ハーレム展開撲滅ゲーム   作:劇鼠らてこ

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裏目裏目裏目

 最近、兄のいい話をよく耳にする。

 美談、という奴だ。

 正直耳を疑う話ではあるのだけど、実際に沢山の人がそれを口にしているのだから、疑いようもなくなってくるというもので。

 曰く、車に轢かれそうになった所を助けてもらった、だとか。

 曰く、川に落ちた所を救ってもらった、だとか。

 曰く、暴漢に襲われて、追われていた所を守ってくれた、だとか。

 

 噂に共通するのは、兄が誰かを救っていて、しかし周りに人がいない、という状況であること。

 証拠がない、とでもいえばいいのか。

 救われた人しかわからない話だったから、その美談が広まるのに遅れが生じた。それが今になって台頭してきたのは、先日、兄の高校で起きた不審者侵入事件を受けて、らしい。今まではその行動と風聞が違い過ぎて、別人説まで出ていたくらいには、救われた人自身も信じることが出来ていなかった、とのことで。

 藤堂彩人その人と、自らを救った恩人とを、重ねることが出来なかった、と。

 しかし、此度の件は多くの人の目に留まった。

 兄は真に人々を救い助けるヒーローが如き存在なのだと。

 

「赤坂さん、ご無沙汰しております」

「あぁ、導ちゃん。おはよう。そんな、ご無沙汰なんてかしこまらなくても」

「赤坂さんにはお世話になったので」

 

 近所で花屋を営む赤坂四郎さん。

 今日は彼の元へ花を買いに来たのだけど、当然の様に、話題は兄についてとなった。

 

「最近、凄いね」

「兄、の事ですよね」

「うん。昔は可愛い子、って印象だったけど、最近はちょっと……ヤンチャな感じで」

「変わってしまった、でいいですよ。もっとも、私にとってはああいう兄が規定値ですけど」

「ああ、そっか。導ちゃんが生まれた頃にはもう、ああなっていたっけ。でも」

「はい、でも、です」

 

 これは多分に"誇らしい"という感情なのだと思う。

 横柄で横暴で傲慢で……とかく挙げればキリがない程の欠点を持つ兄の、良い話。

 身を呈して誰かを救うなんて、言葉にするのは簡単だけど、実際にやれるかどうかと言ったら無理な人が大半だろう。川に落ちて助けてもらった、という人は、台風の日の激流に浚われたなんて話だったらしい。一歩間違えれば兄もろとも死んでしまっていたかもしれない所を、けれど兄は救った。

 車に轢かれそうになった人も、迫りくるトラックから力強くその身を掻き抱いて救い出してくれた、なんて話をしているし、他の噂のいずれもが兄を褒め称えるものばかり。

 命の危機に瀕した誰かを、恵まれた体を遺憾なく発揮して助け出す。

 才能に胡坐をかいて、顔立ちを盾に好き放題しているだけな人、ではなかったのだ。

 ちゃんと、出来る事を。ちゃんと、手の届くものを。

 守っていた。救っていた。

 

 それが誇らしくなくて、なんだというのか。

 

「良かったね、導ちゃん」

「はい。……でも、だからこそ、申し訳なくて」

「それは……僕もだよ。彩人くんを、全然信じてあげられなかった」

「はい」

 

 ほぼほぼ、見限っていた。

 謎に感じる親愛らしき感情でこそ繋ぎ止めていた信頼も、もしそれが無ければ、変わってしまった、あるいは堕落してしまった人だと見離して、嫌っていた事だろう。

 簡単に女性に手を上げ、友人を殴り、誰とも仲良くしない人。

 無論人々を救ったからと言ってこれら欠点が補われるわけではないけれど、心情として、やっぱり緩和されるものがある。

 もしかしたら、何か理由があったんじゃないか、とか。

 もしかしたら、何か事情があったんじゃないか、とか。

 

 だから──兄はまだ、堕ちて何かいなくて。

 私の、藤堂導の兄、藤堂彩人は、胸を張って自らの兄だと言える人なのだと。

 ……結局はそれを信じてあげられなかった自分が悔しくて。

 そういう複雑で上手くまとまらない感情が綯交ぜになっている。多分私だけじゃなく、赤坂さんも、そして兄の周辺にいた人達……たとえば由岐さんなんかも、そうだと思う。

 

「この前、近くで地震があったじゃないですか」

「ああ、大きかったね」

「あの時、私と兄は屋外にいて。それで、電柱が倒れてきたんです」

「それは……大丈夫だったのかい?」

「はい。この通り。でも、大丈夫だった理由に、兄がいて。ほとんど直撃コースにいた私を、決死の思いで助け出してくれて。一歩間違えば兄も怪我だけじゃ済まなかったはずなのに……」

「そんなことが……」

 

 これも同じだ。

 わざわざ自ら吹聴する事の無かった兄の美談。

 こういう状況にでもならない限り、こんな話はしなかった。他の噂も、だからこそ広まりはしなかったのだろう。

 今この街が、こうなっている。

 だから、これからはもっとそういう話が出てくると思う。

 

 それが、やっぱり──誇らしい。

 

「……よし、出来たよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 本来の目的である花を受け取る。

 花瓶に差していたものが枯れてしまったから、こうして新しいものを、と。

 

「そうだ、もうすぐ夏休みだろう? 今年の夏は、彩人くんとどこかへ行ったりするのかい?」

「……そんなこと、考えてもみなかったですけど……確かに、今の兄となら、旅行も楽しいのかも」

「ああでも、夏休みの始まり……七月の下旬辺りは控えた方がいいかもしれない」

「台風、ですよね」

「流石導ちゃんはわかってるか。うん、結構な大型の台風が来ているからね。気を付けて」

「はい、ありがとうございま、……!」

「……揺れたね」

 

 小さな地震。

 最近、多い。それこそ先日の地震もだけど、毎日の様に震度一程度の地震が起きているように思う。

 少しだけ不吉だな、とか。オカルトだけど。

 

「改めまして、ありがとうございました」

「うん。気を付けて帰るんだよ」

「はい」

 

 空は灰色。梅雨時だから仕方ないとはいえ、青空が見たいなぁ、なんて。

 そんなことを考えながら、最寄りのショッピングモールへ向かう。ごめんなさい、まだ帰らないんです。

 

 

 

 

 

「あら? 貴女確か、藤堂君の妹さんよね」

「はい?」

 

 買い物中、そんな風に声をかけられた。

 振り向けば──超・美人。

 金髪縦ロールの髪型と、目鼻立ちの整った外国人顔の女性。あ、歳は同じくらいかも。でも雰囲気が、女性、という感じで。

 モデルさん、って感じがする。買い物かご似合わないなぁ。

 

「あ、不躾でごめんね。私、藤堂君の彼女なのよ」

「か……か、彼女?」

「あ、正確には予定、だけど」

「え、あの、その」

 

 不躾というか、唐突が過ぎる。

 そんなことを言われる準備なんて出来ていない。

 

「ね、ちょっと話さない? 彼の事……気になるでしょ? 高校での事、とか」

「あ、えと」

「私は東郷アミチア。彼の先輩で、彼の未来の妻。お夕飯の材料のお金、出してあげるから、ね?」

「いえ結構です……ひぅ」

「ね?」

 

 断れない剣幕がそこにあった。

 

 

 

「兄は……どう、ですか。高校では」

「実はクラスどころか学年が違うから、どんな様子かは見た事がなかったり」

「帰ります」

「ああ、待って待って。でも、色々な筋から色々な情報が入ってくるのよ。それでね、導ちゃんが見たいと思う情報が一件あるの」

「……何を根拠に」

「こ・れ」

 

 言って。

 東郷さんは、一枚の写真を取り出す。

 

「これは……兄、と……女の子?」

「そ。それは、藤堂君が、誤って上階から転落してしまった女の子を受け止めている所。学校の監視カメラ映っていたものよ」

「上階、って」

「三階ね。受け止められなかったら、どうなっていたことか」

 

 渡された写真には、背の低い女の子を必死に受け止める兄の様子が映し出されていて。

 監視カメラにしては随分と画質の良いその様子は、やはり伝え聞く素晴らしい兄そのもの。

 

「他にもこれとか」

「これは……まさか、あの事件の時の」

「あとこれも」

「あ、さっきの女の子……」

 

 何枚も何枚も出てくる写真。一部明らかに監視カメラによる撮影ではないものも混じっていたけれど、総じて兄の善行を指し示すもので。

 私に会うと決めていたわけでもないだろうに、わざわざ現像して持ち歩いてるのかな……。それはちょっと怖いけど。

 

「あの、兄とは本当にお付き合いを?」

「あ、それは嘘。さっき言った通り、予定なだけ。フラれちゃったから」

「……その」

「でも、諦めてないのよ。少々家の方がごたついてて、彼を私の伴侶とは認めない、なんてことを言いだした両親も昨日説ぷ……説得したから。あとは彼を頷かせるだけ。彼、必死になって"悪い人"ぶってるでしょ? なんとしてでも、私がそのベールを剥いでやるのよ」

「悪い人、ぶってる……」

 

 やっぱり、そうなのか。

 やっぱりそうなのか。

 

 兄は、本来は良い人で。

 人の命を、体を張って救いに行くような、凄い人で。

 どうしてか自分を悪く見せようとしているだけで……!

 

「何故、兄はそうするのでしょうか」

「……ま、そこには多分、凄く複雑な事情があるんだと思うけど。関係ないのよね。私、彼と結婚するって決めたから。あ、貴女にも譲らないわ」

「いえ別に、私は兄を……家族としてはともかく、恋愛感情などは持っていないので」

「そう? それならよかった。ああでも、ゴサイ、というのならいいのよ。私が本妻で、貴女がゴサイ。彼のハーレム、良いと思わない?」

「……不潔です」

「まだ中学生だものね」

 

 そんな、大人になったらわかるのよ、みたいな色香を出して。 

 東郷さんは、ふふん、と鼻を鳴らした。

 

「それじゃ、交換ね。私は高校での藤堂君の事を教えたから、家での藤堂君の事を教えて?」

「……いいですけど、あまり面白い話じゃないですよ」

「問題ないわ。こういうのは実話である事が重要だから」

「?」

 

 そうして、世間()話に花を咲かせて。

 あっという間に時間が過ぎて──いつの間にか、買おうと思っていた食材が全て購入されていて。勝手に支払われていて。

 

 また今度会いましょう、なんて約束の後、私は帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 変質者がいた。

 

「はッ! ……そこの少女! 今私の事を変質者だと思わなかった!?」

「……」

「無視!?」

 

 やばい(あぶない)人だ。

 関わらないでおこう。

 

「はいストーップ!」

「きゃっ!?」

 

 掴まれた。

 ……恐らくプラスチックで出来た、超大型のアームで。

 やばい人だ。助けて兄さん。

 

「私、怪しい者じゃないネー。でもちょっと困ってるネー。ね、助けてくれない少女?」

「離してください。警察呼びますよ」

「そ、それはご勘弁を」

 

 離してくれた。

 携帯を取り出す。

 

「ちょちょちょーい!?」

「……今、110番を入力しました。怪しい動きを見せたらかけます」

「お、おぅけい、おぅけい、脅しってワケね。現代っ子こわー……」

「それで、何用ですか」

 

 その人は、居住まいを正す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、こちらに向き直った。

 

「ワタクシ、千式真那比といいます。この街へは転校兼フィールドワークにやって参りましたどうぞお見知りおきヲ!」

「……はあ」

 

 どう考えても変態としか思えないその恰好で、そんなことを宣う少女。

 そう、少女だ。多分私より年上の、少女。

 スクール水着のセンターにはしっかりと「まなび」と印字されていて、それが一層、異様さを引き立たせている。

 

「……あ、帰らないで帰らないで!」

「私、急いでるんです」

「またまたぁ~。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけでしょ~?」

「ッ!?」

 

 一気に警戒度を上げる。

 変態から──不審者。危ない人から、怖い人へ。

 

「おぅ、そんな怖がられるとは思ってなかったでやんす。失敬失敬。あ、でもね。聞いて聞いて?」

「……ッ」

「そんな貴女のお兄さんに用事がある、って言ったら……正義感の強い妹ちゃんは見て見ぬふりが出来るのかにゃ~?」

 

 そんな風に、嫌らしい目と笑みを浮かべて、にじり寄ってくる千式真那比に。

 

 私は──通話ボタンを押した。

 

「ぎゃっ!?」

「もしもし、警察ですか。不審者に襲われていて」

「こ、怖い! 現代っ子怖いよ~~!」

 

 一目散に逃げて行く姿に、携帯電話を耳から離す。

 そもそも110を入力した、というのが嘘、だったりする。

 不審者には有効な手だ。

 

「……夕飯の材料買わなきゃ」

 

 なんだか悔しいけれど、言い当てられた通り、私は兄にまた食事を作ってあげるつもりでいて。

 それくらいのご褒美があってもいいかな、って。聞けばどれだけ人を救おうとも、その見返りは一切要求していないそうだから。

 じゃあ、家族くらいはやっぱり、暖かく出迎えてあげたいな、って。

 

 出来れば、それで。

 あの横柄な態度も緩和されるといいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると、なんと兄が出迎えてくれた。

 これは本当に"そう"なのでは? なんて思いつつ、その顔を見れば──酷く焦燥としたソレに、なんだか悲しい気持ちになる。

 

「お夕飯、作りますね」

「……いらねえ」

「え、でも」

「いらねえっつってんだろ!」

「ぁ……」

 

 突然不機嫌になって、突然怒鳴り散らした兄は、どすどすと足音を立てながら上階へ行ってしまう。

 何か、気に障るような事をしただろうか。それともいつもの癇癪?

 

 なんにせよ、口でああいったところでお腹は減るはず。良い匂いがリビングからしてくれば、出てくる事だろう。こう、ウナギ漁みたいに。悪ぶってるんだ、あれも。

 食材を余らせるのが勿体ない、というのもあるかも。

 

 そんなことを思っていたら、また兄がリビングへ戻ってきた。

 

「……あ、やっぱり食べたく──」

「言ったよな。俺はお前の事、妹だとも、家族だとも思ってねえ、って。もういい、きめぇわ。お前がそういう態度取るんなら、俺が出て行く。絶縁だ、これで」

「え──」

 

 その背には、小さなリュック。

 冗談などではないのだと、窺い知れた。

 

「あ、あの! ご……ごめんなさい、兄さん。やめます、今すぐ料理するの、やめますから」

「ッ! だから、兄じゃねえっつってんだろ! ぶっ叩くぞてめぇ!」

「……!」

 

 噂は、やっぱり。

 結局噂、なのだろうか。

 兄の横柄さは、横暴さは、エスカレートしていっているように思う。ここまですぐに暴力をひけらかすような人じゃなかったはずだ。

 こんなにまで怒鳴り散らすような人じゃなかったはずだ。

 

 いらいらしている、だけなのか。

 それとももしかして、何か事情があるのか。

 命の危機に瀕す他人を救い得る兄が、私にだけこんな非情になるはずがない。

 何か──家族ではいられない、理由が。

 

「そ……そういえば、さっき、変な人に出会いました」

「はぁ? いきなり何の話を、」

「千式真那比、という人で……()()に用があると」

「!?」

 

 その名を聞いた途端、兄の表情は焦燥から絶望に変わった。

 やっぱり、危険な人だったのか。

 話を聞かなくて良かった。

 

「ど──どこで」

「一丁目の春香山公園の、自販機がたくさん並んでいる所です」

「な……まさか、自販機の下の小銭を探してたりはしなかっただろうな……?」

「え、凄い。はい、探していまし」

 

 た、と言い切る前に。

 兄が──消えた。

 勿論比喩表現だ。消える、なんて実際に起こるはずがない。

 

 ただ、物凄い速度で──玄関を出ていった。

 物凄い剣幕で。泣きそうな表情で。

 

「……兄さん」

 

 やっぱりだ。

 何かを抱えている。

 何かに直面している。多分、それが理由で、私とは家族でいられない、なんて思っている。

 大丈夫。

 表面上はもう、兄さん、なんて呼ばないように気を付けよう。ちゃんと距離を置くから。

 

 私は貴方をもう、見限ったりはしない。

 

「ッ、地震……」

 

 まただ。

 今度は震度二くらいだろうか。

 

 ……料理を作ろう。

 兄は多分、誰かを助けに行ったんだと思う。だから、帰ってきた時にお帰りを言うために。

 大丈夫、もう兄とは呼ばない。でも居候が、あるいはシェアハウスの相手がご飯を作る、なんて、別におかしな話ではないはず。

 だから。だから、大丈夫。

 

 兄さん、貴方は私の自慢の兄です。

 頑張ってください。応援しています。

 

 いつか──私の前でだけは、悪ぶる必要なんて無くなることを願って。




赤坂(あかさか)四郎(しろう)27


藤堂(とうどう)(しるべ)14


東郷(とうごう)アミチア17


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