宵待唯葉。
その名前に、やはり聞き覚えは無い。
宵待という姓にも、唯葉という名前にも。そして、その声にも。
ゲーム本編にいなかったキャラクター……攻略対象でない、あるいは、高校生でなく、この街の住民ではないキャラクター、という事になるのだろう。
「君が委員会の首魁。好意ゲージやハート状態の事も見抜いて……この
──"いやぁ、そんな言い方されると照れちゃうなぁ~! あ、今好意ゲージ上がったよピピンと!"
「まさか、見えたりする?」
──"それはまさかだよ~! それが見えるのは、
少しだけ。
少しだけ、目を細める。電話越しだ、どうせ伝わりはしないけれど、少し警戒を。
「……」
──"あ、あ、待って待って、警戒しないで警戒しないで~。今真実だ、ってわかった程度のソレだから!"
「推測、ってこと?」
──"そそ! えへへ、何を隠そうこの唯葉ちゃん、推測と憶測の天才なのであーる!"
たかだか憶測で、この世界の仕組みに、そして僕がその中心にある事までを見抜いた、って?
いやいや。あり得るワケ。
──"信じてない、って顔だね~"
「監視カメラでも仕込んでる?」
──"勿論推測!"
それが、本当なのだとしたら。
恐ろしい、なんてレベルじゃない。未来予知だとか、そういう類だ。平岩木の実でさえ完璧に成し得なかったソレを、ゲーム本編にも出て来ないような子が。
「時間が無いから、あまり余計な事を聞きたくないけど……この先、どうなるかまで、わかってたりする?」
──"わかんないでゴザール! だからほら、この前お姉ちゃんに頼んで、貴方から学期末ってワードを聞き出したわけですし!"
「それだけで今日が全てが決まる日だってわかったんだ」
──"イエーイドゥームスディ! 貴方を好いたお姉ちゃんが暴走したのも、貴方を嫌ったお姉ちゃんが死にかけたのも、全部全部見てたからね~。唯葉ちゃんとしては、これだけの手掛かりがあれば真実に辿り着くのなんてお茶の子さいさい!"
「……ごめん。僕はそれを覚えてないんだ」
──"それもわかってる。大丈夫大丈夫、貴方は自分を卑下しなくていいのです。苦しまなくていいのです! 何故なら! このKIKT委員会の首魁!! 宵待唯葉ちゃんがいるのだから! 集中線! 集中線!"
テンション高すぎてついていけない。
けど、完璧に未来が予知できる、というわけではなさそう。ただ与えられた情報から妄想を膨らませ、それを的確に当てる、という技術に長けているだけ……いや、だけ、なんて話で済ませられるものじゃないけど。
たとえ妄想だとしても、的確に真実を掴み取れるのなら、それはやっぱり異能の類だろう。
「手短に話すよ。君がどこまで知っているかわからないけど、いちいち確認は取らずに行く。推測は得意なんだよね?」
──"もちですモチモチ! youがナニも言わなくたってワタシにはワカリマース! ウソデース! ちょっとくらい言ってくれないと何もわかりまセーン!"
「うん。じゃあまず、現状からだ。今、僕は無暗矢鱈に世界滅亡エンドを引き起こした。それは大地震であったり、大洪水であったり、大嵐、大風、雷に雹……凡そ災害と呼ばれる物で、特に規模の大きいものを」
──"それはタイヘン! 加えてテロリストの一斉蜂起、各天文台のストライキ、なんか手から炎出す人が現れたり後光照らす人が現れたり! だよね?"
「そう。それが世界滅亡エンドだ。この世界の仕組みにおける最終装置。僕らの人生を終わらせる大幕。けど、それが、一斉に起こったらどうなるか」
──"たとえば、大風と大嵐が同時に来たら。たとえば、炎天下と雹が同時に来たら。たとえば──小惑星とトンデモ技術が、一緒に来たら!"
「そこまでは掴めたんだね。でも、少しだけ言っておかなくちゃならないことがある」
──"何々なんですか!"
頭の回転も速い。対処しなきゃいけない事もちゃんと理解してる。
けど。
「──現状、小惑星の衝突に対抗し得る世界滅亡エンドは存在しない」
──"うぇ"
「"異世界からの来訪者"……リベルタ・モーディという女の子であれば、あるいは彼女を追いかけてくる魔王軍と魔王その人であれば、小惑星を消滅させる事くらいは出来たんだろう」
──"もも、もしかして、インベーダーも行けてたりして! ワープ技術に特に進化した惑星群なら出来てたりして! して!"
「インベーダー襲来エンド、って奴だね。うん、もしかしたらそうなのかもしれないけど、僕はそれを覚えていない。晴巻夜明だっけ? 彼女に聞いてほしいな。可否を」
──"出来ないって! あの規模は今の設備じゃ無理、らしい!"
「仕事が早いね」
そう、無理なのだ。
たとえどれほど地球が揺れたって、たとえどれほど風が吹いたって、水が落ちたって。
小惑星の飛来、なんてエネルギーに勝る世界滅亡エンドは存在しない。ゾンビパニックを起こそうが、テロリストの一斉蜂起を起こそうが、国同士が突然争い始めようが、関係なく。
小惑星は、地球にぶつかるだろう。当然の様に。当たり前の如く。
「でも、方法はある」
──"聞きましょう! というかあるって思ったから今電話に出てます! そしてそれは──この! 唯葉ちゃんが、役に立てる方法であるということも!"
「まず一つ目は、祈る事」
──"……んにぇ?"
「リベルタ・モーディが来る事を。最後の最後の瞬間に、彼女が出現して、彼女に防護結界なりなんなりを張ってもらう事」
──"お兄さんお兄さん、実は! ななななんと! 実は! 時間があまりなかったりするんだよね~~~~! ね!?"
「二つ目は、この僕が、今から全世界に好かれる事。世界人口七十億だ。一人くらい、小惑星をも打ち消せる"属性"持ちがいるだろう」
──"希望的観測!! すごい! この人この危機的状況において希望的観測ばかり!! 主体性ゼロ! 運命/Zero!!"
「そして、最後」
息を吸う。
吐いて、吸って。
目を開く。
──"僕が死ぬ事、とか言ったら、許さないよーん"
「……そんなこと言うと思う?」
──"言いそうな雰囲気だった! すごく!"
「じゃあ、君の慧眼はそこまでだった、ってことだね」
──"間違っててよかった!"
僕が死ぬ事。
一度は否定した。千式真那比の事を否定するために、僕を用いて、否定した。
けど──試したことは無いのだ。死んだことが無いから、当たり前。
僕が死んだら、この好感度システム自体が消えるんじゃないか、と。
死亡イベントも、世界滅亡エンドも消えて──だから、今起きている様々な事が"なかったこと"になるんじゃないか、って。
確証はない。もしかしたら無駄死にで、さらには全世界に破滅を齎すに終わり、その寿命を早めた最悪の咎を背負う事になるかもしれない。
けど、確証がないのはどちらも同じで。消えるかもしれないし、消えないかもしれない。
小惑星の衝突から世界を救うのに二分の一で済むのなら、確かに。どうやっても避けようがなく、どうやっても破壊しようがないゼロパーセントから、五十パーセントになるのなら、確かに。
とか。
ちょっと、実は、思ってた。
「最後の手段は、少しだけ、突拍子もない事でね」
──"大丈ブイ! 今までの事で、突拍子もなくない事一つ足りとてナッシング!"
「確かに。それじゃ、話すけど」
多分、この子もわかってる。
それは最適解。それはたった一つの冴えたやり方。
「──もう一個、小惑星を呼び寄せる。君が知りたいのは──僕が用いた属性、だよね?」
──"YESYESYESYES! そのために、今日の日のために! いっぱい人を集めておりましたので!!!"
最後の最低行為と行こう。
ハーレムものの主人公らしく、ね。
女の子だけが住むマンションの内部映像、というのは、その、多少ばかりのインモラルなそれを感じてしまう。
「やっはろー! 見えてる? 聞こえてるー!? 藤堂彩人さん……こと、お兄さん!」
「逆じゃない?」
「んもう細かいなぁ!」
美少女、だ。
無論ハーレム展開撲滅ゲームに出てくる女の子はみんな美少女……というかこの世界で美女美少女イケメン以外をあまり見た事がないんだけど、そういうの色々おいといて、美少女。正確には……僕の好みに色々合致する、というか。別にそれだけで好きになる事は無いんだけど、ね?
そんな美少女がハンディカメラを持って、自分を映したり、周囲を映したりしながら歩いている。テレビ通話、という奴。
「まぁ、そりゃそうだよー。だからお姉ちゃんのデートのお申込みに頷いたんだろうし!」
「……藍那さん、だっけ」
「あ、ダメダメ! お姉ちゃんの事は呼び捨てするよーに! お姉ちゃんが傷付くから……って、そんな事言ってる暇はナッシングだってバッシング!!」
「話逸らしたの君だけどね」
上階へ上がる……事無く、一階の、ホールになっているらしい場所へカメラが移動する。これ、マンションっていうか何かの施設なんじゃないかなぁ、とかなんとか思ったり。
「どこから気付いてたの? というか、どの時点でわかってたのかな、こうなるって」
「学期末ってワード聞いた時から! あ、でも女の子集め始めたのはお姉ちゃんが好感度メーター……じゃない、好意ゲージから解放された時からかな!」
「じゃあ、学期末って言葉を聞くまでは、自分で何をしてるのかもわからずに女の子を掻き集めてた、って?」
「そんな誘拐犯みたいな言い方をー! 違うよー、そうじゃなくて、これはホゴ! 保護なのです!」
「完全に誘拐犯の言い分だね」
ホールへ辿り着く。
そこには──ああ、壮観、と行ってしまうけれど。
沢山の女の子が、いた。それはもう、
「必要なのは?」
「うん。"ロリ"、"博愛主義"、"お嬢様"、"留学生"。この四つだ」
「一つサイコなの混じってるけどお任せアーレィ!」
小惑星の衝突を防ぐ方法。
そんなものはない。ただ、未来を掴んだ僕から齎されたヒントに、「バケモンにはバケモンぶつけんだよ!」というのがあった。
それが答えなんだ。
小惑星の衝突には、小惑星の衝突をぶつける。
世界滅亡エンドには前兆があり、それが前震や画策という形になって世に観測されていたけれど、どれだけ前兆が絶望的だとしても、実際にハーレム展開が起きなければ前兆は前兆のまま、何も無かった事になって終わる。
逆に言えば──今から唐突に新しくハーレム展開を起こした場合、
そして同時に、前兆から滅亡へのトリガーとなった属性は、その組み合わせを確定できる、という事も。
前にも述べたけど、ハーレム展開撲滅ゲームにおける世界滅亡エンドは主人公を好きになった二人の属性の組み合わせから確定する。"研究者"や"科学者"であればパンデミックになるし、"転移者"だったら異世界関連、"テロリスト"だったら政治関連と、そう決まっている。
ただし言い方は悪いけどノーマルな属性……彼女の持つ"幼馴染"と"真面目"や、妹の"常識人"といった属性の組み合わせでは、大災害である事は確定しても地震か洪水か大嵐か、までは確定しない。自然災害になる、くらいしかわからない。
それを逆手に取らせてもらう。
今回は前兆があらかじめ用意されていた。小惑星の飛来、という前兆が。目に見える形で提示されたそれは、先ほど、僕が仲帳先輩と東郷アミチアをハート状態にしたことで世界滅亡エンドとして確定した。
よって、"小惑星の飛来エンド"を引き起こす属性が"ロリ"、"博愛主義"か"留学生"、"お嬢様"のいずれかの組み合わせに確定した……という話。
ならば、もう一度。
"ロリ"、"博愛主義"、"留学生"、"お嬢様"の子をハート状態にしてしまえば──小惑星の飛来エンドがダブって、相殺されるんじゃないか、と。
ちなみに学校やその他の場所でハート状態を乱立させていたのは、同じく小惑星の飛来エンドを引き起こせないか、そして他の世界滅亡エンドをダブらせられないかを試すものであり、その結果あってか、あれほど地鳴りがしていた地面も、津波洪水の警鐘が鳴らされていたこの街も、未だ無事にいる。
出来る、という事だ。同じエンドを引き起こして──バグらせる、というグリッチが。
「ははいはいはいははいのはい! じゃじゃーん!」
自身の行動を省みていると、唯葉ちゃんから声がかかった。カメラが動く。
じゃじゃーん、と。
そこに並んでいるのは、女の子達。ロリロリしている子から、明らかにお嬢様っぽい子、外国人っぽい子。
「選別! よろしくお願いします!」
「……言い方悪くない?」
「私達はもうわかってるので! みんな──世界を救うために、お兄さんとらぶらぶちゅっちゅ待機中なのであーる!」
情報漏洩、じゃないけど。
共有は終わってるんだ。じゃあこの子達は、自分の感情が利用されるだけだと分かってて、ここにいる、と。
……本当に、酷い話だ。
「見させてもらうね」
画面越しに見た少女たち──その側頭に見える、ステータス。
名前と性別と年齢と好意ゲージ。それを書き出して──目を瞑る。
時刻は夜。ここは自宅の部屋のベッド。
感謝しかない。千式真那比に荒らされたこの部屋を、僕が出ていった後、しっかりと。
導は片付けてくれていたらしい。
瞼の裏に、脳裏に浮かぶ──登場キャラクター一覧。
一気に追加される情報は、けれど右下に10/10の文字が見える。
唯葉ちゃんが用意してくれた少女らの内に該当者を探す。
"博愛主義"+"留学生"はいた。"お嬢様"もいた。けど、"ロリ"は……少なくともこのページの中には存在しない。
ロリ、なんて。ありふれた属性だろうに、何故。小さな女の子はいるけれど、みんな"速筆家"+"やんちゃ"とか"合法"+"耳年増"とか……まぁ、強い属性に掻き消されている。
「ええと、まず、アネス・レンシアちゃん」
「ほほう、一番の綺麗所を! この! 抜群のぷろぽーしょん! ないすばでぇ! ぐらまらぁすぐらまらぁす! FOOOOOOOO!!」
「それで──」
いない。
並べられた中にも、カメラに映る、後ろで談笑を始めている女の子達の中にも、いない。博愛主義なんてサイコ属性が見つかったのに、ロリ属性持ちがいない。
ロリお嬢様。
「もしかして、いない?」
「……うん」
「ナンティコッタィ! え、え、嘘ー! これだけいて、いない!?」
「いないね。ちなみにだけど、唯葉ちゃん。君もダメだった。"サポーター"+"誇大妄想家"……その範疇に無いとは思うけどね」
「おおう、生まれてきて十四年! 初めて知る自分の天性……誰が誇大妄想家カーッ!!」
考えていても仕方がない。
唯葉ちゃんに頼んで、アネス・レンシアちゃんにテレビ通話を代わってもらう。
「初めまして、僕の名前は」
「知ってるし、聞いてるし、全部見てきたし、全部わかってる。ワタシはもう、貴方を尊敬している。それは多分、多少の誇張と、洗脳のようなものが混じっているのかもしれないけれど、ワタシは貴方を好ける自信がある。だから」
ちょっと怖いな、とか。
思っちゃいけないんだろう。彼女らは利用される側で、僕はする側。被害者は彼女らなんだから。
「だから、何かな」
「お願いがある。ワタシがしてほしい事をしてほしい」
「あ、うん。なんだろう。僕に出来る事なら」
「ワタシの告白を、断ってほしい」
「うん、それくらいなら……ん?」
ん。ん?
「ワタシは美しいから、多分、ワタシからの告白を断る人はいない。だから、貴方程のクールガイであれば、貴方程のメンタルであれば、ワタシの告白に耐えられるはず」
ん。
ん? なんだこの人。
怖いぞ?
「ん……ん。じゃあ、行く」
「あ、うん」
"博愛主義"っていうか、"ナルシスト"……いや、僕がそう考えたから、認識したから、じゃあそうなりました、とかなられても困るし。いやそんなシステムなら今すぐにでも唯葉ちゃんをロリお嬢様だと思い込むんだけど。
「──I Love You」
「ごめんなさい」
……これでいいのだろうか。
確かに綺麗だし、確かにフェロモン凄い。画面越しなのに。
だけど僕には心に決めた人がいるから。彼女を思えば、美女の告白に傾いたりはしない。
「……ふふ、流石はユイハさんの認めた男。アイナさんの慕う男性。合格。貴方はワタシに相応しい」
「お断りします」
終わりにしてもらえないだろうか。
僕は一刻も早くロリお嬢様を探さなければいけないのだから。
「どう?」
「どう、って……うわ」
うわ、とか言っちゃったけど。
レンシアさんの側頭、ステータス。好意ゲージは一定数以上を記録し、ハート状態の表示が出ている。
本当にこんなのでいいの?
「ふふん、お兄さんが思っているより、お兄さんは慕われているのです! 我がマンションに備え付けられたトウドウアヤト伝説の数々! お兄さんが如何に凄いかを纏めた映像資料! 合成映像!! 捏造画像!!! とあるスジより入手した実際の写真!!!」
「とあるスジの名前、教えてくれる?」
「お兄さんが思っている通りであーる!」
……結局、味方なのか敵なのか。
あるいは、利敵行為によって間接的に助けてくれていた、とか。
本当によくわからない奴だ。
「でも、どうするの? ちなみにだけど、唯葉ちゃんの憶測的にもう時間無いよ! みんな、何を感じる間もなく、一瞬で──じゅっ」
「君の妄想は現実になるんだから、やめてほしかったな。……どうするか、か。ううん」
「お兄さんお兄さん! 余裕すぎ余裕すぎ! もっと危機感持って!」
「焦っても仕方ないよ、唯葉ちゃん。そういえば君達一応お嬢様だよね。藍那さ……藍那は見た目ロリだったりしない?」
「しない!!」
「そっかぁ」
もう一人思いつくお嬢様といえば、錨地原霍公だけど……彼女の属性は"お嬢様"+"ヤクザ"だ。ロリじゃない。
……今から探すとして、どう当たればいい。日本にいるお嬢様から、さらにロリであるものを見繕う、なんて。
何よりもうページがいっぱいなのだ。見つけたとして、それがそうであるかを見分ける方法がない。
八方塞がりか。
「……最後の別れを、してきた方がいいかもね」
「馬鹿発見!! 馬鹿発見! 諦めるなばーかばーか! 諦めないのが! 藤堂彩人じゃないんですか!」
「僕の属性は"イケメン"+"行動力"だよ。不屈、じゃない」
「うるへー!!」
ドアップに、唯葉ちゃんの顔が映る。
「彼女さん殺したいのかてめー! いいから動けばかやろー! 結局顔だけかよくそやろー!」
「言いたい放題だね。……でも、その通りかも。僕は」
「ナイーブになるなぁ! ああもう! ちょっと待って、今お姉ちゃんのトコ行くから!!」
画面がぐしゃぐしゃになる。どたどたと足音がして、ばたばたと足音がして、ドチャガチャと物音がして。
一分くらい、だろうか。
ぜぇぜぇという荒い呼気から──ようやく、前に。
前方に。
カメラが向いた。
「……こ、こんばんは?」
「あ、こんばんは」
「お見合いかばかやろー!!」
映った。そこにいた。そこに映った。
頭痛がする。思い出してはいけない事を思い出そうとしているから。思い出してはいけない、じゃない。
思い出せなくされた事だ。
思い出せなくされた、封じられた、忘れさせられた記憶。
好意ゲージの存在しない少女。
宵待藍那という名前。同い年。思い出せない。覚えている。思い出せない。
彼女の事を、覚えてはいない。
「藍那」
「……ええ、そう。私よ、彩人さん」
「君が、そうか」
容姿は、ああ、なるほど。唯葉ちゃんの言う通りだ。
完全に好みに一致する。合致する。もし、ゲームで、彼女を見つけていたら──真っ先に個別ルートを見ていたんじゃないか、と思うくらい。
いなかったんだ。彼女は。
彼女らは、ゲームに居なかった。それは確信できる。
「お姉ちゃん! この腑抜けやろーになんか言ったげてよ!」
「腑抜け? ……よくわからないけど」
「いいから! なんか罵倒して!」
罵倒されるのか。
唯葉ちゃんもなんか自棄になってないだろうか。
……ああ、いや。
だから、わかるのか。唯葉ちゃんは。
妄想で──自分の死が、ありありと。
「彩人さんに罵倒、なんて。私には出来ない。けど」
「ここへ来てラブラブやめてよー!」
「一つだけ。浅海さんを諦めるなら、私に靡いてほしい。私は今でも……その、好意ゲージとやらが無くなった今でも、貴方を愛しているから」
だから。
それはまさしく、最適解だったんだ。
彼女もまた、その推測力で最適解を掴み取る達人。
「……ありがとう。そして、ごめんね」
「うん。わかってた」
画面越しだけど。
その笑顔に、涙が出そうになる。
その表情に、頭が痛くなる。
僕は多分、本当は、ちゃんと。
宵待藍那を──。
「……あ」
携帯電話が振動する。
コールコール。コールコール。
表示される名前は──東郷アミチア。
「──お兄さん、それ、出て。今すぐ。それが──答えだよ、多分」
先程までとは打って変わった冷静な声。
画面の向こう、画面内から去っていく藍那を尻目に、僕は。
その着信に、出た。