ハーレム展開撲滅ゲーム   作:劇鼠らてこ

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長いです。
ただ、SF設定が文字数を膨らませているだけなので、読み飛ばしても大体大丈夫です。


ザ・スーラブ

「や、初めまして、未来の旦那さん! ボクの名前は晴巻夜明。見ての通り、宇宙人さ!」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 その側頭にあるゲージをみれば、何がやばいのか、など一目瞭然だろう。

 "宇宙人"+"侵略者"属性、晴巻夜明。日本の学校に来るにあたって改名したその元の名を、ハルマゲドーン。世界の終わりを指し示す戦いの名。すべての終わりを齎す黙示録の一節を冠す少女。

 世界滅亡エンドが"インベーダー襲来"のトリガーとなる女の子。

 その好意ゲージが、あと一歩でハート状態、という段階にある事実に──ぞっとした。

 そんな。

 そんな、馬鹿な事があるかよ。

 俺がどれだけ必死にそれを回避しようとしてきたと思ってる。

 俺がどれだけのものをかなぐり捨てて、それを遠ざけようとしたと思っている。

 

 それを、こんな。

 SYSTEM ERRORだかなんだか知らないけど、予測も推測も憶測も準備も覚悟も何にも出来ない状態で、こんな。

 もう──寸前、だなんて。

 

 そんなふざけた話があるか。

 

「もう」

「お、言語はこれであってるみたいだね。最初の子は錯乱していたけど、やっぱりボクの未来の旦那さんは違うね!」

「──来ているのか、もう。ハルムの星々は」

「え?」

 

 ハーレム展開撲滅ゲームにおける世界滅亡エンドは、ハート状態となった各ヒロインの組み合わせによってその内容を変える。目立った特徴の無いヒロインだと基本的に大地震やら大型台風といった災害系になるのだが、他のヒロインとは一線を画す属性を持つヒロインが組み合わせに入っていると、世界滅亡エンドの属性もそちら側に引っ張られる。

 スチルのコンプを目指すプレイヤーはそこの組み合わせ……大規模x大規模な属性持ちをわざとハート状態にして新しい世界滅亡エンドを見る、という事もやっていたくらいには、様々なスチルとテキストが用意されている。ハーレム展開撲滅ゲームの看板みたいなものだからな、世界滅亡エンドは。

 だからたとえば、天羽と榛であれば日本沈没が如き大地震になるし、錨地原と水橋だったら全世界のテロリストが一斉蜂起するし、目の前の晴巻が絡んでいれば──インベーダー襲来になる。

 残念ながら、東郷アミチアの属性ではインベーダー襲来を打ち消せる要素には成り得ないのだ。"異世界"属性の子がいれば、違う世界滅亡エンドになるのだが。

 

 けれど、要素として。

 既に東郷アミチアがハート状態になっている……そのままであった、という事実が、何よりもやばい。

 

「お前達の母艦は。造艦惑星群であるハルムの星々は、もう来ているのか」

「……すごい! ボクの未来の旦那さんは、時を読めるのかな? それとも遠くが見えるのかな? うん、来ているよ。もうすぐ到着するんだ! あ、パパとママ達に、未来の旦那さんを紹介しなきゃだね! ()()()()()()()()()()

「……」

 

 本来、晴巻夜明が来るのは、転校してくるのは、主人公が二年生になった時点……つまり一年目をなんとかやり過ごした時点となる。その頃には初心者も好意ゲージの管理に慣れてきていて──だからこそ、コイツにボロボロにされる。ベテランは見越して動いているが。

 ハート状態になるヒロインが複数いたら世界滅亡、というのが一年目だ。だから俺がやったように、一人だったらまだセーフ、と考えているプレイヤーが多い。他に嫌われていれば好きな子をハート状態にしてラブラブちゅっちゅしていいのだと。

 だが二年目となり、コイツの出現が全てを狂わせる。

 

 コイツの好意ゲージは初めからハート状態一歩手前。

 その上で、ほとんどの事でそのゲージを下げる事は無い。下げるための選択肢は分かりづらく、下がっても一度のイベントで一ゲージ分のみ。

 それはまぁ、当然なのだ。ある意味で東郷アミチアと同じく、主人公と番うためだけに地球に来ている。

 "その星で最も愛される魂"を目印に主人公を狙い、この星に根を下ろし、植民地にする……なんてのが、本来の晴巻夜明の目的。勿論個別ルートに入る事が出来れば侵略を遠ざけて「このまま二人で逃げちゃおっか」エンドにも行けるのだが、それにしたって侵略は為されている。彼女の背後に控える親族方々、ハルムの星々によって。

 

 ハルムの星々。

 正式名称巨大造艦惑星群ハルム。人工物の惑星で宇宙を渡り、他の惑星を侵略しては自らの惑星群に加え、その勢力を増していく紛う方なきインベーダー。

 世界滅亡エンドたるインベーダー襲来の原因にして下手人であり、数ある世界滅亡エンドの中でもかなりの現実離れしたSFな世界設定と超美麗なスチルが人気なエンドの一つである。

 その、被害も。

 なんなら──主人公の学校は、一番にジュッとされてしまう。高出力広範囲レーザー。植民地にするんじゃなかったのか、というツッコミは初見プレイヤーの誰もがしたことだろう。

 

 世界滅亡エンドを引き起こすのは勿論ダメで、個別ルートに入るのもダメ。他のヒロインを生かしたいなら、殺したくないなら、どうにかしてその好意ゲージを下げないといけない。

 

 既にハルムの星々が近くに来ているというのは、東郷アミチアがハート状態であるが故の前兆だろう。彼女がハート状態になったのはついさっきの事のような気もするが、その前に皆森朝霞がハート状態に近い所まで行っている。もしあそこで皆森朝霞がハート状態になっていたら。そしてもしもっと早く、コイツが俺を見つけていたら。

 ……そういう積み重ねがハルムの星々を引き寄せたんだ。実際に侵略するかはともかく、航路上に地球がそもそもあったのだという説明もあったし。

 

 それに、東郷アミチアがストーカーが如く俺を尾行し、その好意ゲージを高めていたというのなら、知らぬ所で世界滅亡エンドの危機は来ていたのだろう。こちらは大地震や嵐などの災害になっていた事だろうが。

 ……綱渡りが過ぎる。やっぱり好意ゲージは二とか三で留めておくべきだ。

 早く東郷アミチアの好意ゲージを下げに行きたい。だがコイツを野放しになんかできないし、そもそも。

 

「あ、逃げられないよ。君達の科学じゃ助けを送る事も出来ないだろうね」

「わかってるさ。惑星を自分たちで作る、なんて超科学、地球人にはあと千年あっても届かないだろうからな」

「うーん、このまま順当に成長しても、一万年でギリギリかなぁ」

 

 ハルムの星々にいるコイツの両親は、その数兆を優に超える規模がいる。惑星群だからな。その数など、計り知れないというレベルではないだろう。なお晴巻夜明は「見ての通り宇宙人」と言ったけど、瞳孔が星マークになっている事とケーブルと電球みたいな尻尾が生えている事以外はあまり地球人と変わらない容姿をしている。流石にグレイみたいなのはヒロインにはならなかったワケだ。流石にな。

 ただ、ハルムの星々にいる奴らにはそういうのがいる。というか人間形の方が少ない。がっつりインベーダーだ。プレデターでエイリアンで、ちょい、いやかなりキモい。

 

「……」

「わ、反抗的な目! いいよ、その方が屈服し甲斐があるもんね! 未来の旦那さん!」

 

 "宇宙人"属性に加え、"侵略者"属性を持つ晴巻。

 その本質は絶対レベルのサディスト。無論R18ゲームではないし、R18Gのゲームでもないからソウイウ事はしないが、主人公を()()()()()ためなら結構なんでもやる。その実験台となった……最初に目を付けられていた人が、鄭和衛須先輩だ。

 これまた余り深くは語られていなかったが、イロイロされたらしい。晴巻と鄭和先輩が同席すると、今までの威勢はどこへやら、蛇に睨まれた蛙のように鄭和先輩がカチコチになってしまう、なんて会話シーンがあったくらいだ。

 

 ゲーム本編では存在しなかったが、主人公がそういう目にあわされる可能性もある、という事。

 "侵略する事"を至上の歓びとする疑いようもない人類の敵。それが晴巻夜明。

 

 そんな彼女の好意ゲージを下げる方法は。

 

「何言ってんだテメェ、屈服するのはそっちだ、馬鹿が」

「んー?」

 

 にっこりとした笑顔。

 その手に何か、銃のようなものが出現する。あれはテーザーガン……電気銃、というヤツだ。俺を転移させたのもそうだけど、ああやって瞬時に物を出し入れするワープ的な技術が著しく発達しているのもハルムの星々の特徴の一つ。

 敵や侵略対象に直前まで存在を察知させず、いざ開始、となればその超超規模の艦隊が突然至近宙域に出現する。防御不可、迎撃不可の大侵略。

 

 ……とはいえこちら地球も普通ではない。

 インベーダー襲来エンド時は、他の世界滅亡エンドの下手人たちも一緒になって立ち向かうため、かなりの徹底抗戦が見られる。あれだけで小説になるんじゃないかってくらい。

 主人公の通う学校が消滅させられても何故か生き残っていたヒロインや、消滅してしまったヒロインの仇討ちにと本気を出す大人の方々。それと共に戦う主人公。

 

 結局はみんなやられるのだが。

 無理だよ、数には勝てないよ。

 

「なんか、言ったかな? ボクの未来の旦那さん」

「間抜け、って言ったのさ。お前の星の言葉にしてやろうか? ge rmn kili

「ばぁん」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 

 痛み──右肩を刃物で貫かれたかのようなソレに、けれどリアクションをしない。

 すれば喜ばせるだけだ。何、マジで腹ぁ刺された時よりかは痛くない。経験が生きたな。

 

「ボクだってね? あんまりこういうテ、使いたくないんだよ。だって未来の旦那さんだもん。傷付けたくないし、恐怖も抱いてほしくない。結婚するんだからさ、穏便に行こうよ。ボクの夫になれるんだよ? 君だけは、助かるんだ。ボクのパパとママがあの星を侵略しても、君だけは安全。だってボクの夫だからね」

「そういう所が馬鹿だって言ってんだよ。結局お前は尖兵さ。あっちじゃ愛娘だの皆から愛された子だのと持て囃されてたんだろ? それを信じて、期待されてると思い込んで、こんな辺境惑星に番いにきたワケだ。泣ける話だね、愚かすぎて」

「……ホントに、色々な事を知ってるみたいだね。さっきの言葉を返すよ、kili ab smelik

「誰からも愛された家畜、ね。はは、言い得て妙だ。じゃあよ、それを求めてきてるお前はなんなんだ?」

 

 晴巻曰く。そして"転移者"属性の子曰く、主人公の魂は"その星で最も愛される魂"らしい。ある意味で俺が知っている属性のようなものか。"イケメン"属性がそうなのかね。

 とにかく晴巻はそれを狙っている。自らの子にそれが受け継がれて、惑星群で最も愛される魂を手にするために。

 ……というのが、晴巻を送り出したハルムの星々の一派閥の狙い。晴巻は「お前ならできる」的な事を言われてやってきた尖兵に過ぎない。個別ルート終盤、実は晴巻と同じような境遇の少女が沢山いた事が判明するのだ。

 各惑星に一人ずつ、"その星で最も愛される魂"がいる。それを手に入れるために作られた少女こそが晴巻であり、当然その惑星の生物にとって魅力的に映る容姿に設定されている。だから人間形なのだ、コイツは。

 

 その背景を……まぁ、心苦しくは思う。

 可哀想だな、とは思う。知らずに行っている、自分は皆に愛され、期待されて送り出されたのだと思い込んで侵略活動をしている少女を。

 

 けど、ああ。

 多くは望めない。

 俺は彼女が好きだし、彼女といる世界を守りたい。たとえ彼女と添い遂げる事が出来なかったとしても、死なせるなんて事は絶対に嫌だ。

 それは勿論、あの学校の面々全員に言える事。あの街の全員に、そして知りもしないどこかの誰かに言える事。

 

 あの時。

 初めて目にした、好意ゲージによる死。名前は教えてもらえなかった。プライバシー、だそうで。

 だから、誰かなのだ。

 誰かが、俺の行動のせいで、好意ゲージを失って──死んだ。

 

 今、俺の行動のせいで、世界滅亡が訪れようとしている。

 ……絶対に、阻止しないと。

 

「君さ。未来の旦那さん。どこまで知ってるの?」

「全部さ」

「全部……。じゃあ、ボクのパパとママ……()()()パパとママの名前も?」

「グリーゼとテムドゥスだろ」

「わ。本当に知ってるんだ。じゃあさ、ボクが今君を見て、良いな、って思った所はどこかわかる?」

「目だな。"まるで深い宇宙の闇のようで、この辺りにある恒星をも超える輝きを持った、不思議な瞳"……だろ」

「心まで読めるんだ! すごい……凄いね。……余計欲しくなっちゃった!」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 マズった。

 折角一ゲージ下げられたのに。

 クソ、才能だとか、資質を見せるのもアウトか。ゲーム主人公はこんなことしないから、知らなかった。

 

「待遇を改善してあげる。ペットにするつもりだったけど、本当の夫みたいに扱ってあげる。だから、早く折れてくれないかな!」

「それは無理だな。なんたって、お前がハルムの星々に帰ったとして──居場所なんざ、残ってないんだから」

「──え?」

 

 一瞬、引き金が引かれかけた。

 しかし聞き捨てならなかったらしい。思いとどまり、何か……怯えるような目で、晴巻はこちらを見る。

 今の今までで、俺が本当に全部を知っているし、遠くも見えるし、色々な物が読めるとコイツは信じ切っている。

 だから、効くだろう。

 その事実は。

 嘘偽りない──本当のコトは。

 

「ど、どういう事?」

「哀れだな。愚かだ。本当に気付いてないんだな」

「……言いなよ。言わないと、撃つよ。地球人の雄は()()を撃たれるのが一番痛いんでしょ。この前の子は、のたうち回ってたよ」

 

 ……鄭和先輩。

 南無。

 

「そっちこそ、いいのか? 聞いたら後悔するぜ」

「いいから、言えよ! どういう事? ボクの居場所がない、なんて……そんなの在り得ない!」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

「別に、簡単な話さ。お前は地球の植民地化のために送り出された尖兵。となれば、当然。母艦に帰ってくる、なんてことは前提として存在しない。地球に根を下ろし、俺と子を育み、そこからじわりじわりと侵略して行く。それがハルムの星々のやり方だ。"その星で最も、誰からも愛されている裏切り者"の製作。晴巻夜明。お前はそれを作るための道具でしかない。お前に期待されているのは俺との子を産む事だけで、俺との結婚生活を送る事や、お前が賞賛される何かしらの成果を残す事じゃないんだよ」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 コイツの好意ゲージを下げる方法。

 それは、コイツの自信を無くさせる……お前は愛されていないんだと突きつける事。

 一見簡単そうに聞こえるだろうが、本来はこれを学校生活の、日常の一コマでやらなければならない。選択肢は基本三つで、どれも同じように見える。ただ一つ一つに込められた微妙な"お前には期待してないよ"感で以て、コイツの自信を削っていく。

 必然コイツに会う時間を増やさねばならず、今までの好感度管理における時間配分の大部分を取られるため、ゲーム難度のシビアさが増すのだ。

 

 あんまり好かれていないキャラの代表格。まぁ世界滅亡エンドのトリガーとなるヒロインは大体そうなんだが。

 

「お前はもう、母艦には帰れない。仮になんらかの手段で帰ったとしても、お得意のレーザーで焼却処分されるんじゃないか? あるいはブラックホールにでも転移されるか、宇宙ゴミとして捨てられるか。ハルムの星々とてその資源は無限じゃあない。無駄な物をいつまでも抱えてはいられない。植民も満足に出来ず、見つけたペットと似非夫婦生活を送らんとするデザインベイビーに、何の価値があるっていう、グッ!?」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 流石に反応してしまった。マズい。

 だが反応しないのは無理だ。その、宣言通りの場所に、刃物が如く痛み。そりゃ鄭和先輩ものたうち回る。

 

 ……いや。

 もう、大丈夫か。

 

「う……うるさい、うるさい。うるさいよ! そんなの……嘘だ。こんなゴミみたいな星の、こんなに頭の悪い家畜が、そんなこと知ってるわけ!」

「ッ、……ふぅ。じゃあよ、信じられるように追撃でもしてやろうか。晴巻夜明。ハルマゲドーン。俺はお前の誕生した施設の名前も、お前の両脇にいた子の髪色も、お前の胃と喉に彫られた管理番号も、全て言えるぜ」

「ひ……そ、そんな、とこまで」

「なんならもっと恥ずかしい秘密も知っている。お前が初めて育てようとした煌蝶の名。何故死なせてしまったのか。お前の初恋の相手。何故振られたのか。お前の、この船における自室の、亜空間パッケージの底にある()()の事も」

 

 カァ、ッと紅潮する晴巻の頬。

 こういう人間的な生理現象も、対人間用に調整されたが故。だったら目の星マークと尻尾消せよ、とか思わないでもない。必須なんかな。

 

「追い詰められてるのはお前なんだよ、晴巻。お前にはもう、俺と結婚する以外の選択肢が残されていない。失敗すれば消される。要らねえからな。んで、こっちの返答も突きつけてやる」

 

 身長は主人公の方が高い。

 だから、思い切り見下した目で、人差し指をピンと向けて。

 

「お断りだ、間抜け。お前みたいな阿呆と結婚なんて、死んでもごめんだ。うぜぇしダルいし、可愛くも無ぇ。気持ち悪い、二度と近づくな。お前と違って俺は"その星で最も愛される魂"──価値があるんだよ。価値無しのお前では一生かかっても辿り着けない価値が」

「──」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 手応えアリ、だ。

 俺への好意は……まぁ、元から恋愛感情のソレではなく、欲しい、という欲求ではあったのだろうけど。

 それが全て、絶望に変わっていくのが目に見える。

 ……まぁこれは全ヒロインに言えることだけど。言葉程度で、そこまで変わるかね、とか。

 俺が一番思っちゃいけないのだろうことを、少しだけ思ったりして。

 まぁこれで、諦めもつくだろう。あとはどうにか帰してもらって、東郷アミチアの好意ゲージ下げをしなければ──。

 

「あ」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 それは、どちらの呼気だったのか。

 突然──ガクン、と。

 地が揺らぐ。

 地。

 地、じゃない。

 

 ここは──上空。宇宙船。だから。

 

「ぁ──ぁは」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 膝からガクンと崩れ落ちる晴巻の肩を抱き、膝に手を入れ、姫抱きの状態にする。

 そのままダッシュ。全力ダッシュ。

 この宇宙船の構造はわかっている。個別ルートで結構語られるからな。原理だのなんだのは一切判らないけど、どこに何があるか──正確には、どこにその目的のものがあるのかは、わかっている。

 

「ッ、掴まっとけ……いや、いい、ちょいと強く掴むぞ!」

 

 掴まっとけよ、というのが無理なのは一瞬でわかった。

 放心状態。心此処に在らず。強く言い過ぎたんだ。まただ。同じことをしている。三木島から何も学んでいない。馬鹿なのは俺だ、本当に。アホで愚かで間抜けで。ああ、クソ。

 

 傾き始める床。

 この宇宙船は晴巻の意思で動いている。睡眠など一年に一回程度で良い晴巻の意思が途切れる事など普通はあり得ない。眠る時はどこかへ着陸させるらしい。だから、そう。

 こうやって宇宙船の稼働に割くリソースを失い、前後不覚になってしまえば──落ちる。

 

 落ちる。

 ここは恐らく大気圏外。がっつり宇宙だ。地球よりはそう遠く離れていないはずなので、地球の重力から逃れる事は無い。落ちる。

 海に落ちればまぁ、大丈夫だろう。宇宙人の技術は相当で、対ショック機構も十二分に作用するはずだ。あれだけ価値がないと罵りはしたが、"その星で最も愛される魂"と番う前にアクシデントがあってはいけない。なのでエアバッグ的な、安全装置は各所に為されているはず。なんなら地面に落ちてもそれは作動するだろうし、この中の安全は保たれるだろう。

 

 問題は、落下場所だ。

 さっきも述べたが海ならまだいい。海洋生物の皆さんには申し訳ないが、少なくとも人間の被害は出ない。運悪く船舶が、という可能性もあるので油断はできないが、陸上よりはリスクの少ない場所だろう。

 だが、陸地は。

 ……無理だ。この宇宙船の大きさは全長四十メートル。それが住宅街にでも落ちてみろ、どれだけが死ぬか。住宅街でなくとも、都会、あるいは何らかの施設。地球の七割が海なのは理解しているが、そんな賭けに出るつもりはない。三割って結構当たるんだぞ。

 

「──あった、脱出ポッド!」

 

 このテの船にはありがちなソレ。

 船内の安全機構が……対ショック系の防護機構がどれだけしっかりしていても、内側で事が起これば対処の仕様がない。たとえば単純に動力源の故障。人間モデルのデザインの為された晴巻には有毒なガスが出るかもしれないし、火災が起きるかもしれない。寄り道をした惑星からウイルスや菌類を貰い、ゾンビパニックなんかが発生するかもしれない。工具を使って戦うかもしれない。

 そういった、本当にどうしようもない時のために、脱出ポッドが用意されている。

 この脱出ポッドは自らの排出と同時に本船を()()()()()とかいう物騒な機構を積んでおり、それは上述したようなパンデミック等を外に漏らさないための処置。つまり、これで脱出出来れば、この四十メートルの金属塊を地球に落とすことなく、安全に着陸できる、というわけだ。

 

 脱出ポッド側にはちゃんと目的地の設定機能が備わっているからな。そこも安心。

 

「っ、せま……!」

 

 申し訳ないが晴巻の私物なんかは全て消滅する次第となる。

 仕方なかろう。この宇宙船墜落自体が恐らく死亡イベントだ。避けようがない。先ほどから呼びかけたり抓ったりをしてみているが、晴巻の意識は戻りそうにない。「ぁは」とか「ぁぇ」とか言って、口の端から涎を垂らして、こちらに完全に身を預けている。汚い。

 復帰は恐らく無理。考えている時間は無い。

 消えてもらおう。

 

「ふ、たり、用じゃねえ、のか……たりまえか」

 

 なんとか体勢を整える。晴巻と抱き合う形になってしまうし、物凄い密着を強いられるのだが、仕方のない事だ。本来は小柄な晴巻一人が脱出するために作られたもの。当然スペースは最小限に絞られている。俺みたいなのが入る前提じゃないんだ。

 ああ、抱き合わなきゃだし、ちょっと背を屈めなきゃだし。クソ……なんだかいかがわしい格好になるな。

 

「──発射ッ!」

 

 まぁ、四の五の言ってる時間は無いのだ、本当に。

 ハッチを閉めて、内側の発射ボタンを押す。ちなみに脱出ポッドがある事自体はゲーム本編で語られていたものの、内部は特に描写されていなかった。

 だからハルムの星々の言葉で書かれたボタンの内、"発射"っぽいものを選んで押したわけだが……いや大丈夫だろう。嫌な事は考えない事にする。少なくとも今の間だけは。

 

 ガクゥン、と大きな振動。排出されたのだ、というのが感覚でわかる。

 脱出ポッドに窓のようなものは存在しない。ただ映し出された海域マップのようなソレにタッチが出来て、落ちる場所を選べるらしく──。

 

「ぁ、ふ」

「わっ!?」

 

 ……思わず素で驚いてしまった。

 意識の朦朧としている晴巻が、その頭を擦り付けてきたのだ。それだけではない。何故か服の中に手を入れ、ぎゅう、と抱きしめてきている。子供かよ。少し可愛いとか思っちゃったじゃねえか、クソ。

 

「……そういうさぁ、余計な事をさぁ!」

 

 ああ、まだ好意ゲージがゼロであったのを忘れていた。

 鄭和先輩の時、回復するまで持続的に死亡イベントが発生していたように──まだ晴巻は安全じゃない。

 今ので、腕がモニターに当たってしまった。

 

 決定された行先は──太平洋のど真ん中。

 ああ、良かったのだろう。落下地点を心配する必要はない。

 どうすんだよ、オイ。

 太平洋のど真ん中に突っ込んで、どうやって帰んだよ。

 

 振動。

 ……排出に当たってかかるGの方向から、微弱なソレ。

 まさか、今ので消滅したのか? あの船が。

 

 こわ。

 宇宙人の技術こわ。

 

「晴巻! おい、晴巻! 起きろ!」

「ん……んぅ、ぃゃあ……」

 

 とかく、この状況をどうにかするためには、コイツを起こすしかない。

 起こして好意ゲージを回復させて、脱出ポッドを操作してもらうしかない。

 

 けれど晴巻は何かをいやいやと拒否するようにして、俺の胸板に頭を擦り付ける。くすぐったい。

 

「おい、起きろ──起きろ、ぐっ!?」

「ぅーぁー」

 

 どういう技術かはわからないが、大分緩和されている──にもかかわらず感じる膨大なG。

 加速している。着陸……着弾地点を見定めたからか、一気に。

 これ、不味いか? たとえ晴巻を起こしたとしても、この状態から軌道修正なんて出来ないんじゃ。

 

 ……でもこれ、本当に死亡イベントか?

 たとえ海に着弾したとしても、晴巻は死なない。むしろやばいのは俺の方だ。コイツは一年以上飲まず食わずで生活できるけど、俺はそうも行かない。これで死ぬのは俺だけだ。

 晴巻を見る。

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 未だにそのゲージはゼロ。

 死亡イベントは発生しているはず、だ。

 

 それが来ないのは、何故か。

 

「……ねえ」

「っ! 起きたのか! 晴巻、これ操作出来るか、今太平洋のど真ん中に──」

「やっぱり、全部知ってる、っていうの、嘘なんだね」

「──」

 

 今、そんなことを。

 つか起きてたなコイツ。クソ、騙された。

 

「ナビモニタの操作方法なんて、ボク、生まれてすぐにわかったよ。あの船も別に消滅させる必要なんてなかった。舵モードに切り替えて、安全に着陸できたもん」

「あぁ、嘘だよ嘘。そんな嘘に騙されたんだよお前は! 馬鹿が──痛ッ!?」

()()。弱点なんでしょ。こんな目に見えた弱点があるとか、本当にゴミみたいな種族だよね、地球人って」

「ッ、この期に及んで、まだ屈服しろとか言うのか」

「……言わないよ。今さ、交信してたんだ。パパとママに、今聞いた話を」

 

 知らなかった。

 そんな事出来たのか。危ないなオイ。俺、綱渡りしすぎだろ。っていうか交信中はあんなアホ面になるのか? どんなだよ。

 

「開口一番、"もう産んだのか"だったよ。その後色々話したけど、うん。真実みたいだね、君の言った事」

「確かに俺が知ってるのは全部じゃない。けど、真実の一端は知ってる」

「信じるよ。というか、信じざるを得ないかな。ボクもわかったよ。自分が愛されているっていう先入観を捨てて、パパとママ達と話してみて……ああ、ボクの事なんか、どうでもいいんだな、って」

「どうでもよくはないだろう。侵略のための大事な駒、ヅッ!?」

「口が減らないね、君。もしかしてそういう嗜好? それならボクとぴったりかも」

「……なんだ。まだ俺と結婚したいのか。俺の名前も知らない癖に」

「あ、バレてた? うん。ボク、君の名前知らない。未来の旦那さんなのはわかってたけど、君の事、何も知らないや」

 

 俺の胸元に顔を埋めているので、晴巻の顔を窺い知る事は出来ない。

 ただ少し──湿ってきている。

 そういう機能も備わっているのは知っていた。個別ルート、「このまま逃げちゃおっか」でこれら晴巻の真実が語られるのだが、そこでも彼女は涙を流す。居場所がないと知った彼女は、インベーダー……ハルムの星々の侵攻から逃れるために、主人公と二人、宇宙船で宛てのない旅を始めるのだ。

 背後、背景として地球の全てが侵略尽くされていくのを見ながら。

 

「藤堂彩人、という」

「……アヤト。うん。ヘンな名前」

「お前に言われたかねーや」

 

 まだか。

 まだ、好意ゲージは回復しないのか。

 こんなに親身になっているのに、どうして。

 

「アヤト」

「なんだよ」

「多分、明日になったら……君はボクの事を忘れてる。ボクの事も、宇宙の事も、君とボクの相性がぴったりだって事も」

「……どういう事だ」

「パパとママ達と話したんだよ。()()()()()って。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

「それは──」

「まるで何か引き寄せられるように。まるで何かを、求めるように。まるで何かに──()()()()()()()()()()()()。ボク達は、予定をかなり早めて、ここへ来た。そしてボクが送り出された」

 

 ……地球人より、宇宙人……ハルムの星々の民の方が遥かに頭が良い。その科学力然り、単純な知識量然り。

 気付いた、という事か?

 この世界に。

 この世界の仕組みに。

 SYSTEMに。

 

「そういうの、嫌いなんだってさ。パパとママ達は支配されるのが嫌で逃げて、自分達が支配する側に回ったって種族だから……このよくわからないものに支配されるのは嫌だ、って。だから、帰る、って」

「帰る?」

「うん。この星から興味を無くせば。正確にはアヤトから興味を無くせば、目に見えない支配が薄まるのに気づいたみたい。()()()()()()()()()()()()()()()()()、コレは自分達に干渉してこない、って」

「……よくわからんが──じゃあ、もう、お前は」

「ホントウに用済み、ってことだね!」

 

 明るく元気に。

 植民地化さえしない。侵略さえしない。

 だから、帰る場所も無ければ──目的もない。

 本当に、価値を無くしてしまった。

 

「……すまん」

「うん。こっちもごめんね。ボク、もっと……自分が凄い子だと思ってたから」

「だが、きっぱり言っておく。俺はお前を好きにはならん。お前とも結婚しない」

「わかってるよ。さっきも言ったでしょ? 君は明日になれば、ボクの事を忘れてる、って」

 

 それは。

 それが、どういう意味なのかを。

 

「本当は、君も解放してあげたいけど……どうやら君が中心みたいだから、それは厳しいかな。アヤト、君は凄いものの中心にいるね。何か、酷い悪意が君を縛り付けている。呪いのようで、祝福のようで……あはは、こんなオカルト、パパとママ達の前で言ったら怒られちゃうけど」

 

 コイツの亜空間パッケージの底にあるお宝。

 それは魔法だの魔力だのといった、ファンタジーな書物。ハルムの星々にもそういう創作があるらしく、けれど全てが子供向け。当然だ。そんなものはないと、超科学が証明しきっているから。ちなみに"魂"は科学的に存在すると立証されているらしい。

 晴巻は、憧れがあるのだ。

 そういうオカルトに。1500000歳──人間換算十五歳で、だからまぁ、少し遅めの中二病かね。

 

 ……あるいは、"転移者"属性の子であれば。

 

「今度、もし、お互い無事に会えたらさ」

「結婚はしないぞ」

「あはは、それはまぁ追々考えてもらって。そうじゃなくて──教えて欲しいんだ」

 

 晴巻が、顔を上げる。

 涙で泣き腫らした目。星のマークまでぐじゃぐじゃになっている。どういう仕組みなのか、まったく。

 

「君の本当の名前。"藤堂彩人"は、縛り付けられた名前でしょ?」

「──」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 好意ゲージが──消える。

 ああ、つい最近、似たような現象を見た覚えがある。

 あれは、相手は、誰だったっけ。確か知らない、少女……いや、由岐……いや。

 だれ、だっけ。

 

「またね! ありがと、ボクを自由にしてくれて。君のせいで全部失ったし、君のせいでいらない真実に気付いちゃったし、ボクの幸せはぜーんぶ崩れ去ったけど……うん」

「どこへ、」

「なんか、感謝してる! 新生ボク! 今日から人間として生きるんだ。それで、それで」

 

 周囲の風景が歪む。空間が歪む。

 あ、これは、知っている。

 

 転移の前兆。先ほど東郷アミチアと共にいた時は気付かなかったが、これは、わかる。

 跳ぶ。

 

「──全部が終わったら、君の幸せを崩しに行くよ。無理矢理君を奪って、今度こそ屈伏させてあげる。君の愛する人から、君を大事にする人達から、貴方を奪いに行く」

「人間として生きるなら、尻尾は隠せよ!」

「っぷ、あはは! じゃあね! 首洗って待ってろゴミ家畜ー!」

 

 消えた。

 晴巻夜明が、ではない。脱出ポッドが、でもない。

 消えたのは俺だ。

 

 そして──出現する。

 

 

 ──下着姿の東郷アミチアの前に。

 その部屋に。


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