ハーレム展開撲滅ゲーム   作:劇鼠らてこ

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折り返し


雌伏の煙

 自分がおかしい、という事には気付いていた。

 

 いつからだったのかは明白だ。絶対に、あの時。

 怪我をした親友と自らを置いてどこぞへ去っていった彼が、事件を解決したのだと聞いた時。彼もまた入院し、けれど──自分を見る目が、一切変わらなかった、あの時。

 

 あたしは多分、彼に恋をしたんだと思う。

 

「カナ、どうしちゃったのさ、最近」

「え?」

「ぽけーって口空けて、なーんもないとこ見てさー」

「ああ……別に。平和じゃん、って思って」

「ナニソレ」

 

 未だ包帯は取れないけれど、無事に快復したといえるだろう親友に、上の空で返す。

 ぽけーっとしている。ああ、そうだろう。

 これが噂に聞く恋煩い、というヤツか。

 

「好きな人、出来たっぽいんだよね」

「へー。……へ? ん? なんて?」

「好きな人」

「……どこのコ? 別クラス?」

「好きな、男の人」

 

 言えば──ずさ、と。それはもうびっくりする勢いで後退る親友。まだ腕が痛むだろうに、機敏な動きをする者だと思う。

 でも、その驚きにも納得だ。

 だって。

 

「えー……いや、カナ、男嫌いじゃん。ゴツいし臭いし、何も考えてない馬鹿ばっかだー、って」

「それは今もそう。女の子の方がいいよね、かわいいし。けど」

 

 けど。けど。けど。

 気になる。好き。恋をしている。止まらない。

 理屈とは別の所が、彼を求めている。理性とは別の何かが、彼に惹かれている。

 

 それは、そう。

 本能だ。あたしの。あるいは──。

 

「綾乃は、どうなの?」

「どう、って? 男? 今も嫌いだよ。トーゼン。最近失恋したし」

「藤堂?」

「ム。分かってて聞くじゃん。そーだよ、女の子の身体とか一切興味ないって感じのイケメンだったから、この人なら、とか思ってたのに。ハルハルに言ったって言葉でゲンメツ」

「まぁ、それはあたしもそうなんだけどさ」

 

 男は嫌いだったはずだった。日常的な会話をしていてもすぐに視線が下に行く。見ないように努めている男もいるけれど、見ないように努めなきゃ見てしまうという生態自体がキモい。異性を性的略取の対象としか見ていない、下卑た会話を公然と繰り広げる奴らは唾棄に値する。

 一部を見て全体を判断するのはいけないとはわかっている。例外もいるのだろう。ただ、出会ってきた男が、今まで見てきた男が全部そうだったから、とりあえず、今は、男が嫌い。

 

 だった、のだ。

 自分でもおかしいということには気が付いている。

 

 嫌いなのに、こんなにも──好き。

 

「しかも藤堂って、ちょっと調べたらめっちゃヤバいじゃん。彼女作っては捨てて、彼女作っては捨てて。こっちの地元中のコに聞いたら、悪評しかなかったし」

「まぁそれは、あたしもヒトの事言えないかなーって」

「……確かに。カナもとっかえひっかえだもんね」

 

 なんせ遥含む例のSMSグループは、あたしの元カノで構成されているわけだし。

 もちろん綾乃も。

 

「えー、でもやだなー。カナが男と付き合うの。どうしちゃったのさー、戻ってきてよ私のカナー」

「別に綾乃のじゃないし。……自分でもどうしちゃったんだろうとは思うよ。けどさ、あたしの性格的に……自省とかできると思う?」

「ムリぽい」

「うん、よくわかってる」

 

 好きなのだと。

 好きなのだと。

 恋しているし──なんなら、愛してしまっているのだと。

 

 もう止まれない。

 

「でもさ、聞いてよ綾乃」

「おうおう吐き出せ吐き出せー」

「藤堂、好きな人いるんだってさ。あ、これオフレコね」

「へー。……え、カナじゃなく?」

「ん。誰なのかは教えてもらえなかったけど、……めちゃくちゃ楽しそうな、本当に、心から想っている、みたいな顔でさ。悪ぶろうとしてたけど、隠しきれない好意があったよね。そんな表情で、好きな子がいるんだ、なんてさ。……ちょっち妬いちゃうなー」

「マジ? 藤堂だよ? いつもしかめっ面で仏頂面で、確かにイケメンだけど、笑う事なんて厭味ったらしく以外は無いって言われてる藤堂だよ?」

「あたしが思うに、多分あっちが素だね。そういうトコの勘は鋭いんだ、あたし」

 

 一瞬だけ垣間見せた、純朴な少年みたいな表情(カオ)

 多分あれを見せるのは、見せ続けるのは、その好きな子とやらにだけなんだろう。

 

 凄く、嫉妬する。

 元から嫉妬深いというか、独占欲の高い方だ。その分飽きは早いんだけど、それはそれとして。

 

「どうするの、それ。奪うの?」

「どうしよっかなーって。奪うにしても、相手が誰なのかわかんないと始まんないじゃん?」

「まさか調べて欲しいとか言わないよね」

「始まんないじゃん?」

「出たー、カナの悪いとこ! 言っとくけど私達元カノだからね? カナに振られてんだからね? その私達に、カナが新しく好きになった人の好きな人が誰なのか調べてこいって……」

「お願い綾乃……あたしこの学校にそんなに友達いないからさ」

「惚れた弱味ッッ!」

 

 悪いとは、ちゃんと思ってる。

 一番目の彼女にして恋も愛も判らずに自然消滅した遥のソレと違って、以降の彼女らはちゃんと恋愛をして、その上で今に至る子達、だから。

 いやその。

 悪いとは思ってる。

 

「……まぁ調べるのは別にいいんだけどさ。もう一度だけ、はっきり聞かせて。男嫌いのカナが、田畑要が、控えめに言って性格最悪の変態男な藤堂彩人を好きになった理由って、何?」

「人が好きな相手の事随分ひどく言うじゃん」

「だって私あんま好きじゃないもん」

「……。んー、まあね。好きになった理由は」

 

 きっかけは明白だ。自らの変調も自覚している。

 その上で、好きになった理由は。

 

 多分。

 

「必死だったから、かな……。わかんないけどね。何にあんなに焦ってるのか、どうしてあんなに……泣きそうなのか。勿論本能が彼を好いてるのはあるんだけどさ。それ以外に……彼にあんな顔をさせる、彼の好きな人にも、文句をいってやりたいし。彼の素顔を、見てみたいし」

「げぇ」

「カエル?」

「砂糖を吐いたんですー! ……はいはい、もうわかりました、わかりましたよ。恋する乙女じゃん。……もう見つけた女の子食い荒らすのは止めるカンジ?」

「彼が許してくれるならガンガン浮気する所存」

「最低だー!」

 

 許して欲しい。

 貴方にはとうに心に決めたヒトがいるのだろうけれど。

 

 あたしが貴方を好くことを、どうか。

 

 執拗に他者を遠ざける貴方を愛してしまう事を、どうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄は横柄な人だ。

 女性に手を出す事数知れず。それを手酷く捨てた事、同数。女性に手を上げる事も最近では増え、少しは鳴りを潜めていたと思っていた喧嘩沙汰も息を吹き返してきた。

 その容姿こそ、妹の私から見ても美しいものだと思う。俗な言葉にするならイケメン、というヤツだ。少なくとも私は今まで生きてきて、兄よりかっこいい男性を見た事は無い。それは近所の人だとか、学校の子と比較して、でなく──テレビの中の俳優なんかも、すべて合わせて、最上。

 

 だけど、その性格は最低。

 最低、なのだ。

 

「……もう、9時」

 

 時計は嘘を吐かない。

 9時。夜。21時。

 だというのに兄は帰ってきていない。

 

 まぁ、当然だ。

 食事が用意されていないと知っている。だから、外食で済ませているのだろう。

 

 私が、作っていないから。

 

「……別に」

 

 家族じゃないと、言われた。

 妹だなんて思ってないと、言われた。

 

 だから私が兄の食事を作る必要なんて無い。元々そうだ。別に、どこの家庭を見ても、妹が兄の食事を作らなきゃいけない決まりなんてないだろう。

 そもそもこれは──私自らが、進んでやっていた事だから。

 口を突けば最低な事ばかりが出てくる兄を、唯一。私の手で、黙らせる事のできるもの。それが料理。

 

「……はあ」

 

 独りでの食事は溜息が出る。

 早く帰ってこないかな、お父さんとお母さん。まぁ予定では帰ってくるのは半年後なのだけど。

 この広い家に独りは、ちゃんと、寂しい。

 

「ふう」

 

 ……兄は横柄な人だ。

 その日、同学年の女性に膝蹴りを入れたと、兄と同じ高校に通う人から話を聞いた。聞いた時は耳まで赤くなった。怒りで。

 なんだそれは、と。暴力にも程がある。捕まるべきだ、そんな人は、と。

 

 それを問い質そうとした日。

 兄の部屋の前まで来ていた。兄の部屋の前まで来ていて、そのドアをノックせん所まで来ていた。するつもりだった。いつもの様に静かに、ではなく、激しく、糾弾するように。

 

 中から漏れる、嗚咽を聞くまでは。

 

「……あの人、泣くことあるんだなぁ」

 

 泣いていた──涙を流していたのかまでは定かではない。

 ただずっと、「クソ」とか「なら、今までのは」とか、「じゃあ、もう」とか。具体的な内容は一切判らなかったけれど、何かを後悔しているようなその声に、私の手は止まっていた。

 

 その、次の日だ。

 兄の緊急入院。喧嘩をして、腹部を刺されたと。兄は言っていた。

 あの時私は、「もう勝手にしてください」と言った気がする。そんなことの面倒は見ていられないと。それに対し兄は、「ああ、帰って良いぞ」と言った。その言葉にもうカーッとなって、本当に帰ってきてしまったのは……冷静さを欠いていた、としか言えない。

 後日、真実を聞いた。

 兄がやった事の全て。学校に侵入してきた不審者を倒し──怪我で動けなくなった少女を庇い、腹部を刺された兄の話を。

 

 本当、最初は嘘を吐かれているんじゃないかと思った。

 だって今までの兄とのイメージが違い過ぎる。兄はもっと横柄な人で、自分だけが大切で、そんな、大勢のために、あるいは女の人のために、命の危険を賭してまで立ち向かうような熱血漢ではない。

 けど、嘘ではなかった。

 生徒のどれだけが嘘をついても、流石に警察は嘘を吐かないだろう。病院の人は嘘を吐かないだろう。

 必死に、もしくは、嘘である事を求めて、信じて、みんなに聞いて回って……真実だと確定した。知った。

 

 その衝撃がどれほどのものであったか。

 私が。

 私が、ずっとずっと覚えていた違和感。排他的且つ攻撃的な兄に秘された、微かな感情。私の求めて止まない何か。私に向けられた親愛。私にいつかくれた──優しさ。

 兄は横柄な人。

 では、なかったのだ、と。

 

 兄は横柄な人でなく。

 兄は優しく、正義感に溢れ、家族である事を誇り得る──素晴らしい人なのだと。

 

 だから私は、兄を探し回った。

 今までの事を謝りたくて。兄の事を見抜けなかった自分が悔しくて。

 兄は目立つから、聞き込みをすれば大体足取りは辿れる。その日もすぐに見つかった。

 

 そうして。 

 そう、して。

 

「お前なんか家族じゃない、か」

 

 頬を撫でる。

 ビンタされた。びっくりしてあの時は何も感じなかったけど、兄は……私に手を上げた。

 それで、激しい剣幕で、凄い形相で捲くし立てて……そこで、おしまい。

 

 お前なんか家族じゃない。うざい。妹だなんて思ってない。

 兄と呼ぶな。気持ち悪い。

 

「……」

 

 机にべったりと身体をつける。

 腕に頬を押し付けて、べったりと。

 

 ……。

 ショック、だったらしい。

 存外。自分は……あの兄を、あの兄が自らの兄である、という事実を……好いていた。

 あの兄の妹が私であるという事実を、誇っていた、らしい。

 

 事実上の絶縁宣言は、私を酷く傷付けた。

 

「ホントはそこで、おしまいだったはず、なのに」

 

 不満を込めて言う。

 

 直後にそれは起こった。狙いすましたかのようなタイミングで、それは起きた。

 直下型地震──震度は4。この辺は古い街並みだから、建物の倒壊の恐れあり。なーんて知識が頭を駆け巡って、けれど身体は動かなくて。

 

 必死の形相で、泣きそうな顔でこちらに飛びついてくる兄を、ただ見ているだけしか出来なかった。

 

 覚えている。

 ぎゅうと、痛い程に抱きしめられた身体。地面とは兄が自らの身体をクッションとして挟んでくれて、私に怪我はなくて。

 私の顔を自らの胸板に埋めて、決して外を見せないようにして……"ぁ"と、小さな呼気を漏らして。

 轟音。轟音だ。

 耳をつんざくような破砕音。何かが割れて、何かが折れて、何かが壊れる音。

 兄の腕の力が強くなる。耳を塞がれた。けれど、その程度で音の完全遮断は出来ない。

 

 ちゃんと、聞こえた。

 誰かの悲鳴──断末魔が。

 

「大丈夫だ。大丈夫だ。聞かなくていい。頼むから、聞かないでくれ、(しるべ)……ね。あーあ。はぁ」

 

 もう、がっつり。

 ぜーんぶ聞こえていた。全部。ちゃあんとトラウマになってしまったし、ちゃんと……大嫌いになりかけた兄を、また、信頼してしまっている。

 久しぶりに名前を呼ばれた。

 久しぶりに兄の親愛を受け取った。

 

 久しぶりに、兄と触れ合った。

 

 あの時の事は忘れたくても忘れられない。

 兄の言葉は一言一句覚えている。最低極まりない絶縁宣言も──彼の、兄としての、私へ向けた庇護の言葉も。

 

 嫌えない。

 嫌えないよ、あんなのされたら。

 

 兄は多分、聞かれていないと思っている。聞かれたと知ったらまた酷い言葉を捲くし立ててくるんだろう。だから絶縁宣言の通りに食事は作らずにいる。

 けど、私の心持ちは少し違う。

 私はまだ、兄を嫌えていない。

 絶対にまだ何か隠している。私にすら言えないようなとびきりのもの。家族にさえ相談できない程に大切で、苦しくて、つらくて……可哀想な、何か。

 

 だから私は、まだ。

 兄を、兄だと呼んでいる。

 

 

 

 

 

 

「流石にアポ無しはヤバイと思うんだけど、どうかなお姉ちゃん」

「……どう考えてもヤバイし、頭もヤバイと思われるから、止めといた方がいいと思う」

「だよねー。でも、ほら。シルベちゃんとは一応お友達なわけですよ。ふふん」

「だからこそ、まだ、よ。この前の……紙葉さんと同じ感じにはなってないでしょ?」

「ぽいね。でもほら、あの三木島って人はあと一押しって感じだぞん!」

「……はあ、全く。妹の中二病に付き合わされて振り回されるこっちの身にもなってほしいものなんだけど」

「えー? お姉ちゃんの車椅子私が押してるんだから、疲労とかはないでしょ?」

「精神的疲労はマックスに近いわ。道行く人に"アナタの好きは本物ですか?"なんて聞いて回る奴、どう考えても頭がおかしいのに……それに押されなければ移動できないなんて」

「さっすがー! 本物じゃなかった人はいう事が違うね!」

「いっそこのビルから突き落としてやりましょうか」

 

 双眼鏡を覗く少女と、その後ろで車椅子に乗る少女。

 双眼鏡の少女は元気溌剌に、車椅子の少女は不機嫌そうに、それを見る。

 

 藤堂彩人。彼の周囲にいる女性達。

 

「ちなみに再燃したりしてない?」

「……少しはね。でもこの気持ちは、今度こそ本物だから」

「ほんとにー? また暴走しない? 大丈夫?」

「大丈夫よ。それに、私はあの人の気持ちを蔑ろにしてまで、自分を貫き通したいとはもう思えない。二度も命を救ってもらって、それは望み過ぎ」

「じゃあ私が貰っちゃおっかヌェァ!?」

「馬鹿言ってるとアキレス腱轢くわよ」

「轢いてる轢いてるもう轢いてる──ッ!」

 

 二人は姉妹で。

 別にこんな、遠く離れたビルにいる必要性は全くなくて。

 

「一回やってみたかったんだよね。遠くのビルから双眼鏡で覗く奴!」

「はいはい。ちなみに見えた?」

「え? 全然。他の家とかビル邪魔すぎ!」

「でしょうね」

 

 彼に彼女らを視認する事は叶わないだろう。

 だって彼女らには、存在しない。

 

 好意ゲージが、存在しないのだから。

 

「目指せ全人類の解放! 我々KKDKT委員会の旗揚げだぜー!」

「何の略?」

「KOUKANDOKAITAI!」

「……だっさ」

「なにおう!」

 

 System Error.

 大丈夫。大丈夫。藤堂彩人のしてきたことは、決して。

 

 無駄なんかには、させないのだと。

 

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