浅海由岐。
幼馴染で、小さな頃からの、俺の、一番大事な人。
あの時手を差し伸べてくれた彼女。あの笑顔を、あの声を、忘れた事など一時足りともない。
光なのだ。彼女がいるから──彼女が、何故か、ずっとずっと。
その好意ゲージを減らし切らずにいてくれるから。
俺はまだ、大丈夫。
「……」
「……」
教室。
未だあのノートを書いてくれたのが誰なのかはわからないまま、一週間が過ぎた。
侵入者の事件と、電柱倒壊の事件。その二つを経てから、けれど妙に静かな日が続いている。無論毎日の好意ゲージの調整は怠っていないのだが、なんというかこう……突発的な、ゲームのシナリオを考えたら起きていておかしくないイベントがすっぽり抜けてしまっている、よう、な?
……そんなことはないはずだ。俺が何度このゲームを周回し、どれほどやり込んだと思っている。見逃しなんかあるはずもない。
「……どけよ、そろそろ」
「嫌」
「は?」
にらみ合い、と言えるのだろう。
割合恒例になってきつつはある、俺と彼女との睨み合い。わかっているのだから迂回でもすればいい俺と、分かっているくせに入り口から俺の席までの直線ルートに必ず陣取っている彼女。
その戦いは、いつもであれば、俺が彼女を無理矢理にでもどかす結果で終わる。
だが今日は違った。
「嫌、と。そう言っただけ」
「……子供かよ」
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彼女の好意ゲージはちゃんと低い。
だが、その態度の割には、そして日々の俺に対するストレスの割には、高い。
それがずっと、よく、わからない。
嬉しい事は嬉しい。それは勿論だ。だけど。
「なぁ」
「何」
「……なんでもねえ」
どうしてだ、と問おうとした。
けどここは教室で、周りにも目がある。余計な好意ゲージの増減に繋がる可能性もある。
だからやめた。やめて──迂回する。
息を呑む音。そんなに意外かね。
彼女を避けて席へ就けば──目の前に、ふくよかな腹が来た。
「よぉよぉ、お疲れみたいだなイケメン君」
「お疲れだからあっちいっててくれ。結局あの件も教えてくれねえんだ、役立たずめ」
「いやー、この文枝サマだってプライバシーには気を遣うってもんよぉ。ましてや女子のSMSグループの参加者を明かせ、だなぁんて! カァー! イケメンだからってなんでも許されると思うなよ? 普通に変態的ストーカー行為だぜコイツぁ。このこのぉ~」
「デブでも喉突きゃ死ぬよな」
「イケメンでも人を殺せば捕まるぞ~」
「……早く何の用か言えよ」
また違う名前を名乗っている。こいつの偽名システムは健在か。
しかし、いつになくウザイ。いやいつもウザイんだけど、今日はなんだかニヤニヤ度が凄い。下卑た笑みすぎて殴りたくなる。
「そう急かすなって。俺様、この世界で唯一の癒しなんだろ? けけけ、知ってるぜ」
「いなくなってくれて一向に構わないが」
「おいおい言葉が過ぎるぜ親友~。今日は良い知らせと悪い知らせ、どっちも持ってきてやったんだから、感謝しろよー?」
「早く話せ。どっちが先でも良い」
「へへ、つまんねー奴。もっと余裕ないとどっかでボッキリ折れちまうぜ。それが許されないのはまぁ、お前自身が一番よぉく分かってると思うが」
「早くしろよ。チャイム鳴るだろ」
ホント今日は何時になく饒舌だ。
なんだ、一体。
「じゃあ、良い知らせから行こう。おめでとう、藤堂彩人。お前は入学からの一か月間、主要ヒロインを一人も欠くことなく過ごし切った。その祝いに、コレをやろう」
言って、譲司はそれを取り出した。
赤いリボン。至ってシンプルなソレ。
……初心者の頃はよく見ていたそれ。
「"解放リボン"……いらねぇよ、アホ」
「ああそうだろうな。だが安心してくれ。捨てても必ずお前のポッケに戻ってくるぜ。けひひ、呪いのアイテムってヤツだな! あぁ、おっと、祝いのアイテムだったわ」
「クソめ。何が良い知らせだ」
解放リボン。
ハーレム展開撲滅ゲームにおけるアイテム。ノベルゲームであるハーレム展開撲滅ゲームでは、RPGの様にアイテムを売買したり使用したりする場面はほとんどない。無いのだが、一部。一部分だけ、そういう要素があった。
それは──イベントスチルの解放。
ハーレム展開撲滅ゲームは非常に難度の高いゲームだ。好意管理はそういう管理ゲームに慣れている人ならともかく、初心者にはとっつき難い。周りでヒロインたちがすぐに死ぬ。少し欲を見せると世界が滅亡する。フリーゲーム故、一時間遊んでアンインストール、なんてのも多かった。*1だから、その救済措置であるのが、この解放リボンだ。
一つのセーブデータにつき一個まで支給されるこのリボンは、そのデータにおいて死亡してしまったヒロインとの個別ルートや、世界滅亡時に最も好意ゲージの高かったヒロインとの個別ルートを垣間見る事が出来る。
無論その条件故、未だ出てきていない・出会っていないヒロインには使えないし、世界滅亡までにちゃんと好意ゲージを上げておくか、そこそこにトラウマとなるだろう死亡イベントをしっかり見てからでないといけない。
結局初心者が心を痛めるのは確定で、その後にお助け要素がありますよ、程度のアイテム。
死亡イベント後のセーブ画面か、世界滅亡後のリザルト画面でのみ使用できるこのアイテムを、何故今渡したのか。
「それはな、今使っても、機能する。けひひ、ゴホービって奴さ、藤堂彩人。お前の愛しの彼女が──どうやっても避けきれない、どう頑張っても助けられない状況になったとしても、そいつを使えば、未来が」
「ふざけるなよテメェ。んなもんご褒美でもなんでもねぇじゃねえか、クソ」
「まあまあ、落ち着けよ。最後まで聞けって。その使い方は所謂"正しい使い方"だ。だがな、ソレは、贈った相手にも同じ未来を見せることが出来る。"正しくない使い方"だが、お前ならその有用性はわかるだろ?」
「……」
わかる。
それ。つまり、世界滅亡エンドのトリガーとなる存在に──幸せな夢を見せてあげられる、という事だ。
単純に馬鹿やらかして、のヒロインも少なくはないが、この世に絶望して、という感じで世界滅亡エンドに関わるキャラクターはかなり多い。それこそ"転移者"属性の子はそうだ。正確には投げやりになって、が正しいのだが。
だから、わかる。
もし、彼女らに、そういう未来も──在り得た未来を信じさせることが出来たら。
だけど、それは。
「これを使って、好意ゲージが上がる結果にはならねえのか」
「さぁ、どうだろうなぁ。お前も俺も、そんなことが
「……死んでくれ」
死亡した後か、滅亡した後にしか使えなかったリボン。
それを、生きている間に使って、どうなるのか。
イベントスチルを垣間見るのが俺だけなら何も問題なかったのだろう。だが、相手も見ると来た。
未来を見ると来た。
それは。
「どう使うかは任せるぜ、イケメン君?」
「……ああ」
「んじゃ、悪い知らせの方を行こうか」
世界のシステムに吐き気を覚えつつも、少しだけ違和を覚えた。
どうして"正しくない使い方"なんか教えてくれるんだ、コイツ。こいつにとって世界滅亡なんかどうでもいい事じゃないのか。
「悪い知らせは三つある。まず一つ」
「多いな」
「このままだと、学期末の清算で死ぬ奴が出るぜ。はい次、二つ目」
「……」
「システム限界だ。キャラクター一覧、あるだろ? それ、今の10ページ目で終わりな。それ以上は記録出来ねぇから注意~。人間、多すぎるぜっ☆」
「クソ現実にクソシステムだなオイ」
「んで最後。一年後だ。正確には11か月後だな。このままいけば、地球に小惑星がぶつかる。直径800mの小惑星君は、余りに正確に、この学校を叩き潰し、この街を破壊しつくし、この国を火の海に変えるだろう。今はギリギリ逸れるコースを10km/sで移動中だ」
「……世界滅亡エンドの前兆か」
「大正解」
前にも述べたが、ハーレム展開撲滅ゲームにはフラグというものが存在しない。だが、大災害が起きるための前兆が存在する。少なくない地鳴りがしていたり、台風が近づいてきていたり。
到底どうしようもない前兆たちだけど、ゲームの主目的通り、ハーレム展開さえ撲滅出来れば、その災害は避けられる。
一年後。
本来のゲームの終わりは卒業だ。高校三年生の最後の日。卒業の日に、プレイヤーは管理から解放される。
それが一年後にまで縮まったのは、システムとやらの作為か。それとも。
「
「……躍起になってる、って考えは間違いじゃなかったのか」
「けひひ、だってよぉ、このままお前が、なんとかしてみんなを救って行ったら……ああ、それは、紛う方なきハーレム、だろう? たとえ好意ゲージが低かろうと、誰もがお前に感謝し、誰もがお前の事を見ている。それはハーレムなんだってよ。じゃあ、撲滅するしかない」
「プレイヤーに撲滅させるためのゲームだろうが。何そっちが意思持ってんだ、クソめ」
「先に例外を突いたのはそっちだぜ、害悪プレイヤー」
全く、ふざけた話だ。
本当に。
「ああ、だが、あくまで前兆だ。本来のルールに則り、一年後……お前が誰とも縁を深めずに、従来通りのハーレムを作らずにいたら、小惑星はちゃあんと地球を逸れて行くだろうぜ」
「じゃあ、何も変わらない。どっち道ハート状態が複数人になった時点で世界滅亡は起きるんだ」
「その追い撃ちが来るか来ないか、って話さ、イケメン君」
追い撃ち。
あぁ──確かに、そうか。
世界滅亡エンドの中には、なんとかすれば少人数だけは生き残り得る、というものがいくつかある。
インベーダーの襲来や異世界の軍勢の侵略も、運が良ければ生き残り得る。
多大なる犠牲に目を瞑れば、あるいは、俺と彼女だけ助かる、なんてことも……出来てしまうかもしれない。
それを。
叩き潰さん、という。……死んでくれ、ゲームの作者。
「それと、もう一つ。良くも悪くもないお知らせがあるぜ」
「なんだ」
「SYSTEM ERRORだ。お前の異常行動のせいか、はたまた別の要因か。覚悟しておけよ、藤堂彩人」
「意味が分からん」
「俺もだ。けひひ」
楽しそうに笑って。
譲司は、何を言う事もなく自分の席へと戻っていった。
直後、鐘が鳴る。
いつの間にかポッケには、赤いリボンが入っていた。
「よっす」
「……なんだ、田畑」
「んー? 昼飯でも、一緒に食わねーか、って思ってさ」
「帰れ、うざったるい」
昼休み。
別クラスである田畑が、何を思ったか俺の教室に来て、俺の前の席*2に座って、そんなことを宣った。
なんだコイツ。
| ♀ | 15 | |
「いいでしょ、別に。借りの作りっぱなしはヤなんだよ。とりあえず昼飯と、後放課後すいぞっかんにでもいって、チャラ。どうよ」
「意味が分からん。それに、もう礼は受け取った。それ以上は要らん」
「へえ。やっぱ、おもろいね藤堂って」
| ♀ | 15 | |
……上がった。
不味いな。適当に対応しちゃいけない相手かもしれない。
先日家で田畑のステータスを閲覧した。その時確認した限り、属性は"ギャル"+"百合"と、比較的安全そうな……男の俺に対しては元から興味を持っていないか、嫌悪しているレベルのそれだと思っていたのだが、違うのか。
その検証はともかく、これ以上の好意ゲージ上昇を見過ごすわけにはいかない。
「帰れ。そのアホ面晒してる暇あったら勉強でもしてろ」
「何、心配してくれてんの? やっさしー」
「ああ、わかった。あの時の言葉を返すけどな、お前とっとと退学しろ。お前こそ必要ねえよ、ここに」
「別に、知ってるケド?」
暖簾に腕押しだ。
元々不良生徒なだけあって、罵倒が効きやしねえ。不味いな、なんとかしないと。
「お前は、女好きなんだろ」
「うげ、なんで知ってんの?」
「見りゃわかる」
「今までバレた事一回も無かったんだけど。んー、まぁ女の子好きだし、男嫌いだけどさー」
| ♀ | 15 | |
「アンタならいいかなー、とか。思ってんだよね。あたし自身おかしーとは思うけどサ」
……好意ゲージの支配か。
本来であればその好きさの度合いを示す好意ゲージだけど、逆に言えば、好意ゲージが高いから好き、という影響も及ぼす。明らかに嫌っているのに好意ゲージが一だったから巻き返し可能だ、って判断したあの時の逆。
好意ゲージが高いから、田畑は俺の事が気になってしまっている。
どうして高くなったのか、なんて。
……病院で会ったあの時に彼女の好意ゲージを下げずに放置していたのが問題だろう。
あのゲージ量のまま一週間以上を過ごしたのだ。勘違いしてしまうのも無理はない。
「お断りだ」
「えー。折角このあたしが誘ってやってんのに、にべもないなぁ」
「どんだけ自分に自信持ってんだテメェ。帰れよ。んで二度と来るな、アホ女」
「いひひ、じゃあ今日は退いてあげるケド。また来るよーん。だってあたし知ってんだ。アンタがいろーんな女の子に手ェ出してるってこと。それならあたしもチャンスあるでしょ」
最悪だ。
下げられなかった。かなり高いゲージ量のまま、田畑が去っていく。
最悪だ。
「……なんだよ」
「別に」
何より、それを彼女に見られていたことが──何よりも。