ハーレム展開撲滅ゲーム   作:劇鼠らてこ

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悪無き逃走の果て

 家に帰るまでに、多くの人を見た。多くの人とすれ違い、多くの人の目が変わっている事を知った。

 俺を見る、その目が。

 

 そして、帰って。家にいなかった妹にやきもきした気持ちを抱えながら、普段であれば絶対にしない"お出迎え"をして──愕然とする。愕然と、した。

 高いのだ。街の人々同様に、周囲の人々同様に──妹の好意ゲージが。

 何をした、というのか。今さっき、命の危機を覚えながらも世界滅亡エンドの種を一つ摘んだばかり。あらかじめ防ぐことが出来るのだと──それを証明したばかりだというのに。解放リボンなんていうファンタジーアイテムまで使って、それをやっとこさ成し遂げたばかりだというのに。

 何故。何故。

 

 妹の好意ゲージを下げようと暴言を吐く。思ってもいない事を言う。

 けれど、その好意ゲージが下がる素振りはない。どころかまた、一つ上がった。罵倒されて喜ぶような子じゃなかったはずだ。そんな属性は持ち得ていないし、実際に悲しそうな顔をして、けれどどこか決意に満ちたような顔をして。

 どうして、嫌わない。

 どうして俺を見限らない。

 

「そ……そういえば、さっき、変な人に出会いました」

「はぁ? いきなり何の話を、」

千式(せんじき)真那比(まなび)、という人で……貴方に用があると」

「!?」

 

 話を逸らされたと思った。だから逸らせないよう詰めようとして、その名前に息を呑む。

 千式(せんじき)真那比(まなび)

 まさに、ついさっき潰してきた世界滅亡エンドの芽……その下手人となる研究者の名前。トリガーは平岩木の実だが、パンデミックそのものを引き起こすのはコイツだ。スク水白衣とかいう気の狂ったファッションをしておきながら、平岩に並び立つ天才。

 ただしコイツはバリバリの悪意持ちで、平岩のような他人を食い物に出来る、とかそういうレベルでなく、故意に世界滅亡を引き起こさんとしている紛う方なき世界の敵。属性を"変態"+"研究者"。そのままマッドサイエンティストだ。

 

 世界滅亡エンドが一つ『ゾンビパニック』。アチーブメントに収集されるこのエンドのテキストにおいて、こんな一文が掲載されている。

 

'自販機に並べられた新商品。誰が手に取ったのか、誰の興味を引いたのか。飲んでしまったが最後、食欲旺盛な一匹の獣が生まれる。それは徐々に徐々にと仲間を増やし、最も美味しそうな獲物へと追い縋る。

'そう、君だ。藤堂彩人。

'とかくこの街、この学校。現れたるはゾンビの群れ──狙うは君と、ついでにニンゲン!

'ゾンビパニックのはじまりだ!

 

 また、ゲーム後半において出会う千式もまた、一丁目の春香山公園の自販機にいて、自販機の下の小銭を漁っているスチルが彼女の全身図を初めてみる機会となるだろう。

 コイツの好意管理自体は今までの難関ヒロインに比べたら容易な部類なのだが、如何せんやる事が最悪過ぎて攻略したがる奴はほぼいない。コイツの個別ルート入ると世界滅ぶし。死亡イベントが起きても世界は半壊するとかいう厄ダネ。コイツの死亡イベントは皆森朝霞と同じく固定で、自らがゾンビ化するとかいうもの。

 

 ただ、そのゾンビ化云々は平岩木の実のゾンビウイルスありきのものだ。

 世界滅亡エンドも、個別ルートも、死亡イベントも、平岩木の実が改心した今起き様がないと高を括っていたの、だが。

 

「クソ……」

 

 妹に仔細を聞く時間も惜しい。

 何かを言いかけていた妹のことも勿論気になる。ハート状態一歩手前なんて放っては置けない。だけど、世界滅亡エンドの下手人が、あろうことか俺に用があると……しかも妹に対して言ってきている。

 どういう魂胆なのか、なんて俺にはわからない。けど、不味い。アイツがこの街にもういるという事実もそうだし、腐っても天才である千式の俺への用なんてろくでもない事に決まっている。

 それを放置したらどうなるか、も。

 

 春香山公園。

 ゲームでは何度か出てくる公園だ。春香山と呼ばれる小さな山を切り分けた時に作られたらしいその公園は、しかし立地が立地だけにあまり人の寄り付かない場所。少し大きなショッピングモールと住宅街のちょうど中間点辺りにあるため、地元の住民がショートカットに使うくらいで、子供の姿が見られた事は一度もない、なんて言われるくらい、寂れた公園。

 ただその通路である性質上自販機は非常に役立つらしく、年々その台数が増していっている。

 

 そこに。

 

 そこに、いた。

 

「んー、アレ絶対500円玉だと思うんだけど……長い棒、長い棒……」

「……」

 

 自販機の前で這いつくばり、地面に顔を擦り付ける少女。

 体に纏う白衣はまだ良い。だが、その身に張り付くスク水はもう完全なる変態だ。なお旧スク。

 

「む……私のぱーふぇくとぼでーを視姦する鋭い目つき……!」

「……」

「なんだなんだ、やっぱり思春期ボゥイだったりする? おねーさんのスク水に、下卑た妄想膨らませたりしちゃってるー?」

「何用だ、千式真那比」

 

千式(せんじき)真那比(まなび)17

 

 側頭に見えるステータス。その好意ゲージは、かなり高い。

 出会ってすぐは三固定のはずなんだが、もうその常識は通用しないようで。

 

「ありゃ~? おこ? おこなの?」

「この街で何をするつもりだ、てめぇ」

「何かをするつもりでこの街へ来た、って事までわかってるんだぁ。成程ね~。噂通りだねぇ?」

「噂……?」

 

 舌をベロン、と出して、悪辣に笑う千式。

 ちなみに悪意全開なコイツだけど、主人公と関わるまでに何か悪事を犯していたかというとそんなことはない。ハーレム展開撲滅ゲームのヒロインは基本みんな善性で犯罪なんてしたことがない、という子がほとんどだけど、千式や平岩のようにバリバリの犯罪者もいて、けれどそいつ等に前科は無いのだ。いやまぁ平岩は捕まってないだけで法には触れまくっているが。

 それは多分、ハーレム展開撲滅に都合が良過ぎるから……ヤンデレ属性がいないのと一緒で、ハーレム展開を潰しかねない経歴や犯罪歴なんかは存在出来ないのだろう。警察突き出して終わりだからな。わざわざ囲わん。

 

「そーそー噂噂。とーどーあやと君はー、──未来が見える、っていうね?」

「……誰だ、そんな噂流してる奴」

「知りたいぃ? んでも教えてあげなーい! あそうそう、学期末、だっけ? 大変なんでしょ? 放っておいたら、沢山の人が死ぬ、ってサ!」

「──……」

 

 学期末。

 そのワードを、そのワードに必要以上の意味があると知っているのは。

 

「──だから私が正しに来てやったでヤンス」

 

 千式は。

 その、投げ出した舌に──カプセルを一つ、乗せていた。

 緑色のカプセル。

 見覚えは、ある。見覚えしかない。

 

「それは」

「見覚え、あるよねぇ? そう! ヒトをゾンビにしちゃうオ・ク・ス・リ。とーどーあやと君はぁ、コレを作らせないように、ヒコノミーちゃんの所へ行ったんでしょ今日~?」

「……」

「でもざぁんねん! もう作っちゃってましたー! ヒコノミーちゃんの手を借りずとも、私が! 私が、この手で! 完成まで──改良まで!! 元の名をハーレム化薬。今の名をゾンビ化薬。じゃあじゃあ、ここで問題問題もんだぁい!」

 

 ハイテンションに。

 その狂気に呑まれてはいけない。個別ルートでわかる事だが、コイツの狂った様子はほぼほぼ演技だ。素のコイツは背筋が凍える程冷静沈着なテロリスト。道化染みたテンションで相手を激情させて、その心を支配する──そういう人心掌握術に長けている。

 ミスディレクションだ。見逃してはならないのは言動でなく手の動き。

 

「──このオクスリ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「……!」

「ちなみに大ヒント! 一錠目が無くなったのは今日──それも、ついさっきデェス!」

 

 行きついた可能性にぞっとする。

 俺が考え付いたのがわかったのだろう、千式もニヤリと笑って。

 

「ねぇねぇ、いいの? ──妹ちゃん、ほっといてさ」

「クソッ!」

 

 踵を返す。

 来た道を戻る。

 しかし、千式はそれを許さない。俺の身体に玩具のような、しかし巨大なアームを突き付け、掴み──。

 

「邪魔すんなクソ野郎!」

「うっそぉ!?」

 

 主人公の肉体でこれを破壊。

 駆けだす。

 

 天秤だ。挑発に簡単に乗せられた、という自覚はある。だから、天秤。

 千式を放置し、その誘いに乗って激情する事と、冷静に、優先順位をつけて物事を対処する事。

 

 俺は前者を選んだ。

 

 ずっとずっと、世界滅亡エンドを回避しようと動いてきたけど。

 ずっとずっと、このふざけたゲームに愚痴ってきたけど。

 大事じゃないはずがない。

 妹だぞ。あの子は、ずっとずっと、俺を見限らなかった、大事な大事な妹だ。

 

「導ッ!」

 

 あぁ、果たして。

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、兄さ……あ、いえ、彩人さ、きゃっ!?」

「導、大丈夫!? ああ、いや、安心して。その衝動は決して導がおかしくなったってわけじゃなくて、全部薬のせいだから……大丈夫、僕さえいれば、落ち着くはずだから」

「に──兄さん?」

 

 帰って早々、導を抱きしめる。

 少なくとも、平岩木の実の作り出したハーレム化薬……"一人に複数人を言い寄らせる薬"の中和方法はこれだ。一人、に設定された人物が欲しくて欲しくてたまらなくなる薬だから、その一人が自分に最も近い所にいてくれたら、その衝動は収まる。

 だから、大丈夫、大丈夫だよ、と。その背をさすって、その肩を抱いて。

 

「あ、ぁの、あのあの、えと」

「混乱するのは、わかる。そんな不調は本来あり得ないから。でも、そういう薬が存在するんだ。大丈夫、僕は治療薬も知っている。今手元にないけど、それを作る手段も持ってる」

「いやえとそのあのにににに兄さん」

「これでも足りないなら──キス、する?」

「キ……ええええっ!?」

 

 キスもまた中和法の一つ。というかR18ゲームじゃないから詳細は語られなかったけど、多分肌を重ねるのも有効な手段だ。ただ、段階を経て、俺に触れない期間が長すぎたり、俺に触れる前に人間の味を覚えてしまうと、もう戻れない。

 あとはただ、人間を食らう本物のゾンビが誕生する。俺ですらただの食い物にしか見えなくなるだろう。まぁ味は他のより良く感じるかもしれないが。

 

「落ち着いて。息を吸って。大丈夫、大丈夫だから。……僕が、ついてるから」

「……ほ、本当に……兄さん、ですか?」

「落ち着いてきた? そうだよ、僕だよ。藤堂導の兄の、藤堂彩人だよ」

 

藤堂(とうどう)(しるべ)14

 

 良かった、症状はまだ浅い方だったらしい。

 ステータスは……流石にハート状態に至ってしまっている。が、仕方ない。

 恐らくこれは好意でなく食欲になるんだろうけど、先に言った治療薬さえあれば元に戻るだろう。

 治療薬そのものは割と簡単に手に入る。が、今は手に入らない。まだ来ていないから。"異世界"属性の彼女が。

 だから、もう、仕方ない。

 他の感染者を増やさないように留意しつつ、妹のハート状態をそのままに、他を下げて行くしかない。今まで以上にハート状態への警戒をしつつ。……東郷アミチア辺りが危険すぎるな。

 

「夢、みたい」

「ああ、夢さ。悪い夢だ。大丈夫、今は眠っていいよ。僕はどこにもいかないから」

「そんな、勿体ない事……」

「勿体ない?」

「だって……兄さんが、私に……優しい、なんて。夢でも……嬉しくて」

 

 ……ふむ。

 気のせい、か?

 あんまり食欲に突き動かされているようには見えない、というか。

 ゲームでのスチルでは、もっと涎がだらだら垂れて、白目を剥いて主人公に襲い掛かるゾンビの群れ、みたいなのばかりだったんだが。症状が浅いから?

 

「でも、ちょっと恥ずかしいな……。私、こんな……こんな憧れが、あったんですね。兄さんとキ、キス、したい、だなんて……」

「……導、もしかして、なんだが」

「夢の中なら……いい、よね?」

「もしかして──どこも悪くない、か?」

 

 問う。

 そろり、と身体を離して──その顔を見て。

 見ようと、して。

 ガバ、と。今度は導の方から抱き着いてきた。

 

「ああ、離れたらダメです、兄さん。……気付かなかった。ずっとずっと、こうしたかったんですね、私。……キス、していいんですよね」

「導? いや、これも症状の一つ……っぽいっちゃぽい、けど」

「ん──」

「!」

 

 キス、だ。

 それも結構濃厚な……舐るような。

 ああ、やっぱり症状の一つだ。中学生の導がこんなキスを知っているわけがないし、そもそも普段の妹が俺の唇を自ら奪う、なんてするわけがない。

 いやゲーム本編の藤堂導であれば、その属性が"ブラコン"+"常識人"であるためちょくちょくアブナい言動も見られたけど、今の導じゃ絶対にありえない事だ。

 

 このキスも、食欲の現れ。"一人に複数人を言い寄らせる薬"。その改悪である"一人を複数人が求める薬"の効果・症状そのもの。

 だから大人しく受け入れて……。

 

「兄さん、兄さん……。ふふ、夢なのに、凄い質感。これが明晰夢、というものなんでしょうか」

「……導。大丈夫、もう眠って」

「あは、夢の中で眠るなんて、夢の兄さんはおかしなことばかり言いますね。……もう、目覚めなくていいかも。んちゅ、んぶ、ふ……これが、兄さんの味。現実でもこんな味がするのかな」

 

 何か。

 何か、おかしくないか。

 ゲームでは、キスの一回で中和され、暴走で蓄積した疲労からすぐに眠ってしまう、みたいな描写があった。それは千式の死亡イベントでの描写だから、薬の種類が違う、という可能性も考えられるが……なんか。

 なんか、違わないか。

 

「お、やってるやってるねぇ」

「ッ!」

 

 背後──その声に振り返ろうとして、けれどがっちりと導に顔を掴まれてしまっているため動けない。勿論主人公の肉体なら無理矢理、なんてことも出来るけど、それをしたら導に怪我をさせてしまう。ので無理。

 声。

 千式真那比の、ニヤ付いた声だ。そうか、俺鍵かけてないんだ。導の様子を早く見たくて、急ぎ過ぎてた。

 

「どうどう? とーどーあやと君。妹ちゃんに馬乗りになられて、顔掴まれてキスされてる感覚は。気持ちい? 気持ちいいよねぇ? えっちな気持ちになってムクムク~? だったりして!」

 

 最低だなコイツ。本当に。

 

「でも、凄いねぇ、妹ちゃんも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。若さ、って奴?」

「は?」

「兄さん……もっと、キスしましょう……?」

「ちょ、どういう、んぶっ」

 

 コイツ、言うに事を欠いて何を。

 薬なんか投与してない? じゃあ、導のこの言動はなんだよ!

 

「でもさ、これで証明されたよね。君は未来が見えるわけなない、って事ぉ。噂は噂、ってヤツ? ちょっちがっかり」

「ん、ぷはっ、てめぇ、さっきから好き勝手言いやがっもが」

「ダメ、です。乱暴兄さんに戻らないでください……優しい兄さんのままでいて」

「ちなみにゾンビ化薬だけど、アレも私の手元にはないよーん。悔しいけど、アレ作れるのはヒコノミーちゃんだけだね。そもそも私生物系じゃないしぃー」

「ん、ぐっ、っぷ! くそ、じゃあ何しに来たんだよてめぇ、俺に用ってなんだよ!」

 

 薬を投与されていないらしい妹は、けれどマジのゾンビが如く執拗に俺の唇を狙ってくる。これで暴走してないっていうのか? いや、あるいはハート状態の暴走……にしてもこんな子じゃないだろ。やっぱり何かされてるとしか。

 

「んー、君への用は、噂の真偽を確かめに来たのとぉ」

「兄さん、兄さん、兄さん……!」

「君を、殺しにね」

 

 チャキ、という音。

 カチャ、という音。

 パァンという乾いた音。耳をつんざくような轟音。

 どれもが引き延ばされた時間の中で、強く強く響いて。

 

「私、死にたくないからさ。小惑星にどっか行ってもらうためには、君が死ぬのが一番、なんだよねぇ~」

 

 そんな声が。 

 脳天に、頭頂に、あつい、きんぞくの、かきみだされる、はじける──。

 

 俺は。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ところがどっこいそうは問屋がトントントン!」

「──う」

「いよぅ! この前ぶり! 多分ボクの事覚えてないし、カッコよく別れた手前すっごい恥ずかしいんだけど、妹ちゃんに逆○イプされてる今の君よりは恥ずかしくないよね?」

「ぐ……」

「って、あぁっ、ちょっと間に合ってなかった? た、大変だ。治療しないと! じゃじゃーんなんでも治せる宇宙粒子治療ポッド~! へへ、宇宙技術凄いよねボクも今になって思うぜ! 地球文明遅れすぎだろー! いえー!」

 

 誰か、知らないし。

 誰とも、覚えてはいないんだけど。

 

 コイツ、こんなテンション高かったっけ、なんて思いながら。

 

 俺の意識は闇へと堕ちていった。 

 ……最近の俺の意識闇へと堕ちすぎじゃないか?

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