚えのある…。だがどうすればいい?分かった所で影を斬るなど――」
「その炎で奴を囲むんだ!影から影へ逃げられるというなら、その逃げ道を断ってしまえばいい!」
「…!なるほどな、そういう事なら!走れ、叢原火!」
茨木童子の声で、影牢を囲むように叢原火が炎を撒き散らす。
「くそっ!逃げ道が!」
初めて焦りの表情を浮かべる影牢。そして炎の壁を突き抜け、一つの影が飛び込む。
(これで決める!茨木が掴んでくれたチャンス、絶対に逃さない!)
―――ヒノカミ神楽・円舞‼︎
日輪刀が焔の如きを光を帯びる。父から受け継いだ厄災を払う神楽。
その刃が影牢の首に届―――
「馬鹿が」
影牢の顔が、愉悦に歪む。
「お前、自分に影があるって事、忘れてねぇか?」
円舞が空を切る。足元の、自分の影を見る炭治郎。
「これで数字を取り戻せる」
影牢の腕に影が集まり、獣のような爪を作り出す。回避は―――間に合わない。
―――ドンッ
突如、何かに体を突き飛ばされ、地面に衝突する。体勢を立て直し、炭治郎が見たのは、
「ガフッ………」
腹に爪を突き刺され、喀血する茨木童子の姿だった。
▼
「チッ、邪魔をしやがって」
ばつが悪そうに吐き捨てる影牢。腕を振り、爪に刺さった茨木童子を投げ捨てる。茨木童子は力無く横たわり、血溜まりを作り出す。
「茨木!」
駆け出す炭治郎を、叢原火の炎が遮った。主人の意図を、汲み取って。
「茨木…だったな。お前の噂も聞いてるぜ。鬼でありながら鬼を狩り、人間を助ける鬼、とな。何なんだ?何がしたいんだ、お前は」
影牢は茨木童子の髪を乱暴に掴み、持ち上げる。
「傷、治らねぇのか?鬼なのに?いやそもそも、お前は本当に『鬼』なのか?ケケケッ、とんだ半端者だな、お前は」
愉快そうに、影牢は笑い声を上げる。
「ク…クハハ……」
笑い声が重なる。力無い、乾いた声が。
「半端者か、確かにその通りだ。借り物の体で、鬼になりきれず、人にもなりきれず。だがな、そんな物は関係ない」
血を吐きながらも、不敵な笑みを浮かべる。
「何があろうと、自分の思うままに生き続ける。それが、
左手で影牢の腕を掴む。
「ここで死ぬ訳には――いかんのだ‼︎」
魔力を集中、宝具を開放する。右腕の手首から先が切り離れ、炎を纏い巨大な拳を作り出す。
(血鬼術⁉︎何かまずい、回避を―――)
「逃さぬわァッ!」
叢原火が影牢を囲む。影牢は茨木童子の影に潜り込もうとするが、一歩遅い。
「
拳を握り締め、影牢の顎を目掛けて振りかぶる。
傷口から血が吹き出す。力の入れ方を間違えたら内臓が飛び出しそうだ。だがそれでも、
「
花火のように空に打ち上げられる影牢。満月の明かりが、その姿を照らし出す。
(チッ、この高さじゃあ影がない。地上に落ちるまで待つしかないか…。しかし最後に何をするかと思えば、ただの悪あがきか、みっともない。どうせ俺に殺されるという事実は変わらんと言うのに!)
不気味な笑みを浮かべる影牢。その体を何かの影が包み込んだ。
(あれは…竈門炭治郎!)
どうやってこの高さに飛んで来たかは分からない。分かるのはただ一つ、炭治郎が自分の首を斬りに来たという事。だが、
(馬鹿め、俺の体にお前の影が映ってるぞ!)
刀を振りかぶる炭治郎を、影牢は嘲笑う。炭治郎の影に潜り込み、その首を穫る。そう考えていた。
――炭治郎の刀が、炎を纏っているのを見るまでは。
(炎⁉︎まずい、影が!)
それは茨木童子の叢原火。その炎が、炭治郎の影をかき消した。
「おおおおおおォォォォォ!」
―――ヒノカミ神楽・獄炎の火車‼︎
地獄の炎を纏った刃が、影牢の首を両断した。
▼
『ありゃあ、あっさり負けちゃったねぇ。ま、仕方ないよ。たまにはこんな事もあるって』
『ヒョヒョヒョッ、まあ貴方の普段の行いを見ていれば、当然といえば当然の結果でしたな』
『やり直し?貴様は今の戦いで手を抜いていたという事か?この私を前に手を抜いたと?貴様はいつもそうだ。口先ばかりで何の成果も上げてこない。――消えろ。二度とその醜い顔を、私の前に見せるな』
『みっともねぇよなあ、あんだけでかい口叩いといてよお。――油断するからだぜ、バーカ』
(あ?何だ、これ)
灰となり消える直前、脳裏に映るいつかの記憶。
(確か、人間の頃にも。……もう、どうでもいいか)
あっさりと、影牢は消えた。傲慢と怠惰に満ちた人生を、自分の胸に秘めて。
▼
(ああ、やってくれたか)
地べたに転がり、炭治郎が影牢の首を斬った姿を見て、安堵の息を漏らす。
(妹の方にも、感謝しないとな…)
愚神礼讃・一条戻橋を放った時点で、茨木童子の体力は尽きていた。
茨木童子の言う妹―――禰豆子が、炭治郎を空まで投げ飛ばしてくれたのだ。
(俺の方は…ああ、何だ。眠いな。すごく…ねむ…い……)
意識が沈む。まどろみの中で、誰かが呼ぶ声がした。
▼
気が付いたら見知らぬ天井だった、という経験をした事があるだろうか。俺はたった今経験しました。
(ここは一体…ん?何だこれ?)
ふと違和感に気付く。体の自由が利かないのだ。まるで何かに縛られているかのような…
「よかった、気が付いたんだね!」
唯一自由な首を動かしてみると、額に傷のある少年ー竈門炭治郎が目に入った。
「汝よ、体は…ッ!」
「まだ動いちゃ駄目だよ。お腹に穴が空いてるんだぞ」
「…ッ、吾の事はどうでもいい。それよりお前だ。体は無事か」
「俺は大丈夫だ。君が、茨木が守ってくれたから…」
よせやい。そんな言い方されたら照れるでしょうが。
「ところで炭治郎、ここはどこ―――」
「あ、気が付いたんですね」
ん?どこかで聞き覚えのある声が。
「本当に変わった体をしていますね。見た目は同じ鬼なのに、回復力や性質が全然違うんですもの」
聞き覚え…あるよな。そして、とてつもなく嫌な予感が…
「今度は、ゆっくりお話できそうですね。茨木さん?」
うん、終わったわ。俺の第二の人生。
目の前に現れた毒使いの女性を前に、心の中で嘆く俺であった。
閲覧ありがとうございます!
感想で頂いていた指摘内容についてですが、今後の話で明らかにする予定の内容もありますので、答えられる分だけここで回答させて頂きます。
茨木童子に藤の毒が効くの?…藤の毒は効きません。完全な独自解釈ですが、しのぶさんの毒は、藤の毒+純粋な毒物を調合して作っている物と解釈しています。なので三話で茨木童子の体を苦しめたのは純粋な毒物の部分、という設定です。
上弦落ちしたら下弦になるんじゃないの?…正直そこまで考えてませんでした。しかし私の中での無惨の印象は、入れ替わり血戦で負けたから下弦からやり直せ、というような甘い事は言わないんじゃないか、という印象でした。なので上弦落ちの鬼は即切り捨てられた、という設定でございます。
主人公の目的が分からない。何でリスクを犯して鬼狩りすんの?…詳細は次回の話で明らかにする予定です。ちなみに理由はめっちゃ下らないです。
他にも設定の不備、矛盾点は多々あるかと思います。
その辺りも含めてお楽しみ頂ければと思います。どうかお手柔らかにお願い致します。
ちなみに今回、茨木童子が槍も展開せずにランサーの時の宝具を使ってますが、そこはご都合主義ですのでご容赦を。
話は変わりますが、日間ランキング9位、ルーキーランキングでは1位頂きました!ありがとうございます!今後ともよろしくお願いします!