その日、朝。妹に会わないよう早くに家を出て、その時から少しばかりの違和を感じていた。
会う人会う人──正確には見かける人すれ違う人。
軒並み、好意ゲージが三から四、なのだ。無論そういうことがあり得ないわけじゃない。風聞なんか、噂なんか、聞こうと思わなければ聞こえてこないものだ。たまたますれ違った人がそういう事に無頓着で、単純に俺の容姿的好感度から好意ゲージをそれくらいにしていた、という可能性は無きにしも非ず。
ただそれが。
目的地へ行くまでの道のりの、すべてで"そう"だったら。
流石に──恐ろしくもなる。
急遽マスクやサングラスで顔を隠し、バリバリの不審者丸出しで目的地へ向かう事にした。顔の良さは、隠せる。
そうして辿り着いた──目的地。
表札には『平岩』の文字。
ここに住まうは世界滅亡エンドの一つ、ゾンビパニックを引き起こすにあたるトリガー、"不登校"+"天才"の属性を持つヒロイン、平岩木の実。
幼きに両親を亡くし、親戚一同も辿り得ない程が死に、故の天涯孤独となった平岩は、けれどその天才性ゆえに
その早熟すぎる知識は高校生活におっさんが青春時代に抱くような憧れを灯し、故に入学手続きを済ませたようなのだが、渡された教科書を読んで失望、時間がもったいないと不登校になった……とのことで。
いやそれくらい調べられるだろ、とか。高校で習う内容くらいわかっとけよ、とか。
色々ツッコミ所はあるのだが、まぁそういう経緯の少女がいる。
とかく、この子は未来に対して一切の希望を抱いていない。天才であるが故に、自身の寿命が尽きるまでに目新しい発見や発明は起きない、と知っている。正確には、知ったつもりになっている。
未来が予知出来るわけじゃないからな。予測が出来るだけ。だから世界滅亡エンドには対応出来てなかった。他人発のものでも、自分発のものでも。
そんな彼女の元に来たのは、解放リボンを使うため、である。
ハーレム展開撲滅ゲームはノベルゲームだ。
3Dモデルを使用したゲームや、ドット絵で、マップがあるようなゲームとは違い、自ら街を探索する、という事は基本出来ない。用意された選択肢を選ぶと、それに応じて主人公がどこかへ行く、というシステム。
だから基本、一週目、あるいは何周したとしても、wikiなんかを見ない初心者が平岩の元に辿り着くことはほぼ無い。学校が舞台のゲームだからな、学校に来ない奴なんか気にしようがないのだ。
さらに言うと放っておいてもあんまり問題がない。なんなら誰かと添い遂げる個別ルートに入るまで──つまり卒業までをプレイしたとしても、コイツの存在を知らずに終わる事もあるくらいだ。学校側が主人公にプリントを渡してきてください、なんていうイベントさえ起らない。知らずにプレイしていてその名を目にする機会があるとすれば、最初の最初、学校前に張り出された全クラス全生徒の名簿……クラス分け表にその名が書かれている時くらいだろう。
本当に、そこ以外では関わらないヒロイン。
ただし、プレイヤーが上級者となってくると話は変わってくる。
上級者は好意管理が上手い。今の俺の生き方の如く、死なせず、好きにさせず、そのままそのまま、を維持する者が多くなってくる。勿論ゲームでは一度好意ゲージがゼロになったヒロインを救うなんて出来ないのだが、それでも上手い奴はいるもので。
そうやって好意ゲージが一定量のヒロインを複数……言い方は悪いが侍らせていると、平岩木の実の干渉が始まる
"不登校"+"天才"。故に登校してくる事は無いのだが、主人公の使用するSMSにメッセージを投げつけ、脅迫をする。「お前、うはうはハーレム作ろうとしてるみたいだけど、許さないからな、女の敵」みたいな文面で。
ある意味でハーレム展開撲滅ゲームの趣旨に則った……けれど、本来プレイヤーがハーレム展開を撲滅するべきゲームにおいて、NPCが取る行動としては真逆も真逆なその脅迫文には、けれど裏がある。
その裏、とは。
──"今日来ると思ったよ、藤堂彩人"
「ああ。だから玄関開けてくれ」
──"……わかった"
オートロックのドアが開く。
ロックだけでなく、ドアそのものまでが開く。この家にあるあらゆるものは遠隔で操作できるようになっていて、平岩がベッドにいるまま、要塞化したり武装化したりも出来る改造ハウス。尚テキスト上でだけだが、''風呂もトイレもベッド上で済ませている。機械ってサイコー''というのがあるので、まぁまぁソウイウ絵がソウイウサイトに上がっていたりいなかったりした。
天才ってのは勤勉ってイメージがあるのだが、作者飴梨花にとっては怠惰の象徴だったんだろうな。
──"階段上がって右の部屋"
「ああ」
──"驚かないね。流石"
「驚かないのも知ってるだろ、お前」
──"まあね"
方向の掴めない位置から聞こえてくる平岩の声。スピーカーを通してなのだろうが、監視カメラの位置も、そのスピーカーの位置も、皆目見当が付かない。ゲーム中でも主人公視点だったし。
言われるがまま階段を上がって右の部屋に入る。
そこは。
「お出迎えじゃないか」
「そりゃね」
──前面、金属張りの部屋。
鋼鉄によって彩られた部屋の内面と、そこからいくつも突き出る──武器の類。チェーンソー。刀。銃器。ターンソー。モーニングスター。ハンマー。エトセトラ。
お出迎え、歓迎だ。
ガラス張りになった奥の部屋に、平岩はいて。
ベッドの上で、パジャマのまま、こちらを見ている。
「ああ、もう出られないよ。鍵は閉じたから。ちなみにこの部屋は」
「特殊合金、だろ? 中二臭え、アダマンタイトだかなんだかって名前の」
「へえ。流出してないはずの情報なんだけどね。それも流石だよ、藤堂彩人」
パジャマだ。
片足をベッドに上げ、もう片方を下げ、上げた膝を抱いて顎を乗せて、蠱惑的に此方を見つめている。
その側頭。
| ♀ | 15 | |
高い。
そりゃそう、なのだ。
コイツは失望している。大体わかってしまうから。
だから、意外さを求める。予測を外れた行いにこそ興味を持ち、好く。
主人公の来訪を予測していたと先ほどは言っていたけれど、今日だとは思ってなかったはずだ。だからそれで好意ゲージを上げた。俺が今アダマンタイト云々を言って、また上げた。
こいつにとっての例外的行動をすればするほど、こいつの好意ゲージは増幅していく。
ちなみに「流石」とか「まあね」は口癖。例外的行動は好きだけど、あくまで優位に立っていたいので「知ってましたよ」感を出すための口癖。"天才"属性に恥じない天才っぷりではあるものの、年相応に思春期で、大人ぶりたい時期なのだ。
「それで?」
「それはこっちの台詞だよ」
「"呼び出してもいないのにどうして来たのか"、だろ? 呼び出すつもりではあったから」
「まあね。こちらとしては願ったり叶ったりだし、こうしてまんまと罠部屋に拘束出来たからいう事は無いんだけど、何用で来たのかな、と思ってさ」
「未来を見せに来たんだよ、平岩木の実」
ちなみにこの罠部屋、ガチモンばかりを使用している。つまり、殺傷能力がある。
これら武器は虚勢でなく、しっかり主人公を殺し得る設備、というわけだ。ゲームでその真価が揮われるのはゾンビパニックが起きた後だけど。
「……その様子だと、私が君を呼ぼうとしていた理由もわかっているのかな?」
「勿論。"私のおかげでそのハーレムが維持出来ていると理解しろ、お前の実力じゃない"、だろ」
「……っぷ、は、ハーレム? 君が? どこに君のハーレムがあるというんだ、君は皆に嫌われているじゃないか」
| ♀ | 15 | |
もう一つ。
例外的行動でも、予想を下回るような言動をすれば、このように好意ゲージが下がる。
割と下げやすいのだ、コイツは。意外でない行動か、予想を下回る行動か。どちらもで管理が出来る。
「いいかい? 私が君を呼び出した理由はただ一つ。"私の実験を悉く潰しやがって許さねえぞドアホ"、だよ。代償は身体で支払ってもらう。命でね」
「周囲一帯に希釈に希釈を重ねた媚薬を散布して、ハーレムを作り出さんとする実験の事か?」
「……へえ」
| ♀ | 15 | |
そう。
"不登校"+"天才"属性の此奴は、ハーレム展開撲滅ゲームでは珍しく、そこまで善性の存在じゃない。割と自己中で自分勝手で、自分のために他人を食い物に出来るヤツだ。
こいつは、その天才性である薬品を作り出した。
興奮剤──。ガッツリ法に触れるレベルの効力を持つ、マジの媚薬。R18でないフリーゲームに出してはいけないレベルの媚薬。
それを、あろうことかコイツは──近所に散布している。
「わかってて来たのか。そう、そうだよ。私は二丁目に住む家々の全てに媚薬を散布している。無論、この量で出る効果なんかたかが知れている。ちょっと気分があがって、ちょっと気分が……えっちになる程度だ。でも、この状態で、たとえば君のようなイケメンを見たら、すぐ好きになってしまうだろうね」
「"そんなことをしている理由は単純だ。現代に創作物が如きうはうはハーレムが降臨するのを見たい。自然な欲求だろう"、と。言うんだろ」
「流石だ、藤堂彩人。まるで未来でも見えているかのような……ああいや、未来を見せに来た、んだったか」
ハーレムもの。
創作物としてはありがちな、主にライトノベルに多いそのジャンル。
平岩木の実はそれが主食である。ここからは見えないが、平岩木の実のベッドサイドチェストにはハーレムものの創作物が沢山ある。ハーレムは男性女性問わず揃えられ、とかく"一人が複数人に言い寄られている状況"が好きすぎるらしく、そこに分別は無い。
天才で変態で、馬鹿。
それが平岩木の実だ。
「折角さ、私が。手をこまねいて、最高の状況を作ってあげたというのに。君は少女らに手を出さないどころか、嫌われるような行動ばかりを繰り返している。正直言って邪魔なんだよ。殻を突き破った雛鳥が最初に見たものを親だと誤認するように、私が散布している媚薬にアテられた少女たちは、最も印象に残ったイケメンを好きになる。つまり君だ。あの学校には君以外にも沢山のイケメンがいるというのに、君が強烈過ぎて皆が皆心奪われてしまう。消えてはくれないかな。君が消えてくれたら……そうだな、クラスメイトの夕闇大翔君あたりを次のハーレムの王に添えよう。そうすれば、今度こそ実験は上手くいく」
平岩木の実が主人公に脅迫文を送った裏の意図。
それは、もっとヤれ、と。もっと手広く、もっと激しく、学校全体を巻き込むような大ハーレムを見せてくれ、と。
彼を家に呼び出し──媚薬を握らせるのだ。大丈夫、安心しろ、精神を操作する類ではない、少しばかりえっちな気分になるだけだから、と。
「お前、自分が最低な行いをしている自覚は?」
「勿論ある。自分自身の興味のためだけに他人を操るなんて最低な行いだ。よぅく理解しているよ。でも止められない。
「……」
東郷アミチアもそうだったが、多分、俺の行動に何か一本芯がある事には気付かれている、と思う。
客観的に見たら、ちぐはぐで──けれど一線を越えない俺の行動は、結局は素人考えでしかない。ちゃんとした情報通が見たら、あるいはマジモンの天才が見たら。
簡単に、何をしているかバレてしまう。
だからこんな風に手ぶらできたし、嘘を吐くこともしていない。
「君さ、見えているんだろう。他人の、自分に対する好感度……好意、みたいなやつが。あるあるだ、他人の感情が数値化されるメガネ。その類。頭上か……いや、視線の動きから察するに、側頭かな?」
「……」
「だから、
心中で溜息を吐く。
やっぱりシステムの事まではわからないか。というかまぁ、そうだよな。
そう見えるよな。遊んでいるように、見えるよな。
「ゼロにならないように調整しつつ、けれどラブラブぞっこんにならないようにも気を付けつつ。そういう……数値の管理ゲームをしている。私に最低な行いをしている自覚があるか、と問うたね。そのまま返すよ、藤堂彩人。でも、止められないんだろ。だって楽しいから!」
狂気的な笑みを浮かべる平岩木の実。
……まぁ。今、この時点においては全力で否定するけれど──ハーレム展開撲滅ゲームをプレイしていた頃は、そうだった。好意管理が楽しくて、その難しさにハマって、やめられなくて。何周も何周もしたし、何千人とヒロインを死なせたし、何百回と世界を滅亡させたし。
それぞれの個別ルートを舐めるように見て、それぞれの死亡イベントをコレクションして、それぞれの世界滅亡エンドの組み合わせを楽しんで。
最低な行い。
ぐぅの音も出んな。
「だからさ、これは脅し。私はこの家から出たくない。必然、実験対象はこの近所の住民になる。当然、あの高校に通う生徒にね。だから、私はここから動かない。動けない。けど君は違うだろ?」
「転校でもして、転校先でそのゲームをすればいい……と、言いたいわけだ」
「流石。勿論費用は出そう。これでも稼いでいてね。なんなら現在女子校であるところに無理矢理編入、なんてラノベ的展開も出来るぞ」
それは地獄。
好意ゲージのシステムが無くても地獄。
「頷かなければ?」
「無論、
指し示すは凶器たち。
既にターンソーやチェーンソーらは稼働を始めているのか、ウィーンという機械的な音が鳴っている。
「断る」
「そうかい」
ぽち。
そこに躊躇は存在しない。「本当にいいのか」みたいな重ねての問いかけもない。
だってコイツにとっては、消えてくれても、死んでくれても、どっちでもいいから。
刃が迫る。
「言っただろ、平岩木の実。俺は未来を見せに来たんだって」
「今更何を」
胸ポケットから──赤いリボンを取り出す。
この明るい部屋で、尚輝くリボン。赤い光は粒子を纏い、それが幻想的で、けれど血液さえ思わせる。
「なんだ、それは」
「No.14-平岩木の実──解放。エンド『あり得るはずのなかった未来へ』」
「どういう原理で光って──!?」
部屋が光に包まれる。
……おいおい、ファンタジー過ぎないか、このアイテム。
「君さ、私より先に待っていてくれるのは嬉しいんだが、なんでナンパされてて、しかもそれを断らないんだ」
「ごめんって。というか、断りはしたんだよ。でも思いの外力が強くて……」
「……まぁ君から出るフェロモンをあの薬と同じような効能にしたのは私なんだけど」
「え?」
男女。
公園のベンチで、寄り添って。女の子の方はむすっとした顔で、男の方はあはは、と快活に笑って。
「……まさか私が、外でデート、なんてのをする日が来るとはね」
「嫌だったかい?」
「それこそまさか、だよ。君と共に在るなら別に、どこでもいい。この日差しも……悪くはない。何より外には──」
画角が引きになる。
公園、ベンチ、男女。
それだけ、ではなかった。
空には巨大な羽の生えたクジラ。ビルに巻き付く龍。空を飛ぶUFOに、尻尾の生えた三人組アイドルが乗ってライブをしている。
砂場ではハーピーらしきものと人間の子供が遊び、その隣では機械の犬が金属の骨を咥えて喜んでいる。
控えめに言ってカオス。控え目に言ってファンタジー。
「こんなにも、発見がある」
「ありすぎだけどね」
「正直に言えばね。こんな未来は予想してなかった。私が死ぬ頃には、ようやく他の惑星への移住計画が整ったくらいで、けれど私は乗れなくて。その程度だと思っていた。まさか宇宙人が襲来して、まさか異世界から旅行客がやってきて、まさか神々が降臨して、まさか新しい大陸が出来上がる、なんて。思いもしなかったんだ」
「そんなの、みんなそうだよ」
「……待っていてよかったと、本当に思う。あの時──もう面倒になって、あの薬を誰かに投与していたら。恐ろしい事が起きていた。私の作る科学が、機械が、多くの人類を殺していた事だろう」
「木の実……」
ぐ、と。
少女の肩を抱き寄せる男。少女は頬を朱に染め、ひと、と寄り添った。
「まだ、ハーレムなんてのに憧れがあるの?」
「いいや。もう、ない。他人に君を盗られるのは嫌だ。私だけを見て欲しいし、私だけを愛してほしい。もし君が他の女に盗られそうになったら、あるいはほかの女に現を抜かしそうになったら。私はどんな手を使ってでも君を取り戻すし、君を繋ぎ止めるよ。薬を使ってでも、ね」
「ダメだよ、それはもうしないって」
「君が浮気をしない限りは約束を守る。君が浮気をしたら、先に約束を破ったのはそっちだから、私も破る」
「……浮気なんてしないよ」
「信じてる」
このカオスな世界は、けれど幻想や幻覚ではない。
実際に在り得る世界だ。全てがそうなり得る世界。
「"一人に複数人を言い寄らせるための薬"、か。……過去の私は、本当に馬鹿だったな」
「でもあれは君が悪いんじゃないよ」
「千式真那比に唆された時点で私の負けだよ。天才の名折れだ」
「……他の女の子の名前、出さないでほしいな」
「っぷ、それ、
「ね、今日はクスリとか使わず、機械も使わずに……シようよ」
「なァ!? き、君は、こんな往来でまたそういうことを!」
「木の実が魅力的過ぎるんだもん。天才の名折れなんかじゃないよ。君は天才だし、天才的なカラダだし、この世で一番魅力のある人だ」
「せ……せくはらだぞ……」
「いいじゃん。僕ら、彼氏彼女でしょ?」
「うぅ……」
耳まで赤くなった女の子をぎゅ、と抱いて。
そのまま立ち上がって。
うつむいたまま、何かをぶつぶつ呟く少女の手を引いて。
二人は帰路に就く。
このカオスな世界で、あり得るはずの無かった世界で、けれどまるで──それが日常のように。
「大好きだよ、木の実」
「それは、勿論……私もだよ、彩人」
二人。
天才は今、機械や薬の援けなく──彼と添い遂げたのである。
「……」
「……」
あの豚野郎。
本来の解放リボンじゃねえかコレ。
本来の──だから、俺も、俺じゃなくて、主人公の藤堂彩人君の性格で。
「……ええと」
「今のが、未来か」
「あ、ああ。未来では、ああいうことになる。異世界からの旅行者が来るんだ。そこで科学は一層発展するし、既存の法則がかき乱される」
「ふむ。それは……魅力的、だね。今の現象を単なる幻覚と断じるにはリアリティがありすぎたし」
凶器の類は停止されている。
良かった、解放リボンのスチル再生が終わった瞬間にお陀仏、じゃなくて。いやまぁ主人公の肉体なら多少の怪我はせども生き残れた気がしないでもないんだけど。
とにかく、未来への興味は持たせられた……のか?
「しかし何故──君と私がデート、なんてものをしていたのかな」
「……それは」
「"一人に複数人を言い寄らせる薬"。成程、データにさえしていない成果物が言い当てられたのも驚きだ。最終手段……全世界の人間が一人を求める暴徒と化す薬。ある意味でゾンビパニック。その肌、その髪、その唾液。設定した一人の全てが欲しくてたまらなくなる薬を創っていたのは事実だ。それを、馬鹿な事、と断じられてしまった。正しければ、未来の私に」
「信じて、くれたのか」
「こうも事実を当てられてはね。こればかりは推測や憶測ではどうにもならない域だ。私とて、全く知らない誰かの金庫の中身など言い当てられようもない」
一応成功、だろうか。
ちなみに世界滅亡エンドたるゾンビパニックでは、言う通り、"一人に複数人を言い寄らせる薬"の流出が原因となる。
同じく天才──属性こそ違うものの、並び天才とされる千式真那比というスク水白衣なヒロインがそれを入手し、あろうことかその一人を主人公に設定する。投与の際に改造……改悪を加えられた薬は人々をゾンビ化し、主人公は勿論、主人公の匂いがする存在の全てを狙うようになる、と。
いやもう、最悪のエンドの一つ。
まぁ世界滅亡エンドは全部最悪なんだけど。
「君さ、私が好きなのかい?」
「は?」
「いやだって、今のが未来なのだとして、どうして私と君がああなるのかが理解できない。私にそう言った感情は無いからね。君が見ている数値がどれくらいなのかはわからないが、ぞっこん、という事は無いはずだ。であれば君側が私を好いている、としか考えられない」
まさかゲーム本来の個別ルートですよ、なんて。
そりゃ考え付くわけもなし。
「そして、残念だがお断りをさせてもらう。私はハーレムが見たいが、ハーレムに巻き込まれたいわけじゃない。先ほどの未来とやらでは私は君を一途に愛していたようだけど、そんなのは御免だ。もっともっとハーレムを見たい。いやさ、確かに世界中をゾンビ化する、というのは馬鹿な考えだ。やめよう、という気にはなった。もしそれが狙いだったのなら君も天才だ。だけど、幸せな未来を見せて私の心をゲットしよう、という狙いだったのなら愚かが過ぎる」
「……いや、その」
「未来への期待が持てた。それだけで君への評価は爆上がりだ。ありがとう、と言える。先程のリボンも気になるが、大気に溶けるようにして消えたね。今すぐ君をその部屋から出して、空気中の成分をくまなく調べたい。だから早く出ていって欲しいありがとう」
「あーっと」
「だけど、私は君を好きにはならない。他のチョロい奴らと同じにしないで欲しい。というか君、ああも公然と、公衆の面前でソウイウ事を口にするような奴だったんだな。幻滅だよ。というか私の薬や機械を使ってヘンな事するのやめてくれないか」
| ♀ | 15 | |
些か高い、が。
ハート状態にはならない程度で、完全に停止している。
評価はそのままに、もう興味はない、といった感じか。
それなら、こちらとしてもありがたい。
「じゃあ、帰らせてもらう」
「ああ。……ハーレムを作る実験は一旦凍結しておいてあげよう。君はそのゲームを楽しむと良い。君が卒業したら、私も実験を再開するからね」
「好きにしてくれ」
「それじゃあ、ボッシュート、だ」
「は?」
ガション、と。
床に穴が開く。
流石の主人公と言えど空中で何かをするのは無理だ。二段ジャンプとか出来ない。
だからそのまま穴に吸い込まれて──。
バタン、と開いた玄関口に、そのまま放り出された。
ご丁寧にしっかり靴を履いた状態で。
「……ウォ○スとグル○ットかよ」
こんな、あっさりと。
ゾンビパニックの脅威は去った……らしい。
その、帰り。胸ポケットに帰ってきていた解放リボンに嫌気を差しながら、顔を隠して……けれど。
流石におかしいと気付く。会う人会う人。見る人見る人。
この街にいるすべての人間の好意ゲージが、軒並み高い。
ついこの間までは、一とか二とか、その辺りで保っていたくらいだったのに。
三や四から──ハート状態一歩手前くらいの人まで。
世界滅亡エンドを一つ取り除けた浮かれ気分は、一瞬で消し去られた。
早く。
早く家に帰って、登場キャラクター一覧を見なければ。
何が起きているのか。学期末を目前に、こんなこと。
死亡イベントが起きない代わりに──世界滅亡エンド、なんて。
笑えない。
早く──。