俺の人生にこんな彩りがあるとは思わなかった   作:猫ノ助

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やっぱりRoselia編を終わらせてからパスパレ編に移りたいと思いますっ!

いろいろお騒がせしてすみませんでしたっ!!


緊張はするものだよねー

 羽丘学園 二年A組 朝礼前。

 

 

 はぁ……明日はついにライブかぁ……。

 

 

 アタシは自席に座りながら憂鬱げに窓辺から快晴空を仰ぎ見る。

 

 

 ここ最近の練習はハードで、アタシもそれなりにベースの勘を取り戻せはしたけど、他のメンバーと比べてもやっぱりまだまだ実力は伴ってない。

 

 

 友希那は相変わらずの歌唱力だけど、紗夜のミスタッチの少ない音色や、あこも小さな体からは考えらんないパワー溢れるドラムを叩くし、一番ブランクがあると懸念してた燐子が何気に一番ヤバイかもしんない。

 

 

 何がヤバイって、安定感というか安心感というか……。とにかく、燐子の音色はアタシ達の個性的なバンドの音を完全に調和させている。

 

 

 そこはツルギの言った通りだったかもね。キーボードはそんなに触ったことがないって言ってたけど、あんな音色を出せるんだからやっぱり実力はホンモノなんだと思う。

 

 

 そーなると、今のバンドで一番の懸念点というか弱点になるのは確実にアタシだ。技術力も乏しくてみんなの音についていくので精一杯のアタシでは足手纏いになるかもしんないよね。実際、練習の時から友希那と紗夜に怒られっぱなしだし。

 

 

 このままだと間違いなくライブでヘマをしてしまう……そんな悪い考えが過ぎって仕方がない。

 

 

「ねーリサちー」

 

 

 そうやって憂鬱げに気分を落としていたアタシに声をかけてきたのはクラスが同じで友達の氷川 日菜だった。

 

 

 周囲の人を巻き込んで面白いことを画策するのが好きな活発で奔放。それでいて教科書を見ただけで、常にテストで満点トップに立つ天才気質の女の子だ。

 

 

 運動能力も高くて、この前は入学したてとはいえ新一年生で作られた男子サッカー部の部員を全員抜きしたとか言ってたし、ちょっと常人とは違った子。だけど、人当たりもいいしアタシ的には気さくでいい娘なので仲良くさせてもらってるよ。

 

 

「うちのお姉ちゃんとバンド組んだってほんとー?」

 

 

 そんな日菜がにこっと笑顔を浮かべながらそう訊ねてきた。それにしても、お姉ちゃん? 

 

 

「えっ、お姉ちゃんって……あ、そっか。日菜って双子なんだっけ──て、あれ? 紗夜の名字ってたしか……」

 

 

 そーいえば、“氷川”だったような? それに日菜の名字もたしか“氷川”だったよね? 名字が合ってて、この似寄った顔立ちって……。

 

 

「そー。氷川紗夜。あたしのお姉ちゃん」

 

 

 あー! 言われてみれば納得ぅ〜! 雰囲気とか性格とかは全然違うけど、顔立ちとか髪色もめっちゃ紗夜に似てる!

 

 

 得心いったように頷いていると、日菜は目をるんるん♪ と輝かせながら顔を近づけてくる。って、近い近い!

 

 

「あたしには何にも話してくれないからさー。いろいろ教えてほしーなっ」

「? いいけど……なんで紗夜は日菜に話さないのー?」

 

 

 日菜に聞き返すと、少しだけ顔を曇らせて落ち込んだように俯かせる。

 

 

 あ、これは地雷ってやつ? アタシ、知らないうちにダメなこと聞いちゃったかな? でも、紗夜と日菜って双子の姉妹なんだよね? だったら、話をしないなんて聞いたらどーして? って疑問が浮かぶのは当然だと思うし……だけど、姉妹間でなんか複雑なことでもあるのかも。

 

 

「んーー。まぁいいじゃんそれはっ。それよりバンドしてる時のお姉ちゃんってどんな感じ? 楽しそう? 嬉しそう?」

 

 

 複雑な心境に苛まれるアタシとは違って、すぐに気を取り戻した日菜はすぐに燦々と目を輝かせて興味津々と言わんばかりに詰め寄って質問攻めしてくる。

 

 

 それにしたって日菜の圧がすごい!? どんだけお姉ちゃん好きなのさ!

 

 

「えっ? う、うーん……いつもと変わらないんじゃないかなぁ……?」

 

 

 アタシは困惑しながらも、苦笑いを浮かべて答えた。

 

 

 いつも生真面目そうな顔してるし、常にピリピリしてる感じ? でも演奏が上手く行ったりしたら、ちょっとだけ優しくはにかむのはグッときたりするかも……。

 

 

「そっかぁ。いつもと変わんないのかー」

 

 

 アタシの返答は予想通りだったのか、少し残念そうに肩を落とす日菜だったが直ぐに気を持ち直して笑いかけてくれる。

 

 

「じゃあ、またお姉ちゃん関連で何か面白い話があったら教えてねっ」

「うん。わかったよ☆」

 

 

 それにしても紗夜に関して面白い話かぁ……。今はそれどころじゃないけど、紗夜のことだけじゃなくてもう少しみんなのことをちゃんと知る機会にはいいかもしれない…………ん? メンバーといえば、ツルギはどーなんだろ?

 

 

 日神 剣といえば、この学園では有名人……というか、問題児扱いされてる一年生のこと。

 

 

 なんでも、入学式早々に暴力沙汰を起こして二人の不良を病院送りにしたって言う曰く付きらしい。

 

 

 そのせいで学年やクラスを問わず、みんなツルギのことを誤解しちゃって目の敵にしてる節がある。

 

 

 アタシは直接話したり、彼のキーボードの音を聴いてそんなヤバイ男の子じゃないってわかるけど、やっぱりあの目付きだしみんなが近寄りがたいってのはわかるかな。

 

 

 けど、話してみればわかる。ツルギは訳もなく人を殴る子じゃない。噂通りのヤバイ男子なら、あんなにも真剣にアタシたちと向き合ってくれないはず。

 

 

 きっと何か訳があったんじゃないかって、今はそう思ってる。

 

 

 一度、バンド結成に至るまでのことを振り返ってみる。

 

 

 一、紗夜がツルギと友希那の演奏──もとい喧嘩を観賞して友希那と組んだ。

 

 

 ニ、あこがツルギからアドバイスを貰い(あこ談)、ツルギに背中を押してもらったアタシを含めてセッション。のちに合格。

 

 

 三、ツルギの推薦で燐子の存在が発覚し、あこやアタシと同じくセッションして文句無しの演奏でメンバー入り。

 

 

 四、めでたくバンド結成!

 

 

 こうやって振り返ってみると、ほとんどの出来事にツルギが絡んでいる。それも意外ときっちりと内輪に入り込んでいる。

 

 

 これは、自らの意思で裏方的な役割を担っているようなものだよね──はじめは友希那に巻き込まれたみたいに感じるけど……。

 

 

 アタシの場合も、偶然会っただけってのは大きいけどしっかりとアタシの愚痴っぽい話も聞いてくれた上に背中まで押してもらってるし……。

 

 

 なんだかんだ言ってた紗夜とか、普段物静かな燐子もツルギのこと認めてるし、あこも楽しそうに彼のことを話すし。それに……ツルギを一番最初に見つけ出した友希那だってそう。

 

 

 こーなるべくしてなった、みたいな感じの今だからこそなお思う。

 

 

 ここまで上手く事が運ぶとなると、もしかしたらツルギはこーなる事を初めから意図していたのではないか──そんな予感がする。

 

 

 確証はない。だけど、そんな気がしてならなかった。

 

 

(……だったら、ちょっと相談してみてもいいかも?)

 

 

 この不安な気持ちを後輩に聞いてもらうなんて、先輩失格かもしんないけど、今のアタシが頼れるのはツルギだけだから。

 

 

 

 

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 羽丘学園 一年A組教室 昼休み──

 

 

 今日は特段変わったような予定もなく、ただただ凡庸な日。

 

 

 授業も特別変わった内容はなく、隣の席の子もいつのまにか消えているのも変わらず──本当に落ち着き払った午前中を過ごして昼休憩を迎えた。

 

 

 これほどまでに落ち着き払った一日というのも久方ぶりだろう。

 

 

 思えば、入学初日の事件から怒涛のイベントラッシュだった。休日も、休日なのに全く休まった気がしない。主に、精神的に……。

 

 

 普通の一般学生に求めるキャパシティを既に超えている。『お願いだからこれ以上はイベントを起こさないでくれっ!』、などと心の底から何度切に願ったことか。

 

 

 そしてようやく……! ようやっと神に俺の切願が通じたのか、午前中は常に求めていた平穏な時間を過ごせている!

 

 

 思わず昼休憩に入った途端に発狂しかけたくらいだ。それほどまでに、今の俺は何の代わり映えのない時間を謳歌したくて仕方がなかった。

 

 

 羽沢もなにやら予定があって昼練もないし級友の刺々しい視線も収まりつつあるので、わざわざ外に出て昼飯を胸寂しく一人で食べる必要もない。

 

 

 よってここ最近の目紛しい忙しなさから嘘みたいに解放され、ようやく普通の生活を堪能できるのだと心の底から安堵しながら指定鞄から自作弁当を取り出した頃合いだった。

 

 

 そう、ここまでは何の問題もなくただの平穏な一日を過ごしていた。だが……

 

 

「──やっほー☆ 日神剣て、ここに居る?」

「「「「おいゴラァッ、日神……! ちょっと面貸せやっ!」」」」

 

 

 ──その淡い夢物語も、美人が多く集まる我が学園でも五本の指に入るほどの絶大な人気を誇る美人ギャル先輩──今井先輩が突然来訪し、俺を呼びつけるまでの短い間だけの話だ。

 

 

「あ、ツルギいた──て、泣いてるっ?」

 

 

 目から流れてるのは涙ではなく汗なので放っておいてください。

 

 

 

 

☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎

 

 

 

 

 音楽室にて──

 

 

「ツルギ、まだ怒ってるの?」

「……怒ってませんよ」

「いや、そんな眉間にしわを寄せながら言われても説得力ないよー」

 

 

 結局、教室に居た堪れなくなってしまった俺は、今井先輩を連れ立ち、もはやホームとなりつつある音楽室を訪れ、苛立ちを少しだけ募らせながら広げた弁当にパクついていた。

 

 

 今井先輩はそんな俺の様子を見かねて、さすがに悪いことをしたと言ったふうに謝罪をしてくれるが、別にこの人が全面的に悪い訳じゃない。

 

 

 ま、用事があるのなら最初から連絡の一つでも寄越してくれれば(以前、何かの縁で連絡先を交換済み)良かっただろうし、そう言った意味では彼女にも落ち度はある。

 

 

 とはいえ、俺の機嫌を害しているのは九割方あのクラスメイト達の煩わしさであって、今井先輩への怒りは一割にも満たない。

 

 

 たしかに絶賛問題児扱いされているような俺を、人気ランキングでもトップを走るような先輩が呼び出したとあらば、少々の話題にはなるだろう。それも隣の者同士で小声の雑談程度のはず。

 

 

 しかしあのクラスメイト共。日々流を筆頭にして、やけにこの手の話題には喧しい。他のクラスと比べても男子生徒が多いA組だが、いくらなんでも餓鬼にも程度がある。

 

 

「はぁ……すみません。ちょっと八つ当たりみたいなもんです。気にしないでいただけると助かります」

 

 

 嵩張った心労をこれ以上見せないように繕って、懸命に微笑う……が、上手く笑えず強張った表情を浮かべているのは自分でもよくわかる。

 

 

「ホントに大丈夫?」

 

 

 実に完成度の高い筑前煮を頬張ってから、本当に心配そうに眉根を下げて俺の顔を覗き込んでくれる今井先輩。本当に、この人はいい人が過ぎる。

 

 

 短い付き合いだが、今井先輩は非常に他人の面倒見がいい。その分自身のことを蔑ろにしている……つもりはないんだろうけど、若干卑下している部分はある。もう少しその優しさを自分に向けて欲しいぐらいだ。

 

 

 ギャルギャルしい容姿だから最初は少し忌避感を出していた俺自身が忌々しいほどに、彼女の中身は乙女全開お姉さん。どこまで行っても今井リサという女性は“女子力の高い乙女”らしい。

 

 

 とはいえ、これ以上先輩に迷惑をかけるというのも気が引ける。本格的に気落ちする前に弁当を平らげピアノ椅子に座り込む。

 

 

「ま、ちょっぴり気落ちしてましたけどなんともないです──それより、俺のピアノ、聴いてくれませんか?」

 

 

 俺は指を解しそっとピアノ盤に軽く触れながら、そう言った。

 

 

 ポロン♪ と澄み渡った一音が音楽室内に響き渡ると、今井先輩はきょとんとした顔を浮かべた。

 

 

「……え? 何か弾いてくれるの?」

「まぁ……八つ当たりした俺の様子をカッカせずに心配してくれたお礼といいますかお詫びといいますか…………とにかくそんな感じです」

 

 

 そう言いながら苦笑する。

 

 

「すぅ…………ふぅ…………、──っ」

 

 

 俺は意識を瞬時に切り替え、鍵盤上の指を軽やかに弾く。

 

 

 

 

 ショパン:【幻想即興曲】

 

 

 

 

 浸るは、『幻想』。抱くは、『理想』。

 

 

 この曲の特徴としては、比較的に軽やかでスピーディーな点に耳が行きがちだが、本質は『華麗で美しい』。

 

 

 基本、美しいと称される曲はスローテンポな音色が多い中、この曲はメリハリのついた緩急が曲全体を織り成す。

 

 

 まるで舞踏会に足を踏み入れたような心地よい気分になる。ダンスホールの中央で、シャンデリアが煌びやかに輝く世界で幻想的な精霊と共に美を追求した舞踏を舞う光景が、世界が、視界いっぱいに広がる。

 

 

 時に流麗に、時に情熱的に、時に淡麗に──真紅のドレスを華麗に翻しながら舞う女精霊が、なんとも楽しそうに、そして心地よさげに舞い踊る。

 

 

 万人を酔いしれさせる妖艶なる魔性のダンスが会場全体を包み込み、やがて人々の心と視線をまとめて奪う。

 

 

 あまりに『幻想的』な情景に、奏者である俺ですら、すっかりと虜にされている。艶があって気品の溢れる一つ一つのステップに、その魔性と溢れんばかりの高貴な品格に目を奪われる。

 

 

 実はこの曲、生前のショパンが公表したものではない。寧ろ、彼は遺言にて「自分の死後、この楽譜を燃やして処分して欲しい」と周囲の人間に頼み込んでいたようだ。

 

 

 しかし、そんなショパンの最後の頼みに背いたのが、友人のユリアン・フォンタナだった。ショパンが編曲した内容を微小に変えて世間に公表した。

 

 

 ショパンがこの曲を生前公表しなかったのは、モシェレスの即興曲・作品八九や、ベートーヴェンのピアノソナタ第十四番【月光】第三楽章のカデンツァとの類似性があると判断されたためと世論では考えられているが、実のところ、それが本当の理由なのかは、定かではない。

 

 

 故に、これは俺の独自解釈でしかないが、ショパンはこの曲を誰にも魅せたくなかったのではないだろうか。自分の胸にそっと刻んでおきたかったのではないか。この曲に触れると、毎回、そんな幻の胸中が過ぎる。

 

 

 この曲を創ったショパンは、その魔性に自らが呑まれてしまったのではないか。彼は、一八四九年の十月一七日に三九歳でこの世を去ったのだが、同じ年に、姉であるルトヴィカと最後の再会を果たしている。その時の彼には、もしかしたら、姉の姿を結核で亡くなった妹、エミリアの姿に置き換えていたのかもしれない。

 

 

 誰の面影を浮かべてこの曲を創り出したのか、それはショパン本人しかわからないし、きっとこの憶測も所詮は憶測でしかない。

 

 

 だけども、もしこの憶測が当たっていたとするなら。慥かに、これはショパンの胸中だけに遺しておくべき秘曲だったのだろう。ユリアンに悪意があったわけではないのかもしれないし、どうであれ世間に広まった以上、この曲の真意などお構いなしに誰もが奏でる。

 

 

 だから、他の演奏者はどうであれ、俺はこの曲をショパン一家に向けた鎮魂曲として奏でることにしている。

 

 

 もし、エミリアが病弱ではなかったのなら。

 

 

 もし、エミリアが結核で死んでいなければ。

 

 

 もし、エミリアが自分よりも早く芸術の世界に飛び込めていたのなら。

 

 

 そんなショパンが抱いた、切なくどうしようもない現実を憂いた万感を思い描きながら、その『幻想譚』を紡ぐ。

 

 

 ──あぁ……。そうか、これがショパンの抱いた『理想』か。

 

 

 家族団欒と過ごし、時にはパーティーを開いて社交舞踏を披露する仲睦まじい妹を、両親と姉、そしてショパンが優しく見守る暖かく柔らかな世界。

 

 

 「こんな世界であればどれだけ良かったことか」、とショパンの沈痛な想いが直に込められているような気がして、俺の指は悲しさを吹き飛ばさんとばなりに『理想』の情景を弾く。

 

 

 せめて安らかに……。

 

 

 そんな想いを乗せながら、最後の一音を音楽室内に響かせた。

 

 

 

 

☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎

 

 

 

 

 あのとんでもない演奏の直後。アタシは、あまりの衝撃に頭を真っ白にして座り込んでしまっていた。

 

 

 ツルギがピアノを弾ける、て言うのは知ってたし、友希那と一緒にライブで演奏していた場面も実際に観てた。あの時の演奏もとんでもないものだったし、あの演奏があったからこそ、アタシはベーシストとして友希那の横に立つ決意をしたんだから、忘れられるわけがない。

 

 

 だけど、今の演奏は前とは別物。説明は出来ないけど、これはツルギとは違う、全く別の人の世界を魅ている気がした。

 

 

 そーなるように、ツルギが魅せていただけなのかもしれないけど、あの情景は悲しくて、それでも暖かいものでアタシの感情を揺さぶってきていた。

 

 

「……今井先輩が何に迷ってるのか、予想が出来ないわけじゃないですし。それが間違いというつもりはないですけど──その不安ごと音を振るえばいいと思いますよ」

 

 

 かぱっ、と鍵盤蓋を閉じたツルギが真っ直ぐな瞳でアタシを見つめながらそう言った。

 

 

「……不安ごと、振るう?」

「俺は、ごちゃごちゃと迷っちゃうくらいなら不安ごと楽器を弾けばいいと思いますよ。実際、俺はそれでやってますし」

 

 

 ……それはツルギの感性があるからこそ成り立つものなんじゃ? という喉元まで出かけた言葉を、ツルギがまだ何か言いたそうだったので、咄嗟に呑み込む。

 

 

「これは、違う人にも似たようなこと言ったんですけど……。今井先輩には頼れる仲間が四人もいるんですから、ちょっとしたミスくらいなら失敗の範疇には入りませんって」

「だ、だけど……それで失敗したら──」

 

 

 アタシはベース。リズム隊だ。アタシが崩れればみんなが崩れる可能性が高い重要な役割を担ってる。ドラムのあこも同じような役割だけど、アタシの場合は技術力がないから、あこの足を引っ張りかねない。

 

 

 けど、そんなことお構いなしと言った感じに不敵な笑みを浮かべるツルギ。

 え? ツルギって、こんな悪どい笑い方するんだ。

 

 

「正直言って、湊先輩が出てくる時点で今回のライブは勝ち確みたいなもんでしょ」

「え……?」

「だってそうでしょ? 今回のライブは、『あの孤高の歌姫が、バンドを組んでライブをする』、ていう趣旨になってる時点で、大半の観客の目当ては湊先輩の歌であって今井先輩達の演奏じゃないですよ。勿論、湊先輩が選んだ人達がどんな実力者なのか、て値踏みする人もいるでしょうがそんな輩は少数です、少数」

 

 

 アタシは、少しだけツルギの事を誤解していたのかもしれない。

 

 

 顔付きは怖いし何を考えているのかわからない時もある。と思えば、俯瞰的に物事を見ていて、それでもやっぱり人とは積極的には関わりにいかない。

 

 

 そんなちょっと冷えた印象。

 

 

 良い意味でも悪い意味でも冷血漢かと思ってた。

 

 

 でも実際は、不器用ながら人を励ましたり慰めたりすることのできる優しく温もりのある子だった。

 

 

 その言葉が“嘘”であると分かっていたとしても、彼が言えば“本当”のように感じられる、摩訶不思議。

 

 

 さっきの演奏だって、八つ当たりと言ってたけど、実のところはアタシに配慮したに違いない。

 

 

 そして以前もそーだったように、ツルギは細かい事情を知らないはずなのにアタシの真意に対して的確な言葉をかけてくれる。どこからどーやって事情を察しているのか、アタシにはさっぱりだ。

 

 

 だけど、わざわざ気遣ってくれたことは分かるし、本当に落ち着いた。何気ない言葉だったし“嘘”も混じっていたけれど、アタシにとっては、何よりも落ち着く言葉だった。

 

 

 だから──

 

 

「──ありがとね、ツルギ」

 

 

 ──自然と、感謝の言葉が溢れた。

 

 

 

 

☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎ ☀︎

 

 

 

 

 何やら迷いの感じられた今井先輩の表情が晴れ、その後、教室に戻る彼女の背を見届けてから音楽室に戻った──

 

 

「これで良かったんですか──湊先輩」

「……えぇ」

 

 

 ──ところで、ぬっと机の下から現れたのは、孤高の歌姫こと、湊友希那先輩だ。

 

 

 相変わらずの綺麗な銀髪をばさっとかき上げながら、鋭い双眸を俺にまっすぐ向けてくる。

 

 

 昼休憩に入って今井先輩から呼び出しを受けた直後、俺のスマホに湊先輩からの連絡が来ていて、その内容というのが……。

 

 

『リサの様子が朝からおかしいの。私から言っても心労にしかならないと思うから、あなたからリサに何か言ってもらえないかしら?』

 

 

 ──というものだった。

 

 

 うん。なんというか、あれだな……。仲良いのな、貴女達。流石は幼馴染ということだろうか。お互いにお互い気にかけている……というより気にかけすぎる関係といったところか。

 

 

「これで、リサの肩の力が抜けていると良いのだけれど」

「そこまで心配してるんなら自分から声かけでもしてやれば良かったじゃないですか。きっと、今井先輩だって湊先輩に声を掛けてもらった方が気が楽になると思いますよ?」

「そんなことない。音楽しか能のない私から声をかければ、絶対にリサは過度な反応をしてしまうわ」

「……俺も音楽人ですけど?」

「あなたは何か違う。何かはわからないけれど、リサはあなたに何か“特別”な感情を抱いてる」

「こんなにも付き合いが短いのに、“特別”も何もないでしょ。買い被りすぎです」

「そう?」

「はい」

 

 

 何を根拠にしてるのかわからないが、そう簡単に人の“特別”になれるのなら俺はこうしてボッチな学生生活を送ってなどいない。

 

 

 自分で言ってて、虚しいけれども事実だ。

 

 

 それよりも、ここまでお互いに依存しあっている癖に、自分の弱味を絶対に見せようとしない歪な関係性は見たことがない。

 

 

 部外者に近い俺でさえため息混じりなのだから、きっと親御さんは頭を抱えて胃痛を堪えていることだろう。

 

 

 相手の機微には気づいているのに自分からは踏み込みに行かない、一歩引いたところから相手を支えようとした今井先輩。

 

 

 相手の意思に応えたいと思っているのに、自分の大きなプライドを優先して相手の大切なところへ踏み込めない湊先輩。

 

 

 お互い難儀な性格ゆえに生じた齟齬は、いつしか関係の互壊を招くこと必至。

 

 

 必ずどこかで解いておかなければならない事柄だ。

 

 

 だとしても、今の彼女達に何を言っても聞く耳持つとは到底思えないし。

 

 

 結句、本人達が気付こうとして気付かなければ、そこに意味などありやしない。

 

 

 正直に言おう。俺は、彼女達の行く末がどうなろうが心底どうでもいい。

 

 

 彼女達の関係性が破綻したのならば、それはその程度の繋がりだったというもの。

 

 

 冷めてる自覚はある。冷酷と言われてもいい。

 

 

 俺は聖人君子じゃないし、彼女達の保護者でもない。

 

 

 そこから先の事情に他人である俺が関わる義務など微塵も持ち合わせない。

 

 

「──強い意志による盲目……か」

「? 何か言った?」

「いえ、何にも」

「? そう」

 

 

 何にせよ、彼女達のバンドが聳え立つ難攻不落の壁に行く道を遮られてしまうのは、案外早いのかもしれないな。

 

 

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