また増やしてごめんなさい。
"一緒に遊ぼうよ!"
その笑顔と、差し出された手を見て。
僕は──俺は、彼女が好きだって事を自覚した。
"──うん"
そしてその手を取り。
"──ッ!"
この世界のすべてを思い出した。
「痛ッ……ちょっと、何?」
「邪魔」
高校生活二日目。
一日目の入学式+書類等々の配布、自己紹介を恙なく熟した俺達は、早くも険悪な雰囲気に包まれていた。
新しい友達なのだろう。
こちらとあちら、双方を心配そうに見つめる少女二人。どちらも目の痛くなる程の美少女。しかし俺と睨み合っている彼女には負ける……と思ってしまうのは、見ているのが俺だからなのだろうな。
「邪魔って、ここが私の席なんですけど」
「席の近くで立ってたら邪魔だろ。そんなことも理解できないのか」
吐き捨てるように言って、自分の席に着く。そしてそのままうつ伏せ。HRまでこうしているつもり。
後ろで"気にしないで"とか"大丈夫だから"とか……まぁ、申し訳ないな、と思いつつ。
仕方のないことなのだと言い聞かせながら、"この世界の仕組み"について、再認する。
この世界。
世界そのものに名前があるわけじゃない。惑星は地球だし、場所は日本だ。
ただ、ここは。
ここはゲームの世界である。ゲームの中の世界。それも、所謂ギャグゲーに近い……システムのしっかりしたおふざけゲー。
名を、【ハーレム展開撲滅ゲーム】。
──全く、ふざけている。
本当にふざけている。
このゲームのコンセプトはタイトル通り。ハーレム展開が起こりかけると、
滅亡のトリガーは「主人公が複数人に好意を向けられる事」。
好意は数値化され、それが一定に達すると「ハート状態」になる。この状態になるのが一人だけならば何も問題はない、なんならその辺の恋愛ゲームにも満たない主人公の一生を辿るゲームになるのだが、複数人──二人以上になった途端、平穏は崩壊する。
例えば、パンデミックが起きたり。
例えば、インベーダーが襲来したり。
例えば──隕石が落ちてきたり。
所謂死に覚え系ノベルゲー。選択肢によっては一択でDEAD ENDが待っている、理不尽なゲーム。
慣れてくれば数値化された好意を管理するゲームに変わるのだが、このゲームの厭らしいところはもう一つある。
それは、
何故かって?
死ぬからだ。
死ぬ。事故や事件や天災で。
ふざけるな、と。
この世界をゲームだと思い出した時に、叫んだ。
俺は──このゲームの主人公だった。
幼馴染の、あの笑顔の眩しい彼女は──このゲームのヒロインだった。
歯噛みする。唇を噛む。
ゲームには様々な好意上昇イベントが用意されている。彼女はあの時点で俺に親友くらいの好意は持ってくれていて、それをゼロにすることはできない。
ハート状態は決してぞっこん……大好き、という状態ではないというのがキモだ。
ちょっと好きかも、くらいでハート状態になる。恐ろしい話。
しかも曲がりなりにも恋愛ゲームの主人公。加えてハーレム展開を撲滅するためのゲームということで、主人公──つまり俺は、顔とスタイルが良い。どんなに不健康な生活をしても、ダメだった。この顔になることは固定されていて、このスタイルになることは確定していた。
街で歩いていたら一目惚れされて世界滅亡、ということは
たったそれだけのことで好意ゲージが上昇する。まさしくふざけたゲームだ。
そして、複数人、というのは──何も女の子だけの話ではない。
男も、含まれる。
友情も好意として数えられ、親友になってしまうと、ハート状態扱いされる厄介な仕様。
故に孤独でなければいけない。
適度に好かれ、大いに嫌われ、常に好意を管理し続ける。
そうでなければ世界が滅亡する。そうでなければ──誰かが死ぬ。
それは先ほどの少女たち二人か。教室で談笑するクラスメイトか。
子供の頃からずっと好きな──彼女か。
させてなるものか。
ゲームの終わり。ゲームにおいては高校生活の終わりがこのシステムの終わりと信じているが、もしそうでなかったら──最後まで。最後の、最期まで。
俺は。
「……君。藤堂君……? HR始まるんだけど……」
……立ち上がる。
なーにが俺は(キリッ。だ。
傍から見れば単なる迷惑わがまま野郎。調和を乱し不和を生むだけのクソ野郎だ。
気楽にはできない。気長にはできない。
けれど、思いつめないようにしなければ。
──彼女は、気づいてしまうかもしれないから。
高校入学後二日目なんて、授業らしい授業はない。せいぜいがレクリエーション、あるいは教科書を読み込むだけの時間だ。
知識こそ十分でも、教科書自体が読み物として面白い。だから特に何も考えずに教科書を読んでいた。
その時である。
「藤堂君って、真面目なんだね。ちょっと見直しちゃった」
話しかけてきた──少女の側頭、少し上方。可視化されたゲージ。赤色のバーが、ツツ……と伸びた。
ゲージのタイトルは、
|
「……」
「あ、ご、ごめんね……邪魔しちゃったかな」
何も言わず、睨み返す。
赤色のバーは減少こそしないが、停止した。心の中で溜息を吐いて、教科書に目を戻す。
山月記。
すぐに教科書を閉じて、数学にシフトチェンジした。
怖い怖い。
本当に、やめてほしい。
……なんて考えるのは、それこそこホントウに、失礼な話である。
──後ろの席。
彼女の好意ゲージが、また少し減少するのを感じた。
下校時刻。
ゲームの"イベント"が──最初のイベントが始まるのは、明日からだ。
故に安心していたら、教科書の件も含めて四度、好意上昇イベントが起きた。おそらくゲームで描写されていたイベントは大きなものや特徴的なものだけであり、それ以外にも細々とした好意上昇のトリガーが潜んでいるのだと思われる。
悲しいことに、何をしていても"サマになる"見た目は、女子にも男子にもかっこよくみえてしまう。それはこの世界をゲームとしてみていた頃の俺ですら思ったことだ。イケメンだと。残酷にも。
学生カバンを肩にやって、フラフラ歩く。
寄り道はしない。余計なフラグやトリガーが立つ可能性があるからだ。
最短ルートを、しかし急ぐわけでもなく──。
キキーッ!
という。まぁ、このゲームにおいてはそれなりの頻度で耳にしていた音を聞いて、咄嗟に駆け出した。
この肉体は天に恵まれている。比喩ではなく、最上を用意されている。ギャグゲーだから、というのもあるが──なにより、そうであったほうが恋愛フラグが立ちやすいから、という理由で。
本来は唾棄する事だ。普通の世界であれば大いに歓迎したこの体は、この世界においては大嫌いだ。
だが。
だが。
「──ッ!」
50mを5.6秒で駆け抜ける長身は、確実に絶望の表情で蹲った少女を抱え上げる。
そして一切スピードを落とすことなく対岸の歩道まで突っ切った直後。
大型のトラックがブレーキなんて一切考えていない速度で先ほどまで少女のいたところを突っ切った。
さっきブレーキ音がしたにも拘わらずコレだ。再加速でもしたのかよ。
「……ふぅ」
住宅街を60km/hで走る大型トラックなど、常識で考えればあり得ない。
しかし常識の通じない世界では、よくある事なのだ。
特に誰かを──俺を嫌う誰かを轢き殺すためであれば、頻繁に。
俺の腕の中で動きすらしない少女。
……クラスメイトだ。見たことがある。前も、さっきも。
見た感じ、目立った外傷がないことを確認。
座り込んでいるその様子を良いことに、そっと離れる。
離れようとする。
「ッ、待って!」
できなかった。
腕を掴まれたからだ。
その行為に流石に、と振り返って──思いっきり、手を振り払った。
「きゃっ!?」
「道のど真ん中で座り込むなんて馬鹿が過ぎるだろ。そんな奴に付き合ってられる程暇じゃないんだ」
別に、好きで座り込んでいたわけじゃないはずだ。
足を挫いたか、腹痛か、あるいは何か別の原因か。
そんなことはわかっている。
けれど、爆発的に伸びた赤いバーだけは無視できない。
俺の罵声にその伸びこそ止まったものの、バーは半分を超えている。危険だ。
ゲームの仕様上では、主人公を嫌った人間を死から救いだすことはできなかった。死んだら終わり。そのままゲームが続く場合もあるし、DEAD ENDとして滅亡と同じ扱い……ゲームオーバーになる場合もあった。
とはいえそこはゲームなので、終わってしまったらセーブポイントに戻ってやり直し。選択が好みではない結果を生んでも戻ってやり直し。
そういうゲームだった。そういうものだった。
だが、今ここは現実で。
セーブポイントなんてない。死んだら終わりだ。誰しもが。
だから救うしかない。なにがなんでも。
最悪なことに主人公を嫌うことで起きる誰かが死ぬイベントは、必ず主人公の近くで起きる。
例えば今のように目の前であったり。
例えば檀上に上がった生徒が撃ち抜かれたり。
必ず、主人公に見せつける形で、死が齎される。
俺が嫌われる行動を取ったせいで誰かが死ぬ。そんな責任は負えない。
だから救うのだ。だから助けるのだ。
だが、助けた人間の好意ゲージは少なからず上がってしまう。
恐らくはゼロのままだと同じイベントが立て続けに起こるからだろう。少量であれ多量であれ、好意ゲージが上昇する。今まで助けてきた人間はこれほどまでに上がることは……少なかったから、油断していた。
「ッ……!」
やはり足を挫いていたらしい。
抗議の声をあげようとした彼女が痛みに顔を顰めている内に、対岸……元居た歩道に放り投げた学生カバンを取りに行く。
入学早々酷い扱いをしてごめんな。
「じゃあな、ノロマ女」
最後に一声。
好意ゲージの減少……はないのか。存外、命を助けられるというのは印象が大きいらしい。
いや当たり前か。
……痛むだろうけど、頑張って帰ってな。
トラックに轢かれるよりは……痛みも少ないだろうしさ。
なんて。
そんな免罪符を掲げながら、帰路に就くのだった。
「……」
ただいま、は言わない。
家。既に帰宅している中学生の妹と、二人暮らし。
妹ももちろんヒロイン。なお、両親は死んだとかそういうのではなく、単純に海外勤務。
中学生を置いていく時点で大分あり得ないが、まぁ、ゲームなので、というコト。
そのまま部屋に直行し、ベッドに倒れこむ。
腕で光を覆って、目をつむる。
とたん、リストアップされる【キャラクター一覧】。
この世界がゲームであると自覚してから、毎夜毎夜見えるようになったこのリストは、その名の通りキャラクター……攻略対象一覧。
とはいえこの世界においては恐らく全員に好意ゲージが設定されているため、このリストにある人物はゲームにおけるヒロイン(男含む)である。
そこにリストされている中から、天羽久希と
| ♀ | 15。 | |
| ♀ | 15。 | |
この紙葉美紅という少女が、先ほど助けた少女。
ゲージは半分に届くか届かないかくらいに留まっている。痛む足を引きずって帰って、多少は好意が下がった、というところかな。
その事実に安心しつつ──ウィンドウを戻って、とある少女のウィンドウを開きなおす。
| ♀ | 15。 | |
バストアップで表示されたその顔は、笑顔。
今の俺にはもう絶対に見せない顔。かつて俺に見せてくれていた顔。
はぁ、と大きなため息。また見たい。こんな画像じゃあなくて、また。
今でも好きだ。大好きだ。
だけど──。
「兄さん。夕ご飯、置いておきましたから」
「──……あぁ」
思考を中断。
可愛くて優しくて凛々しい妹が作った料理を食べるために、ベッドから降りる。
……すでに兄妹間は冷えている。冷え切っていないことだけが救いか──と思いつつも、冷えさせているのは自分だ。何をいまさら、と独り吐き捨てる。
部屋を出ても、妹の姿はない。自室に戻ったのだろう。
リビングへ降りると、白米にピーマンの肉詰め。茄子のおひたし。
いただきます。
あぁ。
明日も世界が──滅亡しませんように。
| ♀ | 15 | |
| ♀ | 15 | |
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