俺の人生にこんな彩りがあるとは思わなかった   作:猫ノ助

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貴方は“感覚派”? それとも“理論派”? もしかしてぇ……

 俺にとって音楽とは、『感情』である。

 

 

 演奏に息を吹き込む『感情』。演奏を受け入れる『感情』。情景を描き出す『感情』。人の心に届かせる『感情』……様々な『感情』が重なって音楽が出来ているのだと、俺はそう思っている。

 

 

 無色透明の音楽があってもいい。極限まで薄れた『感情』の籠もった音楽は、時に人の心の奥底にまで浸透させることだってあるのだから。

 

 

 様々な彩に満ちた音楽が素敵とは限らない。『感情』豊かな音楽は、時に人の心をズタズタに傷付けることだってあるのだから。

 

 

 そうしたように、『心』という“キャンパス”に『感情』という“絵具”を使って一つの絵画を創り上げるのが、『演奏家』の役割だろうと、俺は考えている。

 

 

 けれど、ある人は真逆の説を唱える。

 

 

 音楽は『技術』こそ至高だと、とある人間は語った。

 

 

 演奏を支える『技術』。演奏を納得させる『技術』。世界観を崩さない『技術』。人を圧倒する『技術』……様々な『技術』があってこそ、音楽は輝くものだとその人は思っている。

 

 

 気概は必要。だが、『感情論』は不要。人々が求めているのは圧倒的なパフォーマンス。個々の『技術力』こそ至上。

 

 

 そうしたように、人々の『心』という“メモリ”に『技術』という“データ”を残すことこそ、『演奏家』の役割だと、その人は考えている。

 

 

 『技術』に埋れるか、『感情』に呑まれるか……または、その両方なのか。

 

 

 こうして改めて考えてみると、音楽とは実に奥深い。

 

 

 千差万別の考え。多種多様な見方。数多の価値観……そうしたものを全部ひっくるめた物が音楽だとするのなら、神様は途方もない命題を人間に与えたことになる。

 

 

 人が人である限り、『解答』仕様のない永遠の命題に対して、果てなき議論が繰り広げられる。

 

 

 意見が対立しているのに気が合うのは、そうしたものがあるからなのかもしれない。

 

 

 そう、だからこそ……音楽は面白い。

 

 

 

 

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 ヒソヒソ……。

 

 

「あれが……」

「あぁ。入学式早々に殴り合いの喧嘩したヤバいやつだろう?」

「雰囲気ヤバっ」

「目つき悪いよね」

 

 

 初登校日。

 予想通りというべきか、校門前に到着すると俺を侮蔑する生徒達が多数いた。

 ヒソヒソと陰口のようなものが飛び交うところを聴く限り、俺への評価は相当低いものらしい。

 

 

 内心で溜息をつく。

 正直、他人にどう思われていようがどうでもいいが、変に注目を浴びるのは好きではない。

 ピアノを弾いている時の好奇の視線は好き……とまで言わないが、それなりに受け入れられる。

 だが、侮蔑の目となると、やはり心が追いつかない。精神的に疲労が嵩張りやすい。

 

 

 耐えられないものではない。けれど、俺はわざわざ苦心を甘美に変えて味わえるマゾという訳ではない。

 

 

 そうなってくると、やはり胸の辺りがモヤッとするように堪えた。

 

 

 こうして憂鬱さに苛まれながら、俺の新たな学校生活が幕を開けた────。

 

 

 

 

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 羽丘学園。

 昨年まで女子校だったエリート進学校。少子高齢化に伴って、生徒数の激減により今年から男子生徒の募集を開始したことでも巷では有名な学校だ。

 

 

 元女子校ということもあり、男女比は3:7と女子率が圧倒的と言わざるを得ない。

 

 

 それでも、この高校に進学した勇猛果敢な男子生徒の大半の進学理由が“ソレ”なのだから大したものだ。ある種の尊厳の意が湧く。

 

 

 逆に、下心満載の目に晒されている女子生徒達の男に対する蔑んだ視線は、非常に痛々しい。

 

 

 ま、当然だろう。

 これだけ明らかな下劣さに半日中、付き合わなければならないのだ。彼女達の徒労は計り知れないだろう。

 

 

 ただ、俺と彼らを一緒くたにするのはやめてほしい。俺は決して下心があってここに進学したわけではないのだから。

 

 

 俺がここを進学した理由。それは単に、ウチの母がここの卒業生であるからだ。

 

 

 ここが共学化されると知らされる前の、俺の希望は都心の進学校であり、希望理由は大学の推薦枠で選んだ。ただ、あそこは遠い。電車を乗り継いでも相当な時間を掛けてしまう。

 

 

 そこで母から紹介を受けたのが、ここだった。

 

 

 丁度、今年度から共学化が始まり、距離もまぁまぁ近い。自転車で行けば約二〇分程で登校できる。

 

 

 母の母校も気にならなかったわけではないし、推薦枠も希望元と大して変わらないので丁度良いと思ったのでここにした。たったそれだけの理由である。

 

 

 大半の男子生徒のような女性に対する欲求願望を持って入学していないことだけは、知って欲しい。

 ……どうせ無理だろうけど。

 

 

 一種の諦めを抱きながら、今日から級友となる者達の顔を疎に見る。

 好奇の視線を向ける者、明らかに侮蔑する者、目を逸らす者……各々の反応を俺に対して見せるが、よく思っていない者が大半だろう。

 

 

「それでは、日神君。皆さんに自己紹介をお願いします」

 

 

 朝のホームルームに黒板前に立たされた俺は、担任の女性講師から自己紹介を促される。

 

 

 えぇ、この険悪なムードの中で自己紹介とか、メロンソーダにコーラとオレンジジュース、最後にブラックコーヒーを混ぜたゲテモノを飲まされるぐらいの罰ゲームなんですけど……。

 

 

 アレ、飲み終わった後に熱が出て二日は引かなかったなぁ。今となってはいい思い出だが。

 

 

 こんなふうに現実逃避をしていては話が進まないな、と諦観を示して前を向いた。

 

 

「訳ありで今日から初登校となった日神 剣です。どうか一年間よろしくお願いします」

 

 

 ありきたりな自己紹介をすると、一瞬だけシーンとした間が空く。

 見渡すと、茫然とした級友達が口を半開きにしていた。

 

 

 ……何かやらかしてしまったのだろうか?

 

 

 少し心配になるが、次の瞬間には普通の拍手がまばらに起こっていた。

 どうやら、問題はなかったようだ。

 詳細はわからないが、どうにも訳ありな俺にしては至って普通の自己紹介に驚いていたのかもしれないな。と、勝手に解釈して勝手に安堵する。

 

 

 教師が一つだけポツリと空いた座席を指差し、「日神君は、あそこの席でお願いします」と、案内してくれたので大人しく着席する。

 

 

 窓際の一つ隣後方部に位置するそこは、普段サボり気味の人間にとってはベストポジションと言えよう場所だった。

 まぁ、俺は授業中に寝ることはないが、心理的にはありがたいかもしれないな。と、一安心したところで左隣の女子生徒に目が向いた。

 

 

「日神だ。よろしくな」

「……よろしく」

 

 

 隣同士になるのだから、最低限のコミュニケーションを取っておこうと思ったのだが、これまた意外に素っ気なかった。

 ……俺も人のことは言えないが。

 

 

 赤メッシュを入れた女子生徒だから、それなりに快活な印象だったが、どうにも顔立ちといい座った姿勢といい落ち着き払った風格がある。

 

 

 近寄り難い、とでも言うべきか。何か彼女からは他人を寄せ付けない分厚く透明な壁が隔たっている気がしてならない。

 

 

 そして、その俺の推察通り、二限目の英語の授業に彼女は顔を見せなかった。

 

 

 

 

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 昼休み。

 俺への視線が軟化したとはいえ、やはりクラスメイトとはまだ隔たりがあり、誰も話しかけてくることもなければ、俺から話しかけることもない。

 

 

 そんな居た堪れない空気に耐えきれなくなった俺は、自作の弁当を持って廊下へと出た。

 

 

 どこかアテがあるわけでもなくブラブラと歩いていた。

 そんな時、視界に入った一つの教室の前で脚を止める。

 

 

「ここは……」

 

 

 そこは、なぜか鍵の開けられていた音楽室だった。

 昼食前に音楽の授業を行っていた担当講師が掛け忘れたのだろうか?

 そんな考察をしながらも、無意識のうちに入室する。

 

 

 そして真っ先に目に入ったのは、授業で使われるのであろうグランドピアノ。

 別段、珍しい物ではない。音楽室にピアノがあるのは至極当然のことだと言える。

 

 

 けれど、思わずそれに見惚れてしまった。

 

 

 おそらく精神的疲労が嵩張った結果だろう。

 俺は、今、物凄く音楽に癒しを求めていた。

 だからこそ、弁当を傍に置いてピアノ椅子に座る。

 

 

 今日は何がいいだろうか? やはり『感情』を優先した音色か? それとも『技術』を躍動させた奏音か?

 迷ったが、両方混ぜよう。今日はそう言う気分だ。

 

 

 いつもは『感情』に直球な音色を優先していたが、今日は《怒り》か《哀しみ》の曲しか弾けなさそうだし、『技術』を交える事で奏曲に良いことがあるかもしれない。

 

 

 指を鍵盤に添えて、自身の中にある音色と鳴り響く音色を何度か合わせていく。

 納得いく音が漸く耳打った。

 

 

 そして、意識を集中して、体内から音色を放出する。

 

 

 

リスト:【『愛の歌』第3番】

 

 

 

 タイトルの切なく淡い恋のようなイメージが湧くが、実はこの曲の歌詞は、もっと大きく壮大に愛について語っている。

 

 

 リストは音楽を愛し続けた演奏家として有名だった。

 他人の作品でも、それが芸術的作品なら支援や理解を惜しまなかった。それほどまでに、彼は音楽を生涯愛し続けた。

 

 

 そしてこの曲は、そのリストの熱意を一心に受けた名曲だ。

 初めから美しい旋律を奏で、それを中心に美麗な音色を組み立てられている。

 

 

 それだけでなく、主旋律では右手と左手が面白い役割を担って、これがまた難しい。

 特殊な構成で出来たこの曲を奏でるに当たって必要なのは高度な『技術』と、熱情を吹き込む純度の高い『感情』。

 

 

 正直、めちゃくちゃ気持ちいい。

 高揚する『感情』と、流麗な『技術』。その二つの奏音が魂となって、一つの作品になる瞬間が堪らなく胸を昂らせてくれる。

 

 

 最高だ。

 

 

 響け、響け、響け─────

 

 

 あぁ……もっと響かせたいなぁ。もっと彼の創り出した作品を魅たいなぁ。そんな感傷に浸り、最後に軽やかに指を離した。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 心地よい疲労感に包まれながら、ほっと一息つく。

 昨日、病院で奏でた演奏よりもすっきりとした感覚を覚え、その愉悦感に浸っていた。 

 

 

 キーンコーンカーンコーン♪

 

 

「しまった!?」

 

 

 予鈴が響き、俺は慌ててピアノ椅子から立ち上がる。

 弁当もまだ食べていないと言うのに、もう時間がない。まさか時間を忘れて演奏に浸りすぎてしまうとは……!

 後悔を滲ませながら弁当袋を提げてダッシュで音楽室を出る。

 腹は減っているが、背に腹は変えられない。昼飯抜きという地獄を味わいながら五限目以降はなんとか乗り切る! そんな覚悟を胸にしながら、駆けて行った。

 

 

 この時の俺は慌てていてすっかり失念していた。

 どうして、音楽室が意味もなく開けられていたのか……。開いているのならほかに誰か居ても何もおかしくないだろう……と。

 

 

 このことが、後の放課後に波乱を生むことになるのだが、教室に向かって走っている俺が知る由などあるはずもなかった……。

 

 

 

 

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「起立! 礼っ!!」

 

 

「「「ありがとうございましたっ!」」」

 

 

「……」

 

 

 放課後。

 日直の号令と共に、クラス全員の挨拶が教室に響いた。

 その瞬間、真っ先に教室を出たのは、俺の隣の席にいた赤メッシュだった。

 彼女は、多くのクラスメイトがしているように仲間同士で集まることはなく、結果、興味もなさげに教室を出て行った。

 結局、午後の授業も顔を見せていなかったし、彼女は勉学に対してあまり深い興味と必要性を感じていないのだろう。話しかけられても「うん」か、「へぇ」とかで返答する。それぐらいに人当たりも素っ気なければ愛想もない。

 

 

 小難しそうな性格だな。と、考えていると、

 

 

「お、おぃ……日神……さん」

「あ?」

「ひぃぃ!?」

 

 

 強気で来るなら最後までそうしろよ。途中でさん付けされると、俺が無理やり言わしてるみたいだろうが。

 なんか凄く罪悪感湧いてくるから、そのビビリ具合もやめてほしい。周りの視線も痛いから。

 

 

 そうして、俺を呼びかけたのは比較的体格の良い級友だった。何故か、俺よりデカいのに話しかけるときは凄く屁っ放り腰で印象に残りやすい。

 

 

「そんな、ビビらなくてもいいだろうに……別にさん付けじゃなくても呼び捨てでいいしさ」

「そ、そうか……です? じゃあ、呼び捨てで─────やっぱ無理無理無理ッッ!!!!」

「……俺、そんな怖いの?」

「怖い……とかじゃないけど……! やっぱり、怖いっすぅぅ!!」

「……正直だなぁ」

 

 

 え? 俺ってそんなに怖いの? really? それはそれでショックなんだけど。

 そんな人相悪いかなぁ……。

 

 

「……とりあえず、何か用でもあったんだろ?」

 

 

 心にわずかながらに傷を負いながらも、屁っ放り腰君に、ぶっきらぼうにそう訊ねた。

 すると、彼はちょっとだけ涙目を浮かべながら事情を話し始めた。

 ……泣くほど怖いの? 俺。

 

 

「い、いや……オレがあるわけじゃなくて…………日神……さんに話があるって人が廊下にいるん……です」

「俺に?」

 

 

 俺が問い掛けると、プルプルと小鹿のように膝を震わせる級友が肩まで揺らして首肯した。

 スゲェ。何もしてないのにここまで罪悪感を覚えさせられた人は、君が初めてだ。誇らないでくれよ。絶対もっと気張れるだろう。

 もはや、これが演技だとしても俺は驚かないぞ。

 そんなことを考えていたが、話が進まないので頭を振って話題を戻す。

 

 

「その人はまだ廊下にいんの?」

「い、いや……確か、校門前で待ってるとか言ってたはず……です!!」

「オッケー。ありがとな、ビビリ」

「だ、誰がビビリだ!?」

「お、なんだ。普通にタメ語で話せてるじゃん。今後もそんな感じで頼むぞー」

 

 

 あ。と、今まさに気がついたような反応をするビビリ。

 事情の確認を終えた俺は、そんな彼に手をひらひらと振りながら帰り支度を済ませた鞄を持って下駄箱に向かったのだった。

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