キルミーベイベーやすニャ第二弾。一応前回とも続いてます。見ておいた方が分かりやすいかもです。
しかし時期はクリスマス。本当はクリスマスに間に合わせるつもりだったんですよ・・・本当ですよ。相変わらず粗末な文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

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せいやゆきふれとうぞうちく

 

 

「ソーニャちゃん!」

 

 空気の冷たい真冬の空。学校へと向かっていたソーニャの背後からやすなの声がして、ソーニャは体と首を半分ほど曲げて後ろを振り返る。視線の先には小走りでソーニャを追いかけてくる、マフラーを巻いた折部やすなの姿だった。

 

「おっはよーぅ!」

「ああ」

 

 そのまま走り寄り、やすなはソーニャに並ぶ形で歩幅を合わせる。今日もニコニコとしていて、いつも通りの彼女だった。少し違う所と言えば、冬の下がった気温のせいでやすなの頬が少しばかり赤く染まっていて、その顔が半分ほどマフラーで埋まっていると言うところだろうか。一般男子からしてみればなかなか魅力的な構図である。

 

「ねぇねぇソーニャちゃん、もうすぐクリスマスだね!」

「そうだな」

「ソーニャちゃんはクリスマス予定とかある?」

「特にない。ちなみにクリスマスを寂しく過ごすなんてださいみたいな事を言ったら切るぞ」

「うぅ……先に言わないでよ……」

 

 言うつもりだったのか。ソーニャは呆れたため息を吐きながら歩みを進める。やすなはぐぬぬと次の案を練っているのか、ぶつぶつと何かを呟きながら一緒に歩いていた。

 

「うーん、じゃあもう本題でいいや。クリスマス暇ってことでいい?」

「ああ、そうだが」

「じゃあさじゃあさ、二人で出かけようよ!」

「なんで私が」

「暇なんでしょ? だったらどっか行こうよ~。あぎりさんからこれもらったし」

「なんだこれ」

 

 やすなは懐から小さな紙を取り出してソーニャにそれを見せる。見た所紙きれである。恐らくはクーポンか何かだろう。

 

「あぎりさん直伝! レストランの料理が安くなるの術!」

「ただのクーポンだろ」

「あーん、夢が壊れちゃう!」

「夢でも何でもない。クーポンって時点で夢もへったくれもないだろ」

「うわーん! ソーニャちゃんの言葉が痛いよー!」

 

 おいおいと泣くやすなを無視しながら、ソーニャは歩く。まったく、こいつは本当に騒がしい。だがそれもいいと思っている自分が居るのもまた事実である。素直に認める事もあるが、やすなの前では極力表に出さないようにしていた。理由は簡単である。調子に乗るからだ。

 

「ともかくだよ、クリスマス一緒に遊びに行こう! 朝に集合して、一緒に買い物して、遊園地に行ったり映画館に行ったり、それでそれで」

 

 あれもこれも、いややっぱりこれもいいかもしれないと指折り数えるやすなの顔は機体に胸ふくらませる子供その物である。童顔幼児体型相まって、それまたマニアックな男子の脳髄にぐっとくるような表情だったが、ソーニャはそれを見ながら否定の口を挟む。

 

「まて、勝手に決めるな。誰も行くと言って無いだろ」

「ええ? この流れは一緒に行くパターンじゃないの!?」

「いつそんなパターンになった」

「今!」

「小学生みたいな事を言うな!」

「いいじゃんいいじゃん、行こうよデートしようよ、クリスマス家族と過ごす女なんてこれほど悲しい売れ残りは居ないよ~!!」

「誰が売れ残りだ。私たちはまだ高校生だぞ」

「へーんだ、今から努力しないと本当になるよーっだ!」

 

 ベロベロバー、と本当に子供みたいなテンションで目一杯舌を出してまとわりつくやすなを鬱陶しくも思いながらソーニャは目に入った学校の正門を抜けてやすなもデートを誘いながらそれに続く。

 

「あのなぁ、女二人で男女のカップルが居る場所に出かけるってのも大概空しいぞ」

「女子会はいいんだよ! 男と約束が作れなかった女たちの集まりだよ!」

「お前さっきと言ってる事変わってるぞ」

 

 下駄箱にたどり着いて、靴を履き替えて校舎内廊下へと歩き出すも、やすなはしつこく誘い続け、流石に今回はしつこいと思い、ソーニャは一発殴ろうかと思い、現にそう思った直後にやすなの脳天にグーパンをお見舞いして沈黙させた。

 

「ふぇぇ……酷いよソーニャちゃん……」

 

 教室に入り、自分の席に座ってやすなは大きく出来上がったたんこぶをさする。少しばかりヒリヒリする。いつもの手痛い挨拶は、冬の低温に晒されている時には少しばかり身にしみる物だった。

 

「いい加減にしろ。何でそんなに私を誘うんだ。他の奴がいくらでもいるだろ」

「私はソーニャちゃんがいいのー。ソーニャちゃんと遊びに行きたいのー」

 

 行きたい行きたい行きたい、とやすなは机突っ伏して手足をじたばたと動かす。まったく、子供その物だ。ソーニャは呆れて、少しばかり相手にしてやろうと話だけでも聞いてみることにした。

 

「ちなみに行くと答えたらどうするつもりだ?」

「えー? そりゃまずはお買いものだね。ソーニャちゃんのファッションセンス改善のために」

「そんな必要はない」

「あるよー。いつでもどこでも制服じゃん。もしかしてそれ以外に着る服無いの~?」

「バカにするな。部屋着くらいある」

「じゃあお出かけ用の服は?」

「制服で十分だ」

「……それで彼氏とかできたときどうするの?」

「いらん。作らん」

「くそう、くそう……ソーニャちゃんが硬すぎる!」

 

 打つ手なし、といった様子のやすなである。この分だと徹底的に否定されて、ソーニャが誘いに乗らない可能性を考えていたのだろう。思いの外それから少し静かになった。やれやれだ。そう思った時だった。

 

 携帯電話のバイブが鳴り、ソーニャは画面に呉織あぎりの表示を見た。さて、このタイミング。一体何を仕掛けてくるのだろうか。そう思いながらソーニャは通話のボタンを押した。

 

「なんだ、あぎり」

『どーもー、あぎりです~』

「知ってる。用件はなんだ?」

『いえいえー、ちょっとした依頼ですよー。そんなに大した用じゃないんですけど、まぁ簡単に言えば上からの任務のバックアップ要因ですね~』

「バックアップ?」

『はいー。もしかしたら出番なしで終わるかもしれませんが、一応念のために』

「ふむ。ちなみに私は何をすればいい?」

『指定したエリアに居て、もし私がソーニャを必要としたらすぐに呼びますので駆けつけてください~』

「まぁ、そのくらいなら。で、場所と日時は?」

 

 と、あぎりは日付、時刻、場所を指定する。ソーニャはそれらすべてを頭のメモリーにインプットして、しっかりと書きこむ。日にちを覚える事くらいどうという事は無かった。

 

「把握した。じゃあ当日に向かう」

『あ、それと注意事項として、一人では無く誰かと来た方がいいですよ? あそこ男女ペアや集団が多いですから、一人だと少し怪しいかもしれませんので~』

「分かった。適当に探す」

『ありがとうございまーす。お手頃なのはやすなちゃんだと思いますよ~?』

「なんでそうなる。切るぞ」

『はい、お元気で~』

 

 通話終了ボタンを押して、ソーニャは一息吐く。どれ、仕事が出来てしまった。しかも都合のいい話である。これで少なからずクリスマスをやすなと過ごすことになってしまった。偶然か必然か、恐らく後者だろう。ソーニャはやすなに向き直った。

 

「誰から電話だったの? あぎりさんとか?」

「ああ、あいつにちょっと頼まれ事されたから、クリスマス付き合ってやる。ただし、行先は私が決める条件でだ」

「全然オッケー! どこどこ、どこ行くの!?」

 

 あぎりの指定された繁華街は、電車で一時間近く、と言ったまぁ絵にかいたような都会である。ソーニャはどこからどこまでか、範囲をやすなに言ったところで彼女の顔が少し不思議そうな顔になってるのに気が付いた。

 

「どうした、間抜けな顔になってるぞ」

「いや、私が行こうと思っていたのがまさにそこなんだけど」

 

 ああ、あぎりの奴め。完全に必然を狙いやがったか。ソーニャは確信し、またため息をついた。やすなは話が読めずに頭に疑問符を浮かべて、アホ面を晒す中、ソーニャはさてどうしようかと考えて、ここまで言ってしまったから今更断るのもどうかと思うし、何よりあぎりの企みとは言え本当に組織の任務が絡んでると思うと、不用意に断る事も出来そうになかった。

 

「まぁいいや、これでちょうどいいし行こうか!」

「ああ、はいはい」

 

 やすなが勝手に実行を決定し、ソーニャはどうにでもなれと承諾。嬉しそうに、やすなはソーニャの首に腕をまわして抱きついてキャーキャーと喜ぶ。鬱陶しい。そう言えば少し前なら問答無用で迎撃行動に入っていたと思うのだが、体が反応しない。腕が鈍ったのだろうか。

 

 だが、その次にほっぺに口を近づけて来たやすなの顔面に問答無用でめり込みパンチを叩きこむ事が出来たから、それは無いと安心する事が出来た。

 

 

 

 

 そして、12月25日クリスマス当日。ソーニャは地元駅の改札前でやすなを待っていた。服装は相変わらずのブレザー制服。目の前を横切る一般市民たちはダウンジャケットなどコートなどを着込み、ある者は家族連れ、ある者は若いカップル、またある物は気に食わなさそうな顔で一人歩く男や女の姿。いろんな奴が居るなと思い、ソーニャは時計を見る。

 

 時刻は待ち合わせ五分前。さて、そろそろだろうかと思っていた矢先、やすなが人ごみの中から現れ、ソーニャの姿を確認して手を振りながら走り寄って来た。

 

「ソーニャちゃーん、お待たせー!」

「ああ、思ったより早かったな」

「待たせちゃったかな?」

「大して待ってない。一応待ち合わせ前だしな」

「なんかこれ、カップルみたいだね!」

「知らん。いいから行くぞ」

 

 さっさとソーニャは歩き出し、やすなもそれを追いかける形で歩き出す。 ソーニャは先に買っておいた行きの切符をやすなに手渡し、やすなは礼を言う。

 

「ちゃんと返せよ」

「もちろん!」

 

 改札を抜けて、電車のホームまで辿り着くと開いていた手近なベンチに腰を下ろして、やすなもその隣に座った。

 

「それにしてもソーニャちゃん、やっぱり制服なんだね」

「別にこれでも問題ないだろう」

「いやさ、服とかは確かに問題ないだろうけどもっとこう、おしゃれした方がいいよ! せっかくソーニャちゃん美人なんだし、服とか髪型とかもっと弄ったらいろんな男の人に声かけられるって!」

「興味無い」

「もしかしてソーニャちゃんって、ガチレズ!?」

 

 そこまで言ったところで、ソーニャはナイフを投げつけてやすなはとっさに身をかがめて回避。もちろん当てるつもりはないが、つむじのぎりぎり上の髪の毛を数本散らすくらいの高さに調整しておいた。

 

「いい加減黙れ」

「しゅみませんでした……」

 

 ったく。ソーニャは呆れながら携帯電話を開き、あぎりに一応連絡しておく。内容はこれから目標ポイントに向かう、と簡素に打って送信ボタンを押しこむ。それから少しして、電車がホームに入ってくる。二人はほぼ同時に立ち上がって、ホームに滑り込んだ電車のドアの前に立って中に入ると、手近な座席に座った。

 

「で、今日の移動はお前に任せるがどこに行くんだ?」

「えっとね、まずは洋服屋さんかな~。やっぱりソーニャちゃんに可愛い服を買わないと!」

「だからいらないって言ってるんだが……」

「もーそう言わないの! だったら私が奢ってあげるから!」

「そんなに金なんてあるのか?」

「こんな事もあろうかと、今日は結構持ってきました!」

「どこから来るんだ、その財力」

 

 ソーニャの突っ込みに対し、やすなは「乙女の秘密だよ」とウインクで返す。まぁ、関係無いかと思い直して窓の外を見る。駅を出た電車は速度を上げて、流れる街並みの速度が速くなる。遠くに見える山肌には、少しばかり雪が積もっていて、その向こうには雪雲が覆いかぶさる形で発達しているのが見えた。

 

 

 

 

 都心の繁華街にたどり着くと、大勢の人混みを見てソーニャは少しばかり嫌気がさした。人が多すぎる。人の気配が多すぎると周囲に敵が居た時の対応が難しくなる。学校とは比べ物にならない量の人間である。ソーニャは、出来れば早く帰りたいと思っていた。

 

 携帯を確認してみれば、あぎりからメールが来ていた。到着したらしばらく一般人と紛れて行動してくれ、とのことであった。どうやらまだやすなに付き合う必要があるそうだ。

 

 

「ソーニャちゃん、こっちこっち!」

 

 と、やすなに案内されたのはどちらかと言えば庶民的な店だった。その名も「ファッションセンターしまうま」である。

 

「ここデザインいいの多いし、それでいて安いからお勧めだよ!」

「なんだ、どうせならブランド物でも買ってもらおうかと思っていたんだがな」

「それはちょっときついよ……」

 

 二人で一緒に店に入ると、やはりクリスマスなだけにそれなりなセール品が多かった。それを目当てにしたカップルで賑わっていた。何がそんなに楽しいのだろうか。ソーニャはそう思った。

 

「んー、まずは何がいいかな~。ここは中の服を決めるのがいいかな。ソーニャちゃんは金髪が綺麗だから、あまり服が目立ち過ぎるのはよくないかな。それなら案外黒いセーターとか、トレーナーがいいかな。うーん、いやここはセーターがいいかな?」

 

 手近にあった黒いセーターを手に取り、やすなはうむむと吟味する。無地か、柄入りか、今度はその二つで迷っているようだ。ソーニャはてっきり変なデザインの服でも選ぶのかと思っていたから、少し意外に思う。横から見る限り、やすなの顔は真剣そのものである。なんだ、結構本気だったのか。ソーニャはやすなの隣に歩み寄り、並べられている服を見つめる。

 

「そうだな、無地でもいいが少し柄の入った物があるならそれが気になるかもな」

「なるほどなるほど。じゃあこれは?」

 

 やすなが選んだのは、「Baby, please kill me.」と派手な筆記体で書かれたシャツだった。簡単に言えば「私を殺せ」である。それはわざとなのだろうかとソーニャは思った。

 

「わざとか、それは」

「へ? でもこれかっこよくない? 今回は可愛い路線のつもりだったけど、これも似合うと思うよ!」

 

 んー、これもいいかもしれない! と、やすなはまた目に付いたセーターを手にとって見比べてみる。選ぶ服は別に突っ込みどころのあるような代物ではないし、少しやすなに任せても大丈夫だろうと判断して、自分も適当に首を曲げて見回してみる。正直服なんて全くと言っていいほど考えた事が無かったから、少しばかり新鮮な感じがした。

 

 だが、どれが自分に似合うか、どれが良い物なのかどうかは分からない。しかし、目に入った一着が気になって、手に取ってみる。少しだけいいかもしれない。

 

「もしかしてソーニャちゃん、そっちの方がいい?」

「へ? あ、いやそう言う訳じゃなくて、あれだ。少し気になっただけだ。今日はお前に任せる」

「ふーん、でもちょっとこれいいかもね。ソーニャちゃん実は見る目あるんじゃない?」

「服なんて今まで見た事無いけどな」

「いやいや、これはいいかも。よし、中のセーター決定!」

 

 ソーニャの手に取っていたセーターの中から、ソーニャのサイズに合った物を取り出してかごの中に入れると、今度は上着を探しに移動する。やすなは上機嫌に鼻歌を歌いながら店内を進み、上着が陳列されているエリアへと辿り着いた。

 

 やっぱりそこでも真剣な顔で選んで、一通りのソーニャの私腹を選んで、試着を依頼する。本音を言うなら面倒ではあるが、おふざけなしで真剣に服を選ぶやすなの顔を思い出して、ソーニャはNOとは言えなかった。衣服の入ったかごを受け取り、試着室に入って制服を脱ぐ。

 下着姿になって、やすなのチョイスした服を順番に着て、髪の毛を整える。

 

「ソーニャちゃんもう開けていい~?」

「もう少し待て。今終わる」

 

 一応ボタンが閉まってるか確認して、カーテンに手を伸ばそうとして少しだけためらう。一度だけ、鏡に映る自分の顔を見てみる。少し戸惑った表情だった。一歩鏡に近づいて、鏡の中の自分と目を合わせる。深い蒼さを持った自分の瞳は、一体どこを見つめているのだろうか。手を当ててみれば、まるで自分と手を合わせているようになる。ソーニャははぁとため息をつき、一体何をしているんだろうと思い直す。と、その時だった。

 

「もー、ソーニャちゃんまだ~?」

 

 と、やすながカーテンを堂々とオープンして、そして鏡越しに目が合う。この状況、安名からしてみればソーニャが鏡の中の自分に向かって「あなたは誰?」とでも言っている痛い人間の様に見えなくはない。ソーニャは音速の勢いで後ろを振り返るが、それからほぼ同時にやすなが「お邪魔しました」とカーテンを閉めた。

 

「てんめぇ! 待て!」

「あ、いやごゆっくり~」

「何を想像した貴様! 場合によっては許さないぞ!!」

「ち、違うって! 鏡の中の自分と対話する事なんてよくある話、私でもやったよ! どこか別の世界の私みたいな人はきっと『モリサマー』って名乗ってたんだよ! ソーニャちゃんはとある忍者の少年時代だよ!」

「何だその生温かい目は! お前と一緒にすんな、っていうか何で忍者なんだ!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ、店内の何人かがやすなとソーニャに視線を向ける。さすがに熱くなりすぎて、ソーニャが息を切らすほど喋ったころになって冷静になり、周りの注目を集めている事に気が付いた。

 

「……ったく、もういい。これで決まりにする」

「おお、ではではソーニャちゃんのお洋服第一弾決定~!」

 

 やっふーい! とやすなは早速財布を取り出して自分の持っている所持金を計算する。ソーニャは試着室に戻って一旦制服に着替えて、やすなに衣服を渡して会計に行かせる。

 

 制服を整えて、ソーニャは髪の毛を整える。さて、あぎりからの連絡が無いがこのままでいいのだろうかと思い、携帯を開く。新着情報無し。と言う事はまだ自分は必要ないのだろう。どうしても緊急の情報が入れば緊急用のビーコンが別になる。ただこれは敵にも電波を受信されてしまう可能性もあったため、極力携帯での連絡だった。

 

「お待たせ~!」

 

 やすなが紙袋を持って戻って来て、他に気になる物は無いかと問いかけるが、こんなもんでいいとソーニャは丁重に断る。やすなもまだ余裕があるのにと言うが、ソーニャとしては早く店から離れたかった。あまり注目されるのは好きではないからだ。

 

「まだ一着分しか無いのに、本当にもういいの?」

「別にいい。騒ぎすぎたから長居したくない」

「ふーんま、仕方ないっか。じゃあ次いこ!」

 

 やすなが手を引いて走り出し、ソーニャは「お、おい!」と言うが構わず走り抜ける。しばらく走り続けて、それでも時折り見えるやすなの表情はとても楽しそうな物だった。それを見ると、ソーニャは怒る気を無くす。少しばかり胸が高鳴っていて、気付けば自分も少しだけ笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「何も今着る必要無いだろ」

 

 途中立ちよった喫茶店で、ソーニャはやすなチョイスの服に着替えて現れた。やすなの熱烈なリクエストによって、トイレで着替えて来たのだ。

 

 その姿はソーニャの金髪のツインテールに劣らない、純白のコート。チェックのラインが入った赤いミニスカート、そして黒タイツ。やすなは己のチョイスに満足げな表情になる。

 

「いやいや、せっかくなんだから今着てもらわないと困るよ! ソーニャちゃんの事だから、買っても気ないなんてやるだろうしね!」

「まぁそのつもりだった」

「ほら!!」

 

 着ないと奢った意味無いじゃん。やすなは口を尖らせて不服な顔になる。まぁ、やすなの言う事は最もであろう。飯を買って食わずに腐らせる様なものだ。それくらいソーニャにだって理解出来た。

 

「しかし、妙に動きにくいな。少し落ち着かない」

「いつも制服だったからねー。私もなんかソーニャちゃんが別人に見えちゃうよ」

 

 眼福眼福、とやすなはうんうんと唸る。物好きな奴めと思いながらソーニャは手近にあったメニューを開いて何を注文しようかと探してみる。まぁ、デザートやコーヒーが複数種類名前を揃えていた。取りあえずソーニャはブラックコーヒーを注文することにし、やすなはというと特大のチョコパフェを注文する気満々だった。

 

 で、コーヒーが運ばれてきて、パフェが運ばれてくる。その大きさにやすなの目は点になり、ソーニャも呆れた表情になっていた。簡単に言えば、パフェが驚異的に大きかったのである。恐らく軽く40センチはあるだろう大きさであった。

 

「……食えるのか、それ?」

「だ、大丈夫だよ! デザートは別腹、どうという事は無いよ!」

「まだ昼飯も食べてないだろ。好奇心でそんなの買うからそうなるんだ」

「えぇい何のこれしき! 私の鉄の胃袋は、ありとあらゆるものを吸い込む事が可能なのだ! いざ参る!!」

 

 行くぞ! と身構えたやすなだったが、何かを思い出したかのように「あ」と言ってスプーンの動きを止め、ソーニャの顔を見た。何かを企んでる顔だと、ソーニャはすぐに分かった。

 

「なんだ」

「いやさ、カップルがカフェでスイーツを食べるときの義務ってあるよね」

「そんな物ない」

「あるある! はい、あーん」

 

 と、やすなはスプーンにアイスを一口分救いあげて、ソーニャに差し出す。つまり食えと。やすなの持つスプーンからそのまま体を少しばかり伸ばして口に入れろ、と言うことである。ソーニャは、無言でやすなの目に向けて指二本を作り、そのまま音速で発射した。

 

 

 

 

 結局、途中でパフェの感触を断念したやすなのバックアップのために、ソーニャも半分パフェを食べる羽目になって、少しばかり腹が重くなった状態で街中を歩いていた。まったく、要らぬカロリー摂取だ。歩き続けて少しばかり疲れて来ていた。

 

「で、次はどこに行くんだ?」

「うーん、お腹がちょっと重いから、動かない所がいいかな。あれだね、映画館が妥当だね」

「ん、まぁいいだろう。なに見るんだ?」

「特に決めてないけど、強いて言うならちょっとした恋愛アニメかな~?」「アニメ? お前そんなのに興味あったのか」

「まぁね。深夜にやってたやつなんだけど、中二病の女の子と元中二病の男の子が恋愛する話だよ」

「よく分からん」

「まぁその総集編の映画だから、ソーニャちゃんもある程度は理解できるんじゃないかな?」

「そもそも中二病の意味が分からん」

「ソーニャちゃんみたいな人の事だね」

「どう言う意味だ」

 

 場合によっては殴るぞ、と言いながらナイフの柄をちらつかせ、やすなは「フヒヒ、スイヤセン」と汗を浮かべながら取りあえずの謝罪をしておく。さて、その中二病とやらの意味次第では後で路地裏に連れ込もうかとソーニャは考える。

 

 で、映画館に到着してチケット二枚分を購入して、座席に座る。途中やすなが「先に行ってて」と言い残してどこかへ立ち去り、先に座ったソーニャはあぎりからの連絡が無いかとまた確認する。結局反応なし。さて、本当に依頼なんてあったのだろうかと怪しくなってきた。そのくらいのタイミングでやすながまたポップコーンとジュースを持ってきた。

 

「お前、さっきあんなに食ったばかりだろ」

「いやー、でもやっぱり映画に来たならこう言うのって欠かせないじゃん?」

「いい加減腹壊すぞ」

 

 とはいいつつも、隣に置かれたらどうも手が伸びてしまう。ソーニャは無意識に口に入れて、ついでにやすなの買ってきた炭酸ジュースも飲む。場内が暗くなってブザーが鳴り、スクリーンに映像が投影された。

 

 

 

 

 映画が終わって場内からぞろぞろと観客が出ていき、その中に混じってやすなとソーニャが出てくる。やすなは満足げな顔で、ソーニャは無表情を装った、意外に面白かったと言う表情だった。

 

「面白かったねー!」

「ん、まぁつまらなくは無かった」

「おお、ソーニャちゃんがまともな感想を! やっぱり正解だったね!」

 

 よかったよかったとやすなは満足な顔になる。ソーニャはその表情を見て、息を吐きながらちょっとだけ唇を釣り上げる。やすなはそれを見て少し意外そうな顔になってそれでも嬉しそうな顔になって歩き出す。さて、次はどこに行こうか。

 

 と、そう思ったときにやすなの頬に冷たい何かが触れて、歩みを止める。ソーニャも釣られて足を止め、「どうした?」と聞いた直後に自分の頭に冷たい何かが触れるのを感じた。

 

「雪だー!」

「ああ、こっちでも降るんだな」

 

 都市部ではあまり雪は降らないと聞いていたが、粋な計らいだとソーニャは思う。やすなはゆきを見てはしゃぎまわり、ソーニャは後ろからゆっくりと追いかけながらそれを見つめる。

 

「ねぇねぇソーニャちゃん! この雪積もるかな?」

「さぁな。ただこんな都会だと積もる事なんてあまり無いだろ」

「ん~、それもそっか。どうせならホワイトクリスマスで過ごしたかったな~」

 

 そんなに上手くはいかないだろ。ソーニャは一言突っ込みを入れて携帯を確認すると、そのタイミングであぎりからの着信が来た。ようやくか。ソーニャはやすなにジェスチャーで少し待て、と言って通話ボタンを押してスピーカーを耳に当てた。

 

「もしもし」

『はーい、お待たせしました、あぎりです~』

「分かってる。で、バックアップか?」

『いえ、その話ですが、もう任務が完了したのでバックアップは大丈夫ですよ~』

「…………あぎり、最初からそのつもりだったんだろ」

『うふふ、秘密です。やすなちゃんとのデート楽しんでくださいね~』

 

 ブツリ、とほぼ一方的な速さで電話を切られ、ソーニャは大きく息を吐いた。やはりこれが狙いだったか。いらぬ配慮なんてしやがって。それにデートじゃないと言うのに。ソーニャは少しだけ憂鬱になった。

 

「さっきの電話ってあぎりさん?」

「ああ。けどもう大丈夫だそうだ。用事は終わりだ」

「じゃあこれからゆっくりできるね! 次はどこに行こっかな~?」

 

 よ、やすなは懐からメモ帳を取り出してパラパラとページをめくる。やれやれ、またしばらくこいつに付き合わなければならないのかとソーニャは自分のこの一日の行く末を呪った。そんなソーニャを慰めるのか、はたまたバカにしているのかは分からないが、都会の雪はしんしんとソーニャに降りかかっていた。

 

 

 

 

 その後も、やすなの提案する行く先に振り回された。大型ショッピングモールに向かい、CDショップで適当に音楽を聴いたり、アクセサリーショップでじっくりとガラス細工のオブジェクトを見たり、おもちゃ売り場でソーニャにゴキブリのおもちゃを投げつけて半殺しにされたりと、色々な事をして色々な目に遭った。

 

 その行く先々では、男女のカップルが寄り添って歩くなり、手をつないで歩くなり、大胆なカップルは道端で平然とキスをしれ、それを見たやすなは顔を真っ赤にしてあわあわとソーニャにどうしたらいいか目で問い詰め、そーにゃは知らん顔をしていた。

 

 そして日も落ちて、気温がぐっと低くなった夜。時計を見ればそろそろ夕食の時間と言う所なのだが、二人は駅からかれこれ一時間ほど動いていなかった。

 いや、正確に言えば動けなかった、と言うのが正しい表現だろう。

 

 それもそのはずである。すぐに止むかと思われた大都会の雪は、恐ろしい早さでその勢いを増し、日が暮れるころには大量の積雪量になり、都会の交通網は突然の豪雪に全く対応できずに麻痺していたからである。やすなとソーニャの返る為の電車も例外ではなく、駅の電光掲示板には遅れ2時間と言うとんでもない数字が表示されていた。

 

「…………帰れないね」

「そうだな」

「でも冬休みだから学校は大丈夫だね」

「そうだな」

「でも家には帰れないね」

「そうだな」

「もー、どうするかソーニャちゃんも考えてよ! このままじゃ極寒の土地のど真ん中で一晩過ごすことになるんだよ!?」

「それくらい分かっている。ったく、面倒くさい」

 

 やんややんやと言うやすなを半ば鬱陶しく思いながらも、ソーニャはどうするか少しだけ考えて、今自分の着ている服、そしてそれを真剣に選んだやすなの顔を思い出す。そう言えば付き合ってるだけで自分は何もしていないのを思い出し、流石にそれはよくないだろうかと思い、いつだったかやすなの家に世話になった時を思い出す。

 

「……やすな、家に連絡しろ。今晩は帰れそうにないって」

「へ? どゆこと?」

「このまま外で過ごすのはご免だからな。近場に寝泊まりできる所があるからそこで一晩過ごす」

「え、なになに!? もしかして二人きりの甘い夜を過ごすって言うの!?」

 

 ごすん、と鈍い音がしたと思えば、やすなの脳天が大きくぐらついて、次にソーニャの拳がちらりと眼下に入り、ああ自分はお約束の洗礼を受けたのだとやすなは理解した。

 

 

 

 

「う、ん……あれ?」

 

 しばらく気を失っていたようだが、やすなはやたらと周囲が柔らかいと言う事に気が付いて違和感を感じた。さっきまでコンクリートの地面に倒れているのだと思っていたから、一体何なのだろうと体を起こす。

 

「ん、何だ起きたのか」

 

 声のした方を見ると、体から白い湯気を立ち昇らせて、髪の毛をほどいてバスタオル一枚のソーニャが浴室と思われる場所から出て来たところだった。片手で髪の毛の水滴をふき取り、火照りを持ったその白い肢体から出るわずかな湯気と水滴。それは少女と言うよりも、女性としての魅力を引き立てている物だった。やすなはそんなソーニャを見て、思わずドギマギしてしまう。女同士なのにこの破壊力。何と言うことだろう。

 

「ソーニャちゃん何でお風呂? っていうかここは?」

「近場のホテルだ今日はここで一晩明かすことにした」

「え、でもお金……」

「服の礼だ。私が持ってやる」

 

 とは言われたが、辺りを見回してみるとそれなりに豪華な内装だった。広さも見れば半端ない。ビジネスホテルの部屋が10部屋くらい入りそうな広さである。いわゆる、スウィートと言う奴だろう。さすがにこれは申し訳ない気がした。

 

「だ、ダメだよ! こんな高そうな所ソーニャちゃんだけで払うなんてお財布に優しくないよ!」

「別に構わん。組織のコネもある」

「え、でも……」

「嫌なら今から外で寝てもいいぞ。ただし命の保証は無い」

 

 ソーニャが窓の外に指を向け、その先を覗いてみると、何と言うことだ。一面銀世界である。コンクリートジャングルが雪原になっている。こんな状況下で外で寝ようものなら翌朝には冷凍保存されて永眠している事であろう。

 

「……お言葉に甘えさせていただきます」

「賢明な判断だな」

 

 ソーニャはタオルで濡れた髪の毛を拭きながら別の部屋に行き、クローゼットの中にあるバスローブに身を包む。着替えたいところだがこれと言って着替えも無いし、下着で寝るのもどうかと思ったから着たまでであるが、これはこれでまた何か場に似つかわしくない気がする。何と言うか、これから夜の営みを行う男女の前の様である。

 

 と言うか、何を考えているのだろうかとソーニャは頭を振る。まったく最近変なシチュエーションが増えた物だと思う。いや、やすなと出会ったこと自体変なシチュエーションだと言えるだろう。が、すっかり馴染んででしまったからこれが平凡になっているのもまた事実。非日常がずっと続けば、それは日常になる物である。

 

 冷蔵庫から適当にジュースを取り出して、やすなの寝ているベッドに戻る。やすなはいつもの調子を取り戻したのか、部屋のあちこちを見つめて楽しそうにふるまっていた。

 

「すごいすごーい! 私の家のテレビよりも大きいよ! あ、なんか金ピカのティッシュ箱がある! うおお、電話が古臭いけどなんかゴージャス!」

 

 これがごく一般的の庶民の反応なのだろう。前に行ったやすなの家を思い出すが、絵にかいたような平凡な一軒家だった。例えるなら猫型ロボットの居候している家、または嵐を呼ぶ幼稚園児のローン35年の家だろう。ま、当然と言えば当然だ。

 

「どうでもいいが騒ぎたてるな。一晩だけだからな」

「分かってまーす。あ、そう言えばお腹空いたな。ルームサービスとか無いのかな」

「メニューならそこだ」

 

 ソーニャの指差した机の引き出しから、これまた派手な装飾のもニューを取り出して、やすなはステーキを食べようと意気込んで目を通し、そしてその値段を見て凍りついた。ゼロが四つある。何と言うことだ。それならスーパーで一週間分の食料が買い込める。

 

「ソーニャちゃん、ご飯は……?」

「適当に食った。飯まではおごらないからな」

「くそう、くそう!」

 

 やすなは財布の中を確認してみる。コンビニなどで買う分には問題ないだろうが、このリッチなホテルでルームサービスを頼むには少しばかり心もとないであろう。仕方ない、コンビニにでも行こう。そう思っていた矢先、部屋のチャイムが鳴った。

 

「あれ、誰だろう」

「私はこんな格好だからお前が出てくれ。たぶんホテルの従業員だろ」

「おっけー」

 

 ぱたぱたとやすなはドアまで走り、のぞき窓から外を確認して、従業員である事を確認して開ける。

 

「はーい?」

「あ、ルームサービスです。ご注文の品をお届けに来ました」

 

 あれ、自分はまだ何も注文してないのだが。とは思ったが、ソーニャが何か頼んでいたのだろうと結論付けて注文の品を受け取り、従業員に一礼してドアを閉めた。

 

「なんかルームサービスが来たけどこれ何?」

「ああ、何だ今来たのか。さきに私の注文していた食事だ。来るまで遅かったから先に食べたからお前が食え」

「え、いいの!? ありがとう!」

 

 と、やすなは満面の笑みを浮かべながら銀色の蓋を開けて、中身を確認する。開けると同時にジューシーな香りとじゅうじゅうという油がはじけるような音。そしてその正体は紛い事なきステーキだった。

 

「ここここれは! ソーニャちゃんこのメニューは!」

「なんだ、お前は肉も知らないのか」

「いいの!? これ本当に私が食べちゃっていいの!?」

「いらないなら放っておいてもいいぞ」

「ありがたく頂きます!!」

 

 素早くナイフとフォークを手に握り、涎が口いっぱいに広がり、溢れだしそうになるのを我慢する。落ち着け、高級な肉とは言え、つまりは肉だ。グレードのアップした肉である。焦らずに、確実にナイフを入れる。何と言うことだ。まるで吸い込まれるように、または溶けるアイスかのようにナイフが沈んでいく。これが本当に肉と言う存在なのだろうか。しかし、鉄板をはじける油、切れ目から溢れる肉汁、その奥に見えるほんのりと赤いミディアムの断面。

 切り離した一切れをフォークに刺し、ゆっくりと口に運ぶ。ゆっくりと噛みしめ、歯によって切断された肉から更に脂が溢れ出し、それはやすなの歯を経由し、舌へと到達する。その瞬間に味覚がダイナマイトによる爆破を食らったかのような衝撃を受けた。やすなは思わずフリーズしてしまう。そして、頭の中で花畑が広がり、その中を両手を大きく広げて走り出す。グーテンモルゲン、私折部やすな。おおよそ高校生。今肉を食べて感動し、明鏡止水の境地へと向かって走ってます。

 

 そんなリアクションのやすなを、ソーニャは何やってるんだと呆れた顔で見ていた。持っていた缶ジュースのプルタブを開けて、テレビを点ける。ちょうどニュース番組が今降ってる大雪についての臨時特番をやっていた。どうやら駅は帰れずに車内や構内で一晩を過ごす人でごった返しているらしい。まぁ、ここにきて正解だっただろう。

 

「そう言えばさソーニャちゃん」

 

 もごもごとステーキを食べながら、やすなが問いかけてくる。ソーニャは「食い終わってから言え」と突っ込みを入れて適当にチャンネルを変える。やすなはそれに素直に応じてごくりと飲み込むと、再び口を開いた。

 

「何でベッドが一つしかないの?」

「なんでって、ここしか開いてなかったからだ」

「つまり、二人で同じベッドに寝るってこと?」

「…………」

 

 しまった、とソーニャはようやく気付いた。そうだその通りだ。いくらここしか開いてなかったとはいえ、ダブルベッドの部屋を選んでしまったのは間違いだった。またこいつと同じベッドで寝るのか。

 

 以前やすなの家に泊まった時も一緒に寝たが、それはやすなの酔いに付き合わなければさらに面倒なことになったから致し方ないことだった。しかし、今のやすなは至って正常である。なにも一緒に寝ることは無いだろう。

 

「じゃあお前がソファーで寝ろ」

「えー!? こんな大きなベッドなんだよ、それにふかふかだし私もここで寝たいー!」

 

 予想通りの反応である。まぁ予想通りだからさっさとプランBに移行してやると、ソーニャはため息を吐いた後にこう言った。

 

「じゃあ私がソファーで寝てやる。一人占めだぞ、満足だろ」

 

 これならどうだ。一人占めと言うのはいかにも安名が好きそうな単語である。ここまでやればやすなの感情も揺れ動くだろう。しかし、ソーニャの考えは予想外の形で裏切られることになってしまう。

 

「やだ」

「は?」

「ソーニャちゃんと一緒がいい」

「…………はぁ?」

 

 はて、一体いつやすなに酒を飲ませてしまったのだろうか。しかし目の前のステーキを完食した女子高生は、至って正常な面持ちである。だが、一緒に寝る、と言った彼女の表情は完全に本気の目だった。

 

「お、おい冗談よせ。何で私とお前が一緒に寝なければならないんだ!」

「二人なら暖かいからだよ!」

「断る、誰がお前なんかと」

「いいじゃんいいじゃん、じゃんがじゃんがじゃん!」

 

 何でここまでしてこだわるのか、ソーニャは全く分からない。一体何がやすなのしつこさを引き上げたのか、理解しがたかった。ここは一つ素直に聞いてみるのも一種の手だろうか。

 

「何でそんなに私と寝たいんだ」

「だってクリスマスだし。どうせ今頃男女のカップルは一緒に寝てるだろうし、羨ましい!」

「お前は子供以下か!」

「うひひ……素直に聞いてくれないと、お酒飲んじゃうよ? 私また絡んじゃうよ?」

「てめぇ、あの時覚えてやがったのか! 殺す!」

「わぁああ、待って待ってナイフ禁止! クリスマスは罪を許す日だよ!」

「…………ったく」

 

 ナイフを握ろうとしたソーニャは、その手を止めて大きな息を吐きながら頭を少し掻いて、嫌そうな顔をしながらもベッドに座り、小さく呟いた。

 

「……好きにしろ。寝相が悪かったら叩き落とすからな」

「うん!」

 

 満面の笑みでそう答えたやすなの笑みに、思わずソーニャはドキッとしてしまった。不覚を取った。まさか同性の、しかもやすなの顔で感情を揺さぶられるとは思ってもいなかった。少しぶっきらぼうに視線を曲げて、リモコンのスイッチを押した。

 

「じゃあ私もシャワー浴びて来るね~。覗いちゃだめだよ?」

「誰が覗くか、誰が」

 

 むふふと変な笑みを浮かべながら、やすなは風呂へと入る。その中から「広ーい!」だの「金ぴかー!」だの、「ゴージャスッ!」だのはしゃいでいたが聞かないふりをして、その場に置いていた携帯電話を取り出す。なにやらあぎりから一通来ていた。

 

『お楽しみですね~』

 

 と、ソーニャとやすながホテルで一緒にいる写真が添付されていた。どう考えてもどこかのビルから遠距離から狙った一枚である。しかもどう考えてもごく一般的の携帯カメラで撮影できるものではない距離だった。そう、一眼レフカメラ、しかも超望遠レンズで無い限り無理な距離である。ちなみに望遠レンズは一般向けで10万前後、某カメラメーカー純正プロ仕様は平然で100万を超えると明記しておく。

 

 ソーニャはベッドから飛びあがって窓の外を見る。だが、何も見えない。あるのは高層ビル群。恐らく向かい側にあるビルからだろうが、ソーニャは自分がいくら目を凝らしても何も見つけられないと判断して、カーテンを閉めて諦めた。

 

 そうやって適当に過ごしていると、やすなが浴室から満足そうな顔で出て来た。体からはほんのりと湯気が立ちあがり、わずかに頬は火照りを持っている。体は貧相なのにやたらと色っぽい。今度はソーニャがやすなにドギマギする羽目になった。今日はなんか調子が狂ってばかりな気がする。こう言う時は寝るに限るだろう。ソーニャはさっさと布団に入る事にした。

 

「あれー、もう寝るの?」

「なんか調子狂ってばかりだから今日は寝る」

「ぶーぶー、今夜は寝かさないよって落ちは無いの?」

「ある訳ないだろ面倒くさい」

 

 第一なんで私とお前が、と思う。何が楽しくて寝かさないのだろうか。それに女同士だぞ、普通に考えてないだろ。ソーニャはやすなにそう言うと、しばらくの間返事が来なかった。なんだ、やけに静かだなと思い、ソーニャはやすなの方を見てみると、顔が赤くなって目を泳がせていた。

 

「なんだ。なんか言ったか」

「い、いやさ……寝かさないぞって言うのはまくら投げ的な意味でさ……その、そう言う意味じゃないんだよね……」

 

 指同士をつんつんと突いて、やすなは目のやり場に困っていそうな、嫌実際困っていた。ソーニャはコンマ数秒ほど思考をめぐらせ、理解した瞬間に顔が真っ赤になるのを感じた。

 

「てててててめぇ!! はめやがったな! 適当にそんな縁起をして私に誤解をさせるための作戦なんだろ!」

「ち、違うよ! っていうか殺し屋ならそれくらい見抜ける物じゃないの間抜け!」

「だぁれが間抜けだ! 許さん、切り刻んでやる!」

「ひぃいいい!!」

 

 ソーニャがナイフを取り出してベットから飛び降りると、猛烈なダッシュでやすなに突進し、やすなは悲鳴を上げて全速力で逃げる。クリスマスなんて無かった。ソーニャはやすな追跡に全運動神経を注ぐ。さすがスイートルーム、部屋が複数に分かれ、なお且つ扉を開ければ全ての部屋と繋がるから逃げるのには全く困らなかった。

 

 ソーニャはすぐにやすなの意図を察知し、体を反転させてやすなが出て来るであろうドアに向かって駆け抜ける。直後、ソーニャの予測通りにやすなが扉から飛び出し、待ちかまえていた殺し屋の顔を見て一気に冷や汗が吹き出す様子が手に取るように分かった。が、ソーニャはすぐに危険を察知した。ああ、そうだ。やすなもソーニャも全力で走ってる。そしてもう二人は目と鼻の先まで接近している。予測可能回避不能。脳内でレッドアラートが鳴り響いたときには、もう事が終わった後だった。

 

 二人に凄まじい衝撃が走り、目の前がぐるぐると回って、どさりと床に倒れ込む音。少しの間だけ目がちかちかして、体の痛みを確認する。痛みはあるが、特に異常は無いだろう。自分は今うつぶせの様な体制だろうと、ソーニャは理解した。

 

 ゆっくりと目を開けて、状況を確認しようとしたら、目の前にやすなの姿があった。それも異常に近い。だが、ソーニャの目には確かに折部やすなの瞳が映っており、その中に驚いた顔の自分が映っているのを見えた。

 

 やすなの顔は真っ赤で、少しだけ息が荒かった。呼吸する胸は上下に揺れ、気付けば自分の心臓がものすごい勢いで脈打っているのに気が付いた。この距離だと聞こえそうなくらいだ。ソーニャは、今自分がやすなを押し倒しているのだと気が付いた。

 

「す、すまん……」

「えっと……う、うん……」

 

 だが、そうは言うが体が動かなかった。まるで金縛りにあったかのような感覚だ。動かない。早く動け。邪魔になってる。それにこの体制はまずい。

 

 しかし、それでも体はなかなか動いてくれなかった。ただ二人分の荒い呼吸音だけが部屋に響いて、ようやくやすなの体がピクリと動いてそれを合図にしたかのようにソーニャの体の自由が戻った。すぐに腕と腰に力を入れて立ち上がり、顔を背けてもう一言謝る。

 

「わ、悪かったな……ちょっと体が動かなかったというか、よく分からなくてすまない」

「あいや、私もなんていうか、その、血液の循環が基準値を大幅に超えて体の反応が動かなくなったと言うかなんというか、或いは金縛りにあったかのような感じが……」

 

 やすなの顔はまだ赤くて、目を泳がせている。滅多に見れない顔だとソーニャは思いつつ、取りあえず起こしてやろうと右手を差し出して、やすなは未だに戸惑いつつも握って立ち上がった。

 

「ありがとう、ソーニャちゃん……ところでさ、一ついいかな?」

「何だ?」

「その……服が……」

 

 と指摘され、ソーニャは自分の体を見てみる。バスローブをまとっているから別に何かある訳……。

 そう思っていたが、今自分が来ているはずであったバスローブが無い。あるのは下着姿のあられも無い自分の姿である。そして足元に転がるバスローブ。つまり自分は半裸の状態でやすなを押し倒していた事、と言うことになる。

 

「…………」

 

 ソーニャはもう何も言えずに黙ってバスローブを拾い上げると、無言でもう一度着直して、やすなもそれを見て察し、自らも乱れた服を整えて、「寝よっか」と提案し、ソーニャは「ああ……」と顔を真っ赤にしながら布団に潜り込んだ。

 やすなも、少し遠慮勝ちになりながらもソーニャの隣に体を入れて、落ち着いた。ソーニャは背中を向けている。だが、耳は真っ赤である。やすなから見てもさっきの事が原因だと理解出来た。この空気は少しばかりいただけない。そう思い、取りあえず話題を出してみることにした。

 

「そ、そう言えば二人で寝るのって二回目だよね!」

「…………ああ」

 

 やった、答えた! やすなはどうにかこの微妙な空気を打開できるのだと歓喜して、言葉を重ねた。

 

「あの時さ、なんだかんだで嬉しかったよ! 私の事気に掛けてくれて!」

「ああでもしないと、お前はうるさそうだったからな」

 

 淡々とソーニャは答えるが、その声色は少し安心したかのような雰囲気を持っていた。たぶん、自分と同じなのだろうとやすなは感じて、心の中で安心のため息をついた。

 

「あはは、本当にジュースとお酒を間違えるなんてマンガみたいだね」

「ほんとにな。普通酒って書いてるだろ。あとお前酔うとしつこくなるタイプだな。一番いやなパターン」

「うう、否定できないかも……じゃあソーニャちゃんは?」

「たぶん酔わない」

「ありそうだね。でも酔ったらなんか見境なくナイフ投げそう!」

「今投げてやろうか」

「すみませんでした」

 

 ったく、とソーニャはもぞもぞと体を動かして仰向けになって天井を見上げる。その目は幾分か落ち着いた表情だった。

 

「…………ソーニャちゃん」

「なんだ?」

「聞いていいかな」

「何をだ」

「人、殺しちゃったことあるん……だよね?」

「…………ああ」

 

 やすなは少しだけ深呼吸をして息を整える。どうしてこんな事を聞こうと思ったのだろう。自分でも分からなかったが、今ならもう少しソーニャに近づける気がした。

 ただ、それでも少し怖かった。仕事の時のソーニャの目は怖い。やすなは何度か見て来た。ただ、一番強烈だったのは前に二人で橋の下で雨宿りした時だ。顔が少し汚れていると指摘すると、ソーニャは血相を変えて手を振り払った。今考えれば分かった。あれは、血なのだと。

 

 布団の中で手を伸ばし、ソーニャの左手を握る。拒否の反応は無かった。少しだけ強く握ると、ソーニャもまた握り返したから少しだけ勇気が出た。

 

「その……人を殺すってどんな感じなの?」

「…………聞いて、どうする?」

「もう少しソーニャちゃんの気持ちが分かるかなって」

「……教えてもいいが、いい物じゃないぞ」

「じゃあ、初めての任務の時の話でいいから」

「……分かった」

 

 ソーニャは少しだけ間を開けて、ちらりとやすなの顔を見る。その仕草が妙に色気があって、やすなは少し顔が熱くなるのを感じていると、また天井に目線を戻して、ソーニャはその唇を開いた。

 

「初めては、ある施設の警備兵の一人だった。下っ端の下っ端だった私は、初めての実戦で与えられた任務がそれだった。音も無く接近し、ナイフで相手の背後から襲撃して致命傷を与える。ああ、上手く行ったさ。たったひと振りだ。それで敵は呆気なく崩れ落ちてやがて動かなくなった」

 

 もっと詳細に言うべきだろうか。ソーニャはそう思ったが、あまり過激すぎるのもよくないと考えた。首の頸動脈を切り裂いたときに隙間から血管が見えてそこから血が噴き出して、自分の顔に降り注いだなんて知らない方がいい。

 

「任務は成功した。けど、終わってから怖くなった。人を切る感触が手に残っていて、それで人を殺したんだと思うと急に怖くなった。今でこそ感情なんて捨ててるが、まだ子供だったからな。訓練されても怖い物は怖かった。それ以降、私は狙撃を中心にしていた。銃はよかった。人を殺したって言う感覚が無いからな」

「その台詞どこかの漫画にあった気がする」

「錬金術師なんて知らない」

「なら仕方ないね」

 

 ソーニャはもう少し昔の自分を思い出す。そうだ、確かにしばらく銃を使い続けていた。サイレンサー付きのハンドガンで後ろから打ち抜き、ビルの屋上からスコープ越しに敵を撃ち抜いたりしていた。でもな。しばらくしたら、敵を仕留めた時に「やった!」って言うようになっていた。そう、人殺しが楽しくなった瞬間だった。

 

「それから私の功績は増えて行った。でもしばらくしたら狙撃だけじゃ足りなくなったんだ。だからもう一度ナイフを握った。そしたら何のためらいもなく敵を切れた。そして、自分が生死のやり取りをして生き残ったと言う事がとんでもなく嬉しくなったんだ。まったく、お笑いだな」

 

 自嘲気味にソーニャは笑った。やすなはそんな彼女の横顔をじっと見つめて、握っていた手の指を一本だけ絡めた。

 

「でも、いつの間につまらなくなっていた。感情の高ぶりも高揚感も何も感じなくなっていた。ま、任務の時に感情を持ちこむのはご法度だから別によかったんだけどな。そんなこんなで今に至る。感じだ」

「そっか……よかった」

「何がだ?」

「だって、ソーニャちゃんにも色々な気持ちがあるんだなって知れたからさ」

「私だって人間だ。感情くらいはある。…………もっとも、お前のせいなんだけどな」

 

 ソーニャは語尾の言葉をぼそりと言い、やすなは上手く聞き取る事が出来ないで何と言ったか聞いたが、ソーニャは答えることはしなかった。今日は口がよく動く。自分はこんなにも口数が多い奴だったかと考え、私生活でやすなに振り回される自分を思い出して大差ない事が発覚して、ため息をついた。

 

「ソーニャちゃんため息多いね」

「お前のせいだバカ」

「いい傾向だよきっと!」

「んな訳あるか」

 

 そんなことないよ、とやすなは付け足した。自信に満ち溢れた彼女の声色に、ソーニャは少しだけ気になってやすなの方に振り向いた。それを見たおおよそ高校生のおバカは、満面の笑みになっていた。

 

「なんだかこう、人と話す時に心がこもってる感じがするって言うのかな。前は適当に流されたりしてたけど、今はしっかり人の話を聞いてる、って感じがする。うん、心が温かくなったんだよ! だからそのため息はソーニャちゃんの心が温かくなってる証拠!」

 

 そう言って、やすなはどうだ正論だろうと勝ち誇った顔になる。ソーニャはそうかもしれないと思う。ひとまず受け入れる姿勢を見せた自分の感情の変化だが、それがいい物か悪い物かまでの判断は今のところ無い。けど、ソーニャ自身は悪くないと思っている。笑顔のやすなを見る事は嫌いじゃない。むしろ安心するくらいである。

 

「ソーニャちゃん、前に言ってたよね。心が満たされるのが怖いって」

「お前……あの時起きてたのか」

「あ、怒らないで聞いて。取りあえず私はね、今のソーニャちゃんは普通の人として見るなら正解だと思う。けど、ソーニャちゃんの居る世界だったら、それは間違ってるかもね。たぶん、そのあたりで迷ってるんじゃないのかな」

「……お前にしては的確だな」

「でしょ~? で、ズバリソーニャちゃんはこのまま構成して一般人の女の子として生きていくのが最善です! はいこれで結論!」

 

 これぞ、ソーニャちゃん補完計画だ。とやすなは言うが、全く意味が通ってない適当にそれっぽい単語を並べただけじゃないかと突っ込みどころが満載だった。

 

「……お前、私が殺し屋辞められないの知ってるだろ」

「それでもだよ。辞められないっていうなら私が辞められるようになにかする。そうでもしないとソーニャちゃんはずっと迷うしかできないよ」

 

 えへへ、と笑うやすな。ソーニャも釣られて笑みを浮かべて、やれるものならやってみろと言って無意識に手を握った。ああ、もう駄目だ。今だけ、今だけ素直な自分になりたいと思った。

 

 やすなは察したのだろう。指を絡めて来て強く握ってきた。ソーニャもそれに応えて握る力を強くする。ああうれしい、こんな素直なソーニャは初めてだ。やすなは嬉しくなって笑顔が止まらなかった。手を握る力が強くなる一層一層、強くなって…………あれ、痛い。ちょっと痛い。愛の強さなのだろうか。いや待て、シャレにならない。痛すぎる。骨がミシミシ言ってるぞ。

 

「あれ、ソーニャちゃん? 痛いよ、ちょっと……あれ、これやばい、痛い、痛い、いだだだだだだだ!!」

「やすな、一つ気になったころがある」

「ななななななんでしょうか!!?」

「お前、その話覚えてるってことは、もう一つ覚えていたりしないよな、私の黒歴史」

 

 その瞬間、やすなは思いだした。ああ、思い当たる節が一つしかない。言わなければそのまま忘れていたかもしれないのになんてことだ。ああ、あれだ。ソーニャの言うことは恐らく、例のお泊まりの早朝である。ソーニャは何をしたであろう。ああ、そうだ。チューである。素晴らしきかなキッスである。ほっぺだが立派なチューである。

 

「おおおおお覚えてないです、別に頬に柔らかい感触があった事とか絶対覚えてないです!」

「ふんっ!」

「あぎゃぁあああああ! 覚えてないのにぃいいいいいい!!」

「本当の事を言ったら許してやる」

「覚えてます覚えてます、ソーニャちゃんが私のほっぺにチューしましたぁ!! 嬉しかったですぅ!!!」

「よし、素直でよろしい」

 

 と、ソーニャは一旦握りつぶす勢いだった手の力を弱めて、やすなは涙目でひーひーと唸る。ところでまだ握ったままなのだが、いい意味としてとらえるか悪い意味としてとらえるか、やすなは微妙な気持ちになる。

 

「ところで本当の事を言ったら許してやるって言ったな」

「は、はぃ……だから許して……」

「あれは嘘だ」

「あんぎゃぁあああああ!!!」

 

 再び手を握りつぶされ、やすなの悲鳴がクリスマスのスイートルームにこだまする。一瞬「パキッ」と言う聞いてはいけないような音が聞こえた気がしたが、まだぎりぎり耐えられている。だがいつまで持つか分からない。どうすれば許しをもらえるのかまったく想像がつかない。どうする、折部やすな!?

 

 打開策をやすなの人生史上最大の脳内回転で捜索するのだが、いかんせん容量の小ささが仇になって全く思いつかなかった。万事休すである。

 

 そう思っていた矢先、不意に力が無くなってソーニャの手が離れた。どうにか助かったのはいいのだが、少しばかり残念な気がした。が、こちんと額に額がぶつかる感触がして、目を開けてみる。やすなの視界に、ソーニャの青紫の瞳がいっぱいに広がっていた。近すぎてソーニャの体から、まだほんのりと残るシャンプーの香りが鼻孔をくすぐって、思わず胸が跳ね上がった。

 

「…………ソ、ソーニャちゃん?」

「……起きてるなら起きてるって言えバカ」

 

 怒り半分、照れ半分の口調でそう言った。頬はほんのりと赤くなっていて、少しだけ目を反らしていた。まんざらでもない、反応だった。ちょっとかわいい。

 

「だって、言ったらやめるんじゃないの?」

「ああ、そのつもりだ。起きてるお前にくれてやる唇なんてない」

「寝てたらいいの?」

「…………」

 

 ソーニャは何も言わなかった。が、もう一度額を軽くぶつけると、じっと上目づかい気味で睨む。肯定もしなければ、否定もしない。まったく言いたい事があるなら言えばいいのに、とやすなはニヤけてしまい、ソーニャに「なんだよ」と怪訝そうな顔で睨まれた。

 

「ううん、なんでもない!」

「……もういいだろ。寝るぞ」

「えー、おやすみのチューは~?」

「んなもんない」

「やってくれたらもう言わない。じゃないと明日も言う毎日言う朝から徹夜までずっと言う」

「うわ、うぜー」

「さぁさぁはやく! 私にかかれば一晩徹夜なんて造作も無いのだよ!」

「じゃあ目を閉じろ」

 

 おお、何と言うことだ! ソーニャが目を閉じろ宣言をした! そう、ついにソーニャが素直になる時が来たのだ。オッケーサイン、完全勝利した折部やすなUC。ホモなんかお呼びじゃない。今ここに新たなる塔が建造されたのだ。

 

 期待に胸膨らませたやすなは、目をそっと閉じていつでも準備完了の体制を取る。不意打ちで来るか、はたまたちょうどいい感覚とタイミングで来るか、やすなは胸の鼓動が一気に早くなるのを感じた。

 

 次の瞬間、唇に柔らかい物が触れる感触。ああ、ついに来た。柔らかくて温かい。しかし、少し違和感を感じた。何と言うか、唇に触れている面積がやたらと広い気がする。やすなはゆっくり目を開けてみた。

 

 口には、ソーニャの手が当てられていた。しかもやすなが目を開けたと分かった瞬間力を入れて、頬もろとも握られて息が苦しくなる。しまった、やっぱり素直じゃなかった。もごもごと口を動かすが、いやはやさすがはこり視野、手も足も出ない。

 

「調子に乗るな」

「むぐ~、もがもがわさわさ!」

「もう一度言う、調子に乗るな。そしてさっさと寝ろ。OK?」

 

 こくりこくりと、息が苦しくなったやすなは降参のサインを見せて、ソーニャは手を離して解放してやる。離されたやすなは盛大に酸素を肺に送り込んで血液の循環を正常域に戻して、抗議へと入った。

 

「もー! 酷いよ、あれ一歩間違えたら死んじゃうじゃん!」

「さっさと寝ろと言っただろ」

「いーだ! 意地悪な人の言う事なんて聞かない!」

 

 あーだこーだと言うやすな。勢いが増していくばかりで、ソーニャはもう一度口を塞ごうかと思ったが、恐らく懲りずにもう一度同じ事を言ってくるだろう。正直な話さっさと寝たい。いい感じの睡魔がやって来ていたからこれを逃したくは無い。逃したら目が覚めるだろう。ええい、もうどうにでもなれ。

 

「もー、ソーニャちゃん聞いてるの! やっぱりソーニャちゃんには愛が足りない! 私への愛が、プリーズ、ギブミー…………」

 

 結局、やすなは自分の言葉を最後まで言うことはできなかった。理由としては単純で、再び口を塞がれたからである。ただし、今度は手では無い。しっかりとやすなの唇に、ソーニャの唇が重なって、声を出せないようにさせていた。

 

 あまりに突然の出来事で、やすなの脳内はオーバーヒートを起こして完全に思考が停止する。なんだこれは、どうしてソーニャの顔がこんなに近いのだ。と言うか、この唇に触れている物はなんだ。本物の感触、だというのか。

 

 やすなはようやく思考が回って、自分が今ソーニャとキスをしているのだとようやく理解した。なんて柔らかいのだろう。そして、間違いなく血の通った温かさを感じる。それで、少しずつ湿って来て、ほんのりとソーニャの唾液が混じった所で唇を離された。

 それと同時に、ソーニャは体をひるがえして布団を頭までかぶり、やすなは顔が熱くてしばらく呆然としているだけだった。たぶん、真っ赤だ。どうしたらいいのか分からない。ようやく冷静さを取り戻したときは、ソーニャの寝息が聞こえ始めていた。

 

「……えっと」

 

 普通に考えて寝るのが妥当なのだが、どうも落ち着かない。手持ち無沙汰と言う奴だろうか。やすなはもぞもぞと体を寄せて、ソーニャの背中に頭を置いてみる。温かい。思いの外落ち着いた。

 

 まだ少しだけ緊張はしたが、何もしないよりかはいい気分だった。そして、やすなは自分が本当にソーニャの事が好きだったのだと再認識した。少し人間としてはおかしいかもしれない。けど、自分はそれでもソーニャの事が好きなのだ。いいじゃないか、それで。

 

「ソーニャちゃん…………大好き、だよ」

 

 小さくそう言うと、やすなは満足したのかそのまま目を閉じて深い眠りに入った。何か楽しい夢でも見れたらいいな、と思っていたが、疲れていたのか朝までぐっすり眠っていた。

 

 ソーニャにとってそれは幸運だった。後ろで自分に寄り添って寝るやすなに対して緊張しながら早く眠れないかと考えていた。実際寝ていなかったから、やすなの告白もはっきりと聞こえていた。

 

 やすなの気持ちを知ったが、なら自分はどうすればいいのだろうか。自分もやすなへの複雑な感情には気づいている。だが、具現化するには少し勇気が必要だ。いや、してはいけないのかもしれない。したら間違いなく今までの自分が崩壊するだろう。

 

(ったく、人の気も知らないで告白なんてしやがって)

 

 はぁ、と今日何度目か分からないため息を吐いてゆっくりと向き直る。安らかな寝顔である。まったく、黙っていれば一級品の可愛さを持っているのに、普段があれだとまったくもったいない。だが、次に上品でおしとやかなやすなを想像してみると、それはそれで納得のいかない結果になった。ある朝「おはようございます、ソーニャさん」なんて言われたら顔の血管全てが浮き出る様な顔芸になりかねない。ああまったく、よく分からなさ過ぎて頭が痛い。

 

 ぷに、とやすなのほっぺを人差し指で突いてみる。柔らかい。さわり心地もつねり心地もあるもちもちとした肌である。ぷにぷにと数回ほど押し込んで、やすなが「う~ん」と動いた辺りで指を離す。

 

「…………ま、いい」

 

 ソーニャは考えるのを止めた。今日はクリスマスだ、罪を許す日。罪なんて数え切れないくらい重ねてきたが、人間らしい事の一つくらいしてもいいだろう。今晩だけ、やすなの事を好きでいてもいいじゃないか。

 

 ソーニャはこつんと、また額を当ててみる。やすなの香りが鼻の奥に届いて脳内を刺激して少し心拍数が増加する。起きていないだろうか? しかし寝ているふりならここまで来たら平静を保っていられる訳は無いから寝ているのだろう。

 

 そっと額を離して、もう一度寝ているやすなの顔を見る。髪の毛に手を触れて撫でると、ほんのり湿った髪の毛がソーニャの手に絡まると、するりとすり抜ける。ソーニャはその辺りで満足して、そう言えばまだ服を買ってもらった礼を言ってなかったから囁くように「ありがとう」と言い、もう寝ようと瞳を閉じた。

 

 思いの外落ち着きを取り戻していた。開き直るのも案外いい物だ。おかげで睡魔が再びやって来ていた。これなら大して時間もいらないのだろう。ソーニャは目を閉じて呼吸を一定に保つ。そのおかげもあってか、十分と経過しないうちにソーニャも眠りについた。

 

 その眠りの中で、ソーニャは久々に夢を見た。やすなが笑顔で手を引いて走り出し、自分はそれにただついていく夢。どこまで行っても自分とやすなの二人しか居ない世界だった。ソーニャも笑みを浮かべてやすなに着いていく。夢の中の薄暗い空は、二人をただ見下ろしているだけだった。

 

 

 

 

「それでだあぎり」

「はい、なんでしょ~?」

「お前は一体どこから私たちを見ている」

「うふふふ~。それは~」

 

 あぎりは人差し指を唇に当てて、軽くウインクしていたずらっぽく笑うと、

 

「秘密♪」

「だろうな」

 

 

 

 

 

 

 

聖夜雪降れ塔増築


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