重装傭兵ロドス入り   作:まむれ

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異界 CC.02 強敵:九尾妖艶Ⅰ

 誰か助けてくれ、というのが傭兵の叫びだった。

 

「お兄さん? 私、もうこぉーんなにおっきくなったんですからね!」

 

 ああ、あの頃の純粋で誰にも分け隔てなかった少女はどこへ行ったのだろうか、彼の嘆きは誰にも届かない。

 

「そうだな、俺もリサがすくすく育ってくれて嬉しいよ」

「え、えへへ……」

 

 すりすりと、いつもの癖で少女の頭を撫でたのは正解だ。悪巧みをしていた九尾の狐はそれだけで万人を魅了するだろう警戒心の欠片もない表情で、なされるままに傭兵の手を感じる。

 ひとまずは乗り切ったが、傭兵の心は晴れない。いかんせんこの少女、数年前と違って自分の魅力を自覚して運用するようになってしまったのだ。気が付いた時には既に遅く、外堀なんてものはとっくに埋まっていたどころか傭兵を囲む城壁にまで進化した。

 

 何かを、どこかで間違えた。そうに違いない、違いないんだ……

 

 心の中で誰かに向けて言い訳する傭兵。それに答えてくれそうな職員はどこにもいなかった。

 


 

CC.02 強敵:九尾妖艶Ⅰ

 


 

 

 他のヴァルポとは違い、九つの尾を持つ少女との出会いは万人が憧れるドラマティックなものではない。

 いつの時代どこの国にも見下げた下種は偏在していて、少女はそんな場所に生まれて、大人の悪意にさらされただけ。偶然シラクーザを訪れていて事件に巻き込まれた傭兵が流れで護送する事になったのが発端。「そんな偶然があってたまるか!」という嘆きも、積まれた札束と周囲を囲む少女の両親と、その仲間達の前では意味がなかった。

 

『そもそも年頃の娘さんの護衛が男ってのはどうなんですかね』

『何かあったらシエスタかドッソレズの海に沈めますので』

『ちょっとした疑問を聞いただけなのに“本気”の目を向けてくるのはやめてくれ……』

 

 一週間。娘を傷付けられた両親達の怒りを鎮めるのにかかった期間だ。

 目的地へ辿り着いてから厳重に防諜措置が施された部屋で聞かされた傭兵は、何事もなく依頼を成功させた自分に一層自信を持って、安堵の溜息を吐く。当然の権利としてロドスには危険手当の追加を申請し、四桁文字数に及ぶ八つ当たりとも取れる強い語調の書類を提出。情報部からの口利きもあって報酬は増えた事で留飲を下げた。

 

 だが本当の苦労はここからだった。

 大人の悪意に晒された幼い少女、親元を離れる事になってからロドスに到着するまでの道中全てが新しいものだった少女。あれこれと傭兵が気を利かせて快適であろうと努力し、シラクーザを離れてからは俯きがちで暗かった少女に職場の面白い話を聞かせ、野生生物から幾度となく守り抜き、怪我の手当をしていたら少女がやらせてほしいと道具を奪い取ったり、立ち寄った移動都市で少女が選んだ飯屋がとんでもない味で店を出た後に喧嘩をしたり、時には夜に一人で眠るのが怖いと少女に袖を掴まれ、渋面しながらも手を繋いで朝まで傍に居た事もあった。

 

 その結果、お兄さんお兄さんとロドス艦内で背中を追ってくる少女の姿が散見されるようになったのは傭兵の目を以てしても予想外としか言いようがなく。

 更に言えば、鉱石病に感染してもなお失われない少女の純真と勤勉さ、誰に対しても敬意を前面に礼儀正しい少女を善人だらけのロドスアイランド職員たちが気に入るのも当然の話で。

 二つの要素が合算されたのが傭兵へのやっかみだ。てめえ我らが光をなに誑かしてんだこのヤローとか、手を出したらわかってんだろうなとか、悲しい顔をさせたその日がお前の命日だとか。五割本気で五割が冗談、少女の人気に傭兵は戦慄した。

 

『お兄さんってどんな女性が好みなんですか?』

『よし、今から犯人捜しを始めるか、第一容疑者ァ! フォリニック出てこい!!』

『フォリニックお姉さんは関係ないですよ! 今はお兄さんの話をしているんです!』

『あーそうだな、大人の女性とかかな……』

『大人………………なるほど!』

 

 なるほどって何が? それを衆人環視の中で聞くほど傭兵は愚かではない。翌日から家事を手伝い始めたり食堂で料理の練習をし始めたりお洒落に興味を持ち始めたのは偶然なんだと思うことにした。職員達の態度が少し冷たくなったのも偶然である、いやー困ったなー。酒場でドクターに漏らした笑いはテラの大地より乾いていたとかなんとか。

 

 それから数年、純粋無垢だった少女が世界の厳しさの一端を知ったり、力及ばずどうにもならない無力さを知ったり、小さかった身体も伸びて可愛かった声も耳を通りやすくなって。少女は自分が持つ特異とも言える魅力に気付く。

 悩んだ、そりゃあもう悩んだ。だって今まで自分を好いてくれた人たちは無意識にこの魅力を使っていたからで、それがなければこんな恵まれる事はなかったのではないかと。

 三日悩んで、一人で答えが出なかったから少女は自分が一番に信じている男を頼った。無意識に人を誑かす事がどう思われるかよく考えてから、それでもなおと限界だったから。

 

『なるほど』

『私はずっと皆さんの心を操っていたんでしょうか……色々良くしてくれたのも、本心からではなかったんじゃないかって』

『いやぁ……それは、どうかな……』

 

 相談を受け、脳裏に浮かぶのは少女と喧嘩した後にすれ違う能面のような顔を浮かべて何を言うでもなくガン見してくる職員達。確かに少女がそんな能力を巻き散らしていたのならば、人の良いロドスの面々は容易く術中に嵌っていただろう。

 だが少女の懸念は傭兵にとって笑い飛ばせるものでしかない。この数年、少女を誰よりも近くで見てきた――少女が雛鳥のように付いてくるから必然的ともいう――傭兵は確信を持って否定した。

 

『リサ』

『はい』

『ロドスはな、お人好しの集まりなんだ。鉱石病っつー不治の病を治してやろう、差別される患者たちに手を伸ばして誰に何を言われても味方なんだって両手広げて受け入れる奴らの集まりさ』

『……』

『だから別にお前の言う力がなかったとしても、感染しても真面目で泣き言一つ漏らさないで良く笑って泣き腫らす子供たちのケアもして、あまつさえオペレーターになったお前の事を溺愛してたさ』

『本当、ですか?』

『同じ事皆に言ってみろ、怒られるまであるかもな。私たちがどれだけ君を溺愛しているかご存じない!? ってな』

『ふふ、ちょっと想像できるかも、です』

『だろ? だから大丈夫。そんなもんがあってもなくても、リサは十分魅力的だよ』

 

 少し口を滑らせたような気もするが、普段は明朗快活な少女がこれほどまでに落ち込んでいるのだからしょうがない。前を見ていた顔がずっと地面を見ていて、表情を窺い知れないし声の調子も沈み込みすぎていて聞き取りづらい。

 更にこれを放置していると普段は散々言ってくる馬鹿どもが早く解決しろと突いてくるし、嘘を言っている訳じゃないから良いだろう。

 

『お兄さんは……』

『ん?』

『お兄さんは、どうなんですか?』

 

 ふむ、と腕を組んで傭兵は目を瞑る。

 

『あいたっ!』

『人の話を聞かないのはどっちの耳だ? ん~~??』

『ちょ、そんな雑に耳を触らないで……!』

 

 割と強めのゲンコツを一つ、ついで頭頂部の耳をわしゃわしゃと揉みしだき、少し引っ張った。

 

『俺は今も昔も、自分の意思でお前の面倒見てきたんだよ』

『……ごめんなさい』

 

 言葉少なく、けれど微かに込められた憤りの感情を少女は正確に読み取って。その不器用な優しさに心がポカポカと温かくなりながら傭兵に謝った。

 それから少女は然るべき立場の人へ相談へ行って少女の持つ能力が周知されて、それでも扱いは今までと変わる事なく、そうなんだねーと流されて終わった。

 

『いや、あの皆さん軽すぎません?』

『考えてもみろ。今のウチにゃ解析不能の技術を持つ無職や絵の中に人を閉じ込められる引きこもり無職がいるんだぞ、そっちのがよっぽど脅威だ』

 

 少女は納得がいってなさそうだが、ロドスは少女が思うよりずっと強いところなのだ。

 しょうがないので傭兵は他人からの受け売りだがたとえ話をしてやることにした。

 

『だがまあそうだな、例えば他の人から見た俺の魅力が10として』

『100です』

『100としてな、リサの評価は1000なんだよ』

『せ、1000!?』

 

 少女の訂正を間髪入れずに採用した結果、少しスケールは大きくなったがまあ細事だろう。

 

『そこにお前の……例えば魅了の力があったとして、それは俺たちにとって1000を1100にするぐらいなんだ』

『一割くらいですか?』

『そうだ。思い出してみろ、ロドスに来る道中だってそうだし、今も作戦で出る時に感染者ってだけでお前に悪意を向ける奴はいる』

『悲しいですけど、そうですね』

『ロドスでもお前を大切にしてる奴は多いけど、別にそうでもなくフラットな感情の奴もいれば年を重ねた女の方が良いって見向きしない奴もいるだろ?』

 

 まあ要するに、その程度なのだ。誰もかれも惑わす魔性の魅力と言うわけではなく、少女を好ましく思っている存在にとってより愛おしく思わせるようなもの。最初から興味を持っていなかったり嫌悪している相手を無理矢理に振り向かせる程凶悪ではなく、こうして自覚的になったということは制御出来るように訓練する事も始められる。

 

『それがわからない程、ロドスは馬鹿じゃねえのさ。別ベクトルの馬鹿はいっぱいいるけどな』

『あ、あはは……』

 

 

 


 

 

 

 これで終われば美談だったのだが、そうはいかなかったのがこのお話だ。

 

 翌日からだ。食堂のカウンターの向こう側、歴戦のおばちゃん達の中に混じって少女が働いていた。そして自分の頼んだ食事が中々出てこなくなり、覗いてみたら少女が一生懸命に料理を作っていた。

 まあそんなこともあるだろうとスルーし、待たされた分の価値はあると普段より美味しかったことを伝え、

昼と夜に同じことを繰り返して少女を溺愛する職員達に凄まれた。

 更に次の日、作戦から帰艦すると散らかっていた部屋が片付けられ、溜まっていた洗濯物は残らずふかふかになって綺麗に畳まれていた。ひたりと危機感が傭兵の背筋を伝う。ちなみに食堂のご飯は少女が作っていたし、手渡しでお弁当のオマケつきだ。10割善意なので苦言を呈するのもやりづらく、終始微妙な顔で受け取るしか選択肢はなかった。

 

「急にどうしたんだ」

「ふふ、だってお兄さんは私のこと魅力的だって言ってたじゃないですか」

 

 しっかりと覚えていやがったか。傭兵は自分の軽い口を呪いたくなったが出した言葉は引っ込められない。顎に指を添えて妖しげに笑う少女はニッコリと宣言した。

 

「だから、これから本気でいきますね?」

「お、おぉそうか……」

 

 何を本気でするのか、傭兵は恐ろしくて本気で聞くことが出来なかった。

 それからロドスを歩けば少女がどこからともなく横に並ぶし、職員たちはSNSで炎上させようとして失敗を繰り返していよいよ何も言わなくなるし、ドクターからは「あのね、相部屋になりたいって……言ってるんだけどどう思う?」ととんでもない事を言われ、即座に拒否の判子を押さなかったドクターの倫理観を叩きなおすことまでするハメになった。

 

 これは不味いと距離を取るようにして隠密行動を心がけても少女は見つけてくるし、あまりにも簡単に見つかるのでダメ元で聞いてみれば、端末をひらひらさせて「皆さんが教えてくれました」とまで言う始末。

 少女に贔屓にされただけで恨めしそうに見ていた職員達が一転して少女に協力している事実に戦慄したが、もう傭兵に出来る事はなくなっていた。

 

「陳情がね、来ててね」

 

 ドクターの苦虫を噛み潰したような声色はこの先ずっと覚えていられるだろうなと他人事のようにドクターの声を聴く。

 

「君の隣の部屋へ引っ越しさせてあげるくらいはいいんじゃないかって皆が言うんだ」

「……本っ当にすみませんドクター」

「私は別にいいんだけどね。ま、昔みたいに年端もいかないって訳じゃないんだから向き合うべきじゃないかな?」

「………………」

 

 ドクターの言う事は御尤もだ。傭兵とてそれが一番正しい事なのだと理解しているのだが……まあなんというか、傭兵は意気地になっているのだ。清々しい程の攻めっ気を発揮している少女に、数年続く防衛線の終わりどころを見失っただけというか。

 なんだったら、それを感じ取って周囲の職員達を取り込んだまでしているのがあの少女だ。昔からの癖が抜けずに皆をお兄さんお姉さんと呼んでいる事すら計算しているのではと疑う程に強かに成長した。

 

「まあそういうわけで、スズランとはしっかり話し合うように」

「はい……」

 

 ドクターの部屋から離れ、自室に戻れば当たり前のようにいる渦中の少女。

 食事を作っただけでそのまま帰らせるのはよくないからと食器を買い足して、こっそりとソファーや椅子を大きめの物に買い替え、尻尾を手入れするための道具を置き始め、そんな変化を少女は当たり前のように享受する。

 いやこれ篭絡されているのでは? 傭兵は片隅に過った思考をすぐにポイ捨てした。

 

「あ、お兄さん! ご飯、出来てますよ!」

「確かに美味そうな匂いすんなあ……」

「今日はフォリニックお姉さんが持たせてくれたお肉を使ったご飯ですよ!」

 

 それを聞いて、あのフォリニックさんがなあと傭兵は苦笑いを浮かべる。過去の言葉を借りるならば可愛い可愛い少女についた悪い虫、というのが件の医療オペレーターからの傭兵に対する評価で、事あるごとに噛みついてきたはずなのに今ではこのザマだ。

 

「ふふ、憎まれ口は相変わらずですよ。けど前ほどお兄さんを目の敵にはしてないです」

「……それはそれで困るな」

「困るんですか? 本当に?」

「その言い方はずるくないかリサ」

「素直じゃない大人にはこうした方がいいって職員さんが」

 

 会話しながらもテーブルに食事を並べていく少女の動きは淀みがない。丁寧に配膳を終え、傭兵が座れば対面ではなくごく自然に隣へ座る。それが当たり前だから、傭兵は何も言わない。

 同時に手を合わせて極東式の挨拶を。食材へ「いただきます」と感謝を捧げて口へと運ぶ。少女の手料理は初めて食べてから一度も不味かった事はなく、月日を重ねるごとに上手くなっていく料理が今では必要不可欠になっていた。好みの味付けもしっかり把握されていて、困難な作戦を終えた時に真っ先に考えるのが今日は好物が出るかどうかなのだからどれだけ胃袋を握られているのか察せられるだろう。

 

「ねえお兄さん、どうですか? 私、大人の女性になれてます?」

 

 とっくになっているのだが、それを言うと全てが終わるので口を噤んでご飯を食べるしかない傭兵。

 少女はそんな傭兵を見て、満足そうに箸を進めるのだった。

 

 

 

 

 




悪い子スズランちゃんを書きたかったけど上手くいかなかったなどと申しており

感想と評価ありがとうございます!
いつも貰うたびにニヤニヤしているのでこれからも頂けると嬉しいです。私はエサを待つ金魚のように口をパクパクさせて待ってますので

大陸版で実装されているがこっちでは未実装のオペレーターを出したくなったのでオペレーターのネタバレ上等で出しても良いですか?

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