ウルフ&バニー   作:とりなんこつ

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第一話 彼女が髪を切ったわけ

 

 

 

その日の放課後、月読調は独りで下校していた。

暁切歌は居残り補習。

いくら仲良しでも得意科目は異なるし、切歌はテストで凡ミスをするという悪癖がある。

相棒が補習している間に級友とおしゃべりとかして時間を潰すという方法もあったけど、今日はお買い物の日。

補習時間とタイムセールが被さっているので、調は合理的な判断を下し、一足先に買い物を済ませることに。

 

目当ての特売キャベツと大根をゲットし、お肉屋さんへ。

すっかり顔なじみの店主から、「ありゃ、一人かい? 珍しいねえ」などと言われつつ、おまけに貰った棒つきキャンディー。

子供扱いされてるみたいでちょっと眉をひそめるけど、甘いものは調の大好物だ。

行儀悪くカラコロと口に咥えて歩きながら、ふと彼女は弱々しい声を耳にする

湿った路地裏を覗き込むと、ビールの空き瓶の入ったコンテナの影に黒い小さな塊。

目を凝らせば、それは小さな子犬のよう。

近づき、しゃがみ込む。

弱々しい呼吸とともに、きゅーきゅーと悲しげな泣き声。

少しだけ思案して、調は子犬を抱え上げる。

『助けられてぇ子はいねーが~!?』とナマハゲの如く異次元フットワークを駆使する立花響に比べれば劣るが、調も困っている人は見過ごせない性格。

横断歩道を渡れないお年寄りの手を引き、道を尋ねられれば近所まで一緒に誘導くらいは普通にする。

 

大通りに出た調は、キョロキョロと周囲を見回す。

荷物と子犬で両手は塞がり、スマホは使えない。

でも、確かここいらへんに看板が…あった!

目当ては動物病院。

最短で、真っ直ぐに、一直線に。

彼女は走る。

制服が汚れるのも構わずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅のマンションへと帰った調はシャワーを浴びることにした。

すっかり泥だらけになった制服から、ゆったりとした部屋着へ着替えてリビングへ戻る。

手早く髪を乾かしつつ、見下ろした視線の先。

調の頬が自然と緩む。

クッションを敷いた小さな箱の中では、ぴすぴすと寝息を立てる子犬がいた。

慌てて飛び込んだ動物病院で診てもらったことには、単に衰弱しているだけとのこと。

温かくして栄養を摂らせれば、すぐに元気になるよ。

お墨付きと注射をしてもらい、連れ返ってきたのは彼女にとっての当然の選択。

小動物は愛らしい。

この愛くるしさは、身を守るための一種の擬態であるとの説もある。

その意味において、可愛らしさとは、生物にもっとも原初に備わる防衛能力なのかも知れない。

 

「たっだいまデース♪」

 

最愛の、相棒以上の同居人のご帰還だ。

ドタドタバタン! と騒がしいのは毎度のことだが、

 

「…?」

 

調は首を捻る。いつまでたってもリビングのドアが開かない。

間違いなく帰ってきたのに、おかしいな。

調の方からリビングを出れば、ささやくような小さな声。

 

『ここデ~ス…。アタシはここにいるデスよ~…』

 

声はどうやら脱衣場からのよう。

 

「切ちゃん、なにやっているの?」

 

扉を開ければ、切歌の姿はない。かわりに洗面台の上の小さなストラップのようなモノから『ここデ~ス…』と声が流れ続けている。

目を丸くしていると、背後からその目を両手で覆われた。

 

「へっへー♪ 驚いたデスか調ぇ♪」

 

両手を払って振り返り、調は遠慮なく呆れ顔。

 

「切ちゃん、また変なもの買って…」

 

「これって色々役に立つと思うんデスよ!」

 

切歌が指先でくるくる回すそれは、ちょっとした録音機能付きのオモチャみたいなもの。

シンフォギア装者としての給金の大半はマリアが貯金・管理し、二人にはその中から月々のお小遣いが支給されていた。

しかし衣類はマリア(おかーさん)が買ってきてくれて、コスメは調と共有しているものだから、切歌はもっぱら美味ぇモンMAPを埋めたり、こういう益体もないアイデアグッズもどきを購入してくる。

レセプターチルドレン時代には小遣い制度などなく、F.I.Sの時期は極貧生活。

そんな子供が小金を手に入れたら、どんなことに使うものか?

性格的なものもあれど、今の切歌は、無駄遣いの絶賛見本市状態だった。

 

あたらしいオモチャなぞまったく取り合わない調に続き切歌もリビングへと入る。

目敏くそれを見つけた切歌は、素っ頓狂な声を上げた。

 

「なななんデスか! 子犬デスか!?」

 

「そうだよ、切ちゃん」

 

小箱の隣に横座りして調は答える。

 

「ふあああ、可愛いデスぅ…」

 

泥だらけだった姿も動物病院で拭ってもらって身綺麗になっている。

温められたせいか、毛並みの艶も戻りフワッとした感じに。

 

「調ッ! もしかして飼うつもりデスか!?」

 

「うん、そのつもりだけど」

 

「でも、犬を飼うのは大変デスよ! 病気の注射とか、トイレとかご飯とか…」

 

お姉さん然として胸を張る切歌の知識は、先日一緒に見た動物番組の受け売りだ。

 

「狂犬病注射はしてもらって、砂場トイレやドッグフードも買ってきたよ?」

 

調は慎ましやかな胸を張り返す。

 

「ぜんぶ私のお小遣いでね」

 

トドメとばかりに言い渡せば、ぐぬぬといった表情で切歌は悔しそう。

 

「でもでもデス! まえ、アタシがお祭りのカラーひよこを飼おうってのには反対したじゃないデスか!」

 

「あんな生命力が弱そうな生き物を育てるのは無理だよ。しかも十匹も」

 

そう溜息をつけば、さすがに切歌も反論の手立てはない模様。

もっとも、ここは二人の住まいだ。切歌が本気で嫌がれば、調とて無理を通すつもりはない。

それでも調が向けてくる眼差しは、本人はまったく無自覚だが、庇護欲を無性に掻き立ててくるもの。

 

「…あー、もう! はいはいわかったデスよ!」

 

切歌は白旗を上げる。

実際、調が自己主張してくることは珍しい。

同時に、彼女が一度言いだしたら聞かないことも承知していた。

 

きゅ~ん、と愛くるしい鳴き声。

見れば子犬は目を覚ましたようだ。

ふんふんと鼻を鳴らしながら、小箱をよじ登ろうとする。

 

「こら、危ないよ」

 

子犬をすくい上げる調。

そのまま両手で顔の前にもってくると、ぺろぺろと鼻先を舐められる。

 

「きゃっ、くすぐったいよ」

 

その様子に、切歌も興奮状態。

 

「アタシにも抱かせるデス!」

 

同様に鼻を舐められて、くすぐったそうな声を上げる切歌。

勢いよく尻尾を振る子犬の身体をまさぐりながら、うっとりした表情になっている。

 

「とっても、とっても可愛いデスよぉ」

 

互いに子犬を撫でまわしながら、二人はどちらともなく視線を絡める。

 

「じゃあ、飼うとなったら」

 

「うん、名前を決めなきゃね」

 

病院で診てもらった際に、子犬は雄であるとのこと。

調、切歌、お互いに、頭を捻って名前を考えるのだが―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乱暴に私室のドアを閉めて、調は床に子犬ごと小箱を置く。

ぼふんとベッドに横になり、運動でもないのにうつ伏せで足をジタバタ。

 

ケンカした。

久々に切ちゃんとケンカした。

 

小箱を覗き込めば、さっきまでの喧騒に我関せずとばかりに子犬は寝ている。

この子の名前が原因なのに、呑気だな。

そんな風に頬を緩めては眺めては見たものの、胸の中の憤りは収まっていない。

普段なら彼女から折れることが多いのだが、今度ばかりは譲れなかった。

 

ちなみに、立花響と小日向未来のペアに比べれば、調と切歌のケンカの頻度はかなり高い。

もっとも後に引くことは殆どなく、一晩寝ればお互いにケロリとしてしまうことがままある。

 

…寝よ。

 

長年の経験から、調はそう結論を下す。

時間を置いて頭を冷やすことの重要さを、年若いに関わらず彼女は知悉していた。

 

ケンカの原因が拾ってきた子犬なら、その解決方法も子犬の手に委ねられた。

翌朝。

 

「…切ちゃん、助けて~」

 

「ど、どうしたんデスか、調ッ!?」

 

相棒のか細い悲鳴を聞きつけて、彼女の私室のドアを開け放つ切歌。

そして目を見張る。

 

調は、眠る際に髪を結ったりしない。

手入れの行き届いた髪は滑らかで、彼女自身は寝相が良いこともあって寝癖知らず。

しかし、その長い綺麗な髪が、かつてないほどにわちゃくちゃになっていた。

盛大に子犬を巻き込んで。

 

「ちょっとこれは無理デスよ…」

 

調の頭髪を解きほぐそうと、格闘すること小一時間。

とうとう切歌は悲鳴を上げる。

 

「仕方ないね。鋏で切って、切ちゃん」

 

「いいい、いいんデスか、調ぇ!?」

 

本人より切歌の方がよほど狼狽している。

 

「仕方ないよ。このまま解けないのにトイレとかされたら大惨事だし」

 

溜息をつきながら、調は合理的な一般論。

 

「う…、了解デスよ」

 

緊張しつつ、大振りな鋏を持つ切歌。

それでも覚悟を決めてばっさりと行った。

ごろりと髪を絡めたまま、子犬は自由の身になる。そのまま髪と戯れる様子は楽しそう。

一方の調の方も自由になって、部屋の姿見を覗き込む。

 

「…今日が祝日で良かった」

 

しみじみの呟き。

覚悟していたとはいえ、鏡の中の自分の頭は、予想以上のざんばらりん。

こんな頭で学校に行くくらいなら、躊躇なく布団をかぶって休むレベル。

 

「ごめんデス…」

 

謝ってくる切歌に、ううん、私がお願いしたことだから、と笑顔で応じ、調は充電したままのスマホを手にとった。

居るといいんだけど。

そう思いながらダイヤルした発信先はマリア。

幸い彼女も今日はオフで、すぐに駆けつけてくるとのこと。

 

切歌と一緒に軽く朝食を済まし、リビングのテーブルを片付けて新聞紙を広げて敷く。

真ん中に丸椅子を置けば、ちょうどマリアがやって来た。

 

「あらあら、まあまあ」

 

マリアは目を丸くする。

 

「ずいぶんと変に切っちゃったみたいね」

 

そんな彼女がカバンから手際よく並べて行くのは、調髪用の鋏やブラシ。

調がマリアを召喚したのは伊達ではない。

レセプターチルドレンの収容施設では、最年長に位置するマリアが、子供たちの調髪を一手に引き受けていた。

基本的に器用で美的感覚のあるマリアは施設内で重宝され、子供たちの評判も上々。

それから今に至るまで、切歌と調の調髪をずっと続けている。

長いキャリアを存分に発揮し、たちまち調の髪を短く整えなおしていくマリア。

 

「おおッ! さすがデス、マリア! 伝説のババアデスよ!」

 

「それ、発音がおかしい! barberよ、barber!」

 

切歌の無邪気な称賛に一釘刺して、はいこれでおしまい、とぱっぱと調の肩にかかった髪の毛を払ってやる。

 

「うん、ありがとうマリア」

 

いまの調の髪型は、肩の上で切りそろえられたショートカット。併せて前髪もだいぶ梳いている。

 

「うおおお、可愛いデスよ、調!」

 

興奮状態の切歌は、自分のスマホでばちばちと激写。

さっそく他の装者たちに転送している切歌を横目に、マリアは尋ねた。

 

「で? どうしてそんな髪の毛になっちゃったわけ?」

 

「それは…」

 

調が言い差すより早く、彼女の私室から飛び出してくる小さな影。

 

「きゃッ!?」

 

短く悲鳴を上げたのも束の間、すぐに正体を見極める。

 

「…子犬ね? ひょっとして、この子の仕業?」

 

頷く調に、猫じゃないのに絡まるのね、などと呟きながら、マリアは子犬を抱き上げた。

ぺろりと鼻先を舐められ、

 

「こら、やめなさい」

 

叱り声を上げるも、表情はにやけている。

基本的にマリアは可愛いものが大好物だ。

クローゼットが丸々一つ埋まるほどのファンシーなぬいぐるみを集めているのは、S.O.N.G.調査部も見て観ぬふりをしてくれているトップシークレット。

片腕に抱えたまま、空いた片腕でを使ってスマホで自撮り。

それをすかさず他の装者たちに送りつけるあたり、切歌と精神上の姉妹であることがよく分かる。

調髪の後片付けをして、お茶でもしましょうか、とリビングが落ち着きを取り戻した30分後。

 

ぴんぽんぴんぽんぴんぽん!

 

乱打されるチャイムにドアを開ければ、

 

「おっはよ~♪」

 

満面の笑みを浮かべる立花響が立っていた。当然のようにその隣には小日向未来がいる。

そしてその背後から引っ張り出されてきたのは雪音クリス。

 

「どうしたんデスか、センパイがた」

 

切歌が首を捻れば、

 

「だって、あんな可愛い調ちゃんの画像が送られてきたんだよ? もういても立ってもいられなくなって…」

 

なので、道すがら、クリスも拉致して急行してきたという。

 

「ったく、このバカ、有無もいわせずあたしまで引っ張ってきやがって…」

 

ブチブチいうクリスだったが、新しい髪型の調を見て瞬時に態度を改める。

 

「お、短いのも似合っているじゃねえかッ!」

 

「ありがとうございます…」

 

頬を染める調。

玄関先でもなんですし、みなさん、どうぞ中へ。

そう誘おうとした調と切歌の耳先に、飛び込んでくる強烈なブレーキ音。

続いて、だだだっと何かが駆けあがってくる気配が近づいてきたかと思えば、ライダースーツの風鳴翼が姿を現す。

 

「…どうした、みんな?」

 

ぜーぜー言いながら、あくまで平静を装っている。

 

「あなたこそ、どうしたのよ、翼」

 

とマリアが尋ねれば、

 

「うむッ! 整備し終えたバイクを試乗していて、偶然近くまで来たものだからな」

 

その答えはどう見ても嘘八百。

証拠に、いつもは♪みたいなサイドテールの髪型が、左右逆になってしまっている。

本人はそのことに気づいた様子もなく、はっはっはと朗らかに笑いながら三和土でブーツを脱ごうとする。

そんな彼女に跳びついてくる小さな塊。

武人反射で受け止めて、風鳴翼の表情は、周囲が引くくらいヤニ下がる。

 

「うわ~、可愛いでちゅね~」

 

「…先輩、犬好きなのか?」

 

そう訊ねる雪音クリス。彼女も含め、翼の言葉づかいを突っ込まない優しさがこの場には存在した。

 

「う、うむ、そうだなッ! 犬は嫌いではないぞッ!?」

 

かつてこれほど表情と一致しない台詞は初めて聞いた、と後にマリアは述懐する。

 

ともあれ、思いがけず装者全員が結集し、そろってリビングへと河岸を変えた。

全員にお茶が行き渡り、なお子犬を離そうとしない翼を前に、響が無邪気に疑問を呈してくる。

誰もが思っているものであり、今日の発端の原因ともいうべき疑問を。

 

「で? この子の名前はなんていうのッ!?」

 

「それは…」

 

調と切歌が顔を見合わせる。

それから調がおずおずと口を開こうとすれば、翼の支配圏を脱した子犬が示し合わせたように彼女の腕へと飛び込んできた。

 

「…切ちゃんと相談したんだけど、お互いに譲れなくて」

 

その挙句にケンカしてしまったことは省略。

表情から何か察したようだが、敢えて触れようとせずクリスが促してくる。

 

「へえ? で、おまえはなんて名前をつけようとしたんだ?」

 

「はい、私は『小太郎』がいいかなって」

 

小さな雄の子犬だから、小太郎。

安直とも言えるかも知れないが、いたって普通のネーミングセンスだろう。

 

「それで? 切歌はなんて名前をつけようとしたの?」

 

マリアが促すと、切歌は胸を張って堂々と言った。

 

「えへん! アタシは『こぶらこまんだー』がイイと思うんデスよ」

 

「………」

 

しばしの間、沈黙がリビングでダンスを踊ったあと。

 

「これからよろしくね、小太郎ッ!」

 

「こんにちは、小太郎くん」

 

「小太郎か。可愛いな」

 

響、未来、クリスが口々に言う中、あれれ? と首を捻る切歌。

マリアは苦笑いをしつつ、その頭をぽんぽんと叩いている。

 

 

 

 

かくして、なし崩し的に子犬の名は小太郎に決まり、調と切歌の新しい家族となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翼 「コブラコマンダーか。格好いい、良い名だと思うのだが…」

 

切歌「ね? デスよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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