ハーレム展開撲滅ゲームにおいて、"ヤンデレ属性のヒロイン"というものは存在しなかった。
キャラクター一覧に載っているヒロイン+男友達にはそれぞれ属性があり、例えば天羽なら"メガネ+巨乳"、榛なら"元気+天然"。彼女であれば、"幼馴染+真面目"等。
彼ら彼女らが様々な属性を明確に持っていたのは、曲がりなりにも恋愛ゲームならでは、といったところだろう。一応主人公にも属性があり、"イケメン+行動力"だった。
だが、"ヤンデレ"は存在しない。もちろん病みだの闇だのも存在しない。
何故なら、
ヤンデレというのは一途の化身だ。そして独占欲の化身でもある。
彼ら彼女らは周囲を牽制する。ほしいものに手を出させないようにする。
それはハーレム展開の撲滅に、あまりに都合がいい。
言い換えれば──ゲーム性を損なう。
このゲームは「プレイヤーにハーレム展開を撲滅させる」ゲームである。そのため、ゲーム中には好意上昇イベント……つまり「ハーレム展開になりやすいイベント」が多数用意されている。
しかし
これは、好意ゲージが絡んだとしても同じである。
一途になる、という部分は好意ゲージの上昇によってみられる症例ではあるが、他者を牽制する、という事は無い。愛も思いも注がれるのは主人公に対してのみであり、害意も悪意も他者に注ぐには
ある意味で健全な世界だ。故にだろう、この町における世界滅亡や好意減少による死亡イベント以外での犯罪件数は限りなく低く、あったとしても故意ではないことばかり。
俺に対し、少なからず好意を持ってしまった者は、犯罪
好意ゲージの支配がどれほど強力であるのかが窺い知れる現象である。
逆に言えば。
ハーレム展開を撲滅するのに都合の悪い属性を持つキャラクターは、それなりの数がいる、という事である。
それはたとえば、あのロリ風紀委員長先輩。彼女は"ロリ+博愛主義"という、割とサイコみのある属性の持ち主だ。基本、どんな選択肢・行動・会話をしても、好意ゲージが上昇する。恐ろしすぎる。
先に挙げた榛の"元気+天然"もその一つ。彼女はハート状態になるまで自身の好意に気付かないという特性があったため、好意管理上での会話選択が非常に難しいキャラクターだった。
そして今、俺がいる場所──図書室にそろそろ来る彼女もまた、都合の悪い属性を持つキャラクターの一人であった。
司書室からも入り口からも死角になる場所がいくつかある、構造的に問題がありすぎる図書室。
ここで起きる好意上昇イベントはとある少女との出会いであり、どのような受け答えをしてもその少女の好意ゲージが1ゲージ以上は上昇するというイベントだ。
この好意上昇イベントは図書室に行くまで起こらない。ゲームクリア(=卒業シーン)まで図書室を利用しなければ、このイベントを完全にスルーすることもできる局所的イベントである。
ならばスルーしておけばいいじゃないか、と思うだろう。だがそうもいかない事情があった。
ゲーム中には、時間の進行の節目として用意されている"一日の終わり"と以外にも、その日までの好意ゲージやイベントを清算する日──"学期末"というのが存在していた。
この"学期末"が好意管理にあたって非常に厄介で、このシステムのせいで評価を一段階二段階と下げたものも少なくなかったくらいだ。
"学期末"──好意ゲージやイベントの清算。行われるのは、言葉通りのこと。
つまり、上昇した好意ゲージやイベント中で取った主人公の言動を
主人公はリザルト画面でそれを眺める以外の術を持たず、だからこそ好意ゲージが少なすぎたりハート状態一歩手前のまま放置をしていたりすると、その画面での清算直後に世界滅亡イベント・死亡イベントが起きる場合があった。それも結構な確率で。
で、その"学期末"では、上昇した好意ゲージやイベント中での主人公の言動以外に、"スルーしたイベントの清算"も行われるのである。
「強制イベント以外のイベントはスルーして、管理する好意ゲージを最小に抑えればいいや」という甘い考えは通用しないのである。
スルーしたイベントの清算では、上記の思い返しと同じく好意ゲージの増減が行われる。そして、行われるのは主に減少だ。ハート状態手前のキャラクターを多数作ってしまっている場合は救いになりうるこの清算だが、今の俺のように少ないゲージをギリギリで維持し続けるスタイルをとっている場合は、幾つもの死亡イベントのプレゼントボックスになりかねない。
恐ろしく、ふざけた話。
そしてその中でも最も死にやすい先輩が、今俺が待っている少女──北山楓である。
彼女はあのロリ風紀委員長の対極にいる存在で、とにかく好意ゲージが上がりづらく、下がりやすい。初めから持っている一ゲージは、上げておかないと一瞬で削れて一瞬で死ぬ。
よって誰も死なせないためには、早めにこのイベントを起こしておく必要があるのだ。
と。
己の目的を再認している内に、来た。
そこまで高くはない身長。キツく吊り上がった目は、冷たく細められている。どう見ても度数の入っていない眼鏡はひどくアンバランスな大きさだ。
北山は入ってきてすぐに図書室内を見渡す。
隠れている俺を除き、誰もいないことを確認すると──慣れた足つきで、窓際へと向かった。
息を殺し、その様子を手鏡越しに眺める。
図書室の一番奥の窓際。
北山はそこの本棚へと腰を掛けると、徐に窓を開けた。強くない風が入ってきて、カーテンを揺らす。
そして彼女は──カバンから、小さな箱を取り出した。
カラ、と乾いた音を出すそれを開け、中から円筒状の白いものを取り出す。
さらには内胸ポケットから青みがかった透明な直方体を取り出し──ジ、という音がした。
頃合いだ。
死角から身を乗り出し、北山のいる場所へと向かった。
「──おい」
「……何?」
突然声をかけたにもかかわらず、一切の動揺を見せない北山は、その指で挟んでいるものを隠そうともせずにこちらを見据えてきた。
胡乱な瞳。こちらの容姿を見ても、なんら怯まないその姿勢。どころか会話の途中だというのに白い筒を口へ咥え、大きくそれを吸った。
「何よ。一年生。正義感でも振りかざす気?」
その頭の横に、ウィンドウが見える。
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……やっぱり今日来てよかった。"学期末"の清算以外にも、普通に俺の悪評を聞いて死んでいた可能性がある。
「そうだ。図書室は禁煙だからな」
「へぇ?」
ここで彼女に事情を聴いたり、同調して「一本くれ」などと言おうものなら、好意ゲージはあっさり減少して0になる。咎めたほうが好意ゲージが上昇する、とんだ天邪鬼。
俺の言葉に嬉しそうに口角をあげた北山は、上を向いてもう一度、大きく円筒……煙草を吸った。
息を吐く。充満する煙。それはほとんどが窓の外へ吸われていくが、一部は図書へと付着した事だろう。
「いいね、面白い。真面目なのは好きよ。……でもさ、一年生。確かオマエ、色んな女子に手を出してその気にさせてるオンナノテキ、ってヤツだろ? 私にも粉かける気で声かけてきた、ってワケじゃあないよな?」
「声を掛けたのは、可愛いと思ったからだが?」
「──……ふぅん?」
まだ好意ゲージは上昇しない。イベントの完遂で一ゲージ分が上がることは確定のはずだが、それ以前にもう少し……一ゲージに満たなくてもいい、上げておきたい。ちょっと、危険すぎる。
だから彼女の望むままの事を言ってあげる。彼女が疑問符をつけて聞いてくる事は、そのまま彼女の望んでいる事だ。キャラクターの性能的に好意ゲージが上がりづらいのは事実だが、言動によって上げやすい対象ではあるのである。
「へえ、へえ。じゃあ何、可愛い子がタバコ吸ってるのは気に入らないか?」
「ああ、やめてほしいな。教師に見つかったら事だし、何より体に悪い。本にも悪い。俺は吸ってほしいとは思わない」
「……いいねぇ」
北山は嬉しそうに笑って──携帯灰皿に火のついた煙草を押し付けた。
ぐりぐり、とやって、そのままケースへ吸殻を放り込み、それを閉じてカバンへとしまう。
そしてまた大きく、窓の外へ向かって深い呼気を吐き出した。
北山は首を傾げ、こちらへ振り向き。
「要望通り、止めてあげたよ。んー、でも、オマエの要望を聞いてやったんだ。私にも何かメリットがあってもいいよな? なぁ?」
「……要求による」
「へぇ、してくれる気はあるんだ。それじゃ、何をしてもらおうか──」
指を唇へと当て、視線を上に思案をする北山。吊り目とはいえ、その上がった口角は隠しようもなく、完全に楽しんでいるのがわかる。めちゃくちゃ楽しそうだった。
北山はトントントンと唇を何度か指で叩いた後、そうだ、と言って指を立てた。
「何か、カッコイイことをしてみてよ。私に粉をかける一環だと思ってさ。できるだろう? イケメン君」
……良かった、ゲーム中にあった無茶ぶりで。
俺はそこまでアドリブ力に優れていない。結構すぐに冷静さを失う。だから何が来るのかと身構えていたが、ゲーム中にあったことであれば話は別だ。
覚えている。ならば、出来る。
「ん、いきなり過ぎたか。まぁなんでもいいぞ、髪をかき上げるとか、キメ台詞を言うとか……私を抱きしめる、とかどうだ?」
「わかった、それでいいんだな」
「──ぇ」
実際、結構焦っていた。好意ゲージが上がりづらいのは知っていたはずなのに、微動だにしないそのゲージには焦りも覚えよう。さらにイベント完遂前……つまりイベント中に失望でもされようものなら、今ここで死亡イベントが起きる可能性もあったのだ。
もちろん全力で助けるつもりではあるが、この人の死亡イベントはあんまり出くわしたくない……回避が難しすぎたり、凄惨なものだったりが多いからだ。
だから、要求通り。
疑問符の要望通り。
正面から、彼女を抱きしめる。小柄な身体はほんのり暖かく、そしてか弱い。先ほどまで強気で煙草を吸っていた少女とはかけ離れたほどに、簡単に手折れそうなその身を、苦しくない程度に。
「ちょ……ぁ、ちょ、え」
彼女の属性は"天邪鬼"と"初心"。前者は好意管理においてわかりづらく、後者はハーレム展開の撲滅において都合が悪い。一歩引いてしまうから、他の女性を許してしまいがちなのだ。独占欲も薄いしな。
耳まで真っ赤になっているのを無視しつつ、別に位置を固定されているわけでもない好意ゲージのウィンドウを見る。
その頭の横に、ウィンドウが見える。
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微かに……本当に微かにだが、好意ゲージが上昇している。これだけしてこれだけしか上昇しない事に戦慄を覚えないでもないのだが、まぁゲーム通りではある。普通の恋愛ゲームだったら最難関キャラクターかもしれないな……。
そろそろいいだろうか、と体を離す。
「……」
「これで、いいか?」
俯いたまま動きもしない北山に声を掛ける。その体がビクっと震え、何かをぼそっと呟いた。
「まだダメか」
「……オンナノテキね、本当に。もういい。満足したよ。どうやら私は君の事が苦手みたいだ。出来れば、もうこの図書室に来ないでくれると助かるね」
「あぁ、また来る」
疑問符のついていない要望は……そういうことである。
北山の顔をもう一度、見つめた。
「何よ。……勝手にすれば?」
あぁ、そうさせてもらう。
そう言い残して、不満顔を隠そうともしない北山に別れを告げ、図書室を出た。
去り際。彼女の好意ゲージが一ゲージ分あがっていたのを確認し、ようやく胸をなでおろしたのだった。
「……本当に、誰にでも……なんだ」
開け放たれた窓辺で、そんなことをしたのなら、誰かが見ていてもおかしくはない──そんなことに思い至る頭を持っていたのなら、もっとうまく立ち回れているのだろうが。
なお、北山楓は二年生です。