俺の人生にこんな彩りがあるとは思わなかった   作:猫ノ助

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サブタイトルテキトー過ぎる説浮上。


そして、この前が長すぎたんです。短く感じてもこれが普通だと思いたい。


栄養ドリンクはオロ●ミンに限る

 人は『愛』という『感情』を、誰しもが偏に抱きながら生まれ出でる。

 

 

 その形は各々様々な彩りを見せ、時には他者から卑下され侮蔑されることだってある。

 

 

 他人と違うだけで疎まれる。そういう現実を目の当たりにしたり経験したことがある人は決して少なくないのではなかろうか?

 

 

 人は“愛”に盲目だ。生物は闇でこそ光を追い求める。しかし、天上の光を追い求めれば追い求めるほど、暗がりで不安定な足元への意識は疎かになる。

 

 

 気がつけば“愛”で溺死しているのは自分自身。

 歪んだ心象は飢えた他人の心の餌となり、己を喰われる。

 咀嚼し弄ばれる命運が、未来永劫、永遠に付き纏う。

 

 

 けれど、音楽に差別はない。表現の自由を赦された唯一無二の娯楽だ。

 人々は音楽に“癒し”を求め、“感性”を求め、“愛”を求める。自由に己を表現できる夢幻の世界。

 

 

 音楽なら誰でも自分を魅せつけられる。

 

 

 それがたとえ、身近な憧れに手を伸ばす者でも、過去の失敗から傷を負った心で矢面に表現を出せなくなった者でも同様。

 

 

 そして、それは見守ると覚悟を決めた者にも言えること。

 

 

 “愛”故に、音楽に溺れ堕ちていく大切な人を支える。そんな理想を掲げた少女は、自身の願いを以て裏から支援する。

 

 

 “愛”故に、自然と音楽から遠ざかってしまい自信を失った。そんな小心者な少女は、自身の変貌を望みボードに指を落とす。

 

 

 “愛”故に、姉を一番と敬い、自身を二番目と頑なに叫ぶ。そんな異端な少女は、憧れと共に音楽を奏でられる幸福を叩き込む。

 

 

 

 ────これは、そんな三人の前日譚のようなもの。

 

 

 

 

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「────入らない?」

「はい、俺は湊先輩達のバンドに入るつもりは毛頭ありません」

 

 

 時刻は八時半頃。ライブの熱狂が冷め止んだ頃合い。

 ライブハウスの前で俺は、無事スカウトを受け入れてくれた氷川 紗夜先輩と湊先輩に、そう宣言した。

 

 

「それはどうしてでしょうか?」

 

 

 湊先輩は、俺の宣言にギラっと鋭い眼光で射抜き、隣にいる氷川先輩も目を細めて真意を求めてくる。

 

 

 ……重苦しい圧が凄い。

 

 

 しかし、氷川先輩の質問はもっともと言えよう。

 なので俺は真剣な顔で答える。

 

 

「正直言って、俺と湊先輩の相性はこれ以上なく最悪です」

 

 

 二人は少し目を瞠いた。

 

 

「……続けて頂戴」

 

 

 しかし、湊先輩は怒りに満ちるでなく、冷静に気を取り直して先を促してくる。

 俺もそれに頷きながら続きを話す。

 

 

「伴奏とは、謂わば支え合いの音楽。しかし、今日の俺と湊先輩の音は互いに相反しあって潰し合いの殴り合い……言ってしまえばただの喧嘩でした」

 

 

 覚えがあったのだろう、湊先輩は何処か得心したように静かに頷く。

 氷川先輩も、彼女は彼女で思うところがあったのだろう。今は真剣に話を聞いている。

 

 

「いかなるコンクールやコンテストでも、団体の演奏が最も見られるポイントが、結束力と音の統一感。この二つです」

「……そうね」

「しかし、俺と湊先輩は『感情派』。それも互いに自己主張が強すぎるが故に音が喧嘩しあってしまう。審査員からすれば、これは音の統一感から最もかけ離れた邪道です」

 

 

 俺も彼女も演奏者であって、伴奏者じゃない。そこに相対する何かがあっても何ら不思議じゃない。

 魂と魂がぶつかり合っていると言えば、聞こえはいいが、実のところは鬩ぎ合って喧嘩しているだけの暴音。点数基準の審査員からすれば不快な音色以外のなんでもない。

 

 

 そして、その上で俺は不可能だと判断した。

 彼女と組めば、面白いかもしれないが彼女達の目指す勝つための音楽とはかけ離れたものになる……と、断言できる。

 

 

 それに……。

 

 

「正直なところ、俺に湊先輩の音を持ち上げる技量はないですし、今後そんな技術を身につける事が出来たとしても、俺の音自体を殺してしまうことになる……湊先輩は、俺にそんなことは求めてないでしょ?」

 

 

 ニヤッと笑いを浮かべて答えに確信を持ったことを訊ねる。

 すると、彼女もふっと微笑んで、

 

 

「……えぇ! まだ、さっきの勝負はついてないもの……自分の音を失われてしまっては、困るわ」

 

 

 そう答えた。

 

 

「ハハ……予想通りかよ」

 

 

 あまりに予想通りすぎる回答に笑いが込み上げてくる。

 ようは、俺たちは最初から同一人種だったのだ。

 演奏家は自分の音に絶対の自信を持っている。だからこそ音に深みを出し、情景を描き出す事ができる。しかし、だからこそ相手の音にはより敏感であり、また強くあろうとする。

 

 

 “狂気的な音楽思想”

 

 

 それが、俺と湊先輩の抱える病的な思想。演奏家ならば誰もが持ち得るぶつかり合いたいという奏者の本能そのものだ。

 

 

「だから今度は敵対して奏で合いましょう」

 

 

 だから俺はとある提案という名の宣戦布告をふっかける。

 

 

「敵対?」

 

 

 氷川先輩が首を傾げて訊ねる。

 

 

「はい。いずれ、先輩達のバンドが完成して『FUTURE WORLD FES.』に無事出る事ができたなら……」

 

 

 俺は満面の笑みを浮かべて、挑戦上を……

 

 

「────音と音をぶつけ合って高め合い、サシで次こそは決着をつけましょう。ガチの潰し合いです」

 

 

 ────叩きつけた。

 

 

 その俺の宣戦布告発言に、湊先輩も微笑って、

 

 

「……上等よ」

 

 

 承諾した。

 

 

 こうして、俺たちはライバルとして高め合っていくことになったのだが……

 

 

「友希那さん!! あ、あこっ、ずっと友希那さんのファンでした……っ!! だからあこもバンドに入れて!」

 

 

 ……なんだか、とても面白そうなことになってきた。

 

 

 

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 四月十一日。早朝四時半。

 

 

 昨日の出来事を途中まで夢で見ていたところで起床する。

 

 

 いつもの時間に目を覚まし、いつものように気怠い身体をほぐす。

 そして、これまたいつもみたいに動きやすさを重視したデザインのジャージを身にまとい早朝ランニングに精を出す。

 

 

 距離は二十キロ。一定ペースを常に保ちながら一時間ほどを目処に走る。

 

 

 これが俺の毎朝のルーティンのようなもので、最初はへたり込んでしまったり疲労困憊で授業中に居眠りしてしまったりしていたが、今では逆に、これを行わないと身体の調子が上がってこない。

 

 

 だから、入院していた二日間は本当に気怠くて仕方がなかったなぁ。自業自得といえばその通りなんだが。

 と、内心で溜息を吐きながらペースを乱さずに朝露が立ち込める街路をテンポよく駆け抜けていく。

 

 

 こうして、朝焼けの中、新鮮な空気を肺に取り入れ汗を流す。これだけでも気分が晴れやかになる。思わず、頬が綻ぶほどに気分は好調だ。

 

 

 理由は明確。昨日の演奏のおかげだろう。

 

 

 湊先輩とのセッション代わりのライブ演奏。あれは久しぶりに全力で弾ききった。自分史上でもトップクラスの出来である演奏だった。

 

 

 伴奏者としては半端者どころではなく未熟を通り越した大馬鹿野郎なのだが、演奏家としてあれ程に『感情』の籠もった音色を奏でられたのは僥倖だろう。

 

 

 それにしても湊先輩の歌があまりにも強かった。彼女の強靭な『感情』は、言葉一つ一つにが俺の奏でた音にのって、情景に変わる。色になって香りになって、会場を包み込んでいく……。

 

 

 今でもあの感覚は忘れられない。

 彼女こそ、まさに『本物』。真の強者たる資格を持ち合わせた歌姫と言えよう。

 

 

 俺も、そんな彼女の衝動に突き動かされるように指を懸命にふるった。

 あの合奏は、もはや殴り合いだ。俺の情景か、湊先輩の光景か……互いが見据える音楽感が強引に混じり合って鬩ぎ合い、衝突して成り立った音。

 勝敗をつけるための音楽だった。

 

 

 結局、決着は付かず仕舞いに終わってしまった。だが、今後、似たような機会を設けられたのなら喜んで対決させてもらおうと思う。

 

 

 俺も男……引き分けのまま終われるほど大人じゃないってことだ。

 

 

 そんな燃えるような熱が心象に伝播したのか、俺の走るペースは自然と速くなっていた────

 

 

 

 

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 午前十時。

 

 

「剣ぃ、居る?」

「なんだ?」

 

 

 ガチャリと扉を無法にも勝手に開ける母さんが、俺の聖域に不可侵侵入まで試みて俺を呼びかけてきたので生返事をする。

 

 

 ペラペラと文庫本のページをベッドの上で寝そべりながら読み耽っている俺は、今忙しいのだ。颯爽と出て行って欲しい。加えてノックぐらいはしようか。切実に願う。と、思う。

 

 

 そんな俺の心中を悟っているのか悟ってないのかわからないが、母ははぁ、と溜息を一つ吐いて、俺の現在の姿勢に文句を言ってくる。

 

 

「あんたねぇ……いい加減、そのダラしない寝そべり姿勢で本を読むのやめなさいって、一体何度言えばわかるのよ……」

「んー、考えとく」

「もう、説教するとすぐこれなんだから……」

 

 

 母の呆れたと言わんばかりの言葉が耳朶を打つ。

 

 

 彼女の軽い諦観が示している通り、俺は母の言いつけを守ることが少ない。一通りの言うことは聞き手伝いに精を出すことはある。

 

 

 しかし、いかんせん俺の身の回りに話題が移ると、いい気分にはならない。

 

 

 母には感謝の念はあっても返し切れないほどの恩を頂いている。けれど、整理整頓はきちんとこなしているし、学業に関しても上位を常に取ってきた。やれと言われれば炊事洗濯も無難にこなせる。

 

 

 だからこうして、面と面を向かってクドクド言われると不快とまでは言わないが、少し気分がしょんぼりと落ち込む。

 思わず冷たくあしらってしまうのだ。ま、自分で言うのもなんだが、軽い反抗期だと自分でも思う。

 

 

 母もやはり諦めていたのか、用件だけを伝えることにしたようだ。眉が下がっているところを見るからに、些か納得はいってないようだが。

 

 

「それよりも、前々から言ってたと思うけど、私とお父さん、今日から一週間コンサートの仕事でイギリスに行ってくるから。ちゃんと炊事洗濯して賢く留守番しててよね」

「……あれ? それって、今日からだっけ?」

「……呆れた。もしかして忘れてたの? 二週間も前に事前に言ってたでしょう」

「…………あぁ……確かに言ってたかも」

 

 

 よく見れば母さんの身嗜みはスーツ姿に薄く化粧をして小綺麗に整えていた。自分の母をあまり評価したくないのだが、俯瞰的に見て年齢の割には若く綺麗な部類に入ると思う。

 

 

 日神 美里。今最も海外公演の多い日本女性ピアニストと呼ばれている彼女は、一応俺の母にあたる。

 求められればどんなに少ない出演料金でも、内容と現場の空気感次第で喜んで出演するためか、世界一破天荒なピアニストなどと国内問わず、海外メディアにも取り上げられるほどである。

 

 

 そうした客寄せパンダというわけではなく、ピアノの腕も本物だ。

 今ではコンクール自体に出ることはなくなってしまったが、世界三大音楽コンクールにも名を連ねるショパンピアノ国際コンクールで五年連続第一位という前人未到の偉業を成し遂げたクラシック音楽界のパイオニア……正真正銘のバケモノである。

 

 

 あまりに独創的な音色に、最初は困惑色を示す審査員も多いようだが、聴いていくウチに会場全てを骨抜きにするような静謐な音楽に、その場の全員が酔い痴れるらしい。

 

 

 そんな母からピアノを教えてもらえる俺は、世間一般的には恵まれているように見えるのだろうが、全然そんなことはない。

 

 

 むしろ、母からピアノを習った覚えは何一つとしてない。というより、母の音色は独色が強過ぎて他人には実態すら掴めない奏音になっている。

 

 

 そもそも基盤となる技術力を教える際にも、独創性の強すぎる音色をしばしば打ち込んでは、基礎をぶっ飛ばすという荒業をやってしまうような人からまともに音楽を学べるはずがない。正直、ついていけない。

 

 

 そんな母であるので、俺がピアノを教えてもらったのは、母と付き合う前から彼女お抱えの調律師兼アレンジ作曲家でもある父からであった。

 

 

 彼も彼で、原曲の譜面を緻密に、されど大胆にアレンジしては母の擬音説明を噛み砕いてアレンジするという離れ技をやってのける傍ら、ピアノの調律も完璧にこなすイカれ野郎だ。

 

 

 けれど、流石は調律師で食って行っていたことはある。基盤はしっかりと叩き込んでくれた。

 

 

 ……ただし鬼教官。今、問題視にされている体罰問題。下手すれば軽い方だぞと思うような時代にそぐわぬ指導法に何度泣かされてきたことやら……。

 

 

 あ、思い出してたら背筋が凍ってきた……あぁ、怖っ。

 

 

「とにかく、生活費はアンタの口座に振り込んでおくからね。じゃあ、下でお父さん待たせてるし、もう行くわね」

「おう。了解」

 

 

 そのまま用件だけ簡潔に伝えて部屋を出ていく母さん。数分後、車のエンジン音が聞こえて遠ざかって行った。どうやら発進したようだ。

 そっけない感じで送り出してしまった感は否めない。一応、LI●Nにでも『いってらっしゃい。気をつけて』とでも打っておこう。

 

 

 数秒後に既読がつき、ポコっと愛らしいウサギのキャラがビシッと敬礼して『了解!』と書かれたスタンプが送られてきた。

 

 

 最近はこんなスタンプが流行りなのか……と、少し感心しながら身体を起こす。

 十時ちょっと。昼飯にはまだ早い時間帯だが、冷蔵庫の中身はチェックしておいた方がいいだろう。

 

 

 両親は、音楽で生計を立てられるほどの実力者だが、こう言ったところは案外抜けていたりする。

 俺が産まれてからは、家事全般をこなす様になったらしいが、それ以前はハウスキーパーか外食で済ませていた二人は、今でも時折買い物に出かけ忘れることが多く冷蔵庫がすっからかんになる時が必ず稀にある。

 

 

 そして、冷蔵庫を徐に開くと……予想的中。冷蔵庫の中身は牛乳とオロナ●ン●しか入ってなかった。てか、誰のオロ●ミンだ。しかもダース単位で購入してやがる。

 

 

 だというのに、それ以外の飲食物は愚か材料の一片すら見当たらない。

 ほんと、あの人たち何してんだ。そんなことを考えながらオ●ナミンを手に取って一気に呷る。シュワシュワと口の中で炭酸が弾ける感じを覚え、目が冴えた気がした。

 ……勝手に飲んどいてあれだけど、俺はあまり好きな味ではない。

 

 

 顔を顰めながら出掛ける準備を始める。

 

 

 少々遠いが、最近新しくできたショッピングモールに足を運ぶことにしよう。日用品はもちろんのこと、食品売り場もあるからまとめ買いには持ってこいだろう。

 

 

 スラスラと足りないものはメモに記入していく。トイレットペーパー、醤油、植物性油……その他諸々。無くなりそうなものまで含めて足りないものが多い。

 こんなので、よく今日までまともに過ごせていたものだと……むしろ、感慨深く頷いた。

 

 

 一応まとめておいたメモは、財布の中入れる。

 財布とスマホをジーンズのポケットに差し込み、エコバックは折り畳んでパーカーの懐にしまう。

 

 

 軽く身支度を済ませ、外出する。

 今日も今日とて春麗らかな晴天に気持ちを昂らせながら、家の鍵を閉める。その他の窓鍵も万が一に備えてチェックし、戸締りを完璧にしておく。

 

 

 最後に、玄関の門を閉じて外出準備は整った。

 

 

「さて……買うものも多いし、先に飯でも食ってからにしようかなぁ」

 

 

 ということで、俺は街に向けてゆったりと歩き出した。

 

 

 


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