体育祭──。
六月という一番涼しい時期に設定されたこのイベントには、固定量上昇イベントが複数設定されている。
怖いのは、それら複数イベントにおいて、誰と一緒になるかわからない、という所。固定量上昇は固定量上昇として、誰の好意ゲージが固定量上昇するかわからない──そして基本、逃げる事は出来ない、と。
そしてそれだけでなく、プログラム……体育祭らしくいくつかの競技があって、そのペアやチームとの好意ゲージも上がると来ている。最もこちらはあらかじめ練習があって顔合わせは済んでいるため、適度なラインまで好意ゲージを下げているからあまり問題視はしていないのだが。
その、一つ目。
生徒に配布される各チームのビブスに不備があり、それを届けに行く、というイベントだ。ただし知っての通り俺の性格はコレなので、任される事は無い──と思っていたのだが。
「……」
「藤堂くん、赤黄お願いしてもいい?」
「……ああ」
なんでもあちらのチームでビブス管理をしているのが選挙管理委員会の一人だとかで、顔見知りだろう、なんて理由で俺と榛公佳が駆り出された。ゲーム中、主人公を選挙管理委員にしてもこういった理由でのイベント発生は無かったため、俺が知らなかっただけでこれも不可避のイベント、というヤツなのだろう。
ウチの色である青以外の各種ビブスを分担して持っていく。
榛のゲージは三。これをキープしたいところだな。
「……ね、藤堂くん」
「なんだ」
「ちょっとさ。最近、変わったよね」
「……」
正直あまり会話をしたくない。会話でも好意ゲージの上昇があるヒロイン相手には、無言が一番だ。
出来ればこの固定量上昇イベント分のみの増加だけで済ませたい所。
「なんていうかさ、ちょっと……怖くなくなった、っていうか」
「無駄話に付き合うつもりはない」
「──美紅のこと。どう、思ってるのかな、って」
「知らんな、そんな奴」
| ♀ | 15 | |
……なんだ。今なんで下がった。
ミク? ……友達か。アレか、こないだ黒板消すの手伝った……のはミカか。ええと、養護教諭は……アサカ。全然違う。コイツはキミカ。
ミク……? そんな奴いたか? いや居はするだろうけど。特に珍しい名前でもないし。あとで登場キャラクター一覧を見ておくべきか。こういう聞き方をするって事は、好意ゲージがかなり下がっているのかもしれないし。
「そ、……そっか」
「別に……ソイツには限らん。噂くらい聞いてるだろ。俺がどんな奴か、くらいは」
「あ……うん、その、一応」
「醜聞に違わん。俺はそういうヤツだよ、榛。どんな幻想を抱いているのか知らんが、あまり期待するな」
「……」
水橋の一件で学んだことでもある。
「私は噂を信じない」というスタンスの奴が、俺についてのアレコレが本当の事だったのだと知ると、それだけで好意ゲージがゼロになる。期待が反転する、という奴だ。
噂を信じて好意ゲージを二くらいで保っていた奴より、その衝撃は大きい。
なら初めから期待させない事が重要だ。嫌われすぎてはいけないのでクズムーブに徹す事はタブーなのだが、自己保身をしないでおくのは大事だと。
「じゃ、じゃあ私はDとEに行ってくるから」
「ああ」
任された赤と黄色のビブス。AクラスとCクラス、そのままAチームとCチームのビブスとなる。
……いやマジで、不備にも程があるだろ。逆になんでBのビブスだけ正常に届いたんだよ。
「……あれ?」
榛と別れてから、一人、思わず素の口調で呟く。
あれ。
……好意、上昇しなかったな。固定量上昇イベントなのに。むしろ下がった。
──"SYSTEM ERRORだ。お前の異常行動のせいか、はたまた別の要因か。"
「コレ、が、なのか」
それなら。
都合は良い……か? いや、今後の予測がしづらくなるという点では……。
でも、本当にそうなっているなら、この先も。
二つ目のイベント。こちらは固定量上昇イベントでなく、体育祭に設定されたプログラム……競技の方だ。
体育祭とは名ばかりに、内容は大体運動会と一緒。正直無駄だと思わないでもないし、何より主人公の肉体が強すぎる。だから徒競走やハードル走の類は出なかった。一瞬期待の目が集まったけど、ガン無視した。流石にそれくらいじゃ好意ゲージは下がらなかったが。
結果俺に宛がわれた競技は──コレ。
「玉入れ、ねぇ」
「えいっ、えいっ!!」
何が楽しいんだか、どこに競技性があるのかわからない。無論プロシーンというか、そういうの専門でやってる人達の大会ともなれば白熱するのだろうし、競技性ばっちりで見ごたえ十分なんだろうけど……高校生の、それもロクな練習をしていない奴らのソレに、どんな意味があるのか。明確なルールもフライング禁止くらいだろうに。
いやまぁ、全員素人だからこそ、なのかな。カジュアルに出来るわけで。賞金が出るわけでもないんだ、俺が水を差すのも違うだろう。
「……」
「えい! とう! やぁ!」
玉入れを選んだのは、チーム練習が必要無いから、である。これが二人三脚とかだと厳しい。練習期間中にガンガン好意ゲージが上がって行く可能性がある。余計な茶番ドラマが生まれる可能性がある。
だからノー練習で良いコレを選んだのだ。
が。
「……」
「おい、みんな! 藤堂ントコに玉集めろ!」
「流石藤堂! 全然楽しくなさそうだが百発百中だな!」
「えい! やぁ!」
この。
……アレだ。言い方は凄く悪いが、安い。少年漫画によくある奴。周りより圧倒的に優れた肉体より繰り出されるゴリ押し。汗も涙もない機械的なソレは、凡そ体育祭というラベルに最もふさわしくない。小学生チームにプロが混じってる感じ。しかもプロに負ける気が一切ない感じ。
男子連中は勝ちに貪欲なためか、早々にプライド捨て去って俺の所にボールを運び始めている。俺はそれを適当に放る。放れば入る。主人公の肉体の恩恵だが、目を瞑っていても入るので、何かしらの力が働いてるんじゃないかと勘繰っている。
反対に、というか。
先程から俺の横で、暴投も暴投を繰り返している女子をチラ見する。
天羽久希。"メガネ"+"巨乳"属性。違わず、激しく揺れるソレ。
彼女は俺にボールを渡すことなく、ひたすらに投げ続ける。投げ続ける。だが一個も入っていない。一つも、バスケットを掠める事すらしていない。
でも体育祭ってそういうもんだよなぁ、って。
いや勿論高校生なんて自意識の高まり始めた時期だ、勝ちに拘るのは良い。必要な事だと思うし、何かに必死な人間をかっこいいと思う心は俺にもある。恐らく彼らだって出来るのなら自分で頑張りたいのだろう。だが、効率の点から見て、苦渋を飲んででも俺に託した方が勝てると思っている。
ううん。なんだかね。
嫌な予感がする、って言えばいいのかね。
「──そこまで!」
笛の音と共に、種目が終わる。
五チームあって、球は三百個。内、我らがBチームの点数が二百十二。そりゃそうだ。普通は拾って、狙って、投げる、という工程を必要とするものを、ウチのチームは落ちてる玉全部拾う、にシフトしていたんだから。もう違う競技である。
それでも、「よっしゃあああ!」なんて言って喜んでる男子連中に、少しだけ……可笑しくなった。
「藤堂君も、嬉しいんだね」
「ッ!」
顔に、出ていたか。
天羽に言われ、気を引き締める。まぁ、言われなくても引き締めてはいただろう。
なんせ──上げている。
天羽久希を含む、玉入れの参加者全員。八人チームの七人が、その好意ゲージを一つ分。
……固定量上昇イベントのツケ、か? だとしたら最悪なんだが。
「こんなお遊びで、よくああも喜べるもんだ、と思ってな」
「うん。みんな全力で……凄いよね」
「全力、ね。ほぼ俺一人の力で勝ったようなもんだが、それで嬉しいのか、あいつら」
「嬉しいと思うよ? 私も嬉しいから。だって、藤堂君も、私達のチーム。もしこれで負けてても、藤堂君のせいじゃない。一人の成功とか失敗でね、そのせいでチームが勝ったり負けたりする、なんてことはないんだよ。だって、そうじゃなかったら──」
「……なんだ」
「あ、いや、しゃ、喋りすぎて、ごめんね」
天羽久希。
本来の彼女は、こういう性格だ。ゲーム主人公に対しては、お姉さん、みたいな雰囲気で接してくる。その過去に他のヒロインにあるような重さは欠片もないが、趣味をボランティアにしてるくらいにはいい奴だ。生来の性格、らしい。天羽の個別ルートにある家族との面会で色々語られる。
暖かい家で育ち、友達にも恵まれ、みんなに優しく、それでいて、しっかり芯がある。
ただ、ハーレム展開撲滅ゲームを好むようなプレイヤーは大体捻くれているため、そんなに人気は無い。重い過去、暗い過去があった方が人気投票なんかでは票を獲得しやすいのだ。天羽はマジで一般人だからな。
「……いつか、さ」
「……」
「いつか。藤堂君が、全力で楽しめるような事、見つかると良いね」
ああ。
本当に、いい奴なんだろう。あれだけ無下に扱っても、幾度とない罵倒をしても、コイツの好意ゲージは未だに二以上を保っている。先ほど上がった分で、現在は四。
他人を嫌わない──嫌えないのかね。結構、コイツの死亡イベントは遭遇した記憶があるんだが。
天羽の好意ゲージが下がる条件はなんだったか。
確か。
「あ、次の種目始まるよ」
「……」
"人の死を悼めない人とはわかりあえないよ"……だったか。
ゲーム本編における主人公のサイコ要素の一つ。幾度となく起こる死亡イベントを越え、個別ルートを目指すのがハーレム展開撲滅ゲームの趣旨となるわけだが、それには当然、周囲で人間がバタバタ死んでいくことになる。
そのことについて──それなのに女の子との対話を止めない、時にはデリカシーの無い事も言う主人公に対して、天羽は問うのだ。
"どうして、君は、平気なの?"と。
その時の選択肢は三つ。「平気じゃないさ」か「何が?」か「好きな人がいるから」。うん、後ろ二つはサイコだな。勿論だが、後ろ二つを選べば好意ゲージはガン下がりする。「平気じゃないさ」のみ好意ゲージの上昇が見られる。
「おい! 藤堂!」
「ん……なんだ、夕闇」
去っていく天羽の背を追って俺も天幕に戻らんとしていた所で、声をかけられた。
夕闇大翔クン。隠れオタク。この前和解した男子。
「俺はお前の事、まだ嫌いだけど……ナイスだったぜ! 俺らも頑張るから、応援してくれよな!」
「知るか。勝手にやってろ」
「おう!」
えぇ……。
何その元気な返事。今の激昂するトコじゃないのか?
……不味いな。最近、周囲の人間がこういう反応をするようになってきてしまっている。
暖簾に腕押し糠に釘豆腐に鎹泥に油沼に釘。最近……そう、最近、だよな?
慣れられている、のか。
本当にそれは、不味い。俺の中の好意ゲージを下げるムーブのレパートリーはそんなに多くない。先日聞いた女子の服に手を入れて胸を揉む、くらいはやらないと……そういう変態的行動をしないといけなくなってきているのかもしれない。
……それを、したら。
彼女は、どう思うかなぁ。はあ。
「次の出番は……二時間後か」
応援は参加しない。
涼しい校舎に戻って、ゆっくりさせてもらおう。どうせ固定量上昇イベントからは逃れられないのだし。
パリン、と。
何かが割れる音がした。考えるより先に動いた足。腕が何かを受け止める形になって──落ちてきたソレを、衝撃を殺しながら抱き留める。
「──は、っあ──っはぁ、はぁ」
「……大丈夫か?」
「あぁ……じゃなくて、え、ええ」
……驚いた。
いや好意ゲージがゼロになっていることも十分驚くべき事なんだけど、この人と主人公が会うのはもっと先のはずなのだ。
この少女とは。
なんたってまだ──少女になっていない時期のはず、だから。
「そ……そろそろ下ろして、くれるか……しら」
「いや──」
「ま、まさかおれ、じゃない私も食べるつもりじゃないだろうな、藤堂彩人、女食いのクソイケメンヤロー──うぎゃあっ!?」
少女を抱えたまま、後ろに飛び退く。
するとそこに窓枠……ガラスがバリバリに割れた窓の枠組みが落ちてきた。わざわざ角を下にして落ちる辺り、殺しに来ている。
「あ、あぶな……」
「……」
「お、おい藤堂彩人、助かった、助かった事には礼を言うから、下ろせ! い、いつまでも野郎にお姫様抱っこはきつい、」
「まだか」
「は? ──うわっ!?」
俺だって別にこんなことをしたいわけじゃない。
ただ少女の好意ゲージが未だにゼロだからか、次々と危険が襲ってくる。いつぞやの野球ボールやバレーボール、残っていたらしいガラス片、鉄柵、雨樋、ビーカーにフラスコ……おいおい、誰か故意に落としてないか?
つか、体育館の耐久性がアレだったんだ、校舎の方も見るべきだっただろ。なんだ雨樋落ちてくるって。今後どうするんだよ。んでどこの鉄柵だよ。
「うわ、ぎゃあ、ひゃああっ!?」
「まだすか」
「な、何がだよ──おい上、
「ハ──」
どういうこっちゃねん、のツッコミを入れる前に、大きく横へ飛ぶ。ああ、姫抱きじゃ無理だな。俵抱きに切り替えて──壁を駆け上る。無論垂直平面を、ではなく、ベランダやらなにやらを辿って、だ。
そうして先ほどの窓。つまりこの少女が落ちてきたであろう場所にイン。流石に無傷とは言えないが、少女は傷つけていない。この世界、何が原因で死ぬかわからんからな。それに三木島の時のように吐かせてしまう可能性もあるし。
背後、というか階下でドシン、という凄まじい衝撃音。どうすんだよ、俺以外に人いたら。いない事は確認済みでサボってたとはいえ。
……校舎内で寝てたら、例のロリ委員長に見つかったんだよな。
「は……はは、ま、漫画かよ……」
「流石に大丈夫だとは思うが……もう少し警戒するか」
「あ、……お、下ろしてくれ。藤堂彩人、もう、いいから……大丈夫だから」
「そういうんなら、とっとと」
好きになってください、という所まで出かけた。
いやだって、俺が降ろさないのも、こんな目にあっているのも、この人が俺を好きにならないから、というか。そもそも面識無かったのにどうして好意ゲージがゼロになったんだ? アレか、期待してて、真実知って失望、のパターンか?
……なんでもう、少女になっているんだか。
「おい、藤堂! 俺は先輩だぞ! 早く下ろせ!」
「自殺志願者すか」
「何言ってんださっきから……まだ、とか、とっとと、とか。意味わかんねえこと言ってないで下ろせよ!」
少女が暴れ始める。
が、そんなことではビクともしないのが主人公の身体。元の身体ならいざ知らず、その体では力も出んでしょうに。
……うわひっかき始めやがった。おとなげねぇ。
「どうだ! 終いにゃ噛むぞこのやろー!」
「とりあえず落ち着けよ、衛須パイセン」
「っ! ……な、なんで」
その属性は。
「お、俺の名前……
"性転換"+"俺っ娘"。いや、俺っ娘も何も、という話だが。
「知ってる知ってる。鄭和衛須パイセン。最近女の子になった、元野球部のエース」
「お、おま、お前……俺のストーカーか──!?」
……そのワード、最近よく聞くなぁ。
まぁ、確かに。知ってるはずの無い知識だし。
……早く好意ゲージ上げてくれないかな。この人の好意ゲージの上げ方は"会話をする"だったはずだから、そろそろだと思うんだけど。
「……降ろしてもいいすけど、逃げんでもらえるすか」
「逃げねえよ! なめてんのか!」
降ろす。
……身長152cm。男の頃は俺より高い180とかだったはず。
それがまぁ、なんとも。
「パイセン、体育祭でないんすか」
「……お前がそれ聞くのかよ。……出れねえよ、
「別に、女子の出場選手は沢山いるすけど」
「う、うるせえ! 出れねえもんは出れねえんだよ!」
「ハズいから、すか」
「ッ!」
鄭和衛須。ハーレム展開撲滅ゲームにおいて、皆森朝霞同様物議を醸したヒロインの一人。
元、高校球児。汗臭く泥まみれで坊主頭なゴツイ男子生徒が、ある要因によって性転換してしまった姿。
ちなみにテイワエイス……テイワス的な隠し意味がありそうに見えて、ただTSというだけな人。元々ふざけた作者だけど、ネーミングもたまにふざけるんだよな、あの作者。
そんな彼女(?)は、そこそこ胸がある。
だから恥ずかしい、のだそうだ。大好きな野球をする事も、体を動かす事も。
単純に身体能力の低下による無様を見せたくない、と口では言いながら、その体に刺さる視線が嫌、だとかなんとか。
ゲーム本編での個別ルートでは、その事実を受け入れるようになるのだが、そのルートもまた……まぁ、賛否両論。性転換は精神的BLだのなんだのの層がやかましいからな。俺も、まぁ、好んでそのルートに入ろうとは思わなかった。スチルコンプは楽な部類なのでやりはしたが。
「わかってるなら……聞くんじゃねえよ、ばか。クソ、いいよなぁ、お前は。そんな……そんな体でさ。野球部入らないか? へへ、今ならエースになれるぞ」
「嫌すね。メリットがない」
「……チッ、だろうよ。そういう感じでバスケ部も断ったんだろ。……ずりぃよ、お前。そんな恵まれた体してて、部活もしてねえのに……」
好意ゲージは上がらないまま。
嫉妬、か。体育祭に自分が出られない事と、俺の活躍でも見て落ち込んだのか? あれを活躍と取るのは……なんだかなぁ、と思うが。
「顔が良くて、女に恵まれてて、運動出来て……クソッ、やっぱ俺お前嫌いだ!」
「別に、今のパイセンなら女に混ざっててもおかしかないんじゃないすか。着替えだって女子更衣室で着替えてんすよね」
「は、はぁ!? 着替えてねーし! ちゃんとトイレで着替えてっし!」
「女子トイレすか」
「男子トイレに決まってんだろ! なんだ、どうにかしてでも俺を変態にしてぇのか!」
ううん。さて、どうしたらいいんだろう。
好意ゲージが上がらない。今はあの猛攻が落ち着いているが、これ教室出たらまた色々来るんだろうなぁ。ああ、今は一応イベント扱いで、好意ゲージの判定死んでるとかか? いや、体育館では普通に起きてたし、違うか。
なんにせよ、何も起きていない内に上げときたいんだが──ああ、噂をすれば。
「っと」
「うわぶっ!?」
先程降ろした先輩を、もう一度抱きかかえる。
そこに落ちてくるは照明。いやさ、マジで老朽化やばいって。
「な、なんださっきから。俺、呪われてるのか!?」
「そういやさっきなんで落ちてきたんすか」
「え? あぁ、いや、落ちてたスリッパに躓いて、よろけて、ガラスにもたれかかったらいきなり割れて……」
「その前。何してたんすか。なんでこんなトコにいたんすか」
「べ、別に何もしてねぇよ。ただ体育祭の様子見てて、一番よく見えるとこにいただけで」
「俺の事、見てたりしなかったすか」
「……ッ! お、おま、お前! 自意識過剰が過ぎるぞ!! つか、女の身体なら誰でもいいのか!? 誰でも口説くのか! クソ、最低変態やろーめ! わかってんだろ、俺は元男だぞ!」
うわー。
どっちが自意識過剰だよ、とか。
……いやまぁ俺の聞き方も不味いか、普通に。
「埒が明かんな」
「何がだよ、さっきから──あぶねえ!」
何が危ないのかを確認する前に、先輩を抱えたまま前へ飛ぶ。
直後、轟音。そればっかだな。芸が無い。
「……やべえ、マジで俺呪われてるかもしれん。おい藤堂彩人、俺から離れた方がいいわ、これ」
「そうはいかないんすよねぇ」
倒れてきたのは、黒板。
おいおい、っていう。廃校じゃねえんだからさ。空き教室、ではあるみたいだけど。うわこの詰まれた椅子とか倒れてきそー。
さっきのタイヤも、どっから飛んできたんだよ。タイヤが飛んでくるってなんだよ。
「何がそうはいかない、だ。カッコつけやがって一年坊主が! 俺はお前みたいな最低変態やろーに守られるのは嫌なんだよ! 離せこのやろー!」
「残念すけど、俺も目の前で人が死ぬのは嫌なんで」
「──」
お?
え、そんなことでいいのか。そんな当たり前の事で、回復するのか?
チョロインか? この人も。割と、ある世界滅亡エンドでは重要な役割を果たしてたりする人なんだけどな。結構なキーパーソンというか。
勿論だから、というわけじゃないんだけど、この人に怪我があると不味い。世界滅亡エンドを引き起こすある人物が、この人の怪我をした姿を見て──みたいな展開だから。
「……くそ、なんでいい奴なんだよ」
「一応聞いとくすけど、俺どんなイメージすか」
「あぁ? ……近づく女全部食って、なんでもないかのように捨てて、周囲に迷惑ばっかかけて、だってのになんでもかんでも優秀に熟すヤなヤツ、だよ。まさか自覚してねぇのか?」
「!? い、いや、自覚してるすよ、勿論。つか、最近はちょっと……反省もしてるすよ。なんか、変な噂出てるじゃないすか。水族館で女の胸を、みたいなの」
「ああ、聞いた時は警察に捕まればいいと思ったよ」
「でもアレ事実じゃないんすよ。なんか目撃者がいっぱいいるとかで噂大きくなってるすけど、そもそも俺水族館なんかいかねーし。水族館の場所自体しらねーし」
「……捏造された噂が流されてるって事か?」
パリン、と。
いや、そんなことより、だ。
なんだこの人。ゲーム中ではこんな扱いづらいキャラじゃなかったぞ。こんな精神状態が不安定な、ゼロと一を行ったり来たりするのも初めてのケースだ。
「まぁ、俺を悪く言うならいくらでもでっち上げられるすからね」
「それは……そう、だな。多分俺も、簡単に信じると思う」
「俺に関する噂、半分くらいは嘘すよ。何より、女の子に手ぇ出しまくってるってのが嘘す」
「それは、違うだろ。俺は実際に被害者を何人も見てる」
「被害者て。……ああ、もう。オフレコで頼むすけど、俺、好きな子いるんすよ。小さい頃からずっと好きな子が」
「……へぇ?」
今度もまた隣の教室で、何かが崩れる音。
成程、こういう回避の仕方もあるのか。あんまり他の奴の場合には参考にならなそうだけど。
「だから、正直、他の子に手ぇ出す余裕ないす。その子、全然振り向いてくれないんで」
「いや、そりゃそうだろ。お前、振り向いてほしい子がいるならもっと色々気を遣え! 素行もそうだし、その仏頂面もだし! おいなんだよお前、すっげー人間らしいっつか、すっげー青春してんじゃねえか!」
「クソ、くそっ! 応援したくなっちまった! 俺お前の事大嫌いなのに!」
「あ、パイセン口軽そうなんで名前は教えないす」
「えー、なんでだよ!」
……潮時だな。
会話をすればするほど、激しい増減が見られる。これ以上の会話がどちらに転ぶかわからない以上、ここらで引いておいた方が身のためか。
好意ゲージが回復した今、死亡イベントも起こらない……起こりづらいだろうし。
問題は、何故この人がこんな早くに性転換してしまっているのか、っていう原因調査と、この人の精神状態が何故こんなに不安定なのか、って調査をしなければならない事だが……。
前者はともかく、後者は無理だな。会話が必要だから。
「あ、やべ。パイセン、そろそろ俺出番す」
「ん……あぁ、体育祭か。そか、そうだったわ。……あー、くそっ!」
その言葉に、また好意ゲージが下がるんじゃないかと一瞬身構えた。
けれどゲージは変わらず。
「出たくねえし、誰かに姿を見られるのも嫌だったけど……ちょっくら応援行くわ、俺も」
「心変わりすか」
「ばっか、一年坊主にばっかカッコつけさせてたまるかよ」
さいで。
……SYSTEM ERROR.、か。
正直知らんがな、とか思ってたけど……ちゃんと考えなきゃダメなこと、なのかね。