「あ、藤堂君、おはよう」
「……」
「ぁ……」
心に来るものがないことはない。
挨拶をしてきた三木島を完全にスルーして教室に入り、自分の席に直行する。好意ゲージは半分のまま。正直な話、かなり怖い水準にあるのは間違いない。どうにかして3ゲージくらいに下げたいところだけど、三木島相手に危ない橋を渡るわけには行かない。
一瞬輪島とも目が合う。まぁコイツはいいだろ。過去とか経歴がそこそこ重いので触れづらいのだが、何も言ってこない限りは放置で良い。好意ゲージが少々高いのが気になる点か。まぁそれは、あの救出劇を見ていた奴ら全員に言えることなんだが。
正直、チョロすぎだろ、とか思わないでもない。今まで散々散々なことをしてきたのを知っているのだろうに、人命を救った程度で好意を上げるなんて。
そのまま一限まで眠ろうとして、前の席に座った奴に気が付いた。
「よォ」
「……なんだよ」
「噂ってな、面白いモンだよな、って話だ」
「広めたのはお前だろうに、何を今更」
「それがよ、今回ばかりは違ぇんだ。なんたって、あそこでそれが起きる事は誰も知らなかったんだからな」
「……」
譲司和審豚。
ほんと、どこまで知っているのか、何を知っているのか得体の知れない奴だ。
「簡潔に言え」
「おー怖。まぁあんまり時間も無いからな、言ってやる。お前も気付いてるだろうが、このクラスはちょっと
「わかってるよ、それくらい」
「んで、もっと
ぐひぐひ笑うその顔面を殴り飛ばしたくなった。
そういう広まり方をするのか。あるいは、初めは人命救助の事も伝わっていたのかもしれないが、藤堂彩人が下手人であるというバイアスから善性の行為は省かれて伝わったのかな。
なんにせよ、それは少しマズイ。
「クラスの奴らには嫌われて、クラス外の奴らには好かれる必要がある、か」
「けひひ、いやさ正直思うぜ。お前すげぇよ。俺にぁ無理だね、その立ち回り」
「うるせぇ、俺だっていっぱいいっぱいだよ」
ちなみにだけど、俺達の会話は何故か周囲に聞こえていない。まぁ余りにもメタいからなんだろうな。ゲーム中でもコイツとの会話に言及される事は無いし、たとえ同じ卓についていたとしても、完全に無視される。俺がどう頑張ってもイケメンになるのと同じように、そういうシステムなんだろう。
さて、しかし、有用かつ有益で、最悪な情報だ。
クラスの奴らの好意ゲージは軒並み高い。半分かそれに至らないくらいか。本来の固定量上昇イベントは三木島と輪島の二人にのみ起こる事だったのだが、大勢の前で三木島を救ってしまったことが仇となったらしい。あの場にいた全員の好意ゲージが多かれ少なかれ上昇している。
個人的には、本当に超個人的には彼女の好意ゲージも少しだけ上昇しているのが嬉しいけれど、状況的にはかなり危険。つか入学してから調整し続けてきた努力が一部水の泡になっているのが許せねえ。
さらにはクラス外。ちゃんとは確認していないが、女子に手を上げるヤツ、という噂は確実に好意ゲージを下げる事だろう。元から悪印象だった子にはキツイかもしれない。
目の、そして手の届く範囲であれば助けられるが、全く知らない所で、は無理だ。俺が人間である以上、俺が一人である以上、キツイ。
「特に危険なのは?」
「Dクラスの田畑だな」
「一人なのか?」
「特に危険なのは、だ。あと一歩でゼぇロ。それ以外はまだなんとか間に合うくらいだな」
「……Dの田畑ね。了解」
少し、不味い。
なんたって聞いたことのない名前だ。ゲーム中に出て来なかったヤツ。無論ここは学び舎、ゲーム中に描写しきれない生徒なんて腐る程いる。ましてや別クラスとなれば、当然。
……何が不味い、って。
俺は今まで、一応、相手の属性とか、シナリオ上の地雷なんかを考えながら動いてきた。まぁ学校外の奴らとかはその限りではないのだが、全く知らない相手となると、"一般的に人が不快に思う行為"か"一般的に人が好意的に見る行為"以外の手を取れなくなる。
しかし好意ゲージがゼロ一歩手前の奴にそれをして、果たして地雷を踏み抜かない事が出来るだろうか。あるいは踏み抜き、しかし助けたとして、回復させる事が出来るだろうか。
チャイムが鳴る。
「ま、頑張れや。応援はしてるぜぇ、イケメン君?」
「俺の見ていない所で死んでくれ」
「けけけ」
なんだけけけって。お前とたけけさんか。
……しかし、ああ、ある意味で、懐かしいのかもしれない。
まだ攻略情報の無かった頃。ハーレム展開撲滅ゲームがリリースされてすぐの頃から、俺はこのゲームをやっていた。
だから、その子が、所謂ヒロインとされる女の子達が何を地雷としているのか、何を好意と捉えているのかを見極めながら進めなければいけなかった。ゲーム本来の楽しみ方が、今ここで。
「……ふざけんな、って話だよ」
楽しめるかよ、そんなもん。
「……なんだよ」
「ちょっとな」
昼休み。流石にたった10分の休み時間では時間が足りな過ぎるがために、この時間を選んだ。
Dクラスの田畑。顔も下の名前もわからん少女を独力で探し出すのは無理があるので、普通に聞いて。
それで彼女が、所謂ギャル……あるいはヤンキー、と呼ばれる存在である事がわかった。
彼女は授業もほとんどサボるタイプで、クラスにいる事の方が珍しいという。そんな彼女の所在を教えてくれたのは、同じくギャル仲間であるという水橋という女子。Dクラスで抜きん出て俺への好意ゲージが高かったその子は、田畑について聞いてもいない事まで教えてくれた。
曰く、男嫌い。
曰く、男勝り。
曰く、腕っぷしに自信アリ。
正直あんまり関わりたくない手合いだな、とか。
まぁそれは俺にも言える事だろうけど。
それで、水橋曰く、田畑はいつも教員棟の屋上にいるらしい。なるほど、生徒も教師も寄り付かない場所。サボるにはちょうどいい。不登校にはならない辺りが何かしらのしがらみを持っていそうだ。
「……アンタ、Bの藤堂だろ。あたしに何の用?」
「だから、ちょっと、だよ」
「はぁ?」
言われた通りのルート……屋上へと続く階段でなく、外側の非常用梯子を伝って上った屋上に、彼女はいた。
日サロだろうか、浅黒く焼いた肌に、金髪。レガシータイプのギャル。
それがあぐらをかいて、携帯片手に壁へ寄りかかっていて……いやほんと何してんだコイツ。
帰りゃいいのに。
「ま、いいや。つか丁度いいや。アンタに言いたい事あったんだよね」
「だろうな」
「……何その反応。キモ」
好意ゲージを見る。
| ♀ | 15 | |
なるほど、これは危ない。
「アンタさ、この学校出て行きなよ」
「何?」
一瞬何を言われたのか本当に理解できなかった。
「だからさ、出て行きなよ。退学でも転校でもいいからさ。悪い噂しか聞かねーし、アンタのせいで泣いたあたしのダチいっぱいいんだよね。聞いたよ。遥の腹に膝蹴り入れたんでしょ? 死ねよ、ホント」
「三木島と友達なのか。意外過ぎる組み合わせだな」
「はン、友達ってほどじゃないけどね。ただの幼馴染。けど別に、悪い奴じゃないの知ってるし」
「見た目に反して随分優しいじゃないか」
「アンタは見た目に反してクソ野郎だよね」
仲間意識、あるいは身内意識が高いタイプか。まぁクラスにあんまりいないという事で、情報の精査が出来ていないのかな。ソース元が不明瞭なまま起こす行動にしては些か短絡的が過ぎるけど、学生なんてこんなもんだろう。
さて、はて。
何が地雷かな、この子は。真っ当に考えると"仲間を馬鹿にされる事"とかに思えるけど、これハーレム展開撲滅ゲームなのがなぁ。作者の感性捻じ曲がってるから、どこに何があるのやら、って感じ。
「残念ながら、退学の予定も転校の予定もない」
「そ。じゃあ死ねば? そこから飛び降りなよ。アンタがいなくなれば、全部平和になんだよ」
「──」
……。
……それは。
「あたしが言えたことじゃないけどさ、学校つまんねっしょ、アンタ。来る必要ないでしょ。じゃあ来ないで良いよ、邪魔だし、目障りだし、悪い事しかおこさねーじゃん」
「本当に言えた事じゃないな。お前こそなんで学校に来ているんだ。聞いたぞ、授業はほとんどサボって、ここで携帯を弄るだけの日々。学校に来ない方が幸せなんじゃないか」
「アンタと違ってあたしにはダチがいんの。授業とかダルいから嫌だけど、部活とかはたのしーし」
「なるほどね」
ちょっと。
ちょっと、どころじゃなく……めちゃくちゃ刺さった。
俺が。……僕が、死ねば。
いなくなれば。
「なるほどね、とか。何カッコつけてんだよ、キモいってさっきから。で、何用? あたし、アンタの顔見てるの苦痛なんだけど」
「……」
「黙んなよ、うざいな」
考える。
俺自身の事は一旦おいといて、田畑だ。
彼女の好意ゲージはゼロに近い。が、ゼロじゃない。ということは、口でこれほど嫌っておきながらも、少しばかりの関心や興味があるということ。それが何かを探り当てる必要がある。
思いつくのは、何故俺が学校に来ているのか、と、何故俺がこんな行動を取っているのか、くらいか。興味を持ちそうなのは。
「さっき、俺とは違って、と言ったが、俺にも学校に来る理由はあるんだよ」
「へぇ。何、女子を殴るため?」
「好きな子がいるんだ」
「……は?」
三木島にも言ってしまった事ではあるが、ここでも言う。
俺は彼女が好きだ。世界を滅亡させず、彼女を殺さず、そして周囲を殺さないために全シナリオを終える、という目的は勿論のことだけど、何より。
彼女に会いたくて。
いつ終わってしまうかもわからない世界で、いつ死んでしまうかもわからないこの身で、彼女に会えなかった日があるのが怖くて。
……そんな女々しい理由で、俺は毎日を生きている。
無論、システム上引きこもりにはなれないし、転校や退学も出来ない、というのもあるのだが。
「は──はぁ? っぷ、あははっ、え? は? 好きな子ぉ? アンタ、その見た目で?」
「容姿は関係ないだろ」
「散々悪評立てといて、女子の腹蹴っといて、好きな子? ぷ、ばっかみたい。絶対叶わないから諦めなよ」
| ♀ | 15 | |
正解を引いたらしい。
仲間意識の高い奴だ。そういう、人間らしい情動には弱いと見ていたのだが、やはり経験が生きたな。
「あんまり馬鹿にしてくれるなよ。ちなみにこれは、三木島も知ってるぞ」
「へー。って、遥が? ……もしかしてだけど、噂って真実じゃないとか?」
「俺が何を言っても無駄だからな。自分で確かめろよ」
「……ごめん」
「ん?」
| ♀ | 15 | |
「なんか、勘違いしてたみたい。アンタのこと。ちょっと酷い事言い過ぎたわ。だから、ごめん」
「勘違いじゃないぞ。噂の八割は本当だ」
「へえ。自分の噂全部把握してんだ。やっぱり噂、アテにならないね」
チョロすぎる。もう少しくらい人を疑え。いい奴かよお前。
だが、不味いな。一ゲージの回復で良かったんだが、更に更にと増え始めた。どこかでセーブしないと。
「……」
「どうした?」
「……最低。つか、最悪。やっぱ男ってクソだわ」
お、好意ゲージの上昇が止まった。
スマホに目を落としてから、だ。
「きめぇわ、ほんと」
「いきなりだな」
「結局胸にしか興味ないんだ。キモ」
「ああ、そういう」
ああー。思い立ったが吉日というか、すぐさま三木島に真偽確認のSMSでも送ったのか。
それで、事の真相を聞いて、俺が三木島へ胸が癒しだのなんだのを語った事もバレた、と。
うん、キモいね、それは。
だってあれ普通にセクハラだし。
「もーいーや。やっぱ顔も見たくない。……ただ、遥を助けてくれたのは、感謝する。勘違いで死ねとか言ってごめんな。でもキメぇからもう顔見せないでほしい」
「そうさせてもらう。じゃあな、田畑」
「……結局何しに来たんだよ」
お前の好意ゲージを上げに来たんだよ、とは言えないし。
本当に何をしに来たのかわからない奴になってしまった。
……誤解を解きに来たんだよ、的な?
そうして、屋上から降りる直前の事。
俺も、恐らく田畑も使用していない屋上階段へと続く扉が、バァンと音を立てて開かれた。
流石に俺も田畑もそちらを見る。
そこにいたのは──水橋。田畑に関する情報をくれた子。
「綾乃?」
「水は──」
その、彼女の好意ゲージを見て、目を剝いた。
| ♀ | 15 | |
好意ゲージがゼロになっている。
そんな唐突に、どういうことだ。
「綾乃──」
「た、たすけ、」
そんな。
救援の声を上げながら、田畑の元へと突進してくる──その背後に、ゆらり、と。
刃物を持った男が現れた。
「は?」
「いやぁ!」
男の持つ刃物には、血。
田畑に抱き留められた水橋の腕にも──血。
やばいのはわかった。これ、好意ゲージがゼロになった時に起きる死亡イベントの一つだ。よくあるテロリストが学校を占拠する、みたいなのと同じ分類にされる、学校に不審者が侵入し、生徒を人質に取ったり殺したりするヤツ。
死亡イベント。なんらかの要因で水橋の好意ゲージがゼロになったことで起きたそれは──じゃあ、俺の責任だ。
「田畑! そこから動くなよ、水橋守ってろ!」
「え、は、藤堂!?」
問題は、コイツが単独なのか複数人なのかが分からない所。単独の侵入者による死亡イベントも複数人の侵入者による死亡イベントも、どっちもあったのだ。ただテキストで最後に犯人の数が書かれるだけの奴が。
もし、仲間がいた場合、好意ゲージがゼロになった水橋を執拗に狙ってくる可能性がある。梯子で降りた先に待ち伏せ、なんてされていたら目も当てられない。
男を見る。
その側頭に、好意ゲージは存在しない。やっぱりシステムか。死亡イベントのテキストには基本"男"とか"男女"とかしか書かれないからな。コイツに本名があるのかどうかとか、いつもは日常生活を送っているのかとか、色々考えることは有るが……今は人命優先で行く。
流石にこれは、正当防衛で許してくれるよな、彼女も。
「死ね──」
大振りのナイフが振り下ろされる。好意ゲージがゼロになったヤツを処分するためなら、他の奴を巻き込んでもいいってのか? ……じゃあ、教員棟、やばいな。
避ける。目で見て、身体を反らして。
主人公の身体能力はアスリート並みだ。その動体視力も反射神経も、クレー射撃で賞を取れるくらいのものがある。身体を翻す速度はムエタイ選手にも匹敵するだろうし、踏み込む速度はフェンシングの選手にも並ぼう。
そして。
「ちゃんと、今までは手加減してたんだ、って話だよ──なっ!」
今回ばかりは、思いっきり、だ。
思いっきり──男の腹をぶん殴る。アスリート並み。ボクシングや空手家並みの、けれど技術も何も無いテレフォンパンチを、その腹に突き刺した。
ちゃんと、手加減はしてたんだ。今まで。あのバスケ部の先輩の顔を掠めてしまった時も、三木島の腹を折るしかなかった時も、一応、ちゃんと。
本気で人を殴ったのは、過去に一度だけ。
天に恵まれた主人公の肉体。そこから繰り出されるパンチの破壊力たるや。
刃物を持った男は吹き飛ぶ──なんてことはない。流石にそんな威力は出ない。
が、刃物を取り落し、膝を突き、崩れ落ちた。
その体に馬乗りになって、両手を掴む。
「……ふう。おい、田畑、もう大丈夫だ」
「もう大丈夫、って……まぁそーだろうけど。ソイツ、泡吹いてるよ」
「マジか。……強く殴りすぎたな。ああ、そうだ。長めのタオルとか、紐とか持ってないか?」
「髪ゴムならあるけど」
「……まぁ妥協か」
未だ震えたままの水橋を視界に収めつつ、ゆっくりゆっくり、近づいてきた田畑からヘアゴムを貰う。
それを幾度か捻じって固く固く輪にして、男の両の親指に嵌めた。
これでよし。
「救急車を」
「もう呼んだ。綾乃、痛いと思うけど、もう少し頑張って」
「……うん」
その腕からは、少なくない血が出ている。
……俺の怠慢だな。あのクラスの中では抜きん出て好意ゲージが高かったから慢心していた。何のきっかけで好意ゲージを落としたのかわからないのが怖い所。それさえわかれば対処の仕様もあるんだが。
何より。
「……水橋」
「ちょっと、服切れてる女子に近づくとか、マジ最低なんだけど」
「ああ、すまん」
| ♀ | 15 | |
未だに、ゼロ。
……これ、不味いな。回復してないとなると、いつ次なる脅威が迫ってくるか。
世界のシステム側もあんまり殺せない事が続くと躍起になって隕石でも落としてきそうで怖い。世界滅亡イベントにはそういうのあるのがな……。単なる死亡イベントには無いんだが。
水橋を見る。震えが止まらない様子の彼女は──その唇が、白い。
「田畑、ハンカチ持ってるか?」
「持ってるけど」
「ちょい貸せ。……すまんな、近づくぞ」
「あ、ダメだって!」
「ぅ……」
やけに水橋を覆い隠そうとする田畑を押しのけて水橋に近づけば、ああ、なるほど。
斬られている。服が──胸元と、腕を。腕の方は肌にまで入っていて、そこから血がだばだばと。
「い、いや……」
「夏服なら良かったんだが……」
「ちょ、やめろってば!」
未だ四月。制服は冬服。
その長い袖は、学校によっては取り外し可能らしいのだが、少なくともウチでは無理。
だから正面のボタンを外すしかなかった。ボタンタイプで良かった、というべきではあるか。
そのボタンに手を掛けた所で、制止がかかる。
「なんだ」
「なんだ、じゃねーし。やりたいことわかったから、あっち向いてなよ」
「出来るのか。じゃあ頼む」
「……た、多分」
言われた通り、水橋を背にして座る。
俺がやろうとしていたのは止血だ。ちょっと、不味そうな出血量だった。
確かにデリカシーを欠いていたか。人命の前にデリカシーも何も、とは思わないでもないのだが、田畑が出来るなら俺がやる必要も無いのは事実。好意ゲージがある以上、俺がやらなきゃ、とかいう変な使命感が出ていたのだろう、反省する。
「多少痛がってもキツめに縛って、腕は心臓より上に上げさせとけよ」
「……わかった。ごめんね、綾乃」
「う、ぅうう」
裂かれた服越しよりしっかり素肌に巻き付けた方がいい、という考えの元だったが、果たして。
本当はガーゼなんかの厚みがある奴の方がいい。だから一刻も早く保健室か病院に連れて行くべきなんだが、ああ、嫌な物が見えてしまった。
「すまん、田畑。水橋は任せた」
「は?」
「そこに熨してある男には十分気を付けろよ。万一起き上がりそうになったら、何しても良いから阻止しろ」
「……フツー、女子二人残してどっか行く? 噂がホントじゃないってんなら、守るくらいはしてよ」
「八割ホントだっつってんだろ」
男の持っていたナイフを取る。
いやさ、いつからバトル物になったんだ。まぁ世界滅亡エンドの一つには"異世界の魔王軍が侵攻してくる"なんてのもあるのだが。"転移者"属性の子が関わる滅亡エンドだな。
そこで、一応。
一応、主人公も戦っていた。テキスト上だけだが、異世界の魔物を殺したりもしていたはずだ。結局死ぬんだが。
……いや無理だろ。ファンタジーが過ぎる。
今はただ、侵入してきた同じ人間を倒せりゃ、それでいい。
校内で起きた刺傷事件。ナイフを持った男五人が学校へ侵入し、生徒や教師たちに刺傷を負わせたその事件は、しかし死亡者ゼロで話を終えた。
重傷者五名。軽傷者十余名。重傷者はいずれも女生徒であり、いずれも交友関係のある者同士。警察は男らの動機を調べている……と。
新聞に書かれた短い文章に、溜息が出る。
こんなこと、あるんだな、と。
ハーレム展開撲滅ゲームの世界は、死亡イベント・世界滅亡エンド以外の物事はかなり平和に進む。好意ゲージ以外の点では世界平和が成されていて、戦争をする国も、何かを画策する国もない。本当に平和。
国同士の仲も良ければ、大きな不幸も訪れない。
ハーレム展開の撲滅以外に考えを割かせないためなのだろうが、まさに理想の世界と言えるだろう。その例外が何よりも最悪なのだが。
だから、正直驚いた。
好意ゲージをゼロにした水橋と、その友達の四人。いずれも好意ゲージがゼロになっていて、いずれも刃物男に追い掛け回されていた。早いうちに見つけて各個撃破できたのは幸いだったのだろう。死亡した生徒は一人もいなかったのは、上々の結果、と言って良いはずだ。
だが、軽傷者が出過ぎた。
死亡エンドに関わらない他の奴らまで傷付く展開なんて、あるのか。
「……クソ現実が」
リアリティ、とでも言うのだろうか。
あくまでハーレム展開撲滅ゲームのシステムを含み持った現実、と。そういうことなのだろう。
ふざけている。
「まぁ、救えたのは、良かったか」
はぁ。
ずっと独り言だ。だって周囲には誰もいない。
ここは病室で。
俺は入院着を着ていて。
今、入院中だから。何故か個室で。
「主人公の肉体も……刺されりゃ死にかけるんだなぁ」
他人からしたら何言ってんだコイツ案件である。
今回の件で、俺は負傷した。最後の最後、狐の最後っ屁とばかりに投げられたナイフが脇腹にぐっさり、である。それはもう痛かった。もっとも柄をもって差し込まれたわけではなかったから、傷は浅い方なのだが。それでも痛いもんは痛い。
差し所が良かったのか悪かったのか、内臓こそ傷つけなかったものの出血量がやばく、腹という事もあって止血も難しいもんで、救急車に運ばれている時は意識がなかった程。今でこそこんなに快復しているが、ちゃんと命の危機を彷徨ったりしていたらしい。
医者って凄いわ。救急隊員って凄いわ。ほんと、感謝。
彼らにも好意ゲージがあるため素直にはなれないんだけど。
「……水橋、大丈夫かな」
結局、水橋の好意ゲージがどうなったのかを確認していない。
重傷者とされた水橋含む五人全員が好意ゲージをゼロにしていたから、ある意味で、それぞれに起きた死亡エンドが重なった、という結果なのだろうけど、それが解消されたのかどうかで色々な話が変わってくる。
まだ、回復行動を取らなければいけないのか。
それとももういいのか。夜中の主人公の家のベッド上じゃないと【登場キャラクター一覧】が開けないのは不便すぎる。
果たして、その答えは。
「入るよ」
「ん?」
ノックはあった。あったけど、声とほぼ同時。
そのままこちらの返事も待たずに扉は開かれ、そこには。
「よ」
「田畑。どうしたんだ」
田畑要。
あの後ちゃんと水橋を守り切り、救急車に付いていったらしい彼女がそこにいた。
| ♀ | 15 | |
……なんか上がってないか?
「あの子らの代わりに、お礼をね」
「礼? 何の」
「何のって、助けてくれたでしょ。物の見事に全員あたしのダチなワケよ。ちょっと偶然が過ぎてキモいけど、事実だからさ」
そういえば交友関係がどうとか書いてあったな。
……ふむ。
「一つ聞いていいか」
「いーけど、礼は受け取ってくれるワケ?」
「ああ、言葉だけでいいんだが。それより、今回怪我した水橋達と、三木島。そして田畑。お前ら、同じSMSのグループに入ってたりするか?」
「……何その質問。キモいんだけど」
「大事な事なんだよ」
「はあ。ホントアンタってはぐらかすの好きだよね。ああ、入ってるよ。そのグループの子みんな知ってるから、アンタが三木島の胸大好きだって事。助けた弱味に付け込んで手を出そうとしても無理だから」
「他に入ってる奴は?」
「そりゃまあいるけど」
「……そいつらの名前、教えてくれないか」
「キッショ。え、何? 一応あたしお礼言いに来たんだけど、嫌われたいワケ?」
| ♀ | 15 | |
とりあえず死亡イベントが起きた原因はそれ、なんだろう。
"無知"の三木島より共有された俺のセクハラ発言。それにより、失望でもしたか。あるいは悍ましく感じたか。なんにせよ、それが原因で好意ゲージを落とし、死亡イベントが発動した。
となると、今回怪我をしなかった奴らも危うい。ゼロ一歩手前にまで来ている可能性がある。まぁもしくは男とはそんなもんだ、って割り切ってる奴もいるかもしれないが。
「ふぁぁ……ふ」
「眠いのか」
「まーね。ま、んなことどうでもいいっしょ。そんじゃあたし帰るから。……一応、死ななくて良かったね、くらいは言ってやるケド」
「そりゃありがとさん」
「ん」
次の登校時、あの豚に要相談、って感じかね……。