正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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オワリ

 ──“新世界”、とある島。

 

「クソ……!! 強ェ……!!」

 

「敗北者だって話じゃねェのかよ……!! あの戦争で傘下も隊長も……殆ど死んだって聞いたぞ……!!」

 

 激しい戦闘の跡を残すその島の港で、その跡となった海賊達が口々に悪態をつく。

 今の新世界は乱世だ。“四皇”という圧倒的な怪物勢力がいるものの、幾つもの島で幾つもの国や有力な海賊が倒れ、勢力図が日に日に塗り替わっている。

 暴力を賛美し、成り上がろうとする海賊達にとって今の新世界はまさに“楽園”だ。上手くいけば自らのナワバリを持ち、この負け組だらけの世の中でうまい汁が幾らでも吸える。弱者を虐げ、自分達の欲を叶えることが出来る。

 この島を支配していた海賊も同じだった。ある大海賊が倒れ、守る者がいなくなったその島を彼らは支配し、今日まで好き勝手していた。

 だがその日、やってきた海賊達はその死んだ大海賊と同じ旗を掲げて島を支配する海賊達を一方的に蹴散らし、島を救ってみせた。

 地面が焼け焦げ、火傷に苦しむ海賊達が多く縛り付けられる中、新たにこの島に旗を掲げられるかどうか、かつてこの島を守っていた海賊達は島民と話をする。島民の代表らしき杖を突いた老人は彼らに頭を下げた。

 

「それは願ってもない話。是非とも、よろしくお願いしたい……!!」

 

「……ああ。だが……こちらから頼んでおいて何だが、いいのか? おれ達は……今まで、島を守れなかった。謂わば契約不履行をしたんだ。旗の威信もオヤジが生きていた頃と比べてある訳じゃない」

 

 目元にマスクをした交渉役の青年は複雑な、申し訳なさそうな表情で老人に告げる。自分達を信用していいのか? と。

 何しろ彼らはかつて、この島を領海(シマ)の1つとしながらも島を海賊達から守れなかった。

 海賊ならその島をナワバリにして様々な形でアガリを貰う代わりに、その島を他の海賊達や無法者から守るものである。そうでない海賊もいるが、少なくとも彼らのかつての船長はその“仁義”を何よりも大事にし、ナワバリに手を出す者を決して許しはしなかった。

 たった半年前まで、その契約は守られ、それまで島は平和そのものだった──が、それはあの“頂上戦争”で船長が死んだことで全てが崩れ去った。

 島民は仁義を知らない暴力のみを信奉する海賊達によって支配され、様々な痛みと苦しみを味わった。たった半年だが、されど半年。味わった苦痛は時間の問題ではない。決して消えない傷を海賊達は残した。

 そして海賊から再び島を取り戻したとはいえ、その要因となった彼らを島民が受け入れてやる義理はない。当然だ。守って当然のこと。約束を破ったのは相手であり、自分達は突如として裏切られたのだ。それを理解しているがゆえに、青年は受け入れる島民に対して問いかける。

 だが島民の代表である老人は過去を懐かしむようにその理由を語った。復興に勤しむ島民達や、ボロボロのぬいぐるみやおもちゃを抱える少女、子供達を見ながら、

 

「……昔……あの方が島に訪れた時……この島はちょうど旱害に見舞われてしまい、その時納める筈だった農作物が全く足りず、それどころか冬を越すことも出来るかすらわからない状態でした」

 

 老人は語る。この島は農業が盛んな島であり、採れた野菜や果物、米などを納めることで島を守ってもらっていたと。この島の農作物を亡くなったその人が気に入っていた。それは青年達も知るところである。

 だがある年、酷い旱害で農作物が採れない凶作の年となった。その時に彼は島を訪れた。

 

「旗を返却しなければならないかもしれない。そう悲観しながらも、私達は必死に事情を打ち明けた。……だけどあの方は怒ることも旗を返すことも求めなかった。ただ笑って“来年は頼むぞ。おれはこの島で採れる食いもんが好きなんだ”……と、そう言って私達に冬を越すための蓄えを施してくれた」

 

「…………」

 

 老人は言外に言う。その時の蓄えが無ければ、死人が大勢出ていただろうと。

 海賊なのに懐が大きく、理解があった。アガリを納められなかったくらいで島を見捨てなかった。自分の好きな島だからと。

 

「確かに、あなた方は契約を守れなかったのかもしれない。戦争で負けて不況に陥ったのもあなた方の勝手な事情です。──でも、同じ様に私達が先に破った時、あなた方はそれを許して……()()信じてくれた」

 

 だから言うのだ。老人は頭を下げ、改めてお願いする。

 

「どうかよろしく頼みます。私達はあの人に……あなた方に、返しきれないほどの恩がある。あなた方が好きなんです。だから、今は大変でしょうが……どうか、私達の島を守ってください」

 

「……ああ……必ず、約束する。また船長と一緒に挨拶に向かわせてもらうよ。今の話を聞けば()()()も、必ず誓ってくれる」

 

「──お待ちしております」

 

 青年は息を呑み、真っ直ぐに相手の目を見て頷いた。自分より倍以上の年齢を重ねる老人が頭を下げたのを見て、思う。──やはり、先人が残してきた生き様はあまりにも大きい、と。

 

「……同じシンボルを背負うと決めた時から分かってたが……大変な道を選んじまったな……」

 

「…………ああ。これじゃ乗り越えるのに……いや、同じ高みに昇るまでどれだけ掛かるか……わからねェな」

 

 船に戻り、その話を船尾にいた船長に伝えたところで青年が思ったことと同じ答えが返ってくる。船長である男、青年と同じくらいの年ごろ。そばかすが特徴的なその青年は肩にかかったコートの重みに思わず苦笑した。船長になってから、オヤジと慕った男の凄さを改めて知った。既に知っていると思っていたが、そんなことはない。自分が船長になってみて初めてその本当の偉大さがわかる。

 いや、本当はまだわかっていないのかもしれない。少なくとも──同じ域に立つまでは。

 

「──今はそれでいいよい」

 

「! マルコ……戻ったのか」

 

「ああ。とりあえず、付近に残党はいねェ。この島は完全に解放された」

 

 その時、ふわりと空から1人の男が降り立つ。

 青い炎を纏わせた翼で空を飛ぶその男は船尾に立ち、海を眺める船長に向かって言った。今は、彼の背中を押す言葉を。

 

「立ち止まらなきゃ……それでいい。足りねェところはおれ達が支えてやるよい。オヤジだって最初から何もかも完璧って訳じゃなかった」

 

「……ああ、わかってる。立ち止まってる暇なんてないってことはな……今は、がむしゃらにでも前に進むさ」

 

「ならいいよい──船長」

 

 微笑を浮かべ、名前ではなく一団の長としての役職でマルコという男は彼を呼ぶ。何十年とこの船で偉大なる海賊の右腕として活動してきたマルコは二回り近く違う年下の青年を支えると誓っていた。他の残っていた船員も、そして元々青年の仲間だった者達も同じだ。

 その肩が赤い炎となって揺らめき、青年は彼らの方を向かずに言う。どこか変な予感がして、胸がざわついた。それに気づいたのは元々の仲間であった覆面の男だ。

 

「……? おい、どうした?」

 

「…………いや、何でもない。それじゃ行くか。おれも挨拶をしときてェ」

 

「? ああ……ならこっちだ」

 

「……?」

 

 船長である青年が若干おかしな反応を見せたことに青年もマルコという男も頭に疑問符を浮かべるが、本当に大したことないようなのでそれ以上は気に留めない。青年についていき、船を降りる。

 そうして港を行きながら、彼はふと小さく呟いた。そんな彼と彼が率いる海賊団の名前は──

 

『白ひげ海賊団二代目船長“火拳のエース” 懸賞金11億ベリー』

 

「……()()()()に会うまでに……もう少し“高み”に昇らねェとな」

 

 かつての“四皇”の1つに数えられた……白ひげ海賊団。

 船長“白ひげ”エドワード・ニューゲートが亡くなって約半年以上。彼らもまた新たな舵を切り、荒れ狂う海へ漕ぎ出していた。

 

 

 

 

 

 世界で今、最も安全で平和な国がある。

 その国は偉大かつ凶悪な女王が治める夢とお菓子の国であり、新世界にありながらも海賊の被害を殆ど受けず、1年前と変わらない生活を送っている。

 

「奥さん聞いた? 今城に百獣海賊団のご令嬢が来てるってさ!!」

 

「おや、ってことは新婚旅行かい? 確か色んな島を回ってるらしいからねぇ」

 

「めでたいことさ。百獣海賊団は凶悪だって噂だけどこの国とは同盟関係だからねぇ……」

 

 甘い砂糖の雨を傘で防ぎながら、国民は噂話をする。最近の話の種はもっぱら世界中のあらゆる戦いや血生臭い事件のことよりも、島を治める大臣の婚姻やら新婚旅行。相手の家との関係がどうだのという……もっぱらゴシップである。

 海賊の治める国であり、平和を享受する人々にとって、世界政府に加盟していた遠い国々の荒れている話などは遠い世界の話。彼らにとっては広い国内とその同盟相手だけで関心の対象は十分であり、関心の深い者でも精々新世界で敵対する四皇やら他の海賊のことを知るのみである。

 時代が変わり、“暴力の世界”となってもそれを実感出来ない平和な国の住民は、かつてと同じように自分達に飛び火しないように祈るのみであり、それを島を治める大臣達──国を治める海賊団の幹部達に感謝して託すのみである。彼らの代償はほんの僅か。

 

 ──ゆえに、“四皇”ビッグマム海賊団が治める“万国(トットランド)”は今、世界で最も幸福な国であった。

 

 住民は何にも脅かされない。脅かされるとしたら、それは絶対的な女王の癇癪によるもののみ。

 そして四皇の支配下、海賊のナワバリでありながら、平和そのものである国を見て驚く者は少なくない。

 

「すごい……この島も平和だ……!!」

 

 そしてここにも──窓から平和な町並みを、人らしい生活を送って笑い合っている人々を見て驚く者がいた。

 万国(トットランド)の首都。ビッグマム海賊団の本拠地である“ホールケーキ(アイランド)”。その中央にそびえ立つ巨大な“ホールケーキ(シャトー)”。その部屋の一室の窓に顔を押し付け、眼下にある街を行き交う人々を見るのは、3メートル近い長身の美女でありながら、どこか子供っぽい成長しきっていない雰囲気を纏うワノ国の衣装を身に着けた客人。特徴的な二本の角を生やしたその女性は自分の常識とは違う島の様子を見て驚くしかない。

 

「“四皇”の……海賊の支配下なのに……もしかして、ウチだけが特殊だったのか……!?」

 

「…………別に、そういう訳じゃない。海賊のナワバリはどこも本質は同じだ。カタギを暴力と恐怖を背景に支配し、アガリを納めさせる。お前のところは締め付けが厳しいだけ。ウチはビジネス寄りで、契約を守るなら約束は守ってやってるだけだ。万国(トットランド)の国民は全員、その契約を了承しているからウチのナワバリに住むことが出来る……ママの夢があるからな」

 

「! ママの夢?」

 

 呟いた疑問に背後から答えが来る。低い男の声であり、その男は長身な女よりも大きい──身長5メートル強の身体を持ち、鍛え上げられた肉体が身体に現れている口元を隠した巨漢の男性だ。男はその身体のサイズに合ったソファに長い足を組んで座り、全く気を抜いていない様子で驚く女に対して母親の夢について口にする。すなわち──この国を治める大海賊“ビッグ・マム”ことシャーロット・リンリンの野望のことだ。

 

「……ママの夢は世界中の全ての種族と“家族”となり、平等な目線で食卓を囲める……そんな夢の国を作ることだ」

 

「素晴らしい夢じゃないか!! だったらなんで父達と同盟なんか……」

 

「──“世界を暴力と恐怖で支配する”という目的は同じだ。ラフテルを目指していて“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を手に入れ、海賊王になるため、戦力が必要だと判断した。それがお前達……百獣海賊団とビッグマム海賊団が同盟を組んだ理由。結婚も、そのための政略結婚に過ぎない」

 

「……!」

 

 そしてそれを聞いた女は顔をしかめる。──もしかしたら、この海賊団は話がわかる良い海賊なのかと思ったが、そうではない。彼らもまた父達と同じ“獣”なのだと。

 そんな彼女に対し、男は海賊に良いも悪いもないと現実を教えた。寡黙だが、少なからず会話が成立するのは男が女に諦めてもらうためだ。

 

「ママは血縁以外を信用しない。だから──諦めろ。脱走未遂をまた犯されてはおれもストレスだ」

 

「っ……そっちも結婚は嫌だったんじゃないのか?」

 

「……ああ。だが、ママの決定は覆らない。結婚することが嫌なら逃げるか諦めるかだが、おれは逃げるつもりはない」

 

 そう、男は責任ある立場だった。だから逃げることを諦めて納得するしかない。

 万国(トットランド)を構成する島の1つ、コムギ島の粉大臣であり猛者が集うビッグマム海賊団、シャーロット家の最高傑作。“スイート4将星”最強の男である彼は、百獣海賊団の総督の娘、自身の妻である相手に自分の意志を伝える。

 

『ビッグマム海賊団“スイート4将星”(シャーロット家次男) シャーロット・カタクリ 懸賞金13億5700万ベリー』

 

「そしてお前を逃がすつもりもない。お前を逃せばビッグマム海賊団の恥になり、百獣海賊団との同盟にも亀裂が入る。それを見過ごす訳にはいかない……わかったな? ──()()()

 

『カイドウの娘(自称光月おでん)カタクリの妻 ヤマト』

 

「く……!! 結局、君達も父達と同じか……僕は光月おでんで男になったのに……男と結婚させるなんて馬鹿げてる!!」

 

「……お前の頭のおかしい言動はもうたくさんだ。この数ヶ月、脱走と頭のおかしい言動を繰り返しているお前と一緒にいることを義務付けられているおれの身にもなれ」

 

 自身の妻であるヤマトが大真面目にイカレた言動をしているのを見てカタクリは軽く頭に手をやる──頭を抱えるしかない。

 数ヶ月前に百獣海賊団との同盟強化の話が出て、結婚相手に自分が選ばれた。揉めた兄弟達を見てママがそれを決定した。そうなればカタクリには否応もない。諦めてビッグマム海賊団と家族、民達のためだと自分を納得させ、結婚した。

 だが相手のヤマトはカイドウの娘だが、自分のことを息子だと言い張り、光月おでんという侍になったのだと言いはる頭のおかしい箱入り娘であり、おまけに結婚に抵抗して何度も脱走を試みようとするなど……控えめに言って少し……いや、かなりストレスな生活を送っていた。やるべきことも、3時の“おやつの時間(メリエンダ)”も満足に取れない。中々に耐え難いものだ。

 

「くそ……結婚相手がこんなに強いなんて計算外だった。弱い相手なら2人になりたいとでも口実を作れば幾らでも逃げられたのに……!!」

 

「それはこっちのセリフだ。お前が弱ければこんなにおれが労力を割く必要もなかった」

 

 カタクリは逃げるヤマトを捕まえるために、新婚旅行の最中に何度か戦っており、ヤマトの強さを知っている。将星最強である自分には敵わないが、それでも雑兵に任せられるほど弱くもなく、取り押さえるのは多少面倒だった。

 今となってはカタクリが近くにいるときに逃げるのは無理だと悟り、ヤマトも大人しいが、任せられる見張りがいなければ何か行動を起こしかねないのでカタクリがやはり近くにいるしかない。結局このホールケーキ島に来るまで気を抜くことも出来なかった。

 もっとも──少し前まではヤマトの護衛と見張り役もいたのだが、今は用事で抜けてしまっている。ヤマトとしてはそれはありがたいが、それでもカタクリの厄介さは変わらないし、シャーロット家の兄妹は皆、曲者だらけだ。ここに来るまでにも何人と会ってきたし、ずっとつけてきている者もいる──()()部屋の入り口から、無音の何かがヤマトを襲った。

 

「! おいやめろフランペ!! いつまで僕を狙うつもりだ!? やるなら相手になるぞ!!」

 

「う!? キャ──!? またバレた!! カタクリお兄たま助けて!!」

 

「…………」

 

 部屋の入り口から飛んできた音のない吹き矢を躱し、ヤマトはそれを見舞った少女を睨む。身体を膨らませたガムのようにしてぷかぷかと浮かび、ガムを口に含むその少女はシャーロット家の36女──シャーロット・フランペだ。

 カタクリに執心しているその少女はその結婚相手であるヤマトを執拗に狙い続け、その度に見抜かれてはカタクリの背後に回って助けを求める……が、当のカタクリは溜息を吐いて呆れていた。カタクリはヤマトだけでなくフランペにも改めて言う。これは不可避のものだと。

 

「……フランペ。お前もヤマトも、いい加減に諦めろ。これはママの決定。ビッグマム海賊団と百獣海賊団、双方が利益を得るために必要なことだ」

 

「え~~~!! イヤ~~~!! 他の人が結婚すれば良かったのに~~~!! しかも相手はこんな箱入りゴリラ女だし~~~!!」

 

「……!! 僕だって……別に好きで結婚した訳じゃない!! 断れるなら断っていたさ!! だが妹が……」

 

「ん、妹?」

 

「…………」

 

 フランペがぶーぶーと文句を言うが、それに対してヤマトは妹という言葉を出してどこか複雑そうな表情を浮かべた。フランペが頭に疑問符を浮かべるが、カタクリは無言だ。妹という単語に何か思うところがあるのか、しかしそれを口に出すことはない。

 そしてヤマトもそこから先の二の句は継げなかった。代わりに、部屋の外から別の者がやってきて会話に入ってくる。

 

「──そうね。これは両海賊団にとって必要なことよ」

 

「!! ──ジョーカー……!! もう戻ってきたのか……!!」

 

「……遅い。おかげで気の休まる時間がなかった」

 

「あら、それはごめんなさい♡ 夫婦水入らずでいられるように気を使ったつもりなのだけれど……その分だと仲はあまり進展しなかったかしら」

 

 部屋の外からカツカツとヒールの音を響かせて入ってきたのは微かに透けて見える赤い布で目元を隠している美女。ドレスを身にまとった彼女は百獣海賊団の大看板。幾つかの仕事のついでにヤマトのお目付け役の任を受けていたジョーカーだった。その相手にヤマトは再び眉を立て、カタクリは小言を1つ口に出す。ジョーカーは謝ったが悪びれる様子はない。薄い笑みを浮かべて持っていた日傘を地面にカツンと立てる。そうして会話の続きを口にした。

 

「せっかく結婚したのだから互いに仲良くした方がお得だと思うけど。こちらとしても大切なお嬢様が新婚早々、夫と上手くいっていないのは見ていられないわ」

 

「結婚はあくまで政略結婚だ。必要以上に仲良くする必要はない」

 

「あら、そちらから言い出したことなのに薄情ね。こちらは同盟さえ組めばそれで良かったのに……“ビッグ・マム”が言うから結婚の話を通したのよ? 渋るカイドウさんをせっかく説得したのだから少しは喜んでほしいわね」

 

「……だったら少しは教育しておけ。脱走と頭のおかしい言動を繰り返さないようにな」

 

「フフ、それはごめんなさい。“ビッグ・マム”がカイドウさんの子供を指名するものだから選択肢が2つしかなくて。どちらもお転婆なのよ」

 

「くっ……つくづく理解不能だ……!! 結婚などしなくても父とビッグ・マムは仲が良いんだからそれで良いだろう……!!」

 

 ジョーカーとカタクリが軽い言葉の応酬を行い、ヤマトが表情を歪めてそこに文句を挟む。結婚すれば血の結びつきが出来て同盟が強化されるというのは理屈では理解出来るが……そもそも同盟が続く保証などない。結婚などしても父達には全くの無意味だとヤマトは知っているため、結婚を決めたビッグ・マムの意図が読めなかったし、ジョーカーから返ってきた答えはヤマトの求めるものとは違った。──もっとも別の驚きはあったが。

 

「フフフ……“ビッグ・マム”は色んな人種と家族になりたいのよ。だから角の生えた人間でも欲しかったんじゃないかしら♡」

 

「それくらいどこにでもいるだろう!! なんで僕なんだ!!?」

 

「さァ……でも確かに、少し意外だったのは確かね。昔はぬえさんにも話はあったけど……今ならそれこそキングでも要求してくるかと思っていたわ。万国(トットランド)にいない珍しい種族なのだし……それなら相手はシャーロット家の女性の誰かに──」

 

「──どうでもいい。それより、何か報告でもあるんじゃないのか?」

 

「貴方の部下のような言い方はやめてほしいけれど、そうね。一応用件はあるわ。──ただし、貴方じゃなくてヤマトお嬢様にだけど」

 

「僕に?」

 

「ええ。だから貴方達は少し席を外してくれる?」

 

「……ああ、わかった。──行くぞ、フランペ」

 

「はいカタクリお兄たま♡ ──べ~~~っ!! ヤマト、貴方はいずれ私が亡き者にしてあげるわ!! さ、行くわよ下僕達!!」

 

「は、はいっ!! お供致しますフランペ様!!」

 

「つ、付いていきます!!」

 

「……?」

 

 ジョーカーが用件をヤマトに伝えるため、カタクリ達を部屋の外に出ていくように促す。ここはシャーロット家の城だが、彼らは客人であり、ヤマトに至ってはもはや家族だ。一応。そう言われれば出ていくしかないし、なんならカタクリはやっと離れられると内心喜んでいた。フランペの方はいつも通り、カタクリにだけは良い返事をし、ヤマトには殺害予告をして部下達と一緒に部屋を退出した。

 その時、フランペの後ろにつくビッグマム海賊団の雑用と思われる下僕2人に、ヤマトは若干の違和感を覚えたが……しかしはっきりと言葉に出来るほどのものではない。少し目を向けただけでスルーした。──額に傷のある桃色の髪の青年と金髪にサングラスの青年だったが、ヤマトには見覚えはなかった。

 

「さて……一応の人払いは済ませたところで、報告を済ませましょうか」

 

「……報告と言っても事後報告だろう。別に僕に何か決定権があるワケでもない……新鬼ヶ島の将軍になったと言っても実権は何もない飾りじゃないか!!」

 

「フフフフ……!! 貴方がもう少し私達に協力的になってくれればそうはならないと思うけれど……でもまあ今回のは事後報告だけれど、事件の報告よ」

 

「……事件?」

 

 ええ、とジョーカーは頷いた。ヤマトには心当たりがないが、ジョーカーが僅かに笑みを消したところでその驚くべき報告を聞いた。

 

「……予定よりかなり早いけれど…………生まれたわ。貴方の妹の……ムサシお嬢様の子が」

 

「…………えっ!!?」

 

 

 

 

 

 ──新世界“スプリント島”

 

 島全体が特殊な鉱物で出来ており、そこに生える植物やそれを食べる生き物も何もかもが硬いその島で、修行を行う6人の獣がいた。

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

「ブオオオオ~~~~~~~~ン!!!!」

 

 島の大部分は密林。自然溢れるジャングルであり、そこには様々な動植物……生命の宝庫だ。

 無人島ではあるが適切なサバイバル知識と技術があれば生きるには困らない。多少、木々や果実が硬くても調理すれば多少は柔らかくなるし、覇気を用いれば壊すことは不可能ではない。この島に修行にやってきた6人にとっては容易ではないものの、それが修行になる。

 既に修行開始から一週間は経ち、生活の基盤が整ったところで──しかし、その6人、飛び六胞の1人である小紫は獣型となってジャングルを駆けていた。背後には、硬い筈の木々を容易になぎ倒す巨大な動物の咆哮が聞こえる。彼女は逃げていたが、ただ逃げている訳でもなかった。

 

「!!」

 

「……! 掛かった……!!」

 

「ブオ!!?」

 

 小紫はとある一帯。ジャングルの中でも少し拓けた盆地に巨大な動物──象にも似た硬い皮膚を持つ獣を誘い込むと、獣は足元に違和感を感じて唸り声を上げる。それを見て、木々の中に潜んでいた女が笑みを浮かべた。

 

「ウフフ……残念♡ そこは“私の糸(ハードガム)”の罠よ」

 

「ブ……オオオオ~~~~ン!!!」

 

 足元をクモに変形させ、手から糸を垂らして微笑むのは飛び六胞の1人、ブラックマリア。動物(ゾオン)系古代種のクモクモの実の能力者である彼女は糸を張り巡らせて罠を張り、小紫を囮にして獣を誘い込んだ。その糸の粘着力は普通のクモよりも強い。普通のクモですらその粘着力は自然界で屈指のもの。どれだけ大きくて屈強な生物も抜けられる道理はない。

 

「無駄よ。こうなったら後は嬲り殺しにするだけ。よくも私達の家を壊してくれたわね……!!」

 

「ブ──オオオオオオオ!!!」

 

「!!? なっ……!!」

 

「地面ごと足を持ち上げて……!?」

 

 ──だがしかし、獣は足元の大地を無理矢理、力で持ち上げて砕いた。

 即席の岩の靴でなおも獣は前進してくる。ブラックマリアと小紫が驚いた。多少機動力は削いだとはいえ、無力化には程遠い。

 

「チッ……予定とは違うが……行くぞ姉貴!!」

 

「キャ──♡ 頑張れぺーたん!!」

 

「てめェもやるんだよ!!! さっき話したろ!?」

 

()()()~~~!!?」

 

 そして次に動いたのは同じく林に隠れていた飛び六胞の姉弟、うるティとページワン。彼らもまたその能力であるリュウリュウの実の古代種、恐竜の力を解放して獣に襲いかかる。どちらも人獣型となり、獣に肉薄した。どちらも同時に打撃を加える。

 

「オラァ!! 死にさらせ!! 今日の夕飯になってもらうぜ!!!」

 

「踏み荒らされた畑の恨み、ここで晴らしてやる!!!」

 

「ブオ……!!!」

 

 覇気を用いたページワンの拳とうるティの頭突きが獣の横腹に直撃する。獣は僅かに苦しそうな唸り声を上げたが、それでも倒れるには至らない。長い鼻を用いて反撃してくる。

 

「お前はこの島の獣の中でも相当硬い方みてェだが……おれも硬さには自信があるぜ……!!!」

 

「ブ、オ……!!!」

 

 だがそこに飛び込んできた新たな恐竜は象の鼻を受け止め、正面から力比べを行った。飛び六胞の1人、ササキであり、トリケラトプスの能力を既に解放している。獣型となって獣の鼻と牙と鍔迫り合いを行った。そこでようやく動きが止まる。

 

「そのまま押さえてろ……お前ら……!!!」

 

 そして今度の獣には瞬発力、俊敏性もあった。巨大なネコ科の絶滅動物。サーベルタイガーとなって獣に飛びかかるのは飛び六胞の最後の1人、フーズ・フー。

 

「てめェは飼いならすことは難しそうだからな……ここで噛みちぎって殺してやる……!!!」

 

「ブオオオ~~~~……!!!」

 

 フーズ・フーが長い牙を獣に突き立て、獣を殺そうとする──が、あまり深くは刺さらない。

 牙には覇気を纏っていたが、まだ彼らの武装色の覇気は高レベルのそれに達していない。

 ゆえに他の者達の攻撃もその獣の体皮を完全に砕くことは叶わないが……それでも彼らの実力は元々高い。覇気を用いて自分達の力で攻撃すれば少しずつでも獣に傷を与えることが出来る。

 時に獣の姿となり、人の姿となり、人獣合わさった姿となり、狩りを行う彼らのコンビネーションはそれほど良くもないが、最低限の協力体制は取れている。動物(ゾオン)系の能力者であり、獣の特性を持ち、普段はそれぞれ部下を指揮している身だ。集団戦のいろはも理解していた。

 逆に攻撃を食らうこともあるが、彼らのタフさは百獣海賊団でもトップ10に入る、新世界でも上から数えた方が早いスタミナを持っている。簡単にやられるような奴はこの場にはいない。たった一体であれば倒すことも難しくはなかったが、

 

「ギャオオオオ~~~~!!!」

 

「!!? おい、2体目来てんぞ!!?」

 

「グ……!! このクソ獣が……!!」

 

「こっちのは速ェぞ!!?」

 

「うっとうしいでごんすね!!」

 

 ──しかしここは大量の獣が住まう無人のジャングル。人間を淘汰するほどの獣はたった一体では済まない。2体目の獣は木々を足場にして駆け、素早くフーズ・フーに飛びかかる。こちらも鋭い牙を持つ虎を思わせる獣だった。飛び六胞はこれで2体の獣を同時に相手にすることになる。

 だがその獣同士とて味方ではない。ルール無用のジャングルでは強い者だけが生き残る。負ければ死ぬしかないし、縄張りを荒らされれば自分が飢える。だから戦うしかない。

 飛び六胞もまた自分達の縄張りを獣達にわからせるため、縄張りを持つ屈強な獣を屈服させなければならなかった。

 

「ハァ……手こずらせてくれたねェ……」

 

「やっと倒したぜ……!!」

 

「よし……他の獣が来ないうちに持ってかえるぞ。血抜きして剥ぎ取ってその全身を余すことなくおれ達の糧にしてやる……!!」

 

「そうだな……おい、小紫。お前が運べ」

 

「ハァ……ハァ……わかりました……」

 

「帰って食事でごんす!!」

 

 そして獣を倒せば、それを持ち帰って糧とする。戦いも糧だが、獣は食料にもなれば何かの素材にもなり得る。日々を生きるためにもこういった狩りもまた必要な修行だった。

 拠点近くに戻れば気は多少抜ける。また凶暴な獣が襲いかかってくる可能性もあるが、それもまた修行だ。襲撃を察知してまた殺せばいい。強くなるためにはそれも悪くはないのだ。

 

「……そういや……聞いたか? あのムサシのガキが生まれたらしい」

 

「え!? そうなんでごんすか!!?」

 

「ああ、部下にシノギの指示を出してる時に聞いたな……」

 

「あのムサシの子供……なんかイヤな予感がするねェ」

 

「名前はオワリって言うらしいな」

 

 そしてそんな中、飛び六胞もふと何かの会話を行うことがある。人が6人しかいない島──海の家には監視と連絡用の部下がいるが、それ以外には誰もいない島では退屈もする。世間話は珍しいことではない。今日の話題はつい先日に生まれたばかりのムサシの子供についてと、それで起きうる影響についてだ。

 

「また何か問題が起こらなきゃいいがな……」

 

「喧嘩が起きたらこの島に来るでごんすか?」

 

「おい、縁起でもねェことを言うんじゃねェよ姉貴!!」

 

「喧嘩が起きたらまたこの島の中心に穴が空きそうじゃないかい?」

 

「……()()()の規模だと次は島が割れるんじゃねェか……?」

 

 そしてやはり起きうる影響の中で最も彼らが恐れるのは何かの拍子で起きるカイドウとぬえの喧嘩だ。百獣海賊団ではたまに起きる災害のようなもので、その度に避難を行う。ナワバリが犠牲になったのも一度や二度ではない。

 このスプリント島はカイドウとぬえの喧嘩に最適な島であり、もし喧嘩になればここに来ることもあるだろう。島は壊れないとは言うが、この島に来て見つけてしまった島の中心にある巨大な穴──山があったと思われるその場所を見ると到底信じられない。巻き込まれたらどこだろうと余裕で死ねそうだ。

 孫のことでそれが連鎖的に起こらないかと飛び六胞は危惧していた。……だが、その中でも小紫だけは全く別の思いを抱えている。

 

「ムサシの子供……ですか……」

 

 誰にも聞こえない程度の声で呟く。仇の子供の子供のことを。そして思った。

 

 ──罪のない子供であろうと、復讐を妨げるものにはならない。必要であれば、()()も手にかける。それくらいの覚悟が必要だと。

 

「よし……まずはこの獣達の肉を調理するぞ……!!」

 

「!? おい、さっきの獣騒ぎでまな板がなくなってるぞ!! すぐにまな板を作れ!! ブラックマリア!!」

 

「それは大変だね……でも先に壊れた家を修復しないと……」

 

「それならこの壊れた家の板を使おうぜ!! ちょうどよく奇跡的にまな板の形になってやがる!!」

 

「さすがぺーたん!! これで調理の問題も解決でごんす!!」

 

「……まな板1つで大袈裟な……」

 

「あァ~~!!? てめェ小紫!! まな板をバカにしてんじゃねェよウルトラバカ野郎!!」

 

「まな板をバカにするとは……飛び六胞の面汚しが」

 

「──小紫。てめェはまな板のスゴさを全然わかっていない。まな板は料理人にとって、剣士における刀にも等しい。衛生管理のために必要不可欠な存在であり、ワノ国では板前の語源ともなる調理道具として非常に重要な存在だ。当然、おれも自前の物を常に持ち歩いている……」

 

「!!?(キング!? なぜいきなりここに……!?)」

 

 ……だが、前途は多難だ。修行は厳しく、小紫はまた今日もジャングルで得た素材で鍛冶をしながら飛び六胞やいつの間にか拠点にやってきたキングに小言を言われ続けた。

 

 

 

 

 

 ──“新鬼ヶ島”。

 

 新世界に覇を唱える巨大な海賊帝国の中心。海賊達の楽園となったその要塞の如き島はざわついていた。

 元々は花の都と呼ばれ、オロチに利益をもたらす裕福な住民達の街は今や“地獄街”と呼ばれた新鬼ヶ島の都となり、海賊達が毎日酒を飲み、奴隷を働かせ、遊女で遊ぶ夜の街となっている。

 

「ぎゃははは!! すげェなこの国は!!」

 

「ああ、兄弟!! 百獣海賊団に入って正解だったぜ!!」

 

「おお、この海賊団で手柄を立てて一緒に成り上がってやろうぜ!!」

 

 街では半年前より更に増えた百獣海賊団の構成員──下っ端達が肩を組みながら酒を浴びるように飲み、自分達の幸運に感謝し、野望を口にする。新入りのウェイターズは人造悪魔の実“SMILE”を食べる機会を待ち、それに勝ってギフターズになることを夢見る。負ければプレジャーズだが、それでもまだ勝ち組であることには違いない。

 

「……新入り共は呑気だな……」

 

「ああ。そりゃめでてェことだがよ。何が起きるか分からねェぜ? 実際」

 

「些細なことで喧嘩になるからね……特に家族問題なら尚更……」

 

 そしてギフターズや能力者、あるいはそれ以外でも、実力者と認められた幹部“真打ち”達は祝い事の酒を飲みながらも城の中で不安を募らせる。

 長く百獣海賊団にいるほど、今が瀬戸際であることがわかるのだ。

 

「次の“金色神楽”……“百獣杯”まで何も起きなきゃいいけどな……」

 

「巻き込まれたら昇格争いどころじゃねェぜ!!」

 

「その子供と……ムサシお嬢様次第だね……」

 

「ヤマトぼっちゃんやムサシお嬢様よりは暴れん坊じゃなきゃいいがな」

 

「暴れるとしても先の話だろ! まだ生まれて一ヶ月も経ってねェぜ!?」

 

「どうだか……なにせ血筋的には怪物もいいとこだ!! どんなモンスターが生まれてもおかしくはねェ……!!」

 

「一体どんな子なのか……」

 

 宴会場で酒の席を楽しんでいた真打ち達は天井を──その先の上階を見て何も起こらなければいいと願う。

 彼らの興味は新たに生まれた子供がどんな子で、その影響で自分達のボス達が揉めるかどうか……どういった状況なのかということだった。

 

 ──だが彼らの不安は半ば的中していた。

 

 新鬼ヶ島、カイドウの屋敷の上階。広い畳の部屋の中で恐る恐ると乳母を任された者達がゆりかごに近づく。

 

「は~~い♡ オワリ様~~~♡ 新しいおしゃぶりでちゅよ~~~♡」

 

「あーうー!」

 

「そうそう、それしゃぶって大人しくしてくださいね~~~♡」

 

「ぶ~~!!」

 

「あっ!!? ちょっと、お待ちください!!」

 

 乳母を任された百獣海賊団の女性。普段はブラックマリアの部下として遊郭でも働いている見目麗しい美女が赤ちゃん言葉でゆっくりと手をのばすが……しかし、ゆりかごの中にいた赤ん坊はバッとゆりかごから飛び出し、手足ではいはいをして畳を駆け出していった。乳母達が驚き、声を上げる。声を掛ける先は部屋の入り口の見張り。ウェイターズだ。

 

「オワリ様を捕まえて!!」

 

「うおっ!? 赤ん坊のくせになんてハイハイの速さ!! チーターの生まれ変わりか!?」

 

言ってる場合か!! よし……捕まえるぞ……!! ──ほらっ、捕まえたぜ!!」

 

「!?」

 

 荒々しい海賊2人が畳を赤ん坊とは思えない速度で駆けるオワリと言う名の赤ん坊に手を伸ばし、そのうち1人が捕まえてみせる。速いと言っても赤ん坊にしてはの話だ。大人の海賊。下っ端とはいえ泣く子も黙る百獣海賊団の戦闘員に俊敏性で敵う筈もない。

 

「あう~!!」

 

「がっはっは!! 諦めろ!! 赤ん坊は赤ん坊らしく、ゆりかごの中で大人しくしてるんだな!!」

 

「ぶ~~……あ~~う~~~!!!」

 

「え!!? ──へぶっ!!?」

 

 だが赤ん坊に為す術はあった。

 下っ端のバカ笑いを聞いて不服そうに唸ったかと思えば、赤ん坊は自身を掴む男の指を掴み、そのままくるりと回って腕から逃れるとそのまま一回転──男が畳に叩きつけられる。乳母や他の船員達が信じられないと言った顔で驚いた。

 

「な……投げられた……!!?」

 

「おいおい……どんな赤ん坊だよ!!? 大人を投げる赤ん坊なんて聞いたことねェぞ!!?」

 

「す……相撲取りの生まれ変わりかな……?」

 

「言ってる場合か!!!」

 

「廊下に出てくぞ!! 早く捕まえろ!!」

 

「あ~~う~~!!!」

 

 海賊達が右往左往。たった1人の、生まれてまだ一ヶ月にも満たない赤ん坊に翻弄される。手荒には出来ず、相手が赤ん坊とあって舐めていたこともあるが、それでも赤ん坊にしてはその子は規格外だった。

 部屋から廊下に出て、廊下を爆速で駆けていく──が、とある一点で赤ん坊は止まった。目的の相手を見つけたからだ。

 

「あ~~あ~~!!」

 

「ん? ──おお、オワリか!! ははは、こんなところで何をしてる? もしかしてこの母を出迎えてくれたのか?」

 

「あ~~う~~!!」

 

「そうかそうか。迎えに来たか!! なるほど……事前に察知したか? 生まれつきの見聞色の覇気か、赤ん坊として母の気配を察知したのかどうかはわからんが……どっちにせよお前はすごいな!!」

 

「あう~!!」

 

 と、目の前に現れた赤ん坊を抱きかかえてみせたのは用事で出ていた赤ん坊の母親であり、天下の新鬼ヶ島の副将軍。半年前よりも成長して見た目も変わり、身長やら色んなところが大きくなった百獣海賊団総督の娘──つまり、赤ん坊もまたやんごとなき身分の子だった。

 

『新鬼ヶ島副将軍(カイドウの娘)ムサシ』

 

「それにしてもこの有様は……ふむ、さすがはこの母の子だ!!」

 

『ムサシの娘(カイドウの孫)オワリ』

 

「だうっ!!」

 

「うむ。だが人を投げる時は相手を選び、場所を選べ。でなければうっかり相手が死にかねんからな!!」

 

「あうっ!!」

 

「注意するとこそこじゃねェよ!!!」

 

 ズレた赤ん坊への注意に下っ端達がすかさずツッコミを入れる。相手は目上だが、ズレた部分は指摘せざるを得ない。そしてムサシも、船員達は自分ではなく自分の親に仕えていると理解しているため気にしていなかった。オワリを抱えて部屋の中へ戻る。後ろには従者にしている2人の女性──1人はピンク色の髪をした大人の女性で、もう1人は幼き少女だった。

 

「さて……では食事の準備でもするか。──紅、お玉」

 

「……はい」

 

「は、はいでやんす!!」

 

「あう~」

 

 ムサシ付きの2人の従者にオワリを任せ、ムサシはオワリの食事を用意しようとする。

 だがムサシは色々とまだ慣れていなかった。胸元からメモと取り出しながら1つ1つ確認しながら動こうとする。

 

「オワリは食いしんぼうだからな……ミルクだけでなく離乳食も用意しないと……え~と……作り方は……」

 

「──あーあー……随分と苦戦してるねぇ」

 

「!」

 

 だが作業を始めようとした矢先に反対側の入り口から声が掛かった。ムサシだけではない、この場にいる全員が緊張する。やってきたのは奇妙な羽を持つ小柄な少女とムサシと似た角を持つ大男。この百獣海賊団の頂点に立つ最強の2人──カイドウとぬえだった。

 

「私が教えてあげよっか? 子守りは慣れてるからね。リンリンの子供達や……あんたやヤマトでね♡」

 

「……! 別にいい。自分でやる。やり方は調べたからな……それより、何の用だ?」

 

「顔を見に来た親に酷ェ言い草じゃねェか。様子を見に来るぐれェいいだろう!!」

 

「酔っぱらいオヤジといい歳してアイドルをしてる母など教育に悪いからな」

 

「え? なに? 聞こえない。ぬえちゃんは永遠の15歳だ~~~~~……ぞっ♡」

 

「媚び方が痛いな。見た目は若くても歳は誤魔化せないぞ。現実を見ろ」

 

「──誤魔化し方が昔より下手になったな、ぬえ」

 

「うっさいバカムサシにバカイドウ!! ブッ飛ばすわよ!!? 私は永遠のアイドルなんだからね!! ──そうだよね~~? オワリちゃん♡」

 

「ばぶ~!!」

 

「ほら!! うんって言ってる!! やっぱり純粋な赤ん坊にはわかるみたいね!!」

 

「言葉わかんねェだろう」

 

「…………」

 

 やってくるなり言葉の応酬。そしてオワリに向かってアイドルポーズを取ってみせるぬえと、純粋に面白がっているオワリを見てムサシは何を言っても無駄だと無言で返した──が、逆にそれを不審に思ってぬえが反応する。

 

「あれ? てっきりオワリちゃんをダシに何か言ってくるかと思ったのに……もしかして、とうとう認めた? 私が永遠のアイドルだってことを」

 

「……別に、そういう訳ではない。ただ……子供を()()()()()()()に使うのはどうかと思って……やめただけだ」

 

「! ……ふ~ん? 随分とまあ真人間みたいなこと言っちゃって……大丈夫なの? そんなんで目的を遂げられる?」

 

「ふん……問題ないことはよくわかってるだろう。それより、何の用件だ?」

 

「あはは、まあね。あなたは獣だし、やることはやってくれると信じてるよ!! ──それで用件だけど……幾つか決まったことがあるから教えとこうと思って……ね? カイドウ」

 

「ああ……前々からぬえと話し合ってたが、それが決まった。ジョーカーに迎えに行かせてるヤマトには後から話すが……先にお前には伝えておくぞ、ムサシ」

 

「あう~?」

 

 ムサシの発言にぬえは僅かに覇気を視線に込めて問いを投げたが、半分はからかうためだ。本気でそうなるとは思っていない。ゆえに話はすぐに本題に入った。ぬえに促され、カイドウが伝える。ヤマトの名も出たことで家族の話だというのがわかる。オワリも、何だかわからないだろうが反応を見せた。そちらにはぬえが能力である物を出現させ、相手をする。

 

「──“ベントラー”」

 

「! あ~~~う~~~!!」

 

「お~生まれたばかりなのによく追いかけるねぇ。リンリンの息子達も全然捕まえられなかったけど、オワリちゃんは何歳までに捕まえられるかな~?」

 

「……伝えておくこととは……何だ?」

 

「オワリのことだ──オワリの父親については公表しねェ。父親とも認めねェ。父親は……()()()()()()()()

 

「!!」

 

 ムサシが顔を驚きのものに変えた。父親。それはムサシやヤマト。カイドウやぬえ。幹部達は知っている。半年前から出来た百獣海賊団の新しい禁忌の話だ。それについて正確な処遇が決まったとカイドウは告げた。

 しかしムサシの驚きも一瞬。半ば予想していたものだ。下っ端やムサシのお付きが何か聞いてはいけないものを聞いている──そしてそれを指摘してはならないという緊張感のある空気の中でムサシは言葉を返す。父親の名前は出さずに。

 

「……よっぽど、()()()のことが気に入らないみたいだな」

 

「それもそうだが、世間や部下共にバレると面倒くせェ……おまけに混乱も招くことになる……!!」

 

「まーいずれ殺す相手だしねー。私達の傘下に入るってんなら話は別だけど、どうせ入らないだろうし」

 

「おい、ぬえ!! 話は別じゃねェ!! おれはどっちにしろ認めねェぞ!!! あのガキはおれが殺す!!!」

 

「えー、私は別に部下になってくれるなら認めるのも吝かじゃないけどなー。向こうも知ったら負い目が出てきて可能性が0から1くらいには上がりそうじゃない? “可愛い娘が出来たんで責任取ってください~”って仁義に訴えかける感じでさ」

 

「お前もそういうやり方は望んじゃいねェだろう!! 問題がややこしくなる!!」

 

「ま、それはそうだけどね。向こうが諦めたなら部下にするのもいいけど、どうせならやる気満々のところ正面から潰したいし──ってことで、ムサシ!! 父親のことを話すのは禁止だよ!!」

 

「…………わかった」

 

 どうやらカイドウとぬえにも多少、意見が食い違ってる部分もあるようだが、概ね結論は同じらしい。この2人から言われれば否応もないとムサシは頷く。幸いにも向こうも子供のことは知らない。こちらから言わなければ知ることもないし、余計な責任を負わせることもないだろう。ただでさえ、向こうは新たな道を決めて重圧がある筈だ。

 

「話はそれだけか?」

 

「そうだねー……ヤマトとカタクリの新婚旅行はあまり芳しくないってくらい? せっかくならまた子供が生まれたなら良かったのにね♡ そしたらオワリちゃんにも妹分か弟分が出来るよ!!」

 

「どうせ生まれるなら息子が良いんだがな……」

 

「──と、女の子ばっかりで肩身の狭いカイドウもこう言ってるし、リンリンとカタクリに言っておこうかな。“エルバフ”の件の打ち合わせでこれからリンリンに会いに行く予定もあるし」

 

「ヤマト姉上も一応“息子”だろう。それで満足しておけ、父上」

 

「うるせェ……!! 別に望んじゃいねェが、アイツが息子だと言い張るせいでリンリンに説明する時も苦労した……いい加減“おでんごっこ”は卒業してもらわねェと……」

 

「今度はオワリちゃんがまた変な風に育っちゃったりして……いっそまた男として育ててみる? 今度はちゃんと海賊を目指すかもよ? ──いや、パターン的に海賊王だと言い張るかな……」

 

「黙れ!! やめろ!!」

 

「醜い争いだな。オワリが狂うワケないだろう──我の子だぞ?

 

()()()心配なのよ!!!」

 

「頭が痛くなってきたぜ……!!」

 

「あう~~!! あう~~!!」

 

 ぬえの冗談でカイドウが嫌な想像をしたのか怒声を上げる──そしてムサシの言葉に今度はぬえがツッコみ、カイドウは溜息を吐いて頭を抱えた。赤ん坊であるオワリは当然、そんなやり取りを気にも留めずぬえの生み出した小さい3色のUFOを追いかけて遊んでいる。子守りの時にぬえが昔から使う方法だった。鮮やかな色で不規則にふわふわと浮かんで動くUFOは子供に大人気である。

 とはいえ生後一ヶ月にも満たない赤ん坊が元気にUFOに向かってハイハイを続けるのは異常だろう。成長も早いが、生まれながらに身体能力が高すぎる。0歳で大人を投げ飛ばすなど、それこそヤマトの憧れの人物か、リンリンぐらいでしか聞いたことがない。もしかしたらそれに準ずるくらいに……あるいはそれらを超えるほどに強くなる可能性を秘めた子だ。UFOを捕まえようと動き続けるオワリを見て、ぬえは笑みを見せた。

 

「ま、何にせよ逞しく強くなりそうな子で良かったということで、私はそろそろ支度しないと……また後で飛び六胞の修行も見てあげないとだし……あ、そうそうムサシ」

 

「? まだ何かあるのか?」

 

「大したことじゃないよ。次の“金色神楽”での“百獣杯”はあんたもゲストで参加させるからよろしくねー」

 

「……勝ち上がれば……お主達と戦えるのか?」

 

「それは自惚れすぎ。……だけど大看板に勝てるくらいになったらちょっと戦ってあげても良いかもね♡ 勝てるかどうかは別としても、楽しめそうだし♪」

 

「……そうやって余裕ぶっているといい。我も他の者達も……そうやって慢心している間に、届くほどに成長するやもしれんぞ」

 

 獣の頂点を内側から狙い、それによってかつての仲間の手助けになればいいと目論むムサシは母親となった今でも牙を届かせるための修行を行い、その機会が来る時を待っている。ゆえにその発言は不遜なものであり、同時に世界のどこかにいるであろう獣の敵を信頼していた。

 だがそれを聞いたぬえは少し溜めを作り、ややあって獣眼を輝かせる。返答はまず傍らの兄妹に行わせた。

 

「……慢心、ねぇ……どう思う? カイドウ?」

 

「ウォロロロ……慢心じゃねェ。これは余裕だ。ムサシ……お前だろうが誰だろうが……たった数年の修行じゃあ()()()には届きやしねェよ……!!!」

 

「未来のことはまだ誰にもわからないだろう。どれほどの見聞色の使い手でもな」

 

「あはははは……ま、根拠のない発言はお互い様ってことで、ムサシ。あんたは精々オワリちゃんを大切に育ててなさい。その子も成長には期待出来そうだし……とはいえ、1つ言っておくけどね──」

 

 不敵な笑みを浮かべるカイドウにぬえ。ムサシも似た笑みで返すも、僅かに汗を掻いている。実力の差は未だ歴然と離れている。親の強さを理解出来ないほどムサシは弱くない。ムサシも成長している──だが、成長したからこそ理解出来る。頂点の高さが。

 そしてカイドウにぬえも実力差を理解しているという意味では同じで、自分の強さを正しく理解しているという意味で同じじゃない。より正確に、現時点での実力差と未来で埋まるであろう差を予測出来ている。そして、だからこそぬえは言うのだ。カイドウと共に部屋を後にする。背を向けながら──

 

「──成長するのは何も若者や赤ん坊だけの特権じゃないのよ……!!!」

 

「──おれ達と戦える奴がこれから1人でも現れるのか……楽しみにしてるぜ……!!! ウォロロロ……!!!」

 

「……!!」

 

 ──言って、ぬえとカイドウは去っていく。

 その時にムサシは見聞色で2人の身体から湧き上がる覇気の強さを感知し、そして気づく。──確かに、以前よりも増していると。覇王色ではっきりと威圧した訳でもないのにわかる程度には。

 

「……これは……骨が折れるどころでは済まなそうだな……より気合いを入れねば……」

 

「だ……大丈夫で……やんす、か……?」

 

「……ああ、我はな。お主らは無理をするな。父達の覇気の前では口を開くのもキツいだろう」

 

 小さい従者の身を案じながら自戒する。さもなくば──肉も骨も何もかも残さずたいらげられてしまうだろうと。

 

「あう~~……!!」

 

「! オワリ……はは……お前は元気だな。お前にとって複雑な状況だと言うのに……」

 

 しかし、そんな中でもUFOを追いかけて遊び、捕まえられないことに不貞腐れているオワリを見てムサシは苦笑し、そして改めて誓った──この子には付き合わせない。これは自分の問題なのだ。

 だからどういう結果に終わったとしても……せめてこの子だけは──“自由”に生きられるようにしてやりたいと。

 




二代目→地道に活動中。
旧白ひげナワバリ→普通に荒れてる
万国→世界一安全な国 ※突発的な災害あり
カタクリ→おでんを押し付けられてストレスマシマシ。
ヤマト→初めての海外で実は楽しんでたりもしたけどチャンスと見て脱走を試みまくる。
フランペ→お兄様を取られてヤマトを葬ろうと日夜狙い続ける。最近新入りの雑用をこき使ってる。
飛び六胞→修行中。拠点作ったり、獣を狩ったり、色々と。結果は百獣杯にて。
小紫→再度覚悟をキメてる。鍛冶スキル向上中。
まな板→まな板ではしゃぐ飛び六胞や突然出てくるキングに疑問を感じる方はまな板のスゴさを全然分かってない。
新鬼ヶ島→要塞や街はほぼ完成。海賊の楽園に。
オワリ→名前の由来は終わりであり尾張。大和型戦艦の四番艦の名前候補には尾張があったという説もあります。生まれて間もなく戦闘員を投げる元気な女の子です。
ムサシ→母親になって苦戦中。親を倒す覚悟は決めてるが、子に背負わせるつもりはないので子育ては大人しくやる。
カイドウ→オワリの父親は殺す予定。実は男の子が欲しかった。ヤマトはそろそろおでんごっこをやめてほしい。家族問題に頭悩ませ中だけど、子供や若い世代の成長には期待してる。
ぬえちゃん→子育て経験値かなり高くてオワリちゃんをあやしてあげたり未だにすくすくと成長中で可愛い。15歳だもんね。

今回はこんなところで。戦争から半年以上経って白ひげやらビッグマム海賊団やら色々ある。不穏な動きも。とりあえずエルバフの人やらベガパンクは出す覚悟を決めたので出せる時は出す。
次回は百獣杯。戦争から早くも1年です。百獣海賊団に入った色んな人が明らかになったり、ゲストもいます。お楽しみに。

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