ウルフ&バニー   作:とりなんこつ

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エピローグ

 

太平洋沖に、S.O.N.G.本部である次世代型潜水艦が浮上していた。

その甲板に、幾つかの人影を見ることが出来る。

一際大きいシルエットは風鳴弦十郎で、その隣には他の発令所の面々たち。

シンフォギア装者たちも勢揃いしていて、彼女らの中から小柄な影が一歩前に出てくる。

月読調だった。

 

調は目前の海を眺める。

海は凪いでいた。ゆるやかな青い海面に、太陽が反射している。

 

調は空を見上げた。

雲一つない、晴れ渡った空だ。

 

どちらも、つい先日まで超ド級特異災害『フェンリル』が存在したとは思えなかった。

先史文明の超兵器の残滓は欠片も存在せず、同時に生命反応も皆無だった。

つまり、この消失地点(バニシング・ポイント)が、三匹の墓標となる。

 

「…調」

 

すぐ横にきた切歌の声に、調は短い髪を軽く揺する。

 

「うん」

 

返事をして、手に持っていた花束を海原へとそっと落とした。

束ねられた花がほどけ、幾つもの花弁が海面へと散っていく。

 

 

 

 

あの戦いの結末は、あくまで自然消滅と公表されていた。

その旨は日本国民へも周知されており、世間的にも、未曾有の巨大台風は、原因不明のまま消失したということになっている。

フェンリルという存在自体、関係者しか知らない。

ましてや、フェンリルを倒した三匹の功績は決して語られることはないだろう。

 

けれど、調は忘れない。きっと仲間たちも覚えていてくれる。

 

あの三匹は、身を呈して日本を護ってくれたのだ。

…ううん、きっと、守ってくれたのは私で。

 

調の瞳に涙が滲む。

しかし、彼女は急いで拭った。

そんなの思い上がりだよ、と自分を戒める。

 

調は、三匹を護りたかった。

三匹との楽しい生活を護りたかった。

けれどその生活は、周囲の平穏と助けがなければ心安らかにはいられない。

だから、調の護りたかったものは、その日常をひっくるめた全て。

 

あの三匹も気持ちはきっと同じだったと思う。

調個人を護るのではなく、あの一緒に過ごしたひと時を大切に思うがゆえに、三匹は自らの命を投げ打ったのだ。

命を捨てて、調たちの生活を護ってくれたのだ。

 

 

 

しばらく黙祷を捧げたあと。

 

「…もういいのか? 」

 

弦十郎の声に、振り向いた調はぺこりと頭を下げる。

 

「ええ、ありがとうございました」

 

歯切れの良い返事。その黒い瞳は、もうすっかり湿っぽさがなくなっている。

 

「強くなったわね、調」

 

その姿にマリアが万感の想いをこめて。

 

「じゃさ、さっそくご飯食べにいこ! 未来がご馳走作ってくれるって!」

 

響が陽気に声を上げ。

 

「そうだな、ここしばらくロクロク飯も喉を通らなかったしなッ!」

 

珍しくクリスが賛同を示し。

 

仲間たちがぞろぞろと甲板を引き上げて行く中。

最後尾の調は、そっと一度だけ背後を振り返る。

 

また来るよ。ありがとう―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調ぇ! 急ぐデスよッ!」

 

切歌の声に、パタパタと調は玄関に急ぐ。

 

「今日も遅刻するとやっべえデスッ!」

 

ローファーの先をトントンと詰めながら切歌は青い顔。

 

「そもそもは切ちゃんが寝坊したせいでしょ?」

 

自分の靴を履きながら調は苦言を呈す。

切歌は一度は起こしたのに二度寝をした挙句、出がけに洗面所で盛大にブッキングをかましていた。

 

「ア、アタシは過去に拘らない女なんデスッ!」

 

つい10分前の出来事を放り出し、カバンを掴んで切歌は玄関を飛び出していく。

 

「あ、コラ、切ちゃん!」

 

調も後を追おうとして、カバンを掴むために玄関で振り返る。

その華奢な身体が一瞬だけ硬直した。

彼女の視線の先。

廊下の隅に置かれたそれ。

 

動物用のトイレセット。

袋に入ったままの餌の数々。

一度も使われることのなかったペットケージ。

 

もう使うことはないと思いつつ、いまだ片付けられないでいる。

片付けてしまったら、以前の想い出も薄まってしまいそうで―――。

 

「調ぇ!? どうしたデスかッ!?」

 

「う、うん! 今いくよッ!」

 

感傷をそっと置いて、月の名を持つ少女は走り出す。

彼女はやはり、どこまでも優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――物語はいつの間にか始まり、いつの間にか終わる―――

 

 

 

 

 

「ギリギリデス! 最短で、まっすぐに、一直線にダッシュデス!」

 

 

「だから切ちゃんが寝坊しなきゃ全然余裕なんだよッ!?」

 

 

そんな急ぐ彼女は足を止めた。

 

 

 

「…? どうしたデス?」

 

 

「切ちゃん、今、聞こえなかった?」

 

 

弱々しい鳴き声を、彼女は確かに耳にしていた。

 

 

 

 

あ、待つデス! との相棒の声を背に、調は路地裏へと飛び込む。

耳を澄ませながら走れば、間違いない、弱々しい動物の声。

声に導かれるまま、奥まった路地を曲がった突き当り。

到着した彼女は、信じられないものを見たかのように目を見開く。

 

よろよろと歩いてくる子犬。全身は傷だらけだったけど、へっへっへと一生懸命尻尾を振っている。

その人懐っこい顔を見て、調は思わず口元を押さえていた。

信じられない。

だって。

 

「…小太郎?」

 

わん! と子犬は元気に鳴いた。

 

だけではない。

その両脇から、他の二匹も姿を現す。

見慣れたその姿は。

 

「リオン! Qちゃんも!?」

 

二匹とも血塗れ泥まみれのボロボロだ。

それでも思ったより元気そう。

 

「おいで!」

 

湿った路地に膝をつき、三匹へ向けて両手を広げる。

飛び込んできた三匹を、躊躇うことなく抱きしめた。

 

「生きていたんだね、おまえたち…ッ!!」

 

両目から涙が溢れだす。

もう止める理由なんて何もない。

 

全員に万遍なく頬ずりして抱きしめたあと。

調の腕を脱した三匹は、なにやら路地の最奥を指し示す。

 

「どうしたの?」

 

と首を捻っていれば、ボロボロの身体を引きずりながら一匹の狼のような動物が姿を現した。

赤い毛並みのそれは、三匹よりずっと傷ついている、

 

「まさか…」

 

その姿に、調は想いを馳せる。

 

「調ッ!」

 

遅れてやってきた切歌も、一瞬で何かを察したらしく身構える。

 

三匹は、こちらを見上げていた。

赤い狼は、弱々しく項垂れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――やはり新たな物語は、いつの間にか始まっていたようだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、笑って彼女は手を差し伸べた。

 

 

 

 

「いいよ。おいで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウルフ&バニー 完

 

 

 

 

 

 

 

 

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