ハーレム展開撲滅ゲームはノベルゲームだ。見下ろし方のドット絵RPGや、3Dポリゴンの探索アドベンチャーなどでなく、あくまで背景スチルとテキストとVCとBGMのついた、自由度の低いゲーム。
選択肢は沢山用意されているし、その日の行動や誰に会うか、なんかはプレイヤーが決められるものの、選んだあとのテキストや展開は定められたもの。作者が膨大な時間をかけてつくったテキストと背景絵と、どこぞの作曲者のBGMに、同人声優の声が込められた"用意された運命"が広がっている。
だから俺は、この街に、この世界に詳しいわけではない。
あくまでゲーム上で上がっていた情報のみを知っている。あくまでゲームで描写された範囲のみを知っている。それは本来であればだれもが知らない事……コトを起こす張本人でさえ、現時点では知らない事であったり、宇宙人の襲来の可能性や異世界の魔王軍の準備状況など、この世の誰もが知らない事であったり。
でも、それ以外はてんでさっぱりだ。
この街についてはなんとかなる。住民として知っている範囲であれば知っている。
だけど、たとえばこの街に巨大ロボットが隠されている、とか。国宝級の何かが眠っている、とか。そういう、ゲームに無かった情報はてんでわからない。今言った妄想が実は当たっているのかもしれないし、地質まで調べに行っても何も無い、に終わるかもしれない。
あくまで、世界滅亡エンドに関係する秘密にだけ俺は詳しい。
それ以外の事は──例えば、ゲームに登場しなかった人物の好き嫌いとか、描写されなかった施設の内部とか、そんなことは。
「あっちあっち。サメ見にいこーよ」
「……」
「ねー、藤堂? ちょっとくらい笑いなよ」
「うぜぇ」
水族館。
水族館だ。
街の外れにある、そこそこの規模の水族館。暗い館内に刺す水光は幻想的な雰囲気を醸し出し、それがムードを高める。ムード。むー、ど。
……そんな場所に、俺は。
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一緒に来ているのは田畑。
その顔の、その横に出ている表示に、喚き散らしたくなる衝動をグッと抑えて……溜息を吐く。
ハート状態だ。紛う方なき。
あの日以降、田畑の好意ゲージを下げる事は出来なかった。日増しに上がって行く好意ゲージに俺は何度も罵倒をしたし、手を上げんとしたこともあった。ただ如何せん田畑も腕っぷしが強く、加えてあの性格。
残念ながら有効打はゼロ。初めの方は強い嫌悪感を露にしていた性的、あるいは身体的な話をしても、「ギャップが可愛い」だの「強がらなくていい」だのと糠に釘。
明らかに好意ゲージの、そしてハート状態の悪影響だ。今でも彼女の"ギャル"+"百合"という属性は変わっていないため、好意ゲージの上昇が彼女を捻じ曲げてしまっているのだと言えるだろう。
「ちょいちょい、
「別にお前彼女じゃねえだろ。言ったよな、俺。好きな子がいる、って」
「浅海っしょ?」
「──」
ドキ、とした。
心臓が止まったかと思った。何故、それを。
俺は──この世界の事に気付いてから、一度もそれを口にしたことは無いのに。
「アンタ毎度毎度浅海に突っかかってるっていうじゃん。アンタの同中のコに聞いたら幼馴染らしーし。浅海も浅海でたまにアンタのことじーっと見つめててさー、いやこれは完全にソウじゃん、ってなったわ」
「……それで、それがわかっていて、なんで付きまとう」
「あっは、否定しないんだ。本当に好きなんだね。そこだけは偽りたくないと見た」
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俺に好意を向けている二人以上の人間がハート状態になった時点で、世界は滅亡する。
だから、一応。一応、まだセーフなのだ。田畑のみがハート状態である現状は。王手である事に変わりはないが。
どうにかして、どうにかして。
田畑の好意ゲージを下げないといけない。現状、針の上でタップダンスを刻んでいるようなものだ。危ないが過ぎる。
「カンケーないかなって」
「……」
「アンタは浅海が好きで、浅海がどう思ってんのかはしんないけど、あたしはアンタが好きなワケよ。アンタが浅海を好きなのが勝手なら、あたしがアンタを好きなのも勝手っしょ? んで、こうやって無理矢理に連れ出せば水族館くらいなら付いてきてくれるってわかったワケ。んじゃ脈ありでしょ」
「ナシだよ。俺がお前を好く可能性は億に一つもない。うぜぇしダりぃし、進行形で嫌悪感が増していってる。今どんだけお前の事嫌いかわかるか。サメのいるプールに突き落としてもいいくらい嫌いだよ」
「でも、もし本当に、あたしが足を滑らせて落ちたら、助けてくれるんでしょ?」
……厄介だ。
見抜かれている、という感覚がある。俺の、"俺"という殻を。その中にある意思の弱い"僕"を。こんな横柄じゃなくて、こんな横暴じゃなくて、こんなに強くない、僕を。
でもそれは些事だ。僕が見抜かれているのはもう仕方ないにしても、田畑のハート状態を解除しないことには、僕は彼女にさえ本心を明かせない。たとえ卒業でシステムの全てが終わったとしても、僕は彼女を愛せずに終わる。
……それは嫌だと、そう、言おう。
「……はぁ、わかった」
「お」
「じゃあ今、ちょっと胸出してくれよ」
「は?」
わかっている。
万事滞りなく終わり、あらゆるシステムから解放され、自由の身になったとして……俺のやってきたことが消えるわけじゃない。そこで「ハーレム展開撲滅ゲームというものがこの世界」で「俺が沢山の人に好かれたら世界が滅亡してたんだよね」なんて説明したって信じられるわけがない。
ただ、「やっぱり頭がおかしかったんだ」なんて烙印を押されて、誰からも相手にされず……死んでいくのだろう。それは勿論、今まで散々な仕打ちをした彼女や、妹にも。
嫌だ。
それは変わらない。嫌だ。なんで俺が、とも思う。
……でも、やっぱり、誰かを目の前で失うのは嫌だし、世界が滅亡するのも嫌だ。嫌だっていうか世界滅亡に関しては俺も死ぬわけだから嫌とか以前の話なんだけど。
なら、自分が拒絶をするのなら、やっぱり。
自分も拒絶される……何か対価を支払うべきだと、そう考える。既に散々払っている気がしないでもないけど、俺は、それでも彼女を望むから。
社会的信用性くらい、くれてやる。
「ちょ、ちょっとやめてよ」
「三木島は爆乳だけどよ。田畑も結構デカいよな。それに、いいカンジに焼けてる肌が……そそる。いいだろ、どうせ見えねえよ。暗いんだ。なんなら俺が手を入れてやろうか?」
「……いや、いいよ。わかった、触れるもんなら触ってみなよ。どーせいつもの強がり……──ッ嫌っ!」
迷いなく。躊躇なく。
胸元に荒々しく手を突っ込んで、その胸に触れた。
その腕に強い衝撃があって、更には田畑が大きく飛び退く。振り払われた、のだろう。めちゃくちゃ痛い。
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「なんだよ、彼女になるんじゃねえのかよ。今までのコは嬉しがって自分から見せてくれたぜ? その上で大好き大好き、ってな」
「……最低」
「もしかしてお手て繋いで水族館見て回って、そんだけが彼氏彼女の関係だとか思ってねぇよな。勿論その後までヤんだろ? お互い高校生さ。別に、咎めるヤツもいねぇ」
「……」
近づく。後退る。
水槽湧きの暗がりでの一進一退。介抱以外で初めて女の子の肌に触れた俺はちゃんと緊張しているけれど、そんなものを感じる僕は封殺して圧殺して、俺が一歩を踏み出す。
「どうせ処女でもねぇんだろ? 知ってる、っつか聞いたぜ。お前、女の子侍らしてイイコトしてるらしいじゃん。そうだ、紹介してくれよ。俺が誰を好きでも問題ないんだろ? 別に彼女名乗っても許してやるからよ、エロい子、ちょいと頼むわ」
「……」
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いいぞ、順調だ。
譲司の口調を参考にしたこの変態三下チンピラムーブ、百合属性には刺さる刺さる。みるみる好意ゲージが下がっていく。
あと一押しで、ハート状態も解除できそうだ──。
「──嘘つき」
「あン?」
「……アンタさ、無理だよ。アンタがそんな悪い奴じゃないって、もうわかってる。多分ね、浅海もわかってる。そのさ。その……
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「無理だよ。アンタが思ってるより、女の子は賢いよ。賢いしビンカン。あたしもだけどさ、というか、あたしなんかは特にさ」
「……」
「藤堂の視線や言動に──性欲だとか、あたしへの、気持ちとか。
あぁ、敵わない。
やばいな。不味いな。俺なんかより、この子の方がずっと偉い。ずっと怖い。人生二週目の俺なんかより、この子の方がずっと経験を積んでる。
ゲームには登場しなかった"ギャル"+"百合"属性の少女、田畑要。
ああ、そうだろう。こんな子が登場してしまえば、ハーレム展開の撲滅など難度が跳ねあがるに違いない。上級者であればともかく、初心者は絶対に越えられない壁となってしまう。
だから、出さなかったのかもしれない。
だから、出て来なかったのかもしれない。
……上級者だよ、俺は。多分ね。
「そこまで言うなら、ヤらせてくれよ」
「話、聞いてた? それが本気じゃない事くらいわかるよ」
「ああ。本気じゃねえ。お前なんか欠片も好きじゃないし、エロいとすら思ってねえ。俺がそういう対象に見るのは浅海由岐ただ一人だ。だから、
「……そこまで行ってたんだ?」
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「ああ、襲った。好きだったからな」
「付き合ってたの?」
「いや? 襲ったら、涙目で蹴られたよ。良い顔だった。今でも覚えてる」
「泣き顔を、良い顔なんていうんだ」
「ああ。俺、女の子が悲しむ顔好きなんだよ。これは恋愛対象じゃなくて、単純に性的嗜好な。今度こそ本当にそそるんだぜ。お前の肌なんかより、よっぽどな」
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ああ。
ちなみに全部嘘。あの頃の僕に女の子を襲うなんて勇気あるはずないし。彼女の泣き顔は見た事あるけど、良いなんて思わないし。……あの頃は、もうこんな顔させて堪るか、とか思ってたんだけどな。今では積極的にさせる側か。はは。
ああ。
いいよ。順調だ。ちゃんと下がってる。僕としても、そして俺としても、こんなセクハラしたかないけどさ。道端でイケメンがこんな言葉吐いてたら、警察に捕まってでもぶん殴りたいけどさ。
頼むよ。
もう、嫌いになってくれ。俺の内側なんか見透かさないで、もう、好かないでくれ。
俺は貴女のようなカッコイイ人にはなれないんだ。好意ゲージの支配か、あるいは貴女の本来の性質かはわからないけれど、その想いには応えられない。
ただ単に世界滅亡エンドを起こしたくないってわけじゃないんだ。ただ単に死亡イベントを回避したいってわけじゃあないんだよ。
俺は、彼女が好きなんだ。
浅海由岐が好きなんだ。そのためには、他者に好きになられちゃ困るんだ。
頼むよ。
俺の内側が見えるというのなら、これを汲み取ってくれよ。
「……あはは」
「なんだよ」
「いやさ、……やっぱり無理だよ、藤堂。アンタどんだけ悪ぶっても、良い人過ぎる。自分のために行動してるんだろうけど、それは、多分、みんなのためになるんだ。でも、うん。わかった」
「何がだ」
「わかったよ、藤堂」
笑う。
田畑はにっこりと笑った。
それは多分、本当に、可愛らしい笑みで。
「アンタのこと、嫌いにはなれない。アンタのこと、好きじゃ無くなれない。それで、アンタからの愛は要らない。いらないし、受け取らない。仮にあたしのことを愛してくれてもね」
「だから、お前なんか興味ねーって」
「うん。あたしさ、ちょっと離れるわ。ガッコ、辞める」
「……え」
驚きの声。
それは、学校を辞める、という事に対して──ではない。
彼女の、側頭。
彼女に付随する、その、その。その。
「デート、無理に付き合わせちゃってごめんね。ありがとう。……またね、藤堂。次会った時は、
「お前、ソレ……」
「じゃ!」
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手を上げ、踵を返し……マナー悪く館内を走り去っていく少女。
その、好意ゲージが。
「……ゼロに、なった? いや……消えた?」
好意ゲージがゼロになれば、死亡イベントが起きる。
だから気を付けてはいた。水族館で起きる死亡イベントなどゲーム中には出て来なかったが、海系のスチルにサメに食われる、というのがある。ガラスが割れて、のパターンかと思って、飛びつけるよう姿勢は変えていた。
が。
が。
……が。
「……見た事が、ある。この……シーン」
予測していた事態は起こらず。
代わりに、酷い既視感が脳裏を襲う。
水族館。違う、暗い場所。暗い場所で──誰かが走り去っていって。
ゲーム本編、じゃないはずだ。俺がどれほどハーレム展開撲滅ゲームをやり込んだと思っている。取得していないスチルはあるが、攻略やら何やらで全てが頭に入っている。
だからこれは。
「ホームページの……確か、由岐、の」
今しがた走り去っていった少女は誰だったのか。由岐、なのか。
浅海由岐。俺の大事な人。そもそもなんで俺は
意識が落ちる。
わかる。ああ、俺は眠るんだって、わかる。
──まるで、ローディングが挟まったかのように。
俺の意識は──闇へと。
「……こんな田舎町に水族館がある、なんて。おかしく思わないのかね、コイツ」