目を、覚ます。
白い天井──どこか流体を思わせるデザインのそれは、見覚えのないもの。
近未来的、というか。
もう少しいうなら──宇宙船、みたいな。
「あ、起きた?」
「……お前は、誰だ」
「うわ、面と向かって言われると傷付くー! ……けど、時間無いから、ぱっぱと説明させてもらうよー」
仰向けに眠っていたらしい俺の顔を覗き込むは、これまた見覚えのない少女。
その眼球に星が彫られているというファンキーな容姿。ただ──声に、聞き覚えがある。
前の世界。前世。そこでよく耳にしていた、同人声優の声。
ハーレム展開撲滅ゲームはフリーゲームでありながら多くの同人声優を起用した金のかかったゲームであり、同人声優も有名どころが当てられている。
だから、わかる。
コイツ自身に見覚えはなくとも、コイツがハーレム展開撲滅ゲームのヒロインであると。
俺が憶えていない、忘れてしまったヒロインなのだと。
「まず、君は命を狙われている」
「物騒だな、いきなり」
「何故狙われているかっていうと、君が命を落とす事で世界滅亡が阻止されるから、だね」
「……何?」
忘れてしまったヒロイン。直近で思い当たるのは、インベーダー襲来エンドとやら。
ならばコイツがドーンか。
「この星を覆う好感度メーターは君を中心として世界を模っている。君を好けば感情が暴走し、君を嫌えば死が訪れる。さらに、君を複数人が好けば──世界が滅ぶ。ここまでで、間違っている所はあるかな」
「……何の話だ」
「はぐらかさなくていいよー、見えてるでしょ? ボクには好感度メーターが無い、って事」
言う通り、コイツの側頭には名前や性別、年齢の表記はあれど、好意ゲージは存在しない。年齢の表記がバグり散らかしているのは多少疑問だが、好意ゲージが存在しないというのには驚きと、そして納得に近いものがあった。
紙葉美紅。あれなるも俺が忘れてしまった、不可思議な存在。彼女にも好意ゲージが存在しない。
「お前は……何者だ」
「気付いたのはボクじゃないからボクに聞いても無駄だけど、一応答えるとボクの名前は晴巻夜明。未来で君をかっさらうお嫁さん」
「勝手な事を」
「まーね、それは主題じゃないし本題じゃないから、今はおいとこーよ。それで、君の現状と世界の仕組み。間違ってるとこはある?」
「……無い。強いて言うなら、好感度メーターではなく好意ゲージだ。正式名称は」
「それホント? ……委員会の名前変わっちゃいそうだけど、まぁわかった。ありがとう!」
委員会。
……あの、電話の相手。俺の協力者を名乗っていた誰か。暖かい気持ちになった、誰か。
けれど同時に、千式の言葉から漏れた──学期末というワード。
俺か、譲司か、そして電話の相手か。学期末に死を結びつけることが出来るのは、その三人しかいない。
本当に味方、なのか。
「アヤト。僕達は、世界滅亡を目論んでいる」
「……敵か」
「それは早合点だねー。あれ、使い方あってる? まぁいっか! ええとね、アヤト。君が沢山の人に好かれたら、世界が滅亡する。その世界滅亡は、けれど起きた後に世界を救い得るのなら──君を取り巻く環境は全てが解決する。違うかな?」
「……」
そんなこと、考えた事も無かった──わけじゃない。
勿論、考えた。
だけど。
「リスクがでかすぎる」
「そうかな?」
「何人死ぬと思ってやがる。お前達は世界滅亡を軽く考えすぎなんだよ。それで、誰かが死んだ時……俺はその後悔を受け止め切れない」
「でも、それを本気で考えて、本気で解決しようとしてる子がいるんだ」
世界滅亡エンドが一度起きてしまえば、好意ゲージも消えるのではないか。
それは勿論俺だって考えた。一番対処しやすいエンドを起こして、解決して、そうすれば解放されるのではないか、と。
けれど、絶対にそうなるという保障はどこにもないし、解決できるのかすらわからない。ゲームではそれが終わりだったのだ。世界の終わり。シナリオの終わり。
もしかしたら──世界滅亡エンドが起こった時点で、その先の未来なんかなくなってしまうのかもしれない。
だから、起こさない。
少なくともゲーム本編の終了する高校卒業までを耐えきる。
それが最適解。
「ソイツに言っといてくれ。余計な事はするな、って。俺は……俺のやり方でやる」
「うーん、それは了承しかねるかな。だってボク、というかボクらは、君に感謝してる。君に生きて欲しいし、君の幸せを願ってる。浅海ちゃん、だっけ? あの子と添い遂げる事を真に願ってる。まぁボクが君を奪うつもりではあるんだけどね!」
「それこそ了承しかねる。アンタらの願いなんか知らないし、アンタらの都合なんかどうでもいい。なんでアンタらに俺の人生を曲げられなきゃならないんだ」
「君に曲げられたからだよ。ボクらの人生は」
頭痛。
ああ、何かを忘れている。泣きたくなる何かを。憤りたくなる何かを。
それを思い出せない内にコイツと会話するのは危険だ。丸め込まれる。
「……とっとと帰してくれ。やらなきゃいけない事が沢山ある」
「ちなみに妹ちゃんはボクらの手にあるよ」
「──」
起き上がって、飛び退く。
体は自由に動く。痛みはない。
「安心して、安全なところにいるから」
「会わせろ」
「それは出来ないかな」
踏み込む。主人公の肉体は素早く、鋭く、そして的確にドーン……夜明の胸倉を掴み──。
「!?」
「あはは、女の子の胸を揉もうとするなんて、アヤトはやっぱり強引だなぁ」
「消えッ!?」
「こっちこっち」
消えた。そしてその声は背後から。
急いで振り向くも、夜明の姿はなく。チャキ、と。つい先ほども利いた、無機質な金属の音が後頭部に響く。
「ま、落ち着いてよ」
「……銃突きつけて置いて言うセリフじゃねえな」
「何も悪意あって会わせないわけじゃないよ。妹ちゃんは今君を好いてるからさ。君に会わせるのは得策じゃない。暴走しちゃうからね」
「じゃあ、言い方ってものがあるだろ」
「ボクも地球文化におけるインベーダーについて勉強したんだよ。どう? 似合ってた?」
「勉強し直せアホ」
落ち着く。
焦ったって仕方ない。宇宙人、なのだろう。主人公の肉体がどれほど優れていても、宇宙人には敵わない、っぽい。恐らくはインベーダー襲来エンドとやらの下手人、あるいはトリガー。そうである以上、主人公がどうにもできなかった天災クラスのそれである可能性が高い。
落ち着け。
隙はあるはずだ。
「あれ、なんでこんなに敵意剝き出しなんだろ」
「理解はした。だから、聞きたい。導の状態はどうなんだ。落ち着いているのか?」
「あ、それはうん。というか、今はちょっと自己嫌悪気味かも。ボクらには好き好きちゅっちゅラブちゅっちゅちゅ状態であるかどうかがわかんないから何とも言えないけど、少なくとも自身の行動を省みることが出来るくらいには落ち着いてるよ」
「……なんだその頭の痛い状態は」
いや多分ハート状態のことなんだろうけど。
……好感度メーターと言った辺りでも思ったけど、委員会とやらにいるのは元プレイヤー、ってわけではないっぽいな。あるいは俺の様に転生を、とも思ったのだが、違うらしい。
現地人で、好意ゲージやハート状態、そしてシステムの事にまで詳細に気付いた、なんて。
そんなの、天才を通り越して傑物だ。
「ソイツに」
「ん?」
「その……けったいな状態を名付けた奴に、会う事は出来ないのか」
「あー、どうだろ。会えるかどうかはボクにはなんとも。それよりさ、状況説明の続きしていい? 割と時間無いんだよね」
「まだ何かあるのか」
「あるよー。大事な事が一つ、ね」
後頭部に金属塊を当てられたまま、夜明は言う。
「君さ、ハーレムを作ってみる気、ない?」
そんなことを。
「空き巣に入られた……いや、千式か」
「……あの」
「クソ、めちゃくちゃにしていきやがって……」
「その、あの」
「片付けるか……」
「あの、兄さん!!」
あのけったいな宇宙船から俺達は帰還した。マイクロチップを埋め込まれたりはしてない。改造手術もされてない。
ただ、色々と。
面倒なことを吹き込まれての、帰還。
久々に感じない我が家は、それはもう荒らされていた。空き巣。しかし金品の類には手を付けられていなくて、主に俺の部屋がめちゃくちゃになっただけ。
千式真那比が物色したのだろうことは容易に窺える。特にみられて困るものはないが、盗聴器の類が仕掛けられていないかだけ後で確認しておこう。
「あの、あの!」
「んだよ、うるせぇな。何付いてきてんだ。ここ俺の部屋だぞ」
「いえ、その……ご、ごめんなさい、と」
「は? だから、謝るくらいなら出てけって。邪魔なんだよお前」
「ずっと──気付けなくて。ごめんなさい。兄さんが……世界と戦っていた、なんて」
「……」
次会ったらアイツら殴ろう。
「前、言ったよな。お前の中二病に付き合う気はない、って」
「全部! 全部、知りました。兄さんがどうしてあんなことをしていたのか、とか。兄さんがどうして私に冷たいのか、とか。だから……」
「なんだ、そんなに家族やめたいのかお前」
「え、あ」
目を細める。
導のステータス。ハート状態こそ解除されているものの、好意ゲージは高いまま。落ち着いた、という事ではあるのだろうが、余計な知識を仕入れて好意が下がらなくなっているらしい。
本当に余計な事をしてくれた。
電話の先の彼女こそ味方かもしれないが、あの宇宙人とクソネーミングセンスの奴は敵じゃないかと思う。
「お前が何を聞いたのかはわかってる。その上で言うが、俺はお前といるのが苦痛なんだよ。聞いたんだろ? 知ったんだろ? じゃあわかるだろ。お前は、俺にとって爆弾だ。厄ネタなんだよ。お前が俺についてそうやってわかってるとでもいうような、想っているとでもいうような態度を取る事が、何よりも苦痛で、何よりも不快だ。お前だから厳しくしてるとか、お前だから冷たくしてるとか、そんな特別視はしてねぇんだよ。等しく、俺にそういう感情を向けてくる奴は俺の敵だ。それをやめないってんなら、俺は出て行く。関わり合いになりたくない」
「う……」
「……もういい。どうせ部屋もこの有様だ。じゃあな、導」
リュックを持って、適当なものを詰め込んで。
引き留める事が出来ないでいる導を避けて。
目を離すのは怖い。俺がいない内に俺への想いを募らせて、なんて事があるかもしれない。
けど、それは共にいたって同じだし、何より語らえば語らう程、俺を確かめれば確かめる程、その好意は上がって行ってしまう事が窺える。
なるほど、委員会とやらに預かっていてもらうのはアリだったかもしれない。
無理だ。もう。
真実を知ってしまった導が、俺を嫌うのは……無理だ。可哀相に、あるいは委員会の奴らのように好意ゲージを失っていればその状態でも耐えられたのだろうが、未だ好意ゲージを持つ彼女と俺は一緒に居られない。
ごめんね。
でも、彼女はしっかり者だから。
一人でも大丈夫。俺を嫌えないから、死亡イベントも起こらないだろうし。
「に、兄さん」
「……」
「ごめんなさい。貴方の言う通り……私は私を抑えられそうにない、から」
振り返らない。
階段を下る。階上から言葉を発す導を、決して。
視界に収める事をしない。
「待ってます。兄さんが──世界を救ってくるまで」
「……中二病だろ、普通に」
何を期待してんだ、ホントに。
俺は世界滅亡を起こす気なんか、さらさらないってのに。
「とうとう明日で学期末だ、イケメン君」
「……そうだな」
「が、素晴らしい事に、この学校にも、この街にも、お前を嫌ってる奴は一人もいない。むしろハート状態一歩手前くらいの奴がいるくらい、お前は好かれ始めてるぜ」
「素晴らしくなんかないが」
「もし、このままいけば……学期末の清算で、死亡イベントが引き起こされる事は無い。可能性としてゼロだ。どれほど思い返しても、どれほど想い馳せても、好意ゲージがゼロになる奴はいない」
「そうか」
……良かった、のだろう。それは。
死亡イベント。各家庭で起こされたらどうしようもなかったそれは、出所の分からない俺の"良い噂"とやらによって回避された、らしい。
誰かが吹聴しているらしいのだ。俺が如何に英雄か、如何にヒーローかを。
人々の窮地に現れ、人命を救う少年の噂を。
「──だがよ、イケメン君」
「世界滅亡エンドは違う、だろ」
「けけけ、わかってんじゃねえか。そうさ。今日、何もせずに、学期末を迎えたら……九割九分九厘、世界滅亡が起きる。好意が高すぎたな。上げ過ぎ、って奴だ。今にもハート状態になりそうなやつがわんさかいるんだ、どうしようもない」
「……どうしたらいいと思う?」
「けけ、俺にそれを聞くかよ」
譲司は笑う。
凄惨に笑う。
心から──馬鹿にするように。
「せめて、人助けなんかしてこなければ。せめて、誰からも好かれるような事をしなければ。世界は救えたかもしれない。滅亡は免れたかもしれない」
「……」
「お前が悪いんだぜ、イケメン君。お前は世界が滅びる仕組みを知っていた。お前は世界が亡びる条件を知っていた」
手を広げ、無駄に抑揚を付けて。
「だってのにお前は」
地鳴り。
「自分のために、自分のエゴのためだけに、善行を重ねてきた」
だから世界は滅亡するんだ。
お前が助けた命の分、お前が救ったすべての分を、世界が支払うんだ。
全部お前のせいだよ、藤堂彩人。
「……そう、だな」
「オイオイ、認めちゃうかぁー! ま、そうだよな。お前があの子を諦めたら良かった話だ。お前が自死を受け入れたら良かった話だ。お前さえいなければ、この世界は平和だったんだ」
「返す言葉もない」
「じゃあ教えてやる。前に一年後と言った小惑星。アレ、もう来てるぜ。もうすぐぶつかる。けひひ、天文台とかは気付いてんじゃねえかな。世界の終わりに」
「まだハート状態が複数人にはなってないのにか」
「ま、学期末の不可避をどうにか出来れば、ギリギリを掠めて去っていくだろうなぁ。それが出来りゃ、の話だが」
それ、被害はどうなるんだろう。
ギリギリを掠めた所で世界が滅亡するような天体の余波。到底無事に済むとは思えないのだが。
「……一つ、聞きたい」
「ああ、いいぜ。相談役だからな」
「世界滅亡が起きた後に、ハート状態を解除したら、どうなる?」
「どうなると思う?」
待ってましたとばかりに。
ニヤついて、下卑た笑みで、問い返してくる。
「滅亡は、回避される」
「ワケねぇよなぁ?」
「……やっぱり、そうなのか」
ほら。
じゃあ、どうしようもない。
「確かに? 例えばゾンビパニックで、すべてのゾンビを駆逐しきったら、滅亡は回避できるかもしれねぇ。だがハート状態を解除した程度じゃゾンビは消えねえよ。わかるだろ?」
「成程、じゃあ小惑星を消し飛ばしたらどうにかなるわけだ」
「けけけ、出来んのかよ」
「出来るならとっくにやってる」
世界滅亡の解決は可能。だが、ハート状態が複数人になった時点で解除は不可。
「世界滅亡エンドが起きた後、好意ゲージはどうなる?」
「どうなると思う?」
「おい、相談役」
「お前にとって、ここはそんなに都合の良い世界か、って聞いてるんだぜ、イケメン君」
「……」
ああ。
そうなのか。ああ、そうか。
先に聞いておけばよかった。もっと先にこれを聞いて、無理だ、って。彼女らに伝えてやればよかった。
「だからこう言ってやる。
「……それは」
「けひひひひっ! 希望のある言葉だろ? 世界滅亡エンドが訪れた時点で、好意ゲージは消えるのかもしれないし、消えないのかもしれない。ただ絶対に消えない、という確定はしないでおいてやる。泣いて喜べよ、コレが掴むべき未来の切符だぜ?」
「見え透いた罠だな。やっぱり世界滅亡を起こすのはやめよう。どうにか今日、みんなに嫌われて、どうにか、死亡イベントを回避する方向で固めて……」
ダメだ、そんなあやふやなの。
委員会の奴らもどうにか抑制して、クラスの奴らも、街中の人々にも、どうにかして俺を嫌わせないといけない。
「けひひ、流石腰抜け野郎。リスクは取らねえか」
「うるせぇよ豚野郎。あと解放リボンよくもやってくれたな」
「ああ、気まずかっただろ?」
「最高にな」
胸ポケットに未だに入っている赤いリボン。
本来は一度使ったら無くなるものだけど、それが帰ってきた。
……何か、意味があるのだろうか。
「とにかく、今まで以上に最低な行動を取らなきゃいけない。とりあえず殴られてくれないか、譲司」
「ああ、ダメダメ。俺ぁ噂を流す時以外こいつらに認識されてねぇのさ。知らなかったのか?」
「知らなかったよ、クソ野郎」
「あと、もう人を殴る程度じゃ嫌われないぜ。嫌う奴もいるだろうが、いる、止まりだ。全員にはならねえ。良い言葉教えてやろうか、イケメン君。手遅れ、ってんだ。この状況は」
「……うるせえ」
知ってる。
そんなこと、知ってる。
どうやったら一日で街中の人全員に嫌われる事が出来るというのか。噂の広まりやすい街であるとはいえ、流石に一日じゃ無理だ。そして全員に伝わる事もまた。
どうすればいいかなんてわからない。
どうしようもない事だけは、俺が一番良く分かってる。
「小惑星なんてものを消せる奴には、心当たりがある」
「"異世界"か」
「ああ。彼女か、彼女を追う魔王軍であれば、可能だろ?」
「だがまだ居ないぜ。この世界のどこにも、まだ」
「……そうか」
淡い期待は無残に砕かれた。
「クソ。小惑星の衝突エンドなんか、本編には無かっただろ」
「だから、前も言っただろ。先に例外を行ったのはお前なんだよ、藤堂彩人。死の定めにある命を勝手に救って、生かした。死の運命だけが溜まりに溜まってる。その代償を世界が支払うだけだ。お前が文句を言う筋合いはねぇのさ」
「……俺が、他人の人生を曲げたから、か」
「そうさ。お前が曲げたから、お前の人生も、そして世界の命運も曲がっちまった。けけ、世界の敵だよな、お前」
晴巻夜明にも言われた。
俺の命を狙う集団がある、と。そいつらは、世界を救うために。動いている。
俺さえいえなければ。藤堂彩人さえ、死んでしまえば。
少なくとも俺の行動による好意ゲージの上昇は起きなくなる。だから確かに、世界滅亡は遠ざけられる。
ただし、俺の死後、俺への思いを募らせる奴が二人以上出来れば世界は滅亡するだろうし、死亡イベントもまた同じ。
だからやっぱり、俺がなんとかするしかない。
誰からも嫌われる方法。
わかりやすく、勘繰られず、誰が見ても好意を下げるような行動。
「……なぁ」
「ぐひひっ。……そりゃ本末転倒じゃねぇの?」
「俺が──
「嫌うだろうよ。殺人犯だ。犯罪者だ。社会のゴミだ。否、生物としての致命的エラーだ。少なくとも言語を持ち、文明を持ち、社会的行動をする人間生物の異常行動だ」
「……ふぅ」
無い。
それだけは、しない。
誰も死なせないためにずっとやってきたんだ。俺が、なんて。
あり得ない。
「ま、世界滅亡が起こるのは明日以降だ。明日の夜以降。それまでに、最後の晩餐でも楽しめよ? 俺もそうするからよ」
「お前も、死ぬのか? 世界が滅亡したら」
「ハ、当たり前だろ。世界が滅亡するんだ。なんで俺様が生きてんだよ」
「……思う所とか、無いのか。お前をこの世界に配置した誰かに」
「けけけ! おいおい同情か? 俺に? このハルム様に!? ひひ、ひひひっ!」
譲司は笑う。
でも、先ほどまでの下卑たそれや、凄惨なそれでもない。
楽しそうに笑うのだ。
「馬鹿野郎。お前、大切なものを履き違えるなよ。全部救うなんて土台無理さ。この世界にはいなかったが、お前の世界には過去幾人もの英雄がいたんだろ。そいつらが全身全霊を賭して、けれど出来なかった事なんだよ。あらゆるものを救う、なんてのは。それがなんで、お前に出来る。お前に救えるのはちっぽけな範囲で、一握りの人数だけだ。余計な事考えんじゃねえよ馬鹿野郎。お前のせいでお前の世界は滅ぶんだぞ。ならせめて、お前の大事な奴くらいは守れよ。後ろにいるだろうが、お前の愛してやまない奴が」
「……小惑星の衝突に、どうしようもないだろ」
「じゃあどうしようもねぇよ。お前が諦めてんなら俺様にはどうしようもない。クソ野郎。精々目移りを繰り返すうちに死ね。"大切を一人に決められないハーレム野郎"。最低だよ、お前は」
その、楽しそうな表情を一息で潜めて、今度は拗ねたように。
本当に人間らしくなった。本当に、まるで、一人の人間みたいに。
「じゃあな。もうチャイムが鳴る前に話す事もないだろ。巨石の落下を前に、自分を滅して奔走しろよ、イケメン君」
言って、いつものように、自分の席へ戻っていく譲司。
怒っている、のだろう。アイツは味方ではないはずだけど、でも、敵でもなかったんだと思う。
協力者──共犯者か。
何か思う所があったのだろう。
「……とりあえず、椅子投げてガラスでも割るか? いや、黒板を叩き割るのも手……」
最後のあがきをしよう。
どうにかして、嫌われるような。
好意ゲージを下げるような。
どうにか、して。
「ねぇ、藤堂」
その声は。
背後から──心臓を刺すように、鋭く。
響いた。